踏み台転生したらなんかバグってた   作:泥人形

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ひかりフィアンセ

 

「ってことがあったんですよね」

「それ、わたしに言ってよかったの……?」

「────っすー……聞かなかったことに出来ませんか?」

「本当に何か狙いがあった訳じゃないんだ!? 今更無理だよ!?」

 

 甘楽くんは本当に、時々物凄い馬鹿だよねぇ。という、ド辛辣な台詞を言っているとは思えないほど、柔らかい笑みを浮かべたのは、当然ながら月ヶ瀬先輩であった。

 元より遠慮など無かったようにも思えるが、それにしたって最近は、俺の扱いがテキトー過ぎるのではないか、と思わざるを得ない、あの月ヶ瀬先輩である。

 ここらでそろそろ、優しく接してくれないと、その内グレるかもしれないということを、懇切丁寧に教えてあげた方が良いかもしれなかった。

 

「グレる勇気なんて無い癖に、良く言うよ……」

「おっと追撃ですか? 容赦してくれないと俺は普通に泣きますからね」

「ふふっ、医務室でレアちゃんに泣かされてたもんね」

「何で月ヶ瀬先輩が知ってんの!?」

 

 あってはならない情報共有がされていることが発覚し、思わず叫んでしまう。

 いや……ダメだろ……!

 特別口止めした訳では無いが、これでは俺のプライバシーが筒抜け過ぎである。

 いや、プライバシーというのなら、月ヶ瀬先輩ほど、俺のことを知っている人もいないだろうが……と思いながら、ティーカップを傾けた。

 時刻は午後三時。ちょうど、おやつの時間。

 俺は如何にも良いところのお坊ちゃんらしく、月ヶ瀬先輩と優雅なティータイムを過ごしていた。

 何とも俺には似合わないというか、どことなく居心地の悪い上品さがあるのだが、甘楽(おれ)の記憶的に、これはかなり普通のことらしいので、文句を言える訳もない。

 この辺で、変に怪しまれたりするのは、面倒過ぎるので避けたいところである────実家だと、こういうリスクが高いから、帰ってきたくなかったんだよな……。

 まあ、残念ながら、そんな文句は今更にすぎるのだが。

 帰って来なければいけない理由が、今回はあまりにも多すぎた。

 

「それが分かってるのなら、ギリギリまで駄々こねないで欲しかったけどね、わたしは……」

「最後の最後まで抵抗するのが俺のモットーなので……」

「言葉だけなら立派だなぁ……」

 

 あからさまにため息を吐かれる俺であった────というのも、ここで帰って来るまでに、それはそれは、俺は抵抗した方なのである。

 未玖の《予知》だって、言ってしまえば別に、直接聞く必要はない。メッセージや電話だってあるし、顔が見たいのならば、画面通話に切り替えれば良い。

 もちろん、未玖の狂気すら感じるメッセージの連打に打ち克つ必要はあるが……。

 出来ないことではない。というか、そこに関しては実際に、そうするつもりであった。

 そこを半ば力ずくで連行したのが、他の誰でもない、月ヶ瀬先輩なのである。

 幼馴染である彼女の家は、当然のように俺の実家のすぐ隣であった。

 

「もう、そうやって、わたしを悪者にしようとするのは、良くないと思うけどなー?」

「寝てる俺を簀巻きにして連行した女が良く言いますね……」

「アレはむしろ、起きなかった甘楽くんに、わたしはビックリだったけどね……」

「いや、起きましたけど、あんなの普通夢だと思うでしょうが……!」

 

 誰がふと目を覚ましたら簀巻きにされて、ふわふわ空中漂ってるような状況を現実だと思えるんだよ……!

 久々にイカれた夢を見ているな、と思って、無抵抗貫いちゃっただろうが。

 あと、意外にも寝心地が良かったし……。

 そのまま意識落としちゃったよね。

 そうしたら、気付けば乗り物に揺られていたし、隣には「あ、やっと起きたね、甘楽くん」と申し訳なさそうに、それでも可憐に笑う月ヶ瀬先輩がいた訳だ。

 現実だったか~、と流石に膝を打ってしまったというものだ。

 

「何だかんだ、甘楽くんってそういうところの割り切りは良い方だよね」

「まあ……過ぎたことを悔やんでも仕方ないですからね」

「かっこよさげな台詞ばっかり得意になってくなあ、甘楽くんは……ま、それじゃあいい加減、本題に入ろっか」

「えぇー……」

「ここで不満そうな顔をするんだ!? 全然未練たらたらじゃん!」

 

