アルティス魔法魔術学園は決闘を許可されている……どころか、むしろ推奨すらされている学園である。
教師勢が全員実力者であることもあり、実戦でこそ、学べるものがあるということを知っているからだろう。
だからこそ、決闘場は各学年につき、三つずつ提供されていた。
その内の一つで対峙する二人を、立華君と並んで特等席で眺める。
「凄いギャラリーだな……僕たちが戦った時より、多いんじゃないか?」
「まあ、二人とも有名人ではあるからな……」
「フッ、どうした? 顔色が悪いぞ?」
「これで良かったら俺、嫌なやつ過ぎるだろ……」
あー、もう、マジで胃が痛い。
何でこんなことになってんだ、という文句を通り越して、最早泣きながら暴れたいくらいである。
というのも、仲間と仲間候補がバチバチなのもそうであるのだが、あの二人が俺を奪い合っている、という噂まで一気に広まってしまったからだ。
いや、変に尾ひれがついてる訳ではないし、まあまあ事実ではあるのだが……。
そのせいで、学年問わず野次馬が決闘場には集まりまくっているのだった。
もうね、四方八方から好奇心による視線をぶつけられてるんだわ。
注目されるのは苦手というか、普通に嫌いなので勘弁してほしかった。
「注目を集めるようなことばかりしておいて、面白いことを言うんだな、君は」
「いやっ、別に好きでこんなことしてる訳じゃ無いからね?」
突然発生したイベントに、全身引きずり回されてるみたいになってんだよ。
身も心もボロボロになるので、そろそろ俺には優しくしてほしいところだった。
「自業自得だろ……それより、ほら。日之守は、どっちが勝つと思うんだ?」
「えぇ……分からん……」
「…………」
は? 嘗めてんのか? みたいな顔を、無言で向けて来る立華くんであった。
何か恥ずかしくなってくるからやめて欲しい……別に、考えるのが面倒だったという訳ではない。
本当に分からないので、分からないとしか言いようがなかったのである。
しかし、まあ、敢えてどちらかを選ぶというのなら、やはり葛籠織だろうか。
原作通りに進んでいるのなら、間違いなくネフィリアムであるのだが……如何せん、ここはもう、別の世界線と言っても差し支えが無い。
その証拠という訳ではないが、葛籠織も立華くんも、通常では考えられないほどのレベルアップを遂げている。
そういった側面を加味すれば、やはり葛籠織が若干上か……? と思わなくもない。
ただ、葛籠織が原作通りでない以上、ネフィリアムだって、原作通りでない可能性が非常に高いのも、また事実であると言えるだろう。
それこそ、ネフィリアムから俺に声をかけてきたように。
何かしらの違いが、彼女を大幅にパワーアップさせている可能性は大いにあった。
何がどう作用して、どのような変化を生むのかは全く分からない、ということは、一年生の時に心底思い知らされたからな……。
まあ、特に何かが起こっていなくとも、ネフィリアムはクソ強いので、やはり分からないというのが本音になるだろう。
「ま、見てれば分かるだろ」
「それは、そうなんだが……まあ良いか」
不安なら手でも握ろうか? という、立華君にしては珍しい提案を拒否するのと同時に。
決闘の立会人である教師が杖を振るい、戦闘開始の合図を放った────瞬間。
「
ネフィリアムの言葉に応じて、漆黒の弾丸は撃ち放たれる。
そう、彼女は魔法使いではない。
《暗影》という、先天性魔術属性を保有する彼女は、既に相当なレベルでそれを使いこなしている。
とはいえ、魔法で対抗できないほどではない。当然だ。
これは射撃魔法で撃ち合いになるかな、と思えば
「
同じように撃ち放たれた光の矢が、それらを全て相殺した…………あ!!?!?
え……いや、え!? つ、使ってるじゃん……。
葛籠織、当たり前みたいな面で魔術、使ってるじゃん……!?
