一通りの測定が終わればトレーニング、それとミーティング。
Bクラスでは、これが体育祭までの日常ルーチンに組み込まれた。体育の時間割合が増え、先に述べたように週に2時間のホームルームを自由に使っていいと通知されたからだ。
やる気のある者はその時間で何らかの競技の自主練をしたり、ミーティングでは自クラスのみならず他クラスの偵察・情報収集、その分析をする。
大まかにはこんな感じに決まっており、僕のようなやる気があまりない者は基本昼寝の時間と化していた。まぁ、僕以外は大抵真面目に取り組んでいるので、肩身は狭いわけだが。時々、四方や姫野、ごく稀に一之瀬が息抜きで話しに来るくらいである。
それ以外は、人数合わせで選抜競技の騎馬戦に出ることになってしまったので、連携練習をやるとなったら集まる気楽なモノだ。
個人競技の練習や基礎体力の向上? するわけがない。そういうのは、やらざるをえない時にだけやれば必要充分である。
というわけで、それまでと何ら変わりのない日常を送っていた。
微妙な変化は、仕事仲間に栄一郎が加わったことか。主に松雄との連絡や事務作業を手伝ってくれるようになった。
尤も、名義上は別会社所属である為か喫茶・芳香へ来ることは許可されなかった。これは青娥さんの判断だが、気まぐれな優しさを少しだけ感じたのでおそらく好意なのだろう。
なぜなら栄一郎みたく比較的に常識的な奴に、人外魔境その2であるあそこはヤバそうだからだ。ちなみにその1は当然、守矢神社。
理の外側を知らないなら知らせない方がいいというスタンスは、僕も仙人も神様も似たようなモノなのだと思われる。
どこまで気づいてるか不明ながら、両方と密接な関わりができてしまった愛里はご愁傷様である。
そんな平穏な日々であったが、9月のとある土曜日、たまたま部室で一人だった時のことだ。
前触れもなく堀北学が訪ねてきた。
まぁ、これ自体は問題ない。おそらく遊びに来ただけだったのだろう。適当に世間話をしつつ、しばらく茶をしばくと学(妹もいるので名前呼びにしろとのこと)は席を立った。
「兄さん!」
「鈴音……」
問題は学が帰る際、僕が少し話題に出して即打ち切られた妹の方が清隆と訪ねてきたことで発生した。
しかも兄妹が遭遇したことで何故か生じた不穏な空気と、堀北さんにはほぼ声をかけず、僕と清隆には声をかけて帰るという学の謎ムーブ。
おかげで清隆にはまだしも、僕へ強い視線が降り注いでいた。複雑?不仲?な関係ならそう教えといてほしい。
「「「……」」」
僕一人だけだった部室に、今や珍客を含めて3人。
静寂が訪れる中で、僕の茶をすするズズッという音、そして学が来るまでやっていたジグソーパズルをはめる音だけが響く。
僅かな間で、なんと居心地の悪い空間になってしまったことだろう。もはやパズルを完成することに集中するほかの選択肢はないと思い詰めるほど。
「…………遅くなったけど失礼するわね、左京君。不躾だけども、貴方が兄さんの友人に相応しいか試させてくれないかしら?」
一方、長めの沈黙を挟んで僕…と清隆を睨みつけ、面倒な事を言い出す堀北さん。僕の答えは当然決まっている。
「嫌だ。面倒」
「……っ!?」
「ブッ。む、夢月」
僕の返答が気に入らなかったのだろう。眉間にシワを寄せ、一瞬言葉に詰まってから堀北さんは不機嫌そうに口を開く。
てか、その影で吹き出すんじゃない清隆。下手すると追加で怒らせちゃうだろうが。
「貴方は挑まれた勝負から逃げるの?」
「うん。逃げる」
「それでは貴方の不戦敗ね」
「ん、それでOK。僕の負け。お疲れ様でした」
「……」
だから腫れ物に触るように慎重な対応を心がける。
負けを認めて適当に軽い要求に応えれば、興味を失くして帰ってくれるはずだ。予想に反して、押し黙りはしたものの動こうとしてくれないけども。
しかし久々のゆっくり休める土曜日に、試しだかなんだか知らんが僕側の理由なく面倒な事をするつもりはない。堀北さんを嫌ってる櫛田もいないし、煽る意味もない。
それならパズルに集中してる方が有益だろう。
「ちなみに君ら…堀北さんは本当は何をしに来たの?」
とはいえ、完全に無視するのもなんなので、ピースをはめながら用件くらいは振っておく。
「…………情報収集と……最近、私にさえ名前が聞こえてくる貴方の…見極めよ」
