取り敢えず三章が終わるまでは頑張って更新続けます。
内容忘れてると思うから三章頭から読み直すことをオススメします。よろしゃす。
「記憶喪失ねぇ……なるほど、良く分かったよ。せんせーにはどれだけ考えても答えの出せない意味不明な現象であるということが!」
「自信満々に言うこと?」
ちょっと本部の方で話そうか、というメッセージに従いやってきた第七秘匿機関本部、その一室。
完全に私室と化しているそこで、アテナ先生は「お手上げ~」ってな感じに笑って言った。
肩をすくめて、少しだけ申し訳なさそうな顔をする。
「ま、ふざけてる訳じゃなくてね。実際、魔導の反動である可能性はあると思うけれど、やはり断言はできないといったところかな。少年が軽々と使うから身近に感じられるけれど、我々にとって魔導そのものは未知の技術だ。現状、唯一の使い手である少年に分からないのなら、せんせーに分かる道理はないさ」
「ま、そうですよね……」
半ば分かっていたことではあったが、やはりガッカリが先に来る。
どうにも俺はこの辺り、アテナ先生にはかなり期待していたところがあったらしい。というか、単純に頼れる人カテゴリに入れていたっぽい。
まあ、作中最大の天才である黒帝と混ざっていて、なおかつ俺を一方的に叩きのめせるだけの実力を誇っているのだから、それも仕方のないことであるような気はするが。
自身を実験台にして色々と確かめていくしかないのだろう。都合の良いことに、俺には年齢とは釣り合わないだけの記憶がある。
記憶が飛び過ぎて廃人になったり……なんてことも早々起こりはしないはずだ。
「覚悟を決めるのが早すぎるだろう……どうしてこう、少年は自分を犠牲にする時だけ思い切りが良いんだ」
「そうは言っても、俺の問題ですし。一番頑張らなきゃいけないのは俺でしょう?」
「一理あるけれども、少年はまだ子供なんだ。そうする前に大人に頼りたまえ」
「頼った結果なんですけど……!?」
アテナ先生に分からないのであればもう、世界中探したって分かる人はいないに決まっている。
校長先生ですら、魔法魔術に関する造詣の深さはこの人には敵わないほどであるのだ。
「嬉しいこと言ってくれるじゃないか……うん、概ねその認識は正解だ。けれども魔導と破滅、どちらに関してもせんせーたちより詳しいやつが一人、いるだろう?」
ピッと指を立て、不敵に笑むアテナ先生だった。参ったな、全然分かんねぇ。
レア先輩のことではないだろう……確かに彼女はその身で魔導を扱ってはいたが、飽くまでそれは第二の破滅に憑依されていたが故だ。
レア先輩本人が習得したという訳ではないし、魔王と違って残滓とやらが残っている訳でも──あ?
「あっ、そっか。魔王」
「はい、その通り。良く出来ました、せんせーポイント100点あげよう!」
「超いらねぇ……ちなみに何に使えるんですか?」
「1点でハグ、10点でチュー、100点で結婚、かな……」
「アテナ先生しか得してねぇ……」
滅茶苦茶肉食系な景品だった、絶対にいらない。
どうしてこう……隙あらば結婚! みたいな頭をしているんだこの人は。
そのくせ、いずれ俺を刺す可能性があるのだから、恐怖レベルが一段と上がっていた。
大体、何でいきなり結婚なんだ。
せめて順序を踏んでくれ。
「えっ? それじゃあ……付き合っちゃう?」
「嫌でーす。ほら、さっさと行きますよ」
「あぁん、少年のそういう辛辣なところも、せんせー大好きだよ……」
「どういう性癖してんだよ……」
どこからか聞こえてきた気のする、
「オメーーーが言うんじゃねぇよ!」
という声を無視して俺達は部屋を出た。
「しっかたないのぅ、そしたら余たち一つになっちゃう?」
「なになになになに、何の話?」
改めて訪れた魔王の私室──というか、魔王を収容している第七秘匿機関の本部、地下一階。
殺風景ながらも調度品は用意されており、その一つであるソファに寝転がった魔王が、頬を赤らめながらそう言った。
不覚にも一瞬、色気に近い何かを感じてしまったが、『無敵!』と書かれたぶかぶかの白ティーシャツがそれを台無しにしてくれていた。
