踏み台転生したらなんかバグってた   作:泥人形

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それじゃあ第三章始めていきますかぁ。よろしゃす。


第三章 わーるどウォーゲーム
みくプロフィト


 

「お兄……様? お兄様? えっ、お兄様!? お兄様ですか!? お兄様ですよね! やったーっ! お兄様お帰りなさい!! ずっと、ずっとずっと帰ってくるのをお待ちしていました! お兄様ーーッ!」

「あー、うん、ただいま……いや待て! そこを動くな! 徐に立ち上がるな! スタートダッシュを決めようとするなーッ!」

 

 反射で促した制止は、しかし当然のようにスルーされ、黒髪の小柄な少女はクラウチングスタートをガッツリ決めて、勢いよく飛び込んできた。

 まさか、カウンターを決める訳にもいかず、判断を悩む内にガシィッ! と真正面から抱きしめられ、かなり勢いのあるキスの雨が顔面に降ってくる。

 俺の絶叫をかき消すように、少女は目にハートでも浮かべてるかの勢いで、言葉を捲し立てた。

 

「ああっ、そう言わずに! もっと抱き着かせてください、もっと嗅がせてください、もっと触らせてください!」

「うわあああああ! 俺から離れろーッ!」

 

 意地でも離れんとばかりに力を込めて来る少女を、ブンブンと振り回す。

 畜生! こいつ火事場の馬鹿力を発揮してやがる! 全然離れねぇ!

 

「嫌です嫌です! もう一生離れません! 病める時も健やかなる時も一緒です!」

「結婚する気なのか!? 法的に無理があるだろ!」

「お墓に入るときも一緒です!」

「それ俺、確実に無理心中させられてるよね?」

 

 一周回って殺意に収束させるのはやめろ! と叫びながら、黒髪の少女を投げ飛ばした。

 ポーン、と宙を舞って、やたらと豪奢なふわふわソファに落下する。

 ポフン! という可愛らしい音がしてから数秒後に、恨めし気な目でそいつは俺を見た。

 

「うっ、うぅ……お兄様が、冷たいです……」

「嘘だろ? 今のが冷たい内に入るのか……? 間違いなく正当防衛だっただろ……」

「あっ、でもでも、旦那様に冷たくあしらわれる、陰のある人妻って感じで、これもまた良いですね……」

「幻覚を見るのが上手過ぎない? 今のはどう見ても、捕食者と被食者の構図だったんだけどな」

 

 恍惚な笑みを浮かべ始めた少女に、俺は呆れた目をすると共に、クソでかいため息を吐いた。

 だから、実家に帰ってきたくなかったんだよ……。

 信じられるか? この、次はどのように飛び掛かろうか……なんてことを考えていそうなバカ女、甘楽(おれ)()なんだぜ……。

 

 

 

 

 

 日之守(ひのもり)未玖(みく)

 彼女は俺……つまり、日之守甘楽からしたところの、たった一人の妹であり、同時に『蒼天に咲く徒花』における、()()()()()()()()()()である。

 今まで通りナンバリングをするのなら、ヒロイン№04と言ったところだろうか。

 いや……そうなんだよね。

 踏み台の妹がメインヒロインなんだよ。甘楽くん、そこまで悪いことしたかな……ってくらい、周りの女性を主人公に奪われる役回りなんだよな。

 改めて言葉にすると、普通に可哀想になってくるというものである。

 さて、そんな未玖であるのだが、俺との年齢はそこまで離れていない────というか、一つしか離れていない。

 だというのに、未だにアルティス魔法魔術学園に入学していないのは、偏に彼女が病弱だからである。

 ……いや、ね。分かるよ、堂々と嘘言ってんじゃねぇぞ、と言いたくなる気持ちは。

 病弱な女の子はクラウチングスタートとか決めないもんな。

 しかし、本当の本当に、未玖は病弱な女の子……()()()のである。

 そう、『だった』である。過去形だ。

 

 未玖は特別、大きな病を抱えているという訳ではない。

 ただ、未玖自身に全く釣り合わないほどの、膨大な魔力と、特殊な能力を持ち合わせて生まれてきてしまったが故に、未成熟な魔力神経が不調を起こし、それが身体全体に悪影響を及ぼしていた。

 つまり、成長と共に、それは解消される。そういった類のものであり、同時に成長でしか解消されない病である、と言っても良い。

 とはいえ、身体を蝕むほどのそれは、確かに目に見える形の、探しても見つからないほどの才能であり、だからこそ、甘楽(おれ)を差し置いて未玖は、日之守家の次期当主とされ、結果的に彼女と甘楽(おれ)の仲は最悪を極めることになったのだが。

