───目を開ける。
状況は概ね整理できた。
でらクランクが沈んだ事。
voi dollがこの不具合を解決できない事。
そして、"桜華忠臣のあらゆる思考・行動が制限されていない事"。
「フン。自由意志、か…。」
桜華忠臣は今まで、voi dollに従う事に対してなんの疑問も抱かなかった。
ただ、無制限に戦闘を行い、データを提供する。
無数の"ヒーロー"達の一人であった。
でらクランクストリートから飛び降りる行為。
定型句以外を口にする行為。
あらゆる言動、行動、思考が全て、今までは制限されていたのだ。
「ふむ。」
だが、不思議と、自由意志を縛った張本人へと反逆する気持ちにはならなかった。
というか、今の忠臣の心の内には、憎しみや怒りといったものが介在する余地がなかった。
「探索するか。」
現在の状況に対する好奇心が、忠臣の心を占めていたのであったから。
───目を開ける。
都会の風景。
羅針盤街。
手近にあったビルの中に、忠臣は入ってみる事にした。
「いらっしゃい。ミスター。」
自動ドアはひとりでに開き、忠臣を迎え入れる。
照明がついた明るい部屋の奥には金髪の優男の姿があった。
「俺の名前はエンフィールド、武器商人なんかをやってる。」
彼の名はエンフィールドと言うらしかった。
「武器商人などと、堂々と公言して良い職業とは思えぬが。」
「オイオイ、今の世界を見てみろよミスター。ポリ公なんかが稼働できるわけないだろ。」
道理であった。
「我には金の持ち合わせはない。」
「いや、いいよ。アンタ気に入った。」
「【カード】を見せてくれよ。そしたら一品は融通してやる。」
……。
「【カード】、とは?」
「ちょっと探してみろよ。持ってないはずはない。」
「本当に持ってなかったら、それはそれで面白いけどな。」
忠臣は身体のあらゆるところを探した。
「【妖華帝国総統】桜華忠臣…これか?」
忠臣は自身の描かれた、金色のフチの【カード】を取り出した。
「おう、じゃあ死んでくれ。ミスター桜華。」
エンフィールドはなんでもないことのように、宣戦布告を忠臣に告げた。
(───敵か。)
忠臣は刀を抜き、戦闘の構えを取る。
対面するエンフィールドがカウンターのボタンを押せば、建物の壁が開き、一つの巨大な銃口がその顔を覗かせた。
(あれは───対消滅ロングレンジライフル。)
エンフィールドの背丈ほどの銃口。
1800mm口径から発射される超巨大な弾丸は、山をいくつか貫く程のとんでもない威力を誇る。
とてもではないが生身の人間に向けるようなものではない。
これの前では刀など、そこらの棒切れと同じだ。
「死刑宣告さ、受け取りな。」
けたたましく金属が軋む音が鳴る。
幾つか瞬きする間に、死の弾丸が発射された。
「待て!貴様も反動で死ぬぞ───!」
とてつもない衝撃が羅針盤街を揺らし───。
桜華忠臣の肉体はこの場から"消失"した。
轟音、倒壊した建物。
ゆらゆらと、タバコの煙が一つ。
「死を超えるからこそ…ってな。」
エンフィールドが持っていたのは、【¦¦¦狐ヶ咲¦¦¦ 黒漆祓拵 為次】。(以下為次)
局所的に時空断層を作り、全ての攻撃を短時間だけ、無効化できる霊滅武装だ。
これでロングレンジライフルの反動を無効にしていた。
エンフィールドは周囲を見渡すが、忠臣の姿はどこにも見えない。
「…金枠のカードを奪う。」
「それが俺たちに残された、最後の選択肢だ。」
桜華忠臣の姿と同様に、彼が保有していた金枠のカードも、ここには存在しなかった。
「なぁ、ミス月夜叉。」
「君もその筈だろう?」
タバコの煙が、青空の街に溶けていく。