ようキャ   作:麿は星

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 最初に言っておきます。
 めっちゃ難産だった。
 だからってわけじゃないけど、この堀北鈴音さんは微妙におかしいかもです。許してください。これも全ては廃スペックなくせに暗躍を趣味にしてるような原作主人公のせいなんです(責任転嫁)。



P、堀北鈴音

 

 髪を切ったのは、私なりのケジメだった。

 

 騎馬戦で兄さんと堂々と渡り合っていた『彼女』は、生半可な相手ではないと確信して冷静でいられなくなったのだ。何度か危ない場面もあり、兄さんの『理想の妹』を目指す…有り体に言えば劣化コピーにしかなれない私には到底届かない領域。天才とは、きっと兄さんや東風谷さんのような存在を指すのだろう。

 目指していた到達点で楽しそうに戦う東風谷さんは、私にとってそれほど衝撃的だった。

 

 まして兄さんと立場が近い南雲という先輩とも違う点がある。

 東風谷さんが、私と同学年の同性である点だ。実際、玉入れという女子限定の競技でも見せつけられた。

 一之瀬さんだけならここまで圧倒されなかっただろうが、またもや立ち塞がるのは東風谷早苗。変態的な挙動でこぼれ玉を入れ、全学年で2位を引き離す勝利に導いていた。

 

 兄さんに辿り着くのに、兄さんが苦戦する相手とこれから競い続けなくてはならない。おそらく女子の中でも屈指どころか、この学校…いえ、同世代全体を見回しても明らかに図抜けている彼女を相手に……。

 

 兄さんの助けになりたかった。実力が不足しているのを承知の上で、駆けつけたかった。

 そして、どうしようもなく認めてもらいたかった。

 しかしそれさえも叶わない。

 綾小路君も言及していたが、隙を晒してしまった事で、龍園君に考えが到っていなかった部分を突かれて、結果的に私自身が騎馬戦に欠場していたからだ。

 

 無人島から…それよりも以前から、私は自分にも兄さんにも無様を晒してばかりいる。やる気が空回りして、クラスに協力する気のない綾小路君や高円寺君の方がずっと貢献しているのも知っている。突き放されるのも当然なのかもしれない。

 

 でも───このままでは駄目だ!

 

 そう思い到って、私は変わろうと決意した。

……いいえ、違う。私らしくありのままの私に“戻る”ことにした。そうしなければ、東風谷さんや綾小路君に……左京君にさえ届かない気がしていた。

 

 正直、大した実力もない左京君が、何故私が認めてほしいと希求する孤高の兄さんと友人になれたのか。同じクラスの東風谷さん達はまだしも、高円寺君や綾小路君、佐倉さんにまで信頼されているかわからない。

 ただ───。

 

 

 

 時は玉入れが終わった直後のこと。

 

「気づいていないのか」

 

 綾小路君と交わした会話が想起される。

 

「このまま手を打たなければ、お前はどうあっても勝てなくなるぞ」

「いきなりなに?」

「……夢月にその気はないと確信を持って言えるが、結果的にそうなると言っているんだ」

 

 それは曖昧ながらも僅かな言葉の妙だった。

 勝てないではなく、勝てなくなる。体育祭だけではなく、これから……と。そう聞こえた。

 

「堀北。お前は、お前だけの武器を手に入れる機会を捨てるつもりか?」

 

 勿論、よくわからない綾小路君のことだから、また私を利用しようとしているのかもしれない。

 はっきり言って信用などできないし、普段から胡散臭い。自分の実力を隠すために、私を隠れ蓑にしてくる不審人物には当然の評価だろう。

 それでもあの異様な光景を作り出した左京君に対しては、7月以前から一貫してずっと警告していた。

 

「アイツは龍園と違って攻撃性もないし、単独の実力もせいぜい優秀止まりだ。だから龍園や東風谷に注意が行ってしまうのはわかる。

 で、オレは前に視野が狭いとお前に言ったな」

「言われたわね。とても失礼だったからよく覚えているわ」

「そこまで言うのなら、須藤や櫛田のことはきちんと見えているんだろうな」

「須藤君…それに櫛田さん?……さっきから何が言いたいのかしら」

「櫛田はピースがまだ足りないからしかたない面もあるが、須藤をしっかり繋ぎ止めておかないと取り返しがつかなくなるのは見えているか? すでに信頼すら獲得しつつある須藤は、『お前が』勝つための強力な武器になり得るんだぞ」

 

