それは突然だった。
「…嘘だろおい…!○○…一緒に生きるって言ったろ…!」
人工呼吸器をつけた彼女には、その呼びかけに応える術はない_______否、それが無くとも答えられなかっただろう。
「××さんそこを退いてください…手術室には入れません!」
看護師の言葉も、今の彼の耳には届かない。
「○○…返事してくれ…!頼む…!…っ!お前何しやが、」
どすっ、と彼は何者かに押し退けられる。
「それが救命の可能性を下げる行為だと解らないか!」
彼を押し退けたのは、
「お義父さん…」
「…最悪も、覚悟しろ…なんとかやってはみるが…」
「ならせめて俺も手術室に入れてください…!」
「駄目だ」
「どうして…⁉︎」
「今これで取り乱すお前が………娘の最期に耐えられるとは思えないからだ…」
愕然とした。この人はこの期に及んで…
「あんたが傷つけてきた娘だろうが!何が俺がやってみる、だぁ!?ふざけんじゃねぇぞ!クソジジィが…!」
辺りが静まり返る。
重い、重い沈黙の後。それを破ったのは不幸にも生体モニタのブザーだった。
「先生!クランケのバイタルが…!血圧下がっています!」
「何!?」
それからのことを、彼は詳しく記憶していない。
気づけば手術待合室の椅子に、1人で座っていた。
「××さん、彼女さんのところに行ってあげてください…」
その看護師の言葉で、彼は我に返った。
「○○は!?○○は…大丈夫なんですか…!?」
「今は…安定していますが…おそらくもう…」
曰く、事故での出血が酷すぎ、処置が遅れたことで心停止したらしい、
「○○は…植物状態ということですか…?」
「出血性ショックで意識がない状態です、おそらく…明日まで生きていられるか」
「…!!」
彼は一目散に駆け出した、彼女のところへ、
リノリウムの床が、夜中の空を無情にも映す。
死は誰に対しても平等だ、と死神が諭すように。
「1102、1103、………ここ、か…」
面会謝絶の札の横に、暗がりにも彼には彼女の名が見える。
「○○!」
月明かりに、彼女は照らされていた。
数多の器具から出るコードに縛られ、血の気を奪い取られているように、彼には見えた。
まるで、鎖に縛られているかのように。
「○○…なぁ…」
「俺が元気になるまでずっと一緒だって言ったろ………それまでくたばるなって言ったのはお前じゃないか、、なんで…なんで…」
彼女は返事をしない。当然…彼女の心はもうここには、ない。
「……なぁ、」
そう言いながら、彼は彼女の頬に手を触れる。
びっくりするほど冷たいそれを、彼が温めるように。
「…に行くって言ったよな、いつか一緒になろうって約束もしたよな、一緒に生きて、歳をとって、最後まで一緒だって言ったよな…約束,覚えてるか…?」
彼女は返事をしない。
「子供も居たらいいなって話もしたよな…一緒に辛い過去背負い合うって言ったよな、………俺をひとりにしないでくれ……!もう孤独になりたくない………!」
彼の涙が、雫となって彼女の顔に落ちる。
「なんでお前が死んで俺だけ生き残るんだよ…もう嫌だ…うぅ………」
その時、彼は確かに聞いた。
泣かないで
「○○!?目が……」
ばーか、いつかは来ることが私には早めに来ただけだよ
「お前…いやだ、ひとりにしないで……」
はは、なんて顔してんの××…そりゃ、私も淋しいけどさぁ…
「じゃあ残ってよ…ずっといっしょにいたい…!もう誰も失いたくないんだよ!!
ごめん…それは、無理。
「どうして!?」
私はもう死んじゃったから
「まだ生きて…っ!」
彼女の心拍モニターは、確かに0を示していた。
ね、どの世界でも死は平等なんだよ、だから…仕方ないんだよ…
「……」
あ、私のことなんて忘れていいからね?こんなネットで知り合った人間のことなんか………あんたならもっといい人見つけられるよ
「そんなわけない…!俺にはもう○○しかいないんだよ…!」
……冥土の土産に、その言葉貰っておくね、ああ、それと………
今までありがとね…大好きだよ、××
「○○…!?」
その次の瞬間には、もうそこには誰もおらず。
空っぽの彼女の骸と、彼が在るだけだった。
「○○…俺昔言ったよね…お前が死んだら俺も後を追うって…」
誰も答える者はいない。
「俺にはもうどこにも居場所がないって」
「何も俺には残ってないって」
誰も答える者はいない。
「…ごめん。君は生きろって言うかもだけど…こんな残酷な世界に残る気はないよ…」
そう言って、彼は彼女を抱き上げてベランダへと向かう。
海辺のその病院からは、月の光と、潮の香りが打ちつけている。
「向こうでも、一緒にいたいな」
***
翌日、その病院の森で、2人の遺体が発見されたそうだ。
外傷が全くない男の遺体、外傷が処置された形跡のある女の遺体、……されど全く損壊せず、手を繋ぎあってそこに横たわっていたらしい。
彼と彼女が隠り世で一つになれたかどうかは、誰も知らない。