時は来た   作:アートレータ

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個性『鏡花水月』

 

「ああ多いよ、ヒーローは、守るものが多いんだよ!」

 

「だから負けないんだよ‼︎」

 

 既に満身創痍。マッスルフォームは解け、体はボロボロ、オールマイトに残る個性の灯火も消える寸前。

 それでも立ち上がる。何故なら彼はヒーローだから。

 

 右手のみをマッスルフォームにして、闘いの姿勢を見せる。

 苦しい事は表に出さず、顔には笑みを浮かべて見るものを安心させる。

 そんな彼はまさしく、ヒーローの鏡だった。

 

 パチッ、パチッ、パチッ、

 

 緊迫した場面には相応しくない、拍手の音が鳴り響いた。

 そこにはいつから居たのか、一人の男性が立って笑顔を浮かべていた。

 そしてその男性は、オールマイトも知る人物。

 

「惣右介!何故ここにいる!早く避難するんだ‼︎」

 

 男性の名は、藍染惣右介。トップヒーローの一人である。

 しかし藍染の個性は戦闘に向いていなかった。それでも彼は、力無き人々を守るために昼夜とは走り続けて多くの命を救ってきた。

 個性は『霧と水流の乱反射により敵を撹乱させ同士討ちにさせる能力を持つ』と言うものであるものの、うまく使って視線誘導をして隙を見て人質を救出したりなど多くの活躍を見せて、トップヒーローへと昇り詰めた。

 

 戦闘能力ではNo. 1ヒーローオールマイトは愚か、ランク入りするヒーローにも遠く及ばない。

 故に彼にだけ与えられた称号があった。『番外ヒーロー』である。

 

 オールマイトがみんなの希望であるのならば、藍染はみんなの憧れの的だった。決して強くはない個性ながら、創意工夫で困難を乗り越えて多くを救う。そんなヒーローになりたいと誰もが藍染に憧れた。

 同時にどんな悪も滅ぼすオールマイトとどんな人でも救う愛染がいる日本は最強なんだと心の底から信じて止まなかった。

 

「こんな時まで他人の心配とは、本当に君はどこまでもヒーローだ。」

 

「そんなこと言っている場合じゃ…。」

 

 オールフォーワンが愛染に向かって駆けた。個性による脚力強化で、瞬間移動にも等しい速度で移動したオールフォーワンは先程オールマイトに仕掛けたのと同じ個性を右腕に宿し、藍染ごと地面を殴りつけた。

 藍染を護らんと、駆け出そうとしたオールマイトだが深刻なダメージが残っていて躓いてしまう。

 

 拳は確かに藍染を捉えて、地面に叩きつけられた。砂埃が舞いそこには藍染のと思しき赤い血潮が混ざっていた。

 目の前で無くなった大切なものにオールマイトは絶望して、絶望するオールマイトを見たオールフォーワンは愉悦を浮かべる。

 

「何がそんなに可笑しいのか、私にも教えてくれないか?」

 

 声がしたのは、オールフォーワンが殴り付けた所とは真逆の位置。

 そこには、何事なく立っている藍染の姿があった。

 

「先程君が殴ったのは、私ではなかったと言うことだ。」

 

「どういう…?」

 

「なに、すぐに分かる。」

 

 そして唱える。

 彼の本当の個性を解除するための解号をーーー

 

「ほら、解くよ。砕けろ『鏡花水月』」

 

 その一言により全てが変わった。

 

 途端、周囲の光景が砕け散る。

 

 砂埃など舞い散っていなく、砕かれていたのは倒壊した瓦礫のみ。殴りつけた時にできたはずのクレーターすら存在せず、ただの更地が広がるのみだった。

 自分の認識と目前の現実の差異にオールマイトもオールフォーワンも戸惑う中、藍染は気にした様子も見せず淡々と説明を続けた。

 

「敵にこの世界のあらゆる事象を私の意のままに誤認させる。それが私の個性『鏡花水月』の真の能力。その力を指して『完全催眠』と言う」

 

「…完全催眠?」

 

 オールマイトは藍染の言葉を呆然としながら反芻した。

 

「『完全催眠』は五感全てを支配することで1つの対象の姿・形・質量・感触・匂いに至る全てを敵に誤認させることができる。つまり蠅を竜に見せることも沼地を花畑に見せることも可能だ」

 

「そして『完全催眠』の発動条件は相手に一度でも鏡花水月の解放の瞬間を見せること―」

 

「一度でも鏡花水月の解放の瞬間を見た者はそれ以降も完全に完全催眠の支配下に置かれることになる」

 

 オールマイトもオールフォーワンも言葉を失った。そして、言葉は意外なところから飛んできた。

 

