またしても前後編。
あとあらかじめ、謝っておきます。
一之瀬、すまん。
10月8日の木曜日。
体育祭が明日に迫り、どこの学年・クラスも最終準備が始まっていた。
この頃には噂は校内を駆け巡っており、僕は色々仕込んでくれた奴らのおかげで悪目立ちしている。まったくもって陰湿な方面の手際が抜群なことだ。
今いる食堂では、気を張っている時の早苗のごとく遠巻きにされており、僕自身がこれを体験するのは久しい。と、ここに留まる為に頼んだコーヒーをすすりながら懐かしい気分になった。
そんな優雅な昼下がりである。
勿論、社会人時代のパワハラと脅迫状、嫌がらせの3コンボからするとかなり生温いが、それもまた学生らしくて微笑ましい。
更に明らかに周囲と隔たりが存在し、時々聞こえるように陰口っぽいモノを僕に届けてくれるのも趣がある。生贄の総大将とか常識のない犯罪者とか言われてて思わず小さく笑いが零れ、噂してた奴らに引かれてしまった。
これが龍園の見ている光景、か。知らんけど。
まぁ、何人かのサンプルを観察できた結果、裏で動いている存在を確信できた。ただの凡人に親切なことだ。それ以前にわかりやすかったから、今更ではあったが。
なぜなら今いる食堂に入った時もなかなか凄く、多数の上級生と思しき者達(ほんの少し同級生もいたが)が一身に注目を浴びせるのは、仕込み以外では考えにくい。
コーヒーの前にチョコパフェを食べている時も、読み物をしている時も、なにか変化あれば反応してくる彼ら彼女らは面白いものだ。
いっそポーズを決めながら「気ん持ちいぃ~~~!」とか変態チックな真似をしたらどうなるか、好奇心を抑えるのに苦労した。
一人で無駄に居座って悪目立っているだけで、獲物が入れ食い状態になるのもたまらない。
2年生は注目を浴びせかけるばかりで話しかけてこなかったが、見ず知らずの僕を心配するかのような人の良い3年生と一部の1年生には、いくつか本番での仕込みを頼むことも簡単だった。
10回の成功よりも1度でも失敗したら傷が付くと考えている実力至上主義者の卵相手は楽でいい。
こういうエサの役回りが、僕のような経験値だけが取り柄の奴に回ってきたのは誰にとっても幸運だったのだろう。繊細だったり、真面目だったり、責任感が強かったりする奴には多分かなり酷な仕事になるだろうから。特に生態に謎の多い女子がターゲットだったら、ダメージでかそうである。
そして3年生にあまりそういう攻撃の意図が感じられないということは、南雲の手が入っているのはほぼ確定である。また大穴で学が噛んでいる可能性も考えていたが、それがなくなったのはそれなりに大きい。
坂柳さんに関しても、先ほど葛城・戸塚と橋本が僕を見て何か話してたから、何らかのリスクが少ない手を打ったと推測できる。でなければ、直接話しに来る奴らだ。
まぁ、清隆などの容易に足を掴ませない奴を相手するよりかは、幾分マシな状況だったといえるだろう。
……さて、そろそろ目を逸らしてたところへ意識を戻そうか。
ここ2日、あえて一人で目立つところにいる僕の状況を知って、遠くから愛里が心配そうな目を向けているがこちらは大丈夫。
早苗をはじめ、天文部関係者が彼女を守らないわけがない。事情もある程度話してあるし、本番に応援を頼んだことで少しは精神も安定したはず。巻き込まない体制は磐石といえるだろう。
昨日別々に冷やかしに来た鬼龍院先輩や龍園達、堀北さん(清隆付き)も、適当な雑談や煽りだけして帰ったからあっさり見切ったのだろう。龍園に至っては、残りたがる栄一郎を石崎に命令して遠ざけてくれたのでグッジョブである。感謝を告げたら、訝しげに見られたが。
いやまぁ、栄一郎に関しては、編入早々に一応の上役が集中砲火浴びてたら不安になる気持ちもわからないではない。だけど、他人を気にしなければゆったりとした食事or読書タイムなのはわかるだろうに。
特に問題ないコイツらはいいのだ。
一際、妙な事になっているのは一之瀬である。
落ち込んで見えたり、逆に無理に明るく振る舞ったりと、躁鬱の落差が激しい。それでいて、普段通りだと本人が言い張ってるから始末が悪い。
しかもクラスでやること(総大将は必ず棒倒しor玉入れ、騎馬戦、リレーの3競技に出なくてはならないらしく、僕をねじ込む調整など)とかが終わると、僕の近くに来てたりする。その勤勉さだけはいつも通りなのだが、いつもと違う点としてほぼずっと一人なのだ。