あ、あっぶねー……。
何千年生きているかは分からないにしろ、見た目十歳程度の幼女に見惚れるとかギリギリアウトなラインだからな。
気を抜かずに接していこう。
「は? おいおい、聞き捨てならないな魔王。少年と一つになるのはせんせーの特権なんだが?」
「ちょっとアテナ先生は黙っててもらえますか? 話が進まないので」
むんずと口を掴めば叱られた犬みたいな目で見て来るアテナ先生だった。おすわり! と命じればそこで一生座って待ってそうな雰囲気である。
先日俺をボコボコに叩きのめした人間とは思えないし、原作におけるラスボスとも到底思えない体たらくだった。
まあ、そのラスボスの片割れである魔王も今では謎の幼女と化しているのだが……。
改めてそう認識するともう色々と滅茶苦茶だなと思った。
「何の話もなにも、魔導とその代償についての話じゃったろうが」
「いやっ、確かにそうなんだけど……え? なに? 本当に魔導の代償なの?」
「当ったり前じゃろうが……何事も、大いなる力には大いなる代償が付きものじゃろう。そういうことじゃ」
ふあぁと欠伸交じりに魔王は、至極当然のように言う。
ソファからぴょんっと跳ねるように降り、てちてちと歩み寄ってきた。
「大体のう、そのちっぽけな人の身の、これまたちっぽけな脳みそで魔導を演算すること自体が本来、不可能なんじゃ。それをお前様は成し遂げている。ノーリスクとはいくまいよ」
「えぇ……俺、頭はそんなに悪くない方だと思ってたんだけど……」
「良し悪しの話はしとらんわ! ちゅーかお前様は恐らく、人類史上最も効率よく脳を動かしてるじゃろうよ。でなきゃ魔導を使うのは不可能じゃ……じゃがな、そもそものスペックが足りておらんのじゃよ。
じゃからこそ、魔導を使った後は意識を落としとるんじゃ。身体だけでなく、脳もズタボロに酷使していたという訳じゃな。どうせ以前から、身に覚えはあったんじゃろう?」
「むっ……」
言われてもみれば……というか、言われるまでもなくそうである。
初めて魔導を使った際は校長の存在が記憶から吹っ飛んでいたし、第二の破滅戦後はレア先輩の存在が頭から消えていた。
多分、あの瞬間はレア先輩以外のことも忘れていたのだと思う。
どちらも強制的とも見れる意識の落ち方をした直後のことだ。
修学旅行の件にしたって、その前に魔導を用いた模擬戦をしたばかりでもあるし、理には適っていた。
「つまり俺は毎回、ガラケーで原神を無理矢理起動してたから、ガラケーが耐えきれなくて落ちてたってことになるのか……」
「何言っとるのかさっぱり分からんが、つまりはそういうことじゃな」
理解を完全に諦めた魔王だった。ただ納得したことは理解してくれたらしい。
理解のあるまおピッピで助かるな。
「今恐ろしく不快な呼び方をされた気がするんじゃが?」
「気のせいだよ」
「気のせいかあ、それなら仕方ないのう」
バシィ! と俺の足を蹴りながら魔王が言う。全然仕方ないで済ませてくれないじゃん。
見た目相応の威力しかないので全く痛くはないのだが、取り敢えず魔王の気は晴れたらしい。
肩で息をしながら俺を睨む。
「そこでじゃ、余から一つ提案があるという訳じゃよ」
「……さっきの、一つになるとかどうこうとかいう?」
「うむ、それじゃ。まあもっと具体的に言うならば、余と契約して欲しいという話になるんじゃがの」
「契約……? 魔王が、少年とかい?」
怪訝そうに言葉を漏らしたのはアテナ先生だった。俺を引き寄せ、代わりに前に出る。
構図だけ見ると生徒を守ろうとする先生に見えなくもなかった。
問題は相手が力を失った幼女であり、アテナ先生も真っ当な先生とはギリギリ呼べるか呼べないかのラインにいることくらいだな。致命傷だろ。
「そう悪い話でもなかろう──代償は余が引き受けてやると言っているんじゃ」
「へぇ……それじゃあ、その引き換えに何を要求するんだい?」
「それも言うた通りじゃ。余を負かした主様と共におることよ……まあ、言い換えるのならば一定の自由じゃな」
