時を改めお昼休み。
場所を改め食堂……ではなく、アルティス魔法魔術学園、屋上。
ほとんど人が訪れることのないそこで、俺はプリーモさんと再度顔合わせを行っていた。
食堂だと人が多すぎるし、騒がしいからな……。
あと、学年で席が離れているので、一々移動するのも手間だったし、かといって放課後まで待つのも、それはそれで時間の無駄だった。
プリーモさんお手製だという、サンドイッチをいただきながら向き合う。
「っつー訳でだ。今年いっぱい
「うお……
「
「最悪のルビ振りやめろ!」
たまらず絶叫しながらも、好意に与りガッチリ目を見開いたら、プリーモさんはニヤニヤとした笑みを浮かべた。
何で俺の周りには、俺が童貞かどうか探ってくるやつが複数いるんだろうな。
高校生男児同士でも確認とか早々しないからね?
いや、揶揄われているのは分かるんだけど……。
それでも腰くらいまでスリットがあって、尚且つ網タイツなのはダメだろ。
本当に学生かよ、エロゲくらいでしか見たことない露出度過ぎる。
この学園は一番下で十三歳なの忘れたのか? 最悪、この人で性に目覚める子とか出てきちゃうだろ。
風紀乱し過ぎである。
「ヴァルキュリア呪術騎士学校、恐ろしい学校だ……」
「流石に全員がこんな格好してる訳じゃあねーよ。エロゲのやり過ぎか?」
「エロゲの登場人物みたいな格好であることは自覚してるんだ! メンタル強者すぎるな」
「ッ
もごもごと口ごもりながら、頬を赤らめてそっぽを向くプリーモさんだった。
羞恥心があるタイプの露出狂って、この世に存在するんだな……。
また一つ賢くなってしまった、と深々と頷いてしまう。
粗暴風オレっ娘照れ屋シスター、か。
何があったらそうなるんだろうか……と、思わずヴァルキュリア呪術騎士学校へと思いを馳せてしまった。
「単純に、呪術との噛み合いが良いんだよ……つっても、分かんねーか? 分かんねーよな」
「いや、分かりますよ」
「
「
おっと、つい口調が移ってしまった。
なるべく触れないようにしていたのだが、やっぱりこの人なんか変だよな?
ナチュラルに忍者か極道みたいな発音が混ざってきてるんだけど。
どういう育ち方をしてきたのか、そろそろ本当に気になってきた頃合いである。
ていうか、分からない訳ないだろう。監視がつくって話から、相当の時間が経っているのだ。これで呪術について、何も調べていなかったとしたら、流石に間抜けとか言うレベルの話ではない。
「呪術を行使する際に必要になるのが呪力。で、その呪力は、使用者の負の感情を消費して生成される……だから、常に見せたくもない肌を見せて、不快感等を溜めてるって話でしょう?」
「……
「まあ……効率を考えるなら、それが一番手っ取り早いなとは思ったので」
かといって、本当に実行に移すかどうかは、別問題であるとは思うのだが。
いや、俺が知ってる呪術騎士って、ラウレストおじいちゃん先生と、プリーモさんしかいないからな……。流石に断言できない。
ヴァルキュリア呪術騎士学校の生徒を他に見たことは無いし、色々と調べ回っても結局、呪術騎士ですって人と会うことは、ついぞ叶わなかったのである。
と言っても、それは別段おかしなことではないのだが。何せ、そもそも呪術騎士自体、稀少な魔術師よりも、更に少ないのだから。
呪力と魔力は相容れないものらしい。つまり、魔力あるものは、呪術騎士にはなれない────裏を返せば、
これを知った時は流石にひっくり返った。というのも、俺の知っている……言わば『設定』がぶち壊されたからだ。
この世界……『蒼天に咲く徒花』の人間は、誰しもが魔力を持って生まれて来るはずだ。
つまり、それに準ずるのであれば、呪術騎士なんていう存在が生まれてくることはまず無い。有り得ない。
