少しの間、残った敵味方でボーッと南雲を見送っていたが、初対面の騎馬2組の気まずい空気を嫌ったかのように、騎手の女子が口を開いた。
……南雲が僕にかかってきてくれなかったから、この人相手に二段目を発動するのか。無理だ。しかも意味が薄い。切り替えよう。
「……あ、あぁ~っと。雅、行っちゃったね、左京君。どうする? やる?」
「やらない、って選択肢があるんですか?」
「まぁ、ないよね」
「それじゃあ―――」
てか、この人はこの人でわからないな。馬の3人や南雲からすら微かに感じた敵意を何故か感じない。むしろ友好的にさえ見える。
また何故か初対面の僕の名前や情報も知ってるし、何者なんだ? 南雲の参謀的な感じか? 最初は一之瀬タイプかと思ったけど、妖怪…坂柳さんタイプなんじゃないか。
む? 坂柳さんで思い出した。そういえば、この人に自己紹介していない。それに僕との対面に唯一残したことも考慮すると、彼女は南雲に立ち位置が近そうだ。駄目元で一つ聞いてみるか。
「あ、その前に。
はじめまして。1年Bクラスの左京夢月です」
「雅が居なくなった途端、急激すぎる変化! ていうか今更!? しかも何度か会ってるのに、はじめまして!? でも私の名前知らないなら私も名乗った方がいいの、かな? 私の名前は」
(名前なんか)言わせないよ。
「ところで南雲とは……あー、速やかに縁を切りたいんですが、何かいい方法ありませんかね?」
「私には一切興味を持たないくせに、あんまりにもあんまりな相談してきた!? 一応敵対してるのに……!」
だって別に必要じゃないし、興味持たれたくない。
妙な雰囲気がある上、一言でヒートアップしちゃったみたいだし、他学年にも顔が利く一之瀬に流すのが無難だろうか。さっきの疑惑もあるから、対価にちょうどいい。
「僕の代わりの敵として一之瀬とかどうです? 調子に乗った後輩にお仕置きなどするのにも良い機会かと思うんですが」
「調子に乗った後輩って、どう考えても左京君だよね!?」
「「「うんうん」」」
「ほら! 馬の子たちもうんうん言ってる!」
すると今度はなにやらすれ違いが起こっているようなので、僕はふぅと一息入れて明快に訂正した。
「───誤解です。もしくは「うぅん」の聞き間違いです。一之瀬に聞いてみてください。僕は素直な良い子だと返ってくるでしょう」
坂柳さんが来た前後くらいに、たしか僕と、慈悲の心を持って早苗にもそんな感じのことを言っていた。経緯は忘却の彼方だけども。
「「「「いやいやいやいやっ!!」」」」
「一之瀬ちゃん、前に私に相談してきたよ!? 困った人がクラスに何人もいるんですけど、って! その中でも特大の人にはどう接したら、って!! 左京君っていうらしいんだけど……」
「人違いでしょう。僕はつい先程、一之瀬本人から素直という言葉を引き出してますので、それは東風谷早苗か白波千尋の事です。間違いありません」
「名前まで出したのに、躊躇なく他に押し付けて断言した! なにこの澄んだ眼差し! 嘘とかじゃなく心底そう思ってるの!?」
「事実ですから」
勿論である。嘘を吐く意味がない。
なぜなら状況証拠として、今日これまでの一之瀬が僕に目を向けず一心に早苗を見つめていた点が挙げられる。そこから察するに、特大の困ったちゃんは早苗が残当だろう。
「即答でテキトー言ってんじゃねぇ!」
「どう考えても明らかに左京が特大だろうが!」
「一之瀬さんのそれは、左京君に振り回されて悟りの領域に足を踏み入れてるだけですからっ!?」
「君達まで何を愚かな……。
清廉潔白、品行方正、完全無欠の優等生たる僕が困った人なわけないだろう? 冷静になれ」
「「「ぁ……おっ───う」」」
「ち、違う意味でもとんでもない子だ!」
てか、この人はともかく、馬役は僕の味方の癖になんでこの人に同調してるんだよ。美少女だからか? それとも一之瀬に投げようとしたからか? どうせなら南雲がいた時に加勢してくれよ。
「はっ! こ、これはもしかして逆に時間稼ぎのつもり!?」
いきなりなに言い出したんだ、この人。
赤組陣地の最奥で、敵味方の2騎揃って駄弁りながらサボってた時点で、時間を稼ぐとかそういう次元の話じゃないだろうに……。
「え? いや、どの道……えっと、あなたが相手なら僕は逃げ回るだけだし、そのつもりはまったく」
「むしろ時間稼ぎの方がよかった! この子、本当にこれっぽっちも私に興味持ってない! 勘違いしてほしくはないけど、ちょっとは興味持って!?」
なんか噛み合ってないな。
優しく諭して一旦落ち着かせれば、会話になってくれるだろうか? それで駄目なら……どうしよう。ともかく鎮静化を狙ってみるか。
「安心してください。勘違いするまでもなく、名前を知ってしまうのも厄ネタっぽいので名乗らなくて結構です」
「や、厄ネタ……」
むしろ南雲も合わせて、厄ネタ寿司コンビといっても過言ではない。上手く会話にならないから尚更だ。
「ですので、このまま解散、もしくは開戦といきましょう。選択次第ですが、どちらも「えんがちょ」ってやつに変換可能です」
「~~~っ! なにこの……モニョってるような、プライドが傷ついたような新感覚!!
