冒険者専門弁護士   作:マスターBT

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知識とは掛け替えの無いものである2

 ソフィとアルトは所々に仕掛けられた簡単な罠──引っ掛かれば鳴子がけたたましく音を響かせる物や床に敷かれてる石畳の一部が踏まれる事で起動する落石や落とし穴──をソフィが解除したり知らせたりして一度も引っ掛かる事なく、どんどん未知エリアとされるダンジョンを進んでいた。

 

(罠、解除時の動きは少しばかりたどたどしい所がありますが、知識はしっかり有してるみたいで間違えたりなどはしていませんし将来に希望ってとこでしょうか)

 

 思っていたより出番がなさそうな気配を察知し自らの鞄に入れて来てある罠解除に使う鋏や、針金などのツールに思いを馳せながらアルトは彼女の所作、その一つ一つを観察していきメモを残していく。その際に怪しまれない様に立ち止まったり露骨にメモ帳を取り出す訳でもなく、自然体で歩きながら手元一切見ずに書き残しているのは、弁護士として必須技能だとリカルドに叩き込まれた技術だ。

 

「ふー……以外と広いですね……」

 

「そうですね。まぁ、分かれ道も欠かさずに確認してますし時間はかかりますよ(流石に探索開始から、一時間弱経過して疲労が顔を出してますか。それに、私との同行で緊張もしているでしょうし……)ソフィさん、一旦休憩しましょうか。疲れてきているでしょう?」

 

 メモ帳を素早く隠しながら出された提案にソフィは頷き、一度周囲の安全を確認してきますと言ってアルトを置いて先に進んでいく。

 

「……ふぅ、足音も少し離れればしませんね。完全消音とはいきませんが、そこも見込みアリと」

 

 ソフィ・リズレイの確認された能力は全体的に高水準であり、アルトは彼女がパーティーメンバーからいらない扱いをされた大きな理由はあの気弱な性格にあると判断している。罠の解除や、逃げの一択を取れば良い先行調査などは慎重とも言える性格から適しているがこと戦闘になったときに、あの性格では前に出る事は難しいだろうと。

 

「せめて武器がナイフでなければ……」

 

 弓もしくは投擲など距離を取っていても対応可能な武器を薦めるべきかと悩むアルトだが、そこまで踏み込むのは弁護士の仕事ではない。あくまで、悲劇を背負わなくて済む様に守る立場であって、助言をする立場ではないのだ。

 

「頑張ってる姿ってのは、やっぱり感情移入してしまうものですね……」

 

「確認終わりました。少し進んだ先に広い場所があるので、そちらに行きましょうアルトさん」

 

 偵察を終えたソフィの案内のもと、アルトは広い場所に出ると鞄から広めの布を取り出し、地面に広げ両端に手頃な石を錘にし置き即席と休憩スペースを作る。そこに二人で近づ離れずの位置関係で座る。

 

「はい、どうぞ。淹れてきたお茶です」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 アルトが持ってきた水筒からお茶を木で出来た器に注ぐとソフィに手渡し、自身もそれを飲みほっと一息吐く。何事にも休息は大切なものであり、その証拠に二人の眉間からは皺が消えて穏やかな空気が流れておりそんな空気がそっと背中を押したのだろう。ソフィから話しかけた。

 

「い、今更ですけど……私の弁護を引き受けてくれてありがとうございます……」

 

「仕事ですから。それに、まだ安心するのは早いですよ?今はまだ試験期間の様なものなんですから」

 

「そ、そうですよね……すみません、私ったら勘違いしてしまって」

 

 アルトとしてはそっと釘を刺したつもりだったのだが、予想より効き過ぎてしまった様でソフィは静かに手に持つコップへと視線を落とす。

 

「……まぁ、今のところは合格ラインだと思いますからそんなに気を落とさないでください。そう言えば、ソフィさんはどうして冒険者に?光石の知識からしてご両親の家業を継ぐ選択もあったのでは?」

 

 フォローとそして、話題変えの話を振るアルト。その作戦は上手くいき、ソフィは視線をコップからアルトに向けて実家を思い出しているのか楽しげに話し出した。

 

「両親の仕事を手伝うのはとても楽しかったです。単に鉱石と言っても、採掘の仕方や職人の器用さで全然状態が違って。欠けて商品にならないからと言って、高価な鉱石を貰う事もありました。きっとこのまま、実家を継ぐんだろうなーって私自身も思ってたんですけど、ある日ふと思ったんです」

 

 近くにあった石を拾って一度眺めるソフィを不思議そうにアルトは見つめ、首を傾げる。

 

「……この鉱石達は地面に埋もれてしまう前にどんな世界を見ていたんだろうって。もしかしたら、草原だったのかなーとか山だったのか、かつて栄えていた街或いは、ドラゴンとか私が見たこともないモンスターが闊歩してる場所とかだったりしたのかな?って。そうしたらもう、色んな世界を見たいって想いが止められなかったんです。……まぁ、今はこんな目に遭ってますけどね」

 

 自分が知っている世界から飛び出してみたい。それは冒険者という職業を選ぶ上でとても大きな要因になるだろう。何故なら、冒険者ほど自由に色んな場所を見て生きる事が出来る職はないのだから。例え、道に転がるただの石でも彼女からすれば自分が知らない世界を見た偉大なる先達なのだろう。

 

「良い夢ですね。私も森の外を見たくて外に飛び出したのでその気持ちはよく分かります」

 

「エルフですものね……あれ?なら、どうしてリカルドさんのところで働いているんですか?」

 

「んー……秘密です」

 

