これまで約1年程は新プロローグでしたが、物語本編が追いついてしまったので『104、始まり』として次回更新時に移動します。
察していた人もいなかった人も突然ですいません。2024/4/10
「はじめましての人ははじめまして。
1-B、天文部部長の左京夢月です。
今回、1年なのに何故かこちらの組の総大将に推薦されたので、挨拶させてください」
体育祭にて。
学校史に残るだろう左京夢月のパロディ演説は、こんな弱腰ともいえる第一声から始まった。
この時点では、夢月をよく知る者以外、なんだこいつは? なんでここに立っているんだ? コイツがあの噂の……。みたいな印象だっただろう。
幸い…といっていいのか、ここ半年ほどの付き合いで本人は気にせず、仕方のないことだとわかっていても、友達が侮られ、悪く言われるのは気分がよくない。
ただ夢月は、クソ度胸と鈍感さ、そして独特な雰囲気を併せ持つ自称凡人の奇人だ。
このまま無難に終わることだけはない。
結果も勝敗も評価も印象も。
それらのことごとくを覆してきた夢月なら悪評も吹き飛ばしてくれる。
左京夢月という俺の友達は、人にそう思わせ認識をひっくり返すことにかけては、天才よりも天才的なところがあった。
それに今まで俺を含めてあれだけ癖の強い天文部の奴らを曲りなりに纏め上げ、普通なら会話ですらありえないだろうくせ者複数となんらかの関係を持ち、続けざまに起きたトラブルや試験も即座に解決に導いてきたのだ。
生徒会から今回の話があったと知った俺をはじめとする夢月の友達連中全員は、もはや夢月が何かをやらかすことを疑っていなかったと思う。
そしてそれが本格的に『始まった』のは、挨拶と事情説明を語り終え、深呼吸した夢月の雰囲気が変わってからだった。
入学してすぐに体験した東風谷や堀北先輩のような静寂を強制するものではなかったが、気づいた時には不思議と話に聞き入ってしまう空気を創り上げていたのである。
そして場を整えた夢月は静かに口を開き―――。
「諸君、僕はおちょくるのが好きだ。
諸君、僕はひっくり返すのが好きだ。
諸君、僕は煽り散らすのが大好きだ。
そうする為に、攻めるのも、返り討ちも、罠に嵌めるのも、集団で圧殺するのも。
正攻法で相手の策を叩き潰すのも、不利な状況を覆すのも、逃げ隠れするのも。
また違った趣があってそれぞれ好きだ。
学力で 運動で
特技で 容姿で
暴力で 権力で
策謀で 競技で
試験で 遊戯で
本気で実行するありとあらゆる行動が好きだ。
僕より格上である奴らに黒星をつける瞬間などは心が躍る。
策謀を張り巡らせ、撃破を狙う奴らを返り討ちにするのが好きだ。
勝機を逸し、目に諦めを宿した生き残りをなぎ払う時など胸がすくような気持ちだ。
正面から正攻法で打ち破るのが好きだ。
死体蹴りしつつ、煽り散らす仲間を見た時などは感動すら覚える。
逆転の可能性を胸に秘め、逃げ隠れするのはもうたまらない。
恰好の的となったことを理解できず、倒される瞬間まで希望を捨てない様は最高だ」
何かを仕掛けられ南雲先輩から抜擢された夢月が、鬼龍院先輩と東風谷を左右に侍らせ、最初の弱腰な印象を覆す凄まじい存在感で演説していた。
俺も一応近くにいるが、おそらく夢月以外は誰の印象にも残らないだろう。
「諸君、僕は煽りたい―――。
もとい、勝利をもたらし、地獄の獄卒にも勝る煽り文句で、偉そうな奴らへ上から目線で見下ろすことを望んでいる。
諸君。僕の仲間になった学年問わずB・Cクラスの全ての者達よ。
君達は何を望んでいる?
勝利を望むか?
情け容赦なく、ことごとく、殲滅すら視野に入れて。
勝利し尽くし、三千世界の鴉を殺すような。
より爽快な完全勝利を味わってみたくはないか?」
『勝利!
勝利!
勝利!』
「よろしい。
ならばまず勝利しよう。
煽るのは僕に任せてくれ。
億千万の言葉でもって、完璧な勝利に更なる華を添えてみせようではないか。
だが―――半年。
上級生にいたっては、最長で2年半。
長きに渡って堪え続けてきた諸君には、それだけでは物足りないだろう。
だから総大将の僕が独断で宣言しよう。
これから行われる体育祭は―――もはや戦争と呼んでも過言ではない!!
戦争を!!