 相変わらず唐突にわかりにくい事を言う。Aクラスになるには須藤君が重要と……。いえ、待って。

 

「それは須藤君や櫛田さんから情報を抜かれるという意味? なら櫛田さんはともかく、須藤君よりも佐倉さんを注視した方がBクラス相手には」

「違う、そうじゃない。夢月や東風谷にAクラス昇格と佐倉を天秤にかけさせたら確実に佐倉を取るだろうし、むしろあの連中はそうさせないように、または佐倉が実力を発揮できるように動く。そうでなくとも佐倉を利用することはしないと断言できる」

「……断言できる、ね」

 

 船上試験の最終日に見た宴会が脳裏をよぎって、その言葉に説得力を生み出す。

 確かに素晴らしい演奏を披露した東風谷さんや四方君、高円寺君の相手をするのに、佐倉さんを引き入れておきながら、あの雰囲気の中で最も厳しい歌い出しを独力で乗りきった。

 おそらく佐倉さんを気遣って。珍しく自分から手助けを申し出た綾小路君の力も借りずに。

 

「そして、これは須藤や櫛田であっても同じだ。スパイや裏切り行為はおろか敵意すらなく、信頼を使ってくる相手だからこそ逆に難敵なんだ。あそこまで変型させた正攻法は、あまり類を見ないからな」

「信頼……一之瀬さんのように、ということ?」

「一之瀬は…あれこそが真っ当な正攻法を使ってくる相手だろう。だが、夢月はまずクラス競争や大多数には、周囲の状況に動かされることはあっても積極的に関わろうとしない奴だ。ただ夢月が大事にしているモノに手を出した場合、最短最速で根源に辿り着くぞ。

 あとこれも忠告しておく。夢月を龍園と混同すると、痛い目を見た時には全て手遅れになっているだろう」

「6月のあの時のように?」

「ああ。しかもその時のアイツには容赦が最低限しかない」

 

 あれ以降も左京君は度々話題に上がっていたが、Dクラスにおいてはやはり全員の前で須藤君と殴り合い───だというのに須藤君を無視して、これまた突然現れた龍園君と話を着けた一件の衝撃が大きい。

 思えば、兄さんや教師達の前で堂々とすっとぼけて自分を殴った須藤君を庇い、自分ごと短期停学という落とし処に持っていったやり方。それに停学中、須藤君の粗暴さが少し薄まり、思慮を巡らせるように、兄さん経由でバスケ部の顧問に諭してもらえるよう頼んでいたとも須藤君から聞いた。

 

「偽善というわけでも、甘いというわけでもないのね。それにしては須藤君への対応に違和感があったけども」

「あの時は、櫛田やオレとの約束があったからだ。須藤の冤罪をなんとかするというな」

「なるほど、それで……。お人好しという風にも見えるけども、なんというかわからないわね」

「大抵は警戒するのも馬鹿らしいほど、ちゃらんぽらんでお気楽なんだ。それでもいざという時の夢月は、二面性すら疑うほどに凄まじい」

 

 戦うべき時には躊躇わない点以外、一之瀬さんや龍園君とは明らかに相違があるのは私にもわかる。綾小路君は個人的に親しくしているぶん、より深くまで知っているのだろう。

 

「もう一つ、夢月と東風谷の会話で気になった話があるから例を出す。恋人ガチャの比較的暇があった初期頃だから、だいたい6月の中旬くらいの話か」

「そんな前のこと……」

「たしか……どうして宗教はイメージが悪いんでしょう、とか東風谷が言い出したのが発端だったと思う」

「それの何が関係するの」

「焦るな。源泉は謎だらけだが、夢月の発想を知る取っ掛かりにはなる。試しに聞いてみるが、堀北はどうしてだと考える?」

 

 おもむろに雑談のような質問をしてくる綾小路君。

 意図は掴めないが、無駄なことな気はしないので一応真剣に考えてみる。

 

「……胡散臭く、危険な印象を感じる…からかしら」

「そうだな。凶悪事件を起こした宗教団体や迷惑な勧誘活動もあると聞く。歴史や海外に目を向ければ、テロや戦争に深く関係しているのもあるだろう。そんなところから悪いイメージが広がったんだろうな」

 

 それにしても、最初の方だけで途中から東風谷さんも外に置いている事に、綾小路君は気づいているのだろうか?