有り得ないだろ、と有り得なくはない、という意見が脳内で激しくぶつかり合う。
というのも、葛籠織が魔術を使っていること、それ自体はおかしいことではないからだ。
葛籠織は天才中の天才である。故に、当然ながら、先天性魔術属性を保有している。
ただ、彼女はちょっとした事情により、四年生に上がるまでは魔術が使えないはずなのだ。
そう、
何か普通に使ってるね、アレ。何でかなあ。
認めがたい現実にボコボコに殴り倒されてしまい、思わずため息が出る。
「
「
威力を底上げされた影の銃弾と、矢継ぎ早に放たれる光の矢が、弾いて弾いて弾き合う。
爆発が起こる度に、互いに一歩前に出る。
その度に杖を振る速度が、魔術を行使する速度が加速する。
「な、何か随分と、物騒な魔術の使い方するんだな、あの人……」
冷や汗を垂らしながら呟いた立華くんに、思わず「それな」と頷いてしまう。
とはいえ、アレはアレでかなり効率的ではあるのだが。
魔術を行使するにあたり、大前提として必要とされているのは「イメージ」だ。
どれほどの魔力を扱い、どのような経緯を以て、どのような結果をもたらしたいのか。
そういったイメージを詳細かつ、明確にしたものを、言葉に乗せて実現させる。
だから例えば、今のネフィリアムがやったように「殺せ」だけでは基本、魔術は発動しない。
その後に「撃ち殺せ」という、明確な手段を言葉にすることで、一つの魔術に仕立て上げているのだ。
当然、それは葛籠織の方も同様である。
「
なんて?
いや、え……なんて?
とんでもなく抽象的な言葉と共に生成された、百を超える光の矢に思考が止まる。
え? 知らない……。何それ、俺の知ってる魔術と違う……。
俺がドヤ顔で魔術についての説明をした直後に、それを覆すような真似をしないで欲しかった。
魔術はもっとこう、直截的な言葉で使うものだろうが────ああ、いや、そうでもないのか?
飽くまで魔術とは、本人のイメージに依存するものだ。
だから、葛籠織がアレで完璧なイメージを作れているのなら、発動してもおかしくはないってことになるだろう。理論上は。
そういう意味不明な自由性があるところも、魔術の強みと言えなくもない。いや嘘。やっぱりおかしいよあいつ……。
「────
トプン、とまるで水に沈むように影へと消えて、ネフィリアムは光の雨を回避する。
いや、あれ本当便利……というか、最早ズルだよな。
影にさえ入ってしまえば、彼女はほぼ無敵だ。その上──
「
「──守護魔法:高速展開!」
『Magia dei guardiani:Distribuzione ad alta velocità』
──影であるのなら、
葛籠織の影から飛び出したネフィリアムの、影を纏った一撃が守護魔法を突き破り、葛籠織へと届く。
「かっ、は────」
まともな叫び声も上げられず、葛籠織は吹き飛んだ。
地を滑るように転がっていき、壁にぶつかることでようやく動きを止める。
姿は見えないが、流石に倒れたってことは無いだろう。
ただ、相当なダメージではあったはずである。
「魔術師なのに接近戦をやるなんて、クラウネス先輩みたいだな……」
「そこも込みで、影から出てきたんだろうな。葛籠織も、意識は中~遠距離に向けてたし、完全に意表を突かれた形だ」
まあ、ネフィリアムはそもそも、中~近距離タイプの魔法魔術師ではあるのだが。
影に潜ることで、常に距離的なアドバンテージを取れるから、そうなるのも当然と言ったところだろう。
「……改めて、聞いても良いか? どっちが勝つと思うか」
「え? うぅん……」
もう、聞くまでも無いんじゃない? と思いながらも決闘場へと目をやれば、土煙から葛籠織が姿を現した。
守護魔法の上から叩かれた左腕は軽くひしゃげている。動かせないどころか、何もしてない今でさえ、激痛が走っているだろう。
俺の知る限り、葛籠織があそこまでの傷を負うのは初めてだ。
痛みの他に、混乱や困惑だってあるかもしれない。
だから、まあ、ここまでだろう。
流石にここまで見れば、決着も見えたようなものである。
「まあ、多分だけど。奇跡が起きない限りは────」
決まったな、と。
アイラ・ル・リル・ラ・ネフィリアムは、慢心ではなく現状を分析した上で、そう断じた。
確かに、葛籠織日鞠は強者である。
それは間違いないことであり、実力についてだって、自分と同じか、あるいはそれ以上だっただろう。
だからこそ、
実力がほとんど拮抗しているが故に、先に負傷した方が敗北する。そういう認識がまずあった。
今の一撃は、確実に左腕を砕いただろう。無論、その程度で倒れるような女では無いだろうが、激痛が全身を駆け巡っているに違いない。
魔法魔術に限らず、戦闘というのは集中力が物を言う。
さて、片腕を潰された状態で、どれほど戦闘に集中できるだろうか? 余裕を保ち、常に分析していられるだろうか?