 というか、甘楽(おれ)の方が、一方的に未玖を敵視しており、原作ではこれが解消されそうな流れになってきたところで、甘楽(おれ)は必ず殺されるのであった。

 普通に後味が最悪であるのだが、最早原作と言えるような流れは壊滅しており、全く別の話になってきてしまっている以上、あまり意識するようなことではない。

 それに、未玖をシンプルに戦力として数えるのならば、兄妹仲は改善して然るべきだ────という訳で、去年帰ってきた際に、ちょこちょこと絡んだのだが、何か……こうなっちゃったんだよな……。

 

 もちろん、これまでの間に構築された俺達の関係というのは普通に最悪であり、傍から見てもドでかい溝のようなものがあったのだが、上記の通り、これは一方的に、甘楽(おれ)の方が作り上げたものである為、謝罪から始めれば、ぎこちなくはあるものの、まあまあ普通の兄妹っぽい関係にまで戻ることは容易であった。

 少しずつ思い出せなくなってはいるものの、いわゆる原作知識が俺にはあるのである。

 お陰でこの辺の、デリケートな部分の会話でも地雷を上手く躱しながら、そこまではあっさりと辿り着くことが出来た。

 ただ、その、何だろうな……。

 お恥ずかしながら、俺は割と調子に乗りやすいタイプの人間である。

 久し振りに思った通りの展開へと進み、万事が上手く行き始めたと錯覚した俺は、つい未玖の身体の調子まで診てしまった訳だ。

 

 そしたら何か……治っちゃったんだよな……。

 ノリとしては「ちょっと出来る範囲で、魔力神経の調子を整えてやるか~」くらいのものであったのだが、本当にそれだけで、未玖の不調は粗方改善されてしまったのだった。

 いや……確かにこの辺の調整は、魔導を扱えるようになった時点で、ある程度上手になった自負はあったのだが……。

 まさか治るなんて思わないだろ。

 今でもちょっと手を加えただけなのにな……という感想が抜けきらないほど、大したことをした実感は無いのに、現実は随分と大した結果を齎してくれていた。

 

 お陰でこれまで、ほとんど寝たきりであった未玖は、見る目を疑うような元気溌剌スーパーボール女へと変貌を遂げてしまったのであった。

 おかしいな……『蒼天に咲く徒花』だと、常に車椅子に乗ってる系の、かなりミステリアスで儚げな美少女だったんだけど……。

 どこで何を間違ったら、これは確実に頭のネジが全部外れちゃってますね……みたいな妹になってしまうのだろうか。

 魔力神経以外にも、意識せずに頭まで弄り回しちゃったのかな、と不安になってきた今日この頃である。

 俺がいない間、かなりリハビリに専念したんだろうな……というのが、言われなくても良く良く分かるアグレッシブっぷりだった。

 

 帰ってきたくなかった理由の一つに、これを真っ当に相手にするのが面倒だった、というのがあったほどである。無論、それだけでは無いが。

 というか、本当にこれだけだったら俺、嫌な兄すぎるだろ……。

 物事はそう上手く行かないもんである、とソファへと座り、窓の向こうを眺めた。

 そこに広がっているのは、転生前でも見慣れた雪景色である。

 『蒼天に咲く徒花』の世界観は、現実の日本(こういう言い方は、正直かなり適していない気はするのだが)と同じサイクルで、一年が過ぎていく。

 四月と言えば春だし、七月と言えば夏、十月と言えば秋だし、十二月と言えば冬……となっている訳だ。

 そして今は、十二月と一月の境目────つまり、年末年始である。

 こうして実家に帰ってきているのは、そういう理由であった。学園に残るという選択肢もあるのだが、どうしてもそれが選べない事情があったということは、言うまでも無いだろう。

 さっさと学園に戻りたいなー、とか思っていれば、真横に腰を下ろした未玖が、やや落ち着いた様子で俺を見た。

 

「ふぅ、申し訳ありません、お兄様。実に一年ぶりでしたので、つい内なる情熱(パッション)が溢れ出てしまいました」

「そんな軽いノリでして良い暴走具合じゃなかったけどね。大丈夫? 今もかなり抑えられてないと思うんだけど」

「へ? このくらいは許されませんか?」

「いや、好きな人にするなら良いと思うんだけどね。俺達、兄妹だから……」

「それなら問題ありませんね。何故なら未玖は、お兄様のことが大好きですので!」

 

 言いながら、ピッタリと肩を寄せて来る未玖であった。

 本当……何でこうなったかな……。

 確かに彼女には、そういう側面が無かったとは言わないが、それでも君、もうちょっと控えめだったよね? と思わざるを得ない。

 いや、ゲームとは違い、相手が兄である俺であることから、良くも悪くも遠慮が抜け落ちているのか……?