私は朝比奈なずなだからね!? 次からはちゃんと敬意を持って朝比奈先輩と」
この人は、朝比奈なずなさんというらしい。
……だが、奇々怪々な女子との会話にはそろそろ付いていけなくなってきた。関わりたくないからわざわざ明言したのに、名乗ってきたのだ。なんと天の邪鬼な女子であることか。
そっちがその気なら、失礼だけど遮って帰ってしまおう。南雲が戻って来る事があれば、また来ることにすればいい。
「朝比奈さんッスね。それじゃ僕はこれで」
「普通に去ろうとするなっ!!!」
「アッハイ」
その為に逃げの一手を打とうとしたら、ついには怒らせてしまったようだ。更には、僕を乗せている3人が動きを止めてしまったので、去ることもできない。
だが、おかしい。僕はただ一旦帰ろうとしただけなのだが。
それからは双方の馬役達に呆れた空気を醸されつつ、目を吊り上げた朝比奈さんに怒られる時間が始まった。当然、始まると想定していた第二局面は、僕が朝比奈さんに怒られている間に過ぎ去っていった。
騎馬戦の最中で敵同士だというのに、どうしてこうなったのだろうか。
僕は対一之瀬・対学用の精神逸らし法を起動させながら、思考に耽る事にした。
ダンニングクルーガー効果というものがある。
認知バイアスの一説であり、能力が低い者が変に自信を持ったり、能力が高い者が低く自己評価するといった経験の過程で起きる効果だ。
この説は基本的に何段階かに分類され、第一の「馬鹿の山」、第二の「絶望の谷」、第三の「啓蒙の坂」、第四の「継続の大地」と続いていく。
馬鹿の山は、少し知恵を得て自信に満ちている状態。
絶望の谷は、現実を受け止めて視界が広がりその広さ・深さに絶望している状態。
啓蒙の坂は、成長を実感して再び自信を持ち始める状態。
継続の大地は、成熟して完成形に近づき正確な自己評価ができる状態。
経験上、学生の時分には大抵は第一か第二、行っても第三の前後くらいまでの奴しかいない認識だった。なんなら大人になっても第三以降に到達しない奴も普通にたくさんいる。
事実、僕が見てきた四方や愛里、早苗、鬼龍院先輩でも絶望の谷を乗り越えたかな?ってあたりにいる。自己分析すれば上振れした僕自身もここに含まれるだろう。
例外は二人で、言わずもがな清隆と高円寺である。
どういう経験をしてきたのか高円寺だけは、第四の継続の大地をひたすら邁進している。この年齢で能力面でも隙がなく、成長速度も衰えないある意味で完成された精神性と言えるだろう。
もう1人の例外である清隆は、高円寺とは別の意味で一線を画している。
なんせ能力値に反して、第一の馬鹿の山にすら到達していない。普通に成長していれば、たとえ子供1人で限られた環境かつ大人以外と接触がなかったとしても、馬鹿の山の手前には辿り着く。褒められたり、叱られたりするからだ。
……なに? 清隆って桁外れの箱入り息子なの? それとも、どこかに長年監禁でもされてたの? そんで暇だったからひたすら勉強やら修行やらしてて、いつの間にか能力だけ同年代のレベルを超越してた、なんてラノベのラスボスみたいな設定でも盛り込まれてるの? アホか。
とまぁ、そんな馬鹿げた妄想をしたくなるくらいには不自然極まりない奴だ。権力者の父親が執拗に狙っている事実を知ってると、この妄想もあながち間違ってないんじゃないかと思えてしまうから始末が悪い。
ただまぁ、なんだ……。
『オレも仲間に入れてくれ』
そんなデフォルトで不自然&不審な清隆からこれに近い言葉か発想を引き出すのが、夏のゲーム勝負で僕に勝っておきながら、1人だけ何も求めていない清隆への景品だったりする。
有り体に言えば、馬鹿の山や絶望の谷の後付け仮想体験だ。その為の清隆にも匹敵すると思われる四方VS高円寺を、間近で見られる参加型特等席へのご招待だ。
妄想が全て妄想じゃなければ。僕や愛里、椎名のようなボッチ体質を持っているなら。これはきっと清隆が一皮剥けるための初級“教科書”になってくれるはず。景品を勝手に教科書なんてモノにするナンセンスは勿論、考えない。
