時は少しだけ遡る。
リオン・ディ・ライズは、眼前で展開された《根源魔装》に、少しだけ眉を顰めた。
「根源魔装……?」
ポツリと湧き上がった疑問を、リオンは訝し気に口に出す。
《根源魔装》とは、《根源魔術》と《魔装》の両方を習得した魔術師のみが至ることを許される、魔術師最大の秘奥である。
これまでの歴史を鑑みても、そこに到達したのはかの黒帝と、目の前の女。ナタリア・ステラスオーノだけとされていた。
呪術騎士であるリオンでも、そのくらいのことは知っている。
あるいは、魔力を持たぬ者であるが故にこそ、と言っても過言ではないが。
超大規模魔術である根源魔術と、属性そのものを鎧のように纏い、一定の領域を自身の世界で塗り潰す魔装。
あらゆる道理を弾き、無理を通すことが出来る──無理を道理に変換できてしまう、超常現象。
そのような業を、五つ重複展開させているのだ。
本来であれば、この場で意識を保つことすらリオンには難しい。
眼前で展開された五重の根源魔装に、しかしリオンは
圧も、魔力も、脅威ですらも。
ただ、少しだけ風変わりなローブを纏っただけのように見えるそれは、リオンの目にはあまりにも脆弱に映った。
これなら、俺一人でも充分であると、そう思ってしまうくらいには。
「甘く見るでない、リオン。《五塵の相》は、木・火・土・金・水。五つの属性を一つの形に作り替え、五属性分の超大規模魔術を一工程で行使できるようにした
「あぁ、そういうたら昔にいっぺん、見したことあったっけなあ。ほな、どうや。あの頃と全くおんなじか、その身で試さしたろか」
ゆるりと杖が振るわれる。それより早く、ラウレストは防御用の呪物を起動していた。
第四の破滅戦に、リオンが使用していた大盾の呪物。それに類似した呪物が合計十枚飛び出し、ラウレストの全周囲を覆った。
刹那、極太の大樹の幹が、それにぶつかった。
「────ッ!?」
否、正確に言えばその大樹は、盾を素通りしてラウレストを貫いた。けれどもそこに、痛みはない。
貫かれた傷も無ければ、血も出ていない。精神的なダメージですら皆無。
ただ、ラウレストを突き抜けていくのみ。
(幻覚……? いや、有り得ぬ。五塵の相は全てが物理攻撃。幻覚の類は一切ないはず──であれば、魔法? いや、魔法による幻覚はまだ発展途上。儂が騙される道理はない!)
ラウレストが展開している盾は、五塵の相を相手にするために生成された呪物である。
並の魔法魔術であれば欠片一つで弾くことができ、三枚も重ねれば根源魔術にだって耐えうる、ラウレストの傑作が一つ。
だからこそ、ラウレストは混乱する。これは本当に、五塵の相か? と。
無論、五塵の相に木属性の魔術は、確かに備わっている。
《五塵の相・青:青龍》。これにより、かつてナタリアは数百の敵を、刹那の内に無力化した。
「考えとるなあ……そやけど、ええんか? そないにチンタラしとったら、手遅れになってまうで?」
「なに、を……!?」
刹那、ラウレストの視界はブラックアウトした。一寸たりとも光の映らない闇の中に、前触れもなく放り込まれ──
「否! ナタリア、貴様、
「御名答。言うたやろ? あの頃と全くおんなじか、その身で試させたるって──」
五塵の相──青:
物理的な攻撃力を零にまで落とし、その代わりに新たな価値──視力の削ぎ落としを付加させた、
殲滅ではなく、制圧することを中心に組み上げられた、新たな根源魔装。
実体を無くしたそれは、あらゆる障害を素通りにして、障害だけを残す。
「無差別に木ぃ生やさんし、根ぇ生やしてじわじわ命吸ったりもせん。代わりに五感を一つ、永久に削ぎ落とす」
「──その程度で好い気なるか、甘くなったのう。その辺の雑兵ならまだしも、儂が視力を失ったくらいで、止まるものかッ!」
カイウス・ラウレストは、世界最高峰の呪術騎士である。目が見えなくとも、呪力の流れは分かる。
自身の周りを旋回させている盾から呪力を飛ばし、それによる反響で周囲を把握する。
反響定位の呪力版、と言えば分かりやすいだろうか。
元より、常人を遥かに超えた身体スペックを誇る呪術騎士だ。
この程度ではハンデにもならないと、ラウレストは刀を抜いた。
「おい、もう忘れたか?
