最後に清隆がクリアして勝負も恙無く終わり、守矢神社の裏手にあった広場に移動しての燻製パーティー。
そこに到着するやいなや櫛田に隅まで引っ張られてきた僕は、窮地に追いやられていた。
「で、あんたさっき何やろうとした?」
「あの…櫛田、さん? 僕が悪かったからマフィアの女幹部みたいな笑顔にならないで? 誰かに見られたら猫が剥がれちゃうよ?」
「へぇ。私にそんな危ないイメージがあると?」
少しでも空気を変えようとジョークを飛ばすと、普段と同じ快活な笑顔に一瞬で戻り、櫛田は繰り返し問うてくる。
勿論、僕が返す答えは服従と太鼓持ちに決まっている。
「ありません! ないから……ほら、いつものように優しく明るい人気者な櫛田でいよう?」
その答えは、桔梗の花言葉に相応しく可愛らしくも上品さを漂わせた仕草で……首に手を回され、カツアゲするチンピラの如き囁きで返された。
「そう。私はそういうイメージよね? 今度ふざけたことして私のイメージを壊そうとしたら―――引っこ抜くわよ?」
「あっ……ああ、はい。それは勿論。でもそれ以前に舌を引っこ抜かれたら、それどころじゃないっていうか」
「なに言ってんの。舌じゃなくて、あんたの股間に付いてるモノを引っこ抜いて早苗のお嫁さんにしてやるわよ、って言ってんだけど?」
「ひ…………ひぃいいい!」
いや、カツアゲどころではない。紛れもなく脅迫だ。それ以外のナニモノでもない。
そう。これが脅しだとわかってはいる。
だが男では到底出てこないその恐ろしい発想に、身体がバイブレーション機能を作動させるのを僕は止められない。
早苗と同じく、至近距離で見つめ合っても色気は欠片も存在しないが、内に秘めた狂気は売るほど感じられる。
そのベクトルの中心は微妙に僕から逸れてる気もするが、なんにしろ相当溜め込んでいたようだ。
「私も本当は優しい対応をしたかったわよ? でもあんた何した? 早苗諸共、帆波ちゃんにお説教させようとしたよね? それにゲームで私の顔を何度も綾小路君に爆破させたよね? あと旅行ではなんつった? 邪悪? 被った猫剥いでから来い? あはっ。面白いことを公言してくれるじゃない」
口に出すこととは裏腹に、白い歯を見せながら清らかな風に笑う櫛田が怖すぎる。ブラックラグーンの某スパイのようだ。
この凄みのある笑顔があれば、きっと坂柳さんともやり合えるに違いない。
それが起こり得るとしても、絶対その場に居合わせたくないと気持ちを新たにした。
けど、何気にこれは非常にアイドル向きな性質といえよう。もう少し愛里が櫛田に近づけるようになったら、思いついたアイディアを愛里に話してみることにしよう。
ともかく今は平身低頭一択である。
「…はいっ! そう…なんというかあのですね。そのお詫びの意味を込めて、これから誠心誠意ご期待に添えるよう頑張らせてもらうので、なんとか許してはもらえないかなー、なんて」
「じゃあ、私の事をお姉ちゃんって呼んでこれから協力する?」
「協力しま……お姉ちゃん?」
だから二つ返事しようとしたら妙な単語が挟まってきて、意図がわからず言い淀んだ瞬間───。
「はぉっぐぅ……!?」
櫛田から繰り出された強烈な膝の一撃に僕は腹を抑えて膝をつき、くの字体勢になった。
想定以上の威力だ。チラッと見えた薄ピンクのパンツを楽しむ余裕もない。
「返事は?」
「は…ぐぅ。きょ、協力します」
「ああ、私は優しく明るい桔梗ちゃんだし、男の子に膝蹴りなんかしてないよね? 左京君がそうなってるのは持病だよねっ」
「そ、の…通りです」
なんだコイツ。マジで悪魔なんじゃないか。
そんな気がしてくる。
だってこんなに傍若無人なのに、顔だけ明るい時の櫛田のままなのだ。膝で僕を沈めておいて、楽しそうな笑顔で白々しい事を既成事実扱いしてくる。