 人差し指を唇に当てて微笑むアルトは、エルフ特有の端正な顔立ちもあってまるで一枚の絵画の様だと思うソフィの顔は、赤く染まっており見惚れているのが誰の目を見ても明らかだった。故に彼女は聞き逃してしまった、今いる部屋の少し奥から瓦礫が崩れる様な音がした事を。やがてその音は、気を抜いている二人の耳にも届き、驚きながらも立ち上がりそれぞれの武器を構える。

 

「……あの先に罠はなかったはず……もしかして見逃した?……すみません、アルトさん。私のミスです!?」

 

「いえ、お気になさらず。それより来ますよ!」

 

 二人の視線の先、光源がない暗闇の奥から一つ目の赤い光が漏れ出す。アルトがそこに目掛けて、先制として矢を放つがカキン!という音共に弾かれ、刺さることのなかった矢が地面に落ちバギッとへし折られる。

 アルトが苦虫を噛み潰したように表情を歪めていると、ソレの全容が明らかになる。赤い光を放つ単眼に、全身が石で構成されており人の様な姿をしているモンスター、通称ゴーレムと呼ばれる存在だ。先ほど、矢を弾いた通り物理的な攻撃に対して高い防御力を誇っており、主にダンジョンや遺跡などで出会う事が多いこのモンスターはかつて、栄えた文明が生み出した兵器では?という説もあり戦闘力が高い。

 

「ゴ、ゴーレム!?ど、どうしましょう……今の私達の装備じゃ到底太刀打ち出来ませんよ!?」

 

 本来であれば、ブロンズ等級では出会うことのない相手だ。仮に相手をするのなら、シルバー等級のパーティーとなるだろう。

 

「……一先ずは逃げましょう。モンスターの討伐は依頼には入っていません」

 

 目潰し代わりに単眼に向けて矢を放つアルトだったが、ゴーレムが腕で守った事で防がれてしまう。だが、それを見た二人は急ぎ反転し来た道を全力で戻っていく。ゴーレムの足は決して速くない為、このまま逃げ続ければそのうち振り切れるだろう。

 

(さて、どうしますか?ソフィ・リズレイさん)

 

 逃げながら自身の前を走るソフィの背中を冷静な目で見るアルトは、ゴーレムという不測の事態に対してどの様にソフィが対応するか静かに見定めており、そこにゴーレムに対しての焦りは一切含まれていない。何故なら、ここまで『全て予定通りである』為だ。

 

「……ッッ、アルトさんそこは飛んでください!」

 

「はい!」

 

 アルトは跳躍し飛び越えたのは罠が発動するために必要な紐だ。道中、ソフィが解除した場合に何が起きるか分からないと言って残していたものであり、来た道を戻っている為当然この場に残っている。アルトが飛び越えたのを確認すると、驚いたことに彼女は足を止めて振り返る。

 

「ソフィさん?」

 

「……ふ、不思議だったんです……未知エリアという割には最近の足跡と明らかに不自然な光石……そして、簡単な罠の類」

 

 ゴーレムの足音が迫る中、ソフィは自らの疑問を口に出していく。人が踏み入れた領域ではない筈なのに残された足跡、人為的に埋めたのでは?と言いたくなる光石群、いくらなんでも解除が簡単な罠の数々。彼女の知識はそれらが異質である事を告げていたのだ。

 

「……なるほど。それで?」

 

 アルトは冷たく、端的に返しソフィの続きを待つ。そこにゴーレムに対する恐怖心は一つもない。もし、リカルドがこの場にいれば隠せ馬鹿と叱っていただろうが、彼は今この場に居ない。

 

「ゴーレムを見て確信しました……ゴーレムは、優れた魔法使いであれば簡単に造れます。今までの不思議なところを踏まえれば、答えは簡単です」

 

 ゴーレムがソフィの視界に映るその瞬間、しゃがみながら紐をグイッと引っ張る。すると、仕掛けられていた罠が発動しゴーレムの後方から勢いよく括り付けられた先端が鋭く尖った丸太がぶつかり大きな破壊音と共にゴーレムの上半身を完全に粉砕した。

 

「アルトさん、今回の依頼はあなた方が用意した試験……そうなんですね?」

 

 その言葉を聞くと同時にアルトは拍手をし、笑みを浮かべながら口を開いた。

 

「合格です。今、この瞬間をもってソフィ・リズレイの力量調査は終わりとします。予想以上ですよ、ソフィさん」

 

「分かりやすかったですから……でも、ブロンズ等級だからですよね?」

 

「アハハ、その通りです。もっと上の等級になればより難しい試験になってますよ?」

 

 ネタバラシをすれば、この未知エリア自体がギルド側が用意した空間であり罠もゴーレムも全てギルドお手製のものだ。全ての等級に応じて、これらの場所は用意されており配置される罠やモンスターもそれぞれ違っている。人もお金も掛かるが、調査の為に都合が良い仕事が毎回ある訳ではない為用意されているのだ。勿論、ちょうどいい仕事があればそちらを回す。

 今回はブロンズ等級である事と、リカルドからアルトに仕事を手伝わせるとの要請が入った為に死亡のリスクを極限まで抑えた場所が用意されたという事実はアルトすら知らない情報である。

 

「き、緊張しましたぁぁ!」

 

「ふふっ、騙していてすみません」

 

 だが、職こそ違うが駆け出しの二人には良い経験になった事だろう。

 

「あ、勿論報酬は支払われるので安心してください」

 

「至れり尽くせりですね……」

 

「未来への投資だそうですよ?未来ある冒険者が育つのなら痛くないとかなんとか。まぁ、職員は毎回悲鳴を上げてますけどね」

 




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