現代転生勇者さんは、彼と今世こそ青春学園ラブコメしたい姫様に詰められている。   作:山かけうどん

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1話

 

 次第に冷たくなっていく体温と暗くなっていく視界の中、俺は理解した。ああ、もう直ぐ死ぬのか、と。

 

 魔王との最後の戦いに勝利する為女神の加護の領域を外れ、限界まで酷使した俺の体は全身の骨が砕かれ、左腕と両足が欠損し、片目が潰れている。

 

 大軍での陽動の隙を突き、乗っ取られて魔物の巣と化した王城に、勇者である俺が単独で乗り込み、最深部で魔王を叩く、それが俺の属する多種族連合が決行した魔王討伐作戦の全容だ。

 

 そして、作戦通り魔王は倒せた、が、今の俺の状態では、帰還することは叶わない。回復魔法を使おうにも魔力は枯渇しており、女神の加護に頼ろうにも、お手上げの様だ。

 

(詰み、か)

 

 全身から張り詰めていた力が抜けた。視界の隅で、地面に横たわる俺の体を中心として、大きな血溜まりができているのが見えた。

 

 ……見るに耐えない状況とはこの事だ、彼女がこの状況を見れば、きっと悲鳴を上げ吐き気を催す事だろう、やはり一人で来て正解だった。

 

(騙してすまなかったと思う、姫様)

 

 ……きっと彼女をここに連れて来たところで、死んでいた。それは彼女もわかっていたはずだ。分かっていて、それでも付いてこようとしていた。

 

(……だが、貴方にはまだ、やることが沢山あるはずだ)

 

 眼を瞑ると、まぶたの裏に一人の少女が映った。

 

 明るい薄茶色のストレートヘアー、きめ細やかな肌、整った輪郭、長い睫毛に覆われた瞳は澄んでおり、その天真爛漫な笑顔はどんな絶望的な状況でも周囲を勇気付ける不思議な効果があったことを記憶している。魔王が打倒された後、人々がもう一度復興のために立ち上がるためには、その笑顔が絶対に必要だ。

 

 だが、そんな彼女は皆の反対を押し切り、俺とともに魔王討伐に向かうといいだした。そして、断固とした姿勢を最後まで崩さなかった。

 

 だから俺は寸前までついて来た姫様を魔法で眠らせた後、彼女の側近に身柄を託し、この決戦の地から逃がしたのだ。

 

 これでよかったはずだ、だが何故だろう、俺の頭には、とある疑問が浮かび上がっていた。

 

 ……果たして姫様は、俺にとって足手まといだっただろうか、いや、そういうわけではなかった。

 

 人の域を出ないが、彼女は仮にも人類最強クラスのマジックキャスターである。魔王に対しても彼女の聖魔法は通用しただろう、負担が確実に減った上で魔王を倒せたはずだ。

 

 彼女は確実に犠牲になるが、俺の生存確率は5割を上回るはず。

 

(……合理的な判断をしたはずだ。)

 

 ……聖剣に選ばれ、それを手にした時、俺は一度死んだ。

 

 そして女神により存在を一から作り直され、魔王に乱された秩序を守る人類最後の希望、浮世に干渉できない女神の創り出した兵器「対混沌抑止型神造人間・勇者リィン」となった。

 

 それ以来俺の脳は、効率的に生命維持をし、速やかに敵性存在を排除するためにのみ機能していた。

 

 ならばただ一人の人間の命。魔王に滅ぼされた国の姫の命など、人類の守護者たる勇者に5割もの生存の可能性が芽生えるのなら、容赦無く切り捨てるのが道理ではないのか?

 

(……分からない、そもそも俺はあの時何故、彼女を生かす判断をしたのだろうか。)

 

 ……聴覚が無くなったのが、感覚で分かった。

 薄れていく思考の中、俺は考える。いつもなら必要な事以外を考えられないよう脳を制御している女神の加護も、死を迎えることが確定になった今機能していない。

 

 いい機会だ、生ある最後の時間、神の道具たる勇者リィンとしてではなく、ただ一人の人間だった頃の、姫傍付き近衛騎士リィンとしてこの難題を考察するのも悪くはない、それくらいは、女神も許してくれるだろう。

 

 そこまで考えたところで、俺の頭にいつかの会話がフラッシュバックして来た。これも女神の加護が働いていないからなのだろうか、今まで無駄だと切り捨てられていた記憶や感情が沸沸と蘇って来る。

 

 あれはそう、魔王討伐作戦実行の為、多種族連合が旗揚げされた日のことだった。

 

⭐︎⭐︎

 

 その日は賑やかだった。

 夜は宴があり、戦時中なので豪勢とは言い難いが、各々の種族が様々な文化の料理や酒の用意をし、そして踊りを踊り歌を口ずさみ、火を囲んだ。

 束の間の平穏を、姫と二人で過ごした。

 そして宴も終盤に差し掛かった時、中心であたりを照らす火を見ながら、彼女は呟いた。

 

