その光を、その輝きを、九尾は──九尾
優に数千年という時を生きてきた、歴史上最も強力とされた大呪霊九尾のみが、それをその目で見たことがあった。
故にこそ、誰よりも早く九尾は
何をと言えば、
「あの小娘が接続者だったとはなァ。チッ、一目で分からねェとは、俺様も落ちたもんだ……いや、あるいは今、覚醒したか?」
浄化の輝き。
裁きの光。
呼び方はどうあれ、それはありとあらゆるものを滅却する光だった。
かつて──昔々の大昔。まだ、呪霊がこの国を超え、世界中に溢れかえっていた時代。
人と魔と呪が三つ巴の関係を維持していた頃。
当時の呪霊の王を含め、大半の呪霊がこの光によって跡形も無く滅却された。
無論、呪術ではないのだから、転身するはずであった。
時間はかかろうとも、必ずその肉体は再構築されるはずであったにも拘らず、その光によって消された呪霊は二度と再生することはなかったのである──そも、魔導とはそういうものなのだから、それも当然ではあるのだが。
この世界に在りながら、この世界の外にある法則。
理外の理、そのもの。
それが魔導と呼ばれる業であり、世界に敷かれ
完成された魔導は、どのような設定、法則、規則であろうとも粉々に打ち砕く。
第四の破滅と融合した九尾を討伐した甘楽の一撃によって、それでも九尾が完全に生命活動を停止しなかったのは、甘楽の練度不足と破滅というイレギュラーが混ざっていたが故であり、本来正しく魔導が運用されていれば、あの時点で九尾はこの世から消え去っていた。
そのことが分かっていたからこそ、九尾は甘楽と戦うことを避けた。道を阻むことは可能であったが、先に行きたがる甘楽を素通りさせた。
九尾は、魔導の真の恐ろしさを誰よりも知っていたが故に──あるいは、そこで安堵してしまったから、葛籠織日鞠という天才を……接続者を、見落としてしまったのかもしれないが。
「ったく、まさかこの時代、このタイミングに居合わせるとはな。俺様もつくづく運がねェ……あの特異点に引き寄せられた可能性も、無くはねぇだろうがなァ」
いつの世も、力ある者の下に、力は集まるものだ。
九尾自身が、かつてはそうであったように。九尾自身が、その目で見てきた歴史が証明する通りに。
接続者──極々稀に、この世界に産み落とされる、星の愛し子。極光に望まれ、才能に祝福された、選ばれし者。
魔導に接続することを世界に許された、星の最高傑作にして、最大戦力。
その恩寵は、過去から未来へ受け継がれるものではなく、虹のように時折現れ、はかなく消えるもの。
ただ、特異点──日之守甘楽とかいう、自力で魔導に辿り着き、許しも資格もなく、力ずくで魔導を引きずり出している、蛮族というか、ただの異常者がいるのだから、接続者もいておかしくはないか、と九尾は頷いた。
それに、この光に消されるのであれば、かつてただ逃げた身としては、来るべき時が来たという気持ちにもなる。
「ただ、それはそれとして、黙ってやられるのは面白くねぇよなァ……!?」
眼前の極光は、確かに九尾の記憶を想起させる輝きを誇ってはいたが、同時にあの時ほどの練度は無いということも、九尾には理解出来ていた──その上で、死は避けられないことも悟りはしたのだが。
初覚醒であるが故に、長時間は保たない。もって数分が良いところだろう。
であれば、抵抗できなくはない、爪痕を残すことは可能だ。
事象を捻じ曲げるということは、九尾にとっても十八番であるのだから。
ガパリと、九尾は顎を開く。その先で渦巻いた呪力が、高密度に圧縮されて解き放たれた。
昏い色の呪力が、浄化の白と激しくせめぎ合い、爆散する。
「あは~、キツネコンコン九尾さん~、頑張るね~」
「小娘──図に、乗るなァ!」
大呪霊たる九尾の呪力はほぼ無尽蔵と言っても過言ではない。それらを湯水の如く消費した数多の光線を、日鞠は腕一つで振り払う。