 だとするのならば、それはそれで本当に、良いとも悪いとも言えなかった。

 ていうか、どちらかと言ってしまえば、恐らく悪い。

 これ、ただ懐いてるとかじゃなくて、半分依存なんだよな────というのも、彼女はゴリゴリの依存系メンヘラヒロインなのである。

 作中で主人公の気を惹くために、自傷行為までしたのは、彼女だけだったのではなかろうか?

 用意されていた複数枚の、実にショッキングなスチルを含め、ここら辺の記憶はかなり強い。

 今思い返してみても、中々尖った性癖の持ち主にしか刺さらなそうなヒロインである。

 彼女の存在のせいで、ヤンデレとメンヘラの違い談議がヒートアップしたのも今となっては懐かしいものだ。

 そんな未玖が「まあ、そんなことより」と俺を見る。

 

「本題に入るとしましょうか、お兄様」

「……おぉ、意外と冷静だ」

「こういう面倒なことは、先に済ませた方が楽ですからね」

 

 それに、酷く重要なことですから。と、未玖は言葉を切って、改めて俺の方へと身体を向けた。

 先程までとは打って変わって、実に真剣な表情だ────そう、()()である。

 これほどまでに、不平不満を内心で垂れ流し、これ以上はあまり親密にならない方が良いと分かった上で、それでも帰ってきた理由の一つ。

 それが、未玖の話を聞くこと……というよりは、《予知》を聞くことであった。

 《予知》……あるいはもっと正確に、《未来予知》と言った方が、分かりやすく伝わるだろうか。

 いわゆる、未来の出来事を予め知ることが出来る能力、である。

 尤も、未玖の場合、その全貌を知ることは出来ず、断片的にしか知り得ないらしいのだが、そうだとしても、それは魔法魔術にすら該当しない特殊能力であり、だからこそ、彼女は日之守家の次期当主として選ばれた。

 そんな彼女が「お兄様の人生に大きく関わることです」という内容を、毎日長文で連打してくるのだ。

 ここまで不安を煽られてしまっては、無視するのは最早不可能と言うものだろう。

 それに《予知》は、俺が未玖に戦力として、最も期待していた部分であるのだから────俺が知っている限りではあるが、《予知》の的中率は100%である。

 流石に緊張するな、と喉を鳴らせば、未玖は静かに口を開いた。

 

「来年度、学園に通うとお兄様は死にます。ですので、休学して欲しいのですが……」

「…………マジで?」

 

 想像の百倍くらい重い話が出て来てしまい、思わず閉口してしまった。

 え? マジで? 俺、死ぬのか……?

 いや、そりゃあ確かに、七つの破滅と対峙することになるのなら、その可能性は捨てきれない……どころか、大いにあるのだろうが。

 そういった危険性が付き纏うことは、重々承知の上であったはずなのだが、こうも直截的に言われると、ショックを受けるものなのだな、と思った。

 何だかんだ、死にはしないだろう、という思考があったのを認めざるを得ない。

 とはいえ、こういうのはもう覚悟があるとか、ないとかの話では無いよな。

 普通に死ぬのは嫌だし……。

 考えないようにしているのは、ある意味当たり前とも言えるだろう。

 

「ていうか、端的過ぎる……もうちょっとあるだろ」

「む、詳しいですね、お兄様────だけど、そこまで分かるのなら、敢えて端的にしたということも、分かって欲しいところですけど……」

「それでも納得がいかないから、こうして聞いてるんだろ。それに、もっと色々見えてることは、言われなくても分かる」

「……未玖にも、鮮明には見えたという訳では無い、という前提で聞いてくださいね?」

「ん、了解」

 

 元より、そこら辺は織り込み済みである。

 確定的であろうがなかろうが、とにかく多くの情報が欲しかった。

 それにほら、未玖からすれば死んだように見えても、俺からすればそうでも無かったりする場合もある訳だし。

 腹に穴ぶち空けられたくらいであれば、即死しない自信くらいはあるからな、俺は。

 回復系は得意では無いが、立華なんかは得意だし、誰かに頼ることが出来れば生き残るのは難しくないだろう。

 つまり、少なくとも未玖よりかは、判断するまでの材料が多い自負があった。

 

