ようキャ   作:麿は星

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13、珍客

 

入学から忙しくしていた僕だったが、生徒会室へ申請に行ったのを境に、やるべきことがだいぶ減り、この学校での生活にも慣れてきたのかある程度のルーチンができて、ようやくのんびりできるようになってきた。

 

朝のぎりぎりを狙って登校し、四方と東風谷に挨拶。

それから授業を真剣に聞き、時折わからない箇所があると四方や東風谷、先生に質問したりして合間の休憩時間に解決することで勉強を授業限定にして手抜きの準備に余念はなかったと思う。

昼食では半分を自炊の残り物弁当を学校傍の水路で、半分を安いか無料の飯を学食で食べて使いすぎていたポイントの節約に努めていた。それとまだ一回ずつだが、水路では東風谷と、学食では四方とじっくり話しながら食べることができたのは、佐倉の轍を踏まない布石の第一歩となったことだろう。

特に東風谷は、しばらく口を開いてないと上手く喋れなくなると言っていて、ヒキニート時代の僕を髣髴とさせ親近感が沸いた。四方を除いたクラスメイトの中で最初から妙に東風谷に好印象があったのは、たぶん神様やお化けなんかが原因ではなくて、こうした者特有の暑い日に見つけた空白の木陰と涼しい風セットのような東風谷の雰囲気のせいかもしれない。それが少し話せて思った僕の印象である。

 

放課後は、バイトに行くか、ふらふら歩き回って観測スポット探索をしていた。

その甲斐もあってか屋上以外に3箇所ほどの天体観測できるスポットを発見し、木曜日には最初の月見の会を開催できた。部員である四方と東風谷が参加してくれたが、佐倉も誘ったら来てくれて屋上で4人で月見をした。

ただ月を見て、合せておいた天体望遠鏡をみんなで回しながら月見団子を食べ、時折僕が解説したり薀蓄を披露するだけでみんなはあまり話していなかったが、友人と夜空を眺めるだけで僕は満足したのでやはり無理してでも創部してよかったと改めて思ったりもした。

 

それとバイトに関しては、やってみると意外とキツイ日もあり、特にパソコン周辺のインフラ整備を青娥さんに頼まれた時は土日の2日掛かりの大仕事で、その間の掃除と料理の研修などは佐倉任せになってしまったので、二人してヒーヒー言いながらこなすことになった。一応、当初の甘い予測とそう離れていない楽な日もあったのだが、大変な日の印象が強くていつ大変な日に襲来されるか僕と佐倉はしばらく戦々恐々とすることになっていた。

しかし関係ないが、客がここまでまったく来ていないのだから、実は喫茶・芳香は喫茶『店』ではないのではなかろうか?そんな疑問が頭を駆け巡る今日この頃である。

 

 

 

しかし一見では順調そうに進んでいる新しい日常だったが、問題がないわけでもない。

まず、まだ天文部は正式に発足していないこと。

そう顧問である。

活動が活動なだけに部費と部室はなければないでかまわないと考えて、申請の時の部室は正式な部に昇格するまで屋上と僕の自室でいいですか?と会長に確認をとったから問題ない。部費も出ないことだけはわかっていれば支障はない。

だが、顧問だけは名前だけでもいないとどうしようもない。

一応、四方が担任の星乃宮先生に聞いてくれたのだが、この学校では担任を務める教師は新しい部活の顧問ができないとのこと。なので、授業に来る各学年の担任以外の教師が来る度に打診しているのだが結果は芳しくない。

そしてもう一つは―――

 

「四方! 今日カラオケ行こうぜ」

「うちだけじゃなくて、Dクラスの女子も来るらしいぞ」

「四方、相談したいことがあるんだが」

 

化学の授業中のグループで、クラスメイト達から親しげに話しかけられている四方を含んだ男子中心のグループ。

ポツリポツリと会話するだけで基本無言の時間を過ごす僕と東風谷、そして名前すら覚えていないなんか色々キツいツインテールの女子の3人グループ。

ついでに、グループがいくつも重なったような一之瀬の大人数グループ。

 

