踏み台転生したらなんかバグってた   作:泥人形

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空の戦い

 

 ウィル・クラウネス。

 パッと見では、普通の腕とは何ら変わりない義手と、ほぼ一体化している杖を振るい、腰ほどまで伸びた銀髪を風に靡かせる、『学園最強』の女。

 一見、好戦的にすら見える隻眼。

 魔法と魔術、どちらも巧みに扱い──しかし、その全てを近接戦闘に注ぎ込んだようなスタイルを好む、()()()()

 アルティス魔法魔術学園の八年生であり、恐らくは、史上初の迷宮単独踏破を成し遂げた、『学園最速』。

 生まれ持った先天性魔術属性《加速》により、地上より空中の方がよっぽど厄介だと評される、魔法魔術師────そんな、ウィル・クラウネスが、

 

「ク、クハハ」

 

 と。

 

「クハッ、クハハ、クハハハハハッ!」

 

 と。

 

「クハハハハハハハハハハハハハハハッッ!」

 

 と──さながら悪の親玉みたいな高笑いを発しながら、上空を駆け抜ける。

 ビッタリと、こちらの背後にくっつくように。

 つまり俺は──俺達は今、彼女に追いかけられていた。

 

「おいおいおいおいおい! 逃げてばっかじゃあ、つまらねぇじゃあねぇーかぁ!?」

 

 見せびらかすように展開された複数の魔法陣から、雨あられのように射撃魔法を飛ばしてきながら、彼女は叫ぶ。

 先日、レア先輩に秒でボコされたくせに、その怪我はきっちりと治されたらしい。

 特別、心が折れたという訳でもなさそうで、むしろ昨日よりずっと楽しそうだ。

 剣士名乗るなら、空戦でも接近戦してこいや……とか思ってしまうのは、仕方がないことだろう。

 

「──葛籠織、迎撃いけるか!?」

「いけっ、るけど~、ずっとこれだったら~、耐えられないよ~?」

「わかっ、てる……けどっ」

 

 技術的な問題で、振り切れる気がしない──とは思うだけにして、俺の()()()()()()()()()()()杖を振るう葛籠織ごと、クラウネス先輩を見る。

 距離は充分に取れている……けれど、多分、その気になればすぐに埋められる。

 彼女が浮かべる、余裕綽々な表情からそれを読み取り、俺は()に魔力を流し込んだ。

 悲鳴にも似た音を上げながら、箒は加速する。

 それによって増す、全身に襲い掛かって来る負担を別の魔法で処理しつつ、更に高度を上げるべく、穂先を空へと向けながら、

 

(うおおおお! 何でこんなことになってんだ……ッ!)

 

 と、俺は遠くで戦ってるのだろう四年生組に、早く助けてくれと願うのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、恐るべき逃走劇に至る経緯を整理するとしよう。そうする為にはまず、各寮対抗戦二日目の内容を知らされることになった、試合開始数時間前まで遡るのが妥当だろうか。

 初日はレア先輩が、完膚なきまでの圧勝を披露してくれたが、各寮対抗戦は三日──つまり、合計三試合ある。

 二試合は勝利を収めないと、優勝は手に入らない……初日の勝利だけでも、充分に汚名は返上したように思えるが、それは多分、赤の不死鳥寮のみに限定した話になるだろう。

 黒の人魚姫寮と、白の一角獣寮は、今頃メラメラと闘争心を燃やし、「クソが、次の試合では叩きのめしてやるよ」くらいのことを思ってる生徒の方が多いはずだ。

 その辺もまとめて、「やっぱすげぇよ、赤の不死鳥寮……」と思わせておきたい気持ちがあった。

 それに、優勝はしておいた方が、色々とアドバンテージがあって良い。

 表彰されるとなれば、当然ながら校長とも直接対面できる訳だしな。

 魔装に至ったことを絡めて話せば、多少なりとも信用はしてくれる……はずだ。

 そういう訳で、二日目も頑張るぞと気合を入れつつ控室に集まれば、既に我が物顔でソファを独占していたアテナ先生が、

 

「お、ついに来たね、少年少女たち──では、せんせーの方から二日目の内容を開示するとしよう……今日の試合形式は、()()だ」

 

 と、何とも面白がるような顔でそう言った。

 空戦。それは、上空で行われる形式の戦闘────と言うのは、少し間違っている。

 正確に言えば空戦とは、上空により行われる()()()()()だ。

 噴射推進式飛翔礼装(Abito da volo tipo propulsione a reazione)──通称:箒を用いることで音速にまで達し、その上で互いを落とし合う、実に物騒な戦いである。

