「邪魔するわよ……って、もしかして寝てないの?」
「ん?あぁ、ミライか。どうにも事態がややこしい気配で濃厚でな、少しばかり調べてたんだがもう朝か」
アルトの奴を家に帰したのは正解だったが、代わりにストッパーが居なかったな……書類も広げ過ぎだ。後で、整理して片付ける事を考えると頭が痛くなるな。疲労感が色濃いボーッとした頭で、そんな取り止めもない事を考えているとミライが目の前にやってきて迷った表情を見せながら書類を渡してきたので受け取る。
「そんな状態の貴方に渡すのは気が引けるけど……身体、壊さないでね?」
ミライが心配してくるがまぁ、一徹くらいはどうにかなる。その内、一周回って疲労感が消えるしな。そんな事より書類に目を通すのが先だと、手元にある書類に視線を落として読み進める。えーと、『オーロラ・フォン・アイゼンベルク。アイゼンベルク辺境伯の前妻であるレイリー・フォン・アイゼンベルクとの間に生まれた一人娘であり、レイリー前夫人の死後三年の月日が流れて後妻となったリリートゥ・フォン・アイゼンベルクとの関係は劣悪の一言に限ると予想される。
家督を継ぐ者は男であるべきという方針により、リリートゥ夫人の息子エリアールが生まれてからはアイゼンベルク家を継ぐのは、前妻の置き土産であるオーロラではなくエリアールと決定された為か、冒険者としてギルド登録に訪れたばかりの彼女は服装などは令嬢らしさを残していたが簡単な身体検査をすれば、全身に打撲や切り傷が確認された。当初、傷害事件や虐待として報告する話が挙がったがオーロラ本人がこれを拒否。理由として父に迷惑をかけたくない、例え居場所が無くても母と父との思い出の場所だと。結果、当時のギルドは彼女の思いを尊重し本件を黙殺した』……なるほどな。思わず、目頭を押さえるとコトンッと珈琲が置かれた。
「……よくここまで調べたな」
「彼女を担当した職員が今回みたいな件を予想して詳しく残しておいたんだって。今は、定年退職したけど流石だと思う。……それでこれで力になれそう?」
珈琲を飲む俺の顔を心配そうに上目遣いで伺うミライ。多分きっと、男冒険者達にとって夢の様な光景なんだろうなコレ。
「……ちょっと、本気で心配してるんですけど」
「おっと、女の勘は鋭いなって睨むな睨むな、美人が睨むと迫力があるんだから。まぁ、そうだな未だに憶測の域は出ないが、全くと言って繋がらなかった予想が繋がった。はっきり言って、繋がってほしいものではなかったがな」
戦いの術を知っていたエレンがわざわざ、オーロラの様な素人をパーティの相手として選んだ理由。はっきり言って普通とはとても言えない彼の経歴に、それに紐づく関係者との力関係。貴族が故に一般家庭にはまず無いだろう権力や、莫大な金と切っても切り離せない問題。予想はしていたが、それらが俺の中にあった最悪な予想と綺麗に繋がってしまった。
「ただまぁ、少しばかり解決していないというか疑問がある。事の真実とは恐らく関係ないが……」
「貴方がそこまで悩むなんて珍しい……という訳で、私にその疑問をぶつけてみてよ。何か違う視点が手に入るかもしれないし」
「ふむ……確かにそれは有効か。ミライ、お前は俺を一時的に利用しようと近づく。もちろん、利用するには俺から警戒心を奪ったほうが良いからその人間にとって都合が良い人間を演じるだろう。そして年単位で月日が流れてもお前は俺を利用し目的を果たそうとはせずただ近くにいた。それは何故だ?」
俺の予想が正しいと仮定するのなら既に目的は達成されているはずだ。数々の戦いを渡り歩いたエレンの力量でそれが不可能だとは到底、思えない。ならば何故かこの疑問に対する答えを俺は導き出せないでいた。
「えっと……それは……その……」
「どうした?珍しく歯切れが悪いな、別に答えが出ないなら出ないと言ってくれれば構わないが」
「そ、そういう訳じゃないんだけど……リカルド、本当に分からないの?」
分かってたらこうしてお前に質問してないと視線で訴えるとスッとミライが顔を逸らす。なんだ?変な動きばっかりして……顔を赤くしながら落ち着きのない様子を見せるミライをジッと見続けていると観念した様に口を開き、その答えを俺に教えた。その答えがあまりにも予想外で、陳腐なもので俺は思わずポカンっとしてしまった。
「ちょっと!何か言ってよ!!」
「あぁ悪い悪い……ふっ……ふふっ!アッーハハハ!!そうか、そういう事か。いやはや、ミライお前に相談して良かったよ。きっと俺やアルトじゃあその答えには辿り着かなかった」
ミライの言葉を噛み砕き、理解した俺は思わず笑ってしまった。俺の疑問の答えは言葉にしてしまえば、あまりにもこの世界にありふれたものであり単純なものだった。だが、それは時として誰にも理解出来ないものに形を変える複雑なものだ。だが、今思えば確かにこれほど当て嵌まる言葉もないだろう。理屈家な俺や、人生経験が浅いアルトじゃあ二人揃って悩むだけでこの答えには辿り着かなかった。
「……このニブ男」
「否定する材料はないな。仕事一辺倒も考えものだな、ありがとうミライ。元々、礼をするつもりだったが何か足さなければならんな」
不可解だった行動の全てがミライの答えで説明できる。言葉を持って戦う時は可能な限り、自分の中の不確定要素を無くしておきたいから助かった。飯を奢る以外にも何かしなければな。そんな事を考えながらミライを見るとほんのり赤くなった彼女と視線が合う。
「じゃあさ……指輪。買ってよ」
「指輪?お洒落に興味があるとは思わなかったが」
「ほら、私って言い寄ってくる連中多いでしょ?だからその魔除けが欲しいの」
一番人気受付嬢は大変だなと思いながら、彼女の左手を見る。婚約の類いをしていれば薬指に指輪が着くから分かりやすく男避けになるし、そもそも指輪を着けるという行為だけで十分牽制になるだろう。こいつの事だから、それっぽく振る舞うだろうし。まぁ、その為に俺が用意した指輪が使われるというのは何というか小っ恥ずかしい気がするが、お礼として望まれたのなら仕方あるまい。
「分かった。とは言え、指輪はそう簡単に用意できる物じゃないからすぐには渡せないぞ」
「え、あ、うん……ありがと」
「礼を言うのはこっちだ……っと、もう少しアルトが来るまで時間はあるか。すまん、ミライ、疑問が一気に解けたら急に眠くなったから寝るわ。色々と世話になったな」
「……大丈夫。うん、大丈夫。よし!私も仕事の準備があるからこれで失礼するわ」
何やらぶつぶつ言っていたが、普段通りのミライに戻り手を振りながら部屋を出て行った。時折、挙動不審だったが大丈夫かあいつ。まぁ、とりあえず今は寝るか。急に行って対応してくれるかは分からんが、アイゼンベルク家に行く理由も出来たし休んでおきたい。そんな事を考えながら、ソファへと移動した俺は横になった瞬間、意識を手放すのだった。
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