まだ決闘は始まったばかりであり、一度も負傷していないこちらが圧倒的に有利だ。
このまま長期戦に持ち込み、じわじわと体力を削っても良いし、一気に仕留めてしまっても良いだろう。
この決闘は、今やネフィリアムの手の中にある。
(……決めた。一息で始末してあげるわ、葛籠織さん。貴女は強かったから、そこには敬意を表しましょう)
射撃魔法を複数展開し、並行して魔術の詠唱を口遊む。
そこには「後はもう仕留めるだけ」といったような慢心は、欠片ほども存在しない。
飽くまで健在であることを想定した上で、全開の火力で叩きのめす。
(悪いけど、日之守くんはいただくわね……いえ、日之守くんの隣、と言うべきかしら)
日之守甘楽。
異質な強さを持ちながら、どこか惹かれてしまう少年。
見ていると、自身の本能が……あるいは才能が、
きっと、葛籠織も同じ感覚を得たのだろう。目を見れば、そのくらいは容易に分かる。
まあ、だからこそ、奪いたくなるのだが。
「目標、捕捉──3」
砂煙から姿を現したものの、彼女は動かない。
否、動けないのか。
「2」
関係ない。ギブアップしていないのなら、意識が飛ぶまで叩きのめす。ただ、それだけだ。
「1」
けれども、まあ、迷宮攻略は三人で、とのことだったから。
私と、日之守くんと、おまけで貴女でも良いかもしれないわね、なんてことを思った。
『Sparare!』
杖が叫び、魔法は起動する。
同時にアイラは勝利を確信し────
「あは~、日鞠、
普段と変わらない、緩やかな声がした。
しかし、その瞳はかつてないほどに
ネフィリアムは、瞬時に
思った時には、遅かった。
「
殺到したネフィリアムの、決着をつけるだけだった魔法魔術は、しかし、振り抜かれた極光によって打ち砕かれた。
何の抵抗もなく、ただ光に呑まれるように。
「
光の柱が、空から幾つも降り注ぐ。
影を生み出す余地を残さず、ただ真っ白な光に染め上げられていく。
「
世界が光に沈んでいく。世界が光に呑まれていく。
影は残らない、逃げ場所はどこにもない────それなら!
(同じように、喰らい尽くしてあげるわよ!)
