ようキャ   作:麿は星

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12、一手

 

 櫛田と事故った次の日、登校すると心なしか教室内がいつもより騒がしいというか嬉しそうというかで、浮ついているような印象を持った。

 あの事故は、昨日時点ではともかく現在では大事だと思っていないのだが、もしかして深層心理では意外と影響があったりするのだろうか? つまり僕の心持ちのせいで教室の空気がいつもと違うような気がするのかと僅かに考え、四方に探りを入れることにする。

 

「四方、今日なにかあった? どう言えばいいのか教室内の空気というかがおかしい……ような?」

「ああ、たぶんあれじゃないか。先週告知があった水泳」

 

 四方と東風谷に挨拶をした後に濁して聞いてみると、あっさり要因と思われるものを教えてくれた。しかし僕側の理由じゃなくてよかったと安心しながらも、新たな疑問が湧いてくる。

 

「温水プールとはいえ、4月に水泳ってそんなに浮き足立つものか? 僕としてはもう少し後にしてほしかったと思っていたのだが、泳ぐのが好きな奴が多いのか?」

「……水泳自体がどうというより、女子の水着姿が楽しみなんじゃないか?」

「ああ、色欲関係か。言われてみると楽しみな気になってくるな」

 

 確かにこの学校はまだ学生なのに可愛い奴や豊かに実った奴が多い。昨日の櫛田もじろじろ見られたと愚痴っていたし、東風谷や佐倉など僕が話す友達も女として見ればかなりの高レベルだ。

 しかし友人達や櫛田は友人であると同時にイロモノとしても見ているのであんまりエロい気持ちにならないし、一之瀬を筆頭にしたクラスメイトの女子達はそもそも交流がなさ過ぎてほとんど僕の認識外にいる。

 それでも目の前にすればエロいことも考えられるが、現場で現物を目にする前に想像や期待で楽しむ事は盲点だった。

 

「色欲関係ってお前……。それに楽しむ過程もなんかおかしくないか?」

「そうか? でも今は楽しみになってきた気はするし、結果が似たんなら別におかしくてもいいんじゃね」

 

 こうして僕の知見と興味が少し深まったりもしたが、授業が始まるといつもどおりに集中して工程を消化していく日常に変わりはなかった。

 

 

 

 

 

 事前の告知の通り、この日の5・6時限目の体育は水泳だった。

 着替える間、クラスメイト達の話を聞くとはなしに聞いていたが、よほど心待ちにしていたのか更衣室の段階から落ち着かない言動の柴田や、真剣に誰々が可愛いかと情報交換?する奴ら、それを聞いて敵情を察する軍人のような表情でこれまでの体育などを例に挙げて分析や解説を披露する神崎ともう一人など、色んな種類の楽しみ方を確認できたのは面白かった。

 ただ、隣の四方ともども口を開いてなかったせいか、僕達は他の奴らよりもだいぶ早く着替えを終えてしまう。そして野郎共の半裸の只中で棒立ちする趣味はなかったので、四方に声だけかけると手早く着替えた数人に続いて僕と四方は早々に室内プールへと踏み入れた。

 

 

 

「結構広いな。だいたい地元の大きめな温水プールくらいか」

「こういう施設見ると流石に日本有数の高校なんだなって思うよ」

「これを40人程度で使えるんだから豪華だよなぁ」

 

 プールは50mのレーンが10列くらいの広さで、水泳の大会を開くことも可能そうな規模だった。説明会の時はまともに聞いていなかったが、案外この学校の水泳部はここを獲得できる実績を積み重ねている名門なのかもしれない。

 そのまま四方と雑談をしていると、次々とクラスメイトが入ってきては感嘆の声を上げていく。

 ちなみに僕は、人口密度が高くなってくると密やかに隅に移動して、わいわい話しているクラスメイトを眺める位置取りをする習性がある。なぜなら接近する者をいち早く感知できるからだ。今のところあまり例はないが、何者かが来た場合は即座に移動する。

 そして同じような習性を持っていると思われる東風谷も、いつの間にか近くで座ってぼんやりと何かを眺めるのが集団行動時のパターンになってきた。四方は最初こそ僕が消えることに戸惑っていたが、最近では普通に受け入れて今は神崎と話しているようだ。

 

 こういう時の僕は、東風谷と何かを話したり聞いたりするわけでもなく、かといって居心地が悪いわけでもなく、ただ空白を楽しんでいた。

 東風谷がどう思っているのか本当のところは知らないが、嫌だったら離れている性格なのはわかってきたので東風谷も悪くない時間だと思っているのかもしれない。

 しばらく東風谷と二人でボーっと座って待っていると、始業のベルが鳴って先生が入ってきた。

 見るからに体育会系のマッチョな先生で、暑苦しいところもあるが言うことも笑顔もさっぱりしているので僕としては好感の持てる先生の一人だ。

 

