寮を出たボクとローレルさんは、学園へと向かった。
道路を挟んで学園にそのまま入る。
学園内には教室などはもちろん、各種トレーニング施設や購買、食堂などいろいろな施設が整っている。
とすると授業の時間以外でも行くことは多そうな場所だ。
タマモクロスさんが制服で過ごしていたというのもわかる気がする。
私服だと学園に入れてもらえないのだ。
正確には、入るのに手続きが必要になる。
トレセン学園はウマ娘専門学校だから、出入は非常に厳格なのだ。
だから制服もしくは学園指定の体操着以外を着たウマ娘以外は、手続きが求められるようになってしまう。
ふらっと学園に入りたくなるぐらいには施設が整っているのを考えると、制服生活もなかなか合理的であった。
ローレルさんと正門をくぐると、体操着を着た集団が走っていくのとすれ違う。
入学式当日から走っている子がいるのか。
それとも上級生の集団か。
何にしろやる気十分そうな集団である。
ローレルさんがそんな集団を目で追いかける。
「知り合いでもいた?」
「いえ、そうではないのですが……」
「?」
「少し羨ましいなって」
「? ならこの後、少しだけ走る? ボクでよければ付き合うよ?」
時間的に、買い物後に少しぐらいなら走る時間もあるだろう。
体操着の着心地を確かめる意味でもそんなことをしてもいいかもしれない。
ローマンちゃんが部屋にいれば一緒に誘ってもいいだろう。
そんなことを考えたが……
「いえ……」
言葉を濁されてしまった。
何かあるのだろうか。
ローレルさんの足元を見るが、スカートから覗くのは綺麗な生脚だ。
包帯もサポーターもしていないので、どこか悪いようには見えないが……
何か走るのを我慢する必要があるのかもしれないが、情報を得るには好感度が足りなさそうだ。
頑張って好感度を稼がなければ。まだ出会って一日だから、焦ってはいけない。
「そう言えばローレルさんは何買うつもりなの?」
「え、えーっと、まずはケア用品ですね。液体のものは重いですし、購買は品ぞろえがいいと聞いているので、買おうかなと」
「へー、何か目星付けてるの?」
「特にはないですが、いつも使っているのばかりではなく、たまには一つぐらい違うのを使ってみようかと」
そんなたわいもない話をしながら、立派な三女神様の像がある噴水の前にたどり着く。
通り過ぎる前に、試しに三女神様にお祈りをしてみる。
ヒトソウルの知識の中から得た知識だが、三女神様の加護か何かで因子を継承し、力があふれるという演出があるらしい。
なんかゲットできたらラッキーだし、できなくてもまあ、数秒の無駄だ。
「何しているんですか?」
「三女神さまにお祈り。ご利益もらえないかなーっていうすごい不純な理由のお祈り」
「ふふ、じゃあ私も」
二人して数秒、手を合わせてお祈りをする。
力が湧いてきたりはしなかったが、何かあるといいなと思いながら、校舎の中に入るのであった。
校舎に入り、そのまま向かって右手に購買部が存在する。
よく考えたら、トレセン学園に下駄箱とかないし全部土足なんだな、とか小学校との違いを感じながら、購買部へと入った。
中はかなり広く、大規模なコンビニ、普通のスーパーぐらいの広さである。
お弁当や、各種お菓子がある棚が手前にあり、そういったものを買いこんでいる子もいる。
「食べ物、買いためた方がいいとかあるのかな?」
「お夜食とかではないでしょうか? 夜遅くなると寮から出られないし、寮の食堂も8時ぐらいまでだったと思いますし」
「なるほど」
ならばひとまず、何か買うか。
お腹がすいた時のことを考えると、BIGなカップ麺が候補に挙がる。
だが、できればここで、ローレルさんに付き合ってくれたお礼として何か渡したい。それがカップ麺は、ちょっと格好がつかない。
「ローレルさん、お菓子は何が好き?」
「お菓子ですか?」
「ほら、この辺とか、ローレルさん好きそう」
ちょっと大人風のチョコとかが置いてあるあたりを指さす。
だが、ローレルさんの反応はいまいちよくない。
「食べたことないですね」
「じゃあどんなのが好きなの?」