監視するとは神崎からも聞いていたが、少々僕に構いすぎではなかろうか? 話してないとはいえ、今の僕のそばにいるのはヤバいとわかるだろうに。
てか、神崎よりも一之瀬が張り付く割合がかなり多い。僕が総大将になった次の日からずっと暇さえあれば……なんならクラスのことを網倉や柴田に任せて暇を作ってまで近くに佇んでいる。端末やPCを頻繁に使ってるから仕事はしてるのだろうが、誰かが来ても一人にしてほしいとか言って遠ざけてまで。
なんなんコイツ? 実は僕のこと好きなの? 今すぐ告白されたら……断るしかないけど、なんかのボーナスタイムだったら後でめっちゃ後悔しそう。いや、到底色っぽい事を考えてるようには見えないし、一之瀬の好感度など投げ捨ててるような僕なので、冗談だけども。
むしろ、考え込んでいる、というか落ち込んで?後悔?してるように見えなくもない。
「……」
ふむ。一之瀬を好きな野郎共。
いるんなら今こそ好機。
上手く慰めたり優しくすれば、案外コロッと落ちるかもしれないぞ?
龍園か清隆以外だったら僕も邪魔しないから、突撃して明日の体育祭までになんとか元気にしてやってくれ。
って、わけにもいかんよなぁ。
そろそろ夜だし、自己申告通りに一之瀬が処女だとすれば、今夜ヤられたら明日に支障をきたす。股を気にしながら、飛んだり跳ねたり走ったりする一之瀬はあまり見たくない。頑張って上位にいる評価や成績も必然的に落ちるだろうし……。
なにより周りにたくさんいる彼女の友達か男の誰かがそのうち元に戻すだろうと楽観していたのに、こんな顔を見せられたら流石に気持ちよく寝られない。
なら、適任でも得意でもないけど、僕も対処してみるか。やるだけやれば諦めもついて、よく眠れるだろう。
仕込みもだいたい終わったし、天体観測しながら待てば、失敗してもすっぽかされても体育祭で僕が寝不足になるだけである。
よし。そうと決まれば、思い立ったが吉日。
近くに本人がいるけどメール送信、と。
そして話しかけられる前に、間髪入れず速攻で立ち去る。
もはや目立つ必要はないし、彼女はちょうど話しかけられてる。追いかけては来ないだろう。
しかし一之瀬の内面はどんな事になっているのか。女子とは真に謎多き生物である。
愛里や椎名もそうだったが、普段優しげな女子は何が琴線に触れるのか…あるいは何が地雷かイマイチわからない。この点だけは早苗や櫛田を見習ってほしいものだ。見渡す限り地雷原なら全体に目を向けられる。
……いや、やっぱないわ。本来の意味のレディーファーストじゃあるまいし、そもそも地雷がある前提で接さないといけないとか気が休まらない。優しい娘は優しいままでいてほしい。
途中から思考が脱線していた事に気づかないまま、僕は寮の裏手にあるスペースに移動して、天体観測の準備をするのだった。
10月8日20時頃、学生寮の裏手のスペース。
僕はシートを敷き、自室から持ち出した座布団を枕代わりに寝転んで月を見ていた。本日は気温もほどよく良い夜である。
「―――ぅ君! さきょ……んってば!」
だから妙に揺れる視界を感じつつも、月を一心不乱に眺めていられた。
「左京君!!」
「うぉあっ!」
当然のことながら、そこへいきなり割り込んできた陽キャ美少女の顔は精神にダメージを与える。
てか、ドキがムネムネして、頭突きしそうになったじゃないか。
「驚かすな、一之瀬! 前もって声くらいかけてくれ!」
「散々かけたよ! 揺すっても反応してくれないから、どうしようかと思ったよ! こんなところで寝転んで反応もしないとか、人騒がせだから本当にヤメテ」
「……ま、それは置いといて」
「置いとかないで」
ちょっとそれもそうだな、って思ったので次から気を付けよう。いくら車が来ないからって、駐車場っぽいスペースで転がるのは踏まれる危険性もあるかもしれない。
「で……あー。なんでここに一之瀬が?」
「左京君が呼んだんでしょ!? 時間指定なくて場所だけのメールで! 気づいて慌てて来たら、左京君は目を開けたまま仰向けになってて反応しない! 寿命が縮んだよ!」
「あ、ああ。そうだった。すまん、忘れて没頭してた」