「よーしよし。お前ら集合しろ!」

 

 尤も、ことあるごとに外やプールサイドに響き渡りそうな大声を出してビクッとさせることがあるのが玉に瑕だが。

 

「見学者は2人だけか。例年と比べてもかなり少ないな。みんなやる気があるようで先生は嬉しいぞ」

 

 それでも、そう言って浮かべる笑顔には、担任や他教師のような余分なモノを多分に含む不純物があまり感じられない。

 

「まずは準備体操。その後は実力を見るためにも早速泳いでもらう」

「あの~、私、泳げないんですけど」

「なに、心配はいらない。俺が担当するからには、必ず夏までに泳げるようにしてやる。泳げるようになっておけば必ず後で役に立つぞ?」

「うぅ、わかりました。お願いします」

 

 この不自然にも見えるやり取りの後、全員で準備体操をして、50mレーンの最初から最後までを軽く泳いだ。泳げないと言っていた女子も金槌というわけではなかったようで、友達に引っ張ってもらって泳ぎきり先生に一応の合格をもらっていた。

 

 ひとまず全員が泳げることを確認できたのか、先生がプールから上がって来た生徒を再び集めて言い放った。

 

「これから男女別に競争してもらう。1番速かった奴には俺から特別ボーナスで5000ポイント。逆に1番遅かった奴には補習の義務をプレゼントだ」

 

 この競泳のご褒美というべき宣言にスポーツ全般や泳ぎに自信のあると思しき者達から歓声が上がっていたが、僕の脳裏には行き詰まりかけていた問題解決の最後の一手が閃いていた。

 

 

 

「先生!」

 

 まずは可能かの確認と、僕の意思表示だ。

 

「左京か。なにか質問か?」

 

 普段ほとんど発言しない僕だから、先生としても少し戸惑っているのかもしれない。顔と声には珍しいと書いてあるのが僕にも見えた。クラスメイトから見られているのも感じているが、今の僕に止まるという選択肢はない。

 

「質問みたいなモノです。それで、1番速かった人への特別ボーナスなんですが、僕だけ5000PPの代わりに先生に天文部の顧問になっていただく権利が欲しいです!」

「なに? 顧問? いや、しかし先生は既に水泳部の顧問なんだが……」

「顧問といっても名前を貸してもらえるだけで問題ないですし、給料……PPも可能な限り払います。それと運動系と文化系は、生徒だけでなく顧問の掛け持ちも可能だと生徒会長から聞いてます。お願いします! 正直、手詰まりで正式な部とするのは諦めかけてたんですが、できるなら正式な部として発足させたいんです!」

 

 一息に言ってしまったので乱れた息を整え、姿勢を直立させると誠意を持って頭を下げてお願いした。

 

「お願いします!」

 

 しばらく無言の時間が形成されてしまったが、腹芸が得意には見えない先生に理と情を絡めて僕の本気を伝えることができれば十分な勝算があった。

 

「……わかった。1番早ければ顧問になろう」

「ありがとうございます! あと授業止めてしまってすいません!」

 

 これで問題はシンプルに僕が1位になれるかどうかに絞られ―――

 

「先生! 俺も天文部だから左京と同じボーナスでお願いします」

「天文部です。私も左京さんと同じ報酬でお願いしますね」

 

―――ると思っていたが、四方と東風谷も協力してくれるようだ。

僕も意識の隅っこで期待はしていたが、声を上げてくれるとまでは思っていなかった。それも四方と東風谷の両方が、だ。

 

 先生は驚きながらも二人の提案を了承してくれて、この競泳で僕ら3人のうち誰かが1番なら顧問になってくれると確約してくれた。この直後、一人で勝手に行動した事で四方と東風谷から交互に小言を言われる事にはなったが、それでも協力してくれたことには本当に感謝しかできない。

 

 こうして僕と天文部にとっては大事な50m自由形による競泳が開催された。

 

 

 

 

 

 

 

 競泳は男女3回ずつの予選で人数を絞り、予選上位6人で決勝を競う形式のようだ。

 ただ、泳ぎが苦手な生徒には補習する代わりに見学もOKとのこと。男女で数名ほどは、これを聞いて見学に回った。

 一方、僕は四方や東風谷と話すのもそこそこに、数名の男子と飛び込み台の上で待機する為に移動する。

 出番が男子の1組目でこの後すぐだったからだ。

 

 飛び込み台の上に立つ他の者達を尻目に、僕は水に入って背泳ぎに似たスタート姿勢をとる。やったこともない飛込みをぶっつけでやるリスクを負うくらいなら、最初から田舎の爺さんから習った泳ぎだけで勝負したほうが分があると思ったからだ。

