ヒトソウル持ち青毛ウマ娘のトレセン学園生活   作:雅媛

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2-2 栗東寮 レースの前に

 ローマンちゃんは、ボクが9時半ごろに寮に帰ったときにはすでに布団をかぶって寝ていた。

「たべすぎたぁ……」と寝言を言っていたので、多分姉妹と一緒に食べ過ぎたのだろう。

 そのあと、ボクがお風呂から出てきても、柔軟体操していてもまったく目を覚ますことがなかった。

 時々「もうたべられないぃ」「もう入らないよぉ」とか謎の寝言を言っているから生きてはいるだろうが、ちょっと大丈夫か心配になってくる感じである。

 

 

 結局ローマンちゃんは、翌日朝になっても起きなかった。

 一緒に行くかもしれないと思って揺さぶって声をかけたのだが、「んにゅぅ」と謎の鳴き声を上げるだけでそれ以上の反応がない。

 もう最低でも11時間ぐらい寝ていると思うのだが……

 一応オグリキャップさんに声をかけておいたが、「ローマンはよく寝て育っている」と謎のコメントをもらっただけであった。

 

 一方ボクはいつも通り4時に目を覚まし、早速身だしなみに入ることにした。

 お風呂場に行って、軽くシャワーを浴びてから、髪と尻尾の手入れをするのだ。

 こういった美容作業は、ガサツなボクには三日坊主になるかと自分でも思っていたのだが、やり始めると結構面白いし、朝とか夜とかは比較的時間があるので、暇つぶしにも丁度良かった。

 

 昨日購買で購入した、お風呂セットを入れる箱をもって風呂場に行くと、なぜかこんな早朝にもかかわらずにわかに騒がしかった。

 

 脱衣所には1人のウマ娘が一糸まとわぬ姿で座っており、周りでは3人のウマ娘がブラッシングしたり、何かを塗ったり、マッサージしたりとせわしなく動いている。

 その真ん中にいる一人が、ボクは誰か知っていた。

 ニシノフラワー。

 今日のメインレース、桜花賞の1番人気である。

 

 阪神競馬場でのレースに出場する彼女が、何故朝早いとはいえ当日に寮にいたのか、この時は結局わからなかったが、あとでいろいろ調べてわかったことがある。

 遠方の競馬場のレースの場合、前入りが基本であるが、遅い時間のレースだと当日入りも普通にあるらしい。特に、メインレースの出走者だと、トレセン学園が所有し調布飛行場に置いてある、プライベートの飛行機がつかえるのだとか。

 阪神競馬場まで、大阪空港まで1時間、そこから車で30分もかからないのだから、移動の負担も小さいということのようだ。実際ニシノフラワーさんがどういう経路を辿ったのかは知らないが、そういう方法を使ったのだろうと思う。

 

 何にしろ、そんな大物のウマ娘と、おそらく同じチームのサポーターだろうウマ娘が忙しくしているのだ。

 ボクは邪魔したら悪いと思い、彼女らから一番遠い棚に荷物を置くと、同じく彼女らから一番遠い隅っこで、ブラッシングを始める。

 髪と尻尾との梳き方は適当である。まだ、こうやって梳くといいみたいな方法は学んでいない。引っかかって痛い思いをしないように、あとは全体を一度は梳くように、を意識してブラッシングをしていく。

 

 そんなことをしながらニシノフラワーさんの方を窺う。

 ニシノフラワーさんは、いろいろされているがそれを気にする様子はない。

 全く動かず、全く動じず、ただただ、正面を見据え続けて、鏡に映る自分を見ている。

 なんと言うか、レースに向けて精神を高めている、そんな気がする。

 その姿が刃物のように見えて、周りで動くウマ娘たちが慎重にそんな刃物を研ぎ澄ませている、そんな光景に見えてきた。

 

 ニシノフラワーさんというと、テレビ越しで見る姿は明るく、可愛らしく、優しそうな人という印象であった。パドックやインタビューなどでそういったものが垣間見える人であった。

 それも別に演技とかではなく、彼女の一部分なのだろう。

 そして、今見せる、ただただレースに集中し続ける姿もまた、彼女の一部分なのだろう。

 ボクは浴場にシャワーを浴びに移動を始める。彼女たちはボクの方を見ることはなかった。

 

