冒険者専門弁護士   作:マスターBT

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ちょっと遅くなりました。


愛するが故に2

「邪魔するぞミライ」

 

「え、なに。すっごく嫌な予感するんだけど」

 

 それは晴れた日の青空に浮かぶ大きなとても大きな入道雲の様に。或いは、大切にしていたお皿がなにもしていないのにパキッと割れる様なそんな嫌な予感を告げるものが幻視出来るほど自分に向けてリカルドが浮かべる笑顔にはあった。そして、即座に逃げようと考えたミライの手をガシッと掴んでリカルドは続けた。

 

「そう逃げんなって。はい、これ調べて欲しい案件」

 

 瞬間、ギルドの開館準備も何もかも放り出して逃げ出したい衝動がミライの全身を駆け抜けたが、悲しきかな彼女の本能より早く仕事人としての理性が働き気が付いた頃にはリカルドが差し出した一枚の紙を受け取っていた。

 

「で、なにを調べろって?」

 

「急な依頼なのは謝る。そこに書いてある通りだが、よくある問題の一つ結婚問題だ。それだけなら自力でもやるんだが、依頼人がアイゼンベルク家のご令嬢なんだよ。何かしら裏がないか探って欲しい」

 

 リカルドもミライ同様ギルド職員である為、保管されている個人情報を調べる権限は有しているのだが常日頃から数多の書類を捌き、管理しているミライに比べれば目的の書類を探し出してから纏め上げ、使える物に仕上げる能力は劣ると言える。問題の解決は早ければ早いほど良いと考えているリカルドは今回も、親愛なる友人を頼る事に決めたのだ。まぁ、最も頼られる友人からすれば溜まったものではないのだが。

 

「全く……そういう事はもっと早く言いなさいよね。こっちも通常の業務があるからどんなに早くても明日になるけど、それで良い?」

 

「むしろ早すぎると感謝したいぐらいだ。今度、食事でも奢るからそれで許してくれ」

 

「あら。じゃあ、ムーン通りのレストラン予約しておかなきゃね」

 

「おいおい……高級店ばっかりの通りじゃねぇか……」

 

「期待してるからね」

 

 そう言ってミライは受け取った書類を片手に持ち、空いている片手をヒラヒラと振りながらギルドの奥へと歩いていく。何処となく楽しげなその背中を見送りリカルドは溜息を吐きながらギルドを出ると、既に待機していたアルトがタタっと近寄ってきた。

 

「ミライさん、引き受けてくれました?」

 

「あぁ。代わりに、今度高級レストランを奢る事になったよ」

 

「煙草にしかほとんど使ってない財布が喜びますねイタァ!」

 

 失礼な事を言う弟子にデコピンをかまし、煙草を咥えて歩き出すリカルドの後を涙目になりながら追いかけるアルト。嗅ぎ慣れた紫煙の匂いがある為にギルド前という人混みの多い場所でも見失う事はない。

 

「遅いぞアルト」

 

「デコピンしたの先生ですよね?……それで今日はなにをするんですか?」

 

「お前ならなにを調べる?」

 

 急に出された問題にうーん…っと唸りながらアルトは考える。既にミライへ依頼者の情報は頼んである以上、今から彼女に関して調べる事はない筈だから、調べるとしたらエレンに関してだろうけど彼のなにを調べるのだろうか。

 

「うーん……エレンさんの収入とかでしょうか」

 

 絞りに絞って結婚という人生の大きな分岐点において重要だろうと思われる部分を答えとして導き出したアルト。

 

「まぁ、悪くない答えだな。だが、俺とは違う。俺がこれから調べに行くのは彼の前職、傭兵に関してだ」

 

「前職ですか?」

 

「あぁ。傭兵ってのは仕事の幅が広い、オーロラ嬢の話を聞く限りモンスターとの戦いを得意としている様だがそれ一本で食っていたのかは分からん。大きな声では言えんが、何処かの戦争に参加していたかもしれん。となれば、恨みの対象になっていても不思議な話じゃない」

 

 金さえ払えばどんな仕事も引き受けるのが傭兵という職業だ。人類が文明を築いてから常に生存競争の隣人として生きているモンスター専門という輩もいるが、強靭なモンスター一匹殺すより人間一人殺した方が効率良く、生きていく為にその手を誰かの血に染める者も少なくはない。そういう世界の仄暗い部分をまだ、森から出てそんなに時間が経っていないアルトは知らない為に想像する事がなかった。

 

「それは……その……」

 

「そう暗い顔すんな、別に確定って訳じゃねえよ。ご令嬢との婚約、彼からすれば見事な勝ち組ルートだ。それを手放すだけの理由が気になるんだ。それこそ、お前が考えた通り莫大な借金とかあるかもしれないぞ?」