いや真面目にいうと、清隆には欲があまり見えなくてな。四方と高円寺が勝負を楽しむついでで、高円寺に乗りこなされる労力もあるので勝手な話だとは思うが。
ともあれ、だったらその欲が生まれるようなお膳立ては景品になるかな、と。更に追加で、対抗心や本気で楽しむ気持ちも生まれれば、これからは多少気楽になるかもしれない。
清隆が何を求めているか結構頑張って頭を捻ったがどうだろう?
ちなみに他の景品だが、四方は飯奢り(プールでのバレー対決後)、早苗は信仰集めを手伝う(最初は僕の入信だったが)、ってことで片付いている。どっちも言われなくてもやるつもりだったので、コイツらはコイツらで欲がないと思ったものだ。
だからというわけでもないが、「何がいい?」「なんでもいい」の常時倦怠期な風を吹かす清隆への景品もこれで決まりにした。
違うモノが良くてももう遅い。
何度かそれとなく聞いたのに、2ヶ月近く言ってこない清隆が悪いのだ。喚び出された神龍だって、こんなに待たされたら適当な願いを叶え、ドラゴンなボールに戻って飛散していることだろう。
「おっと、危なっ」
「……話を聞いてないかと思えば、警戒はしてたのね」
「ふむ。昼飯はなんだろうか? ああ、早く終わらないかなぁ」
「この子、ホントに……!」
それにしても油断も隙もない。
考え事をしていた僕の鉢巻を、朝比奈さんが取ろうとしてきた。勘が働かなかったら鉢巻を取られていたところだ。
まぁ朝比奈さんは大魔王じゃないから、逃げる事も可能といえば可能。でも、それはそれで先を読んでいくと微妙な気がする。
苦手意識を横に置いて、いっそ倒してしまう手もある。ただ男女差があるからできなくはないと思うけど、それは明確な悪手だ。上級生とはいえ、十中八九有名な女子を性差の力ずくで倒すのは美しくない。話に付き合うのも同様に。
南雲も、僕にとってまさに産廃と言っても過言でない人物を置いていったものである。
……マジでどうしよう。
しかたないので、これは他で状況が変化するのを待つしかないか。と、僕は思考に潜ることから、全体を広く見ることにシフトした。情けないけど、今はそれしかできないので……。
天才。ギフテッド。傑物。
言い方は何でもいいが、夢月は俺も含めた仲間達に対してよくこう言っているので、俺もそれに倣おうと思う。天才、と。
そしてその仲間内でも、時々煽るように完璧とすら称賛する男がいる。
高円寺六助。
夢月から見た天才達は、誰だろうと弱点と呼べるものが存在するらしい。
清隆しかり。東風谷しかり。佐倉しかり。鬼龍院先輩しかり。
勿論、いまだに天才と言われるには抵抗を感じる俺自身も。
しかしたった一人、他者から見て欠点こそあるものの、弱点が非常に小さな穴にしか見えないらしい高円寺だけはどうも違うようだ。
対峙している最中に失望…興味を失せさせる、もしくは外堀を埋めるように支えを外す。
内容や目的がなんであれ、この二つの道しか『僕には』勝ちの目がない、と断言していた。
その上で、自分のような小細工を使わず、正面から高円寺を打ち破ってやってくれないか。と、頼んできた。
多分……いや。もしも本気でやる気になってたら、数少ない高円寺の基準を満たす清隆を引き入れて『遊び』に来てくれるから、それに少しでも応えたい。僕じゃ力不足なのは向こうも承知の上だし、そうなると勝負になるのは四方くらいなんだ、と。
……まったく口が上手い『相棒』だ。
丸投げされる予想はしていたのに、投げられて思わず嬉しくなってしまった。
特に俺が勝つと信じ、高円寺や清隆に加えて『俺の』やる気をも引き出そうとしてる心遣いに……。
集中力を出来るだけ全開にして、高円寺の凄まじい手さばきをいなす。
棒倒しの時に受けた助言は、コイツ対策の一つだったのだろう。浅くでもコツを掴んでおいてよかった。
