ようキャ   作:麿は星

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 佐倉回。



125、勇気

 

 10月10日21時頃。

 綾小路親子の件がひと段落つき、自室に帰って寛いでいたら、この日最大の山場が僕の予期せぬ形でやってきた。

 

「あ、あのっ。夢月君! 夜にごめんね。せ、せせ青娥さんに背中を押されてそのっ! 昨日の…か、借り物競走の返事を返しに……ききき来ました!!」

「返事? あー、まぁ今の時間なら部屋で話すくらいは大丈夫か。とりあえず入れよ愛里。入り口で立ち話してると妙な噂の的になるし」

「は、はいっ、お邪魔します!!!」

「お、おう? どうぞ?」

 

 ドアを開けて迎えた愛里からは、珍しく気合い?が入っているのを感じた。

 なんせ普段見ないボーイッシュ?な私服だ。薄緑のパーカーを着てフードを被ってて(一応、忍んでるつもりだろう)、茶色っぽいズボンを穿いている。なによりフードから覗く髪は下ろしてるし、眼鏡をかけていない。またそれほど大きくはないが、中くらいのバッグも持参している。何かしらガッツリ話しに来たのか?

 なんにしろ、様子が変だ。言ってる内容も意味わからんし、そもそも敬語っぽいのを使ってくる愛里はかなり久しぶり。

 彼女が櫛田と親交を深めてなかったら、危険なので追い返すところだ。

 

 だけど、体育祭で見た感じでは前よりずっと親しげだった。

 情報関係での櫛田は頼りになる。何か噂とかが流れても、愛里や早苗を無駄に刺激しないよう上手く調整してくれるだろう。この時間帯なら、ちょっと話す程度は問題ないか。

 なので、パーカーを脱いでバッグに仕舞い、Tシャツ姿となった愛里に僕は問いかける。

 

「それで夜分に何の用だ? 僕の話なら明日の昼にみんなの前でするから」

「ち、違うの! その前に話しておきたくてっ……あのっ」

「ん? どうした? さっきからいつにもまして変だぞ」

 

 話す時、愛里がアイドルスタイルにフォームチェンジしているのは妙な感覚だ。それでいて、カメラを向けられた彼女じゃないのも拍車をかける。

 しかし、四方や早苗ならまだしも愛里単独で部屋に来るのは久しぶり……というか、初めてかもしれない。まさか―――早くも南雲か…ありえないが篤臣氏あたりが愛里経由でなにか仕掛けてきたか?

 

「―――っ。ぁぅ……」

「むー。まずはお茶を淹れるから少し待て。一息入れてから話そう」

「う…うん、ありがとう」

 

 ふむ、だが。この言いにくそうな感じ。なかなか顔を上げない態度。あまり物騒な予感はしない。

 ということは相談事系統―――はっ! まさかとは思うが恋愛相談!? 僕がアプローチをかけてみようかなとか妄想している間に、誰かに先を越された!?

 ようやく余裕ができたし、これからは愛里の好感度を稼ごうかなぁと皮算用しているこの時に……くっ! なんということだ。つまり借り物競走でやったみたいなことはもうしないで的な話をしに来たのか。世知辛い。

 

……うんまぁ、流石にそんなわけないよな。愛里と繋がりのある野郎って癖が強すぎる奴ばっかりだし、僕含めてアレらと恋愛とか正直想像できない。そしてあまり繋がりのない相手なら、内弁慶な愛里は十中八九拒絶すると思う。なんなら自惚れ込みで、僕が愛里に一番近い男なんじゃなかろうか。

 なんて思考を逸らしつつ、僕はエロい目で見そうになるのを堪える。愛里のスタイルでTシャツは目に毒なのだ。室温は少し高めに設定してあったが、パーカーを脱ぐほどではないと思うのだが。

 

 その間、愛里は小さく喉を鳴らしながらお茶を飲んでいた。

 無心で見ていると、エロい気持ちと綾小路親子によって流し込まれたささくれがほどけていく感覚がある。こんな状態でも、現実に寄りすぎた僕の思考を幻想に引き戻してくれる愛里の存在は大きい。ついでに無言状態でも癒やされるって最高でおじゃるな。

