(出久サイド)
「・・・」
朝。意識が浮上し、パチリと眼を開く。
真っ先に視界に入ったのは、くすんだ色の金髪。どうやら、僕とこの子は抱き合っているようだ。
朧気な記憶を信用せず、取り敢えず嗅覚と触覚に意識を集中する。
首から下・・・大丈夫。肌同士の間に、確りと布の感触がある。おかしな臭いもしない。間違いは起こさなかったようだ。
「時間は・・・6時か。んっ?」
少し首を起こし、時計を見た瞬間に気付く。
・・・左腕の感覚が無い。指も動かない。右手で触ってみると・・・かなり冷たい。
「あぁ~・・・ま、腕枕してりゃ当然か。よい、しょっと」
ハネムーン症候群だとかサタデーナイト症候群だとか、そんな揶揄い臭い俗称の着いたその症状に小さく苦笑する。安らかに眠っている吸血姫の頭を少し持ち上げて、腕を引き抜く代わりに自分の枕を差し込んだ。
そして、ベッド棚に置いてあったザイアスペックを装着し、予定を確認する。今日は・・・よし、溜息を吐きたくなる予定が入ってるな。
「ん、んぅ・・・?」
なんて事を考えていると、下から小さな声が。寝惚け眼を擦りながら、彼女がぐっと身を起こした。
「おはよう、ございます・・・出久くん」
「あぁ、おはよう、ひーちゃん」
そんなひーちゃんの頭を撫でて、グッと身体を伸ばす。
うん、良い具合に血が巡ってきた。
「ちょっとシャワー浴びて来るよ」
「ん~、一緒に浴びましょ?」
「ゴメンね、まだ刺激が強過ぎるよ」
「へたれ~」
こんな事を言いつつも、ひーちゃんは嬉しそうに笑っている。それを尻目に替えの下着とズボンを取って、僕は浴室に入った。
(NOサイド)
『よう社長!』
「おはようございます」
「えぇ、おはようございますキャロルさん。で、何ですかアホ」
「おはようございます主任さん!キャロりん!」
朝食を摂り、13課に向かっていた出久と渡我は、道中で主任とキャロルにバッタリと出くわした。
『イヤイヤ、昨日はお楽しみだったカナ~なんて』
「済まない今から脚が滑る」
─ゴォンッ─
『ぐはっ!』
強化人間の精密な身体操作を遺憾無く発揮し、主任の腹に強烈な蹴りを入れる出久。軸足を踏み締めて作った反動を、下半身の関節を総動員して増幅し流し込む技術、ジークンドーの寸勁を応用した蹴りだ。本来は部下においそれと打ち込んで良い技では無い。
「全く、朝会って2発目にセクハラをブチ込んで来やがるとは・・・」
「申し訳ありません。ウチの主任が」
「ホントですよ全く・・・」
『イヤイヤ、ちょっとご挨拶をネ?』
「ホントに
腹を擦りながら笑う主任に、出久は盛大に顔を顰めて非難した。
「で、どうですか新人教育は」
『そりゃあもう!書類関係の基礎は出来てるから、教えるのも楽で助かってるよ!』
「私を含め、教育係からは『悪影響が出かねないから口を挟むな』と尻を蹴飛ばされていますがね、主任は」
「ホントに何でもありですね・・・」
「どうなってんだ13課・・・」
『ギャハハハハッ!良いじゃん!これぐらいコミカルな方が面白いよ!』
「まぁ、実際退屈はしないと言われていますからね。良くも悪くも・・・はぁ」
「お疲れ様です、キャロりん」
「有難う御座います、被身子さん」
「済みませんね。此方でも主任の手綱が握れたら良いんですが・・・」
溜息を吐くキャロルを、2人が労う。しかしキャロルは静かに微笑み、首を振った。
「いいえ。私が彼と共にいるのは、私自身の望みでもあります。社長や被身子さんの気に病む事ではありません」
「・・・そう、ですか」
穏やかな顔でそう言う彼女に、出久は主任の不思議なカリスマの一端を見た。
「それにしても、困った事になりました」
今し方の暖かな表情から一変、頬に手を添えた困り顔を作るキャロル。その困り事に心当たりのある出久は、頭上に疑問符を浮かべる渡我を余所に深く頷いた。
「全く、貴重な顧客だったのに・・・午後には、彼のお見舞いに行きます。どうやら、かなり重傷のようですので・・・