他が付いてこられていない相手の馬はほとんど清隆一人でフォローしつつ、こちらの神崎達にも対処を忘れない。
わかってはいたが、この二人が相手だと防戦一方だ。
練習はしたが慣れきっていない騎馬上である為、どうしても姿勢に注意を割かれて攻撃に集中しきれない。
「ほう。流石にテイルマンといったところか。手加減でもしようものなら私でも危ういかもねぇ」
「はぁ…はぁ。高円寺こそ大したものだな。練習もしてなかったと聞いてたんだが」
それでも僅かな隙を見つけて攻勢に出ると、俺の手が高円寺の鉢巻に届いた次の瞬間。不安定な騎馬上であるにも関わらず、高円寺は信じられないボディコントロールで体勢を引き戻し、唐突に動きを止めて軽く周囲を見渡して独りごちた。
俺は息が切れるくらいに疲労感があるが、高円寺はいまだ余裕が見てとれる。少しでも会話中に回復しておかないと。
「私は常にパーフェクトな存在だからね。必要な時にはできるようになっているから問題ないのだよ」
「また夢月みたいなことを……。似ても似つかないのに、変な部分が似てるよな、お前ら」
「ふむ。そうか。夢月がねぇ」
俺に言わせると、夢月は凡人のような奇人で、高円寺は奇人のような天才だ。奇人であり変人でもある清隆と合わせて、三者に似通う部分が出てくるのも当然だろう。
全員上手く皮をかぶれていない点を含めて。
「Hmm……。それにしても、素晴らしい」
これである。
集中していたのでどれくらいやりあっていたかは曖昧だが、かろうじて一矢を報いたところでこの台詞だ。
話の筋をまったく考えていないような。自分にのみしているかのような。他に通じない独白染みた語りは三人…東風谷含めて四人共通といえよう。
「開花していくガール。気づかれないプレゼントを理解しないまま楽しむボーイ。レッドヘアー君やサウスクラウドボーイをも変えていく在り方」
歌うように俺と清隆を交互に見て話し始める高円寺。
内容がわかりはするもののはっきりしない主語も、全ての終着点は夢月を指していることはわかる。
「どれくらい気づいているかね? テイルマン、綾小路ボーイ」
「……何をだ」
「まぁ、気づいていようがいまいが私にはあまり関係ないが」
「高円寺……?」
「ふっ。なんにせよ、なかなかの余興だったよ。この私の期待に応えた事は誇るといい。いや、期待以上だった、と『彼』にも伝えておいてくれたまえ」
しかし完璧な天才はどこまでもマイペースだった。
「待て! 高円───っ!!」
『ソレ』に気づいた清隆が声を上げようとした時にはすでに遅く───高円寺は自ら騎馬を降りていたのだ。
「さて、そろそろフィナーレだ。テイルマンがそこにいなければ、画竜点睛を欠くというもの。私からの返礼は、一輪の華ということだね」
「高円寺、お前……! 自分から」
「それの何が問題かね? これは私が認めた友へのささやかな贈り物だよ。では諸君、アデュー」
清隆の後ろにいた騎馬の一人がそう言うが、高円寺はどこ吹く風とばかりに軽く流した。普段なら無視するだろうから、機嫌が良いらしいことしか俺にはわからない。
そのまま高円寺は自分の鉢巻を外して、思わぬ決着に絶句している俺へ手渡し、余裕綽々な態度を崩さないまま優雅に去っていく。
それを呆然と見送る清隆、と後ろの騎馬二人。
おそらく俺やこの場にいる者はみんな同じ気持ちだろう。
…………夢月。東風谷や鬼龍院先輩、龍園もそうだったが、この我の強い自由人をどうやって動かしたんだ。本人以外の誰にも制御可能に思えないのだが。
認識したくないことに、夢月と高円寺以外にもう1人、制御不能な…常識の範疇からはみ出しているヤツがいる。
「アハッ、アハハハハッ!!!」
ロアナプラ在住でも違和感のない東風谷早苗である。
グラウンド中央付近から聞こえてきた狂笑で、高円寺ショックから我に返ることができたのは幸いだけど……だけど。……こういう時はどんな顔をすればいいんだろうな?
