1ー1 入学式 正門前
入学式の今日、ボクはトレセン学園の門をくぐった。
ここがあの、ウマ娘プリティーダービーの舞台となる日本トレーニングセンター学園か、と思うと感慨深いものがある。
ボクは、異世界の馬の記録と記憶、通称ウマソウルを引き継ぐ代わりに、異世界のある男性の魂を引き継いでしまったウマ娘だ。
名をクロクモというが、なんせ、異世界のウマソウルを引き継がなかったせいで名前がなかった。
今の名前は、母が憧れる昔の名バ(確か信玄公の愛バという話だ。異世界でも信玄公はいたらしい)の名前をもらって付けたらしい。
いま、ウマソウルとか言う話をしたが、ウマソウルとか、ヒトソウルという概念自体この世界の一般知識ではなく、これ自体ボクの前世知識からの推測でしかない。
無いのだが、なんにしろ前世の記憶を引き継いだウマ娘がボクであった。
前世の記憶を参照すると、この世界はゲーム、アニメ、漫画等でメディアミックス展開していた『ウマ娘プリティーダービー』の世界にかなり近い世界らしい。
ウマ娘とかいるし、トレセン学園あるし、トゥインクルシリーズあるし。
もっとも前世の記憶のウマ娘の世界や、さらにそのフィクションの基となった競馬の世界とは歴史は異なる。
記憶にある馬と実際のウマ娘の成績がまるで違ったり、場合によっては記憶にある馬が、ウマ娘としてトゥインクルシリーズに参加していなかったりするケースもある。なので前世知識はこの点全く役に立たなかった。
まさに、この世界に生きるウマ娘の未来の結果は、まだ誰にもわからない、というやつだ。
それを忘れてはいけない。前世知識でどや顔して未来予知すると、外して大恥をかくのだ。母によく大爆笑されて、父によく慰められた黒歴史が思い浮かぶ。
ウマ娘周辺だけでなく、天災なんかも、その発生時期や規模が前世とまるで違うので、正直未来予知としては前世知識は役に立たなかった。
閑話休題、不肖クロクモは、トレセン学園に無事入学を果たした。未来予知としては全く役に立たない前世知識だが、一方で一般的な知識はたっぷり詰まっていた。前世のヒトは勉強はできたのだろうか。学力で困ることは全くなかった。
中学入試の筆記試験ぐらいだと難なくこなし、満点をとれている自信がある。身体能力試験も、そう難しくなかったので、そこまで苦戦はしなかった。
トレセン学園の入学試験に合格し、そうして今ボクは、トレセン学園にまさに入ろうとする場所にいた。
入学式というと、保護者との記念撮影の場、という印象が個人的にあったが、トレセン学園の入学式は保護者は来ないというちょっと独特のルールがあった。
なので、正門前周辺にいるのは見守りの駿川たづな理事長秘書以外は、新入生のウマ娘ばかりだ。
ひとまずボクは、両親に送る写真を撮るために、ガシャポンカメラを片手に周りを見回す。ここに来る前に、母に渡されたものだ。写真は、両親のアルバムに保存され、また祖父母にも送る予定らしい。
そんなカメラを片手に周りを見回しているのは、写真撮影をしてくれる子を探すためだ。
人はそれなりにいるが、正門周辺でたむろしている子たちは、数人ずつグループになっている子が多い。おそらく出身の小学校が同じとかで、待ち合わせしているのだろう。
そういう子たちに声をかけるのは、少し気が引けた。圧倒的アウェイ感のなか、声をかけるほどの図太さはさすがのボクにもなかった。
かといって、もともと新入生に知り合いもいない。
ああいう集まっている子たちはウマ娘だけの小学校出身だろう。
ウマ娘だからといって普通の小学校に通うことは問題ないのだが、だいたいのウマ娘はウマ娘専門の小学校に通学する。
ボクは母が、近いほうがいいでしょという発想でその辺の公立小学校に入れられたのだ。
先生もいい人で普通に楽しかったし、特に不便もなかったが、トレセン学園に来る友達はいなかった。というか同級生どころか学校に他にウマ娘がいなかった。