「な、ぁ……?」
見えない焔が、ラウレストの全身を包む。無論、そこに痛みはない。
焼ける苦しみも、焼けていく感覚も、何もかもが絶無。
ただ、するりと手から刀が落ちた。ラウレストが作成した特級呪物が一つ。
数十年以上呪力を練り込まれた刀が、振るわれることもなく。
「五塵の相──赤:
次は触覚や。とナタリアが薄く笑う。
五塵の相とは即ち、五感の永久剥奪を可能とした魔装である。
とはいえそれは、ナタリアが新たな魔術属性を獲得したという訳ではない。
これはナタリアが先天的に保有していた、魔術属性の延長線上にある能力だ。
木・火・土・金・水。一般的に五行と呼ばれる属性を保有していたナタリアは、その解釈を概念的方向に深めた。
五行とは即ち、色・触・味・香・声の五塵である、と。
それを司るのだから、当然与えるのも、奪うのも自由自在である、と。
その思考の自由さが、ナタリアを世界最高峰の魔法魔術師たらしめていると言っても良いだろう。
あるいは、真っ当な解釈では黒帝には遠く及ばなかったからこそ、別方向に進んだと言えなくも無いが。
「折角や、全部見ていけばええ……っと、そういうたらもう目はあらへんのやったな。かんにんかんにん」
「う、おぉぉぉぉぉおおおお!」
「せやさかい、遅いって。そうするんやったら、最初からせんかい」
五塵の相──黄:
実体を持たない土の柱が、ラウレストを貫く。
同時、ラウレストからは声が失われた。
パクパクと数回口を開くが、音の一つも発せられることはない。
「触と味。舌と口。二つ失くせば音は失く……どや? 今の気分は」
「────!」
「あははっ、何言いたいのかも分からんわ。五塵の相──黒:
津波の如く現れた真黒の水を、ラウレストが回避する術はない。
ただ呆然と呑まれ、また一つ感覚を削ぎ落される。
ラウレストの世界から、音が無くなった。
ここまでか、とナタリアは小さく息を吐く。
「さて、と。あんまり虐めるのに時間かけてもアレやしなあ。秘策もなんも無さそうやし、そろそろ殺しとくかあ」
ま、これも聞こえてへんやろうけど。と言葉を零しながらナタリアは飛び上がる。
杖を収め、掌を広げ。
カチリと、意識を切り替えた──元より五塵の相とは、ラウレストが知っての通り
意識の切り替えで、解釈の方向は変えられる。
概念的な根源魔装から、物理的な根源魔装へと。
制圧から、殲滅へと。
「五塵の相──白:白虎」
掌を握りしめた瞬間、ラウレストにはまるで、猛獣に食い破られかのような傷が出来上がった。
左半身を丸々消し飛ばされたように皮は破れ、肉は抉れ、骨は砕かれ、遅れて血が噴き出る。
浮遊していた盾の呪物は、手繰り手を失い落ちて行き、それに倣うように、ラウレストもまた地面へと落ちた。
グシャリと呆気ない音と共に、ラウレストは絶命した。
その身体を数回足で小突いてから、ナタリアは笑う。
「ん、こないなとこか。大口叩いた割には、なんてことなかったなあ。ま、ええけど。さーてと、ちゃっちゃと雑魚狩りしてまうかあ……あ?」
「うむ、うむ。人は敵を倒した直後が一番油断する──じゃったかな? ふぉっふぉっふぉ、教えは覚えておくもんじゃのう、ナタリア?」
「がっ、あぁ……!? てめ、ジジイ、何で……!?」
ゴボリとナタリアは吐血する。その腹には拳大の風穴が一つ、強引に空けられていた。
下手人は言うまでもない。
先程までボロ雑巾のようにくたばっていたラウレストが、その手ずから空けたのである。
不思議なことに、その身体に傷は一つもなく。
奪われた五感は正常に戻っているようだった。
「────白虎ッ!」
「むっ」
ナタリアの判断は的確かつ、迅速だった。
自身の腹を貫いている腕を引きちぎり、もう片方の手で手繰る白虎で、振り返りざまにラウレストの上半身を裂き消す。
五塵の相──白:白虎。
それは《金》の魔術属性から生まれた、根源魔装が一つ。
己の四肢に白虎を模した、無色透明かつ貫けぬもののない巨大な牙と爪を付随させ、視界に入る任意の場所に出現させる、破壊の魔術。
たった一人に向けて圧縮させたそれは、空間ごと引き裂いてしまうほどの威力を誇っていた。
ラウレストの上半身は塵も残らない──しかし、致命打にはならなかった。
何故ならば、その場に残った下半身が後を追うように消え。
そしてまるで、幻のように五体満足のラウレストはその場に現れたのだから。