「待ってください!藍染さんの個性は霧と水流の乱反射により敵を撹乱させ同士討ちにさせる能力を持つものではなかったのですか!?」

 

 離れた位置からヘリでテレビ放送をしていた放送局の女性。彼女の個性『聴力強化』で現場の音を聞き取って、テロップとして流していた。

 そして聞き取ってしまった事実を信じたくなくて、受け入れたくなくて遂声に出して聞き返してしまった。そしてそれは、この戦いを見守っていた日本国民の気持ちを代弁したものでもあった。

 藍染は彼女を一瞥して笑みをこぼした。

 

「藍染さんは以前番組で実際に実演してくださったじゃないですか!?」

 

「…なるほど。それがその『完全催眠』の発動条件というわけか。」

 

 先に答えに辿り着いたのは、オールフォーワンだった。複数の個性を相手取り、複数の個性を奪い、複数の個性を扱ってきたからこそ気付けたのかもしれない。

 

「ご明察だ。オールフォーワン。」

 

 しかし、依然として超然とした態度を崩す事はない。

 

「さて、話がずれてしまったね。何故ここへ来たのか、それは君と同じだよオールマイト。」

 

「私と、同じ?」

 

「その通りだ。私も目的は、オールフォーワンだ。正確には、彼の持つある個性が欲しいんだ。個性『強化』自他共に指定した対象を強化する個性だ。」

 

「何故!何故その個性を知っている‼︎」

 

 オールフォーワンが初めて取り乱した。その個性はオールフォーワンが持っているものの、一度も使ったことのない個性だったのだから。

 個性『強化』は超常黎明期の時代に、彼が唯一愛した女性が持っていた個性だ。そして彼女が亡くなる直前に、彼女から譲り受けた個性だ。

 能力は強力そのものだが、条件があるらしくオールフォーワンでは使うことが出来なかった。故に、知っている者は居ないはず……だった。

 

「何も、可笑しいことでは無いだろう?君が知っていて、私が知らない道理は無い。」

 

「ふざけるなッ!」

 

『空気を押し出す』+『筋骨発条化』+『瞬発力×4』+『膂力増強×3』

 

 筋肉と骨を発条(バネ)化、瞬発力と筋力を増強する事でバネの性能を強化し、その力に乗せて空気を押し出す。 その威力は絶大で、直線状のビルを何棟も倒壊させながら、オールマイトを数百m先へ吹き飛ばすほどだ。

 

「やれやれ。傷つかないように言葉を選んだつもりだったんだが。どうやら私は君を買い被っていたようだね。」

 

「最期だ。私が教えてあげよう。力の本質というものをーー。」

 

 それだけ言って、交わす事も防御する事もなくその攻撃に呑み込まれた。藍染の肉を抉り、血しぶきを周囲に飛び散らかせ、地面を赤く染め上げる。

 だか藍染は変わらずその超然とした態度を崩さず、笑みを浮かべ此方を見据えているだけだ。

 

 気付けば藍染は、攻撃を放ったオールフォーワンの目前に佇んでいて…。

 

「──破道の九十『黒棺』」

 

 藍染の右手の掌に迸る紫電。同時に暴力的なまでに高まった魔力の嵐が周囲に吹き荒れた。

 途端、顕現するは漆黒の棺。その棺は天にそびえ立つがごとく圧倒的な高さを誇っている。

 

 やがて漆黒の棺を創り出していた魔力の檻が解かれ、オールフォーワンがその姿を現す。

 先程まで五体満足であったオールフォーワンが全身から血しぶきを上げ、その身を地面へと倒れ伏した。

 

 オールフォーワンは即座に個性『超再生』で、回復して藍染から距離を取るが下がった先には刀を振り上げた藍染がいつの間にか待ち受けていて、振り下ろされた刀に右腕を斬り飛ばされる。

 

「いつの間に刀を…?」

 

「君にはこれが、刀に見えているのかい?」

 

 そう言って手に持っていた刀を地面に突き刺した。するとそのメッキが剥がれて、姿を現したのは倒壊した建物に突き刺さっていた唯の鉄筋。

 

「鏡花水月はハエを竜に見せたり、沼地を花畑に見せたりする事も出来る。鉄筋を刀に見せる事など造作もない事だ。まぁ切れ味はないに親しいが、君を切る程度なら問題なかったようだ。」

 

 皮肉を込めて返す藍染の言葉に、顔を歪めるがそれよりも……。

 

「一体いつ…?」

 

 いつの間に藍染は移動した?鏡花水月は解除されたはず…。

 

「鏡花水月が今なお発動していることに驚きが隠せない表情だね、オールフォーワン?」

 

「では逆に問おう。一体いつから、鏡花水月を使っていないと錯覚していた?」

 