『ねぇリィン、魔王を倒して平和になった後、いつか二人で、ゆっくりこの世界を見て回りたいです』

『……護衛とあらば』

『違います、そういうのじゃないです、イメージとしては、二人で、その、旅行……みたいな』

『……俺は外敵排除と人類維持を目的に女神によって造られました、人に安らぎや笑顔を与える機能は付いていません、貴方の周りには、もっと適任の人物がいるはずです、あそこにいる狼人族の王子とかを誘うのはどうですか、親交を深めておけば、王国を立て直す時大いに力になってくれるのでは?』

 

 俺の頭は、常に女神の加護が働いており合理的な思考しかできなかった。だからあの時は、彼女の発言がどういう意味なのか、分からなかった。

 彼女は『もう!』と露骨に不機嫌になり、ぷい、とそっぽを向き、言った。

 

『確かに、合理的に見れば貴方より適任な人はいますけど、私は、リィンとだから行きたいんです……だって私は、貴方のことが……す、す!』

『す?』

『と、とにかく!約束してください、二人で生き残るって』

 

 姫様は頬を赤く染め、あたふたしながら俺にそう言うと『これ、プレゼントです』と俺の右手に何かを巻き付けた。

 危険性はないか、戦闘時に動きに支障は出ないか、巻きつけられたそれを眺めていると、姫様は自分の右の手首を俺に見せてきた。そこには今、俺が巻き付けられた物と同じ物があった。

 

『これ、あそこの屋台で売ってたミサンガです、切れたら願いが叶うらしいです』

 

 俺はミサンガを分析した。

 俺の目は魔法のマナの流れを追い、その効果を看破できるように作られている為、どんな効果か一目でわかった。

 

『ありがとうございます、でもこのアクセサリにはそういった物事に干渉するような魔法効果は無さそうですよ』

 

 姫様は、今思えば怒ってもよかったと思う、そのくらい俺は無粋な事をしていた。それでも、彼女は輝く様な笑顔で答えた。

 

『おまじないみたいな物です、ないより、あったほうがいいじゃないですか』

 

⭐︎⭐︎

 

 右手は俺の体から離れることなく、最後まで無事くっついたままだった。たしかに、ないより、あったほうがいい。

 ありがとう、()()()様。

 

 そうだった、なぜ彼女をいかす判断をしたか、かんがえていたんだったな。

 

 ……ああ、わかっているとも、いまは

 

 おれは彼女に犠牲になってほしくなかった。これからも、いきていてほしかった、多分、ただそれだけのことだったようなきがする。

 

 だとすると、これはすごいことだ。女がみのかごの合理てきなはん断に、一個人のにん間の感じょうが勝ったことになる。五体まん足ならばんざい三唱でもしたいところだ。

 

 わからないのは、先ほどから彼女のことを考えるとわきあがるこのかんじょうのなまえだ。

 

 かなしいとか、くるしいとか、よろこばしいとか、たのしいとか、そういうかんじょうのなまえがあることはしっている。

 

 でも、おれはもう、にんげんのときのかんじょうは、すべてわすれてしまった。

 

 ゆえに、なまえもおもいだせない。

 

 もう、なにもかんかくがない。

 

 しぬまえに、このかんじょうのなまえを、おもいだしたい。

 

 かんがえろ

 

 かんがえろ

 

 かんがえろ

 

 ……ああ、そういえば、ひとつだけこころあたりがあった。

 

『……女神よ、俺は適任ではないかもしれない、俺はこの世界なんて、どうなろうが知ったことではない、だが、守りたい人はいるから信用しろ、そしてもう代わりのいない今、悪いが俺で妥協してくれ……無論、この聖剣を持てばどうなるかも、どんな運命が待ち受けているのかも、全て把握している、その上で俺は力を求める』

 

 ……そうだ、おれは。

 

『……受け入れるのですね、運命を』

『ああ、俺を勇者にしてくれ、女神……あの人を、守るために』

 

 ……おれは、おれは。

 

 ……かのじょのことが。

 

 

 ───プツン、と何かが切れたような気がした。

 

 ……俺の意識はここで途切れた。結局、答えは分からなかった。

 

 ……それでも、悔いはない、と思った。

 

⭐︎⭐︎

 

勇水(いさみ)勇水 燐(いさみ りん)!」

 

 男性教師の呼ぶ声で俺は目を覚ます。

 

 ……どうやら、前世の記憶を見ていたみたいだ。それも授業中に。

 

 勇者として、あるまじき失態である。俺は前世よろしく、周りの状況を分析し、生存に最適なルートを模索する。

 

 目の前にはギラギラとした怒りを顔に貼り付ける中年の数学教師。周囲で何かをヒソヒソと話している同級生達。

 

 なるほど、この状況は。

 

「詰み、か」

 

 




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