編み上げられた光のドレスの前では呪力は霞み、払われた波動だけで九尾は苦悶に奥歯を噛みしめた。
「ぶっ飛べ!」
「それ、日鞠やだ~」
放たれた呪言が、現実を改竄する前に、振るわれた光とぶつかり合って霧散する。
散った呪力の欠片を丁寧に消し去りながら、剣の形に整えられた極光は、鋭く九尾の尾を斬り落とした。
傷口から止めようがないほどの呪力が溢れて落ちる。
「ん~、何だかとってもいい調子~。今の日鞠、無敵かも~?」
「──ッ! おおぉぉぉおオオ!!」
余波だけで小規模な町なら消し飛ぶ咆哮。衝撃波だけで山にさえ罅を入れる掌は、やはり届かない。
そも、日鞠が手繰る光をかいくぐったとしても、九尾の攻撃は一つも日鞠の肌を掠めすらしなかった。
それは、先天性魔術属性《天光》を元に、理外へと接続した者にのみ与えられる専用魔導。
莫大な魔力と体力の消耗を引き換えに、星々に演算を代行させ、事象を上書く光を纏い手繰る、完成された業。
展開時間が極端に短い代わりに、圧倒的な殲滅力を備えた対終末魔導。
たかだか大呪霊一匹、相手になる訳がなかった──それがたとえ、数千年生きた九尾であろうとも。
「早く終わらせちゃおっか~、キツネさん~!」
「やってみせろ、小娘ェ!」
絶叫した九尾と向かい合う日鞠の瞳は爛々と輝いている。
臆することはなく、怯えることはなく、ただ九尾を見据える彼女は、まるで英雄のようだった。
制限時間付きの絶殺の光と、数千年重ねられてきた呪い。
その決着が、もうすぐつこうとしていた。
「えっ、ちょっ、あれ魔導、え、えぇ……?」
ちゃんと死にかけたり治ったり、気合入れて前に出たりしていたら、いきなり覚醒した日鞠が九尾をボコボコにし始めていた。
どうするんだよアレ、一周回って九尾の方が可哀想になってきちゃったんだけど?
もう満身創痍じゃん。さっきまでの俺かよ──なんてことを考えていれば、鋭い殺意が一つ、真っ直ぐと向けられる。
ヴヴン、と光の剣が軽く鳴いた。
「いい加減、俺たちも終わらせるとしよう──なあ、甘楽」
「……そうだな。リオンのその滅茶苦茶な情緒も、一回キッチリ落としどころ付けてやった方が、良さそうだし」
「随分と上からだな。それともなんだ、俺を救うとでも言いたいのか?」
「は? そんな殊勝なこと考えたことねーよ……ただ、そろそろ俺も、八つ当たりされてばっかで、イラついてきたんだっつーの!」
互いの砲撃が、ど真ん中でぶつかり合った。火力は互角──否、リオンの方が少しだけ上回っている。
無論、それは火力だけではない。基本的に全てのスペックが、今のリオンは俺より上だった。
「ぜぁあああああ!」
「ぐっ、う、それ、マジでただのチートだろ……!?」
「ハハッ、主人公にはピッタリだと、そうは思わないか!?」
残像すら残す速度でリオンは空を翔ける。正直なことを言ってしまえば、最早まともに目で追うことは不可能だった。
だから、予測する。
これまでのリオンの動きや思考を元に、これから取り得るであろう全てのアクションを計算し、最も高い可能性に全賭けして対処する。
言うまでもなく、リスキーだ。ミスればサクッと死ぬかもしれない。
だけどまあ、いけるっしょ。
気楽にもそう思ってしまう、根拠のない自信が俺の内には溢れていた。
それを投げやりになっているのかどうかは、ぶっちゃけ俺にも分からない。
分からない──けれども。
「
「何を、ごちゃごちゃと!」
真上から響く絶叫。流星の如く加速するリオン。その姿が、瞬時に試行したシミュレーションと重なった。
見るより早く、身体を捻る。前提に置いた思考と結論にただ従う。
信じろ、自分の計算を。予測を、可能性を。
大丈夫、問題ない──
「──ほら、全部計算通りだ」
「は、ぁ……?」
鋭く放たれた数十の刺突を紙一重で躱し、数瞬の間隙を縫うようにリオンの頭に杖を当てた。
