織斑一夏と最愛の彼女 作:探さないで!
「おい、起きろ一夏」
「......んぁ?」
目が覚めると、箒が枕元で俺の体を揺すっていた。
いけない、早く起きなければ。今日もやることは山のようにあるのだ。
頭では理解していても、体はまだ睡眠を欲していた。重いまぶたがだんだんと閉じていく。
「うぅ、箒ィ......あと、ごふん......」
「おい待て一夏。帰ってこい」
そうは言うが箒、この睡魔に勝つのは中々骨が折れるぞ。ほんの五分でいい。寝かせてくれ。
「まったく、仕方ない......」
箒の気配が、枕元からどこかに移動した。諦めてくれたのだろうか。
だが、不意に俺は布団内に侵入者を感知した。遅れて俺の胸板に、むにゅりと柔らかい物体が押し付けられる。
「ほ、ほうき......?」
「五分なら待ってやる。代わりに私も布団に入れろ」
「ぉぅ......五分たったら起こせよ......」
「ふふ、任せろ」
ーーーーーー
「お前も変わったよなぁ」
「そうか?」
箒と並んで、流し台の近くで店の仕込み――じゃがいもの皮むきをしながら、俺はそんな事をぼやいていた。
「なんつーか、柔らかくなったよな」
「胸の話か?」
いやらしい笑みを浮かべる箒に、「いや、ちげーよ」と返す。
「なんだろ、こう...物腰? みたいな?」
「そうだろうか......あまり意識した事はないが......」
困った様な表情をする彼女。昔はこんな事を言えば、なんだかんだと理由をつけて殴り掛かってきただろう。俺も俺で何が箒の機嫌を損ねたのかまるで理解できず、結局なぁなぁで過ごしていた気がする。
そうして時間が経つと、またくだらない事で喧嘩が始まるのだ。アホらしい。
今思うと、多分お互いに素直じゃなかったんだ。相手の好意を無条件に信じられず、あーでもないこーでもないと、碌でもない思考をループさせていた。
「箒」
「なんだ?」
頭を悩ませる必要なんて、まるで無かった。さっさと胸の内を打ち明けてしまえば良いんだ。
昔の俺は何を苦しんでいたんだろう。
「愛してる」
「......ああ、私もだ」
こんなに簡単な事なのに。
「どうした急に。欲しいものでも出来たのか?」
「いやぁ、そんなもんねぇけどよ。なんとなく思っただけで」
「そうか」
相変わらず真顔でじゃがいもを剥いているが、その横顔はよくよく見ると口角が少し上がっている。
普段は凛々しい嫁さんだが、ふとした拍子に超絶可愛いモンスターに化ける時がある。それが今だ。
こんなのはまだまだ序の口で、もう少し刺激すると、顔を真っ赤にして、ほにゃりと笑う。これがまた可愛いんだなぁ。
――試しにやってみるか。
「あー、箒さんや。やっぱりちょいと欲しいものがあったわ」
「な、なんだ? 今は機嫌がいいから、多少の物なら考えてやらんでもないぞ?」
「そろそろ、子供欲しくないか」
「にゃ、にゃニィッッッ!!?」
ーーーーーー
この商店街に店を構えて、もうすぐ二年になる。
大戦が終わり、政府から謝礼金と言う形で大金を受け取った俺は、その金で小さな定食屋を始めた。
定食屋と言ってもメニューには俺が作れるもの全てを載っけているので、ラーメンがあったり、パエリアがあったりする。
その色々とテキトーな感じなのがかえって親しみやすかったのか、今では常連さんもそれなりに出来た。
今年の頭には、箒と結婚式も挙げたし、正直人生の幸せ真っ只中なんだと思う。
ただ、本日は少し雲行きが怪しい......かな。
「こんにちはー箒ちゃーん。おじさん、また奥さんに追い出されちゃったよ、ははは」
「......いらっしゃいませ、飯田さん。今日も一日潰すならカウンターの方にお座りください」
「あれ、なんかいつもより冷たいね。あれかい? 女の子の日ってやつ」
「飯田さん、こっち座ってください」
