ようキャ   作:麿は星

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120、実力至上主義

 

 実力とはなにか。

 

 勉強ができる。運動ができる。文武両道である。専門分野(一芸)がある。策を張り巡らせられる。喧嘩が強い。博打などで運を引き寄せる事ができる。

 なるほど。これらがあれば実力を持っていると、胸を張って言えるかもしれない。

 

 しかしこの学校が言う『実力』とは、主に2本の柱で成り立っているらしい。

 すなわち、人を騙す能力と出し抜く能力だ。

 勿論、一応は学校でもあるので成績も加味されるものの、それだけではおそらく実力者とは見られない。

 

 例を出すなら、当初生徒会に入れなかった一之瀬と葛城である。学や南雲の件も関係してくるので断言はできないが、あの学年トップクラスの善性を持つ優等生2人が拒否されたのは騙し・見抜く、もしくは出し抜く実力を示せなかったからと考えられる。

……なにそれ? 曲がりなりにも高校でなんでそんな能力が重視される? もしかして、ここってスパイ養成学校だった? さとりならぬ騙り世代が学校運営してる? ってなるのも当然だろう。

 

 天才やギフテッドへの扱いでもそうだ。

 一般に多く言われる天才とは、0を1にできる者。1のプラスマイナスを変化させられる者。1を10や100に増幅できる者などだが───断言しよう。

 数字に限らず何らかの事象を増幅できるタイプの天才以外は、この学校ではほぼ認められない。そして僕の知るこのタイプの天才は、学と坂柳さん、挙動不審じゃない場合の清隆だけだ。

 

 それでも学業においては光るモノが見えにくい愛里(テスト勉強から判断すると学力はそこそこ優秀な運動音痴)や、自分から悪目立ちしに行く通常清隆はしかたない面もある。

 だが、少なくとも高円寺は違う。高円寺まで以前にクラスの巻き添えで収入0になったとか、アホかと強く言いたい。四方や早苗だって一歩間違えば危なかった。

 

 団結や協調性とかいう必要としない奴もいるモノの為に、連帯責任の弊害をよりにもよってあれほどあからさまな天才にぶつける実力主義ってなんだよ。

 高円寺や早苗の性質だと、団結の逆に切り捨てに躊躇いがなくなるだろうが。予想通りに退学リスクを極限まで無くしたリストラ試験なんて実施しようものなら、最も醜いと感じた奴を故意に暴発させようとしてもおかしくないぞ。それとも、やる気を失くして潰すつもりか? どっちにしろ化け物誕生を図るとか原理主義そのものだろ。

 

 四方や愛里、清隆は怒らなさそうだからともかく、そんな“些細な事”で高円寺やその同類達を失望させるリスクを負ってるって自覚は……ないんだろうな。四方や椎名なんかもこの点に関しては諦め気味だったし、思考能力が高い奴ほどデバフを強くするのが教育機関のすることかよ。

 それどころか長年に渡って、国連に人権侵害だと批難されている連帯責任の弊害をきちんと把握しているかも怪しい。

 

 実際、落ち度がある奴(ら?)がいたとしても、真面目にやってた奴にまで割りを食わせているのだ。

 連帯責任を課した結果、正直者が馬鹿を見て、落ち度をどうでもいいと考える奴が増えるとは考えないらしい。

 それがたとえ優等生や天才の離反や反感、無気力を招きかねないとしても、一般生徒に共産主義っぽい思想を植え付けられればそれでいいのだろう。理事長の話の本質はこれだったし、おそらく学校の基本方針もこれに沿っている。

 

 この事実に比べれば、南雲や櫛田はかわいいものである。

 最低限基準に満たない者や不和を齎す可能性が高い者を切り捨てるのは、別に理不尽でもブラックでもなんでもない。卒業基準が大幅に緩和される前までの名門校などでは一般的な事だったらしいし、卒業生のレベルを高水準に保つ手法だったのだろう。学力だけの奴も問題だが、最低限の能力しかない低知能エリートを無駄に大量生産して世に送り出す現行制度よりはマシだ。

 

 櫛田は事情が異なるので自分がやろうとしてた裏側と意味(堀北さんの退学を狙うなら、いずれ南雲に近い場所に辿り着いていたはず)を理解してないかもだが、南雲の改革の大元にあるのはおそらくこれだ。賛同こそできないものの理解はできる。