極東の島国から入ってきた技術だとか何とか、参考にさせてもらった資料には書かれていたが……。
もうこれ完全に別ゲーじゃん、という気持ちは拭えなかった。
あと多分だけどそれ、確実にモデルが日本だよね? って感じである。
ちなみに呪術は当時、魔術師への対抗策の一つとして有力視されたらしいが、上記の理由により、適合者があまりにも少なく、普通に廃れかけたらしい。当たり前すぎる。
だが、そこを何とか使える人が寄り集まり、今に至るまで細々と技術等の継承を行っている……それが《ヴァルキュリア呪術騎士学校》の大本であるらしい。
まあ、今では全国どころか、全世界にまで網を張り、適合者を探しているので、学校の体を保つことに成功しているのだとか。
マンモス校なアルティス魔法魔術学園とは、対極みたいな学校と言って良いだろう。
ラウレストおじいちゃん先生、俺が思っていた一千倍くらい苦労してるな……というのが率直な感想だった。
ただ、ここで一つ勘違いをしてはいけないのが、呪術騎士は決して凡才の証ではない、ということだ。魔法使いとは別で、どちらかと言えば、魔術師と同じ枠組みに入れるべきだろう。
魔力を保有しない人間は、その代わりとでも言うように、先天的に身体能力と五感の機能がずば抜けて高い。
それこそ、ただそれだけで、並の魔術師であれば相手取れる程に。
これについては正直なところ、半信半疑どころか「二次創作のオリ主?」とすら思っていたのだが、身の丈三倍くらいの戦斧を携えて現れたプリーモさんにより、それは本当であるということが証明されてしまった。
いや本当、良くあの細腕で、あんなゴツイもの振り回せるよな……。
俺だって魔法で強化すれば同じことが出来るだろうが、素では無理である。当たり前だ。
その点を考えると、呪力自体は使い勝手が悪いよな……とは思う。
《呪術師》ではなく、《呪術騎士》と呼ばれている時点で、ある程度察しはつくだろうが、呪力は魔力と比べて、自由度が格段に低い。
強化魔法のように、身体能力を向上させることも出来なければ、砲撃や射撃にも転用できないし、盾を作り出すことも出来ない。
使い道は一つ。
呪いの剣とか、呪いの盾とかを振り回す訳だな。
今朝方のもそうなのだろうが、もう一度くらいは見させて欲しいものである。
えぇっと、何だっけ?
「
「なんて???」
もう一回聞いても意味不明だった。ネーミングセンスが有るとか無いとかっていう話ですらないんだよね。
廃課金プレイヤーでもそんな名前の技作らないよ。
「
「真正のマゾみたいな制約ですね……」
「他にも格ゲー連敗台パンアタックとかもあるぜ」
「地獄の煮凝りみたいな技名!」
滅茶苦茶強そうではあるが、想像するだけでかなり可哀想な感じだった。
さっきの百連ガチャスラッシュも、それでマイナスったってことは、確実に爆死してんじゃん。
お前もうゲームやめろ。
悲しいエピソード博覧会みたいになってんだよ。
相手してるだけで居た堪れなくなっちゃうじゃねぇか。
「え? というか、なに? 呪術騎士って全員、そんな愉快な攻撃しかしないんですか……?」
「いや、流石にその辺は人それぞれだな。じじぃなんてほら、孫に嫌われてて泣きそうビームとか良く使うぜ」
「普通に可哀想なの出てきちゃったな……」
「因みに孫はオレだ」
「仲良くしてやれーッ!」
カラカラと楽し気に笑うプリーモさんだった。最悪過ぎる、もっとお爺ちゃん孝行してやって欲しい。
技に出来ちゃうくらいにはショック受けちゃってんじゃん。
ちゃんとした反抗期すぎるだろ。
というか、マジで? 真剣な殺し合いの場で、そんなこと叫ばれたら、流石に気が抜けちゃうんだけど。