「じゃあ、僕に勝ったし目的はそれなりに達成?」
「あれを勝った負けたで受け取っていいものなのか」
いいんだよ。早くお帰りいただきたいんだから、清隆は少し黙っててくれ。
「…………私の勝ちと言うなら、Bクラスの情報を教えてもらえる? それを勝者の権利ということにしてあげるわ」
「あん? 情報? 体育祭関係で僕のだけなら別にいいけど」
「構わないわ。貴方程度ではどうせクラス運営には関わっていないでしょう?」
「正解」
こんなただの情報なんか役に立たないけど、手ぶらで帰るのが嫌なんだろうか。せめて出場順とか確定するまで待てば、多少マシな収穫になったろうに。
それにしても話し出す前に微妙に長めの沈黙が挟まるのは、堀北さんの癖なのだろうか。
「あ、僕の測定結果は…えーと、あった。これな」
とか思いつつ、僕の測定結果を書いておいたメモ帳を堀北さんに渡す。
あれを何度もやらされては面倒くさいと、何かの役に立つかと思ってメモしといたのが役立った。
テーブルを滑らせて渡したが、堀北さんも流石にメモ帳を持っていくような真似はしないだろう。
……早く帰ってくれるなら持ってかれても別にいいけど。パズルを完成させるのに邪魔だから。
「やはり礼儀知らずで無能な愚か者だったようね。時間を無駄にしたわ」
「無駄な時間お疲れ様♠
必要かわからんけど、僕の測定結果見終わったらさっさと帰ってね」
休みを邪魔された上、ナチュラルに煽られて、ついムカッとした気持ちをヒソカ的なセリフにして返してしまった。
彼女は人をささくれさせることにかけては、櫛田が言う通りトップクラスかもしれない。もしも櫛田がこの場にいたら、僕は彼女の兄・堀北学直伝奥義『論理的説教畳み掛け』でぐぅの音も出させず、おちょくり尽くしていただろう。
「堀北。お前は本気で夢月…左京が愚か者でしかないと思うのか? さっきもお前の兄貴が訪ねてたくらいだぞ?」
馬鹿、清隆! 僕の?堀北さんの?フォローをしてくれるのはありがたいけど、話を続けようとさせるな。帰る流れになりかけてるのが、またぶり返してくるじゃないか。
「……ふん。兄さんの考えはわからないけど、それ以外の何があるというの? 大した成績でもないし、実績もない。負けても何とも思わない。覇気もなければ、努力しようとすらしない。綾小路君みたいに実力を隠している風もない。女の私と勝負する最低限の気概もない。あまつさえ、努力する周囲をよそにこんな所でジグソーパズルなんかやっているわ。私が見たところ、ただの怠惰な愚か者よ、彼は」
「実せk」
「うん! だいたいその通り。愚か者かは別としても、僕はただの凡人だよ!」
清隆の議論誘導を遮る為と、あまりに延々と続きそうな長広舌のディスりだったのもあって、愚か者部分以外は一言に纏めて強めに肯定しておいた。堀北さんが情報戦をできない人で助かった。
てか、どうでもいいけど本人をディスるなら他でやれ。
「……っ。そう…………そう、ね。兄さんは何故……」
「堀北……」
すると堀北さんは、メモ帳を置いて何事か零しながら部室を出ていき、清隆もそれに付いていった。
ようやく僕の愛する静寂が再び訪れた。
しかし、その静寂は微妙にレア程度に収まってきた部室の外から聞こえた清隆の堀北さんを呼ぶ大きめの声と、しばらく経って清隆だけが戻ってきた事によって破られる。
「夢月は堀北に興味なさすぎだろ。それとも、ないとは思うが櫛田や……龍園に何か吹き込まれたか?」
「ねーよ。誰にでも間が悪い奴っているだろ。僕の場合、堀北さん以外に一之瀬も間が悪いこと多いしな」
清隆はそう聞きながら、僕がやっていたパズルを次々とはめ込んでいき、あっという間に完成に近づけた。
だが仕上げを僕に残すあたり、性格を読まれている気がする。やってることに区切りを付けないうちは、まともに話す気にならないって僕の性格を。
しかし改めてそう考えると、堀北さんはお互い様だが一之瀬って運が悪いな。彼女にとって間が悪い奴が、僕含めて同じクラスに何人もいる。
四方はまだしも僕や早苗を使うのって、クラスをまとめ上げる時に大変そうである(小並感)。
と、つい思考が脱線している間に最後のピースだ。
「つまり敵意はないと」
「ない。お互いに疲れるってだけだ」
「……」