対呪力の秘薬を飲み干し、回り始めた呪力を相殺しながらナタリアは舌打ちをする。
「再生、やないな。何や、それ……転生。いや、
「ほう、一目で見抜くとは。流石は、一時とは言え、儂の師であっただけのことはある」
《根源魔装》や《魔装》といった深奥が魔術にあるように。
呪術にも、深奥と呼ばれる極致が存在するとされている。
無論、机上の空論だ。
これまでの歴史上、そこまで辿り着いた人間はいなかった。
それが今、覆される。
「
吹きあがっていた呪力が、ラウレストの全身へと巻き付いていく。
たった今までこの場を制圧していたナタリアの魔力が、ラウレストの呪力に押し返され始める。
拮抗──を少し超え、呪力が圧を増した。
「捻った名前にはならんかったがのう……じゃが、分かりやすいじゃろう? あらゆる並行世界から、無事な儂の肉体だけを呼び寄せ、自らの魂を載せることができる。今の儂は、実質的な不死と思え、ナタリア」
「……人の身を捨てたか、カイウス」
「呪いの道は、人の身で歩みきるには時が足りなさすぎたのじゃよ」
転身とは、元より呪霊の本分だ。呪いより出でたそれは、呪い以外の術で器を失うと、新たな肉体を世界の方から提供される。
それを、人の身で再現するのは不可能だ。されども、呪霊を喰らった人間であれば?
呪霊の魂を呪術で抽出し、自身の魂と混ぜ合わせれば、肉体が熱を失った時、世界の方から肉体が提供されるようになるのではないか?
そのような考えの下にラウレストは呪霊と一体化し、結果として呪術の深奥に至り、並行世界の自身と接続するにまで至った。
「不老にまでは至れんかったがのう。戦うのであれば、十分に過ぎる」
「……醜いったらありゃしないなあ」
「何百年と生きるエルフと比べれば、そう見えても仕方がないじゃろうな」
「チッ、死ねや」
無造作に振るわれた白虎の爪が、しかし防がれた。盾ではない。ただの片腕で、ラウレストはその一撃を防いでいた。
多少の傷は入ったものの、致命傷には程遠い。
瞠目したナタリアに、ラウレストはため息を吐く。
「呪術騎士とは、呪術とは。負の感情を薪とする術じゃ。のう、ナタリア。優に四百年も生きるお主には、二度も殺された人間の恩讐は、どれほどのものか、分かるのかのう?」
「ハッ、面倒になってきたなあ……あぁ!?」
全身で未だに暴れる呪力に吐血したナタリアに、砲撃が降り注ぐ。甘楽の魔導とすらまともに撃ち合えるそれは、ナタリアへと火傷に近い傷を残した。
リオン・ディ・ライズ。
魔法魔術の頂点と、呪術の頂点に立つ両者の戦いの渦中におかれ、しかし傷の一つも負わず、気を失いもしなかった。
それは偏に、リオンが実力者であるというのもあるが、それ以上に、リオンが選ばれし人間であったから、としか言いようがないだろう。
圧倒的な呪力と魔力をその身に浴び、頂上決戦の一幕をその目に焼き付けたリオンは、既にステージを一つ上がっていた。
今やリオンは、致命傷に近い傷を負っているとはいえ、ナタリアの存在感をしっかりと把握することが出来ていた。
「ふー、良し、良し。良いねぇ、見えてきた。助かったよ、爺さん。お陰で俺も、呪術について理解ってきたぜ」
「であれば、成果を見せてみよ。ナタリアを潰し、魔法魔術界も、世界も丸ごと終わらせてのう」
「ハハッ、物騒だなぁ。でも、りょーかい。リオン・ディ・ライズ。いくぜ──」
『Ragione trascendentale:ver.del bombardamento』
一筋の閃光が空を裂く。反射的に防御に回った大盾が、一枚、二枚と破り貫かれた。
パラパラと細かい欠片と化した盾が、呪力を霧散させながら地へと落ちる。
それを踏みしめるようにして、少年は戦場へと現れた。
「弱いものはイジメは良くないって、学校で教えないのかよ。ヴァルキュリア呪術騎士学校ってのはよ」
「いや誰が弱いものやねん……! ちゃっかりうちを弱者扱いすな!」
「あれ!? 今のは颯爽と現れた俺に感謝を告げるところなのでは!?」
「うっさいわ! キメ台詞にしたってもうちょっとあったやろ!」
「うおー! 俺の台詞センスに言及するのはやめてください!」
血反吐を巻き散らかす校長が見えたものだから、焦って思わず砲撃をぶちかましたところ、普通にガードされたし校長からは文句を言われる俺であった。
ちくしょう……! 何もかも上手くいってねぇ……!