 いや、まあ、戦ってる時点で物騒もクソもないのだが……。

 それはそれとして、その情報に俺は──というか全員、ハチャメチャに顔を顰めることになったのだった。

 というのも、アルティス魔法魔術学園で本格的に空戦が教えられるのは、三年生からだからである。

 一年生で陸戦(こちらは言葉通り、ただの地上戦だ。先日の勝ち抜き戦がこれに該当するだろう)に慣れ、二年生で飛行魔法を習得して空に慣れ、三年生になってようやく、空中での高速戦闘を教え込まれる。

 つまり、俺と立華くんと葛籠織は、完全に未経験であるのだ──箒の操作に慣れていないどころか、空戦においてどう動けば良いのかすら分からないのである。

 こういったこともあるから、各寮対抗戦のチームは基本的に、四年生以上で構成されている。

 今頃、白の一角獣寮と、黒の人魚姫寮の連中は、多少気が楽になっていることだろう──なにせ、戦力として数えられるのは、月ヶ瀬先輩とレア先輩だけと考えられるのだから。

 しかも、レア先輩に関しては、

 

「も、申し訳ございません、全然回復いたしませんでしたわ……。一晩寝て戻った魔力は、大体三割といったところでしょうか……」

 

 とのことであり、頼りになるのは月ヶ瀬先輩だけとなっていた。

 無論、空戦が行われることになる可能性を、考慮していなかった訳ではない。

 考慮していなかった訳では無いのだが──現状の何もかもが、想定外すぎであるのだった。

 状況は割と最悪、と言っても良いだろう。というのも、今日赤の不死鳥寮(うち)が勝てば、その時点で優勝は決まりである。

 しかも、魔装が使えるレア先輩と、空戦における天才と謳われる月ヶ瀬先輩がいる。

 ──つまり、黒の人魚姫寮と白の一角獣寮は、優先的にこちらを狙いに来るのが目に見えているという訳だった。

 これでは実質、十対五(というか一)の形になってしまう。

 五対五対二(おまけで三)であれば、やりようは幾らでもあったんだけど……。

 如何にも学生らしい、考えの甘さが出てしまったことを、ここに来て痛感してしまっていた。

 

「ちょっとこれは、どうしようか……」

「……捨て試合にしましょうか?」

「ん~、でもでも~、やるからには勝ちたいよ~?」

「そう、ですわね。わたくしのせいであるのは重々承知ではありますが、それでも全力は尽くしたいですわ」

「とはいえ、僕ら一年組では、箒をオート操作にした囮しか出来ないし、レア先輩も長くは飛べないだろう」

 

 五人揃って頭を突き合わせ、苦悶の表情を浮かべることになってしまった。

 ゲームの時は特に思わなかったけど、直前に試合形式を伝えるのは、普通にシステムとしてダメすぎるだろ……。

 焦るせいで、思考が空回りする。

 ちょっとこれはもう、諦めて特攻かけるしかないんじゃないの……みたいな雰囲気が流れ始めたところで、

 

「おやおや、お困りかい? 生徒諸君」

 

 ぼんやりと煙をふかしていたアテナ先生が、如何にも秘策がありますよ、みたいな顔でそう言った。

 

「それなら仕方ないなあ。ここはせんせーが先生らしく、ちょっとだけ助けてあげよう」

「アテナ先生に……?」

「いやちょっとキミね、そうやって訝し気な眼を向けてくるのはやめたまえ……これでもせんせーは、そこそこ有能なんだよ?」

 

 見ていたまえ! とアテナ先生は展開した魔法陣に腕を突っ込んで、大きめの箒を二本、取り出した。

 ……?

 何? これは……。

 

「せんせーはさぁ、常々思っていたんだよね。空戦は、一人でこなすには()()()()()()()()()って──箒の操縦に加速減速、身体にかかるG等に対する守護魔法、あるいは専用の分解魔法に加えて、敵を視認し、攻撃と防御までしなくちゃならないだろう? しかも、ほとんどの場合において、速度は音速の域に達している」

 

 もちろん、それらをこなすために、二年からじっくり教えてるんだけど……やっぱりこの辺は、センスの問題にもなってくるだろう? とアテナ先生は言葉を紡ぐ。

 なんか突然、講習みたいなのが始まったな、と渋い顔をしてしまったが、先輩たちは納得の表情で頷いていた。

 

「だからさ、以前思ったんだよ。これ、役割分担したら良いんじゃない? って。操縦と、攻撃にさ。あるいは、片方を魔力タンクにしても良いだろう。で、そう考えた結果の産物がこれ──つまり、()()()()()()()だ」

 