 真意や性質、悪意を除いて南雲の改革内容をフラットに噛み砕くと、現在の実力『原理』主義から脱却して実力『至上』主義の下地作りに移行したいであろう意図が読み取れるからだ。一応は『人と敵』を見据えている。

 あの年齢で環境に抗うのは、良くも悪くも大した自我と精神力である。

 

 一方で学は現状維持を掲げてはいるが……凪いだ状態に浸りきっている。外から見てると、いっそ南雲の好きにやらせて学は改修・監視って形も面白そうだったんだけど、思考硬直がそれを許さない。僕に限らず、人に『それ』を頼むんならもっと謹厳で我が強くない奴じゃないと。

 なぜならパイオニア気質が強い南雲みたいな奴には、それをする相応の理由がある。僕がやったような橘書記への対策みたいな末端ならまだしも、この理由を大元から封じようとするのは無意味だ。裏を返せば、主張自体をさせないってことだからな。実行前に止めたら、仮に南雲が納得しようと不満が蓄積されてしまう。

 僕が見た理事長や月城さん、学校の幹部陣なら、ここの潜在的不満に手を打つ。そしてそれは後々に形を変えて自分に返ってくるだろう。

 

 だから、大元には手を付けない謹厳実直さを持ち、なおかつガス抜きできる程度に適当に南雲の相手してやれる器量と塩梅を弁えた奴が適任だ。そんな奴がいるかは僕の関知するところではないが、居ないなら探すか育てるを早めに考えるべきだった。本気で対応する気なら、だが。

 学が平穏なブラック思考に浸って満足してないで、本物の敵を直視してくれると気が楽になるんだけどなぁ。抽象的には、奇跡を起こせるくらい一皮剥けてくれたら、色々見えてくるモノも違ってくると思うのだけども……南雲じゃないけど、時間がない。

 

 もう何もしないとは言っちゃったけど、狙えたらこっちのアフターケアの一手も打っとくか。必要なくても、結果的に僕が楽になるならやる価値はあるだろう。

……育ててくれた学校に感謝して満足してるからできるだけ現状を守りたいってのは、ブラック企業の論理と常套句なんだよ、学。

 残念な事に、学のように善性と責任感が強い努力家ほど深く嵌まるのだ。大人しく学校に従った上で頭角を現した学は、学校からすれば普通に特級の優遇対象なのだから───。

 

 

 

 

 

 

 

 早苗と高円寺が準備を終え、レーンで待機に入った。

 四方と清隆が本気でやり合ってるおかげで、あんなにあった上級生の1位2位との差はすでにほぼない。これなら最後の直線で抜き去ることも可能だろう。

 図らずとも、早苗達も楽しめる状況になったようで大変結構。いや、高円寺がこの状況を図ってくれたのかもしれない。そう思わないとやってられない。

 

 流石に追い抜かすまではいけなかったが、横並びのような状態で4組がそれぞれにバトンを繋ぐ。

 その中で抜け出したのは、やはり早苗と高円寺。

 ほとんど速度を落とさず、四方と清隆から理想的な形でバトンを受けとり、すぐに最高速に乗る。なお、高円寺達の予想通り、最後の最後で四方が清隆に僅かに先んじたように見えたのは僕の気のせいではないだろう。流石に主人公というべきか、やはりいざという時に勝負強い。

 

 他の第5走者は、3年Aクラスの藤巻さんと2年Aクラスの男子が猛追するも徐々に距離を離されていく。これなら学と南雲を相手にする僕にも充分な余裕が生まれてくれるだろう。

 それにしても。

 

「殿河ー! 行けー!」

 

 あ、2年の男子は殿河っていうのか。最初に走った桐山も須藤に次ぐ走力だったし、2年生もなかなか粒が揃ってるんだな。

 これは確定したと見てもいいか。

 

……鬼龍院先輩が、クラスメイトを、同級生をほぼ無視する理由がわかったかもしれない。これは確かに南雲と別の意味で信用ならないわ。騎馬戦みたいに、要点を押さえればチームワークとか必要ない競技ならまだしも、ほとんどの競技に出なかった理由はこのあたりにもあると見た。

 あの先輩ならそうならないとは思えど、気づいたら利用されてたとか、売られてたとかをどうしても考えてしまう。濁って見える奴らを相手するのが馬鹿馬鹿しくなるのもわかる気がする。

