臆病な『赤龍帝』が冒険都市にいるのは間違っているだろうか? 作:黒牙雷真
〈sideケンマ〉
「今日、キミたちは伝説になる!」
陽が落ち切って、野営地から少し離れた暗い森の中にヘルメスの声が響きます渡る。
「いいか、よく聞け!この奥に広がるのは乙女の楽園!リリちゃんやアスフィたちが産まれたままの姿で身を清めている」
ヘルメスの言葉に、この場に集まっている【ヘルメス・ファミリア】の男性団員と近くにいるヴェルフが生唾を呑み込む音が聞こえる。
最早、現状を語る必要はないだろうと思うが、『アンタレス』のクローンたちから偶然にも【ヘルメス・ファミリア】の厄介な冒険者依頼に同行していたリューさんに助けられて、【ヘルメス・ファミリア】が拠点を置いている野営にやって来た。
ようやく腰を落ち着けて、長旅の疲れを少しでも癒そうと女性陣が近くの泉で汗を流しに行ったのが、今回の始まりだ。18階層の時とは少し異なり、ヘルメスが覗きをしようと異性に飢えている野郎どものスケベ根性に火を焚き付けたのだ。
「そして、アルテミス!三大処女神に数えられる彼女の一糸纏わぬ姿を見た者はいない!神々でさえ!オレの夢は一度破れた!だけどオレの心が言ってるんだ、諦めたくない、って!」
熱く語るヘルメスに、その眷属たちは感動からなのか涙ぐむ奴や後世に残そうとエルフが羊皮紙にペンを走らせたりと種族的にそれは良いのかと、疑問が過るほどにスケベ根性が燃え上がっている。
「そして、今 、オレにはキミたちが。志を同じくする仲間がいる。我々の眼前に立ち塞がるのは困難の頂だ!だが、これを乗り越えた時、キミたちは後世に名を残すだろう!」
それは間違いなく、覗き魔としての悪名として後世に残るだろう。
「立ち上がれ、若者たち!真の英雄となるために!」
「「「「うおおおおおおおお!!」
「ウオー!ウオーー!」
「帰りたい……」
「失敗することが目に見えているのに………呆れた奴らだ」
俺とベルは、スケベ根性丸出しの【ヘルメス・ファミリア】の男性団員たちと友人であるヴェルフに呆れながら眺める他なかった。
「天よ、ご照覧あれ。誇り高き勇者たちに必勝の加護を!続けえーーーーー!!」
「「「うおおおおおおお!!」」」
くだらない熱弁を終えると俺とベルを除いた殆どの奴らがヘルメスを筆頭に女性陣が水浴びをしている泉へと突撃して行った。そして─────
「「「ぎいいいやああああああああ!!?」」」
現実はいつも残酷でものの数分で男たちの悲惨な光景と悲鳴を物陰から確認できた。毎回思うがヘルメスが主神を務める【ファミリア】の団長をしているアスフィさんや女性冒険者が不憫でならない。
もしも可能であれば、俺が今よりも更に強くなった暁には【ヘルメス・ファミリア】へ『戦争遊戯』をふっかけて、一年間だけアスフィさんや苦労している方々を【ヴィクトリア・ファミリア】に引き抜いて、心労を癒して貰うかと考えてしまう。
「さて、茶番劇も終わったし帰るぞベル」
「うん。やっぱり、できるわけないよね……覗きなんて……」
「18階層では偶然とはいえアイズの裸を見たんだろう?」
「あ、あれはヘルメス様の不可抗力で………」
「随分とおいしい不可抗力だな。俺の場合は、覗きなんてしたらバレた後が怖いから絶対にやらないけどな」
「嗚呼、ケンマの師匠はリューさんだもんね。潔癖のエルフのリューさんに覗きをしたなんてバレたら……そりゃ考えたくないよね」
「加えて、リューさんの口癖は「私はいつも、やり過ぎてしまう」だからな。手加減という言葉があの人ほど似合わない人を俺は他にあと一人しか知らない」
「あと一人は誰?」
「ド天然のアイズに決まってんだろう」
「あははは……確かにアイズさんは天然だもんね」
ヘルメスたちをお縄にした女性陣たちにバレないように物音を立てないように天幕まで戻ろうと試みていると、その途中でベルが偶然地面に落ちていた枝の上に手を乗せてしまい、それによって枝が折れて、パキリッ!と物音を立ててしまう。
あまりにもはっきりとした物音に俺たちは思わず身体が猫のようにビクッ!と跳ね上がるのも束の間、茂みの向こうから凛とした聞き覚えのある鋭い声が俺たちに向けられる。
「誰だ!」
その声の主に滅茶苦茶心当たりがある俺たちは焦る。
「ベ、ベル!お前、どんだけラッキースケベの不可抗力を起こせば気が済むんだ!てか、言った側から俺を巻き込むなよ!?」
「ご、ごめんなさいぃ!」
「取り敢えず説教は後だ。今はこの状況をどうやって切り抜けるかだ!」
「ど、どどどどうしよう、ケンマ!?」