なので現状ボクはパーフェクトボッチなのである。
でも写真を撮りたい。前世には存在していたスマートフォンなどと違い、ガシャポンカメラで自撮りはハードルが高すぎる。
なので誰かに頼む必要があるのだが、なかなか適当そうな人が居ない。
できれば優しそうで、ボッチな子に声をかけようと、人の流れを見ていた。
多くの人通りの中、一人のウマ娘がこちらに向かってくるのが目に留まった。ショートボブでサラサラの栗毛、いや、もっと赤っぽいから栃栗毛だろうか、そんな綺麗な髪を靡かせるウマ娘。
目が赤く、桜の瞳が輝いており、美人ばかりのウマ娘の中でもひときわ美人の彼女に、何を考えたか今でもわからないが、ボクは声をかけてみることにした。
多分、ボッチっぽい子が周囲にその子しか見当たらなかったのもあると思う。
「こんにちは! すいません写真撮ってもらっていいですか?」
「写真? いいですけど……」
「パパとママにあとで送るんです」
「なるほど」
正確にはカメラごと送って両親に現像してもらうのだが、そんな詳細な説明はする必要もないだろう。
彼女にカメラを渡すと、入学式と書かれた立て看板の前でボクはピースをする。
「3枚ぐらいお願いします」
「わかりました」
カメラを受け取った彼女は、そのまま彼女はボクに向けてボタンを押す。
だが、反応が何もない。
「あれ? これ、とれてます?」
「あ、すいません、巻いてませんでした」
「巻く?」
「ここをこうやって」
ボタンの下にある、歯車みたいなダイヤルを回すと、ジジジジ、と機械的な、プラスチックの擦れる安っぽい音がする。少し回すとフィルムが巻かれて、カチッ、と止まる。
その状態で、カメラを彼女に渡した。
「これで押せば写真が撮れます。1枚撮ったらまた巻けば次が撮れる感じですね」
「なるほど、すいません。こういうの使ったことなくて」
「ほえー」
彼女がお嬢様で本格的なカメラしか使ったことがないのか、お金がなくてこういう使い捨てなカメラも使ったことないのか、どちらか判断ができなくて間抜けな声を上げるしかできない。
雰囲気的に前者な気がするが、外見で判断して地雷を踏んだら酷いことになるのだ。適当にごまかすに限る。
そうして3枚ほど、写真を撮影してもらった。
「カメラ、良いですね」
「ほえ?」
「いえ、私もこういうの持ってくるべきだったかもしれないなと思いまして。写真撮って、両親に送ればよかったです」
「まあボクもママに持たされただけですけどね。でも、それならこれで撮ってあげますよ。現像したら渡しますし」
「え、悪いですよ」
「24枚撮らないと現像できないんですよ、これ」
遠慮する彼女を押し切り、撮影するべく彼女を立て看板の前に立たせる。
実際撮り切らなくても現像はできなくはないが、もったいないし、今日中にカメラに内蔵されているフィルム分、24枚撮影して、ママに送りたい。
だがそれ以外にも理由があった。彼女の写真を撮った理由は、単純に友達が欲しいのだ。
現状、時代的には前世で言う1990年代らしく、スマホもメールもインターネットも存在してない。いや、インターネットぐらいはあるのかもしれないがまだ全く普及していない時代である。
なので写真もまた、現像したものを手渡しをするしかない。
つまり、写真を撮れば渡すために会う口実ができ、友達になれる可能性が高い。
それくらい計算してしまう程度には、ボクはボッチだった。
ウマ娘の知り合い、親族以外いないし……
「ほらほら、ここに立ってください」
「え、えっと」
「はい、チーズ」
「あ、はい」
撮影しながら、彼女のことをもっと観察する。
背の高さは160cmちょっとぐらいか。170cmオーバーなボクよりは少し小さいが背が高いほうになるだろう。
体型はモデル体型で、すらっとしていてかっこいいかんじだ。とはいえ男性のように見えるとかそんなこともまったくなく、腕や脚はやわらかそうな緩い曲線を描いている。