 頭からシャワーを浴びつつ、体中を手でこする。

 石鹸なんかを1日何回も使うと肌が痛むし、軽く汗を流すことが目的なので、シャワーを浴びるだけである。

 顔を洗い、首を洗い、わきの下やひじ裏を洗い……

 胸の下や尻尾裏もちゃんと流して、5分ほどで終わりである。

 タオルで髪や尻尾を拭きつつ、浴場から上がるのであった。

 

 脱衣所に戻っても、4人の作業は終わっていなかった。

 ボクは最初の位置に戻り、体を拭き、髪を拭き始める。

 ざっと拭き終わった後、困ったことが生じた。

 ドライヤー、使っていいのだろうか。

 なんせ結構音がする。今までは比較的静かにしていたが、ドライヤーの爆音は許されるのだろうか。

 ひとまず先にやるべきことをやろう。

 タオルで全体的に水気をふき取って、頭のてっぺんにアロマウォーターをたらす。そのまま頭から、ブラッシングをして髪になじませていく。

 一通りなじませたら、髪を手で持ってブワッとひろげる。

 うん、薔薇のいい香りだ。

 さて次は、ヘアオイルを毛先に塗るか、と思ったところで……

 

 ニシノフラワーさんがこちらを見ていた。

 

 

 

 え、なんで? 端っこでこそこそしてただけだと思うが、何が彼女の興味を引いたのだろうか。

 

「いい香りですね」

「え、あ、これ、薔薇のアロマウォーターなんです。化粧水代わりにもなりますし、使ってみますか?」

「ありがとうございます。では、少しだけ」

 

 そう言って、ボクが近寄って差し出したアロマウォーターを受け取るニシノフラワーさん。

 手で仰いで香りを確認すると、自身の両手首に少しだけ付けて、手首同士をこすって香りを広げる。

 

「ありがとうございます」

「いえいえ」

 

 そのまま返してもらったアロマウォーターをもって、元の位置に戻るボク。

 ヘアオイルを毛先に塗って、伸ばしていく。

 ニシノフラワーさんはまた集中に入ったらしく、正面を見つめていた。

 

 ドライヤーに入るまでに彼女のほうが終わるの祈りつつ、体に大量のへちま水をかける。体中びしょびしょになるぐらい容赦なくかけて、手で塗り込んでいく。

 なんとなくしみ込んだら、あとはクリームを軽く顔や首元に塗って終わりである。

 さて、そろそろ本気でドライヤーを使っていいか聞くべきか、そんなことを悩んでいるとニシノフラワーさんの方も終わったらしく、制服を着始めた。

 そしてすぐに着替え終わると

 

「お邪魔しました。薔薇のアロマウォーター、ありがとうございます」

「どういたしまして」

 

 そんな挨拶をして彼女は去っていった。

 彼女から漂う甘い花の残り香が鼻を擽った。

 

 

 

 ドライヤーで髪をさっさと乾かして、風呂場から出てきたボクであったが、やることがあまりない。

 時間は5時前、食堂にはまだ料理は出ていないし、外出禁止時間だから外に出ることもできない。

 暇なので、食堂で何か作れないか、向かって調べてみることにした。

 食堂には、生徒が料理できる一角が存在するのだ。

 そこの冷蔵庫には、生徒たちへの仕送りのおすそ分け、という名の余りが詰め込まれているらしい。

 その中身は自由に使っていいのだとか。

 

 そんな話が寮のパンフレットに書いてあったので、確認しに来たのだ。

 早速業務用らしい冷蔵庫を開けると、確かにいろいろ入っていた。

 野菜に高級そうな蜂蜜まで、いろいろ詰め込まれている。

 いや、蜂蜜冷蔵庫に入れちゃダメでしょ、と思いながら雑多に詰め込まれている食材の整理を始めた。

 

 賞味期限やばそうなのは捨てた方がいいだろうし……

 奥の方の一角にやばそうなオーラが出てるものがある。

 無駄に楽しくなってきてガサゴソと整理していると……

 

「ちょっといいかな。朝ごはん食べたいんだけど」

 

 そんな風にボクに声をかけてくる人が居る。

 

「朝早いですね。整理していただけなので、どうぞどうぞ」

 