「だから、それを今から考えるんだろうが!」
「だってぇ………」
あまりにもタイミング抜群で発動するベルのラッキースケベに対して、それを引き起こした本人に小声でそれに巻き込まれたことへ怒りながら状況の打開策を考えていると茂みの先にいるとある女神から次のような言葉が俺たちにかけられる。
「居るのは分かっているぞ!往生際の悪いことはせずに潔く出てきたらどうだ!」
完全に誰かがいることを彼女は確信しているようで、仮にここを逃げ出せたとしても、野営地で一人ずつ尋問をされるのは明白。何故なら、ヘルメスたちが女性陣に捕まっているのだから残っている俺たちが同じ時間帯に何をしていたのかを問われない訳がない。ましてや神である彼女に問われてしまった場合は、十中八九『嘘』がバレて、それが女性陣にも伝わり、俺たちもヘルメスたちと同じ運命を辿ることになる。
なのでどちらに転ぼうが完全な詰みである。
どちらも詰みなのであれば、彼女の言う通り潔く出て行った方がお仕置きも軽くなるのではと自棄糞な考えが俺の頭を占める。
「こうなったら一か八かだ。ベル、今から後ろ向きで茂みの向こうに出るぞ」
「えっ!? で、でもそんなことをしたら…………」
「俺たちが居ることがアルテミスにバレてる時点で詰んでるんだよ。仮にここから逃げ出せたとしても野営地に戻って来た時に、リューさんたちから自分たちが水浴びしている間、何をしていたのかを絶対に問われる。そこへ、アルテミスまでも加われば………」
「どんなに誤魔化しても『神』であるアルテミス様に『嘘』がバレる」
「そういうことだ。だから、ここは潔く出ていって少しでもお仕置きの程度を下げて貰う方が賢明な判断だと、俺は思う」
「た、確かにケンマの言う通りかも………」
「それじゃあ、立ち上がったら後ろ向きで両手を挙げながらゆっくりとアルテミスの居る方へ行くぞ」
「う、うん、分かった」
ベルが俺の一か八かの提案に乗ってくれたので、二人でその場で一度立ち上がり、アルテミスがいる方向に背中を向けて、両手を挙げながらゆっくりと後ろ向きに歩いて行く。
そして、茂みから出て行くと最初はただの覗き魔だと思っていたアルテミスだが、出て来たのが背中を向けている俺たちだと認識すると唖然とした声が背後から聞こえてきた。
「ようやく姿を表した……か……その服装は、オリオン? それにベル?」
「驚かせて悪いが、もしも衣服を着てないのであればコレを上から羽織ってくれると助かる」
「すっ、すみませんアルテミス様……」
アルテミスが水浴びをしていたことを考慮して、後ろを向いたままで戦闘衣のコートを脱いで、彼女の裸体を見ないように心掛けながらコートを差し出す。
○●○
「あははははっ────貴方たちは運が良い。昔の私なら、即座に矢で射抜いていた」
「えっ!神様の話、本当だったんですね………」
「マジで潔く出て行って正解だったわ………」
後ろ向きで茂みからアルテミスの前に姿を表したあと、彼女が衣服を着てから俺たちは泉の波打ち際にある砂の上に腰を落ち着かせてから事の顛末をアルテミスに説明して、何とか納得してもらえた。
どうにか射抜かれずに済むと隣にいるベルが好奇心からなのか自分の主神の過去について、その神友であるアルテミスに訪ねる。
「あの……それじゃあ昔の神様……ヘスティア様も、今とは違ったんですか?」
「俺もヴィクトリアの過去を少し知りたいな」
「そうだな。ヴィクトリアについてはあまり知らないが、私の知っているヘスティアは、結構ぐーたらで、面倒くさがり……」
「あー、そこは変わってないかもしれませんね」
「ヴィクトリアに聞いていた通りだな」
「それから……よく神殿に引きこもってたな」
「引きこもりですか?」
「炉と慈愛の女神が引きこもり………」
「私が彼女の神殿に行くと、それは嬉しそうで、まるで遊んで欲しい子犬のように、はしゃいでいた」
「なんだか想像できちゃいます」
「そうだな。神ヘスティアがアルテミスと再会したあの日から今までのことを思い出すと簡単に想像できるな」
あの日、壇上で俺が『槍』を抜いて、アルテミスが姿を現した時のヘスティアの喜びようはかなりの物だったのを今でも覚えている。
「いつも一緒に泣いて、一緒に喜んで、笑顔を分け与えてくれるヘスティアに……慈愛を恵む彼女に、私は憧れていた」
「僕も神様が大好きです」
「俺も神ヘスティアには好感が持てる」
もしも、この世界───『ダンまち』の世界に転生して間もない頃にヴィクトリアと出会っていなければ、消去法的に俺はヘスティアの眷属になっていただろう。或いは、ミアハかヘファイストス辺りの眷属になっていただろう。