 と、癒やされててふと思いついた。これは防衛策を強化する好機だ。

 

「あっ、愛里の話の前にちょっといい?」

「……うん、いいよ」

「たしか愛里の誕生日って今月の15日だったよな?」

 

 なんせ5日後なのだ。あらかじめ言っておくのがいいだろう。

 

「え、そうだけど。夢月君、知ってたの?」

「知ってたつーか、4月に一緒にバイトの申し込みした時にお互いの書類チェックしたじゃん。それに青娥さんほどじゃなくてもアイドル業の手伝いもしてるし、最低限のプロフィールは把握してるよ。愛里だって、誕生日前に僕のを知ってただろ?」

「ああ、言われてみれば」

 

 一之瀬の力を借りた東風谷早苗の浄化計画を同日誕生日に相殺されて落ち込む僕に、ハッピーバースデーの言葉と天体写真を綺麗に加工したプレゼントをくれた愛里を僕は忘れない。

 お返しに、どうせ寝かせるなら大金は愛里に使いたい。金にロマンもくそもないけど役に立ってくれるはずだ。

 それに前の人生で、どこぞの国では20XX年度に税金を取りすぎて25兆円も余らせ、ついにはGDPの140%近い銀行資産を積み上げていた(ちなみに主要先進国の中央銀行資産は約20%)。同列には語れないものの、金を集めて貯めるだけで還元も活用もしないなんてナンセンスである。

 

「だから体育祭総大将の勝利報酬が入ったら、旅行のと合わせて愛里に200万振り込むからさ。それを誕生日プレゼントに……」

 

 ともかく、交渉事で最もわかりやすく効率的なのは結局のところ金なのだ。貯めとくよりは、必要性の出そうな愛里に渡しておいて、それなりの保険に転化した方が有意義だろう。

 

「ちょちょちょっと待って!!? 話が飛びすぎっ。なんでいきなりそうなったの!?」

「なんでって、僕にはそんなに必要じゃないし、愛里のぶんと合わせて300万近く持ってれば、いざという時に役立つぞ」

 

 学校に属する人や評価基準をおおよそ固められた今はもう確信に至っている。

 僕の友達で危機的状況に陥り易いのは愛里が有力だ。

 なぜなら能力や成績なんかは微妙なところでも、心優しい奴から貧乏くじを引かせるのは世の常である。ゆえにそろそろ心構えと備えを愛里と共有しておくべきだろう。

 要は、「金を集められる」という手札を愛里に持たせておくのだ。この手札を学校の言う実力とやら……人によっては曖昧な基準を元に切り捨てられる奴はまずいない。冷徹な部分を時折見せる清隆でさえ有用性を認めるはず。

 

「ぁ……」

「他クラスの僕や早苗達じゃ助けになれないことがあるかもしれないし、そんな時は櫛田や高円寺、勧めはしないが清隆に頼れ。自分で交渉できなくても所持ポイントを見せれば、アイツらなら察してくれるさ」

「あ、あぅ……わたし」

 

 デリカシーがなさすぎるので今は口に出さないが、その際のイチ推しは櫛田だ。

 この特殊な学校では、櫛田をサポートする代わりに庇護下の片隅に置かれる状態。はっきり言って、これが僕の考える『女子の陰キャ』にとっての最適解の一つである。

 

「だけど桁を超えるほど溜め込むなよ。話は通してないけど……そうだな。貯金が500万を超えるようなら高円寺に相談するといい。プールする手段も持ってるし、アイツは裏切らない」

「裏切らない……高…円寺君が……」

 

 ただ、清隆の件で茶柱先生の株がどこの担任よりも暴落しているのが懸念点だ。保険以上のポイントは災いの元にもなりかねない。

 尤も、見えているそれには対処法が存在している。高円寺に渡してある部活用のカードを間借りさせてもらうのだ。高円寺なら、天文部の部費名目など他にもいくつか逃げ道を思いついているだろう。

 

「即物的で形には残らない保険だけど、こういう誕生日プレゼントはどうだろう? イヤらしく聞こえるかもだけど、なんなら好きに使って遊んでもいい…し……?」

「……」

「お、お守り。そう! 早苗のみたいなのじゃないけど、お守りだと思えばなんとかいけない、か?」

「……」

 