葛籠織日鞠は稀代の天才である。今この瞬間、埒外の魔術を行使していることからも、それは分かるだろう。
さりとて、ネフィリアムもまた、天才なのである────魔術に話を限定するのならば、今なお彼女の方が練度は上だろう。
「
初見である葛籠織の魔術に対して、ネフィリアムは反射で特効魔術を組み上げた。
地の底から、這い出るように湧き上がってきた影は────しかし、空から落ちて来る、無数の極光によって打ち砕かれた。
拮抗することすら出来なかった。
ただひたすらに、蹂躙され、食い潰される。
「────え?」
間の抜けた声が、ネフィリアムの口から零れ落ちた。
そう、ネフィリアムは天才だ。加えて、努力を怠ることの無い勤勉な生徒でもある。
だが、足りない。
彼女が見るは、遥か先の未来。英雄となった少年の隣に立つ、最高の自分。
そこに至る道を、最短距離で進んできた彼女は既に、立っている
敢えて痛みを許容することで、進んで窮地に立つことで、これまで開けなかった扉を、葛籠織日鞠は今、力ずくでこじ開けていた。
「
肉体から魂までをも満たす、猛々しい想いのみが、日鞠を支配する。
一つに収束された、少年に対するあらゆる感情がまた一つ、彼女を新しい段階へと引き上げる。
視える世界が変化する。感じる世界が変化する。
「
それは魔術の深奥、その一端。
極めし者のみが到達しうる、世界の真理。その一つ。
場を支配し、自らを高める『魔装』とは別の極致。
「
遍く総てを呑み下し、浄化し、完全に消滅させる極光が絡み合って一つとなる。
存在ごと灼き消すことの出来る、理外の一撃が、空から落ちて来る。
さながら神の裁きね、と。
ネフィリアムはまるで他人事のように思う。その手が、杖を振るうことは無かった。
否、振るえなかった、と言った方が正しいだろう。
日鞠は今、ここら一帯の魔力を完全にコントロール下に置き、その総てを根源魔術に注ぎ込んでいる。
即ち、ネフィリアムは負ける……いや、いいや。
(これは、流石に、死んだかしら)
待ち受けるのは死のみだろう。
救護班がいようがいまいが、最早関係はない。肉体の一片すら残らないことは、間違いないのだから。
それを意識すると同時に、全身が竦んだ。身体は震え、ペタリと座り込んでしまい。
抱擁するように極光が────
「砲撃魔法:重複拡大展開!!」
『Magia del bombardamento:Espansione di Distribuzione duplicata』
────届かなかった。
一人の少年が、背を向け魔法を行使していた。
オプションをスキップし、即座に撃ち放たれた計百の砲撃魔法が、光を押し留めて道を阻む。
根源魔術とは、この世界における究極の一撃必殺だ。
それに魔装で、あるいは同じ根源魔術以外で、打ち克つのは不可能である────普通であれば。
だからこれは、夢であるのだろう。ネフィリアムはそう思う。
そう、だって、有り得ないはずなのだ。
磨り潰されるどころか、砲撃魔法が根源魔術を打ち破るなんて。
消し飛ばされた極光の残滓が、パラパラと降り注ぐ。
百を超えてなお、増え続けていた砲撃魔法は霞のように消え去った。
そして、
「平気か? ネフィリアム」
何でも無いように、少年は笑いながら手を差し出すものだから、ネフィリアムは。
「は、ひゃい……」
顔を真っ赤にさせながら、その手を取りながら気絶するのだった。
し、しししし死んだと思ったァーーーーッ!
葛籠織、もしかして史上最大の馬鹿なのか!? 殺す気満々だったじゃねぇか今の!
根源魔術を使ってるだとか、お前が習得するのは魔装じゃなかった? とかいう疑問全部ぶち抜くレベルの衝撃だったんだけど!?
マジで間に入らなかったらネフィリアム、消し飛んでたからね?
何があったらそこまでやろうと思えちゃうんだよ……いや、単純に初めて発動したから、加減が利かなかっただけな気はするけれど……。
いや、本当、マジで焦った……。
途中でかなり押し込まれた時、かなり終わったと思った……。
杖も脳もフル回転させてなかったら、本当に死んでいた。
クソッ、今になって足が震えてきやがった。
勝つとは思っていたが、まさかこんな形になるとは思わなかった……。流石にちょっと反省して欲しい、と葛籠織を見れば。
フラフラッとした後に、彼女はその場に頽れた────ので受け止めた。
お陰で左手にネフィリアム、右手に葛籠織である。
何か本当に、最悪な両手の花になってしまった……と思いながら、巻き起こる歓声から目を逸らすのだった。
つまり日鞠は滅茶苦茶ポエマーってことです。
魔術師はポエマーであればあるほど強いらしい。