静かに僕の反応を見てくる清隆。
ちょっと正直に言い過ぎたかもと思い、またジグソーパズルも完成したことだ。せっかくだから堀北さんを絡めて、この学校の流儀LV3を試してみる。アレンジとラーニングを添えて。
「はぁ。清隆。堀北さんについて僕が言えることは…そうだな。
―――食料自給率。お前にはこれでわかるか?」
でも清隆クラスなら楽勝の社会知識系の謎掛けだろう。
「それは……堀北の視野が狭い、と言いたいのか?」
案の定、清隆は瞬時に理解を示す。
これは何を使って計算するかで結果が変わる、というのを理解してない奴なんじゃないか。という問いかけだ。僕がそれなりに頭を捻っても一言で通じるんだから、清隆も似たような印象を堀北さんに持っていたのかもしれない。
相変わらず、どこか共感させてくる奴だ。
「わかってんじゃねーか。ああいう奴は、話すたびに説明とか求められるから疲れるんだよ。色んな意味で櫛田とは真逆の性質だな。話しにくいって意味で」
「ああ。確かに堀北はそういうタイプだな。オレも何度か苦労させられた」
「お前もアレなのに取り憑かれてるんだな」
「これまではほとんど夢月や龍園がやった事も原因だがな。一番の原因は……違うが」
ちなみに例に出した食料自給率に関しては、日本では世界的に珍しいカロリーベースになってるアレだ。
なんか40%切ったとか言われてるやつで、重量ベース、金額ベース等など、他にもあるスタンダードな計算法は考慮されない。
それに何故か食品ロスや生産廃棄分を消費の分母に加えてるので、余計に自給率は低く計算されている。
更に重量ベースでは約70%、金額ベースだと約80%。他国では計算に入らない食品ロス分を加えると、日本の食料自給率が100%を超えるというのは有名な話である。
だからこそ、「食料自給率が低い」とか言いながら、減反政策や生産廃棄を農協なんかがやってる理由も見えてくるわけだが……清隆が本題をわかればいいので詳しくは割愛。
要するにこの食料自給率の例でいうと、堀北さんからは「40%を切った」という部分だけ知らされ、一面的な情報に踊らされて行動してる奴の匂いしか感じないのだ。
ぶっちゃけ透けて見える考えが薄っぺらいし、誰かの後追いにすら思える。前提にある下地が子供すぎて話が通じないので、僕と相性が悪くなるのもしかたないと言えるだろう。
「堀北に見える問題は、ある程度の奴には一目瞭然というわけか」
「言語化できるかはまた別だけどな。なんとなくレベルに広げたら、堀北さんと付き合いある半数くらいはそう感じると思う。頭良い幼児みたいなもんだから成長性はあるかもだけど」
最後の点だけは清隆にも近いと言える。
……ああ。これも清隆が堀北さんに付いてる理由の一つかもな。愛里など一部の成長株と話してるのを見る限り、コイツってどういうわけか他人を成長させようとしてるフシがあるし、そういう性癖なんだろう。最近はそれも少しずつ薄まってきた感じはするけども。
「なるほど…………なるほどな」
しかしナニがなるほど、なんだかねぇ。
こんな遠回りな謎掛けで納得するのもわからんが、お帰り願ったのはむしろ勘の部分。
「なにより第一印象が清楚って点も大きい」
これが僕的には重要である。
「ん? いきなりなんで褒めた?」
ありゃ。これは言葉の印象が違うパターンか。
これは指摘しておかないと、思わぬ部分に波及をするかもしれない。
「清楚って褒め言葉か?」
「夢月は違うのか?」
「いや、褒め言葉ではあると思う」
「なんか引っかかる言い方だな」
「あー、僕はちょっとマイナス面の印象が強いのかも」
「マイナス面?」
「だってさ。清楚って言うとそれこそ堀北さんとか……早苗とか思い浮かばない?」
ついでに言わないけど坂柳さん。
「あ、察し」
「だよな。清隆ならわかると思ってた」
「……暴走しがちと言いたいんだな」
「あっれ~? 僕はそんな事は思ってないよ? でも清隆は堀北さんや早苗をそう見てるんだな」
「ここでハシゴを外すなよ」
「クッソ面倒くさい女達よ、見ているか? ガワがお綺麗なお前らをうっわぁと思う男はここにいるぞ? ご要望とあれば詳細に語り聞かせてしんぜよう」
「オレの方こそ聞かせてやりたい、この言葉を」
それにしても、清隆のなんとなくからかいたくなる雰囲気はなんだろう?