淡々と実験とレポートを進めていく僕のグループは問題ないのだ。

こうした理系分野において東風谷は独壇場といってもいいほどの手際のよさを見せるし、最後の一人の名前がわからないから呼ぶときに困ったりするが、何気にこのツインテール女子とはグループ作業が必要な授業では余り者同士で何度か組んでいる上、名前を呼ぶ機会も来ないから知らなくても君とかで誤魔化せたりする。

 

問題は、盛り上がっている四方のグループである。

といっても四方やそのグループメンバーに問題があるわけではなく、クラスメイトと仲良くしている四方を見ていると、もしやと思える推測が頭をもたげてくるのだ。

僕の後ろの席にいる四方は、僕と話している時と授業中以外はかなりの頻度でボーとしている。誰かが話しかけに来たり、スマホをいじったりということをあまりしないのだ。

しかし四方が席を離れたりすると、神埼や他のクラスメイト達が四方に寄っていって声をかけたりするところは何度も見ている。

……前からうすうす思っていたけど、これは本格的に僕が嫌われてるとかで避けられているのでは?

教室にいるのは基本授業中と短い休憩のみというBクラスの中でもトップを争うほど短い滞在時間な僕なので、嫌われているというのはただの思い過ごしである可能性もある。だが、教室で座っている四方に話しかけにクラスメイトが来ない理由があまり思いつかない。

 

「考えすぎない方がいいですよ」

「……チッ」

「すまん」

 

手は動かしていたのだが考え込んでるように見えたのか、最近挨拶や話すことが増えてスムースに話す事が可能になった東風谷とツインテールに窘められてしまった。まぁ、ツインテールの方は舌打ちだったわけだが。

僕は二人に一言謝ると意識を切り替え、手順を再確認しながらレポートを集中して埋めていった。

 

 

 

 

 

 

授業が終わって、昼食の時間になったので今日は屋上に向かう。

天気が良くて絶好の日向ぼっこ日和なのだ。こんな日は時間いっぱいまで何も考えず寝転がろうと、屋上につながる扉の脇に置いておいたデッキチェアを少し陰になっている場所に設置してダイブする。そして遅刻防止のタイマーを作動させ、持ってきていた水筒からお茶を入れてひと啜りの後、弁当を食べはじめる。

こういうのんびりした時間が僕は最も好きだ。

誰かと食べるご飯や話したりする時間も好きではあるが、一人静かにお茶を啜って空や景色を眺める時間はまた違ったモノが自分を満たしていく感じがする。

学校生活は騒がしく、耳を塞ぎたくなる時がある。別にそれが嫌いなわけではないけど、時折こうしてぽっかりと空いた空間で何も考えたくなくなったりする。でもそういう時こそ、取り留めない考えが浮かんできたりするのものだ。

そんなことを意味もなく考えていると、バカムゴッ、という大きな音がして屋上の扉が開いて誰かが入って来た。

 

「あ~、も~、しんど~」

 

そんな疲れたOLのような雰囲気で屋上に来たのは、またもや可愛い系の女子だった。

この学校、なんでこんな容姿が良い奴が多いのだろう?そんな疑問がわいてくるが、その間もその女子は目の前で愚痴をこぼし続けている。

 

「山内も池もキモすぎだっての! 人の胸じろじろ見すぎで鳥肌収まんない! ホント、マジであいつら死ねばいいのに」

 

色んな名前を次々に罵倒しながら愚痴をこぼしている女子は、乗ってきたのかだんだんテンションが上昇してきた。胸とか言ってるし、大半が男子なのだろうか。

 

「ほんと、最っ悪! アイツ、ちょっと可愛いからって調子こきやがって! 大体なんで同じクラスなんだよ! マジで最悪も最悪。絶対追い出してやる!」

 

言い放つと同時、女子とは思えない鋭い蹴りを目の前にあった貯水タンクに叩き込んだ。

 

「掘北! 死ねっ!」

 

