バーストアーツ?いいえブラッドアーツです。   作:MKeepr

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知り合った日

「何があったんだよお前らボロボロじゃねえ………おい、ジャックはどうした?」

 

 牢屋に戻ってくるとジークが出迎える。キースは技術系の仕事に駆り出されているらしかった。私とユウゴはそれぞれ腕輪を牢獄の片隅に弔うように置いた。

 

「おいハティお前も一緒に行ったんだろ! なんでジャックが死んで……」

 

 ジークが私に掴みかかるが、掴んでからハッとして悲しそうに俯いた。

 

「悪い……お前が居て死んだなら……どうしようもなかったって事だよな」

 

 罵倒されるより何より、仕方なかったとあきらめられてしまうことが何より私には辛かった。あの時私は最善を尽くすことができたのだろうか、と自問する。もっと早くあの赤いエンゲージができるようになりブラッドアーツを使いこなしていればジャックは死なないで済んだのでは無いだろうか、自分の力に驕っていたのではないのだろうか、と。答えは出なかった。黒いものがハティの胸の内で渦巻く。

 それから半年近く。ジャックに代わり私たちの牢屋に放り込まれたAGEは皆最後腕輪を残して居なくなった。一緒に出撃する時フォローをしていても、単独で仕事をさせられれば帰ってくるものはいなかった。私やユウゴ達と友好を結んだタイミングで必ずそうなるのは、ペニーウォート側からの悪意に感じられて仕方なかった。戦う力が無く生き残っているキースがかなり特殊と言っていいだろう。最近は技術者連中に取り入って神機の補修や何やら多方面で活躍しているらしい。

 そんなある日、私はミナトから少し離れた灰域濃度の薄い地点にティーチャーにバギーに乗せられていた。灰域踏破船のような防護性はないため普通のゴッドイーターであるティーチャーは対抗因子入りの偏食因子を注射している。そうまでしてついてきているのは、ペニーウォートにとって大口の顧客獲得のチャンスだからだろう。

 

「向こうに着いてもうちのミナトの情報見たいな余計なことを喋るなよ。お前には守秘義務があるんだ。それに、相手方にうまく気に入られればあの牢屋から出れるかもしれんぞ」

 

 助手席に座って観察できるティーチャーの顔は何も映していない。商品を出荷する輸送トラックの運転手といった風情だ。言い方を変えれば油断している。だから私は賭けに出てみることにした。

 

「あっ」

「?」

 

 索敵面においては信用されているようで私がティーチャー側左の遠方を見ればティーチャーもつられてそちらを見た、脇見運転だが障害物は無いので事故に至る心配はない。なので私はそのままティーチャーの右手を掴んだ。

 

「っ!? 貴様何を────」

 

 ドクリ、と強烈な感応現象が起きる。あのジャックの死を経て、私は出撃するたびに何かと赤いエンゲージをした。こちらに情報が届く一方通行だが、エンゲージの向こうにいる彼も私が見ていることと私の力を察しているらしく、力についてを語りかけてくれた。エンゲージの禁止が言い渡されているが、看守は目視でなく腕輪から送られてくるバイタルデータから判断をするのみで二人組が同調する数値からエンゲージかどうかを判断しているらしく単独でエンゲージを行うのは想定されていないためバースト状態と見分けがつかないらしい。キースによればしっかりと数値を検討していればわかってしまうのが看守達の適当さを表していた。

 さておき赤いエンゲージで繋がった先の彼は私と対話できるわけではないため繋がるのを同じ"血の力"に目覚めた第三世代方ゴッドイーターと認識していた。だが正しくは血の力を宿した対抗適応型ゴッドイーター、AGEだ。元よりエンゲージ等強力な感応能力を宿す私に血の力が宿った結果、その感応能力は彼を凌駕すると私は思っている。

 そして宿る血の力"喚起"を利用し、アレックスをどうにか味方につけられないかというのが私の作戦だ。最悪弱みでも握れればいい、感応現象でもしかしたら互いに分かりあうことができるかもしれないなんて淡い希望もあった。ともかく、腕輪が拘束状態であっても接触なら感応現象と喚起の影響を与えられるが他に邪魔されず触る機会などここを逃せばほぼないと思っていた。