短めな髪形も相まって、かっこいい系の王子様風な雰囲気を醸し出していた。
本当に美人な子だな、と思いながら、シャッターを切る。
その瞬間、ちょっとはにかんだ笑顔をした彼女はとてもかわいかった。
撮影ミスを考えて、ボクは3枚、彼女の写真を撮るのであった。
「そう言えば自己紹介まだだったですね。ボクはクロクモ。新入生です」
「私はサクラローレルです。同じく新入生ですね。よろしくお願いします」
彼女の名前を聞いた瞬間、脳内ヒトソウルが騒ぎ出す。どうやらローレルさんは前世では有名な馬だったらしい。もちろん現状新入生である以上デビュー前であり、有名でも何でもない。
基本ヒトソウルとボクは一心同体で、別のものと認識できないぐらい同化しているのだが、ヒトソウルのよくわからないオタクスイッチに触れると時々こうやって脳内で騒ぎ始めるのだ。
その知識が役に立つこともあるが、基本うっとおしいだけであり、脳内で思いっきり踏みつぶして大人しくさせた。
「ローレルさんは、寮に入るの? 通学?」
「寮に入る予定です。その方が楽しそうですから」
「ボクもだよ」
トレセン学園は寮が併設されているが全寮制ではない。
通学も普通に認められている。
ボクなんかは家が多摩川超えた向こう側なので、ウマ娘の脚ならば通うのに問題ない距離であるので、通学も選択肢にあった。
だが、ほとんどの学生が寮に入るし、寮生活は楽しいと聞いている。なのでボクもまた、寮に入ることにした。
ローレルさんも寮生活らしい。
「寮の部屋番号教えてよ。現像できたら写真届けに行くから」
「わかりました。クロクモさんの部屋番号も教えてください」
寮の部屋に初めて入るのは入学式の後だが、部屋番号は今でもわかっている。
ここで交換しておけば遊びに行くのは容易だ。というかここで情報交換しておかないと、次いつ会えるかわからない。なんせ学園内には2000人もいるのだから。
一応名前を告げれば、寮長が部屋番号を教えてくれることもあるらしいが、寮長の判断だし、何より寮長が忙しくて捕まえられるかもわからない。
同じクラスになれればいいが、1学園10クラスもあるのだからその確率もあまり高くない。
そういった事情から、必要な情報は早めに交換しておく必要があった。
学園から用意した方がいいと連絡があった、連絡帳に、ローレルさんの情報を書いていく。
名前と部屋番号、あとは実家の電話番号……
そんなものを連絡帳に書き込んでいく。
ローレルさんも、連絡帳として用意したらしい、手のひらサイズのノートにいろいろ書き込み終わるとこちらを見ている。
「ふふ」
「?」
そうして少し笑ったローレルさん。
本当に美人である。美人は何しても形になる。
とても眼福であった。
だが、なぜ笑ったか、わからずにボクは首を傾げた。
「いや、友達ができてうれしいなって思いまして」
微笑むローレルさんにそう言われたボクは、とても嬉しくなってしまう。
友達である。初ウマ娘友達である。
そんなこと言われたら嬉しさが爆発してどうしていいかわからなくなってしまうではないか。
あまりの驚きと嬉しさに呆然としてしまうが、尻尾は正直で、ブンブンと全力で左右往復を始めてしまい、嬉しさを表現し始めてしまう。
自分の気持ちが露わになりすぎて、かなり恥ずかしい。
「ボ、ボクも嬉しいよ……」
顔が火照って真っ赤になるのを自覚しながら、必死に声を振り絞る。
ローレルさんも、ボクの答えで嬉しくなってしまったのか、顔を俯けながらも、尻尾はぶんぶん全力で揺れ始めた。
嬉しい。相手が友達だと言ってもらえて嬉しいのが思いっきり伝わってくる。
それがまた嬉しくて尻尾が止められない。
相手が喜んでくれるのがうれしくて、自分が喜んでいるのが伝わってしまって恥ずかしくて、二人で顔を真っ赤にしながら尻尾をブンブンして立ち尽くすという謎の行動を暫くせざるを得なかったのであった。