 

「オレや櫛田も含めたその場にいた者は、そこで止まっていたんだ。しかし夢月は思いもよらない部分から繋げてきた」

「繋げて? 話の流れを考えるとクラス競争の事に?」

「当たらずとも遠からずだな。結論を言えば、学校全体に対してだ」

「…………どう繋がってくるのかさっぱりね」

「オレ達もそうだったさ。景気の良いビックマウスだと、この約2ヶ月後まで"ほぼ”疑ってなかった」

「6月から2ヶ月……それは夏休みの特別試験の事を言っているの」

「特別試験は直接関係ない。話を戻すぞ。

 夢月は一般的に日本で宗教の印象が悪いのは、原理主義を取り入れた大手の各宗教が原因じゃないか、と言っていた」

 

 原理、主義?

 

「詳しくは長くなるから割愛するが、要するに自分達のやることは全て神に選ばれた正義、みたいな考えになっていく解釈でおおよそ合っているだろう。

 イスラム教もキリスト教も、本来は多神教のおおらかな宗教だ。夢月が言っていたが、明治時代の日本を訪れたイスラム教徒は、当時の日本が自分達と似た多神教だからと布教せずに帰った記録が残っているようだな。そういう知識があれば、一理あるように感じるかもしれない。

 要は一神教に変わった事が理由か、原理主義が行き過ぎたりするのが理由か、厳しい決まりができたり外への攻撃性が上がったりするのが嫌遠される原因じゃないか、ということだ。

 そろそろピンときたか?」

「…………つまり何が言いたいの」

 

 いつもより長めで意味ありげではあるが、あまりにも回りくどい。上から目線で教え諭そうとしておきながら、肝心な部分だけを私に答えさせようとしてくる。

 

「特に何も? ともかく、これを確信犯でやっているのが世界最強の国家群だ。自分の圧倒的優位性を確保してから、自由という弱肉強食を他者に押し付ける。『自分達は正しい』という欺瞞を暴く真実を恐れながらな。

 ところで、どこかで似た話を聞いたと思わないか?」

 

 無人島初日に左京君がした発言が近い、とすぐに思い至る。

 しかし、この固有名詞を私の口から出させる事に意味はあるの?

 

「……高度育成高等学校」

「そう。夢月から見るこの学校は『実力原理主義』の宗教染みた性質を持つらしい。そこに風穴を開けてやると宣言して───どんな方法か夢月は有言実行したんだ」

 

 そこで綾小路君は気持ちを鎮めるためか一呼吸を入れ、いつにない熱を放ちながら続ける。

 

「信じられるか? たった数ヶ月の期間で。学生がゼロから始めて。協力者はいたかもしれないが、最初はたった一人で。しかも学校生活や試験、バイトに商売、ゲーム制作まで同時進行で。しかも」

「な、それは……」

「いや、これはいいか。ともかくオレは旅行後に学校から通知メールが来るまで、本人に軽く説明を受けていたにも関わらず、信じられなかった」

「……当たり前よ。私は聞いて知った今でも信じられないわ」

「しかし現状は夢月が成し遂げた実績を証明している。なによりも興味深いのは、きちんと聞けばだいたいは答える裏のなさなのに、全て終わってからようやく外側の理解が追い付いてくる実行力と計画性だ」

「……」

「前にも言ったが、こんな奴が実績もない無能な愚か者なのか? 学業を努力していない…努力を嫌ってる事実だけで、無能と決めつけ見切りを付けるのは視野が狭いと言えるんじゃないか。

───お前はもっと危機感を持った方がいい」

 

 あまりの珍しい物言いに言い返せなかった。

 

「夢月を相手にするのに、須藤という運動系のエースに不純物が混ざったら、今後は勝ち負けどころか勝負の舞台にも立てなくなるぞ。オレも傍観したかったが、おそらく夢月相手の猶予はあと僅かだ。それに少しでも対処するには、須藤に体育祭のリーダーを成し遂げてもらった上で、きっちり繋ぎ止めておくしかない」

 

 というか、彼らしくないようにも感じる。綾小路君は不自然な事なかれ主義を自称していたのに、私にここまであからさまな言葉を投げかけるタイプだっただろうか?