 

「…京! ま……定し…………!」

「……だな。夢月……る……い」

 

 なぜなら騎馬戦で、早苗が学、鬼龍院先輩が橘書記ともう1騎、加えて後から学の救援に来た藤巻さんを相手にしたんだぞ? つまり開戦時点で3年の残数は8ないし9騎。対してあの時、桐山が率いたのは鬼龍院先輩を除いた2年の11騎だったわけだ。

 

「ちょっ…! 聞……るの!?」

 

 南雲すら苦戦した数の差があって学もいなかったのに全滅、藤巻さんは生存って相当だぞ。

 しかも単純に弱いかと思えばそうでもない。手を抜いたか、棒倒しではそう見えなかっただけであれ系を苦手としてたか、リレーなどの活躍を見て可能性は下がったが単なる無能か。

 

 いずれにしろ、信用に値しない。ハードル走の実験で僕に罵声を浴びせてたのは、南雲とそのクラス以外(奴は笑ってやがった)の2年が旗振りで、1年・3年はほぼ後追いか観察する感じだったのだ。

 仮に能力値だけそこそこ高くても、経験上こういう下に全力を出せと言っておいて、形や見栄を優先する奴らを信用すると大抵痛い目を見る。

 なんとなく桐山達2年の一部からは、『俺』に大量の仕事を投げつつ、脅迫状や嫌がらせを辞めるまで継続してきた奴らと同じ匂いがするのだ。

 

 近いことをやろうとしてたし、雛見沢にいて鉈とか持ってたりレ○とか呼ばれてても違和感ないけど、まだ理解できる櫛田とは似て非なるドブ臭い匂い。

 少なくとも櫛田はやらない。ヤツならもっと上手くやる。『俺』が辞めた後に、仕事が回らなくなった。なんとかしろ、ロハ(無料)で。なーんて連絡してくる恥知らず共と同類にはならないだろう。

 

 だが、もし桐山やその同類達がそんな醜い存在の卵ならば、南雲が潰す気になった時に協力してもいいとさえ思う。南雲は南雲でいまだに敵認定が解除されてないし、勘と印象が間違ってたら悪いが───こんな自分ファーストな風見鶏に上にいかれるのは、一応その資質がある南雲以上に不愉快極まりない。

 

 言うなれば、どこぞの選挙だ。

 う○こ味のカレー、カレー味のう○こ、毒入りカレー、あるいはありのままのう○こ。どれを選ぶかは人それぞれだが、自分で情報を精査して、形だけそれっぽく見えなくもないかり○とうとかのマトモな選択に辿り着ける奴はそうはいない。そして少数がマシな選択肢を見つけても当選は至難。意味は微妙に違えど、民主主義は必ず間違うとはよく言ったものだ。

 そりゃあ、鬼龍院先輩みたく全無視という答えを出してしまうのもわかるというもの。

 

「…い! 夢……聞こえ……!?」

 

……はっ! いかんいかん。興奮して悪い癖が。

 まだ勘と想像だけで確定もしてないし、せっかくの良い流れにこの思考はいけない。暇潰しならもっと楽しい事を考えよう。

 えっと、100万もらったら春に電器店で見かけたトラス式望遠鏡を買う……んー、なんか違うな。じゃあ、負けを認めてひれ伏したリアじゅ───。

 

「コイツにはこうするんですよ、会長!」

「あいたっ! ……え? なんで殴られた?」

 

 とりとめのない事を考えていると、なんか突然南雲にポカリと一撃入れられた。

 

「お前がレース中だってのに、ボーッとしてるからだろうが! なに俺や堀北会長の宣戦布告を聞き流してんだよ!!」

 

 え、何か言われてたんだ? 早苗達が離れたあたりから、意識が完全に内側へ行ってて聞いてなかった。それどころか彼らが近くにいることさえ忘れてた。

 だけど聞いてないとか言うと面倒くさそうだから、反射でなんとか言葉を返す。

 

「き、聞いてたって。アレだろ? 南雲達が参りましたって土下座してたヤツ……」

「ど、どこの世界線の話だゴルァ!! ぶっ殺すぞ、てめぇ!?」

「……なあ、夢月。お前は精髄反射で答えない方がいい。下手な煽りより致命的な失言が多すぎる」

「に、兄さんが信じられないほど優しげな顔に……! これは私が負けません、って言った時よりもずっと……くっ!