全く、面倒な事を起こしてくれる。忌々しいったらありゃしない・・・」
「えっと、何かあったんですか?」
「あぁ、其方には共有してませんでしたね。実は─────」
(渡我サイド)
休み明け。何事も無く授業が始まり、順調に一日が進む。しかし、1人のクラスメイト。彼だけは、張り詰めた空気を纏っていました。
そんな中で始まったのが────
『コードネームゥ!?』
「学校っぽくてそんでいて・・・」
「ヒーローっぽいヤツ来たァ~・・・!」
コードネームの考案。体育祭を見て、プロヒーローは職場体験に生徒を指名する。故にこのタイミングで決めるらしい。
取り仕切るのは、体育祭トーナメントで空気のように審判をしていたミッドナイト先生。相澤先生は早々に寝袋に潜っちゃいました。ベッドで寝れば良いのに。
「じゃあボクから☆」
「早いわね」
渡されたホワイトボードにサラサラと手早くペンを走らせ、青山君が席を立った。
「“キラキラが止められないよ”!」
「短文じゃねェか!」
「うわぁ、初っ端から濃いのが・・・」
正気とは思えないようなコードネーム草案が飛び出した。まぁ普段から彼のナルシストっぷりは常軌を逸してましたが・・・
「ここはIを抜いて、Can'tに省略した方が言いやすい」
「それネ☆」
「良いのかよそれで・・・」
上鳴君の溜息交じりの呟きに、皆は重い空気を醸し出します。どうにも大喜利っぽくなってしまったみたい。
「じゃあ次は私」
手を挙げたのは梅雨ちゃん。さらりと前に行き、ホワイトボードを教卓に立てる。
「昔から考えてたのよ。梅雨入りヒーロー“フロッピー”」
「おぉ~カワイイじゃん」「マトモだ~」「ボクのはマトモじゃないの?☆」「当たり前じゃん」
そんな具合に皆も火が付いたようで、次々とコードネームが上がって行く。
お茶子ちゃんはウラビティ、響香ちゃんはイヤフォン・ジャック、上鳴君はチャージズマ・・・途中、爆殺王なんてヒーローに不適切極まりない名前を挙げたファッキンボンバーはノータイムで却下されてましたね。まぁそれも当然でしょう。
色々と出揃って行く中で、自分の名前をそのまま付けていたのが轟君と飯田君。轟君の表情は幾分か明るい無表情になっているので、重い悩みなども無く単純に良いのが浮かばなかった感じっぽい。けど、飯田君の表情は対称的に重苦しく、明らかに何か腹に抱え込んでる様子。
(まぁ、原因は明らかですけどね。お兄さんが再起不能、か)
彼の兄、インゲニウムと言う名で活動していたヒーローが敵の襲撃を受け、再起不能の重傷を負ったらしい。それが彼の心に影を落としているみたいです。
(まぁでも、正直どうでも良いですね。私には何の助けも与えられませんし、復讐するならするで否定する理由も無いです)
彼がどうなろうと、私の知った事じゃない。私はそんな事に気を割いてあげられる程、余裕は無い。
「さて、渡我は決まったかしら?」
「はい。もう決めています」
ミッドナイト先生に答えて、私も教卓へと進む。そして、自分の白板を堂々と立てた。
「《イレギュラー》」
ハッキリと、自分のコードネームを口に出す。これこそが、私の名義。
「へぇ、珍しいテーマね。理由を聞いても良いかしら」
「ん~、まぁ良いでしょう」
別に聴かれて困る事じゃない。問題は無い筈。
「私は、異質で、不規則な、例外なんです。小さい頃はそれがダメだと言われて、無理矢理我慢してたりしてました。
でも、今は違います。社長が、私の異質を受け入れてくれた。利益になると言ってくれた。だから私は、胸を張って異質を名乗ります。故に、私の名前はイレギュラーです」
ハッキリと宣言する。私にとっては、出久くんの役に立つ事が総て。有象無象が私の異質を指差そうと、出久くんが悪意ある指を叩き潰してくれる。出久くんは、私を異質ごと包んでくれる。だから、下を向いて生きなくて良い。前を向いて、
うん、ピッタリな名前だ。
『お・・・重い・・・』
「あぇ?」
何か皆冷や汗かいてません?名前は信念を表すモノでしょう?