コツン、と間の抜けた音がする。
頭部装甲の、ガラスのようになっている部分から透けて見える、リオンの瞳が見開かれた。
「俺、ゴリ押し以外の戦い方、初めてしてるかもしれないな……」
『Ragione trascendentale:ver.di tiro』
超圧縮された砲撃魔導が、杖を通した射撃へと変換される。
展開から放出まで、コンマ一秒すら必要としないそれは、過たずリオンの顔面へと撃ち放たれた。
頭部の装甲が罅割れ、砕ける音が響く。
パラパラと破片が舞う中、頭から血を流すリオンが、苛立たし気に舌打ちをした。
「俺の動きを先読みしてるのか……?ハハッ、冗談は止せよ。俺は、俺が! 今ここで、お前を倒さないとダメなんだ! そうじゃないと、俺は、俺は!」
「主人公にはなれないってか?」
「違う! 主人公はたった一人で、きっとそれは、甘楽のもので! それは認めるべきことで──だけど!」
持ち替えたライフルの引鉄が引かれる。圧倒的速度のそれを、半歩ズレることで回避した。同時に砲撃速度を更新し、再度演算を走らせる。
瞬間的に再現した未来予測をなぞるように、リオンは空を蹴った。
「だけど、それなら俺はどうすれば良い!? どうすれば良かった!? 俺は──俺は一体、何者だってんだよ!? 誰になら、俺はなれた!?」
「はぁ? お前はお前だろ、リオン!」
「違う──違う! 俺はリオン・ディ・ライズじゃない! もう違う、もっと不純な混ざりものなんだ! ああ、クソ、クソッ、こんなことなら、知りたくはなかった!!」
感情のままにリオンは叫んでいるようだった。そのほとんどが俺には理解できなくて、それでもその全てが、リオン・ディ・ライズという男の内実を、そのまま表しているようだった。
整理なんてちっともされていない、ごちゃ混ぜのままの感情。複雑に絡み合って歪んでしまっている思考。
表面上は取り繕えているだけに、一枚剥がせばおどろおどろしい程に奇怪になったリオンの心の発露。
「なあ、俺の非日常! 俺の
「────っ、お前は、俺にその辺の脇役だって言われたら、納得するのかよ!?」
「する訳ねーーーーーだろ!!」
じゃあ聞くなよ! と絶叫に絶叫を返しながら、魔力と呪力が互いに散って宙を舞う。
時間を追うごとに情報量と質を更新し、それでも時折計算から漏れる攻撃に奥歯を噛みしめた。
盾とは違う、攻撃用のビットが十門、リオンの背後で動きを止めて、俺を捉える。
「それともまだ、俺が主人公なのか!? それならこの世界は、物語は何なんだ!? 俺は知らない──知らないってことは、そうじゃないってことだろう!?」
「何言ってんだお前……! だいたい、俺もリオンも、それぞれ自分の人生の主人公だろうが!」
「そんなおためごかしを聞きたい訳じゃねぇ!」
瞬間、リオンの両翼は鋭く開かれた。呪力が爆発的に膨れ上がり、直後にその全てを以て、一斉射撃は行われた。
両手のライフル二挺。展開された十のビット。計十二の射撃を、躱しきれない。
読み切れなかった分を槍状にコーティングした杖で弾き、その上で逃した一撃が、肩を鋭く貫いた。
「っづぅうう!」
「俺は、俺は、俺は────!」
両翼を担う呪力の出力を引き上げ、リオンが超加速した。音すら超えるそれは、計算を数瞬超える。
視界が閃く衝撃と共に、腹には銃口が宛がわれた。トリガーを引く音が、嫌に耳朶を打つ──まるで、スローモーションのようだった。
決着がつく、その瞬間であることを本能的に理解する。
あ、これ死ぬわ。流石にこれ以上の大ダメージは耐えられん。と理性的な部分が断言していた──いや待て。
俺が死ぬ時って刺される時じゃないの? や、確かにミラに刺されはしたが、結局生き残ったし……。
未玖の予知は百発百中、絶対だ。外れることはない。
俺は女性に刺されて死ぬ。であれば、ここで死ぬことはないんじゃないか?