タラレバの考えを脳裏に浮かべていると、アルテミスから謝罪の言葉をかけられた。
「すまない、巻き込んでしまって………」
「えっ?」
「…………」
「オリオンには過酷を押し付けることになる」
「ケンマに過酷を押し付ける………?」
アルテミスの言う過酷とは、『神殺し』のことを示唆している。
「覚悟は旅に出る前から出来ている。ヴィクトリアにもそれは伝えてある」
「ッッ! オリオン、貴方は…………!」
「ああ、知ってたさ。アルテミスと出会うよりも前から、ずっとな……」
「そうか………本当にすまない、オリオン」
「気にするな、とは言い切れない。俺はそんな経験もしたこともない臆病者だから、しばらくの間は塞ぎ込むだろうな」
俺とアルテミスの会話に途中から付いて来られていないベルは、黙って俺たちの会話を聞いていた。
「それに俺はベルのように誰かの『英雄』にはなれないと思う」
「ぼ、僕が英雄!?」
「俺はこの身に赤き龍の帝王を宿す存在、『赤龍帝』だ。だから『英雄』のように悲劇のヒロインを救ってはやれないかもしれない。だけど、泣いている誰かや怖がっている誰かを守ってやることはできると思う」
「守る?」
「ああ。古来よりドラゴンとは戦いと食べ物を好み、財宝を守る存在だから、ドラゴンを宿す俺も守りたいと思うものを全力で守る。その中にはアルテミス、お前も入ってる」
「私も?」
「もちろん、アルテミスだけじゃない。ヴィクトリアやベル、リリ、ヴェルフ、リューさん、アスフィさん、皆入ってる。ついでにヘルメスも」
「あははは、ヘルメス様はついでなんだね…………」
「だからさ、そんな悲しそうな顔なんてすんなよ。絶対に守ってやるからさ!」
「…………なるほど、なぜ貴方といると胸がこう高鳴るのか理解出来た気がする」
アルテミスは自分の胸に手を当てながらそう呟くと立ち上がって、ゆっくりと泉の中へと歩いて行く。
「私は貞潔の神。男女の恋愛など許さず、関わることさえ忌み嫌っていた。だが、ある時、子どもたちに言われてしまった。恋は素晴らしいと……今なら……それが少し分かる……」
泉の上にいるアルテミスの回りに淡い黄緑の光を放つ蛍たちが飛び交い、蒼い髪が微風に揺らされながら月光に照らされる彼女は神々が言うように絶世の女神であることを俺は再認識せざる終えなかった。それは隣にいるベルも同じだろう。
「踊ろう……オリオン」
「ああ、喜んで」
アルテミスからダンスに誘われた俺は靴が水でグチョグチョになることを省みずに、迷わず彼女の手を取った。ダンスなんて前世の選択授業以来だが、この場では気取った踊りは必要ないだろう。
ただひたすらにパートナーと呼吸を合わせて、水が跳ねる音をBGM代わりにして、月光と蛍火のスポットライトに照らされながら静かに踊るだけでもお互いの心を満たして行く。
いつしか俺とアルテミスは、直ぐ側にベルが居ることなど頭の片隅にすら消えており、二人で笑顔でダンスを楽しんでいた。
「知っているか? 下界に降りた神々は、一万年分の恋を楽しむのだそうだ」
「一万年分の恋………それは俺たち人間には計り知れない想いが込められてそうな恋だな」
「生まれ変わる貴方たち、子どもたちとの悠久の恋……オリオン……貴方と出会って良かった」
「俺も貴女に出会って良かった」
最後に少しだけ距離を取ってからお互いにお辞儀をして、束の間の二人だけの踊りは終わりを迎えた。
なぁ、ドライグ。
俺、決めたよ。
この世界で起こるはずだった悲しい出来事を、トゥルーエンドじゃなくてハッピーエンドに変えて見せる。それが例え、許されないことだったとしても俺はそれを成し遂げてみせる。
だってさ、もしもイッセーが同じ立場ならそうしていただろう? 泣いている女神様を放っておくほど『赤龍帝』は簡単じゃないからさ。
オリ主たちの新本拠地候補
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第六区画 『竈火の館』の近く
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第七区画 元ヘスティア廃教会
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西地区 豊穣の女主人の近く
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北地区 適当に