 

 わしゃわしゃとアルトの頭を撫で繰り回す。隣で沈んだ表情のままの弟子を放置できるほどリカルドは、放任主義ではなかった。乱暴に頭を撫でられ見事に髪がぐちゃぐちゃになったアルトはポカンっとした表情を一瞬、浮かべニヤッと笑っているリカルドの顔を見て同じように笑いながら続けた。

 

「──そうですね!もしそれなら、オーロラさんにしっかり報告しませんと」

 

「あぁ。俺と同い年で圧倒的勝ち組とか認めたくないしな」

 

「先生、流石にそれは無いです」

 

「うっせ。ほら、もう着くぞ」

 

 アルトを和ませる為に吐いたあまりにも下劣な言葉に、絶対零度の声で返されてしまったリカルドはスタスタと目の前にある傭兵ギルド『ヒガンバナ』へと入っていった。

 

 中は一見すればギルドだとは思えないだろう。依頼を貼るクエストボードの類はなく、木製のカウンターと椅子が数脚そしてグラスを拭いている細身のバーテンダーが一人と売れてない酒場といった風貌だ。リカルド達が入れたという事は営業時間外という訳でも無いようだが、人の気配は全くと言っていいほど無いその光景に首を傾げながらアルトはリカルドの背を追いかける。

 

「……珍しいですね。国営のギルド職員、それも弁護士がこのような場所に何かご用件でも?」

 

「開幕嫌味を言うんじゃねぇよ。ルーシュカ、一つ情報が欲しいんだが協力してくれるか?」

 

 モノクルを着け、物静かな雰囲気を装っていたルーシュカだったがリカルドの言葉を聞き、グラスを磨いていた手を止め鋭い視線をリカルドに向けた。

 

「報酬は」

 

「情報の質次第。最低でも、これくらいは用意しよう」

 

 手を広げ五本の指を見せる。暫く考えたのちにルーシュカは、カウンターから出て入り口に休憩中の看板を置き扉を閉めて戻ってきた。密会という雰囲気で話し合いが始まるかと思われたが、無言のまま今度はルーシュカが後ろにある酒を並び替え、カチッという音が鳴りと棚を押すとグルリと動き奥に繋がる通路がその顔を覗かした。

 

「相変わらず手の込んだ隠し方をする」

 

「なに、これくらいしなければ私は安心出来ぬ臆病者というだけだとも」

 

「はっ、そんな奴が傭兵ギルドを取り仕切る訳がないだろ」

 

「さてな。さて、そちらの愛らしい弟子と共に来るが良い。詳しい話はそこでするとしようリカルド」

 

 先に入っていくルーシュカとその後に続くリカルド。アルトは困惑しながらも続き、暗い通路を進む。

 

「えっとお二人の関係って……」

 

「「古い友人だ……むっ」」

 

 アルトの質問に二人の返答が全くの同時に返されお互いに顔を合わせる。その光景がなんとも面白く、アルトは自分が知らない間の友人なのだろうと納得した。そして、暗がりの奥に僅かな光が見え、外に出ると驚きの光景が広がっていた。

 

「わぁ……人がたくさんいる!」

 

 アルトが驚くのも無理はない。あの寂れた酒場の奥、今しがた彼らが抜けてきた先が本当の傭兵ギルドだったのだから。多くの傭兵が集まり、仕事を募集する声や賭け事に興じる姿がそこにはあった。

 

「攻略済みの地下ダンジョンを利用した傭兵ギルドだ。モンスターを完全に駆逐してしまえば、この様に利用も可能なのでね。傭兵どもは、冒険者より抑えが効かぬ。お陰で、何度もリカルドの世話になったとも」

 

「お前が冒険者登録されてなきゃ俺が面倒見る必要もないんだがな……」

 

「ちゃんと仕事はしている。その上で使える制度を使っても悪くはあるまい?」

 

「へいへい」

 

 ため息を吐きながら追加で煙草を吸い始めるリカルド。そんな彼の横目にアルトはルーシュカへと質問を投げかける。

 

「貴方は一体……何者なんですか?」

 

 その言葉にアルトへと視線を合わせ小さく笑みを浮かべるルーシュカ。

 

「傭兵ギルドの発起人にして、現在プラチナ等級冒険者のルーシュカ・サマエルと名乗っておこう。君の先生、リカルドとは古くからの友で苦楽を一緒にした仲だ。何かあれば頼ると良いアルトくん」

 

 ルーシュカ・サマエル。優れた腕前を持つソロ冒険者にして、傭兵達を束ねる者。傭兵達の間では、その名は畏怖と敬愛と共に広く知れ渡っている強者だ。




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