 あれ? でもなんか、愛里が俯いちゃったんだけども。てか、畳んである布団に突っ伏しちゃったんだけども。気に入らなかったって風でもなさそうではあるんだが……これだと、また思考が脇道に逸れてきてしまう。

 位置的に僕の枕が愛里の顔と乳に押し潰されてるだって……? 興奮しちゃうじゃないか(ズキューン)♥ みたいに。

 

「うー☆」

「うー?」

 

 ってどこぞの変態ピエロの真似は、察知される前に捨て置いて。

 うーうー言ってるのもアレだし、引き剥がすのもなんだか違う気がする。

 迷った末に、結局落ち着くまで好きにすればいいかと放置することにした。

 愛里の奇行はいつものことだ。

 夜に野郎の部屋へ来て無防備な姿を見せられても、その相手が僕である以上、襲うような真似はしない。愛里が大事ってのは確定してるし、信用されてると思うことにするのが無難だろう。

 

 というわけで、ちょうどよく窓から見えていた月を眺める事にする。

 二人きりなのに僕の布団で奇行を繰り広げる愛里を見てると、どうしてもエロい考えが浮かんでしまう。愛里は担任や一之瀬と違って、時々ものすごい色気を発する場合があるからだ。下弦の月に少しでもエロい気持ちを浄化してもらわないと、最悪『立てなくなる状態』に陥る可能性が高い。

 ぶっちゃけ密室&二人きりの条件が揃ってあまり見てると、あー。下品な表現だが、その……起っちゃう事があるんだよね。

 

「待って……待って夢月君」

「何を待てばいいか知らんが了解だ。ゆっくりしていってね」

 

 そう。しばらくうーうー唸って微妙に立ち直った?愛里。彼女ほどの美少女に、こうも狼狽えたように顔を赤くさせて近寄られると、勘違いしそうになるのは男子高校生としてしかたがない。

 

「そんなにもらって、じゃあわたしは何を返せばいいの……?」

「え……これが僕の誕生日プレゼントのお返しのつもりだったから、特に考えてなかった。でもなんかくれるなら、愛里が返せる時に返せるモノを無理なくくれるのが嬉しいかなって」

 

 貰えるモノならなんでも欲しいと言葉を返すと、愛里は僕をしっかり見て。次いで視線をさ迷わせ、また僕を。

 

「……」

 

 そして無言でピョコピョコ寄ってきて、月を眺めていた僕の右隣に腰を下ろす。

 なんなんだ、いったい。今日の愛里はやはりおかしい。

 

「うふっ、うふふ」

 

 と、愛里は自嘲と嬉しさが入り交じったような小さい笑みを零す。

 そんなちょっとした仕草や僅かに動く空気の流れすらなんか妙に色っぽく感じるあたり、かなりキているのではなかろうか。

 

「やっぱり夢月君は優しいね。でもどうして……。多分、天文部で一番要らない…………あんまり役に立てないわたしにそこまでしてくれるの? ポイントの使い道なんか他にいくらでもあるのに」

 

 話す内容やその態度とは裏腹に、真剣な雰囲気もあって。試すような…というと語弊があるが、きちんと僕に向けた問いかけだ。僕も正直に返すべきだろう。

 

「要らない? 役に立てない? んなわけないだろ。これまで僕がどれだけ愛里に助けられてると思ってるんだよ」

 

 だって愛里は、無人島でも船でも水中バレーでも。それ以前も。来た時に言ってた借り物競争や、それどころか体育祭の各所でも。いつも精一杯助けてくれた。僕みたいな本質が陰キャな奴に、それがどれだけありがたいか愛里ならわかるはずだ。

 

「助、け……? わ…たし、どんくさいし、人とも上手く付き合えなくて。みんなの足を引っ張ってばかりで。勉強だって……」

「それ、なんか関係あんの?」

「っ……!」

 

 だいたい、この年齢で自力でアイドルという稼ぐ手段を得た『天才』が役に立たないとかなんの冗談だ。自分に自信ないにも程がある。勘だけど、これは強めに言っておかないと不味い事になりかねないな。