まさかここでリオンが、脈絡もなくTSする訳でもあるまいし……。
それなら俺がここで死んじゃダメだよな?
予知を覆すとは言ったが、こんな形で覆すことは想定していない。
というか絶対に嫌だ! 俺は抗うぞ!?
道理なんて蹴っ飛ばせ! 無理だけ押し通して我儘を爆発させろ──そもそもさぁ!
「どうせ死ぬなら、美女に殺されたいに決まってんだろ!!?」
『Ragi……one tras……cendentale:v……er.……Alte……razion……e d……ella re……altà』
信じられないくらい火花を散らしながら、ノイズ混じりに杖が音を奏でる。
直後。一瞬と一瞬の、隙間のような時間。蒼い光がパッと閃いた。
同時にトリガーの、カチンと無機質な音が響いた。けれども、ただそれだけだった。
銃声はせず、あれほど高められていた呪力は、綺麗さっぱり霧散していた。
「……? ……?? ん? え? 何!? 何をした!?」
「えっ、わ、わからん……」
「は!!?!??!??」
「ご、ごめんて……そう叫ぶなよ。本当に分かんないんだってば」
「くっ、クソッ、俺は本気で殺す気で──あああああ! 畜生、そういうところも嫌なんだ! いつもいつも、想定外ばかりで、自分が中心に回ってるような主人公が──甘楽が! 本当に!」
「もうそれはただの悪口なんだけど!?」
完全に特定個人に対する罵倒だった。俺が何したってんだよ──いや、何かやっちゃったっぽいんだけど。
何かというか、まあ……多分、
じっくり見て分かったが、日鞠の手繰るあの魔導──
もっと正確に言うのであれば、「消滅」だったり「破壊」といった類の方向性で、事象を上書く魔導。
そこに如何な盾が有ろうとも、如何な剣が有ろうとも、「消し飛ばした」「破壊した」という事象だけを残して通り過ぎる、絶対権能。
だから、真似は出来ると思ったんだよな。
土壇場だったから意識していたのかすら、自分では曖昧であるのだが、現実がこうなっているのだから、意識していたし上手くいったのだろう。
まあ、何だ。
つまるところ──
「──事象の拒絶、か? 敢えて言うなら」
「……それは反則だろ!? 普通に!」
「うるさいぞ! リオンのそれだって反則みたいなもんだろ! 何なんだよその鎧はよ!」
「これは、れっきとした俺の、装備だっつーのぉ!」
「ズルいんだよぉーーーッ! 俺もそういうの欲しい!」
再形成した魔導の槍と、光の剣がぶつかり合う。その度に魔力と呪力が散って、俺たちの周りを鮮やかに彩っていた。
リオンの動きに、最初ほどのキレはなかった。
頭に一発叩き込んだのが相当キタらしい。今もダラダラと血を垂れ流していて、息切れが酷い。
まあ、それは俺もなのだが。
見栄を張って全快してもらわなかったせいで、胸の傷はもうがっつり開いていたし、これも
多分、さっきのが奇跡の一回だった。あとは何度も検証してものにするしかない。
ついでに言えば杖がもう壊れそう。
刻一刻と、自分の身体が死に近づいているのが分かる──けれども、それを上回る興奮が、全身を支配していた。
何度目かの拮抗。
互いの獲物が火花を散らし、至近距離で目が合う。
「何だってんだよ……本当に! 俺は、甘楽は、俺たちは! 主人公なはずだろう!?」
かすれた声で、それでも絶叫だった。
泣きそうな瞳で、それでも怒っていた。
あるいはそれは、俺に手を引いてもらおうとする、迷子の少年のようにも見えた。
だから。
だから、俺は。
俺が、取るべき選択は。
「うっさいなぁ……!! だいたい! さっきから言ってるそれ、解釈違いなんだよ!!」
「かっ、解釈違い!? 何のだよ!?」
槍と剣が弾き合って。
間を埋めるように射撃が飛び交って。
叩きのめすように砲撃がぶつかって。
それでも互いに止まらない、超高速ドッグファイトの中で、俺たちは叫び合う。
「俺が主人公だとか! リオンが主人公だとか! 嘗めたこと言ってんじゃねぇぞ!!」
「嘗めたこと!? 違う! 実際に──」
「違くない!!」
槍をハンマー状に変形させ、動揺したリオンの腹を鋭く殴り上げる。
硬質な音がして、鎧の破片が散った。
最後のチャンスだ。逃さない、手は止めない、思考は回し続ける。
「だから、教えてやる!