一心不乱の大戦争を巻き起こす!!!」
勢いだけで、いつの間にか体育祭が戦争にすり替えられていた。
興奮して叫ぶ者もいる中、敵味方の意味不明な士気がどんどん上昇しているのを感じる。
天生のアジテーターというかなんというか、夢月のペースに巻き込まれてB・Cの上級生達も―――いや、この場にいる全校生徒が、高揚の只中にいる。
もう誰も夢月をただの1年だと侮っていない。
というか、もはやそれまでの噂など―――そんな些細なことは忘れている。
「尤もこちらは、わずかに天才の数は劣っているかもしれない。
一方、あちらは堀北学に南雲雅という二枚看板を擁し、1年にも油断のできない者達がいまだ潜んでいるだろう。
だが、諸君は一騎当千の強者だと僕は信仰している。
ならば、諸君と僕を合わせれば、約2万と1人の大集団となる。
こうなれば、いかに天才がいようと関係ない。
上で胡坐をかいて、偉そうにしている連中に目にもの見せてやろうではないか。
連中に恐怖と屈辱を思い出させよう。
連中に敗北と零落を思い出させてやる。
連中に勝利と成功を奪われた記憶を忘れられなくしてやる。
天と地の狭間に、奴らの哲学では思いもよらないことがある事を!
刻み込んでやろうではないか!!
さあ、征くぞ諸君!
各々気に入らない奴らに全ての私怨をぶつけてやれ!!
盛大な八つ当たり戦争の始まりだ!!!」
「「「「「う、うおおおおおおっ!!! 戦争! 戦争じゃあーーー!!! イケメンと彼女持ち転がすべしっ!!!」」」」」
―――野太い雄叫びとともに左京夢月は、高度教育高等学校で伝説になった。
……
………………
…………………………コノヤロウ。
自陣どころか全校生徒を口車に乗せやがった!
―――俺は口を引きつらせていた自分を見つけた。
―――俺は自分が震えているのに気づいた。
―――俺はいつになく冷静でいられないことを自覚していた。
―――俺は、笑い出しそうな、叫び出しそうな、意味不明に奮い立った心持ちで武者震いしていた。
そしてそれは俺だけではない。
野太い妬みを多分に含む雄叫びが目立つが、普段は大人しそうな生徒までも男女問わずにノセられている。
夢月とともにいる壇上の東風谷や鬼龍院先輩はおろか、俺の隣にいた佐倉すら興奮に上気した顔を見せている。
―――勝負処のコイツはこれほどなのか。
何かを起こすことは予想できていたのに、改めてそう思わされてしまう始末だ。
ただまぁ、流石に夢月に耐性が付いていたので、すぐに自分を取り戻すことができた。
他の友達連中も同じだろう。
夢月は突飛な言動こそよくあるが、必要なことを必要な分だけやっていること。
ならば、これも夢月にとって必要なことだということ。
そして、それが何らかの目的。
すなわち、自惚れによる誤認でなければ、俺をなんらかの分野で飛躍させることを目的に様々な手を打っていて、これがその集大成だということはもう割れているからだ。
それにしては、いささか大げさで無駄に壮大ではあるが、そこは夢月の趣味だろう。
あいつはノリにノっている時、東風谷のいう神でも乗り移ってんじゃってくらいの勢いを発揮するのだ。本当に神懸りだったとしても驚かない自信があるほどに。
「それでは皆様。長々とご静聴ありがとうございました」
それはそうと、夢月は全く静聴していない盛り上がりきった観衆をよそに、マイペースにあっさりそう締めると演説していた壇上から降りてきた。
いまだ相当数が狂ったように叫んだり笑ってたりしているのだが、一緒に降りてきた東風谷や鬼龍院先輩とすでに普段どおりに会話していた。下で待っていた俺や佐倉も自然に加えてだ。
周囲が気にならないのがスタンダードになってきている事に僅かな戸惑いが頭をよぎるが、夢月と付き合う時にそれを気にしたら負けである。
しかしこれだけ好き勝手に煽りまくって、夢月が言う『天才』の相手は俺や東風谷に丸投げする内心がわかるだけに、どう考えればいいのか悩む。
普通なら怒るべきなんだろうが、日頃から夢月の勧誘ネタを求めている東風谷を見ていると、彼女を手伝って神社に放り込む材料が転がり込んできたと考えるほうが面白いかもしれない。