───左京夢月ぃ。また私の前に立ち塞がるというの!?」

 

 とりあえず、起き抜け?に妄想での出来事を話したら、もの凄く騒々しくなった。控えめに言えば大混乱である。

 まったく。堀北さん以外は年上だろうに。もっと落ち着きがほしいものだ。

 

 まぁ、早苗達は早くも最終コーナーを曲がっており、そろそろ僕と堀北さんの出番だから問題ない。後方との差は目算で約15メートル超ってところだろう。藤巻さん達をこれだけ引き離すとかどんだけ……。

 いや、規格外どもから意識を切り替えよう。僕は僕だ。

 ただ面倒事っぽくなってるし、念のため少しMPを回復おくか。

 

「はぁ。なに言ってるか知らんが、一応は年上で生徒会のツートップなんだから真面目にやれよな。こんな場所とタイミングで騒ぐんじゃない」

「「夢月(左京)が言うなっ!!!」」

 

 手始めにした煽りを混入させた至極真っ当な僕の忠告は、ツートップコンビの息を揃えたツッコミにより封殺された。

 

「コイツ、勝利を確信してますよ会長! 明らかに煽ってきてます! 自分じゃなく仲間が逆転して作ったリードだってのに!」

「それは違うな。僕が煽ってるのは南雲のみ。これは自分自身へ誓ったことだ。学や他はまだしも、南雲だけは泣いて謝るまで煽るのをやめない」

「死んでもそんなことするかっ!」

 

 それにしても棒倒しや騎馬戦の時も思ったが、南雲は自分がやったことを棚に上げてるんじゃないか?

 僕に逆用されたとしても。筋を通してからならまだしも。坂柳さんと違って何の収拾も着けてない状態で、なんで僕が真面目に受けて立つと思うんだよ。せめて敵対状態を解除してから吠えろ。

 

「何故だ? 夢月は」

「ああ、これに学は関係ないよ。単純に喧嘩売られたから最大限高値で買ってるだけ。やられたら必ずやり返す。それが僕の掟だからな」

「流星街の住人かよ!? まだ足りないとかどんだけ返してくる気だ! せめて等価交換の法則にしろっ!」

 

 だから僕も時間を考慮に入れ、南雲の言い分はスルーである。

 更に走り終えた四方や清隆、遠くから感じる鬼龍院先輩の視線に後押しされ、なんとなく景気付けの呪文詠唱(ただの煽り)をクライマックスに急速移行する。

 

「ふははははっ! だが断る!!

 ねえ、現実を見なよ。南雲、負けそうだよ? 負けたくないなら僕に勝たせてくださいって懇願してみたらどうだい? 副会長みたいな権力者に、跪いて土に顔を擦りつけ、泣いてお願いされたら僕もほだされちゃうかもしれないなぁ! ぶひゃひゃひゃっ! ほらほら、僕達が見ててあげるよ! 年下で格下の相手に勝つために精々頑張ってごらん」

「こ、ここここっ……!」

「な、南雲……?」

 

 社畜の哀しみを背負った者だけが会得できる究極奥義・夢想転生だ。使用すれば、あらゆる反論や罵倒を3倍で切り返し、相手は次第に言葉に詰まって返せなくなる。

 ぐぎぎ状態になる格上でムカつく対峙相手。

 この瞬間の愉悦こそが僕を蘇らせるのだ。

 そう、何度でも!

 

「───てなわけで、死にもの狂いで足掻け南雲。そうすれば、あるいはこの身に届くかもしれんぞ? にゃーっはっはっはっは!!」

 

 しかもアフターケアのついでに、負けても完全に僕のせいだとすり替えられたし、活躍できなかった一之瀬風味の笑いを混ぜることで彼女の新たな可能性まで作り出すとはなんと慈悲深いのだろう。

 本日の僕は、まさしく聖人・一之瀬級の振る舞いをしている(自画自賛)。

 

「こ、こんっクソガキャー!! 上からモノ言ってんじゃねぇぞ虎の威を借る煽りカスがぁ!! 汚い真似ばっかしてきやがって! 必ず追いついてやる! 待っていろっ、左京夢月ーーー!!!」

 

 相変わらずプライドの高いことで。普段余裕ぶった男が吠える姿は、MP回復に良いから好都合だけども。

 ただコイツがもう一度奇跡を起こせるほどの奴なら本当に覆してくるかも、と思いながら僕は捨て台詞を残す。

 