ガンッという音がついさっきまで静かだった屋上に響き渡り、最後に悪態をつくとこちらを振り返った。

―――そして、デッキチェアで寝転がっていた僕と目が合った。

 

「は?」

「あ、ども」

 

同じ場所を使っているわけだし、目があったので一応挨拶はしたが固まっている彼女を見て自己紹介はするべきか悩むところだ。独り言のつもりで愚痴をこぼしてるところを見られる恥ずかしさは僕も理解がある。しかし、寝ていたらあれよあれよという間に事態が進行してしまった僕に何ができただろう。

静かに速やかに屋上を出る? 無理。屋上の扉は彼女が入ってきた時にすごい勢いで閉まったし、開けたら結構音が響く。

どこかに隠れる? 無理。彼女がいる貯水タンク付近か今僕のいる建物の影くらいしか物がないのにどこに隠れろというのか。

早いうちに声をかける? 無理。あんな来てすぐに愚痴を吐きまくってた彼女がいたのに、どこにそんなタイミングが存在するというんだ。

 

「あんた、誰? いや、それ以前にいつからここに!?」

 

僕が悩んでいると、彼女の方から問いかけてくれた。ちょっと混乱?してるっぽいが、これは乗るしかあるまい。

 

「えっと、大体昼休みが始まったあたりから居たよ。ここはうちの天文部が許可取ってるから、時々来るようにしてるんだ」

「……」

「それと僕は天文部の左京夢月……です」

 

話す毎に、もはやこちらを睨んでいるといっても過言ではない目付きにビビッて、つい敬語になっていってしまっていたが仕方ないだろう。怒り狂う女子が怖いのは万国共通の常識であるからして。

 

「……で、クラスと学年は?」

「1年B組です」

「よりによって同学年のBクラスか」

 

何か不都合でもあったのか渋い顔だが、こちらとしても聞いておかないといけないことがあるので、恐る恐る話を切り出したみた。

 

「それで、その、貴方様のお名前などお尋ねになってもよろしいでしょうか?」

「Bクラスなのに私を知らない? あんた、ほんとにBクラス?」

「え、もしかしてなんですがクラスメイトだったりします?」

「ちがうけど」

「……知ってないとマズイ人だったりは」

「しないから! ああもう、私は1-Dの櫛田桔梗っていうんだけど、ほんとに知らないの?」

 

こう言うということは櫛田は有名人なのかもしれない。

しかし四方や東風谷との話では出てきたことがないと思うし、Dということは佐倉と同クラスのはずだが彼女からも聞いたことはなかった。というか考えてみたら、佐倉から自分のクラスの事を聞いたことすらなかったかもしれない。

まぁそれはそうと、櫛田が落ち着いてきたっぽいからこちらも口調を元に戻そう。

 

「えっと、悪い。正直、名前を聞いたこともないと思う。というか普通、半月じゃ他クラスどころか自分のクラスの奴すら覚えきれてないだろう」

「ん、あれ?……まあいいか」

 

櫛田は、僕が口調を戻した違和感があったのか少し疑問に思ったようだが、落ち着いたならさっさと話を進めたかったので用件を聞くことにした。

 

「それで僕に何か用でも?」

「あー?……あ、そうだった! あんた、さっきのを見てたでしょ」

「さっきのって、あの堀北死ねキック? え~と、鋭い蹴りだったね?」

「誰が蹴りの感想を言えと言った!?」

「他の心当たりは……僕の位置からだとパンツは見えてないぞ」

「違うから!」

「じゃあ何なんだよ。他に思い至ることはないぞ」

 

櫛田は謎の食い下がりを見せているが、僕としては蹴りとパンツのことしか印象に残っていないのでだんだん面倒になってきた。ちなみに蹴り足を戻した直後に見えたパンツの色は薄ピンクであった。

 

「ああもうっ! 今、見て聞いた事を誰かに言うなっていうのよっ! それくらいわかれ!」

「女子のパンツのことなんて言えるわけないだろう。僕が人格を疑われるわ。常識で考えろよ」

「だあああ、パンツはどうでもいいってのよ! いや、よくはないけど!」

 