 それに───。

 

「そもそも愛里は大事な友達だし、役に立つどうたらとか考えて付き合ってないよ。お互いに助け合えるならそれでいいじゃん」

「大事……」

 

 少なくとも僕は友達にそんなものは求めない。

 求めるとしたら、そいつが好きか、あるいは信頼できるか……くらいか。ああ、前に清隆と似た話をしたっけ。

 

「それに万が一にもいなくなられたら寂しく……寂しくなるなんてもんじゃない。ちょっと想像しただけでゾッとしたわ。だから要らないとかもう言うなよ? 僕だけじゃなく、天文部の奴らや友達連中は確実にお互い様だからな」

「お互い様……夢…月君」

「んで、こんな学校だ。防衛策は多ければ多いほどいいってもんだ。だろ?」

 

 念を押すと、少しの間、愛里はまた俯いて沈黙し、次に顔を上げた時には嬉しそうな柔らかい笑顔になっていた。

 てか……うおっ。こんな当たり前の事で、今日イチの綺麗な顔を向けるんじゃない。再度ムラッときたし、眼鏡かけてないから防壁が薄く感じられるだろうが。

 

「…………大事……寂しい、かぁ。わたしはもっとになっちゃってるかも」

「んぇ?」

「夢月君。さっきはお返事できなかったけど、勇気をもらったから───今……言うね」

 

 あ、あれ? いつの間にか愛里の両腕が伸びてきて、僕の右腕から胸にかけてとても柔らかいモノが……! すごっ、ぎゅっと押し付けられて。

 ヤバい。息子がアップを始めた。この距離では確実にバレる。因数分解…いや、この際、綾小路親子の考察とかし───。

 

「───これがわたしの返事です!」

 

 あ、焦ってる隙にだんだん愛里の顔が近づいてきて……。

 

「ん゛んぅ!!?」

 

 は? キスされた? 愛里に!?

 え? エ?? E???

 一瞬? 何秒? 何十秒? 意識が空白になっていた。いや、それどころじゃない! これが返事ってことは……。

 

「ひょ、ひょっほ愛里!? ひ、ひた…舌が……!」

「んー!!」

 

 しかし混乱と口内に侵入してきたモノのせいで、思考が回らず言葉も上手く出せない。つーか、メッチャ口に吸い付いてくるし、メッチャ首にしがみつかれてる。しかも風呂上がりだったのかメッチャいい匂い! いやっふぅ! 柔らかいし、暖っけぇ! モテ期到来YEAHHH! って言ってる場合か!?

 

 だって色々唐突すぎて、状況がおかしすぎる。愛里級の美少女にハグとディープなのをカマされ続けるのは刺激が強すぎてヤバい。

 これは駄目だ。世の野郎共が女子の尻を追っかけたくなるのもわかる。僕ともあろう者が、気を抜くとルパンダイブしそうになった。それも許されるような錯覚と共にだ。

 だってアレだぞ? 瞳に相手が写るような距離で力いっぱいのハグとキスをする『返事』がこれだ。もはや告白の上位互換だと思うんっ───。

 

───いや待て! 愛里は部屋に来た時、なにを言った? 青娥さんの名前出してたよな?

 そもそも最初からおかしかった。友情はまだしも、恋愛系のポイントは確率の上がるクリスマスを目処に稼ごうと計画してたのに、一足飛びでこうなるなんてありえない。おそらく、異性として見られてもなかったはずだ。

 

「ぷはぁっ……ふ…ふぅ、ふぅ」

「う、うぁ。ヤバ……」

 

 だがともかく、状況把握と対応が優先だ。

 ようやく口は離れたが、依然として目の前の瞳に写る僕が目視可能な距離。お互いの吐息がかかるのもヤベェ。いつもの眼鏡をしてないのもあって、失敗キスでクールダウンの可能性もなかった。

 心臓をバクバクいわせながら観察すれば、見たことのないトロンとした表情で息を整える愛里。明らかに通常の状態ではない。

 もったいなさすぎるが、ここはなんとか危機感を持って離れてもらわなくては。

 