 しっかりしてよー、と苦笑いする月ヶ瀬先輩に、俺もまた苦笑いを浮かべる。

 いや、ね……。

 未玖の時と同じで、こちらも重要な本題があるのだが、未玖の時とは逆で、あまり手早く本題に入りたくなかった。

 というか、出来れば向こう五年くらい入りたくない。許されるのならばこのまま、なあなあとした感じで、自然消滅して欲しいまであった。

 まあ、なあなあにしたら、それはそれで最悪ではあるのだが……。

 内心でため息を一つ。それから月ヶ瀬先輩の、藍色の瞳と目を合わせた。

 

「それじゃあ、話すとしましょうか。俺たち二人の未来について」

「意味深な言い方するなあ……」

「それとも、()()()()()()()()()()()って言った方が良かったですか?」

「………………」

「いや顔真っ赤にして黙り込むのやめましょうね、俺まで恥ずかしくなって来ちゃうんで……」

 

 まあ、我ながら言い方が最悪ではあったな、と反省しながらも、俯いてしまった月ヶ瀬先輩を眺める。

 それから「いや本当に、この先どうしていくべきなんだろう」と、外を眺めた。

 

 

 

 

 

 

 『蒼天に咲く徒花』と第三章と言えば、これまでの章と比べても多くのイベントが起こり、その先のストーリーにも関わって来る、大きな分岐点の一つではあるのだけれども、それをそうたらしめている一番大きな理由は、やはり『月ヶ瀬ひかり婚約イベント』だろう。

 そう、婚約。結婚の約束を誓うアレを、月ヶ瀬家の方から持ち掛けられるというイベントが、三章では発生するのだ。

 とはいえ、月ヶ瀬先輩との親密度と、主人公のレベルが一定以上でなければ発生しないのだが、まあ、どちらも要求値が低いので、意図して調整しなければ必ず発生するイベントだ。俺でさえ、十回は見た気がするくらいには頻発する。

 

 一章、二章で活躍した主人公が月ヶ瀬家の目に留まり、話を持ち掛けられて……と言うのが流れである。

 ここで素直に婚約しておくと、月ヶ瀬先輩のパラメータが急上昇し、彼女のルートに強制的に入ることになる。つまり、そこから先は、月ヶ瀬先輩を良く構ってやらないと即死するようになる、という訳だ。

 無論、断ることも出来るのだが、その場合親密度が目に見えて減る。具体的には20ほど下がる(最大が100なのでこれはかなり大きい)。

 まあ、そうは言っても、そこから親密度を上げるのはまあまあ容易なので、普通に月ヶ瀬ルートに入ることは出来るのだが……。

 婚約した時と、しなかった時でエンドがかなり違うので、やはり大きな分岐点と言うのは過言ではないだろう。

 

 さて、ここまで聞けば分かる通り、これは誰でも発生するイベントという訳では無い。当然ながら、主人公にのみ発生するイベントだ。

 まかり間違っても、踏み台である甘楽(おれ)に、そんなイベントが起こりうるわけが無いのだが……。

 まあ、何かね。出てきちゃったよね、そういう話が……。

 さも当然みたいな感じで、俺と月ヶ瀬先輩を婚約者にしましょう! みたいな話が、親の間で自然発生していた。

 決め手は迷宮粉砕事件(ダンジョン・ブレイキング)である。

 俺の親も、月ヶ瀬先輩の親も、「え? 何かあいつ、知らんうちにクソ強くなってない……? え? どうなってんの?」となってしまい、芋づる式のように今までの活躍(やらかし)が引きずり出されてしまった結果だった。

 ついでに言えば、未玖と交わした

 

「俺が身体を治したことは、秘密ってことで頼んだからな……!」

「はい、お任せください、お兄様!」

 

 という約束も、流れに乗るかのようにぶち破られてしまい、急速に話は進んでしまったのである。未玖のやつ、かなり月ヶ瀬先輩のことが好きなんだよな……。

 お陰で月ヶ瀬家の人間に、「何か……きみ、知らない内に性格矯正して、色んなこと出来るようになってたんだね、へぇ~……」みたいな目で見られたであろうことは、想像に容易かった。

 かなり実力主義なところあるんだよな、月ヶ瀬先輩の親は……。

 と、まあ、そういう訳で、やたらと目立ってしまった俺に、月ヶ瀬先輩との婚約話が生まれてしまった、ということだった。

 断るか断らないか、と言われれば、最早そんな段階の話ではない、と言うのが適切だろう。

 