「強いっ! やりますね、生徒会長! 楽しい! 楽しいですよ!? とっても!! いつ以来でしょうか、こんなテンションになったのは! 流石は夢月さんが認めた人ですねっ!!?」
「くっ、なんなんだ。本当に1年の女子なのか? これだけ動いても、体力の底が見えん……!」
笑えばいいと思うよ、とか想像上の友人なら言いそうに思えども───これはもう……無言になるしかない。
嗚呼……東風谷がタガを外すところは、無人島で一度見ていたというのに……。
「「……」」
夢月から聞いてはいた。これが東風谷の神社の高品質な勧誘材料を得るためだってことは。
「ふふっ、うふははははっ! さあさあ、まだまだいきますよーー!!」
だが、東風谷が開幕当初からずっとこの調子だったとすれば。
こんなアッパーなテンションを全校生徒に見せつけて。
仮に生徒会長を倒したとて、信者など増やせるのだろうか? よしんば増えたとして、これで集まってきた奴らは頭のネジがぶっ飛んだ奴しかいないのではなかろうか?
もはや東風谷は、そんな根本的な事すら忘れ去っているようにしか見えないのだが。
「その…なんだ。あっちは大丈夫そうだな」
「別の意味で大丈夫じゃないけどな」
断片的にしか事情を知らないだろう神崎が、言いにくそうにフォローを入れる。でもこれが計算通りなわけがないことは、誰の目にも明らかだ。
なんせよく見れば、東風谷の周囲には鬼龍院先輩が残っているくらいで、居るはずの白組2年や赤組3年が軒並み存在しない。いつぞやのように、ポッカリと空間が開いている。
巻き添えでも食らったのか、鬼龍院先輩に蹴散らされたのか。はたまた対消滅してしまったのか。それはわからないが、グラウンドをぺんぺん草も生えないような荒野にするほどのバーサーカーが暴れまわった印象を受けた。
勿論、それを抑えているのは歴代最高と名高い生徒会長である。
……これ、生徒会長が英雄みたいに讃えられる結果が妥当なのでは? 俺は訝しんだ。
なぜなら狂気すら感じられるイカれた笑いが鳴り止まない。ノリにノッたテンションに酔うように、東風谷はイカれた笑い声を遺憾なく響かせ、凄まじい勢いと身のこなしで生徒会長を攻め立てている。
鬼龍院先輩でさえいつもの余裕な態度ではなく、冷や汗を流しているように見えるのは気のせいなんだろうか?