「あ、愛里? いい加減理性の限界が来そうだから、離れてくれないか?」

「や!」

「や、じゃなくてな。その…ぼ、僕のアレがメッチャああなってるの、こんだけくっついてればわかるだろ? もういくらももたない……」

「……」

「だから離れ……どうして逆にしがみつく? 収まりがつかなくなるって」

「夢月君……こ、これ」

 

 言葉や態度に批難めいた色はなくても、愛里にソレを指摘されるのは何故かいたたまれない。つい口から言い訳がましいモノが飛び出てしまった。

 

「悪い。あんまり愛里を…いわゆる『そういう目』で見ないようにしてるんだけど、流石にキ、キスから怒涛の勢いで可愛すぎてこうなっちまうんだ」

「あぅ……」

「愛里がソレ系は苦手って知ってて……まして僕にだと、その……嫌だろ? わr」

「むしろ夢月君にそういう目で見られてるなら……わたしは…………う、嬉しいよ……?」

 

……うん。相変わらず、愛里は優しいな。

 双方に明確な異常があるってのに、僕を気遣ってくれる。こんなに優しい友達の異変につけ込んで手を出すなど、言語道断との決意を新たにした。

 

「それって、あー……何がとは言わないが。お、OKってこと…なのか?」

「……ぐ、ぐ~?」

「いやいやいやいや! ここで目ぇ閉じんな!? 流石にこんな状態で寝たフリは無理だから! 必死で堪えてる野郎にそれはヤられるフラグだから!!」

「ぐ~!」

 

 しかし、この積極的なのか消極的なのかわからない奇行はなにが原因だ?

 可能性は低いはずだが告る勇気や進撃に必要な電池が切れたとかじゃなければ、疑わしいのはやはり───愛里が来た時に名前を出した青娥さんが容疑者筆頭か。あの仙人なら妙な術やらエロマンガ媚薬やらを持ってそうだし、楽しめそうなら愛里にさえ一服盛りそうだ。

 これは紛うことなき邪仙。考えれば考えるほどヤツの差し金を疑いたくなる。何故か勘が反応してないが。

 

 というか、ヤバい。

 ちらりと確認した現在時刻は22時前だ。まず邪魔が入らないだろう絶妙な時間帯と自室という場所、僕達の関係性。

 これは決意を新たにしたとはいえ、天の時、地の利、人の和を揃えて僕の理性を溶かしにかかってきている。戦国乱世かよ。

 だが、愛里の異変を察知しておきながら、男の本能に身を任せることはできない。不自然な状態異常になってる愛里にそうしたら、大事にすると何度も言ってきた僕自身の誓いを破ってしまう。

 

「寝るな! 寝たら死ぬぞ───僕が!」

 

 確実に寝たフリ?なのはわかってるが、本当に寝られた場合に起こる最悪はこれだ。無意識にやっちまったら取り返しがつかない。危機的状況を開示しておく必要があるだろう。

 

「このまま寝たら、絶対朝ヤバい事になってるからな! 誘ってきたとみなして襲うよ? 愛里は貞操を失うんだぞ!? そして僕は社会的に死ぬ!」

「ぐ、ぐぅ…きゅう」

「だからその耳まで真っ赤な顔を洗って出直した方がいいって!」

「あっ…………く、くぅ~」

 

 しかも僕はまだ2度目だとも話してない。見方を変えれば中身が半分おっさんかもしれない事を明かさずヤルのは、騙し討ちと同義といって過言ではない。

 ゆえに、なんとかやり過ごす以外の選択肢はない。ヤバいほどの可愛さでくっついてくる愛里をだ。

 

「あっ、頭でグリグリすんな! 痛くはないけど、可愛さ倍増するから逆に危険度が上がる!」

「スッ!? すすす、すやすやっ!!」

 

 なによりヤバいのは、キスからこっち僕の下半身が完全な戦闘体勢に入ったままなことだ。ソレはモゾモゾ動く愛里の股や腹付近で今も暴れている。言われるまでもなく、密着している以上、気づいてないなんてあろうはずもない。

 多方面から見て、どうあっても襲えない現状でのこれは、まさしく油断した直後に来た邪仙のお遊び……試練と言うに相応しい。

 