いともたやすく行われるえげつない行為を、被った猫と可愛くもどす黒い笑顔で無効化しようとする櫛田に、僕は末恐ろしさを感じざるをえなかった。
清隆、葛城、戸塚。
もしお前らが早苗や坂柳さんと敵対したままなら、次に今の僕に近い立場となるのはお前らかもしれないぞ。ゆめゆめ自重を忘れることなかれ。
ゲームが終わって移動する段になると、ああして櫛田に連れ攫われて脅迫を受けたが、目論見自体は成功だろう。
具体的に何かわからないが櫛田への協力を約束して戻ると、一之瀬が真っ赤になっていた。気が向いたらしい早苗や姫野にからかわれ…呆れられて? 白波や椎名、愛里の女性陣に慰められているようだ。この波に僕も便乗し、スモークチーズやサーモンなどをお供えして完璧なフォローをすればチャラにできるはずである。
聞こえは悪いがこれは特殊詐欺、振り込め詐欺などを代表とする手口の応用だ。金は関係なくても、精神を動揺させて少し細工するだけで、一之瀬がやろうと思っていたことを忘れさせてくれるならやり得というもの。
本来、この手法は不安や恐怖、焦りなどで判断を狂わせるのだが、黒歴史の掘り起こしによる羞恥という感情も、説教回避という目的に絞って使えば充分に実用に耐えうる。
まして有能であれ、精神が未熟な高1の女子を手玉に取るくらいなら、僕程度の浅い知識でもなんとか可能だ。
つまり、ゲームさえ始めてしまえば、他はまだしも最も厄介な一之瀬だけはあのキャラ変とリアルな絵に反応してそれどころじゃなくなると思っていた。
これを意図していたわけじゃないが、これでもかと一之瀬の黒歴史を詰め込み、絵師の要望を叶えるべく無理矢理ねじ込んだモノで、いい感じにわけわからない味を出した甲斐がある。
というか、だから呼ばなかったのに、自分から飛んで火に入る夏の虫になるとは酔狂なことだ。
船で触りは見たんだから、想像できただろうに……。
なんにせよ情熱を燃やして多数の絵(一之瀬のだけ)を描いてくれた白波と、あのタイミングで来てくれた椎名には改めて感謝である。
「僕はこの非現実的とさえ言える学校や試験の数々を」
「どうするんですか?」
「心の底から楽しむことにした!」
「「「いっええええええいっ!!!」」」
「hmm…道理だねぇ」
「ええっ!? 早苗さんや櫛田さんまで!?」
「こいつら……さっきまでのことを流そうとしてやがるな」
「何故、あのゲーム前からの雰囲気が特別試験の話に。それがどうしてこの結論に繋がるの……?」
なので、あとは特別試験とかの学校関係で話を逸らしながら、無理矢理な勢いを作り出せば、あとは僕を拉致ったことで変な注目を浴びた櫛田や、不思議と上機嫌が持続していて相づちを打ってくれた早苗を乗せて引き入れられる。そして櫛田がその気になれば、バーベキューの開催宣言するだけで楽しい一日だった、ということにできるだろう。
最大の窮地は乗り切ったな。残りは仕返しくらいだ。
「ふっ。個人的にパリピとは相容れないが、時に学べるものもあるということだよ」
「言葉通りこれからは試験も楽しもうということですか?」
「いっえーす。手始めに敷地からの外出、円の導入などはすでにほぼ確定事項にしてある。理不尽が避けられないなら、オープンにした上で予定している理不尽をやれるならやってみろと行動で示してやったんだ。学校がどう出るかはいくつか想定しているが、少しはマイルドにしなければ世間から批難が集中するだろうな。ケッケッケ、いい気味だ」
「これ夢月がやったんだよな。いまだに信じられないんだが」
「え!? あのお知らせって左京君がやったの!?」
「ああ。櫛田も無人島の月見の事は平田にも聞いてるだろ。あれを本当にやりやがったんだよ」
このビックウェーブに乗ったままあえて興味を引きそうな学校の話題を出すと、何人かもノッてくれた。