(NOサイド)
「お久し振りですね」
時は暫し戻り、出久が主任を蹴り飛ばした日。
自社での用事を済ませた出久は、とある病院に足を運んだ。入院患者への見舞いの為だ。
通された病室のベッドに寝かされたその相手に、出久は小さく会釈する。
「久し振りだね、緑谷社長」
相手も、小さく手を上げる事で返答した。
彼の名は、飯田天晴。雄英1A学級委員長、飯田天哉の兄であり、インゲニウムの名で活躍するプロヒーローだった男だ。
「しかし、選りに選って貴方に毒牙が掛かるとは・・・全く、
憎々しげに呟く出久の言う通り、インゲニウムは最近話題になっている敵、ヒーロー殺しステインと接敵したのだ。そして戦闘を行い、敗北。再起不能の大怪我を負い、今に至る。
「まぁ、命があっただけ儲けものじゃないかな。君の所の、ザイアスペックのお陰だ。感謝しているよ」
「それは有り難い事です。しかし・・・」
明るくカラカラと笑ってみせるインゲニウム。だが、アークの解析に頼らずとも、それが無理矢理捻出した笑顔である事は、火を見るより明らかだった。出久以外の誰であっても、そう見えた事だろう。そしてそれが、事実でもあった。
半身不随。それが、今回の敗北で命を拾ったインゲニウムの運命に、代わりにのし掛かった代償だった。
インゲニウムのスタイルは、両肘のジェットエンジンから獲られる推力を利用し、敵を翻弄する高機動戦。当然、足が回らねばそれは成せない。詰まる所半身不随とは、インゲニウムと言うヒーローの、実質的な死と同義なのだ。
「・・・本題に入りましょう。私が今日此処に来たのは、貴方を慰める為ではありません」
「えっ?」
もどかしげな表情から意識を切り換え、ベッド横の丸椅子に座る出久。そして、1つの話を持ち掛けた。
「貴方に、新たな脚を提供させて頂けませんか」
「・・・新たな、脚?」
ハトが豆鉄砲を喰らったが如き顔で、繰り返すインゲニウム。そんな彼に、出久は自分の持ち込んだプランを説明する。
「貴方の脳から下半身への信号をザイアスペックがキャッチし、パワードスーツと電子神経バイパスによって下半身をフォローする事が出来る。
貴方が望むのであれば・・・この技術を施す事で、貴方はまた走れるでしょう」
「そんな事が・・・出来るのかい?」
「当然です。そもそも、我が社のメイン商材のレイダーシステム。これは神経伝達を外部で受信し、その膂力をブーストするものです。ノウハウは既に出来ている。更に言えば、この電子神経による神経バイパス手術は私も受けていますからね。運動性能と安全性は、まぁ見ての通り。
何より、ZAIAグループには優秀な医療会社も多数合併しています。万が一失敗しても、半身不随を超える重篤な障害は発生し得ません。手術の成功率も90%以上。リスクに充分見合うリターンと思われます。
残念ながら無料とまでは行きませんが・・・本来の価格は850万円程の所、今回は我が社が9割お出し致します。其方の負担は85万円。これも、外科手術の保険が適用出来ます。
其方にとっても、悪い話では無いと思いますが」
「・・・どうして、そんなに良くしてくれるんだ?」
インゲニウムが零したのは、至極真っ当な疑問。出久は小さく口角を上げて、柔らかな声色で答えた。
「貴方は事務所のサイドキック65名全員にザイアスペックを支給し、膨大な使用実績データを提供してくれた。そのお陰で改善はスムーズに進み、我が社の利益になったのです。故にこれは、スポンサー特権。ほんのお返しですよ。私は貴方のような優秀な人材が土に埋もれるのは、大きな損失だと思っていますので」
そう言って、出久はバッグから1冊の冊子を取り出した。表紙の文字は、【電子神経バイパス手術】。
「とは言え、今ここで決めるのは軽率。貴方は多大なストレスによって、冷静な判断が下せる状態ではないでしょう。来週にまた来ます。それまでこの冊子を読み込んで、じっくり考えておいて下さい」
「あぁ・・・ありがとう、緑谷社長」
「いえいえ。全ては、我が社の利益の為です。貴方が再度活躍してくれれば、都合の良い宣材になりますので」
「・・・その偽悪的な態度、止めといた方が良いんじゃない?モテないぜ?」
「それはどうも。ただ、これで丁度良いんですよ。肩書きだけを見る頭も尻もスカスカに軽い女は嫌いなので」
「君の年で口にして良い言葉じゃ無くないか?」
苦笑するインゲニウムに手を振り、出久は病室を出た。悪くない手応えだと、顎先を擦りながら。
───
──
─
「まぁ、±0スレスレのギリギリ+、ですかね」
『社長。
ZAIAの社長室に戻った出久。すると、ザイアスペックにキャロルから入電した。
「ミシガン隊長殿からですか。良いでしょう。繋いで下さい、キャロルさん」
『承知しました』
了解を聞き届けた出久は机の上の据え置き電話機を取り、そして少々受話器を耳から離した。