 

「なんにせよ、ここから推測できる夢月の最終目的は…ぶふっ、すまん。砂が口に入った」

「……?」

「さ、最終目的は、クラス間の競争はそのままに、他クラスや学年を敵として見ないように認識を変える事だろう」

 

 何か怪しいわね。

 綾小路君に関しては、半信半疑くらいがちょうどいいのかもしれない。

 

「一つ聞いていい?」

「なんだ」

「綾小路君は左京君の友達なんでしょう? どうして彼にとって不利な事を私に吹き込むの?」

「吹き込むとは人聞きが悪いな。間違ってはいないが」

「間違ってないならいいじゃない。それで何故?」

「…………このままだと、堀北は舞台に立つことすら不可能になるのがもったいないと思っていたのもあるが。

 なによりオレを倒すと明言した上で、正面からそれを実行して実現しているからだ。それも何度もな。夢月に勝つ気のない勝負なら勝ち星も拾えているが、一度くらいは本気のアイツにギャフンと言わせたい」

「ギャフンって───っ! いえ、貴方が……?」

 

 底がしれない綾小路君の本気を引き出した上で倒した? あの凡庸にしか見えない左京君が? いったい何がどうなってそうなるの。

 

「アイツには、オレを本気にさせるナニかがあるといえばいいか。実力とはなんなのかという問いの答えをくれそうというか……。

 まだオレも考えが纏まってないから暫定だが、正体不明の『実力者』を相手にするなら、味方である堀北の分水領を放置するのは悪手だろ?」

 

 綾小路君も計りかねているのだろう。独白するかのようなそれからは、いつにない彼の“感情”が見えた気がした。

 

 

 

……まさかこの会話の直後の障害物競走から、身をもって彼らに苛つかせられ続けることになろうとは、私の明晰な頭脳を持ってしても予測できなかったが。

 

 それでも障害物競争の時はまだ我慢できた。

 龍園君の汚い策略(推測)で足を挫いてしまったものの、応急措置が早く的確だった為に午後には回復する見込みとの事だったからだ。即座に応急措置に駆けつけてきた左京君と東風谷さんには、感謝と不愉快を同時に感じた。

 

 感謝は、あまりにも行動が早すぎて木下さんや龍園君の仕掛けが垣間見えた事に。

 不愉快は、あまりにも行動が早すぎて私も木下さんも口を出す暇もなかった事に。

 総合的に考えれば、助けられたともいえる。綾小路君も言っていたし、以前も似たような事があったが、本当に私は敵としてすら見られていないらしい。

 

 騎馬戦では、欠場した私の交代要員で松下さんが出場。

 数少ない兄さんと共闘できる機会を逃すのは残念だったが、保険医の星之宮先生に木下さん共々見張られていてはどうしようもない。

 競技開始直後に、グラウンドにいる東風谷さんに鼻で笑われても、歯を食いしばる事しかできないのだ(錯覚)。

 

≪早苗にあらぬ風評被害が!≫

 

 楽しそうに兄さんと戯れる姿に苛つき、タイムアップと同時に握手などという無礼を働いた東風谷さんには殺意すら湧く。

 それでもまだっ……! まだ、ここまでは! お見舞いに来た須藤君が荒ぶっているのを宥める冷静さが私に残っていた。

 ちょっと本気で潰す方法がないか真剣に考えたりもしたが、最終的に手軽に実現可能な散髪を殺意の波動に駆られてついやってしまう着地ができた。せっかく兄さんのために伸ばしていたというのに……。

 

 ともあれ、散髪を終えて戻り、左京君が何故かいたので決意表明を打ち出し───綾小路君が笑い出したところまでは、私も冷静さを保っていたのだ。

 

≪いやー、保ってないでしょ。ちょっと早苗に似てる匂いさせてたから覗いてみたら、一人静かに暴走するタイプかー≫

 

 それが───。

 

 午後最初の借り物競走、第二レース。

 綾小路君に、左京君、橋本君、そして龍園君。綾小路君も含めて各クラスのくせ者揃いの出場者達。

 スタートして、お題の入っている箱に辿り着き全員散開……するかと思えば、何故か綾小路君は棒立ちしたまま動かない。最も遅れ気味だった左京君がお題の箱まで到着して離れても、硬直している。

 

 何をやっているの、とヤジを飛ばされる綾小路君を見ていると、何のお題だったのか左京君が私もいるDクラスの女子が固まっている場所までやってきた。そして軽いやり取りを経て、当然のように佐倉さんを連れて行く。

 しかも理解できないことに、櫛田さんまで敵の左京君を支援して、軽井沢さん達も止めない。それどころか騒々しく盛り上がり出す。

 このままでは、1レースとはいえBクラスが1位になる手助けをしたようなものなのに、状況がわからないのこの人達?