考えてみたら、この場の何人かは旅行後、今日まで会ってなくて知らなかったっぽいからかもしれない。清隆はあまり詳細を話してないのに、当たり前のように察しているけども。
「悪い顔……。左京君って、意外と周到だよね」
「まぁ神様にすら予想できない場合がありますからね。実際、異性関係以外は頼りになると思いますよ」
そうして話題が完全に変わり、聞き手に回ろうとしていると、人聞き悪い事を零した姫野。はまだいいが、引っかかる事を言い出した早苗。
この時には、早苗と櫛田に対するこの方面からの仕返しを思いついていた。ゲーム前後で、僕を陥れた意趣返しだ。勿論、自分のポカは隅っこに置いておく。
「は? 聞き捨てならないな早苗。お前や櫛田だって浮いた話なんか聞かないじゃないか」
だから充分な勝算をもって踏み込む。
「巫女が多情なんて噂が立ったら、信仰を集められないじゃないですか。守らせる囲いや金づ…恋人も上手く作れるかわかりませんし、ワンチャンを狙う人で芋づる式集金ができるくらいでしょう」
「……東風谷って、ナチュラルにクズっぽいところあるんだよなぁ」
「早苗さん……」
「ていうか、懲りないわねぇ左京君。また私を巻き込むつもり?」
「そういうわけじゃないが、恋人とか色っぽい存在がお前らにはいるのか? いる想像がまったくできないんだが?」
普段かガチャで櫛田に何か仕込まれたのか、早苗と四方達が言ってる事は置いといて。
僕にはすがりつく勢いで頼み込めば、意を汲んでデートくらいはしてくれる可能性のある愛里がいる。
こんな確定喪女共とは格が違うのだ。
ゆえに、話を持って行く方向次第で勝率はそれなりと見ていいだろう。
「しかし恋人ねぇ。微妙に縁がないというか、暇がないのよね私」
「ま、それはそうなんだよなぁ。僕ももう少し予定が少なければ、そっちにも注力できるんだけどな」
「私もですね。神社を盛り立てるのに忙しくて、それどころじゃありませんし」
「でも、僕は多分やる気になればそれなりにはモテると思うんだよ。忙しい…そう、忙しいから、当分やる気になれないけど」
「……船であの本気かわからない口説き文句でスベっておいて、夢月君は本当にそう思ってるの?」
「左京君は忙しいを強調してますが、自分でも問題を理解しているのでは」
「夢月さんがモテるわけないじゃないですか。どうやってもモテない属性の塊でしょうに」
「さっきから寝言でも言ってるの左京君。きちんと睡眠とったほうがいいわよ」
なんだと?
僕時間で30年くらい前に彼女がいた経験を持つ僕なんだから、モテる要素は持ってるはずだわ。確かに船ではちょっと、ほんの僅かにアレだった部分も無きにしもあらずといえるかもしれないが、4人もの女子にそんな事を言われるほど絶望的なわけがない。
てか、かろうじて可能性がある愛里や椎名はまだしも、コイツらにだけは言われたくない。
「あー? 少なくとも良いところまではいけるに決まってんだろ。お前ら確定喪女コンビと一緒にするな」
「左京君? 熱でもあるんじゃ? 頭を冷やす氷とかもらってこようか?」
「あはっ、喪女とはわかってませんねぇ。この中で一番美しい存在と言ったら、神である私以外いないでしょう。つまり完璧な造形美を持つ私こそが潜在的には最もモテる存在……」
「勝手に言ってろナルシスト」
「はぁ、自惚れが強いのが早苗の欠点よね」
「は?」
いくら美少女だろうと、性格終わってる早苗がモテるわけないだろう。
できて、容姿に寄ってきた者と付き合っては別れるを繰り返す処女ビッチ巫女の誕生である。
「そもそもモテるって言うなら、常識的に考えて私みたいな愛嬌抜群の美少女でしょうが。言い寄られてる数で言ったら私が最多に決まって」
「「櫛田(桔梗さん)が一番ないわ。誰かと本気で付き合いたいなら、その捻じ曲がりきった性格直してからどうぞ」」