「
「えぇ……何かちゃんと合理的でビックリしました……」
システムとして完成され過ぎていて、普通に引いてしまった。
いや、まあ、多分、技名等を決める必要も、叫ぶ必要も無いのだろうが……。
そういう教えを当然として刷り込んでいる、ヴァルキュリア呪術騎士学校────ひいては、ラウレストおじいちゃん先生にドン引きしてしまった。
精神攻撃としても成り立っていて、割と文句のつけようがないのだが、そんな合理性とは引き換えに、色々と失いすぎだった。
魔力があって良かった……。
「でも何か、結局微笑ましい感じのばっかりなんですね。ゲームといい、親子関係といい」
「
「ガチで生々しくキツいのはやめろ」
薄い本でしか見ないやつじゃん。現実にそういうことってあるんだ。
可哀想の一言に収められないくらいの居た堪れなさがあった。
そりゃトップまで辿り着けるだろうよ……と納得させられてしまう強烈さである。
普通に向こう十数年はそのエピソード一本だけで戦っていけそうだった。
「他にもな────」
「いや良い、良いです、いらないいらない。もうお腹いっぱいなので」
「ンだよ、まだまだ序の口だったってのに」
「ひぇ……」
ヴァルキュリア呪術騎士学校は、思いの外怖いところらしいな、と心に刻み付けられた。印象が完全に、窓が常時割れてる田舎の治安最悪学校なんだよもう。
隣町の不良学校と戦争とかしてそうだもんな。
負の感情を消費するのだから、比較的お淑やかなのかなと思っていたのだが、見当違いも甚だしかったようである。
「いや、
「いやぁ、この玉子サンド美味しいですね!」
「…………」
あまりにも痛いところを突かれてしまったので、テキトーに流そうとしたら、プリーモさんに半目で睨まれた。
いやもう本当、反論の余地が無いんだよな。
勝てない戦いはしたくないし、そもそも俺はレスバが弱いので、無言で睨み合いながら、パクパクとサンドイッチを頬張った。
結構種類があって、飽きないし美味しい。
「……
「直近だと、プリーモさんのお爺ちゃんに言われたばっかりですね」
「じじぃとオレが、同じことを……!?」
不覚! と背景に並んでそうな顔をして、愕然とするプリーモさんだった。ラウレストおじいちゃん先生のこと嫌いすぎじゃない?
確実に何かやらかしてないと、ここまでにはならないだろ……みたいな反抗のされ方だった。
「ま、口にあったなら、何よりだけどな。こういうのはあんまり得意じゃねーからよ」
「あれ? そうなんですか?」
てっきり、腕に自信があるから、わざわざ作ってきてくれたのかと思っていた。
というか、そうでもないと説明がつかないと思うのだが……。
これでは彼女が、新しく出来た彼氏の為に、お母さんに教わりながら弁当作ってきてくれました、みたいなシチュエーションになってしまいかねない。
俺は別に構わないのだが、この見た目とは裏腹に、実に硬派そうなプリーモさんからすれば、あまり望ましくない状況なようにも思えた。
「何言ってんだ? むしろ、そう見られた方が好都合じゃねーか」
「……?」
「……?」
普通に意味不明だったので、疑問符を浮かべてみたところ、同じように疑問符を浮かべ、見つめ返してくるプリーモさんだった。
互いに首を傾げ合って、「こいつ何を分かっていないんだ……?」と推理し合う時間に突入してしまう。
まあ、推理も何も、何かしらの認識が食い違っているだけなようには思えるのだが……。
「オレはお前の
「明らか振られているルビに適してない単語が出てきた! どういう経緯を辿ったらそうなるんだよ」
「いや、
頭おかしいのか? みたいな目で見られる俺だった。え? なにこれ、俺がおかしいのか?