唯一上手くいったのが、校長が死ぬ前に辿り着けたということくらいである。いや、そもそも校長がこんなにボコボコにされてること自体がもう、予想外ではあるのだが……。
何なら俺が行く前に片付けておいてくれるかなーという、淡い期待をしていたくらいであるのだが、真逆の現象が発生していた。
ここは素直に、ラウレストとリオンを称賛しておくべきところなのだろう。
絶対にしないが。
出来れば殴らせて欲しいな、とかは思う。
「……甘楽は、そっちのガキ共を頼む。うちはあのジジイの相手してやらなあかんっぽいさかいな」
「大丈夫なんですか? フラッフラですけど」
「無問題や。むしろ、ハンデとしてちょうどええくらいや」
言って、ナタリア校長は飛び上がる。既に腹の傷は塞いだらしい。同時に動き出したラウレストと、熾烈な合戦を始めて遠退いていく。
そうすれば必然、俺たちだけがその場に残ることになった。
「おいおい、そう睨むなよ、甘楽。騙したことについちゃ、悪いと思っているけどさ。相棒だって言ったのは心の底からの、素直な気持ちだったんだぜ?」
「いや、だとしたら尚更ダメだろ……どうすんだよ。俺、今普通に傷ついてるからね? 百発殴ってもまだ足りないから」
「──殺したいとは、言わないんだな」
「ただの喧嘩で、そこまで物騒なこと言い出すほど、俺は野蛮人じゃないんだが……」
だいたい、リオンを殺したところで俺に得が無い。騙された、裏切られたと言っても、命のやり取りをする程では無いというのが正直なところである。
喧嘩は喧嘩だろ。
これで仮に、周りの人間が誰か殺されました、というのであれば話は別だろうが……。
そういう訳でも無い。何なら多分、今一番こいつに傷つけられているのは俺である。
であれば、そう。
俺は、俺の為に、誰かを殺したいとは思わない。
「それに、そういう恨み辛みってのは、連鎖するものだろ。俺で途切れさせられるなら、その方が良い」
「……甘楽のそういう、如何にも主人公らしいところ、死ぬほど嫌いだぜ」
「どういうベクトルの僻みなんだよ、それは……」
というか別に、主人公らしいこと言ってないし……。
一般的なことを言っただけでこれなのだから、リオンの主人公判定はかなりガバガバだった。
ただ、それはそれとして。
「そういう嫌悪は言い訳にしてやらないから」
「良いねぇ、そのくらいじゃないと盛り上がらない──なあ? ミラ」
「っ!」
「悪ぃな、
刹那、申し訳なさに彩られた声がした。それに重なるように、呪力の込められた戦斧が鋭く閃き、
「あらあら、行儀が悪いですわね、ミラ様。騙し討ちなんて、はしたないですわよ?」
焔の盾に防がれた。
数秒の拮抗の後に、弾かれたようにミラがリオンの傍に立ち。
俺の隣に、レア先輩が並ぶ。
これで二対二だ。あるいは一対一が二つ、と言っても良いだろうが。
「ふ~……間一髪でしたわね。ぶっちゃけ、間に合わないかと思いましたわ」
「いや、あの、ちょっと? そんなギリギリだったんですか? 今になって心臓バクバクしてきちゃったんですけど……」
「ふふっ、もちろん冗談ですわよ」
ふわりと微笑んだレア先輩が、胸を撫で下ろす。えっ、本当? 本当に冗談だった? ねぇ……。
軽く問い詰めたくはあったが、残念ながらそんな暇はなかった。
斧を携えたミラを、じっと見つめる。
「随分顔が青いな、ミラ。もうやめたら?」
「そうはいかねぇ……オレは、道具だからな。
「とても本心とは思えない顔だけど? それに、その身体……」
「……うるせぇ、黙れ」
少しのやり取りだけで、説得するのは不可能であることを察する。
