「また、ずいぶん買って来たね」
「ローレルさん、あ、友達ね、ローレルさんにいろいろ選んでもらったんだ」
部屋に帰ると、ローマンちゃんがボクの荷物を見て声を上げた。
半分関心、半分呆れているような感じである。
まあ、女子力マイナスだった人間がいきなりいろいろ大量に買ってくれば、そう思うのは当然であろう。誰だってそう思う。ボクだってそう思う。
ひとまず買ってきた夜食用の保存できるチョコレートを2つローマンちゃんに渡す。
「ありがと」
「夜は外出できないから、少し保存食を部屋に置いておくといいらしいよ」
「へー。じゃあ私もあとで購買で何か買ってこよう」
そんなことを言いながら、ローマンちゃんはボクが買ってきたブラシやらグッズを興味深そうに見ている。
「いろいろあるけど、こんなに使いこなせるの?」
「むりそうだから、ローレルさんにお風呂で教えてもらう予定」
「へー」
「今日の8時ごろに迎えに来てくれるんだ」
「じゃあ私も一緒に行っていいかな?」
「いいけど、お姉さんのところ行かないの?」
オグリキャップさんならいろいろ世話を焼いてくれそうなイメージだが。
「お姉ちゃん頼るのはちょっと不安」
「不安?」
「いや、お姉ちゃん地元の頃よりもすごく垢抜けたけどさ、多分あれ、トレーナーさんがかなり世話焼いていると思うんだ」
「タマモクロスさんの話でもそんな感じだったね」
ちなみにキタハラさんというトレーナーさんは男性らしい。
そういうケアのために一緒にお風呂入ることもあるらしいが大丈夫なのだろうか。それともそういう関係なのだろうか。そこまでは聞けなかった。
「実家に帰って来た時も、かなり色々しっかりやってたから、お姉ちゃんが都会に出て美に目覚めたんだと思ってたんだけど……」
「だけど?」
「お姉ちゃんが食い気より色気を優先させるわけないから」
「すごい信頼……」
良いのか悪いのかわからない信頼である。
「お姉ちゃん、言われたことはできる人だけど、応用とか無理だし、他の人の意見も聞きたいなって」
「なるほど。ローレルさん優しいからいろいろ教えてくれると思うよ」
勝手に約束することになってしまうが、まあ大丈夫じゃなかろうか。
道具自体は、ローマンちゃんもオグリキャップさんからもらった一式があるみたいだし。
ひとまず買ってきた道具一式は、おそらく今夜使うだろうし、全部開ける。
これ、どうやってお風呂に持っていこうかという数である。
ひとまず持ってきていた風呂敷に包んでおこう。お風呂どんな感じかわからないが、これなら運ぶことはできる。
そんなことをしていると、そろそろ7時。
夕飯にはいい時間だ。
「そろそろご飯に行く?」
「そうだね。どこの食堂に行く?」
「4号棟でいいんじゃない? ひとまず順々に回って試したりしてみようよ」
寮の食堂は、各棟ごとに存在している。
なんせ一棟だけでも200人ぐらいいるから、一つの食堂で全員対応するのは無理である。
なので、美浦寮と栗東寮にそれぞれ4つずつ、計8つの食堂が存在している。
そして、そのどれに行って食べてもいいし、どこもビュッフェスタイルで食べ放題である。
もちろんそれぞれの食堂である程度味が変わるし、料理自体もかなり異なる。
なのでどこに行くかというのも毎日の悩みどころらしい。
今日はひとまず無難に、ローマンちゃんと自分たちのいる棟の食堂へと向かうことにした。
ボクたちが食堂にたどり着いたのは7時ごろ。
人はかなりいる。
和気あいあいと皆料理を取ったり、席に座って料理を食べたりしている。
見回すと、
一人で食べている人もいる。食事は静かに食べたいのだろう。
二人で食べている人もいる。おそらくルームメイト同士ではないだろうか。
十人ぐらいで食べているグループもいる。チームとかなのだろうか。
ある程度混んでいるとはいえ席の数も十分あり、特に苦労することもなく二人席を確保すると、料理を取りに行く。
トレイを取って、まずおかずを見に行こう。
おかずがないとボクはお米が食べられないタイプなので、おかずに依ってご飯の量を決めなければならないのだ。
確認すると、今日のおかずはジャンボニンジンハンバーグであった。
定番ではずれがないおかずで、ボクも大好きだ。
サイズが幾つもあり、ミニサイズ100g1段から、1kgハンバーグ無制限重ねまで、バリエーションがそろっていた。
味がわからないので、ひとまずミニサイズ1段と、おにぎり一つを取る。
みんなおいしそうに食べているからまずいということはないと思うが、口に合わない可能性もある。お残しは反省文ものだと聞いているし、食べ放題で何度も取れるからこそ、おいしければまた取りに行けばいい。
1kgのハンバーグにチャレンジする子らを尻目に、ボクはそんなことを考えて、お水だけをもって席に戻った。
「クロちゃん、おっきいのにそんなんで足りるの?」
「味がまずかったらと考えたら慎重になっちゃって」