なんだか昼間っから人の嫁さんにセクハラしようとしてたので、慌てて厨房から顔を出して席に案内する。
普段は接客が箒で俺は調理担当だ。その為あまり出張らないのだが、客は今一人もいない上に、彼は常連さんということもあって、あまり気にしなかった。
飯田さんは何か言いたげに俺を見つめて、結局何も言わずに席に座った。ぷんと酒の匂いが鼻についた。
「飯田さん、昼間から酒ですか?」
「んー、まぁね。お陰で奥さんに怒鳴られてね、退散してきたのよ」
「はぁ」
生返事で返すと、「それより一夏くん」と飯田さんは急に声を潜めた。
「どったの、箒ちゃん。やっぱり女の子の日?」
「それがですね。飯田さんに言われた通りに子供が欲しいって言ったら、なんか怒っちゃって」
「あなたの入れ知恵ですか!!!」
俺達のヒソヒソ会議に耳を傾けていたのか、箒は顔を真っ赤にして迫ってきた。
「金輪際、私の旦那に余計な事を吹き込まないでくださいっ!!」
気炎を吐きながら詰め寄る箒を、飯田さんは冷静に観察していた。
「なに、一夏君。しくじったの?」
「いや、よくわかんないッス。でも失敗したみたいです、久しぶりにどつかれましたし」
そう言うと、箒は赤かった顔が一瞬で気まずそうになった。
「い、いや、だから、それは、その、済まなかったと謝っただろう? まだ怒っていたのか......?」
「いや怒ってないけどさ。俺が悪かった訳だし。でもなんか学生の頃思い出したよ」
箒も似たような事を思っていたのか、俺の言葉を聞いて、「確かにな」と苦笑を浮かべていた。
「一夏君、学生の頃から尻に敷かれてたの?」
「ははは、まぁ、そうですね。いやぁー、なんか懐かしいなぁ」
「懐かしいって、二人共まだ若いでしょ」
飯田さんに何とも言えない表情でつっこまれた。
ーーーーーー
「結局終わりまで居座っちゃって悪かったね」
「いえ、今日は客足も多くありませんでしたし、迷惑なんかじゃありませんでしたよ」
「そう言ってもらえると、気が楽になるよ。それじゃ」
「「ありがとうございました」」
箒と並んで頭を下げ、飯田さんが店から帰る姿を見送る。
「ふぃー......今日も終わったなー」
「ああ、お疲れ様だ一夏」
「箒もな」
俺達は互いに台拭きを手にすると、店のテーブルを端から拭っていった。
店を閉じた後、店内を掃除するのは俺なりのこだわりだ。
普通飲食店なんてのは、日中はずっと客がいるので、なるべく客足の少ない開店直後に清掃を行う。
俺はそれが嫌だ。例え人が少なかったとしても、俺が客なら飯食ってる隣で掃除をされて気分がいいわけない。
じゃあ何故、開店前か閉店後に清掃を行わないのかと思う人もいるかもしれないが、バイトを雇って回している店はそうもいかない。時給が発生するからだ。
......だからこそって訳でもないが、折角の個人経営である以上、俺はこういった所にも手を抜きたくなかった。
「なぁ、一夏。昼間の話だが......」
「ん?」
手を止めて箒を見ると、何故か彼女は再び顔を赤くしていた。
「その、だな...勘違いして欲しくないのだが、私はとっくのとうにお前の子を産む覚悟は出来ているんだ」
「......お、おう」
「ただ、その、なんというか、私達は学生の頃は色々あって、学生らしいデートなんてのも、やはり出来なかっただろう」
「......そうだな。悪かった。」
「責めているのではない。あの頃は命の危機すらあった。当然だ。ただ、今からでも、取り返そうかと思ってな......」
「......もう少し、お前と二人っきりで過ごしたいんだ、一夏」
「......おう」
どうだろう。箒ちゃん可愛く書けたんじゃないかな。メインヒロインなのに話がまるで浮かばねぇ!!とか頭を悩ませていた割には。
こんな嫁さんがいたら幸せだと作者は思います。
次の投稿が年単位でかかると言ったな。アレは嘘だ。