 アレックスの記憶の深くへと潜っていく。そこはどこかの建物だ。内装も小綺麗で、ペニーウォートのようなミナトとは様式から違っていた。アレックスの顔も凛々しさを感じさせ、今と比べれば十歳以上歳が違うように感じさせた。

 

【アレックス教官、今までありがとうございました!】

【今までは教官と生徒という立場だったが、我々は同じゴッドイーター、敬語なんて必要ない。教官という肩書きも、だ。君たちが人類の守護者として責務を全うすることを期待している】

【了解です! アレックスさん!】

 

 好青年とのやりとりが突然一転する。焼けて灰になる周辺地域、そして見たことのない新型アラガミ。絶望が襲いかかる。でもその青年は希望を失っていなかった。

 

【原因不明の……なんだ!? 建物が灰に……!?】

【アレックスさんは退避を! 避難者を収容後は移動要塞は正体不明のモヤから全速離脱を】

 

 青年だけでない。アレックスが育ててきた元教え子達。今やベテランとなった彼らが、正体不明のアラガミから避難者や移動要塞を守るため立ち塞がる。

 

【馬鹿者貴様ら無駄死には許さんぞ!!】

【無駄死にではありません!! 私でさえここまで鍛え上げた貴方ならこの災厄の後もきっと、戦いに出る者達の助けになるはずです……おさらばです。教官殿】

 

 あれほどのゴッドイーターがたったの一撃で殺される。理不尽極まる攻撃を目の当たりにするのを最後に、ゴッドイーター達を犠牲に移動要塞は逃走に成功した。

 アレックスは、使命を託されたのだ。未来の戦士達を育てる使命と、災厄に打ち勝つという希望を自分の教え子達から。

 感応現象が終わりを告げ、視界が元の荒野を映す。

 バギーが急停車しハンドルにアレックスの拳が叩きつけられた。

 

「ティーチャー」

 

 声をかけた私の顔面にもアレックスの裏拳が直撃する。しかし力が篭っておらず痛みはほとんどなかった。

 

「貴様……よくも思い出させたな……! 忠告するぞ。俺に触るな。もう一度言う。俺に、触るな……!」

 

 顔に浮かんでいたのは怒りだ。歯が軋むほど食いしばりながらアレックスはこちらを睨んでいる。失敗だったか、戻ったらまた懲罰房だろう。だが。

 

「託されて……この体たらくか」

 

 私の胸の内に溜め込まれたもの、それが殴られて少し漏れ出す。自分でも驚くほど低い声にアレックスが顔をしかめた。

 

『こちらダスティーミラーキャラバン、灰域踏破船ダスティーミラー。そちらの反応を補足した。停止中だがトラブル発生か?』

「……いいや、問題ない」

 

 相手方、ミナト・ダスティーミラー側からの無線に努めて冷静にアレックスは返すとまた車を走らせ中型の灰域踏破船と合流、私を神機と一緒に車から下ろして管理権限の一時引き渡しなどを行い、アレックスはペニーウォートへと引き返していった。はじめの激しい怒りとは打って変わって凪いだ泉のように平坦な様子で。

 船の中は無骨な研究室という印象を受けた。ペニーウォートに比べ整然と並んだ機械類や計器類、ターミナルなどは牢獄のものと同じ装置のはずなのに別物のようにさえ見える。

 

「それでは、拘束を解除します」

「船内でそんなことしていいの? 暴れて逃げるかもしれないよ」

「我々のミナトではAGEの拘束は反対してますから。それに本当に暴れる人はそういうこと言いませんよ」

 

 白衣を着た研究者風の女性が手元のタブレットを操作すると腕輪の拘束が解除される。

 

「さ、今回の仕事の説明の為オーナーの所に行きましょう。神機ケースは自分で持ってくださいね。私じゃ重くて持てないので」

「了解」

 