「脚色抜きで、本当に見たまま話しますよ?」

「うん」

「お兄様は、女性の方に刺されて亡くなります」

「あれ!? そういう感じなんだ!?」

「ええ、はい。こう……ぐっさりと、背中から急所を一撃のように見えましたね」

「超こえぇー!」

 

 ていうか、全然七つの破滅とか関係なかった。滅茶苦茶個人の問題である。

 いや、えっ? 本当に?

 俺の死因、修羅場とかが発生した果てに訪れる感じのやつなのか……!?

 二股とか平然とする感じの男にしか許されないやつ的な……?

 流石に信じたくない話過ぎであった。

 マジかよ。

 未来で何があったんだよ。

 死ぬにしてももうちょっとあっただろ。

 これでは、幾ら何でも不名誉過ぎというものである。

 

「……聞きづらいんだけど、その……女性の特徴とか、分かるか?」

「そこなんですけど、予知する度にシチュエーションは変わらないのに、女性は変わるんですよね……」

「俺、そんなに不特定多数の女子に恨まれてんの!?」

「お兄様、おモテになるのは良いですが、不誠実なのは良くないですよ?」

「喧しすぎる……というか、不誠実も何も、誠実さを見せる相手すらいないんだが……!?」

 

 そもそも、誰かと付き合おうという意志すら、俺には無いのである。

 勘違いしようが無いほどの好意を向けてくれている、ネフィリアムとアテナ先生だって、お断りしているのだ。

 言わば(ある意味、ではあるが)、誰に対してでも誠実な状態なのである。

 その俺が、刺される……?

 何だろう、突然気が変わって、手当たり次第に手を出し始めたのだろうか。

 あまりにも想像したくない未来予想図過ぎだった。

 

「具体的に、何人とか分かったりするか……?」

「そうですね、未玖が見た範囲では、になりますが」

「問題ない」

「えぇっと、金髪の方と……」

 

 なるほど、滅茶苦茶心当たりがあるな。

 

「黒髪の方と……」

 

 すげぇな、これも心当たりがある。

 

「青髪の方と……」

 

 ビックリするくらい心当たりがあるな……。

 

「赤髪の方と……」

 

 俺の知り合いをコンプリートする気か?

 

「白髪の方……というよりは、ひかりさんと……」

「名前出しちゃうのかよ」

 

 いや、まあ、白髪の時点で分かりはするのだが……。

 

「後は、紫髪の方ですね」

「いや知らない! それはマジで誰なんだ!?」

 

 本当に知らない人が出て来てビックリしてしまった。

 ここまで来たらもう、俺の知り合いを本気でコンプリートする気なのかな、と一種のワクワク感すら持っていたので、かなり裏切られた気持ちである。

 マジで誰なんだよ、その女子はよ。

 クラスメイトにだって、そんな髪色の女子はいなかっただろ。

 何でここで急に見知らぬ女子がエントリーして来るんだ。

 新入生の女の子食い荒らしてる大学生だって、短期間にここまで拗れるような仲の女子を作るのは難しいだろ。

 基本的に、コミュニケーション能力が上等という訳ではない俺に、一体何が起こるんだ……。

 

「そういう訳ですので、お兄様には休学して欲しいと思いまして……」

「いやこれで休学するのは、俺への信用が無さすぎるだろ……!?」

「でも、未玖の予知は絶対ですよ?」

「うっ……」

 

 痛いところを突かれ、思わず唸ってしまった。

 そう、予知は絶対だ。覆ることは無い。

 とはいえ、こんなことで休むのは、流石に俺が可哀想すぎるというものである。

 なに、ゲーム風に言えば、フラグを立てなければ良いんだろ?

 余裕とは言わないが、気を付ければ幾らでもやりようはありそうだった。

 的中率100%という事実から目を背けながら、俺はフッと笑った。

 上等だ、と。自分を鼓舞しながら、俺は言う。

 

「おまえの予知を覆したくなった」

「……なんのパクリですか?」

「そういうの分かっちゃうんだ」

 

 ここまで来たら、いっそ元ネタまで看破してくれたら嬉しいのにな、と死んだ目で思いつつ、ため息を零した。

 

 

 

 

 

 

 


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