「あぁん!!?」
もっとありえないのは邪悪なる悪魔、櫛田だ。
コイツが打算と策略以外で誰かと恋人関係になるところなど想像できない。チンピラのような「あぁん!!?」に加え、先程の脅迫は記憶にも新しい。
現存する彼氏候補の可能性は、せいぜい乳で誘惑した場合の清隆と奇特な性質を持つ龍園くらいなモノだろう。
「「「……」」」
結論。この3人の中ではやはり僕が最も異性にモテる。QED。
僅かな沈黙の中、僕は理論武装を完了し、目的を見定めた。
「あはは。
……あんたら、やっぱ一度わからせないと駄目みたいね」
「あらあら。誰が誰をわからせるですって? 夢月さんをですか」
「上等だ。僕も図に乗ってるお前らを黙らせる方策を考えていたところだ」
「おい。なんでこんなどうでもいい話題から、いきなりクライマックスみたく火がついてるんだ!? 落ち着け!」
「そ、そうだよ! 普段からみんなモテる事とか考えてないのに、こんな事で喧嘩するなんておかしいよ!」
四方達に言われなくとも僕は落ち着いている。
落ち着いて早苗と櫛田にわからせる方策について考えている。
「ふっ。四方、愛里。
―――もはやそんな事はどうでもいいんだよ! こいつらには、公序良俗に反しない程度にわからせてやる!」
「そこだけは同意ですね。邪悪なる者共を退治するのも巫女である私の努め。二人まとめて、この私の実力でひれ伏させてやります!」
「勝手なこと言ってくれるわね、あんたら……いや? うぅん、左京君は私を舐めすぎよ。
早苗、まずは協力して左京君を叩きましょ? きっとその方が佐倉さんも安心できるわ」
「ふむ。ひとまず乗りましょう!」
「櫛田こそさっきのことで僕を舐めすぎてないか? 早苗もだ。証明が終わった僕に隙はない。それを忘れてるなら思い出させてやらないとな!」
早苗と櫛田はタガを外すと、周りが見えなくなる欠点がある。この場に誰がいるかを考えれば、精神的に痛い目を見せるのも難しくないはずだ。
「安心できないよっ!? 櫛田さんもやっぱりあっち側だったの!?」
「やっぱりって……佐倉、お前」
「あっ! ちがっ、違うの! 待って四方君! えと…これは……に、似た者同士っていうか同類っていうか?」
「いや、なにも違わないから。それ、もうフォローできないくらい認識が固まってる証拠だろ」
「……あ、あぅ」
何気に飛び火して、愛里も真理に辿り着いたようだ。
だが四方が言い聞かせてくれるだろうから、僕は僕の事に集中した方がいいだろう。流石に早苗と櫛田をわからせるには、僕も全力を出さざるをえない。
「……………………全員同じ穴のムジナだろ、アイツら」
「にゃはは。仲良いよねぇ、あの人達。
……でもあの遠慮のなさはちょっと羨ましいかも」
少し離れたところで単独組や清隆と一時の羞恥から立ち直った一之瀬とかもなんか話してるが、そんなことはどうでもいい。
今は一刻も早く、僕がモテると証明しなくては。
しかし言葉でわからせようとした僕に対し、櫛田と早苗が初手から物理で対抗してくるのは予想外だった。
「反省の色なし。やりなさい早苗」
「あーっはっはっは! 行きますよ夢月さん!」
「ちょ」
櫛田がけしかけ、笑いながら信じられない速度で踏み込んできた早苗。
目が合って振り上げた拳がくっきり見えた次の瞬間、僕は空を飛んでいた。須藤に殴られた時よりも飛距離だけなら更新しただろう。ホコリまみれになる程度にはゴロゴロ転がった。
それにしては不自然なダメージの少なさだが、分社とはいえ神社の敷地内だからか神様が守ってくれたのかもしれない。
「大丈夫ですか夢月さん!?」
「大丈夫じゃねぇ! すげぇ速度の拳だったわ!」
かなりぶっ飛んだことで、今更心配になったのか早苗が駆け寄ってきた。僕は即座に飛び起き、当然の権利で抗議する。