というか俺自身、大して口が上手くないどころか、むしろ下手なまであるからな……。
ミラについては任せた方が、きっと良い方向に転がる。
「ええ、ミラ様はわたくしにお任せください」
「ありがとうございます、レア先輩。ミラを、頼みます」
デカくはなったが、俺専用に作り直してもらった杖を握り直して、息を整える。
魔力神経に問題はない。身体の方は、若干血が足りない気もするが、その程度。
つまりはフルコンディション。
相手は初めて一緒に戦っていたいと思えた、運命のような男。
ガッツリ信頼した瞬間に、思いっきり裏切ってきたとんでもない男。
しかも多分、私怨だ。
何か複雑な事情はあるかもしれないが、それはそれとして、多分に私怨が含まれているであろうことが、言葉にされずとも分かる。
正しく、何か知らんところで知らんやつに恨まれていた状態なのは明白だった。
だから、まあ、何ていうか……アレだよな。
「普通にイラつく、今すぐ落ちろボケ」
「ハハッ、これを見ても、そんな暢気なことが言えるか!? 甘楽────起きろ! 第三、第四の破滅! 俺の身体を、貸してやるッ!!」
「は!!?」
俺が絶叫するのと、リオンの全身が破滅に呑まれるのは同時だった。
あまりにも覚えがある、身の毛がよだつ感覚が肌を撫ぜる。
「あ、あー……生命の、幕を引く時が来た」
ざらりと空気が変わる、世界が歪む。
第三、第四の破滅。両方の同時完全顕現。
最高の器を以てそれは今、成し遂げられた。
「わたし、ボク──俺は、第三、第四の破滅。終焉を連れるもの」
其処に在る。ただそれだけで、世界が悲鳴を上げる。
呪力が、魔力が吹き荒れる。
リオンの全身は今や、魔力と呪力に。黒と白に彩られていた。
肌には幾何学模様が刻まれ、それでも瞳は青の輝きを閉じ込めている。
「破滅の未来を此処に────汝らの終焉は、今定められごぶぉぁあ!!? ちょっ、えっ!!?」
「あのさぁ……!!」
それがあんまりにも腹立たしくて、ベラベラ喋ってる間に一発、拳をぶち込んでしまった。
顎をかちあげられたリオン──破滅が、驚愕したまま身体を硬直させている。
殺し合いじゃなくて喧嘩だって、何回言えば分かるんだよこいつ。
あぁ、クッソ。勢いで動きすぎちゃったから拳が痛い!
「
「なっ、え、えぇ……!?」
「一回ぶち殺して常識叩き込んでやるよクソ童貞野郎ーーーッ!」
「お、お前さっきと言ってることが違うぞ!? 滅茶苦茶すぎる!」
殺すのか殺さないのかどっちだよ! あと童貞じゃない! と叫んだ破滅兼リオンの口に、問答無用で杖を叩きこむ。
ちっ、うっせーな。喧嘩の仕方も知らない男は黙ってろよ。
ガリガリと歯を削っているのを感じながら、渾身の魔導を杖に流し込んだ。
「その邪魔虫、今消してやる」
『Ragione trascendentale:ver.del bombardamento』
蒼の閃光が解き放たれる。
遠慮なし、容赦も一切抜きで放ったそれは、易々と破滅兼リオンの全身を吞み込み、地表へと叩きつけた。
さながら悪霊が抜けていくように、リオンの全身から塵となった第三、第四の破滅が抜けて、ほとんどを散らせながらもリオンの右腕に収束していく。
顕現したばっかりだったから耐久力が低かったんかなとか、まあ憑依状態じゃないなら良いかとか、そんな事を思う。
まあ、俺も魔王に代償は肩代わりしてもらってる訳だしな。
すぐ近くに降り立って、リオンが立ち上がるのを待つ。
さほどダメージはなさそうではあるが、それでもふらついた様子のリオンを、ハッと鼻で笑った。
「ちゃんとした喧嘩の仕方ってのを教えてやるよ。来い、相棒」
「ハハッ、うざったいな……主人公ってのはさぁ!」