ようキャ   作:麿は星

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 後半の椎名視点含めて番外編っぽいですが、今回は半分お試し回です。
 ちょっと次話を投稿する勇気を得るため、気楽な回を挿入しようかなと。最近、野郎やおっさんばかり出てましたし。

 ついでに、本当に完結するまで連載設定に戻す事にしました。なんかでふと「完結」って文字見ると、微妙に紛らわしく落ち着かないからです。



124、物語(後半、椎名視点)

 

 想像の延長線上にある仮説だが、この学校の入学資格…といえるモノの一つは『学習塾などに通った経験がない』が入っているのではなかろうか?

 

 ちょこちょこ知り合い連中に聞いていたが、習い事全般はあり得たものの特に受験対策をしている塾や予備校に通ってた奴を僕は知らない。

 前に聞いた際、一之瀬や葛城でさえ通った経験がないらしい(言いにくそうだったあたり家庭の事情っぽく、それ以上聞けなかったが)のも裏付けの一つだ。そして清隆はともかく、普通の学校なら優等生街道を直進してそうな栄一郎や神崎、スポーツマンな柴田や須藤、帰宅部代表みたいな戸塚や渡辺、池。誰一人として受験などについて話さないのである。

 

 四方に愛里や早苗、椎名・高円寺に至っては聞くまでもない。僕と同じくボッチ街道を邁進していた者には受験テクニックなど不要だ。協調性や団結適正は低く判定されていただろうが、それらを補える程度の学力や思考力はある。

 ただここまで揃うと、この学校に染まり易い確率が高い要素を重点的に見ているのかと勘繰ってしまう。

 

 これらの材料から導き出される答えからは、「世間知らずな奴を都合の良い駒にしたい」というお偉いさん方の意思が垣間見える。それも馬鹿も凡人も天才すら関係なくだ。

 それに加え、おそらくいくつかの特別試験を経て、人柱になりえる者を仲間である生徒に退学させることで、眼鏡に適った奴を完成に近づけていくのだろう。

 育てる概念の欠落したブラックらしいやり方は、知れば知るほど不愉快極まる。

 

 一方、最高傑作らしい清隆がここに来るまでいたと思われるホワイトルームだが……こちらはこちらであからさまにきな臭い。

 キャッチボールしながらラバーダッキングっぽく聞き出したところによると、天才かそれに準ずる存在を作るというコンセプトの施設だと推定できる。尤も、予想通り機密情報っぽくて、婉曲な聞き方しかできなかったから欠片を組み上げた推測に過ぎないが。

 そこで、軽く要件定義するつもりで“脱落者なく”みんな天才級にする施設ってすげぇな。最高傑作ってことは何人もお前に追随する奴がいるんだろ? その清隆の同期もこの学校に来てるのか? と聞いたら、え? ってなって清隆は動きを停止した。

 

 詳しくは不明だけど、一般常識の欠落している清隆を知れば、最低でも小学生以前からそこにいたのだと察することができる。

 そして頭脳も才能の方向性も定かじゃない幼少期から『人工の天才を作る』というのなら、脱落者は極力出さない方針と考えるのが妥当だ。なぜなら凡人かもしれない者を天才に教育するという性質上、例外の最高傑作だけではコンセプトにそぐわない。生まれつきの天才がたまたま環境に適応したんだろって事になってしまう。再現性がないからだ。

 

 だから次があるとしたら、まずは最高傑作に対抗できる人材を寄越すと思い清隆以外の同期の有無を聞いたのだが───清隆の反応は、話せないとかでなく、どう見ても同期がいる感じじゃなかった。むしろあれは自分以外は脱落済みですがなにか? みたいな思わぬ事を聞かれた…呆気に取られていた反応である。

 

 僕はここに到って混乱した。

 明らかな矛盾と不自然。

 え? どゆこと?

 清隆に嘘を吐かれてる感じはない。勿論、明確な言葉で伝えてもらうわけにはいかないのであくまで僕の推測が混ざるが、自然にそれが当然の結果みたいな態度。

 どうにも僕の中で納得できず消化しきれない謎が増えた。

 

 わからなくなったので少し方向性を変えて、次に篤臣氏が打つ可能性の高い手を聞けば、今度は早いレスポンスで『教師』や『下級生』に手の者を紛れ込ませる可能性が高いと返ってくる。

 たしかに…たしかに、栄一郎みたいな編入は目立つ。目的から考えても工作員紛いをさせる不都合は多い。それはわかるのだが、時間を与える不利益と同級生というアドバンテージを捨てて天秤にかけても優先させるほどか? 信じないわけじゃないが、まさか本当に清隆の同期はいない?