「……はぁ。もういいよ。それで用件はなに? やっぱり例の噂の相談をする気になった?」
ため息をついて幸せを逃した一之瀬が聞いてくる。
これは昨日、一度だけ持ちかけられた話を言ってるのだろう。だが、信頼できる友達がいる僕には無用のことである。
「ん? 友達が真剣に受け取らなきゃそんなのどうでもいい。今更疑うようなことはお互い無粋だしな」
「そんなの!?」
「それに逆用もしたから、もう何も必要ない。終わった話だ」
「終わった話って……。で、でも何か私と話したいから呼んだんじゃないの?」
「だから、どっちかというと逆なんだが───その前に」
逆?と首を傾げながら言う一之瀬。
でもまず僕は灯のライティング調整をして端末を操作した後、しとかないといけない事の確認がてら必要な質問をする。
「一之瀬って彼氏できた? もしくは好きだったり気になってる奴いる? あっ、名前は出さないでね。いるかいないかだけでいい」
「え? ええっ!? そういう話ってことはもしかして」
「ともかく、いずれかがいるんならソイツの元へ急行してくれ。現在時刻20時過ぎなので、急がないとお楽しみが減るぞ?」
「はにゃ???」
驚くようなことも、許容量を超えるようなことも聞いてないのに……なんだ? 一之瀬版宇宙猫か?
彼氏とかいたら僕が話すのは筋違いだろうと聞いたが、はしたなくポッカリと口を開けて……。何か突っ込まれたいのか? 生憎と水筒のお茶しかないが。
「大丈夫。彼氏になってなくとも、今の湿度高い状態の一之瀬が抱きついてジットリと落としに掛かれば大抵の奴はイチコロよ。清隆と龍園以外なら応援するから、その恵まれた容姿を存分に活用してエナジードレインした上で、明日の朝までに湿気を取ってこい。運動面への影響を考えて、最後までは致さないようにな」
「え? 本当にどういうこと!? え、待って? 何がなんだかわからない。話が予想外すぎる方向に雪崩れ起こしてて私……」
混乱してはいるものの、なんか普通に元気っぽいんだけど、これって手を打つ必要があるんだろうか。
しかしこのまま帰したら、朝には元に戻ってるか確信が持てない。もう少しこの話題で突っついてみるかな。
「この反応は喪女のままということか。それでも気になる奴さえいないとは、年頃の娘としてどうなんだ」
「恋愛かは別として気になる人はいるよ!! その人の事を考えると『胃』がギュンギュンして、ヒヤヒヤドキドキの夢がギッシリになるも―――あっ!」
なんだよ「あっ」って。聞いちゃダメなことだったとでも言うのか?
しかしどういう趣味してやがるんだ、一之瀬は。
擬音が多すぎて、ギャップ萌えにしてもわけがわからん。
てか、エア彼氏じゃなければ、気になる人とやらも自分勝手な周囲を振り回す系ダメ男に思えるんだがそれは。
「なんだソイツ。あからさまにヤベェ奴じゃん。
……いや? 一之瀬の趣味がヤベェのか? てか、気になる人で、胃がギュンギュンなるとか初めて聞いたわ。でも、まぁいいか。
よし、ソイツの元へ向かってリフレッシュしてこい」
「…………向かっていいんだね? 本当に?」
それは勘が反応する不穏な態度だったが、僕が筋違いを避けるには背中を押す選択しかない。
「いいから頭からっぽにして行け。一之瀬の様子がおかしいと、なんか不安になってくるんだよ」
「はい、来たよ」
「あ?」
「えぃ───っいいいい~!!」
不可解な様子を見せて突然飛びかかってきたので、僕はヒラリと身を躱して立ち上がり、一之瀬がシートに倒れこんだ瞬間、その背を踏んづけた。一応、対早苗用の警戒をした上で靴を脱いどいてよかった。
「ふぎゅっ。むきゅ~~!」
「ふはははっ。早苗にやられっぱなしだからと侮ってもらっては困るな。一之瀬が運動を得意としてるのはわかっているが、僕にそれでは足りない、足りないぞ!」
「ちょちょちょ、待って! 踏んでる! 私を踏んでるから!」
ともかく、どういうわけか奇襲してきた一之瀬の反論を聞き流しつつ、もひとつ高笑い。
「当然、わざとだ。いきなり飛びかかってくるとはふてぇ奴」
「ごめんってば! ちょっと私も東風谷さんみたいに……」
「黙れ。そんなお前を教育してやろう。
お前に足りないもの、それは───」
そして力一杯に息を吸い込み、一之瀬の背中を足でグリグリしながら景気よく煽り散らす!