しかし言葉の上での早苗はのらりくらりと意外にしぶといし、つけこむ隙が少ない。
「わ、私の拳は……愛です!」
「アホかぁ! お前はガープなの!?」
「ついテンション上がったまま手が出ちゃっただけですよ! というか避ければよかったじゃないですか!」
「避けられるわけないだろ! 正面からでも動けんかったわ!」
「なんでですか!? 目で私の手を追ってたじゃないですか!」
「見えるのと避けるのじゃ難易度が絶望的に違うの! 受けたくなくても受け取っちゃうんだよ!」
「私の愛を受け取るとか情熱的ですね?」
「ざけんなっ! 避けられんほど速くてデカすぎる愛などいらぬわ!」
クソが。どっからこんな変な言い訳の仕方を覚えてきやがった。
僕は流れを組み立て直し、即座に巻き込み戦術へ移行する。
「サ、サウザー様……にしては、ちょっと情けなさすぎるかな」
「一之瀬。いきなり夢月が吹っ飛んでショックを受けるのもわかるが、正気に戻れ」
「ああして元気に言い合っているんだから大丈夫ではあるでしょ。きっと早苗にも左京君にも心配なんかいらないよ。あははっ」
「……凄まじい二人だよねアレ」
「……櫛田さんの変わり身も相当だと思いますが」
「早苗さん、すごく楽しそう……」
なぜなら僕がぶっ飛ばされて早苗と言い合っている間に、並外れた処世術を持つ櫛田は一之瀬達と自然に合流してやがる。
冷静に考えてみると、普段の櫛田ならけしかけや脅迫はまだしも、自ら蹴りにくることは流石にない。ちょっといつもより猫かぶりとタガが外れてるのに気づいて、自身の印象を軌道修正する為に離脱したのだろう。逃がさん。
「ふふっ。私の愛はロケットパンチですからね!」
「おまっ、お前ぇええ……! 笑い事じゃねぇ。なんで自慢げなんだよ!? マジで、メッチャふっ飛ばされたんだぞ!」
しかし櫛田はともかく、今は嬉々として巫山戯たことを抜かす早苗をなんとかするのが先決だ。
そしてコイツを言い負かしつつ、櫛田を追い詰める流れを構築しなければスッキリしない。
ははは。逃がすものか。早苗はもとより、どんな手を使ってでも絶対に櫛田は巻き込んでやる。
「美少女の愛なんですから、喜んで受け取らなくてはいけませんよ夢月さん」
「無理だっつーの! ドMで変態な一之瀬や清隆じゃないんだし、常人には足が震えるレベルで重すぎなんだよ、早苗の愛は!」
「待ってぇえええっ!!! 無駄に私を巻き込まないで!」
「不当にオレを変態扱いするんじゃない! なんでオレの印象はそんななんだよ!?」
「ほう。それは私がヤンデレということでしょうか?」
「精神じゃなく物理のな! てか、物理のヤンデレってなんだよ!?」
「知りませんよ! 夢月さんが言ったんじゃないですか!」
「聞けよ! 聞いてないな畜生! あと一之瀬について詳しく。これはあくまで生物的観点から興味があるだけだ」
「ああ、もうっ。綾小路君までおかしくなってるじゃない! 左京君が関わるとどうしていつもこうなるの!?」
櫛田のセーフポイントの中心は、見たところこの場では一之瀬と清隆だ。
だからまずはここから広げて、傍観者気取りの奴にも戦禍を体験させてくれる。
ついでに言うと、そのムッツリなおっぱい星人は多分平常運転だぞ、一之瀬。ジゴロ適正の高い表向きの清隆には、決して騙されるな。最低でも櫛田クラスに『濁』に染まってないうちは、おそらく手のひらで転がされるだけだ。
なんか軽い考えで動いた結果、飛竜昇天破を放つ状況みたくなってきたのが微妙にヤバい気もするが、もう賽は投げられた。今更引き返すことなどできようはずもない。
だいたいここまで場が滅茶苦茶になってたら、多少は目的外の人数が増えるくらいなんでもないと思う。いいよな? いいに違いない!