 そう言いながら振り向いたところにいたのは、先ほどニシノフラワーさんのサポートをしていた人の一人だった。

 

 彼女は冷蔵庫を覗くが……

 

「うーん、わからん」

 

 とすぐ匙を投げてしまった。料理をしない人なのだろうか。

 

「何か作りましょうか?」

「え? 本当? 私料理できないから助かるんだけど」

「好き嫌いは?」

「甘いのがいいな」

「ならフレンチトーストにしましょうか。即席ですが」

「へぇ、そんなの作れるんだ!」

 

 嬉しそうに尻尾を振る、おそらく先輩の彼女。ニシノフラワーさんのサポートをしていたのが同級生とは考えにくいからだ。

 ひとまず冷蔵庫の中に雑多に入っていた、乾燥しきっているフランスパンと、最近入れたばかりだろう牛乳、おそらく牧場直送の高級品だ、と、あとは賞味期限ぎりぎりの卵を取り出す。

 牛乳と卵と、あと砂糖をボウルにぶちまけて、泡だて器で良く混ぜれば卵液の完成である。とても簡単だ。

 

「手際いいね」

「慣れてますから」

 

 いうほど難しいレシピでもないのだ。

 後は乾燥したフランスパンをできるだけ薄く切ってこの卵液に浸ける。

 

「パンが浮かないように手で押さえていてください」

「結構冷たいんだけど」

「先輩の頑張りですよ」

 

 そのまま置いておいても徐々に浸みてくるが、時間がかかるので押さえてもらう。

 卵液は、卵も牛乳もさっきまで冷蔵庫に入っていたからかなり冷たいだろう。

 後はバターを敷いたフライパンで焼くだけである。

 おそらくこのバターもいいものだろうが、自由に使っていいとのことなので容赦なく大量投入である。

 フライパンが温まったら卵液が浸みたパンを焼くだけである。

 薄いのですぐ浸みるし、すぐ焼ける。瞬く間に小さなフレンチトーストが20ぐらい出来上がる。

 

「トッピング、生クリームとかほしいですか?」

「ほしいな」

「じゃあはい」

 

 先輩に、生クリームが入ったボウルと泡だて器を渡す。グラニュー糖はすでに投入済みだ。

 

「え?」

「頑張って泡立ててください」

 

 泡立ては大変なのだ。先輩に任せよう。

「全然硬くならないよぉ」と泣き言を言っている先輩を背中に、ボクはさらにフレンチトーストの量産を始めるのであった。

 

 

 

 ひとまずカビていないが乾燥しきっている、いつからあったかわからないパンたちを全部フレンチトーストに生まれ変わらせた。

 若干作りすぎたかもしれない。食べきれなければ誰かに配るか…… オグリキャップさんにでも食べさせておこう。

 

 机には、泡立てに疲れ切った先輩が突っ伏していた。

 ちなみに慣れていないせいか、先輩がいくら泡立ててもクリームはあまり硬くならず、仕上げに混ぜ切ったのはボクである。

 

「やっと食べられる……」

「料理に感謝ですね」

「うん、感謝を二度と忘れない……」

 

 疲れきっていてちょっと哀れに思えてきたので、先輩のために盛り付けてあげることにする。

 薄いフレンチトーストを3枚皿にのせて、クリームを大量にかけて、同じく冷蔵庫に眠っていたイチゴとブルーベリーをトッピングして完成である。

 

「わぁい! 朝からこんなの食べられるなんて!!」

 

 すぐに先輩は復活した。

 

 

 

「そう言えば先輩は……」

「自己紹介まだだったね。私はマスカレードアイ。高等部2年だよ。さっき脱衣所で会ったよね」

「そうですね、ボクはクロクモ、中等部一年です。よろしくお願いします、アイ先輩」

「よろしくね」

「で、先輩、ニシノフラワーさんについていかなくていいんですか?」

 

 みんなでご飯を食べようとしているならわかるが、彼女は一人だ。

 別で食事をとる理由もないだろうし、アイ先輩はニシノフラワーさんについて行ってないのだろう。こんな早くから手伝いをしてたのに、そこは少し不思議だった。

 

「ああ、私は今回ついていかないんだ。辛くてね」

「…… 理由、聞いていい奴ですか?」

「ふふ、キミはいい子だねぇ」

 