「すいません、ここにあるようなもの、食べたことなくて」
ローレルさんはマジもののお嬢様だった。
ボクだったらいくつも食べたことがある。ママの買い物について言ってねだるなんて日常茶飯事だし、1個ぐらいは大体買ってくれる。
きっとローレルさんにはそういう経験もないのだろう。
「じゃあじゃあ、どれ食べてみたい?」
「食べてみたいか、ですか?」
「そうそう。買って一緒に食べようよ」
もしかしたら、こういうお菓子を買うこと自体罪悪感があるような育ちなのかもしれないが、こんなお菓子を一つや二つ食べた程度でおかしくなるはずもない。
現にお菓子もご飯もモリモリ食べてるボクはこんなに立派である。
「じゃあ、これかな」
ちょっと迷ってローレルさんが取ったのは、イチゴ味のチョコであった。
おいしそうなやつである。
ボクはローレルさんが指さしたチョコに加え、他のチョコをいくつか取って、カゴに入れた。
「あとで分けようね」
「そうですね」
ローレルさんもちょっとうれしそうであった。
食べ物コーナーを抜けて、少し奥へ行くとケア用品が置いてある一角にたどり着く。
ブラシとか、各種塗る系のいろいろとか、いろいろ置いてあるがボクには何が何だかよくわからなかった。
「まずはブラシを選びましょうか」
「はーい」
そういいながら、ブラシがぶら下げてある一角を見るが、100種類近くあるのではないだろうか。
それだけで、どれを選べばいいかボクにはさっぱりである。
「まず耳用に、ラバーの奴がいいと思います。このあたりでしょうか」
「ふむふむ」
ゴム製っぽい柔らかいブラシの一角には、いくつもブラシが置いてあった。
しかしどれがいいのかわからないな。
しゃがんで手にとっては戻し、をしているとローレルさんが一つ取ってボクの耳に当てた。
「?」
「試しに使ってみるといいですよ。こんな感じです」
「うーん」
最初はゴム製のブラシであったが、引っかかって感触がいまいちだ。
「じゃあこっちとか?」
「あ、ちょっとイイ感じになった」
もうちょっと硬いブラシに変わったが、先ほどよりは変な引っかかる感じがなくなった。
「じゃあこれとかどうですか?」
「あ、かなりいい感じ」
ゴムっぽいブラシの引っかかる感じがダメだったが、今度のブラシはそういう感じがなくなっていい感じになった。
「こういう感じのはどうですか?」
「うーん、もっと細いのがいいかな」
次にあてられたのは、先が丸く、歯が太いタイプのようだ。それはそれでいまいちである。
「じゃあこれですかね」
「すごくいい感じ~」
シリコン製の歯が細いものが一番合いそうである。その系統の中のものを、ローレルさんは一つ一つ、ボクに試してくれた。
「じゃあこれにしようっと」
「決まりましたね」
最終的に、一つ良さそうなのが決まった。あまり高くないし、ちょうどよさそうだ。
「ありがとうローレルさん」
「どういたしまして。でも、まだまだ買うものはありますよ」
「え?」
「今のは耳用です。尻尾用と髪用はさらに別にありますし、それぞれ2本ぐらいは使ったほうがいいと思うんです」
「かなり多いね……」
ちょっとうんざりしてしまう。
ブラシだけで合計5本ぐらいが想定されているらしい。予想以上の量だった。
「次は髪用ですね。まず、汚れを落とすための硬いブラシですが、このあたりでしょうか」
「いっぱいあるね……」
金属製のものに、プラスチック製のもの、もうちょっと柔らかい素材のものもある。
金属製のブラシなんて、針金みたいだ。
これを髪に使うと痛そうだな、と思いながらつんつんしてみる。
「硬くない? これ」
「クロクモさんの髪ならこれでもいいでしょうが、肌をひっかけてしまうと怪我をしてしまうからブラッシングが難しいんですよね」
「うーん、じゃあこのあたりかな」
プラスチック製のブラシの中で一番堅そうなものを右手にとって、左側の頭横の髪を梳いてみる。
確かに悪くはない感じだ。ボクの髪は硬いし、こういうのでガンガン梳くと早く終わりそうである。
ローレルさんは、金属製のブラシを手に取って、ボクの右側を梳いてくれる。