 なぜなら同期がいれば、外部接触可能になった現状、他校との交流を名目にするとか他に色々ある。デメリットはあっても、メリットがそれを超えるだろう。

 ゆえに総合して思考を飛躍させると、この結論が導き出される。

 

「……なあ清隆。篤臣氏って、本当に本気でお前を連れ戻そうとしてる?」

 

 得られた情報に反して、いまいち目的と手段が一貫していないのだ。最大目標は別と考えるのが自然だろう。

 余談だが、清隆って実は唯一?の「生き残り」じゃなくて「逃げ遅れ」なんじゃ?と思ったことは秘密である。

 

「ああ。それは間違いないはずだ」

「そう、なのか。なんかずっと違和感が……。こう、戻ってくれたら好都合だけど、戻らないなら戻らないなりの『ナニか』で代用したい的な」

「……あるかもしれない。夢月が詰ませきっていたとはいえ、オレもあの男にしては手ぬるく感じていたからな。不足の事態が多発して、適切な駒が足りなくなっているだけのような気もしてるが」

「先を見ずに人を切り捨ててきた代償か……」

 

 ブラックな組織にはありがちなことだ。

 ただこれ以上詰めてもおそらく答えは出ないだろう。篤臣氏をよく知り、天才である清隆にも裏がある事を察せられる程度でしかない。下手な考え休むに似たりとも言うし、必要になるまで忘れる事にしよう。

 でも今度、松雄にも聞いとくか。一応だけど。

 

「ケースバイケースだが、本来は夢月の言うように長い目で見る事も必要ってことか。十で神童、十五で才子、二十過ぎれば只の人ってことわざもあるくらいだ。逆に晩成型のケアをしておいた方がいいのかもな」

「察する限りだけどな。早熟型か神童型だろう清隆は適応してる感じだが……」

「取りこぼしを再利用できない方法で潰してるようなものって? それは、たしかにもったいないか」

 

 とりあえず話は逸らされたが、ブラックな匂わせに否定は入らない、と。

 てか、改めて話すと清隆も高校生にあるまじき怖い考えだ。

 怖いというか、冷徹に平等に効率を突き詰めていく思考。やはり政治家や官僚向けの性質と言える。どういった要因で得たか知らないが、得難い資質なのは間違いないだろう。僕では決してできないそれに、怖さと同量の頼もしさを感じる。

……何故、そんな性質なのに、普段はあんな面白不審人物なんだ。これもホワイトルームとかいう育った特殊環境のせいなのか、生まれつきの異常者なのか。

 疑問は増えるばかりである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 小説家である父をこの学校に来るまで見てきて思ったのですが、作家にはいくつかのタイプがあるようです。

 読者に物語を読んでほしいスタンダードなタイプ。依頼された物語を売り物などにするライタータイプ。逆に父のようなあまり売れなくても、読まれなくても、自分の好き勝手に物語を書き続けてしまう作家中毒タイプなどですね。

 その点で言うと、左京君はまさしく父と似た中毒タイプと言えるでしょう。

 

「私が読んだ事のない面白い物語を教えてくれませんか?」

「ん、OK。ちょっと時間くれ。完成したら持ってくわ」

 

 彼の自作ゲームをみんなでした時、借り(尤も私はあまり貸しを作った自覚はありませんでしたが)を返したい、と左京君に聞かれた時に、本の貸し借りができるかもしれない。そう思って、軽い気持ちで聞いてみました。私が推理小説が好きなのは話した事があったので、好みはそれなりに把握していると思ったからです。

 しかし左京君は『読んだ事のない』という部分を真剣に捉えたのか、こんな軽い返しとともにそれから数週間後、本当に確実に未読な物語を持ってきてくれました。

 

『ようこそキャットルーキーの前日談だと思っている学園へ』

 

 それはゲームの最初でも登場していた左京君の日記を物語風に改変した作品で、彼がこの学校へ来てからの日常や考えが描かれていました。ある程度読み進めてわかりましたが、製本までしてくる本気度は自分でも文字にして整理したかったのかもしれません。なぜなら名詞など、微妙に変えてある部分もありますが、知っている人にはバレバレだったからです。