ローマンちゃんはさすがオグリさんの妹で、どんぶり飯山盛りと、1kg人参ハンバーグ3段をもってきていた。
「みんなおいしそうに食べてるし、よほど変な料理じゃなければはずれなんてないでしょ」
「まあそうだろうけどねー」
知らない料理ならまだしも、ウマ娘業界鉄板のニンジンハンバーグに外れもないか。
ひとまず食べればわかる。
「いただきますー」
「いただきます」
ミニサイズだと、切らなくても一口サイズだろう。特にボクの一口は大きいので問題ない。
フォークで差して、食べる。
もぐもぐ。
……
とてもおいしい。
すごくおいしい人参ハンバーグだ。
個人的には、ニンジンハンバーグは肉割合が多いほうが好きなのだが、これは比較的ニンジンの割合が多い。だが、丁寧に捏ねてあって人参と肉が調和しているし、スパイスなども上手く使ってあって、肉の生臭さも人参の青臭さも感じない。
それでいて、ニンジンの甘さと野菜のさわやかさが、肉の油とバランスをとっていて、非常においしいニンジンハンバーグだった。
ソースも、野菜を十分に煮込んで寝かせた、目立たないがおいしいソースだ。
まあ何にしろとてもおいしかったということだ。
ご飯もご飯で、あまり高くないお米だが、特徴が少ないからこそこういう肉料理とよく合う。
本当に考えられた料理だとボクは感じた。
「早、一口じゃん。足りないんじゃないの?」
「うん、お替り持ってくる」
トレイを回収場所に返すと、ボクはもう一度料理を取りに向かうのであった。
「ひとまず1kgの特大サイズ、5段ください」
注文したら、厨房が一瞬ざわめいた。
「残したら反省文だよ? 大丈夫?」
配膳係のウマ娘さんが心配そうにそういうが……
「大丈夫だと思います。大きさも相方がさっき注文してたからわかってますし。あっちで特大三段食べてる子です」
そういうと、一応納得してくれたのか、5段重ね特大ハンバーグが出てきた。
トレイに乗らないので、お皿で受け取ってこれだけでもどる。
「クロちゃんおかえ…… え、多くない?」
「ローマンちゃんだって3段じゃない」
「それの1.5倍以上だからね。大丈夫? 手伝ってあげられないよ?」
「ボクはたぶんローマンちゃんを手伝えますよ」
そんなことを言いながら、5段ハンバーグを机に置くと、次はご飯を取りに行く。
どんぶりに、普通に持ったのを4つ作って、トレイに置く。
山盛りご飯は見た目では憧れるが、正直食べにくいので分けた方が個人的には好みである。
これもテーブルに置いたら、あとは付け合わせだ。
ご飯とハンバーグだけだと、途中できっと味変が欲しくなる。
なので付け合わせが置いてあるコーナーを見る。
ニンジンのグラッセがおいしそうだが、ハンバーグにも人参がふんだんに使われているのであまり味変にならない。
個人的にみずみずしいサラダは味が薄まるのでいまいちだ。あったかい野菜のほうが好きだし。
ブロッコリーと焼きポテトを皿に盛る。
ブロッコリー自体はあまり好きではないのだが、ポテトだけだと味が弱いので、バランスを考えてである。
全部持って戻ると、ローマンちゃんが少し呆れていた。
「本当に食べられるのよね?」
「オグリさんはもっと食べるって聞いてますけど?」
ひとまずご飯ドンブリ片手に、ハンバーグを崩し始める。
大きくなっても味は変わらない。
いや、大きくなった分少し焼きにムラが出るので、触感に変化がある。小さいの大量よりもおいしいかもしれない。どんぶり一杯のご飯と、ハンバーグをすぐに食べ終える。
ここでブロッコリーを食べて味覚をハンバーグが食べたい状態に戻す。
さすがにバランスのいいニンジンハンバーグでも少しだけ飽きが来る。
ここでブロッコリーの野菜特有の苦みが口をさっぱりさせて、またハンバーグの気持ちになるのだ。
続いて二段目。当然味が変わるわけがないのだがおいしいハンバーグだ。
ご飯がよく進む。どんぶり飯の2杯目が、ハンバーグ2段目が終わる前になくなってしまった。
ご飯とのバランスの計算ミスである。どんぶり4杯では足りていない様だ。こんなご飯ーおかずバランスを間違うなんて初歩的なミスをさせるとは、恐るべきニンジンハンバーグだ。
おもむろに立ち上がり、空になったどんぶり片手に炊飯器へと向かう。
ご飯を山盛りに盛ると、席に戻る。山盛りはポリシーに反するが、一度食べ始めてからテーブルの上の食事がなくなるまで、あまり席を立ちたくないのだ。
なので、最小限の動作で十分なご飯を確保するためには、山盛りにせざるを得なかった。敗北感を感じる。
三段目、四段目と順調にハンバーグを食していく。
途中でブロッコリーで箸を休めたり、ポテトでソースを掬って食べたり、真ん中の甘く煮られた人参を食べたりしながら、どんどん食べていく。
そう時間もかからずに、五段全部を完食した。
だが、まだこれで終わりではない。
もう一度どんぶりにご飯をよそってくると、ハンバーグのお皿にぶちまける。