『小僧!相変わらずべらぼうな事を仕出かすヤツだな!貴様のそのミサイルのような行動力が錆び付いていないようで何よりだッ!』
「・・・そう言う貴方も、以前より僅かばかりも覇気が鈍っていないようで何よりです、
開口一番、音が割れる程の大声が出力される。電話機の音量を半分に落としながら、出久は苦笑した。
『あぁ。そしてそれに関わる事だが、貴様に通して欲しい伝達がある』
「おやおや・・・誰か、
『話が早いな。そう言う事だ』
やっぱりか、とまた苦笑し、同時にミシガンの眼に留まってしまった誰かも分からぬ生徒に同情する。
ミシガンの事務所では、個人に合わせた強化トレーニングを行う。そしてそのメニューは、有り体に言ってスパルタだ。彼の事務所で扱きを受けた若者は、心をベキベキにへし折られるか、凄まじいスキルアップを果たし大成するかの2パターンに大別される。
「まぁ、丁度その時期ですからね。で、指名は誰ですか?」
『あぁ!あの爆豪勝己とか言う小僧だ!』
「ブフォッ!?」
出久は噴き出した。しかしすぐに、「まぁ不思議は無いが」と軽く納得する。
「クククッ、流石は総長。彼を選ぶとはお目が高い。彼は反骨精神旺盛、実に扱き甲斐がある事でしょう」
『あぁ、俺もそこを見て気に入った。あの小僧、然るべき訓練を積めば、雨後の筍のように伸びるぞ』
「それはそうですね。彼は昔から、何でもそつなく熟す天才肌ですから」
出久はそう話しながら、自分の口角が釣り上がっていく事を自覚する。実に悪い顔が出来上がっていた。
『他にも、切島とか言う小僧や鉄哲なんて小僧も魅力的だ。唾を付けておきたいが、其方2人はまぁオマケで良い』
「分かりました。指名は2人までなので、そこだけ選んで頂ければ通しておきましょう」
『そうか!では・・・切島の方に入れといてくれ!』
「了解しました。ではそのように。そう言えば、其方の具合は如何ですか?」
『おう!貴様の所のレイダーシステム、中々どうして悪くない。ウチの役立たず共も、まずまずな適応具合を見せて来ている』
「実は、新たに開発したパッケージシステムを封入したアーマード・カスタムと言う仕様があるのですが・・・個々人の特質に合わせて、以前よりも更に細かくアセンブルする事が可能なシステムです。今すぐ資料を送信出来ますが・・・」
『ほぉ、また愉快な玩具を作ったようだな。普段なら下らんセールスは寝床のゴキブリの如く追い払う所だが・・・貴様の会社の製品には既に実績がある!
良いだろう!データ取りに、ウチの役立たず共を使わせてやる!』
「それはそれは、大変助かります!カタログを送りますので、それぞれのアセンブルを決め次第ご発注下さい」
『了解した!役立たず共も新しい玩具に、クリスマス前の子供のようにはしゃぎ倒すだろう。楽しみにしている!貴様も精々、背中には気を付ける事だ!切るぞ!』
ブツンと通信が切断され、フッと一息吐く出久。
彼にとってミシガンとの会話は、新鮮な刺激を齎してくれる面白いモノなのだ。主任とは違い、全くストレスにならない絶妙な喧しさや独特のボギャブラリ等、面白い要素を多分に含んでいる。
「さてと、少し忙しくなりますが・・・会社の為、嬉しい悲鳴です」
手始めに、ACシステムのカスタムパーツや武器のデータをレッドガンに送信。
そして新たに入った通知を確認し、犬歯を剥き出すように笑った。
「我が社の利益を損ねようとした報いだ・・・精々派手な宣伝に使わせて頂きますよ、ヒーロー殺し」
眼の奥に燃え滾る怒りを湛え、それでも出久は凶暴に嗤う。誰よりも冷酷に、誰よりも人間らしく。
to be continued・・・
~キャラクター紹介~
・緑谷出久
共依存相手と一夜(健全)を共にした腹黒社長。
原作と同様の被害を被ったインゲニウムに対し、自社の系列企業から技術提供を行い、ヒーロー復帰の道を示した。
そしてヒーロー支援事務所レッドガンの総長、ミシガンからの連絡を受諾し、更に其方にも新しい自社製品を売り込む商魂の塊。
・渡我被身子
共依存相手と一夜(健全)を共にしたヤンデレメンヘラヒロイン。
精神面の安定は済んでおり、問題無く個人で行動している。
・飯田天晴
委員長飯田の実の兄にして、プロヒーローインゲニウム。
活動中にヒーロー殺しと接敵、戦闘し、結果脊髄損傷、半身不随の身の上となる所までは原作通り。しかし今作では出久が介入し、強化手術を受けると言う選択肢が提示された。
・巌河ミシガン
鬼軍曹系教育者総長。
元ネタは言わずもがなAC6の理想の上司キャラ、G1ミシガン総長。
陸上自衛隊のレンジャー教育を2回でパスし、空挺レンジャーもクリア。その後米軍に転属し、格闘指導や柔道整復師等、ヒーロー活動免許を含む様々な資格を取得して退役。志を同じくして着いて来た相棒と共に独立事務所《レッドガン》を立ち上げ、ヒーローの支援、教育、及び鍛錬を行っている。