入学当初から東風谷を知る身としては、夢月を守矢神社の信者に引き込みたい意思は明らかなのだ。
確かに最優先で勧誘したい人材であろうことは間違いない。
なにせ神に仕え信仰を求める巫女(の亜種か?)の東風谷にとって、これほど求心力や影響力のある者はどうしても確保したいだろう。
また能力もさることながら、限られた変人共を自然に受け入れる器も捨て置けない。
いつの間にか到底友達にはなりえないような人格の奴でさえ、一定の信頼を寄せる友好関係になっているのだ。程度は違えど俺や東風谷自身もその一人である以上、あいつ付近の居心地良さはわからないでもない。
つまり東風谷は夢月を引き入れられれば、情と実利の双方を満たせるのである。
佐倉も事情は違えど、似たようなものだろう。
夢月は、1学期に佐倉を襲った数々の不運から守り抜き、自分に被害が出ようとお構いなしで頭と手を尽くして解決とアフターケアまで突っ走った事まである。
それに資質を見抜いて、人知れず頼られることに飢えていた佐倉に主力になってくれるよう頼み込み、俺・東風谷・高円寺を相手に夢月と共に臆さず戦い抜いた記憶はまだ新しい。
結果はどうあれ、その後を見ればあれが佐倉にとって素晴らしい経験と自信になったことは疑いようもない。
彼女は夢月の力を借りて飛躍を成し遂げたのだ。
他にも、清隆、戸塚、一之瀬。
彼らもある時期から、迷いを吹っ切ったような清々しい顔で奴と話していることが増えた。
幾人かは何があったか俺の知るところではないが、夢月が何かしたことだけは確信できる。
なぜなら俺が知る夢月は、自分は変化せずに周囲に変化を齎すプラチナのような本質だからだ。
それらを踏まえた上で、前夜に夢月から言われた言葉。
「四方以外に賭けても勝てない……だろ?」
―――今回は俺の番。
まるで言外にそう言われているようで嬉しかった。
ノセられているのはわかっていたが、夢月に期待されることがこれほど心湧き立つことを初めて知った。
『あの時』の佐倉の気持ちが本当の意味でようやく理解できた。
コイツみたいに、好きなことを好きにして、それでいて人の期待に応える生き方は、自分も周りも楽しいことだろう。
俺も好きにやっていいんだ、と思わせてくれた夢月と友達になれたことに。
親父の易と事情や気まぐれが上手いこと合わさった幸運に俺は感謝していた。
同時に昨夜、思いついて新たに行く末を占ってみた事が脳裏をよぎる。
子・寅・卯・辰・巳・午。
丑・未・申・酉・戌・亥。
―――綺麗に二つの陣営に分かれるが、子が全て引っ掻き回していくだろう。
という、どう考えても子に対応するのは夢月だろ、と思わせる結果が何度も出たのはきっと……。
「お疲れ様です。パクリ乙」
「パ、パクリじゃねえし! オマージュだし!」
総大将の義務である演説を適当に終えると、見栄えの為に後ろに付いてくれていた早苗からドキリとする指摘をされた。
早苗と鬼龍院先輩を左右に侍ってくれるよう頼んだのは、その状態で偉い奴らに正義?の鉄槌を下すのはさぞかし格好良く気持ちいいと思ったからである。
格好良くは自分の趣味だが、実際に気持ちよく言いたいこと言えたので結果オーライだろう。
早苗の指摘に動揺して思わず声が上擦ってしまったが、仕込み数日のほぼぶっつけであれをこなすにはそうした勢いが大事なのだ。
そして、その勢いは某少佐にあやかる以外、凡人の僕では得る手段を思いつかなかった。いってみればそれだけなので、オマージュで合っている…はず。
あらかじめ上級生にサクラを仕込んでいなければ。
途中の「勝利!」と返させるあたりでポシャった可能性を考えれば。
虎の威を借る(早苗と鬼龍院先輩などへの)根回しを怠っていれば。
どこかで失敗していた可能性は高い。
これらを考慮に入れると、オマージュとはいえ、まぁ及第点の演説にはできたと思う。
「さっきの聞いて改めて思うんですけど、夢月さんって頭のネジをいくつも失くしてますよね」
「ほう?