 知っていると言えば「急いで日記をまとめたから矛盾とかあったらごめん。代わりになるべくそのまま編集したけど、僕の妄想混じりだと思っても構わない」と古事記を模した前文があったのも面白いですね。

 

 最初の巻では私も知らない愛里ちゃんや早苗さん、友達との出会いや学校の考察があったり。ちょっとした騒動や事件を解決していたり。次の巻で、ついに私が登場して思わず興奮してしまったり。

……私は最初、あんな風に見られてたんですね。

 

 それに始まりの一言である「キャットルーキーという漫画作品を知っているだろうか?」。この読者への問いかけでありながら、読者が知らない事前提の展開に徐々に引き込まれていって、体育祭の数日前まで何度も読み返してしまいました。

 残念ながら物語は夏休みまでで、それ以降は体育祭後の1~2ヶ月で完結させる予定らしく楽しみにしています。

 ゲームと同じく、売るつもりも大多数に読まれる事も想定していない左京君らしさが実によく出ている物語。女子には見苦しい部分があるかもとも言われていましたが、私はそれほど気になりませんでした。

 

「出版物としてはプロ・アマ問わず落第だろうけど、僕が書いたなら確実に読んだ事ないだろ? 条件は体育祭の少し後まで『四方二三矢と綾小路清隆』にこれを見せないこと。理由は……多分椎名なら読めばわかる」

 

 条件というより、できればそうしてほしいという頼みに近かったような気もしますが、言及された四方君や綾小路君以外にも私はこの作品を見せませんでした。龍園君は勿論、愛里ちゃんや早苗さんにもです。

 思うところはいくつかありましたが、私が最も好奇心を唆られたのは前の…30代だった頃の左京君はどんな人だったのか? この部分をせめて一時だけでも独り占めしたい欲を抑えられなかったのです。

 

───結局のところ、私は自分の好奇心に負けたのでしょう。

 

 なぜなら入学直後に大雑把な目標を定め、それに必要な材料を着々と準備してリアルタイムに実現していく物語なんて、読んだ事があるのは作者である左京君を除いて本当に私だけかも知れない。

 読む限り、完全な良い人というわけでもないのに、目に付いた争い事を失くし、次々に起こる問題まで解決していく主人公・左京夢月。更に私自身や友達みんなも登場し、徐々に変わっていく人達も魅力的です。先はどうなるんだろうと、とワクワクしながら知っていることも知らないことも色々考察してしまいました。

 

 綾小路君がDクラスの策士だとほぼ確定しながら、誰にも伝えなかったのはそれも理由ですね。

 龍園君には……はっきり言って左京君がどこかのタイミングでAクラスになる事を目標としていたら、おそらく今の時点で趨勢は決しています。

 まぁ体育祭では、船のグループで左京君がやっていた選択肢と情報を与えた上でどちらが得か選ばせる。更に自分の意見をそっと乗せることで望む方向へ導く…という手法も、ちょうど伊吹さんが息巻いていたので一応リレーで口添えなどしてみましたが。

 

 例えば、4月から一之瀬さん達ときちんと連携を取る。ガチャを始める時にクラスに協力を求める。無人島で神崎君という人と密に話し合う。船でCPについて重視した考えを述べる。

 他にもあるこれらの内いくつかを実行していれば、体育祭の時期までにはAクラスになっていたでしょう。まぁ左京君の性格上、どれもやらなかったでしょうが、それでも思いついてはいたと思います。

 

 こんな背景がある中、棚ぼたで出し抜いても意味がありません。私にクラス競争のやる気があまりなかったというのもありますが、巻き返しに必要なピースが足りない……先の成長に繋がらないと後が続きませんから。

 何処にでも当てはまりそうなのに、当てはまらない奇妙なピース。それが左京君『達』です。お友達だという要素を除いても、完全な敵対はしたくないものですしね。

 

 臆病なのに。外側は強くもないのに。自分自身の限界を知っているのに。それでもなおも理不尽に抗おうとする。『弱い』という現実を受け止めて、なおも立ち向かおうとする。作為的な匂いのしない天然から生まれたイレギュラー。

 あの独特の雰囲気を持つお友達の方々が面白がるのも分かります。

……まぁ、ナマモノの日記を物語風に仕上げて、単なる創作物ではないリアリティーをもって異性の同級生にプレゼントしてくる異質すぎる価値観ではありますが。

 

 

 

 しかもです!