「情熱、思想、理念、頭脳、気品、優雅さ、勤勉さ!
そして何よりも─── 速 さ が 足 り な い !!」
うっわ。数日前に教室でやったアレコレより気持ちいい。僅かに溜まっていた陰口のストレスが溶け消えるようだ。
やはり格上相手の煽りはひと味違う。速さ以外はほとんど一之瀬に完敗してるわけだが、そこは目を逸らすのである。
「……うぐぅ………………にゃはは。ダメだったかぁ。でもやっぱり左京君って、口でセクハラはしてもエロいことはしないんだね」
「は? 踏まれたまま、なに言ってんだ? バリバリしたいが? エロいこと大好きな普遍的男子だが?」
「嘘だね。自惚れるわけじゃないけど、私にどエロいとか言うくせに抱きつこうとしたら即躱して、踏んづけて煽ってくるんだもん。エッチなことしたいんだったらそんなことしないよね」
「ハッ。馬鹿なことを。時と場合を考えろ」
「時と場合と……私のことを考えてるんだね。ありがとう」
なんでそうなる? 一之瀬の脳内変換に不具合が出ているようだ。
なぜなら僕がエロに流されたら、目的達成不可になる可能性が高いのにするわけがない。気心知れた奴以外に対しては、必要な時に必要な分だけをやるのが紳士の美学というものだろう。
……踏まれて感謝するようなポンコツには、もっと強く言うしかないか。
「一之瀬の気分転換の為に呼んだのに、本当にエロいことして曇らせたら本末転倒だろうが! アホなの!? ちゃんと頭使ってる? ドMな学級委員長さんよお!?」
「あ、それ……気づいて───って、グリグリ踏まないで! あっ、ちょ、強っ! にゃあーー! にゃっ!? にゃはははははっ!! あ、あれぇ!?」
自明な言葉を強めに投げかけ、一瞬だけ足に力を込めると一之瀬は少し暴れ……何故か笑いだした。
「人が『あんまり』いないとはいえ、野外で踏まれて嬉しそうに笑い出すとか真性だな! ついに某クルセイダーに見紛うほどドMな自分を受け入れたか、この変態!」
「違っ! なんか勝手にぃ、にゃはっ。わ、笑いが込み上げてて、あははは!」
「いつか性癖に合致するSな彼氏ができるといいですね! 末永くお幸せに! くっ、リア充爆発しろ!」
「だ、だから違うって! あっははははは!」
背中に笑いのツボでもあったのか、もうさして力を入れてないのに笑い続けてやがる。近所迷惑な奴である。
前書きで謝った理由。
私はハッピーエンド至上主義&鬱展開嫌いなので、一之瀬を多少アレにしてでも強引に胸糞部分を変えてやろう、って思ってました。けど、やりすぎたかも。カッコ良い一之瀬帆波が好きな人はマジですいません。いまさら遅いですが、ようキャの一之瀬はちょっとアレです。
一応、火種は残してますが、原作1年生編後半の鬱フラグは今話と次話でほぼぶち折りました。ただ引きこもりや過去カミングアウトに関してはともかく、綾小路との恋愛フラグは残したかったんですが、私の技量とようキャの展開では不可能でした。
……書いてわかる。ここまで強引にしないと引っ掛かってくる一之瀬周辺フラグ、その調整や破壊の面倒臭さ。