……僕は産まれた時より頭痛を持病としていてな。この痛みに耐え切れず、先日病院へ検査に行ったんだ。そこでレントゲンを撮ってもらったところ、なぜかネジが頭の中に―――あるわけないだろ。いい加減にしろ」
「お前がな。なんなんだよ、そのノリツッコミ」
「これは純粋な疑問なんだが、後輩の減らず口はどこからわいてくるんだ?」
「本当に不思議ですよねぇ」
「佐倉えもん~、みんながいじめるんだよ~。なんとかして~」
「巻き込まれた!? っていうか、わたしがいつの間にか謎の役に……」
「言いたい事も言えない愛里の為を思って、思ってもない役に就任させてやろうかと」
「愛里さんが思ってすらいなかったら、それはもう完全に夢月さんの妄想なんですがそれは」
自己弁護を組み立てていると、早苗にふざけたことを言われたので、いつもの5割り増しでふざけ返したら総ツッコミされた件。
基本愛里以外は毒舌寄りの奴が多いので、こうした状況ならこいつと勝手に思ってる愛里を巻き込んでもみたが、早苗に守られた。
ちなみに、5割り増しでふざけているのは、敵方にいる友達・知り合いや生徒会関係者からの視線がなんか怖いから。
つまりは、気を紛らわせる為である。
なんなら味方方面や知らない奴からもそれ系の視線を感じる。
思うに、味方の士気を上げるついでに敵方の士気も上げてしまった事が、まずかったような気がしているのだ。
楽しげではあっても、特に格上と認めている奴らに睨まれるのは恐怖でしかない。
頼む時は深く考えもしなかったが、今は敵方の愛里や学年が違う鬼龍院先輩に応援を求めたのもヤバかったかもしれない。
せめて彼女らに、僕に向けられているこれが向けられないようできるだけ注意しておこう。
「それにしても。
―――元々頭が切れる奴とは思ってたが、よく目的を見失わず、ここまでの困難を乗り越えてきたな。後輩は見上げたものだよ」
「おぉう。先輩に褒められると普通に照れますね」
「ククッ。
……ああ、1年早く卒業しなければならないことが本当に惜しいな」
そんなことを考えつつ、しばらく歩きながらみんなで話していたが、別れ際に鬼龍院先輩から労いの言葉をもらった。
飾り気のない言葉であり、人となりがわかる嬉しい言葉である。
まだ本命の目標へ向かう途上ではあるが、彼女が口に出したのはここまで辿り着いたことに対しての言葉だ。
何度も実現の可能性について忠告や助言をされて―――結果的に無視してきたことが思い出され、少し感慨深い。
「先輩! 色々ありがとうございました!」
だから、僕はそれを万感の思いを籠めた感謝を伝えることで返した。
「……ふっ。まだその言葉は早いだろう?」
「それは先輩もでは? 先輩の卒業って1年以上も先ですよ?」
「ふははっ!
そうか。そうだな。ははっ、私としたことが、少し感傷的になっていたようだ」
「まぁ、そういうこともあります」
「そうだな。
ククッ。今まさにそうだ」
顔からほんの僅かな寂しげな色を消し去り、冗談めかして笑い合ってから、鬼龍院先輩は本来の持ち場に向かっていった。
どうにもならないことを考えるのが僕は好きではないので、これでよかったのだろう。
今となっては、キャットルーキーだけが僕の大事なものではないのだ。
鬼龍院先輩はその一つなのだから、お互い楽しく過ごせるようにするのが一番である。
まぁ、それはそれとして。
「ふむ。先輩に褒められて湧き上がるこの気持ち。
これはまさか―――承認欲求か?」
「「「台無しだよっ(だ)(ですよ)!!!」」」
鬼龍院先輩が去り、いつもの面子だけが残ったタイミングを見逃さず、僕は空気を壊しにかかった。
これだよ、これ。
やはりこうしてツッコミ入れてくれる友達は大事である。
おちょくり甲斐がある。
その友達に、なんかこう……生暖かいような目を向けられるのはアレだったので、つい雰囲気を破壊してしまうのは誰もが共感できる事柄だろう。
ただそうしたら、今度は想像以上に四方達の反応が揃ったのがなんとなくおかしくなり笑ってしまった。
去ったはずの鬼龍院先輩やそれ以外の存在達まで笑っているような不思議な感覚すらある。
それがまた楽しくて笑っていたら、そのうち4人全員で笑い出していた。
まだいくつかは障壁もある。
だけど、乗り越え、乗り越えさせるための仕込みはやれるだけやってきた。
それなら、こうして友達と笑い合う時間もまた疎かにすべきではないだろう。
ところで、その後。
愛里を迎えに来た清隆に託し、四方と早苗の3人で自分のクラスへ向かう途中。
僕は走馬灯のごとく、なんとなくこれまでを思い返していた。
鬼龍院先輩の言ったことに考えさせられたのか、演説でふざけたのを反省していたのか、死に瀕していたのか。
―――否。
答えはどれでもない。
清隆まで『僕に向かって』静かな戦意を滾らせているのがわかって、現実逃避したくなったからである。
……………………どうしてこうなった?
こうした理由については前に活動報告のどこかに上げてたと思いますので、興味がありましたら探してみてください。