「先生、ミライさんに何か言いました?受付担当の人達の間で、テンションが高すぎて大変って苦情が」
「普通に礼を言っただけだぞ。それより正装に着替えろ、礼儀作法はまぁ黙っておけ」
「何気に酷くないですか!?……わかりました。貴族相手は流石に無理ですから」
出勤して早々にあんまりな言葉を投げられた事に怒りながらも着替える為に別室へと移動するアルトを見送り、ソファで寝たために凝り固まった身体を伸ばすリカルド。パキパキっと小気味良い音と、血流が良くなる感覚に身を震わせてからリカルドも慣れた手付きで着替え、煙草を吸いながらアルトを待つ。5分ほど時間が経ってから正装に着替えたアルトを伴い、ギルドを出て馬車に乗る二人。
「オーロラさんのお父上、どの様な方でしょうか」
「会えるかは分からんがまぁ、間違いなく優秀だな。彼が王より預かった土地は土着の民と開拓の民、そしてモンスター被害と過酷な土地だった。当時、彼は軍属上がりの伯爵でまぁそうだな。政治的手腕はさほど、強くなく政敵によって過酷な地に派遣された訳だ。ただ、戦う術も必要な土地は彼の気質と合い忽ち、土着の民を懐柔し開拓民との混血を推し進め俺達の国の民として、国に認めさせモンスター被害も自ら戦線に立ち解決させ、その功績を元に辺境伯の地位に就いたらしい」
彼の功績を持ってその名前、アイゼンベルクがそのまま街の名前、地方の名前を指す言葉にもなっている事からも彼の功績は大きなものと認識されている事が分かるとリカルドは続ける。彼らが普段いる王都には小さな唄として語り継がれている程度だが、今から向かう場所はアイゼンベルク卿のお膝元でありうっかり悪口でも言おうものならどうなるか分からない。
「(まぁ、だからこそ不思議なんだがな。それほどの人物が忘れ形見の娘の危機に気付けない筈はないと思うのだが)」
だとすればそこにどの様な意図が隠されている?どの様な理屈が彼を動かし、今のオーロラの立場が出来上がった?馬車に揺られながらリカルドは絶えず、思考を回すが終ぞ、答えが導き出される事はなく目的地であるアイゼンベルク領へと到着した。
街並みは王都に比べれば質素そのものだが、人の息吹がしっかりと根付いているのが分かる。少し視線を逸らせば、次の実りに向けて植えらていく麦や、稲穂達と慣れた手付きの者たち、下を見れば周囲と地面とは違い人為的に土を掘り起こし固める事で作られた通路とそこに残る人の足跡に馬車の轍。そして何よりも、楽しげに笑い今を生きる大勢の人達、今この景色がかつて荒れ果てた大地だったと分かる者はいないだろうと断言できる光景が広がっていた。
「此処か」
その様な街並みを歩き、彼らが立ち止まった先には今まで見えていた質素な家々とは打って変わり煉瓦を用い、色鮮やかにそして頑丈に作られた建物と金属製の門が取り付けられている豪邸と表現するに相応しい建物だ。
「何者だ」
「急な来訪、失礼。冒険者ギルドから来た専属弁護士、リカルド・ウィンターズという者だがご当主はいらっしゃるか?」
言い終わると同時に門番に書類を渡すリカルド。それを一瞥し、本物と見抜いた門番は警戒心を僅かに下げ喉元に手を当てる。どうやら、この門番は通話の魔法が使える様で、暫く待っているとリカルド達は門を通されアイゼンベルク邸への来訪が許可された。
「当主は入り口の一番、右手前にある客室にてお待ちだ。無礼のない様に」
「心得ております。では、失礼」
手入れの行き届いた庭を通り室内に入ると、外側の豪華さは鳴りを潜め余計なものは何一つ無い質素な屋敷となっておりその事実に少し驚きながらも、リカルド達は客室へと入った。
「急な来訪を快く認めてくださり感謝致します」
室内にて座って待っていた初老の男性に頭を下げるリカルドとアルト。貴族の当主だというのに室内には護衛らしき人物はおらず、彼一人なのは自らの力に絶対の自信があるからなのか。暫く、頭を下げていると声がかけられた。
「顔を上げると良い。礼儀作法は大切だが、俺はあまりそういうのが得意ではないし時間の無駄だ。急な来訪を詫びるのなら早く座り、足を運んだ理由を教えてくれ」