すごく気持ちよくて、金属製のブラシもいいなと思うが、先が丸くないし、やはりちょっと怖さもある。
「うーむ、難しいなぁ。金属製のほうが感じはいいけど、自分でやるにはちょっと怖いな。ボク基本ガサツだし」
気をつけながら梳けば当然大丈夫なのだが、結構眠いときとかにやることもありそうなのを考えると、プラスチックのが安定だろう。
いくつか自分でプラスチックの硬いのを試し、一つ選ぶ。
ローレルさんがいろいろな金属のブラシでボクの髪を梳かしてくれたので、結局金属製のブラシで良さそうなのも一本買うことになってしまった。
「こうやって、ブラシが増えていくんだね」
「おしゃれの第一歩ですよ」
新製品が出たら更新したりすればさらに数が増えていく。
おしゃれする人の道具の多さがちょっと納得できた瞬間だった。
「あとは髪を整えたり、時間がないときにちょっと使う櫛ですね。コームなんて言います」
「髪とか梳くのはこれのイメージだね」
これもまた、プラスチック製から木製のものまでいくつもある。
ローレルさんが使っているツゲ櫛のようなものもあったがちょっとお値段が高い。
「やっぱり高いね」
「そうですね……」
「うーん、おじいちゃんおばあちゃんにねだろうかな」
ローレルさんが持っていたのがかっこよくてあこがれがあるので、入学祝でねだろうかな、とか考える。
入学祝くれるという話は聞いたのだが、欲しいものがゲームソフトぐらいしかなかったのだ。
さすがに入学祝でそれは…… と自身で思っていたのでちょうどいい気がする。
ひとまず持ち歩きやすいような、プラスチック製の安いものを買う。
これで髪は終了である。
そしてやっと尻尾の番である。いや、ブラシが終わってもまだ塗る油とかそういう系統のグッズ選びがあると思うが。
「クロクモさんの尻尾は髪に比べるとかなり柔らかいので、獣毛ブラシとかでもいいかもしれません」
「これかぁ」
動物の毛でできたブラシの一角を見る。
試しに手に取って触ってみるが、硬いものと柔らかいものがあるようだ。
「試しにいくつか使ってみましょう。まずはこれですかね」
「ありがとう」
ローレルさんがブラシを一本手に取ると、当然のようにボクの尻尾を梳いてくれる。
「どうですか?」
「もっと硬い感じのほうがいいかな」
「じゃあかなり硬いこれとかは?」
「あ、かなりいい感じかも」
やはりいくつか試してみて、一本選ぶ。
「これで大体そろったかな?」
「そうですね」
だがまだそろったのはブラシだけだった。
次にシャンプーやら化粧品やらが置いているコーナーに移動することになる。
まだまだ先は長そうだ。
「シャンプーって寮にも備え付けられてるんだよね? それじゃダメなのかな?」
「どうでしょう? そのあたりは使ってみて合わなければ買えばいいと思いますよ」
「なるほどそうしよう」
ひとまず石鹸関係は寮の備え付けを試すことにする。
なのでまずはヘアオイルだ。
「ローレルさんみたいな髪になりたいし、同じのじゃダメかな」
「お勧めできないですね。ヘアオイルは毛色によっておすすめが違いますから。私は栃栗毛ですから、栗毛用のものを使っていますけど、青毛のクロクモさんの髪や尻尾には合わないでしょう」
「色ごとに違うのかぁ」
ローレルさん、いい香りがするからいいなと思っていたので、同じのがいいなとは思っていたが、そんな縛りがあるとは知らなかった。
そう言われてよく見ると、コーナーが確かに毛色事に分かれている。
鹿毛、栗毛、芦毛…… 青毛だけのコーナーはなく、黒鹿毛とか青鹿毛とかの中の濃いめの色コーナーに混ぜられていた。
まあ、人数比の問題を考えたら、青毛なんてこのトレセン学園全体でも数十人ぐらいだろう。そもそも製品開発もあまりされていなさそうである。
一つ一つ手に取ってみるが、いまいちピンとこない。
こう、フローラルな香りをさせたいし、いやフローラるってそもそも何かよくわかってないけど……
香りがいいのが良いのだ。
「うーん」
「決まりませんか?」
「こう、ローレルさんみたいにいい香りさせたいんだけど、臭いがいまいちピンとこないのばっかりで」
「? 私何か匂いますか?」