 

「思い知ったよ。僕は至って普通の人種だと」

「……は?」

 

 何を言ってるんです、この人。って思いましたよ。

 

「読書家な椎名ならわかるだろ? 自分はいったいなんでこんな普通の高校生の何気ない日常物語を読まされることになったんだ、って」

「何気……ない? 日常……」

 

 会話内容もなのですが、これを私といつどこでしていると思います?

 体育祭の1週間前、左京君がCクラスを普通に訪ねて来て龍園君達に囲まれた直後ですよ!

 さらっと、もう一つ用件があったとか言って龍園君達の輪から抜け出して。夏休みにみんなで遊んだ自作ゲームや愛里ちゃんが彼を連れ出したプールなどの話を左京君視点でお送りする最新作を、来たついでとばかりに渡してきたのです。この会話付きで。

 クラスメイトどころか、龍園君や松雄君まで唖然としていたのに気づいてなかったんでしょうか?

 

「僕も四方や愛里、高円寺あたりを主人公にしてれば、物語としてもっと面白かったと思うんだ。しかし、最近天才達への理解ができてないんじゃないかと思ってな。やっぱり常識人に天才の描写は難しかったんだよ」

「……」

 

 何を言ってるんです、この人。パート2。

 

「なら、せめて包み隠さずなるべく本当の事を物語風で伝えてみようかなと」

「左京君……。その結論に至る…まではまだしも、実行して製本までしてしまう人が、よく自分の事を至って普通の人種とか言えますね……? しかも借りとやらのプレゼントのためだけに世界で1冊の本を」

「ふっ。椎名のようなイロモノにはわからんか。凡人の苦悩は」

「何を言ってるんです、この人? パート3」

 

 あ、陰を感じない顔でふざけた事を抜かす左京君のせいでつい心の声が。浮世離れしているくせに俗物で小物な面も、ここまで突き抜けていると早苗さんや高円寺君にすら匹敵してくるように感じるから不思議です。

 だから左京君の近くにいると、つい口を出してしまう事があるのです。私が迂闊なわけではありません。

 

「……椎名さんって、ツッコミ役なの?」

「……マジかよ。普段は無口気味でミステリアスな文学少女って感じなのに」

「いやいや。船で同じグループだったけど、その頃からこんな感じだったぞ? どこかズレてるっていうか」

「クックック。イロモノとは言い得て妙だなぁ、おい。確かにひよりに当てはまってやがるぜ」

「本当ですか龍園さん!? 椎名がイロモノ……これからはさん付けした方がいいか?」

 

 そんな風にいつもの調子で左京君と話していて、ふと恐るべき策謀に気づきました。

 改めて周りを見回したところ、深刻な風評被害がCクラス内に広まっていることに。場所が悪かったことに。

 この日以降、あれよあれよという間に、私は“左京君に並ぶ”イロモノという地位をCクラスで確立したのです。ちらほらと私に話しかけてくれる方が出現しだした事は良かったですが。

 

……なんということをしてくれたのでしょう。左京君と龍園君のおかげで、クラスに溶け込む代償に私は変わり者の地位を確固たるものとしてしまいました。

 

 でも、それはいいのです。

 後の体育祭でも、ハードル走で歩いてゴールするといった逆転の発想を見せてもらえましたし、私も「これだ!」と確信してそれに便乗したら、何故かクラスメイト達から畏怖の目を向けられてしまいました。左京君の時は笑っていた龍園君までひきつった顔になっていたのが印象的です。ただ何人か同じようにやっていたので解せませんが、初めて運動が楽しく感じられた代償なら安いものでしょう。

 変わり者ではないと、私自身だけがわかっていればそれでいいのです。

 だから龍園君に左京君の評価を聞かれた際、対応が読めるかは半々だと答えたのも意趣返しじゃありません。ただの意地悪です。

 

 

 

 体育祭の次の日。

 夕方頃に自室で無人島での話を読み返していると、見知った気配がありました。

 ふむ……?