 これなら未熟なキミらでも、そこそこ戦えるんじゃない──なんて言いながら、アテナ先生は俺に箒を押し付けてきた。

 ま、少年ならやれるよね? と付け加えて。

 そして。

 

「ペアとしては、こうだ。キミと葛籠織。リスタリアと空城。この二ペアで、月ヶ瀬を援護するように、一丸となって飛んでもらう」

 

 さ、いってらっしゃい。と、アテナ先生は親指を立てながら、にこやかに言った。

 

 

 

 

 

 

 で、現在に至るという訳である。

 アルティス魔法魔術学園上空──校長が展開した、超巨大守護魔法内。

 後ろに攻撃・防御役の葛籠織を乗せて、俺は必死に空を駆っていた──チラと視線を走らせれば、先輩たち+立華くんは、明らかに多数に追われているように見える。

 少なくとも、助けは求められる感じでは無かった。

 予定と違い過ぎてキレそうである──それもこれも、後ろで高笑いしている、クラウネス先輩のせいだ。

 いや、さっきから他の生徒にも、ちょくちょく邪魔されてはいるのだが……なんかこの人だけ、開幕から俺だけを執拗に狙ってきてんだよな……。

 どっかで恨みでも買ったかな、とかふわふわ思っていたのだが、よくよく考えてみなくても、これ絶対、宣戦布告のせいである。

 何か……何なんだろうな……。

 転生してから、その場その場で良かれと思ってやったことが、全部カスの予想外になって返ってきてんだけど……。

 純粋に嬉しかったことが、隠しキャラ(アテナ先生)が出てきたということだけ、と言う事実に普通に落ち込んでしまった。

 あっちは《加速》でその気になれば、魔力が尽きるまで延々と速度を上げられる、という事実にも悲鳴を上げてしまいそうである。

 箒の操作も未だにイマイチ分からないし、二人乗りだからかガンガン魔力吸われるし、挙句の果てには、

 

「少しは反撃してくれても良いんだぜぇ、出来ればだがなぁ!」

 

 といったように、煽られ倒しているのである。大人げなさ過ぎるだろ。マジで顔が良くなかったら、一生恨む自信があった。

 というか、暫くは根に持ってやる。

 

「ん~~~……かんかん~~」

 

 そんな中、葛籠織が耐え切れないと言ったように、苦悶の声を上げる。

 気持ちは充分に分かるのだが、俺も我慢しているのだから、何とか我慢してほしい──なんてことを言おうとしたら、

 

「何考えてるのかは分からないけど~、()()()()()()()()()()~。日鞠、そういうの一番嫌い~」

 

 バシバシと俺を叩き、日鞠は「それに~」と言葉を続ける。

 

「もっと速くても、何しても~、()()()()()()()()?」

 

 だから~、ちゃんとやって? と、日鞠は耳元で囁いた。

 当然ながら、俺は手加減をしていたつもりはない。

 そのつもりは、無いのだけれども────

 

「……十秒、好き勝手するぞ。サポート頼む」

「あはっ、任せて~!」

 

 ────遠慮はしていた。

 それはもちろん、相手にではなく。

 先輩たちと、立華くん────それに何より、()()()()()である。

 だけどまあ、もう良いだろう。

 日鞠が良いって言ってるし、何より、段々腹が立ってきた。

 箒は壊れたら、土下座とかしとけば良いし……。

 どうせ経験値は等分だ。()()()()()()()()()()そんなに問題ないだろう。

 意外に思われるかもしれないが、俺は結構、沸点は低い方なのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

(チッ、ここまでかぁ……期待外れも良いところだったじゃあねぇか)

 

 仲間の魔力反応が一つ消えたのを感知しつつ、突然暴走し始めた二人組を眺めながら、ウィル・クラウネスはひとりごちる。

 あのレア・ヴァルガナンド・リステリアが、あそこまで魅せてきたのである。

 当然、あの宣戦布告した少年も、相当にやるのだろうと思っていたのだが────

 

「箒に振り回されてやがるな、つまらねぇ」

 

 速度だけはいっちょ前だが、それ以外はてんでなっていない。

 空戦は基本的にセンスだ。努力も必要ではあるが、何よりセンスを要求される戦いである。

 そしてあの少年に、それは無かった。

 これ以上は時間の無駄だろう──早々に仕留めてやる。

 『学園最優』と月ヶ瀬が陥っている、膠着状態もそろそろ終わる頃合いだ。

 

「射撃魔法:重複展開」

『Magia di tiro:Distribuzione duplicata』

 

 《加速》を発動させながら、ウィルは魔法陣を五つ展開して、追い縋る。

 射程圏内に入るまで、五秒も必要ねぇ。

 何なら背中掴んで、振り落としてやったって良い────

 

「あ゛?」

 