 しかしすでに私が口出しできる段階でもなく、視線をさ迷わせていて……信じられないモノが目に入ってきた。

 

 佐倉さんと左京君がゴールしたと同時にどよめきが上がったかとも思えば、兄さんと龍園君が並んで歩いていたのだ。龍園君のお題の条件を兄さんが満たしていたのだろう。そう推察することは可能だった。

 問題は、かなり遠いが兄さんが横を向いている隙に私の方を見て鼻で笑ってくる龍園君(気のせい)。

 東風谷さんといい、イチイチ私を苛つかせてくれる輩共だ……!

 

 龍園翔……!

 初めてよ、この私をここまでコケにしてくれたお馬鹿さんは……! ぜったいに許さない! なんて羨ましい!! 少しそこ代わりなさい! 貴方にはもったいないわ!

 

 くっ。しかも兄さんは左京君や佐倉さん、綾小路君とまで話している。東風谷さんもそうだったけども、彼らが兄さんに一定程度は認められているのに対し、私は何をやっているの。

 もはや対象が何で、何に対して感情を揺さぶられているのかもわからない。

 櫛田さんが微妙な表情で私を見てきているのは認識していても、そちらに意識をやることさえできない。私のアイデンティティーの危機なのだから当然だろう。兄さん……。

 

 

 

 内心やきもきしていると、須藤君に声をかけられた。

 彼にとっては玉入れ以外で唯一参加しない競技になるからか、切ったばかりの私の髪と午前に負傷した足に視線をやりながらまとわりついてくる。借り物競走は運が勝利の最大要因になる競技の為、Dクラス内ではじゃんけんで参加者を決定したからだ。

 

「す、鈴音? 大丈夫か? さっきからいつになく百面相してるぞ?」

 

 須藤君は何を言っているのか。私が冷静である以上、そのような無様を晒すわけがない。

 それに隙でも見えたのかまた名前を呼んできたので、釘を刺す。

 

「問題ないわ。あと名前で呼ばないでって言ってるでしょう、須藤君」

 

 私の名前は、基本的に兄さんだけに呼ぶのを許されるモノなのだから。

 

「悪い。今ならイケるかって思ったらついな」

「次に呼んだら、賭けも反故にするわよ。気をつけることね」

「お、おう」

 

 見逃さないよう兄さんの方に固定しつつ、的確な対応ができている。

 やはり私は冷静ね。

 ちょっとやそっとでは、欠点も浮かばないほどに完璧だ。あとはAクラスになって兄さんに認められ、お話できるようになれれば……。

 

 その後、借り物競走が順当に進行し、須藤君が四方綱引きに出向く。龍園君や左京君達がいなくなってから、兄さんと楽しそうに話していた裏切り者の綾小路君も戻ってきた。

 綾小路君への意趣返しはいずれするとして、まずは当面の敵に集中するのが堅実だろう。

 

 その為には、障害『物』である龍園君、東風谷さん。ついでに後回しにせざるをえないが綾小路君と左京君もか。

 もう認めるほかない。

 あれらは強敵だと。

 

 私の全身全霊をもってしても、届くかわからない。

 しかし届かせてみせる。

 兄さんと一緒に走れる3学年混合リレーで「鈴音、頑張ったな」の一言をなんとか言わせることで証明しよう。

 あらかじめ髪を切ってケジメをつけ、覚悟も準備も完了済みだ。

 

 苛つきが限界突破したおかげで、ようやく真に決意できた。

 必ず、かの邪智暴虐な者共を駆逐し、兄さんを取り戻してみせる。

 私には仲間や協力はわからぬ。ただ私は完璧な兄さんの妹である。だから兄さんにまとわりつく邪悪には人一倍敏感だった。

 そして今日この時、兄さんに認められる願望と、邪悪な輩共を兄さんの周りから取り除く目的は同率まで登り詰めた。

 

 左京君の演説を何度か聞かされたせいか、いまだに私に影響を及ぼしていたのかもしれない。そのせいで思考までメロス風になってしまったが、流石に私と言うべきか。知的ね。

 低俗な結論で生徒達を煽る左京君より格上なのは間違いないだろう。

 

 さあ、覚悟は良いかしら。

 目に物見せてくれるわ、邪智暴虐な輩共。

 

 

 

 少し後の話だけども……体育祭のこの日。

 私ともあろう者が、終始冷静でなかった事に気づくのは全てが終わり燃え尽きた後だった。

 ええ、真っ白に燃え尽きた後にね。

 





 原作との相違点。
 本来の借り物競走は、居なくなった須藤の代わりに池が出場って流れ(だったはず?)ですが、ようキャでは最初から須藤が出場しないことになってます。ちなみにここにはちょっとした裏もありますが、夢月は関係しないし、大した理由じゃないので割愛。
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