 

 言うなれば直感型の『危なくない』モリアーティとでも言うべき左京君。そしてその左京君の見立てを素直に読み解くなら、おそらく綾小路君も理論型の『危険な』モリアーティと言えることです。

 これはそれぞれ黒幕と言えなくもないからでもありますが、特筆すべきはどちらも勝敗や短期目標を最終目的としていないこと。左京君に到っては自分の活躍や勝利を完全に度外視しています。だから、負けてもすぐ計算し直して別の道へと繋げられるのでしょう。

 

 龍園君が「アイツは最後だ。最後の最後でなければ真に勝つのは難しい。まったく面倒な野郎だぜ」と零していたのもわかります。敵とすら見てこなくて、勝とうともしてこない相手を屈服させるならこれしかありません。

 

「ね? 貴女もそう思いませんか? 青娥さん」

≪そうですわね。付け加えるなら高円寺六助―――さしづめ彼が捕まえないシャーロック・ホームズといったところですか≫

「ふふ、それは素敵ですね」

≪でしょう? 暇つぶしに色々な場所に『目』を作っておいて正解でしたわ≫

「仙人ってそんなこともできるんですね。変装もお上手でしたし」

 

 見えませんが、この気配の正体は青娥さんという仙人らしく時折妙な形で現れます。時に左京君や愛里さんのバイト先のオーナーであり、時に学校図書館の司書でもある……なんというか神出鬼没な青い髪の美人さん。

 いつも予兆のようなモノで知らせてくれるので、私とは話すたびに軽く言葉遊びをする関係です。

 

 また入学当初から個人的に本の貸し借りをしたり、私が出会う前だった左京君を一緒に捕まえようと(勿論、冗談混じりですが)協力した仲でもあります。まぁ、色々と型破りな方ではありますが。

 左京君にはかなり長い間、とんでもない直感で接触を避けられ続け、ガチャの件で本格的に知り合うまで、二人とも半ば本気になっていた事は今も良い思い出です。

 

≪あら? 今日は左京さんへの伝達以外、シフトもお仕事もなかったのに珍しい≫

「どうかしましたか?」

≪来客のようですわ。せっかくの機会にすいませんね、ひよりさん≫

 

 そのまま話していると、青娥さんの方に誰か───というか左京君か愛里ちゃんでしょうが───訪ねて来たようで。

 

「いえいえ。どうぞそちらを優先してください」

≪ありがとうございます。では…………佐倉さ≫

 

 ブツリ、といった音などはありませんでしたが、電話と違い変わった通信手段なのでしょう。こうして最後に向こうの声が残る事があります。

 今回は愛里ちゃんでしたか。

 それにしても、今日はやけに上機嫌でしたね。何か良いことでもあったのでしょうか?

 

 

 

 私『達』が見てきた左京君は、筋を通さない事や理不尽を嫌う人間なのは間違いありません。そして可能か不可能かを考えるよりも前にまず行動を起こします。

 それゆえに学校すら敵に回す事すら躊躇いもなく……。

 心配になった私は、干支試験の最中に左京君に聞いた事がありました。

 

「あれだけ思いきった行動を立て続けに起こして、よく……平気な顔で振る舞えますね。左京君は怖くないのですか?」

「あー? 僕が平気に見える?」

「っ……」

「なわけないじゃん。普通に人前は苦手だし怖いよ。特にあからさまにギャルっぽかった軽井沢さんはさ」

 

 彼はきっと。

 

「僕は争いや危ない事は苦手だ。嫌ってもいるし、常に怖くてしかたない。でもさ───あそこで逃げたら男が廃るだろ。しかも格好悪い上に美学も矜持もない」

 

 どれだけ怖くても『戦える人』なのでしょう。

 だいぶ的外れですが、見栄や良い格好しいもなくはない。

 それでも、いざとなれば誰を敵に回そうと、自分を前面に押し出す事になろうと、決して信念を曲げない。

 それはあまり売れなくても描きたい物語を書き続ける私の父さんのようにも思えて……。

 

 私ははっきり覚えています。

 あの時、私は動けませんでした。真鍋さん達も軽井沢さんも好ましい態度でなかったとはいえ、私が動いたところで何も変わらないだろうと思っていたのもあります。

 それでも扉の向こうから大きな音が聞こえた時点で嫌な予感はしていたというのに、動かないでいい言い訳をして最後まで動けませんでした。

 誰かが助けに入ってほしい。誰か───と願うばかりで。

 