「ちょっと甘いような、サクラっぽい香りがする」
「多分いつも使ってるヘアオイルとかの香りですね。サクラ家のものですが、大体サクラ系統の香りがついてますし」
「ふむー」
各ウマ娘名家だと、それぞれ独自のものがあるのだろう。ローレルさんが使っている者に憧れがあるが、毛質も色も違うので、さすがにボクには合わなそうだ。
悩んでいると、ローレルさんが何か小さなボトルを持ってきた。
「無臭のものを選んで、香りはこういうアロマウォーターでつける、という方法もありますよ」
「へぇ」
しゅっと一吹き手にしてもらうと甘い香りが広がる。
「これはダマスクスローズですね」
「薔薇ですか」
とてもいい香りで気に入るが、薔薇と聞くとかなり躊躇してしまう。
ボクみたいな庶民にはまるで分らないがお嬢様方ならこの香りが薔薇だとすぐにわかるだろう。
そうすると、あの庶民、分不相応な薔薇なんて使ってますわよっていじめられかねない。
いや、単なる妄想だが、なんかそう思われそうな、そんな偏見があった。
ローレルさんに教えてもらい、アロマウォーターのコーナーも見る。
ラベンダーや金木犀はさすがにトイレの消臭剤のイメージなので結構好きな香りだがパス。
ミントとか、スっとする系の香りはあまり好きではないのでパス。
「うわたっか……」
ベルガモットという、柑橘系っぽい香りがするのがあったのでいいかと思ったが、ローズより高かった。どういう値段付けなのか、まるで分らない。
「迷ってますね」
「こういう甘い系が好きですが…… ラベンダーはトイレの消臭剤を思い出してしまって」
「確かにそうかもしれないですね」
クスクスと笑うローレルさん。トイレの消臭剤がツボに入ったようだ。
「でもそれなら最初のローズがいいのでは?」
「庶民がつけてると、お嬢様方に、あの庶民は薔薇なんて不釣り合いなものつけてますわって笑われそう」
「さすがにそれはないですよ…… というか香りがローズだって、ヒントもなしじゃなかなかわからないですって」
「そうですかね」
「あと、クロクモさんには似合ってると思いますよ」
「うぐぐぐぐ」
ローレルさんにお勧めされるととても抵抗できなかった。
結局ローズのアロマウォーターと、無臭の髪用ヘアオイル、尻尾用ヘアオイルを購入する。
これで終わりかと思いきや、まだまだ買い物が続く。
次は肌製品だ。
「化粧水代わりにアロマウォーターは使えますから、あとは保湿ですね」
そんなことを言いながらローレルさんはハンドクリームみたいなもののテスターを取って、ボクの手の甲に塗る。
「うーん、べたべた」
「苦手ですか?」
「ダメそう」
クリームみたいなのは性格的にあっていなさそうだ。
「塗らないと駄目です?」
「寝ている間ぐらいはできれば付けた方がいいらしいですよ」
「うーむ」
いくつか試して、べたつかなさそうなのを選んだ。
寝てる間ぐらいなら、気にならないだろう。そう思い込むことにした。
「やっと終わったぁ」
「ふふ、お疲れ様」
結構な出費である。
ブラシ類はどれもそこそこの値段がしたし、アロマウォーターもそれなりにいい価格だった。
だが、これだけそろうとなんとなくテンションが上がる。
付き合ってくれたお礼に、コンビニで売っていた蜂蜜ドリンクを2つ購入し、ローレルさんに一つ渡す。
あと、ローレルさんが選んだチョコレートと、ボクが好きな板チョコも一緒に渡す。
外に出て、噴水に腰掛けながら、蜂蜜ドリンクを飲みながらローレルさんとおしゃべりタイムである。
「でもよく考えたら、今日かったやつの使い方、よくわからないかも」
「なら、今晩お風呂で教えてあげますよ」
「ありがとうございます! 何時ごろどこ集合にしましょうか?」
「8時ぐらいに、クロクモさんのお部屋に迎えに行きますね」
「待ってます!!」
友達と一緒にお風呂とか、経験がほとんどなくワクワクしてしまう。
学園に来てから初めてなことばかりだな。
約束をして、そんなことを感じながら、蜂蜜ドリンクを飲み干す。
「じゃ、また後で」
「また後で」
ボクはローレルさんと別れ、自分の部屋へと戻るのであった。