今、振り絞れる最大限の魔力を叩きこむ。
脳みそを使い潰す感覚を味わいながら、魔導の演算処理をする。
杖がみるみるうちに砕け落ちていく。
「立華君に決まってんだろぉぉぉ!!?」
『Ragione trascendentale:ver.del bombardamento-duplicazione』
重複展開した砲撃魔導を一つに重ね、収束して撃ち放つ。
俺の絶叫すらかき消す咆哮を響かせながら、蒼の閃光はリオンの全身を呑み込んだ。
自壊していた杖が粉微塵になり、数十秒続いたそれが消えた時、地面に転がるのは装甲のほとんどを失い、浅く息をするリオンだった。
呪力はほとんど感じない──というより、死なない為に全てを使い果たしたようだった。
その横に、フラフラッと着地する。
「……最後」
「?」
「最後、聞き取れなかった……けど、良い。やっぱり、主人公は、甘楽だ」
「違う。何で分からない、リオン」
両膝ついて、リオンの額に指を当てた。
リオンの珍しい、琥珀色の瞳を覗き込むようにしながら、息を吐いた。
「何者なのか。誰なのか。誰になら、なれたのか。簡潔な答えが、一つあるだろ」
「簡潔な、答え……?」
「リオンは俺の、相棒だろ。何だよ、今更不満だってのか?」
「──ハハッ、おいおい、まさか、本気でそんなこと言ってるのかよ?」
リオンが乱れた呼吸のまま、ゆるりと動かした手で、目元を隠す。
ほんの数秒の後に、「そうか」とリオンが言葉を零した。
「なるほど、確かに、反論の余地がない。ハハッ、相棒。相棒ね……悪くない。いいや、最高だ。そっか、俺は、甘楽の相棒の、リオン・ディ・ライズか」
「元より、リオンが言い出したことなんだけどな……リオンには、俺に並んでもらわなきゃならないんだよ」
「光栄だな、本当に……」
憑き物が落ちたように、リオンが笑う。
その姿にほっと息を吐いて。
安堵すると同時に気を抜いて。
スッと音もなく、刃が胸を貫いた。
「あ? あー……」
リオンでもなければ、魔王でもない。
むしろリオンが目を真ん丸に見開いていて、魔王は影から飛び出すと同時に、信じられないものを見たように動きを止めた。
多分、俺だけだった。
俺だけが、彼女の真意を言葉を要せず理解した。
だから、一言だけ口にした。
口に出来たのが、一言だけだった。
「ごめんな、日鞠」
衝動的なものだったのか、混乱の色に瞳を染めた日鞠にそう言って。
意識は滑るよう落ちた。
どうして、こうなってしまったのだろうか。
何故、こんなことをしてしまったのだろうか。
彼を貫いていた剣は光の剣。事象を上書く魔導の剣。
死ぬ、だろう。
殺してしまったことに、なるだろう。
後悔をしているかと言われれば、していない訳がなかった。
けれども、一抹の快感があったのも、また事実だった。
九尾を撃滅し、ふと目で甘楽を探した。
戦闘が終わったのを察して、駆け寄った。
二人の会話が風に乗って耳朶を打った。
────裏切りだと、そう思った。
だって、隣に並ぶのは日鞠以外に有り得ないと、そう言ったはずなのに。
今こうして、やっと、これだけの力を手に入れたのに。
どうして、敵の手を取るのだと。
そう思った時にはもう、身体は動いていた。
瞬間的に、本能が理性を上回った。
抑えられなかった……抑えなかった。
「甘楽の隣は、日鞠のだって、言ったのに……」
掠れた声が届くべき相手は、もういない。