 先生に上から忠告された時も問題ないと返し、一人水中でスタートの合図に集中していた。

 

 やがてスタートの合図とともに上を跳び越していく奴らの気配を、僕も全力で壁を蹴り横向きにスタートしながら感じていた。

 飛び込みできない関係上、最初はしかたない。そう割り切って、水を切り裂くように掻き分け、あおり足で姿勢を制御しながら体の捻りも利用して速度を上げていく。

 感覚では中盤を過ぎるころには隣のレーンの奴に追いつき、反対側の奴を抜かすと同時に僕が出せる最高速でラストスパートをかけてゴールまで泳ぎきった。

 

『左京、27秒86』

『源、29秒21』

…………………………

 

「おっし! 何とか最低ラインを超えられた」

「お疲れ様です左京さん。伸泳とは珍しいですね」

 

 僕が予選を突破できたことを喜んでいると、東風谷が声をかけてきた。

 東風谷の言う通り、僕の泳ぎ方は伸泳という古式泳法の一つではあるのだが、それほど一般的ではない。でもクロールやバタフライと違って、加減さえできればかなり楽ができる泳法で速度もまぁまぁ出るので僕は愛用していたりする。何より楽ができるという部分が僕を惹きつけてやまないのだ。

 

「ありがとう。本物の伸泳とは微妙に違うらしいけど、このタイムは田舎の淵で遊んでた成果だな。子供の頃に爺さんから教えて貰っててよかった」

「ああ、やっぱり川遊びで?」

「そうそう。東風谷も知ってるってことは年配の方と遊んだりしてた?」

「ええ。私の場合は近所に湖と小川があったので」

 

 東風谷と田舎トークしていると、遠目に2組目の四方が整列しているのが見えた。

 そして練習で泳いでいたのを観察した中では、このクラス最優の身体能力だろうと目していた柴田やなんか不思議と目に入ってくる神崎も2組目らしい。

 この組には僕のように飛び込み台から降りてスタートする奴はいないようで、全員合図とともにそろってスタートを切った。

 

「……速えぇな。同じ組じゃなくてよかった」

「四方さんがブッチギリで速いですけど、あの2番目の人も結構速いですよ」

「柴田な」

 

 2番目の人……柴田のことだ。僕も人のこと言えないけど、やはり東風谷もまだクラスメイトの名前を覚え切れていないようだ。

 それはそうと、四方がだいぶ距離を離している為に遅いように感じるが、たしかに柴田も僕よりは速いような気がする。

 そんな風に二人で見ていると、すぐに四方がゴールして、しばらく経ってから柴田。この二人は他の生徒がゴールしてプールから出るまで何か話していたが、タイムが発表されると柴田は陽気に去っていき、四方は僕と東風谷が寄ってきているのを気づいていたのかその場から動いていなかった。

 

『四方、24秒15』

『柴田、27秒02』

…………………………

 

 2位の柴田と約3秒、僕と比べれば四捨五入で4秒という圧倒的な差で、普通に考えれば顧問の問題は早くも片付いたかのように見える。

 だが、今の僕は何か不安が湧いてきている。

 四方はこういう時、動かずに僕たちを待ったりするタイプだっただろうか?

 こんなに近くまで来ているのに、僕と東風谷の言葉に手を振り返さない男だったろうか?

 天文部が発足できるなら、僕は活躍できなくてもいい。四方がブッチギリで勝てるならそれで万事OKだ。しかし、このまま四方に頼ることに嫌な予感を覚えて仕方ない。

 

 四方二三矢は、キャットルーキーで集中力が並外れていた人物として描かれていた。

 集中することで敵の弱点や癖を見抜く洞察力を発揮したり、火事場の馬鹿力を任意に引き出し、単身痩躯の肉体でありながらパワーヒッター並みの強打とアベレージヒッターのテクニックを併せ持つ天才。ただ集中したときに力の加減ができないのと、肉体以上の出力を発揮した時に体を壊すリスクもあったはずだ。

 本人かはいまだに不明だが、僕が四方とこれまで接した実感ではそれらの特徴はおおむね間違っていないと思う。

―――それならプロ入り数年前で肉体ができていない四方が無理に全力を出して、体を壊さないなんて楽観的なんじゃなかろうか?

 

 考え込んでいた事に気がつくと、僕は嫌な予感に押されるように四方と僕のタオルを取りに行ってくれた東風谷を捕まえて、ある頼みをしていた。

 

 願わくば杞憂で終わりますように。

 

 僕は、実家近くでいつも逃げ込んでいた小さな神様と、歩いていく東風谷の近くに感じる神様っぽいモノに祈りをささげた。

 

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