 ちょっと笑い方が弱弱しい。

 今日会ったばかりのボクが聞いていいな話なのか迷うが、どことなく話したそうな雰囲気も感じる。

 

「まあ、愚痴だから後輩に話すのも気が引けるんだが、少し聞いてくれよ」

「いいですよ。案山子ぐらいに思ってください」

「こんなかわいくて、おいしいご飯作れる案山子はいないよ。で、まあ、まず聞きたいんだけど、私の名前、聞いたことあるかい?」

「すいませんですが覚えがないです」

「ニシノフラワーちゃんは?」

「ありますね。GⅠはすべて見てますし」

「だよねぇ…… ま、そういうことさ」

「妬ましい、ですか?」

 

 ボクがそう聞くと、彼女は悲しそうに笑った。

 

「走り続けて4年、どうにかオープンクラスまで上がったから、私はまだ幸せなほうだと思うけどね。でも重賞では全く歯が立たず、GⅠなんて出たこともない。一方でニシノフラワーちゃんはすでにGⅠに1勝して、桜花賞も勝てるかもしれない位置にいるんだ。思うところはいろいろあるよね」

「むぅ」

「彼女はとてもいい子だし、さっきまで彼女の身支度していたのだって、私が自分から手伝いを名乗り出たんだ。でも、憧れだったティアラ三冠のレースに、どうしても見に行く勇気がなかったんだ」

「……」

 

 ティアラ三冠は1度切り、しかも1レースにつき最大18人分しか枠がない。

 クラシックに半分程度行くとは言え、200人近い人数でこの少ない枠を奪い合うのだから、狭き門である。

 

「トレーナーさんだって、とても優秀なんだよ。小内トレーナーって知ってる?」

「有名な方ですよね」

「そうそう、身長2mもあってちょっと外見は怖いんだけど、すごい細かいところまでみんなのことを考えてくれてて…… それでも私は手が届かなかったなって」

「……」

「そろそろ、引退も考えてるんだ。そんなときに、クロクモさんみたいな1年生を見たらちょっと感傷的になっちゃってね」

 

 先輩のお皿に新しいフレンチトーストを乗せる。

 もしょもしょと、ゆっくり食べ始める先輩。

 

「結局未勝利で高等部に上がれなかった友達もいた」

「……」

「いまだ1勝クラスや2勝クラスで上がれない友達もいる」

「……」

「オープンクラスになって、重賞にも出たことがある私はかなり上の方だとは思うんだけどさ……」

「……」

「でも、勝負服、一度着てみたかったなって」

 

 こういう時、どういう対応をしていいかなんてボクにはよくわからなかった。

 小内トレーナーといえば有名なトレーナーの一人である。

 ティアラ女王のメジロラモーヌや、短距離女王ニホンピロウイナーも所属していたといえば、どれだけすごいチームかわかるものだ。

 だが、そんなチームでもどこまで行けるかはウマ娘次第なのが勝負の厳しいところなのだろう。

 

 従妹弟たちを慰める時にするように、ボクは彼女の顔を抱きしめた。

 ギューッと胸に埋める。ボクのおっぱいはすべてを解決するって、うちの従妹が言っていたから何か解決するかもしれない。

 

 単純に予想以上に重い話で、ボクも混乱していたのだろう。

 暫くしたあと放すと、先輩も落ち着いていた。

 

「うん、ありがとう。朝ごはんのことといい、いろいろごめんね」

「貸しにしておくので、そのうち返してくださいね」

「おお、怖い怖い」

 

 その後元気を取り戻した先輩は、フレンチトーストをいっぱい食べていたので、どうにか二人で大量のフレンチトーストは消費することができた。

 

 桜花賞観戦を前に、なかなか出来事が多い朝の出来事であった。




走って、走って、走って
負ければその先は地獄。走れないウマ娘は必要ない。
そういわんばかりのタイムリミットは、遠いようですぐそこに迫っている。
16名の中から、勝利の椅子に座れるのはわずか1名。
大舞台の陰で死闘が始まる。

次回 阪神第一レース クラシック未勝利戦 ダ1800m

勝った先に何が待ち受けているか、彼女たちはまだ知らない。
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