本当に何なんだ、この女。どうでもいいと言ったり、よくないと言ったり。

 

「情緒不安定か?」

「誰が情緒不安定よ!」

「櫛田」

「ぉあああ、あああああっ!」

 

心の声が漏れて聞き返されたから答えたのに、今度は吼えだした。

まだ昼休みは半分ほど残っているが、今日の昼はこの珍客の相手で潰れそうな予感がした僕はため息を漏らした。

 

 

 

 

 

とりあえず情緒不安定で興奮している櫛田を冷静にさせる為、以前の月見で使った椅子や紙コップを出してきて、お茶を入れて差し出してみる。今は狂乱していたのが嘘のように不気味な沈黙を保っているが、いつまた暴れだすかわかったものじゃないので腫れ物に触るような気持ちで接してみる方針で行くことにした。

 

「少し熱めだから気をつけてな」

「……」

「んじゃ、なんか話したくなったら声かけて」

 

まだ時間は充分に残ってるし、こっちを見ているとはいえ無言なら相手をしなくていいので助かる。一声かけた僕は、座っている櫛田から覗き容疑をかけられないようにデッキチェアの位置を調整して配置し直し、櫛田から背を向ける形で寝転んだ。位置がずれた為に少し眩しいが、これもまた一興というものだろう。

 

「……ねぇ、あんたさ、さっきの私ってどう見えた?」

「んー? 愚痴を垂れ流すところを知らない奴に見られてどうしよう、って感じ?」

 

寝転がってしばらく経ってから櫛田は口を開いた。

僕としては思うところをそのまま返しただけだが、どうも櫛田からするとトンチンカンな答えだったようで、再度質問を投げかけられてしまった。

 

「そうじゃなくてさ。

……私って可愛いし性格も良いから普段は人気者だし、1年生だったら一部を除いてだいたい友達なんだよ。そんで、さっき私が罵倒してた奴らって、友達だったりクラスメイトなんだよね」

「へぇ」

 

どうしよう。びっくりするほどどうでもいい。

 

「もしバラされたらみんなに嫌われる。でも私はみんなに嫌われたくない。その為にも、あんたがバラさない確証がほしい」

「……はぁ。さっきも言ったけど、誰がそんなことバラすんだよ」

「信用できない……って言おうとしたんだけど、なんか自分でも不思議なことに本当にバラさないような気がするのよねぇ」

「そもそも不満解消に愚痴こぼしたり、物に当たったりってのは誰でもやったことくらいあるだろう。そんなことバラすもバラさないもないと思うんだが」

 

クレヨンし○ちゃんのネ○ちゃん母娘みたいなもので、別に誰にも迷惑かけてない奴で外面がしっかりしてるなら問題ないと個人的には思う。

 

「……う~ん。私、人を見る目は結構自信あったんだけど、一部を除いて嘘は言ってない……気がする」

「そうだろう、そうだろう。実際に嘘なんてついてないし、バラすつもりもないからな。……ん? 一部?」

「うん。えっと確か『僕の位置からだとパンツは見えてない』だったかな」

「え」

 

僕が思わず櫛田の顔を見ると、確信を得たように口角を吊り上げて笑顔に変わっていく櫛田がそこにいた。

まさか最もバレてはいけない嘘を本人に解き明かされてしまったのでは?

 

「それじゃあ、左京君? お互いに秘密を握り合ったところで戻ろっか。そろそろ5限目始まるよ!」

「……ッス」

「ああ、一応連絡先交換しとこ? なにかで役に立つかもだし」

「……」

 

無言で端末を差し出した時に見た櫛田の笑顔は、これまでにないほど邪悪に黒光りしていた。

 

 

 

……ところで、なんか聞くタイミング逃し続けてたんだが、堀北って会長のことじゃないよな? 同じクラスとか言ってたし、何よりあの人が可愛く見えるとか末期にもほどがあるもの。

 

僕は快晴の青空の下、そんなことを思いつつ、暗澹たる気分を味わいながら屋上を後にするのだった。

 


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