「にゃははは! 綺麗汚いなんてのはお前が決めることじゃない───僕だ。劣勢がわかってもウダウダ愚痴ってる奴は、人目を気にしながらお利口に人生を消費するといい」

「何なんだコイツ!? 最悪すぎる! ここまで優位に立ったら、せめてマトモに受けろよ! 自分中心に世界が回ってるとでも思ってやがんのか!?」

「ふっ、僕の西から太陽が登り、東に沈む世界の摂理を知らんのか? 無知だな」

「無知はてめぇだ馬鹿野郎っ! 天文部のくせに天文学の基本もわかってねぇのかよ!? つーか、だからって自分を世界の中心に据えるんじゃねえ!!」

 

 しかし意外と南雲の煽り耐性が低かったので、つい調子に乗ってしまった。勿論、反省……することもなく、アンコールに応える。これにはさりげなく煙に巻きつつ、追加で学の支援をひと摘まみ、という意図もあるが───なによりも、僕が楽しい。

 

「ジョークも介さないとは、これはそよ風のごとき言いがかり。ナンセンスすぎて面白くない。何も感じんな。あえて言えば、南雲との不毛な言葉の応酬に時間を浪費するストレスを感じてるってとこか? いっやぁ、懇切丁寧に教えてあげるなんて僕ってば親切すぎて参っちゃうよな」

「うぎ……ぐっ! こ、このっ」

「でも次期生徒会長はそんな親切な後輩を締め上げようと喧嘩売って、結果何度も返り討ちにあったんだよねー。なんででショー?」

「てめっ……!」

「ええっ!? もしかして手心でも加えてくれたん? あ~っはっはっは! それはお優しいねぇ! おかげで僕は元気一杯だよ! ありがとう!!」

「……っ。───っ! ──────っ!!!」

 

 む。沈黙してしまったか。南雲もついに僕の親切心溢れる嘯きに心打たれたようだ。南雲の整った顔面を染め上げる赤色は、言葉すら失わせる金言と化した証明なのかもしれない。

 勿論、穏やかな心を持ってないので超サイヤ人になれそうもない南雲を見て、僕の心も冴え渡る秋風のようにスッキリした。『お礼』も言えたし、良い気分で走れそう。

……これくらいで水に流しとくか。やりすぎて恨みや関心を買ってしまうと面倒くさい。南雲とはできるだけ縁を薄くしておきたいものである。

 

「輝いてるな、夢月……!」

「に、兄さん?」

「凄まじいな。呆れるほどに口が回るものだ。本当はいけないのだろうが、どういうことか俺までスカッとしてきたぞ」

「兄さんっ! お気をたしかに!? ダメッ、そっちは邪智暴虐の領域です!」

 

 あとなんか堀北兄妹もわちゃわちゃしてたが、すぐに落ち着きを取り戻したようだ。

 

「……む、鈴音か。…………外から見て改めて思うが意外と面白いものだな。

 しかし夢月。こういう時に最も輝くのは流石にどうかと思うぞ」

「ははは。ありがとう。学にそう褒められるのは光栄だな」

「いや、決して褒めていたわけではないのだが」

「……私はあと半年ほどでコレを倒さなくてはならないの? なるほど。綾小路君が言っていた危機感……。確かに足りてなかったかもしれないわね」

 

 何気に大多数のドン引きしたような視線の中、称賛?を送ってくる学。そして全部じゃないにしろ、今のが聞こえていたのかグラウンド外から鬼龍院先輩が喝采を送ってくるのも当然と言えるかもしれない。淑女らしさを男前さで上塗りする文字通りにおもしれー女な先輩である。

……まぁ、喝采によって?周囲に睨まれてる事を考えると、暴挙に巻き込んだ可能性はあるが。ひと段落着いたし、先輩だけじゃなく見ている友達に返礼代わりに手を振り返しておこう。これで少しはマシになるといいな。

 

「鈴音」

「! ……あっ! 兄さん。先程も言いましたが」

「みなまで言わなくていい。鈴音は自分の結果を出せ」

「は、はいっ。私らしく、ですね。精一杯…最後の最後まで戦い抜いてみせます」

「ああ、頑張れ。まだ時間はある」

「……っ」

「また『話そう』」

 