このソースと、肉汁に絡めたご飯がまたおいしいのだ。
食べ方は汚いかもしれないが、やめられない止まらないというやつである。
それをお皿がきれいになるまでがっついて、ひとまず完食である。
「本当に食べきったね……」
「おいしかったですからね」
ローマンちゃんも食べきったようだ。
さて、もう一回お替りに行くか、腹八分目で押さえておくべきか悩んでいると、オグリキャップさんが食堂に顔を出す。
「ローマンに、クロすけじゃないか」
「今晩はキャップさん。どうしたんですか?」
「食堂を回って何か問題がないか確認しているんだ。これでも責任ある立場だからな」
「いや単に食べ比べてるだけでしょ」
ローマンちゃんが冷静にツッコむが、それを笑顔で躱したオグリキャップさんは、通常の大きさの三段ニンジンハンバーグを注文した。
そのままボクたちの席に、椅子を持ってきて同席する。
「お姉ちゃん、ここ何番目よ」
「4番目だ。栗東の一号棟から回ってるからな」
「へー、どこも料理は違うんですか?」
「いや、入学式の日はニンジンハンバーグと決まっている。嫌いなウマ娘がほとんどいないからな」
「ほえー。みんな同じなんですね」
食堂によって料理が違うと聞いていたが、今日は皆メニューは同じらしい。
と思っていたのだが……
「いや、全然違うぞ?」
「え、でもニンジンハンバーグなんですよね?」
「味付けも違えば人参の割合も違うし、付け合わせも違うからな。だから食堂ごとにかなり味に差が出る」
「なるほど。ちなみにここの食堂のハンバーグはどうですか」
「普通においしいな。星5つだ」
「普通なのに星5つなんですか? 10点満点?」
「いや、5点満点で5点だな。癖がなく、ご飯が進む味だ。誰にでも合いやすい味だってことだから、点数が高い」
「なるほど」
オグリキャップさんの食レポはお茶の間でも結構人気だが、こんなところでも聞けるとは。
「微妙だったのは2号棟の食堂だな。スパイスがふんだんで肉の割合が多かった。私みたいなよく食べるウマ娘なら好みだが、食が細い子には合わないだろう」
「へー、難しいものです」
そんな話をしていると、オグリキャップさんはハンバーグを完食した。
「さて、私は次に向かうとしよう」
「あ、ボクもついていっていいですか?」
「ふむ、胃袋の空きはまだあるのか?」
「特大5段食べてしまったので結構埋まってますが、まだ普通のハンバーグ7,8個ならいけますよ」
「ならいい。ローマンはどうする」
「お姉ちゃんに付き合うと体重がやばいからいい……」
死んだ目で姉を見るローマンちゃん。
さすがに彼女ほどのシスコンでも、食べ歩きには付き合わない様だ。
というか、オグリキャップさんだけでなく、ボクのことも化け物を見るような眼で見ていないだろうか。
「じゃあ次は美浦の1号棟だな。あそこの食堂はいつもおいしいから期待できるぞ」
「たのしみです~」
そうしてボクは、オグリキャップさんに連れられて、食堂巡りの旅をを始めた。
各食堂に入学祝のケーキもあるときいて、ケーキを食べる余力を残すため、どこのハンバーグもミニサイズで遠慮しなければならなくなったのは少し残念だったが、それぞれの食堂の味の特徴がよく分かった。
それぞれの寮の1号棟は無難においしい。あまり特徴がないのが特徴といったところだった。
栗東の2号棟はとにかくガッツリ来る感じである。疲れているときには味も濃くて体にしみる味だが、確かに胃腸が強いウマ娘じゃないと厳しいコッテリさである。
美浦の4号棟は逆に非常にさっぱりしている。ハンバーグも人参の割合が多く、少し豆腐も混ざっていたし、ソースも和風あんかけだった。個人的にはかなり物足りないが、愛用する人も多そうだ。
美浦の3号棟は甘味全振りであった。ハンバーグを食べている人は少なく、皆ケーキを食べに来ていた。といってもハンバーグも、味付けがかなり甘めなだけで普通においしかった。まあ、ケーキで人が集まってしまうのにハンバーグも普通に出したらパンクしてしまうのだろう。
そんな感じで料理を楽しみながら、オグリキャップさんにくっついていって、結局食堂を2巡してしまった。ハンバーグ周回と、ケーキ周回である。二人でお腹を大きくしながら、最初にいた食堂に戻る。
ローマンちゃんはもうおらず、部屋に帰っているようだ。
「キミはかなり見込みがあるな」
オグリキャップさんから褒められたが、何の見込みか全くわからなかった。
彼女は大体7時ごろから、毎日食堂巡りをしているらしく、暇があれば一緒に回ろうという謎のお誘いを受け、ボクは別れたのであった。
そして、そんなことをしていたら時間がかなり経ってしまった。
なんだかんだで食べるのは大好きなので、そちらにばかり集中しすぎて、ローレルさんとの約束を忘れていた。
時計を見ると8時を少し過ぎている。
ボクは慌てて、自分の部屋へと戻るのであった。