「随分謙虚だなあ、とてもじゃないが悪逆非道の限りを尽くした魔王様とは思えないや」
「そんなもん今更じゃろうが……!」
「ふふっ、確かに。さて少年、せんせーは美味い話だと思ってるんだけど、どうだい?」
「いや、どうも何も話が全然見えないんですが……」
完全に俺だけ置いてけぼりな会話だったからね、今の。
そもそも契約って何? と言うところから始めなければならない。
習った覚えもなければ、ゲーム内に出てきた記憶もない。
完全に新出情報なんだよな。
いい加減、全く知らん情報を叩きつけられることには慣れてきたが、それはそれとして意味不明だった。
「文字通り、互いの合意を以って契りを交わすことじゃよ。ただ、用いるものが書類や口頭ではなく、血と魔力というだけじゃ」
「えぇ……何か急に怪しい術感出てきた……」
「まあ、システム的には魔術的と言うよりは呪術的なものじゃからな。とうに廃れた古い術じゃし、それも仕方なかろう」
曰く、契約とは今からもう何百年も前に
今となってはもう、互いの存在を認知した瞬間殺し合いに発展するような仲──いわば覆ることのない敵同士であるのだが、昔はそうでなかった時代があったということだ。
長い歴史から見れば瞬き一回分にも劣る、刹那的な時代であったらしいが。
それでも互いが手を取り合い、上手く共存しようとする動きが大きかった時代があったのだという。
とはいえそうなる以前も当然殺し合っていた仲であり、ある日を境に「はい! 今日からみんな友達! 仲良くしようね~!」と言われて「はい、分かりました」が出来るようなら、そもそも敵対なんてしていない。
魔獣魔族も人類も、剣は収めたが常に柄は握っている状態であった。
書面や口頭で幾ら約束を交わそうとも破られる可能性は常にあり、仮に破られた際の制裁を設けられようとも多発しては意味がないし、互いの不信は強まるばかりだ。
そしてそれは魔王にとっても、当時の人類のトップにとっても望ましいものではなかった──故にこそ、契約というシステムが確立されたのだという。
契約者同士の血と魔力に契約を染み込ませ、互いの身体に互いの血と魔力を分け合い馴染ませる。
これによって契約を破ろうと考えただけで、血と魔力は契約を果たそうと自動的に動き出す──例えば、身体の自由が利かなくなったり、意識を強制的に落とされたり、果てには自死したりといったように。
少々過激ではあるが、このくらいでちょうど良かったのだという。
お陰で数年ほどは平和を保てたというのだから、効果自体はあったのだ。
「とはいえ、恨みや憎しみといった感情は個人それぞれに宿るものじゃし、制御できるものじゃないからのう。小さな火種があちこちに飛び火して、結局今の時代に繋がった訳じゃな」
「ふぅん、だから契約システムは廃れたんだ。契約の存在自体が、魔獣魔族と人類が共存する象徴だったから」
「ま、そういうことになるの。結構頑張って作ったんじゃがなあ」
今や使えるのは余だけじゃ、と半笑いで言う魔王だった。その瞳には特段これといった感情は映されていない。
残念だとは思っているが、割り切ってもいるのだろう。
伊達に長生きしているという訳じゃないということだ。
あるいは時間がありすぎたが故に、諦めることが出来てしまった……なのかもしれないが。
そこまで踏み込む勇気は俺に無かった。
「お前様が嫌だと言うのであれば余は強制しないが、どうじゃ?」
「俺は特に文句はないけど……さっきの通りの条件なら、ちょっとお前が不利すぎないか? 俺だけ得してる気がするんだけど」
契約内容を簡潔に言ってしまえば、俺に降りかかる魔導の代償を魔王が引き受ける代わりに、俺と魔王は行動を共にしなければならない、というものである。
ちょっと俺に課せられた条件が緩すぎるだろ。
ただでさえ魔導の代償は記憶を失うことなのだ。釣り合っていないにもほどがある。
せめてこういうのは対等であるべきなんじゃないだろうか。