関与できないところで婚約者を作られたかと思ったら、俺の知らないところで恋人まで出来ちゃったんだけど。
無から生えてきた自称元カノもいれば、愛人でも良いと迫って来る同級生もいるし、パッと見かなりラノベの主人公っぽい境遇だった。
ここから発生する感情が恐怖じゃなかったら良かったのにな、と他人事のように思う。
「オレの役目はお前の監視と護衛だ。流石に二十四時間とは言わねーが、四六時中傍にいることになるんだぜ? だから、そういう設定でいくのが自然だって、オレは聞いたんだが……」
「すげぇ、全部初耳だ……あっ、えっ?」
もしかして恋人の有無を確認した理由ってこれか!? 馬鹿みたいな作戦立てやがって……。
恋人がいなかったとしても、俺に好きな子がいたらどうするつもりだったんだよ。
せめて俺にも話を通せ。ぶっつけ本番で来るんじゃない。絶対に「まあ、クソガキじゃったし、雑に扱ってもええじゃろ……」みたいな思考で動いただろ。
毎度毎度、ドッキリを仕掛けられた気分になる俺の気持ちにもなって欲しかった。
あのおじいちゃん先生が、孫に嫌われた理由の一端を理解してしまった瞬間である。
「まあ、そこそこ合理的ではあるんですけどね。何ですか? 呪術騎士って、そんなに合理性を重んじてるんです?」
「……言われてみりゃ、全体的にその気があるな。まあ、その中でもじじぃは
「そうなんだ……」
お人好しみたいな顔通りという訳では無いらしかった。まあ、相手も人間なのだし、そりゃそうだろうと言われれば、そこまでであるのだが。
しかし、偽装恋人か……。
その単語にぶっちゃけ、ちょっとだけワクワクしてしまう俺がいた。
いや、だって、偽装恋人だぞ……?
婚約破棄イベント並みに経験しておきたいイベントだろ。
とはいえ、そんなことをしたら本当に、サクッと刺されかねないのだが────いや、もしかして
未玖が《予知》で見たやつの原因、これか!?
滅茶苦茶分かりやすい
うっかり引っかかっちまうところだったじゃねぇか。危ない危ない。
「でも偽装恋人なんて、やろうと思ってやれることじゃないんだよな……」
「好奇心と自分の命を天秤にかけてんじゃねぇよ……
「わぁ、失礼な目」
呆れたような、感心したような、何とも言えない眼差しを送って来るプリーモさんだった。別に本当にやるなんて言ってないだろ……!
偽装恋人を上手く扱えれば、周りの人間との距離も作り直せそうだなー、とちょっと考えただけである。
死ねない理由は、同時に無茶できない理由にもなってくるから。
本当に申し訳ないが、
だから、俺がもう少し器用であれば、採用していたことだろう。
あるいは、未玖の不穏な《予知》を聞いていなければ、安請け合いしていたかもしれない。
「まあでも、普通に不誠実だと思うし、回避できるところで火種は作りたくないんで……友人ってことで妥協しませんか?」
「んー……、オレは別に構わないぜ────ただ、そうだな。
それと敬語もな、と言いながら、プリーモさん……ミラは手を差し出した。
そういうことは先に言ってくんないかな、と思いながら手を握れば、
「────でも、それだけじゃつまんねぇよな?」
サンドイッチ分の代金だ、と。
グッと引き寄せられて、抱きしめられた。
すわ刺されるやつか!? と反射で身を引こうとするのと、ドササァ! と背後で物を落とす音が聞こえたのは同時だった。
何だか嫌な予感して、身体ごと後ろへと向ければ、目に入ったのはアイラだった。
「……甘楽くん?」
「いや待て! 誤解だ誤解! 別に屋上で逢引きしてた訳じゃ無い! だから『その女が許されるなら私も許されるでしょ』みたいな感じで猛進してくるのはやめろーッ!」
「へぇ……お前、変な女に好かれてるんだな」
「元凶が冷静な分析を口にするのもやめろ!」
ていうか全然離れない! 膂力が凄すぎる!
友達でいくって言ったのに、これじゃあマジで恋人やってるように見えちゃうだろうが! と叫ぶ間もなく、アイラは突撃してきた。
グイッ! と顔を両手で挟むように掴まれ、至近距離で目を合わせられる。
「これはちょっとした参考程度に聞きたいことなのだけれども……その初見の女が良くて、私がダメな理由を聞かせてもらえるかしら?」
「
ビックリするくらいハイライトの無い目に射抜かれてしまい、思わず恐怖が先に出てしまった。
本当に、どう説明すればスマートに誤解を解けるんだろうな……。
一瞬も瞬きしないアイラに冷や汗を流しながら、俺はやたらと愉しそうなミラを睨んだ。