 だからこそ躊躇いなく扉を開け、全てを一気に片付けた左京君をすごい人だと思ったのを覚えています。

 ああ、そうすればよかったんだ。私みたいに争いが苦手でも、そもそも争いにならないようにすれば、できることももっとあったんだって……。

 急なことに内心を乱されて、考えることを止めてしまった。

 

 実力だとか才能だとかは問題じゃない。

 動くべき時に適切…といえなくても動けるか。

 多分、それができる人は普段どれだけ無様を晒しても、泥にまみれようとも───。

 人を惹き付けてしまうのでしょう。

 

 一方で、これは左京君だけではなく天文部に関係する者ほぼ全員に共通する特性があります。

 それは他者の評価を気にしていない部分。仲間や友達と見なした者には事情が異なりますが、いっそ清々しいくらいな方々は揃いも揃って、学校やクラス内外からどう見られようと気にしません。

 あえて言いましょう。マイペースすぎる、と。あまり人のことは言えませんし、実際に言いはしませんが。

 

 おそらく左京君に関しては、自署に時折書かれていたブラック企業がいまだに色濃く影響しているのでしょう。微かな断片から想像するだけでも恐ろしい場所です。

 私もいずれどこかに就職することになるんですから……嫌ですねぇ、本当に。はっきり言って長続きする気がまったくしません。現実逃避なのは自覚していますけど、時期が来たら左京君に相談してみますか。

 

≪やる気が出るような事があれば永続的にやってみてもいい、みたいな気持ちでいったらどうです? これは実質、勝ち組宣言ですよ?≫

「一度去ったんだから、ひょっこり再登場しないでください」

 

 悪魔の囁きかと思って、つい冷たく当たってしまいました。

 それより、私まで誘惑しないでもらえると助かります。

 本当に実践したら、ニートまっしぐらじゃないですか。開き直った私が容易に想像できるところに、恐怖すら覚えますよ。

 私はできれば司書などの本に関わる仕事に携わりたいのです。作家や編集者は、父さんやその周辺を見ていると、あの業界からは少しだけ距離を置きたい気持ちが湧いてきますので。

 

≪あら、残念≫

「去ってください、左京君曰く邪仙・霍青娥。というか、さっき来てた愛里ちゃんはどうしたんですか。そちらに行ってあげてくださいよ……」

≪少し背中を押してあげましたら、一目散に向かいましたわ。きっと、よほど……なんでしょうね≫

「……あまり遊ばないであげてくださいね? 私のお友達でもあるんですし」

≪ふふっ。わかっていますわ。限度は弁えてます。本人のお望みどおり左京さんに全てをぶつけてますし、大丈夫ですわよ≫

「左京君……」

 

 私が言えたものではないかもしれませんが、とんでもない存在にばかり目を付けられてますよね、彼。

 青娥さんや早苗さん、龍園君や他にも相当数。なんだかんだでいつも乗り越えてしまうから、彼ら彼女らが興味を覚えるのはしかたない気もしますけども。

 

 それでも夏休みまでの左京君の軌跡を読む限り、一区切りまでは近いはず。

 私はどうにも、あの争いや美学を感じない行為を嫌う彼を応援したくなってしまいます。珍しく多くの点で共感できる人と言ってもいい。

 勿論、他のクラスではありますし、自分のクラスに対してもそう思ってはいますが……。やはりどうしても、私はあの友達を倒す対象として見れません。負けてほしくないとさえ……。

 それは左京君のこれまでを本として読んだせいか、それとも───。

 どれにせよ、おおっぴらには言えませんし、私は手伝えないかもしれませんが。

 

 あと少しです左京君。どうか頑張って。

 





 当然ですが、椎名が読んでいる「ようこそキャットルーキーの前日談だと思ってる学園へ」には他者視点はありません。また綾小路や高円寺などの情報もぼかしてあります。ただ青娥に関しては作中の通り『世間話』以前からの付き合いなので、下手すると夢月や愛里以上に親しい面もあります。

 椎名の思考力ならここまで情報を開示されてたら見抜ける…もっと有利になる案を出せると思われるかもしれませんが、そんな無粋をする人物じゃないと私は思ってるので、これまでほとんど本編に関わってこなかった感じです。
 またメタ的には、椎名ひよりをよう実の傍観者枠(ちなみに東方は青娥、キャットルーキーは夢月)に設定してたのもあって、主人公の夢月以外は地味に登場制限をかけてました。
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