というわけで、ここからは遠慮を投げ捨てていかせてもらう。巻き込まれたことを恨むのなら、僕を陥れた早苗と櫛田にしてくれ。
「「「「「…………はぁ」」」」」
約1時間後。
無意味な論争をしていた事に気づいた僕達『7人』は、揃って脱力感に囚われていた。正気に戻ったからである。
途中から一之瀬や清隆に櫛田を含む他数人を巻き込んだ論争は、拡大の一途を辿って長引き……終わった頃には「僕(私・俺・わたし・オレ)達、なにやってたんだろう?」との思いにみんなが駆られていた。
結局、僕はほとんどバーベキューできず、高円寺と鬼龍院先輩が観戦しつつ自由に飲み食いして自由に帰っただけだ。燻製はかなり残ったので、論争がひと段落したあたりで椎名や白波、姫野、顔を出したアルベルトにお土産として包んで渡して帰した。高円寺とアルベルトが付いてれば、帰り道に万が一の危険もないだろう。
何気に先んじて2発もらっていた僕は勿論、四方や清隆など男子も、たんこぶや服の汚れができていたりする。女子にそれがないのは、最後の理性が仕事をしたからだろう。
それでも早苗以外はノーダメというわけでもなく、特に巻き込み直してからはノリノリで全方位に言葉攻めしてた櫛田が、何故か我に返ってから呆然とし続けている。それに一之瀬や愛里なども「ごめん。先に帰ってて」と、白波達や椎名を帰してからは脱力しているようだ。
普段が面倒くさい奴らは大変そうである。
それにしても人気が少ない神社の裏手とはいえ、これほどの人数の高校生が揃って遠い目で夕日を眺めているのは、客観的に見てさぞかし奇怪な光景だっただろう。
だけど幸い無粋する人はいないし、これもまた青春時代の1ページとして誰かの脳内に残ることになるはずなのでもう許してほしい。
「と、ところで島やさっき燻製作る時に、火付けで使ってた松ぼっくりの『ぼっくり』ってなんだろうね?」
ちょうど良いことに一之瀬が先陣を切ってくれた。少し悪い気もするが、彼女の人の良さと間の悪さを利用させてもらう。
本日は結構ボコボコになってるけど、不屈の精神と好奇心で次々と沼にハマりにきてくれる彼女に感謝の念が尽きない。
具体的に何をしたかというと、笑顔を取り戻して、その流れに乗って煽動した。
「な? やっぱり一之瀬ってこういう話題が好きな奴なんだよ」
「え? どういうこと?」
「……ぼっくりは、ふぐりの訛りのことだ」
小首を傾げて聞いてくる一之瀬に、僕は策が成ることを確信した。
そして清隆もナイスフォロー。相変わらず妙な豆知識に詳しい奴である。
「ふぐり……?」
「うむ。別名は金玉のこと。好きなんだよな? こういう下ネタが」
「き、金t」
「いやぁ。一之瀬って学級委員長のくせして、意外とムッツリでエッチだよなぁ」
「ちがっ…知らなかったの!」
当然、僕は一刻も早く忘れる。でないと、ソイツに押し付けられない。
押し付け先は、話を逸らそうと自ら墓穴を掘ってくれた一之瀬と、次点で解説してくれた清隆がイチオシだろう。黒歴史のゴミ箱とも称される一之瀬と日常茶飯事に黒歴史を製造する清隆ならば、今日の事も押し付けられ……綺麗に浄化してくれるに違いない。
弁解してくるのをわかった上でからかいつつ有耶無耶にし、僕はさらりと通常営業に自分を切り替えた。
ただ全てを適任に丸投げして切り替えはできたものの、何故に僕達に無駄な争いが起こってしまったのかが、いまだにわからない。
いま思えば、普段の冷静さを欠いていた気もする。大人の余裕がある僕ともあろう者がこうなってしまうとは、不思議なこともあるものである。
争いは悲劇や喜劇などのドラマを生むことはままあるけど、本当になにも生まない虚しい争いもあるのだな。
結局この日、帰り道で下弦の月を見上げながら思い返した僕がわかったことはこれ一つだった。