「クカカッ、そうでもあるまいよ。余はこのままでは、未来永劫ここに閉じ込められかねんしのう。そう考えれば、お前様の元にいた方が余としては都合が良い」
「いやでもお前、アレだよ? 下手したら……というか確実に魔導は使いまくるから、記憶ゴリゴリなくなってくよ?」
誰にだって、失くしたくない記憶はあるものだ。そこに例外はない──あってはいけない。それが人ではない、魔獣魔族であっても。
だというのに魔王は目を細め、諦めたように、
「長生きしすぎるとのう、忘れてしまいたい記憶も増えてしまうもんじゃ。つまりこれはWin-Winって訳じゃな」
なんて言うものだから、条件を付け足さなければならなくなった。
やれやれ、仕方のない魔王様だな。
「じゃあ、お前が俺と契約している間の記憶は、絶対に忘れたくない最高の記憶にすることを俺は誓うよ」
「……お前様、そんなんだから誑しと言われるんじゃぞ」
「あれ!? 悪口が返ってきちゃったぞ!?」
今のは素直に感謝されるところなんじゃないのか!? と思ったが、返ってきたのはただのジト目であった。
何か悪いことしたかなあ……と反省したくなるような目である。
でも、これくらいじゃないと個人的に釣り合わないというか、これでも全然足りないくらいなんだよな。
「じゃが、悪くない。よろしく頼むぞ? お前様よ」
「ん、任せとけ」
差し出された小さな手を握る。瞬間、ナイフをドスッ! と鋭い勢いでぶっ刺された。背中にではない、握手した手にだ。
刃は俺と魔王の手を貫通していたし、そうしたのはアテナ先生──ではなく魔王だった。
「うおっ、攻撃態勢に入るのはやめんか!? どうどう、落ち着けお前様! 契約、契約じゃからこれ! 血と魔力が必要と言うたじゃろがい!」
「だからっていきなりぶっ刺す馬鹿が何処にいるんだよ……!」
ダラダラと互いの血が混じり合いながら落ちて小さな血だまりを作っていく。
やっべー、超痛いわ。
普通に泣きそうになってきた。
「二度も死にかけておいて、今更この程度でうだうだ言うな。みっともないじゃろうが」
「いや痛いもんは痛いに決まってんだろ。お婆ちゃん魔王と違って、俺の神経は若々しく活き活きしてんだよ……!」
「さらっとディスるのはやめんか! 余は慣れてるだけだっつーの」
全く……と小言を零しながら魔王は、もう片方の手で血だまりをなぞる。
早くナイフ抜いてくんねぇかな……と思いながら見つめていれば、血は少しずつ色を変え始めた。
というか多分、発光し始めた。ゲーミング血液かよ。
絶対に輸血されたくない……。
「問答無用で半分こじゃがな。ほれ、多少痛むが我慢じゃぞ。我慢じゃからな? 良いか、気合で耐えるんじゃぞ? 男の子じゃろ? な?」
「なになになになになに、何なのその熱心な確認は。怖すぎるんだけど、えっ、なに? そんなに痛いの?」
「……昔のことじゃがな。お前様の倍ほどの体躯の大男が、痛みで失神しおったよ」
「いっ、嫌だー! そんなものを俺の中に入れるなーッ!」
「時すでに遅しじゃのう」
ズルリとナイフが抜かれ、代わりと言わんばかりにゲーミング血液は入り込んできた──瞬間、視界がバッと白くなる。
ガクンと身体が崩れかけて、反射的に腕で支えた。
やっべー、今一瞬気絶したわ。
しかも気合で起きたとかではなく、あまりの痛みに気絶した瞬間、その痛みでまた起こされたと言った方が正しい。
これもう拷問だろ。
流行らなかった理由と廃れた理由をいっぺんに理解した瞬間だった。
馬鹿なんじゃねーの?
内心で悪態をつきまくっていれば遂に血の注入は終わり、代わりにブレスレットのような文様が手首に刻み付けられた。
魔王の方にもそれは表れていて、満足そうに笑う。
「うむ、うむ、よく耐えたのう。これで契約は完了じゃ、どうじゃ? 気分の方は」
「はぁっ、はぁっ……最悪以外にあると思うか?」
こういうことは先に言えよ、ハッ倒すぞ──とまで言いたかったのだが、疲労が先に来て口が閉じてしまう。
そんな俺を見ながらカラカラと笑う魔王を視界に収め、後で一発全力でぶん殴ると誓うのだった。