#コンパス 桜華忠臣の受難   作:K+#ガソ林

1 / 32
異世界珍道中

 

 

───目を開ける。

 

 地面は───ない。

 地平線は───ない。

 重力は───ない。

 

 そこは見渡す限り白しかない世界だった。

 

 男は浮遊していた。

 

「───ようこそ、#コンパスへ。」

 

 電子音がこだまする。

 それを始点に、CとP、二つの文字を弄った構造体がさっと現れる。

 

 

 "異様にして見慣れた、いつもの光景"だ。

 

 

「"桜華忠臣"(おうか ただおみ)さん。」

 

 彼の名前は、桜華忠臣。

 刀と軍服を身につけた、妖華帝国の総統である。

 

 管理人のVoi dollは、忠臣へと話しかけた。

 生憎と忠臣は返事を返すことはできない。

 ここに存在している彼は、実体を持たぬもの。

 データの泡に等しい。

 

「あなたを、ある世界に転送します。」

「シミュレートの結果、それが最も効果的な方法であると判明しましたので。」

 

 あいかわらず、何を言っているのかよくわからない、と、忠臣は思った。

 何について語っているのかも。

 

「貴方には現状を打破するための助けとなってもらいたいのです。」

「争乱ではなく、安寧をその地に与えてください。」

 

「導きを。」

 

「では、サヨウナラ。」

 

 ───目を、閉じた。

 

 ───目を開ける。

 

 

 即様、周囲を見渡す。

 

 蒼き空。

 空に浮くサイレン。

 五つの鍵。

 

 そこは間違いなく、でらクランクストリートであった。

 

 だが、様子がおかしい。

 "味方"がいない。

 

 #コンパスは3対3のハイスピード陣取りバトル。

 だが、ここには味方もいなければ、敵もいなかった。

 これは明らかな"不具合"であった。

 

「なんだこれは。」

 

 桜華忠臣は呆れてため息をついた。

 自称、#コンパスの管理人であるVoi dollは何をしているのか。

 最近は模造品(irregularタイプ)も出てきている。

 少し弛んでしまったのではないか。

 

「おい、Voi doll!聞こえぬか!我だぞ!」

 

 虚空に叫ぶ桜華忠臣だが、Voi dollからの応答はなく、何も起きない。

 ま、それも道理か、と忠臣は思った。

 

 敵味方がいない今の状況が、なんてことない程度の不具合であれば、一瞬にして解決されているはずだ。

 

(Voi dollは潔癖だからな。)

 

「ふん。」

 

 この状況が示すことは、Voi dollですら対処に手を焼く"不具合"が発生したということだ。

 

(あのBug doll何某でも崩すことができぬ城塞《セキュリティ》が、いかにして崩されたのだろうな。)

 

 Bug dollによってirregularが発生した時でも、#コンパスは正常に稼働していたというのに。

 

「これも何かの機会か。」

 

 忠臣は取り出していた刀を鞘にしまい、無人のでらクランクストリートを散歩してみることにした。

 

「クッ。ハハ。戦場で戦いがないというのも、殊更愉快───。」

 

 そこで言葉に詰まった。

 

 転移地点である、青い台座を降りたその時、彼の視界の端に映ったのは、"都市"。

 

 でらクランクストリートは超高高度の空中に浮遊している浮島だ。

 だから、本来、"ステージの外にビルなどが見えるはずがなかった"。

 

「羅針───番街?」

 

 標識が示す街の名。

 羅針盤街。

 #コンパスに現れたirregular。

 

 忠臣の呟きに同調するが如く、でらクランクストリート全体にとてつもない量の水飛沫が轟音と共に湧き上がった。

 

 

(なるほど、でらクランクの高度が、海面に着水するほどに下がっていたのか。)

 

 でらクランクストリートが、その高度を普段より遥か下へと落としていた事に、桜華忠臣は気づいた。

 そして時間を置かずに水没する事にも。

 

「…ククッ。」

「セェン!!」

 

 桜華忠臣は妖華穿突刃(剣を突き出し、前方に突撃する技)を使って、でらクランクストリートから脱出した。

 

(明らかな異常だ。"これ"は。)

(でらクランクが降下し、沈没するなどな。)

(これでは戦闘どころではない。)

 

 羅針盤街へと落下する忠臣は、その最中に歪な光景を見た。

 

 霧のような、白い仕切りだった。

 どこまでも高く伸びているような、白い壁。

 それによって分断された、さまざまな───"土地"。

 

 現代、近代、中世、古代。

 時代、背景がごちゃ混ぜな土地が、サラダボウルよろしく碁盤の目のように"置かれて"いた。

 

 間違いなく、世界は狂ったのだ。

 これは、irregular。

 

 

 そして、桜華忠臣は、異世界へと着地したのだった。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。