 その問いには誰も答えることができなかった。問われたオールフォーワンも、近くで見ていたオールマイトにグラントリノ。テレビを通して見ていた多くの国民。

 誰一人としてその問いに対する答えを持ち合わせていなかった。

 

 一体いつ

 どのタイミングで

 全く分からなかった。

 気付けば自分達は鏡花水月の術中下にあったのだ。

 そして理解する。これが鏡花水月の真の能力なのだと。

 

「さて、オールフォーワン。どうやらここまでのようだ。諦めて私に力を渡すんだ。」

 

「筋骨発条化、瞬発力×4、膂力増強×3、増殖、肥大化、鋲、エアウォーク、槍骨。本来はオールマイトを殺す為に残しておいた技だが、仕方ない。確実に殺す為に今の僕が掛け合わせられる最高・最強の個性たちで君を殴る!」

 

 超再生で再生した右腕に、個性を集中使用したオールフォーワンを前にも藍染は超然とした姿を崩さない。

 

「あまり強い言葉を使うなよ…。弱く見えるぞ。」

 

 次の瞬間藍染の姿が消えて、オールフォーワンの四肢は斬り飛ばされていた。

 オールマイトとグラントリノがそれに気付いたのは、ドサッというオールフォーワンの身体が地面に叩き付けられた音が鳴った後だった。

 

 何一つ、分からなかった。

 いつ移動したのかも、いつ抜刀したのかも、いつから捨てたのかすらも何一つとして認識することができなかった。

 これも鏡花水月の効果なのだろうか。それすらも分かり得なかった。

 

 そして不思議なことに、オールフォーワンは超再生を発動しなかった。

 正確には発動しようとしているのだが、発動できていないのだ。

 オールフォーワンにしか分かり得ないことだが、彼は幻覚を見ていた。再生した側から再び切り落とされるという、まさに悪夢というべきそれを。

 故に実際には発動すらできていない事を、彼は知らない。

 

「それでは、先に私は失礼するよ。オールマイト。」

 

 そう言って四肢が切り落とされたオールフォーワンを持ち上げて、オールマイトに背を向けて歩き出す。

 しかしオールマイトはそれを許さない。

 

「待ってくれ、惣右介!なぜ……、何故なんだ、惣右介。何故…みんなの憧れを裏切ったんだ⁉︎」

 

「最後に一つ教えておこう。憧れは、理解から最も遠い感情だよ。」

 

「ッ!惣右介ェェ〜‼︎」

 

 オールマイトも遂に我慢の限界が訪れた。

 理解してしまったのだ。みんなが、自分が憧れていた藍染惣右介という男はもう居ないのだと言う事を。

 ならばせめて、止めなければならない。友だと信じてきた彼が、ヴィランになってしまう前に。

 

 対オールフォーワンのために残していた最後の力を振り絞り、藍染に飛び掛かった。物凄い気迫に剣幕で近づいて来るオールマイトを前に藍染は、悠然と掌をオールマイトに向けて一言唱えた。

 

「破道の九十九『五竜転滅』」

 

 すると突然大地が割れ、そこから竜のようなエネルギー体が姿を現した。その竜は意志を持ったようにオールマイトに襲いかかり、そのまま呑み込んだ。

 グラントリノが心配の声を上げる中、しばらくすると竜は消えて出て来たのは全身ボロボロになったオールマイトだった。

 

「…地に落ちたか、藍染。」

 

 それを一瞥すると再び背を向けて歩き出すが、グラントリノの一言に歩みを止めた。

 視線だけグラントリノへ向けたその目には、侮蔑の情が浮かんでいた。

 

「傲りがすぎるぞ、グラントリノ。最初から誰も天になど立ってはいない。君も僕も、神すらも。だがその耐え難い天の座の空白も終わる。」

 

 そう言って徐にかけていたメガネを外して、髪をかき上げた。

 そうして退けた手の先から覗いた藍染の目は、冷たくも見るものを惹きつける不思議な魅力が浮かんでいた。

 

「これからは『私』が天に立つ。」

 

 無意識に体が強張ってしまうほどの圧を感じながら、只々見ていることしかできない遠ざかっていく藍染の背にオールマイトは、唇を噛み締め拳を握り込みながら無力さを痛感していた。

 

 突如訪れたその嫌な静寂は、奇しくも闘いの終わりを示していた。

 

 その日突然日本は『巨悪の根源』という恐怖が取り除かれたと同時に、『平和の象徴』という希望と『番外ヒーロー』という夢を失った。

 





続かない……予定。

個性『強化』
オリジナル個性で、オリジナル設定。
BLEACHの崩玉に似た効果を持つ。
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