 全部が全部ペニーウォートのようなミナトでないんだなと思いながら私は神機ケースを持って船内を進んでいく。重たい気密扉を女性を手伝いながら超えて行く。

 

「アインさん、また食事忘れてますよ! 食べなきゃ持たないっていつも言ってるでしょう!」

「ああ、済まない。調査に同行してくれるAGEが来る前に情報の整理をしておきたかったんだ。お前も、来てもらってなんだが、そこのソファーにでも座って休んでてくれ」

 

 パソコンに向かって何かを打ち込んでいるようだった。私はその顔と、髪色と褐色の肌、そして隻眼という要素それぞれに覚えがあった。しかしその男はアインではない。私は思わず記憶にある名前を口に出した。

 

「ソーマ?」

「えっ!?」

 

 研究者の女性が予想外の衝撃に見舞われ驚いた顔をし、ソーマと呼ばれたアインも目を見開いてこちらを見つめた」

 

「その名前をどこで?」

「これが教えてくれた」

 

 神機ケース開ける私を見て研究所の女性が何か警報のようなものを鳴らそうとして、それをソーマが手で制した。私の神機を見てソーマが納得したような顔を浮かべる。

 

「それは……スコルの改良型神機だな。アイツの神機なら何があっても驚かん。それで俺がソーマと知ってどうする? ペニーウォートで弱みを握るか?」

「弱みって何の事? それよりも、昔……私を助けてくれてありがとう」

 

 ケースに神機をしまい直して私はソーマにお辞儀をした。ソーマは少し逡巡してから気がついたようで左目の傷痕を触った。

 

「……ああ、あの時の子供か。AGEになった……いやされたんだな。奇妙な縁もあったものだ」

「うん、でも生きてる。ソーマは強いのに、なんでペニーウォートの助力なんて得ようとしたの?」

「その前に、出来ればその名前で呼ばないでほしい。アインと呼んでくれ……あぁ、名前は?」

「ハティだよ。名前を変えてるなら何か事情あるみたいだしアインって呼ぶよ」

「話が早くて助かる。今回ペニーウォートに助力を頼んだわけではないんだ。極東へのルート確立のためにはペニーウォート管理のビーコンを利用する。そのミナトの先の灰域以東の調査の為ロイアリティの支払いを申請したら向こうから売り込みがあった。当ミナト最強のAGEに護衛させられる、と。未踏領域で灰域種などの危険も考えれば戦力は多いに越したことはない。断って印象を悪くするのも良くないから受けたまでだ」

 

 アインは極東支部の人間だ。それが欧州にいるという事は極東に帰りたいのだろうか。疑問を浮かべる私の顔に気づいたのかパソコンを打つ手を止めてアインが微笑んだ。

 

「何故極東をわざわざ目指すか、と言った顔だな。欧州がこんな状況で極東が無事とは限らない。だが俺が信頼する男が任せろと言った」

 

 そんなに喋って大丈夫なのかと言った顔を研究者の女性がしている。私は思いついたことを実行に移すことにした。ユウゴならもっと良い作戦を思いついたかも知れないが、ここに来たのは私一人だ。

 

「アイン、私たちの後ろ盾になってほしい」

「ペニーウォートのか?」

「違う、私は、私たちはAGEが安心して暮らせる場所が欲しい。でもそれはペニーウォートじゃない」

「だがペニーウォートはこの近辺では有力なミナトだ。お前の権利だけなら買えるかもしれないが、現状お前の仲間達全員を買えるほどの財力はダスティーミラーには無い」

「わかってる。今何かしてほしいわけじゃ無い。だけど私たちがミナトを立ち上げる事になったら、背中を押してほしい。ペニーウォートの奴らがすんなり他のミナトにAGEを貸すしこんなに高度な灰域踏破船に乗ってるなら、ダスティーミラーだって有力なミナトなんでしょ?」

 

 アインはそれを否定しなかった。

 

「だが、ダスティーミラーに何かメリットはあるのか?」

「口約束だけど私達のミナトのビーコンを使うときはロイアリティ無しでタダで通っていいよ。それと……極東最大のミナトはエイジス島とアナグラって支部を繋いでいた地下搬入路を改造したブラッドロータス、とかそういう私が知ってる極東の情報とか?」