 そう、そうなのだ。

 今回の話は正確に言うのなら、「婚約しない?」という問いかけではなく、「婚約させといたから」という事後報告だったのである。

 原作とは違い、「親同士の仲が良く、幼馴染である」という関係性が、馬鹿のシナジーを生み出していた。

 そりゃビックリし過ぎて実家に帰って来ちゃうというものであったし、月ヶ瀬先輩とも一度、ちゃんと話をしておかなければならない、というものである。

 これがゲームだとしたら、選択肢をミスった瞬間死ぬだろ、みたいな展開だった。

 というか、現実も正しくその通りって感じである。

 もし希望を見出すのならば、俺が主人公ではなく、また月ヶ瀬先輩も俺のことを、そういう目では見ていないだろう、といった点だろうか。

 

「まあでも、婚約破棄イベントは、人生で一回は経験しておきたいところですからね……」

「あたかも当たり前みたいな顔で、そんなこと言う人初めて見たよ、わたし……」

「そうは言っても月ヶ瀬先輩だって、悪い女に騙された俺に『月ヶ瀬ひかり! お前との婚約はこの場で破棄させてもらう! 俺はこの、真実の愛を教えてくれた○○と結婚することにした! 分かったのなら、さっさとこの場から出て行くと良い!!』とか言われたいでしょうし、そんな滑稽な俺を見下しながら『ええ、構いませんよ? 実はわたしも、そう考えていたところですの』とか余裕綽々な台詞と共に、カッコイイ王子様と去って行きたくないですか?」

「流石にそんな邪悪な願望は持ち合わせてないよ!?」

「そんな……悪役令嬢が婚約破棄されて絶望するかと思いきや、実は悪役令嬢の方が何枚も上手でした! みたいなのが、現代のマストでは無かったんですか……!?」

「良く分からないけど、多分結構偏ってるよ、それ……」

 

 かなり可哀想なものを見る目を向けて来る月ヶ瀬先輩だった。おかしいな、今の若者にはこれがバカウケだと思ってたんだけど。

 ちょっとリサーチが足りなかったのかもしれない。

 そうだよな、婚約破棄されるのを逆手に取るんじゃなくて、自分から婚約破棄を告げるパターンだってあるもんな……。

 

「嘗め腐った言動をする俺に、パーティ会場で俺の悪行を並べたてながら、『あなたとの婚約は破棄させていただきます。それが、お互いにとって一番良い決断だと思いますので』とか告げて、『ふっ、ふざけるなぁ! そんな、そんなことが許されると思っているのか!? 貴様は俺の、道具だろうがァ……!』とかほざく俺を一笑に付しつつも、優雅に去って行きたいですよね……」

「それさっき言ってたことと、ほとんど同じじゃない? ていうか、甘楽くんはそういう役がやりたいんだ……!?」

「いや、婚約破棄イベントって大体、男が悪いイメージじゃないですか」

「どう考えても、源流は破棄される女性側に問題がある方だと思うんだけど……」

「む……」

 

 確かに、と思わず頷いてしまった。

 そもそもの主流があって、その逆張りが次にウケて……というサイクルが世の常みたいなところあるからな。

 こっちの世界でもきっと同じなのだろう。

 残念ながら、こちらでは娯楽に触れる機会が多くは無くなってしまったので、正確なことは言えないのだが。

 

「それじゃあ、俺が糾弾する方向でいきますか……?」

「良し良し、そろそろどっちかを糾弾する思考から離れよっか」

「そんな……! 穏便に婚約破棄したって面白くないじゃないですか……!?」

「何でも楽しもうとするのは良いと思うけど、それやって楽しいの、多分わたしたちだけだからね?」

 

 本当に雰囲気どころか、家同士の関係も最悪になっちゃうから……と諭される俺であった。

 ですよね……としか返しようが無い、完璧な正論である。

 とはいえ、だ。

 もう婚約を破棄する時点で、関係性は多少悪くなってしまうのだから、もうこれは仕方のないことだと、割り切るしかないのではなかろうか?