白髪になりながらも未だ艶やかな短く切り揃えられた髪を撫でながら話すアイゼンベルク卿に従い、リカルド達は彼と対面する形で座る。既にお茶が用意されており、温かな湯気が立ち上っていた。
「それは早速本題なのですが、御息女のオーロラ・フォン・アイゼンベルクが冒険者を生業にしている事はご存知でしょうか?」
「──知っているとも。何せ、裏で手を回したのはこの俺だ。まぁ、どうせアイツは気がついていないのだろうがな」
「……なるほど、家出した御息女がなんの被害もなくギルドまで辿り着けたのは不思議でしたが貴方様が裏から手を引いていたのなら納得が出来ます。では、今彼女が置かれている立場はご理解していますか?」
「知らん。手紙の一つも寄越さん娘だからな」
娘に関心があるのか無いのかよく分からない父親だなと内心で考えながらお茶を飲み、喉を潤したリカルドは彼に今、オーロラが結婚詐欺の様な事件に遭っている事、男性側を調べたところ暗い繋がりがあることを話した。普通の親であれば、心配し今にでも連絡を取ろうとする筈だが目の前の男は顔色一つ、眉一つ動かさずに口を開いた。
「そうか」
たった三文字。それが忘れ形見の娘に危機が迫っていると教えられた父親が発した言葉だった。それをリカルドは無表情で受け止め、アルトは怒りからか僅かに顔を歪める。
「それでわざわざそんな警告の為に足を運んだのか?」
「……いえ、本題は此処からです。貴方の娘が狙われる理由、何かご存知じゃありませんか?」
ジッとアイゼンベルク卿の顔を見ながらリカルドが投げかけた言葉を彼は、一度口元を隠してから受け取り左手で髭を撫でながら口を開いた。
「心当たりが多すぎるな。政敵なんぞ、幾らでも居るし良からぬ考えを持って擦り寄る者もいる。それら全ての対処など出来んさ。精々、身近を洗うぐらいだな」
「なるほど。ありがとうございます、大変意味のある時間を過ごせました。仕事がありますので、これにて私達は失礼致します」
「あぁ。また来るといい、君の様な人間は嫌いではない。……この意味、分かるね?」
立ち上がったリカルドとアイゼンベルク卿は握手を交わす。それを不思議な顔でアルトは見たが、何か声をかけられる事はなくリカルドがただ無言で頷くとそれに満足した様にアイゼンベルク卿も頷くのだった。
「あら、もうお帰りですか?」
アイゼンベルク卿と共に部屋を出た直後、声をかけられリカルド達が振り返るとそこには、金の髪に真紅の瞳をした美しい女性と彼女に隠れる様に彼女とよく似た容姿の小さな子供が立っており、彼身に付けている服や装飾品の数々からが現在の妻であるリリートゥとその子供、エリアールだと分かる。
「挨拶を出来ず申し訳ありません。ですが、これから仕事がありまして」
「あらあらそれは仕方がありませんわね。エイダン様は見送りですか?」
名前を呼ばれて初めて、アイゼンベルク卿が彼女の方を見る。
「そうだ。あぁ、お前達は来なくて良い、今日はいつもより暑いからな」
右手を翳し、リリートゥ達に止まる様に指示を出すと彼女らもそれに従い……いや、リリートゥは僅かにリカルドを睨んでいたが家の奥へと戻っていくのだった。
「……貴方の力量なら簡単なのでは?」
「さてな。俺に出来るのはただ力を振るうのみよ、無論盤面を整えるぐらいはするが今は俺の出番ではない」
「全く……貴族の考えることは難しいですね」
「なに、成長を奪うのは本意ではないからな」
門のある場所に戻るまでの間、リカルドとエイダン・フォン・アイゼンベルクはそんな話をしながら歩く。本人らには何か通じ合うものがある様だが、アルトは理解できない様で頭の上にハテナを浮かべながら着いていく。門番は当主自ら見送りに来たことに驚くが、護衛として側に控えリカルド達が見えなくなるまで見送ったエイダンの側に居続けた。
「えっと……物凄く意味深に会話してましたけどどんなやり取りを?」
帰りの馬車の中でアルトはずっと疑問だった事を尋ねる。
「そうだな……簡単に言えばこの仕事、失敗すれば俺の首が飛ぶって話だ」
「え?えぇぇぇぇぇ!!」
アルトの絶叫とそんなアルトを見ながら楽しげに笑うリカルドの笑い声が馬車の中に響き渡るのだった。
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