「成る程……それは確かに喉から手が出るほど欲しいものだな」

「アインさん、流石に口からの出まかせでは?」

「エイジス島と極東支部を結ぶ地下搬入路がある事をこの状況で知っている者は欧州にはいないだろう。極東支部をアナグラ呼びしたのも含めてな」

「じゃあ!」

「ただし、灰域航行法は守れ。でなければお前たちを助ける事はできない」

 

 そう言ってアインは立ち上がると本棚から結構厚めの本を取り出して私の座るソファーに置いた。彼は私の中にある闇を見抜いたのかも知れなかった。

 

「……勉強かぁ」

「知識も力だ。お前が極東の知識で俺を動かしたようにな」

 

 ジークのような事を言ってため息を吐くとアインが微笑んだ。

 

「ともかく、まずは仕事だ。ついてこい」

 

 アインが立ち上がり私を間に挟む形で三人で着いた先はダスティミラーの艦橋だった。前方に大型モニターが配置されそれを見ながら操縦をしているの人やモニターを弄っている人など、数度だけ見たことのあるペニーウォートの灰域踏破船に比べれば人員が少なかった。

 

「AGEの目視確認は要らないの?」

「あのモニターは喰灰対策済みのセンサー類と感応レーダーを統合したOICから送られてきている物だ。AGEの目視確認よりも遠隔……地平線の先の状況まで知ることができる」

 

 私の疑問にアインが答える。

 

「オーナー、間もなく目的エリアに到達しますが……航海士からの情報によると目的の地域が感応レーダーに反応せずブラックアウトしてしまうとのことで……」

「……今目視が必要になったな。出るぞハティ」

「了解」

 

 灰域踏破船のエアロックから神機を携えてアインと二人外に出る。灰域が重いと感じるほどに濃い。

 

『アルファ1、灰域の影響で離れ過ぎれば通信障害が発生すると思われます。注意してください』

「灰嵐では無いようだが……異様だな」

「……赤い?」

 

 濃い灰域の中を警戒しながら進んでいくとすぐに感応レーダーがブラックアウトする領域まで近づいた、そこは建物の類一切が溶けており、空気中の塵が赤く焦げている。只事では無い。

 

『大気中喰灰濃度と装甲の侵食ペースが一致しません。灰嵐とは別ベクトルで喰灰が異常に活性化していると思われます。危険ですので撤退を』

 

 後方をゆっくりついてきていた船から連絡が来る。

 

「ビーコンがこれのかなり後方で手前で止まっていたのも頷けるな。さしずめ紅煉灰域と言ったところか。情報は得られた。船や俺たちが食い尽くされる前に撤退するぞ」

『了解、反転します』

 

 船が唸りを上げてその場で信地転回を始める。その間アインと2人で周辺警戒は怠らない。

 

「こんな所ではアラガミもそう長くは居られないだろう。現れるなら灰域種だ、警戒しろ」

「スコルから灰域種対処法の情報も貰ってるよ」

「言わないでもわかる。一撃も受けず無傷で倒せ、だろう?」

 

 正解だった。それができれば苦労しないのだが、私がキョトンとした顔をしているのを見てアインが微笑んだ。私が得た極東での常識は欧州だと意味不明行為に当たるらしい。ヴァジュラ単独討伐ができて一人前とか。

 それだけの力がなければ極東では生き残れなかったという事なのだろう。この世界で生き残る以上、それができるようにならなければいけない。ジャックを殺したあのアラガミも恐らくは灰域種なのだから。帰ってこなかったAGEの事を忘れたことはない。だが、明確に何が仇なのかわかっているのはジャックだけだ。あとは何故死んだのかすら分からない。

 だからもしアレが私の前に現れたなら確実に殺す。

 赤い灰域を後にダスティ・ミラーは私をペニーウォートに降ろして自分たちのミナトへ戻っていった。戻った後私が懲罰房に入れられることはなかった。


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