 

「極端に走ることしか知らない猛獣過ぎるでしょ……」

「やるなら何でも全力で、ってアテナ先生に教えられましたからね」

「信じて良いのか微妙な名前出すのやめようよ……ていうか、婚約は破棄する前提なんだ?」

「まあ、そうですね────ああ、いや、勘違いしないで欲しいんですけど、これは別に、月ヶ瀬先輩のことが嫌いとか、好きじゃないとか、そういう段階の話ですら無いですからね?」

「……? 理由って、聞いても良い感じなのかな」

「そんな大層な話では無いですよ。ただ、俺って多分、()()()()()()()()()()()()()でしょう? だから、もしそうなった時のことを考えれば、あまり踏み込んだ関係の人は、作らない方が良いんだろうなーって思ってて」

 

 既に友人を複数作っている時点で何を、とも思うかもしれないのだが、俺が思うに友人と、恋人……あるいは、そういった意味で深い仲の人間とでは、ちょっと枠が違う。

 必要以上の悲しみも背負わせてしまうことになる────と、俺は思うのだ。恋人、ないしはそれに近い関係の人ともなれば。

 そりゃあ、俺だって孤独でいたいわけではないし、出来れば色んな人と仲良くなりたい気持ちはあるが、それでも一定のラインは引くべきだと、第二の破滅の件で強く感じざるを得なかった。

 冗談抜きで、死にかけている。

 第一の破滅の時は、何となくなあなあで済ませた訳であるのだが、こうも連続して死にかけるとなれば、流石に話が違ってくる。

 ていうか、俺以外のみんなも死ぬ可能性はあったのだし、そこを死守することも考慮すれば、死ぬ可能性は濃厚ですらあるのだろう。

 要するに、「恋とかしてる暇ないわ~」ではなく、「そんな重たい関係性を結ぶ余裕とかないです……」になってしまっていた。

 本当、転生するならただの恋愛ゲームが良かったな、と思うばかりである。

 まあ、そうだとしたら、それはそれで、何の変哲もない日常を送ることになっていた気はするのだが……特に文句は無いが、退屈さは感じたかもしれない。

 どういった感情なのかは良く分からないが、とにかく目をまん丸にした月ヶ瀬先輩を見る。

 

「だからまあ、婚約者も恋人も、端から作る気はない……って話です。もちろん、死ぬ気はさらさら無いですけどね」

「……甘楽くんは、本当に変わったねぇ」

「そう、ですか?」

「うん。でも、悪い変化じゃなくて、とっても良い変化だと思うから、誇っても良いと思うよ」

「はぁ、そうですか……えぇっと、つまり、納得してくれたってことで良いですか?」

「納得はしたかな、理解もしたよ」

「! 良かったです、それじゃあ──」

「だけど、だからこそ、婚約破棄は受け入れられないかなー」

「あれ!?」

 

 完全に予想外の言葉が飛んできてしまい、驚愕がそのまま飛び出てしまった。

 今のは同意してくれる流れだっただろ。

 何でそんなトリッキーな答えが返ってくるんだよ。

 

「だって、甘楽くんに今一番必要なのは、いつでも死ねる身軽さじゃなくて、『絶対に死ぬわけにはいかない』っていう、足枷だと思うから」

「足枷、ですか……」

「そう……例えば、甘楽くんが死んだら、枯れるまで涙を流して悲しんじゃう婚約者さん……とかね」

「いや、そうだとしたら、月ヶ瀬先輩は────」

 

 当てはまらないでしょ、と笑いながら言った。否、言おうとした。喉元までは出て来ていた。

 ただ、その言葉が外に出て行くことは無かった。

 かと言って、俺の中で押し留められたという訳でも無い。

 言葉はそのまま、月ヶ瀬先輩の中に溶け込んでいった────要するに、だ。

 

()゛ん()゛ん()゛ん()゛ん()゛ん()゛ー゛!゛!゛?゛」

 

 端的に言って、そういうことだった。

 襟を掴まれ、強引にされたその蹂躙は、分単位で表すべき程度の時間続き、やがて口元だけ離れる。

 すぐ目の前にいる月ヶ瀬先輩が、酷く妖艶に笑って囁いた。

 

「ふふ、わたしは甘楽くんが死んだら、壊れるまで泣ける自信があるよ? だから、婚約破棄は無し────()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 まあ、一先ずは形だけってことでも、わたしは良いけどね、と。

 それだけ言って、俺の襟を離した。

 何事もなく椅子に座り直した月ヶ瀬先輩とは対極に、呆けたまま椅子に腰かけた俺は、

 

(これ月ヶ瀬ひかりルート:ヤンデレバッドエンドの時に良く見る目だな……)

 

 なんてことを、現実逃避気味に考えるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




三章、十二話で〆られない説が濃厚になってきて泣いてます。助けてくれ……

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