 なんて方法とタイミングで仕掛けてくるんだよ。よりによって目標も仕上げだけ残ってる状態で……違う。だからこそか? 考えてみれば、篤臣氏の時もたしか何かの直前だった。着手と完了という違いはあるが、青娥さんになんらかの隙が生じやすいタイミングを狙う癖があるとしたら……? なんて傍迷惑なんだ。

 

 ともあれ、今は考え込んでいる場合じゃない。本格的にその気にならないようツッコミを途切れさせたら駄目だ。これまで以上にギリギリを攻めてでも……。

 

「てか、さっきからそんな元気いい寝息ある!? 愛里はもっと僕に、男に対して危機感を持った方がいい!」

「持ってはいるよ、夢月君を信頼してるだけで……あっ! す、すぅ~」

 

 寝たフリだって隠す気ないだろ、愛里。

 もっと具体的にどうなるのか伝えて、離れるよう仕向けてみるか。

 加減は難しいが、一之瀬にセクハラした経験を活かせば僕ならできるはずだ。サンキュー、一之瀬! forever、君の献身は忘れない!

 

「……おい愛里。あくまで寝たフリする気なら、このまま布団まで運んで押し倒す。そんで嫌ってほどイチャつくからな。モテない男の欲望を甘くみるなよ? おそらく朝までコース確定になる。起きた時、グチョグチョになってるぞ。

 流石にそんなの嫌だろ?」

「……………………ぃよ」

「なんだって? しがみついて顔を埋めたまま答えるな。息がくすぐったいし、くぐもっててよく聞こえん」

「す、すす……すやすや」

「おまっ……はぁ」

 

 なんだよ。いざって時に全然活かせないじゃん。これも難聴系の煽りで遊んだ因果応報か。

 絶望した! 僕の応用力のなさに絶望した!

 冷静になろうと色々必死に諭そうとしてみるも……嗚呼。全てが誘われてるようにしか感じられん。言いながらなんとか布団まで辿り着いたものの、コアラのようにしがみつく愛里はかつてない強敵だ。ここに到っても寝たフリを止めない。意外すぎる強情さである。

 会話?や仕草だけならあまり操られてる感もなく、いつも通りなんだけどなぁ。それがまた「手を出してもいいんじゃない?」みたいに思えてキツい。綾小路親子の問題とは異質すぎる山場が連続して来るとか、ホント勘弁してくれ。

 

 仮に愛里が素のままだとしても、これは紛うことなき人生最大級の試練になりそうだ。

 据え膳食わぬは男の恥というが、僕に言わせれば据え膳を食う事こそ男の恥である。

 苦し紛れに歳の離れた従姉の娘を寝かしつける経験を思い出して、意図的に父性を増幅。それによって無理矢理に性欲を相殺しつつ、自分と戦い続ける僕の夜は始まったばかりだった。

 

……あぁ~、やりてぇ。でも、やれねぇ。どうしてこうなった。

 





 とある邪仙「少し遊んだとはいえ、背中を押しただけなのに……(邪仙呼ばわりは)解せぬ」

 多く語ると墓穴が見えてるので、上記が真相だと思っていただければ。ちなみに青娥はチート系こそ使ってないけど、何もやってないってことじゃありません。

 真面目に言い訳すると、原作で綾小路グループ加入に踏み出せた彼女なら、ここでも動けるんじゃないかな、と。何人もの友達や相談相手が揃ってるし、原作より勇気や余裕も在庫があると思うのです。
 なら私の苦手な恋愛話(好きの一言も出ないこれが恋愛話かは置いといて)も逃げずに書くのが自然、とも思いまして。飛ばそうかと一瞬考えましたが、佐倉のぶんの青娥の借りや『月』のフラグとかも完全に迷子になるので、ここと次にねじ込ませてもらいました。
……自分で書いてるせいか、読んでも恋愛やエロとかの要素がよくわからないので、そう感じなかったらすいません。次話で何故こうなったか説明できる……といいなぁ。

 でもとりあえず、強引ながら「わたしは要らないんじゃ」からの「(実力や役に立つ事が友人関係に)なんか関係あんの?」の流れが目標の一つだったので私は満足です。

 あと余談ですが、今話サブタイトルの別案は『陰キャ』でした。
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