 瞬間、彼らの姿が消えた。

 忽然と、空気に溶けたかのように。

 思考に一瞬、空白が差し込まれる。

 

「しまっ────」

「目標捕捉」

 

 超高速でありながら、真逆への方向転換。

 それに反応できたのは、偏に彼女の持つ属性が《加速》だったからに他ならない。

 ウィル・クラウネスは、自身の速度を上げる他に、自身の反射速度や認識速度にも《加速》をかけている。

 一秒は、彼女にとって十分割出来ると言っても良い────その彼女が、()()()()()

 予め展開しておいた魔法を発動させることで、撃ち放たれた魔法同士が至近距離でぶつかり爆発を巻き起こす。

 それをぶち抜きながら、ウィルは《加速》を限界まで発動させて、

 

「クハッ、ハハハハハハハハッ! 良いぞぉ、それでこそだぁ! 盛り上がってきたじゃあ────は?」

 

 真横に現れ、にこやかに手を振る少年と少女に、ウィルは理解不能を示す擬音を一つ、口端から漏らした。

 彼女は今や、この場にいる誰よりも速い──教員でさえ、追いつくのは困難な速度が出ている。

 それに並ぶ……どころか、余裕そうに笑う?

 先程まで、まともに飛ぶことすら出来なかった少年少女が?

 この──たった十数秒で、コツも何もかも把握した、とでも?

 有り得ない────一瞬だけ思った一言を振り払うより先に、

 

『Sparare!』

 

 再展開されていた射撃魔法が、的確にウィルの全身を穿った。

 不意に受けてしまったそれに、視界が二、三度と点滅し、身体の自由が一瞬にして奪われる。

 箒が手からすり抜けていくように離れていって、空気の波にさらわれたウィルは「クハッ」と笑った。

 強いとか、期待できるとか言うレベルじゃねぇ。あれは────

 

「あれは、化物だろーがぁ……クソッ、『学園最強』は流石に返上になるなァ……」

 

 ギュンッ! と落ちていくこちらに見向きもせず、流星の如く上空へと駆け抜けながら、まるでついでのように他生徒をボコボコと落としていく様子を見て。

 ウィルは呆れたように、そう呟いた。

 

 

 

 

 

 

「おいおい、マジか……これはちょっと、せんせー的にも予想外だなぁ」

 

 『学園最強』が落ち、超高速での曲芸飛行を見せ始めた我が生徒を眺めながら、アテナ・スィーグレットは一人、半笑いで言葉を零す。

 可能性を与えたのは彼女であるが、しかし、多少はマシになるだろう──そのくらいの気持ちの提案だった。

 何せあれは、アテナが個人的趣味で改造して作った、質も大して良くない箒である。

 その証拠に、たった五分の稼働で、箒は既にガタがきつつあった────それなのに。

 

「やっぱり、あの少年は当たりだなあ……」

 

 蒼色の魔力光に彩られた流星は、もう止まらない。

 あれはもう、手が付けられないだろう──今日の勝ちもまた、赤の不死鳥寮で決定だ。

 日之守・葛籠織ペアによって均衡は崩され、月ヶ瀬とリスタリア・立華ペアは完全に包囲から抜け出した。

 落ちる、落ちる、落ちる。

 光が駆け抜け、光が瞬く度に、他寮の生徒は地へと落ちていき、救護隊に回収されていく。

 頼みの綱と言っても良いレミラ・フィルフラウスも、熾烈なドッグファイトの果てに撃墜された。

 ここまでのワンサイドゲームは、各寮対抗戦始まって以来、初めてなんじゃないかな? なんて思いながら、アテナは背もたれへと身体を預けた。

 

「うん、うん……やっぱり、()()()しかいない。色々考えたし、イレギュラーばっかりで、本当に困らされたけれど」

 

 それでも、結果的には良かった、と。

 むしろ最高に辿り着くことできて、ラッキーであった、と。

 アテナはひとりごちる。

 

「日之守甘楽……あんなに変なのは、()()()以来だ。それに何でか知らないが、既に()()()()()し……せんせーの為にいるようなものじゃないか。もう、ゾクゾクしてきちゃったなあ」

 

 煙をくゆらせながら、アテナは妖しく笑う。

 

「欲しいよ、キミが欲しい。何が何でも、せんせーのモノにしてあげるからね、少年」

 

 黒の人魚姫寮と、白の一角獣寮。

 その全ての生徒を空から撃ち落としたのと同時に箒が爆発し、先輩に抱きしめられるように拾われた少年を見ながら、アテナは情欲に塗れた声で、そう呟いた。

 

 

 

 

 

 




次の更新は来週になる気がします。多分。

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