微妙に考えが似てるのか、共感できる場合が結構あるのも不思議だ。肉体はともかく、僕の中身はそれなりのおじさん系だと思うのに。
「冗談はさておき、あの暴走特急に感じる性質が僕を逃げ腰にさせるんだよ。あんな呪物に取り憑かれるなんて早苗一人だけで充分だ」
「ぼ、暴走特急、呪物……くくっ。確かにそうとも言えるな」
笑ってんじゃん。てことは、清隆も度々被害を被ってて、そう思ってるんだろ。もっと素直になれよ。
「んで、平穏を崩そうとする奴からはなるべく距離を置きたいものだろ。友達になった以上、早苗はもはや手遅れだが」
「できればオレもそうだな。夢月もみたいだが、オレにも堀北とはちょっとした事情があってな」
「……お互い、とんでもない地雷原に引きずり込まれちゃったもんだよな」
「…………言うなよ。せっかく考えないようにしてるんだから」
「……………………悪い。話を変えよう」
内心の勢いあまって、目を逸らしている現実をつい言ってしまい、二人で遠い目になりかけ……同じタイミングで首を振って、どうでもいい話題へと軌道修正する。
「それにしても清隆が掘北さんに付いてるのは、やっぱり友達だからとかだけじゃなくなんかあるんだな」
「ま、夢月なら察してるか。そっちに迷惑かけるつもりはないから安心してくれ」
またわかりにくく伝えてくるなぁ、コイツ。必要な手は打ち終えたって解釈でいいのか、これから打つ目処が立ってるのか。それとも思考レベルに合わせて、僕にギリギリわかるように話す配慮をしてるのか。
最後だったら、早苗や高円寺よりかは器用なモノである。普段はまだしも本気のあいつらが99%理解困難だとするなら、清隆は80~90%程度に収めてくれるので比較的親切?だ。
それはともかく、いくつかの視点を想像するに、清隆が2~3手は仕掛ける(仕掛けた?)可能性があるので、当たり障りないところを暗に提案しておいた。
「お前は大丈夫なのか? 龍園を甘く見すぎるなよ」
「……っ。そこで龍園の名前を出す夢月だから言うが―――問題ない。今のところ、概ねオレの想定通りに進んでいる」
友達として当たり前の心配に対して、僅かに言葉に詰まった清隆だがその断言に迷いは見受けられない。よって、コイツの直近の狙いは薄っすら見えてくる。
先程の「そっちに」という言葉。まず打っておくべきはCクラス、龍園への対策だと判断したのか。気づいてるだろう櫛田の件も合わせれば、堀北さん用でもある保険って感じだろう。
思い付くまでなら僕にもいくつか浮かぶけど、軽く実行してしまうだろう部分が清隆の凄みである。
「はぁ。その心配はしてないし前も言ったけど、必要なら僕でもいいから利用しろよ? お前、そのへん無駄に不審な言動が目立つからなぁ。四方にも言われてたけども」
「ははっ。肝に銘じとく」
「ホント、気をつけろよ。お前がやろうとしてるのって、普通の奴にはかなり危ない橋なのを忘れるな」
「……わかってる。だが勝算しか残してないから、余程のことがなければオレだけで充分だ」
「それでも、いっそ櫛田の事くらいはバレないように早苗に投げちまえ。ここだけの話、クラス全体の優先順位は僕と同じ程度には清隆も低いだろ? お前の目的がなんにしろ、賭け時は多分まだ先だと思うぞ」
清隆が龍園や櫛田に気づかないなどありえない。
伏せておく事も考えたが、こういうのは僕以外は言わなそうな気がするし、裏を見通して高い予測精度で自分の考えを実行してくる奴なので、なにか言っておかないと変に動かされる事になりかねない。
またそういう奴だからこそ、『早く完璧な手を打った結果』亀裂を決定的にしそうな予感もする。
なので、これを言ったところでたいした影響はなくとも、やっておく価値はあるだろう。あるといいな。
「…………ははは。なんかこういうの…いいな。理解されてる友達同士って感じがして」
気を揉む僕をよそに、本人は呑気を装いつつ───珍しく本音に聞こえる穏やかな言葉を零してたが。
でも意表を突かれたように、気を抜いたように笑ってるのに、それでも頑なに頼ろうとしないあたり清隆の底にあるモノは根深いな。おそらく僕じゃなく四方でも同じだろう。
今はちょっとした提案と『呑み込んでやる』のが友達にできる精一杯のようである。いかに天才だろうと、高校生相手に情けないものだ。
まぁ、信用とか信頼とか言っても清隆には無理があるのでわざと利用なんて返しておいたが、これだけ釘刺しとけばコイツが見誤ることはないだろう。
見極めるための思考力は、なんだかんだいって僕達の中でも図抜けているのだから。