いや、常識に囚われるのはマズい。
高円寺や清隆もそうだったが、夢月の仲間の必須条件は全てを受け入れること。
納得いかなくても、わけがわからなくとも、どんな結果でもまず受け入れる精神が肝要なのだ。
「ふは、ふふふぁっ! あぁ~~はっはははははっ!!!」
そう。それがたとえ、どんなに残酷な有り様だったとしても全て諦めて……。
俺も含めた騎馬4人は心を一つにして、中央から目を逸らした。
否応なしに聞こえてくる狂ったような笑い声も、意識してシャットアウトする。夢月も時々言っていたが、邪悪という表現は櫛田の専売特許ではなかったようだ。
これ以上は、偏向報道の受動視聴のごとき精神汚染の恐れがある。せめて目を向けないのが無難な対処法だろう。
そうしてグラウンドで最も目立つ場所以外に目をやると、いつの間にかほとんど脱落していたようだ。
1年は白組の一之瀬と龍園、それとたしか伊吹というCクラスの女子の騎馬で3騎。向こうは男子の葛城・戸塚、橋本、女子の神室、唯一のDクラス騎馬の松下(だったか?)で4騎。
そして赤組は今まさに櫛田が一之瀬に道を塞がれて、真鍋の騎馬に背後からぶつかられて両者落ち、足を潰された柴田が戸塚と橋本に挟まれて鉢巻を取られたところだった。
櫛田に対してラフプレイ染みていたためか、柴田を落とされたためか、連戦で松下と当たることになったためか、遠目に見える一之瀬の表情は険しい。しかし夢月と東風谷(俺は高円寺と当たっていたのでノーカン)のぶん数で劣っていたのに、ここまで持ち堪え、ほぼイーブンにしたのだから大したものである。
他は東風谷と生徒会長、鬼龍院先輩を除くと、上級生も激しくぶつかり合っていたはずだが、残りは南雲副会長と上級生男子の合わせて2騎だけ……?
いや、違う! 南雲と1騎が向かう先。プールの時、敵の中にいた女子の先輩が残っている! 何故か隣りでシレッと「僕は赤組だよ? 何か問題でも?」みたいな顔している夢月と一緒に……!
「どうなっているんだ」
「あんな場所でなにをやってるんだ、左京は!」
俺の騎馬もそれに気づいて声を上げる。ただ敵陣に1騎で乗り込んで、普通に生き残っているあたりに変な笑いがこみ上げてくる。
と、でも流石に助けが欲しそうな状況か。他は必要ないみたいだし、俺達が参戦するならあそこか。
「……あー。多分、目標にしてた南雲先輩が夢月の挑発に乗らなかったんじゃないか? それがどうして敵地の最深部でああなってるかはわからんが、高円寺が言ってたのはおそらくこのことだと思う。疲れてるところ悪いが、急いで向かってやってくれ。東風谷や一之瀬より孤立してる夢月の方がヤバそうだ」
投げ出したと言っても、夢月は今でも総大将のままだ。
友達であることを差し引いても、助けに行かないわけにはいかないだろう。というか、俺が行きたい。
卑怯と言われようが、情けなく見えようが。
口八丁してでも、生き汚く足掻きまくってでも、逃げ隠れしてでも―――そして危なくなったら助けを呼んでくれるのが、最も手助けしやすい。その上で勝てるならこの上ない。
それが夢月の考える総大将の最適解なのだろう。
―――やっぱりお前は『その器』だよ。
だから不思議と納得がいった。
常識に囚われないくせに、一度その気になったら常識も非常識も……何を使ってでも中心へと突っ走り、道を創る奴だ。
そんな奴だからこそ、色んな奴や運を吸い寄せてしまうのかもしれない。
開けっ広げな性格に反して、物凄く厄介で難解な点も多々あるのが、この友人が一般受けせず、素直に人気が出ない原因だろうがそれでも……。
わかりにくかったかもしれないので少し解説。
夢月の目標は主に4つです。
1、南雲の打倒(総大将の責任果たす最短経路な為と夢月をそうした元凶の撃破)
2、堀北学VS東風谷早苗の支援(守矢神社の布教の手伝い、ゲーム勝負の景品の延長)
3、四方、清隆、高円寺が気兼ねなく遊べる場の演出(借りがある友達への返礼+景品)
4、『本気で』楽しむこと
橘書記云々に関しては、橘への恩はありますが、本来『正面突破』のあの部分は騎馬戦後の釘刺しでした。
そうできなかったのは、夢月と共に南雲に当たるつもりだった四方を高円寺・清隆に当てる必要があったからであり、なにより前提がいくつか変わった為。また南雲を引き付けてるうちに、状況が変化した四方他や味方の3年生が南雲側の騎馬を押しきる次善策に賭けていた意図(低い可能性ですが)もあります。
なので、もし南雲が問答無用で落としにきていた場合、夢月はギリギリまで逃げ回ることになったでしょう。意味は変わりますが、これが今話冒頭の朝比奈だったとしてもだいたい同じような事になりますが。