 一方、僕がケン○ロウやミ○チー気分に浸ったり、リアル回復魔法にもなる奥義が成功して満足したり、手を振ってたりする横で、学達兄妹は穏やかなやり取りをしていた。こっちはこっちで無事和解?できたようでなにより。

 櫛田との約束を反古にしない程度に、学を拗らせないよう背中を押しといた甲斐がある。どういう事情か知らないが、妹を気にかけてるのは明白なんだから最初から素直になってほしいものだ。

 

 さて、そろそろ出番のようだ。南雲に敬意を払いつつ、彼とのやり取りの脳内記憶は削除手続きを進めておく。代わりを詰めとけば問題ないだろう。

 本来ならまず気にしなければならないのは、トップ争いをすることになるこの堀北さんだからだ。そして僕は櫛田との約束の件もあるし、堀北さんにだけは勝たせると不都合がある。

 清隆や高円寺の後のアンカーであり、学の関係者という僕に似た立ち位置の女子。人のことは言えないが、櫛田や龍園など色んな奴に目を付けられてて大変そうな娘である。最後の『バトンを繋ぐまで』は一応気にしておいた方が無難だ。

 

 なので煽って気が済んだ南雲を忘却し、僕は空き残量僅かな脳容量を堀北さんの注意に移した。おそらく彼女に追われる事になるからな。

 何はともあれ、堀北さんはわからないが学と南雲のクラスには大差が付いているので、ここから抜かされても一之瀬がコケた事など完全に忘れ去られるだろう。これにて僕の各種アフターケアは終了である。

 

 

 

 早苗と高円寺が横並びで最後の直線に入る。2年・3年のエース級を10メートル以上置き去りにする良い走りだ。不思議と二人が笑みを浮かべているのがわかる。

 

「早苗っ! 頼んだ!」

 

 その笑顔に乗せられるように、僕はなんとなく後ろを振り返るのをやめ、勘に身を任せて後ろ手だけ出して走り出した。ああいうヤツだからこそ、全てを委ねるのが最適解な気がビンビンするのだ。

 

「左京君っ!? そんな! タイミングが早すぎる!」

「それでは東風谷が間に合わないぞ!?」

 

「───夢月っ! 行けっ!!!」

 

 距離を考えれば、助走を始める機を窺っていた堀北さんや学が言うように、タイミングが早いのはわかっていた。練習すらまともにしてないのだから、普通なら安全策を取るのが安パイだ。

 だが、僕にバトンを繋ぐのは普通じゃない学園の不敵な巫女・東風谷早苗である。走り終わった四方も背中を押してくれてるし間違いない。

 気軽に奇跡を掴んでくる友達には、僕も最初から全力で信じるのが神様への礼儀だろう。

 

「───受け取ってください! うちで最高の信者さん!!!」

 

 そう。何を考えているのか、縮地や神速と見紛うほどの速度をここに至って披露し、急接近した気配とどこぞの十字傷の抜刀術もどきでバトンを繋いでくる常識のない奴なのである。バトンを掴む難易度が激高なのは、ホントどうにかしてほしい。

……このクソ緑はリレーを何と心得ているのか。それがワカラナイ。

 

 ともかく、最大の対抗馬である堀北さんは、動揺に加えて高円寺との意思疎通が不十分と思われる。ゆえに受け渡し時に速度を緩めざるをえない。

 僕も練習とかはしてないが、なんとなく成功した以上、これでアドバンテージが取れるし思考は必要なくなる。リードを得て、本気で走るのみだ。

 

「いてぇ! てか、誰が早苗の信者だボケェ! どさくさ紛れに勝手言うんじゃねぇ!」

 

 尤もそのリードを無駄な反論で少し縮めてしまうのも僕である。なんとか掴めたが、助走区間ギリギリでズバンッと繋がれたバトンはとても痛かった。痛かったぞーーー! ってフ○ーザ様になりきるほど痛くて、ついツッコんでしまった。

 

 しかし、まったくもって締まらないが、これが僕達の平常運転だろう。

 いつも通りの日常モードに切り替えて、僕は走ることに集中する。やることをやるだけだ。

 この時ばかりは全てから解き放たれて、祝福を受けたかのような『風』に乗ってスピードの向こう側に……。

 

 あとは何も気にせず、澄みきった視界の中を前へ───もっと前へ───。

 

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