ようキャ   作:麿は星

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15、代償

 

「それにしても、四方さん凄いタイムですね」

「ホントだよ。東風谷の番どころか、僕もいらないんじゃないか?」

「……ハハハ。俺もなかなかのモノだろ?」

 

 競泳3組目を観戦しながら、僕たち3人は話していた。

 話しながら観察したのだが、やはり四方にいつもの精彩というか余裕というかはあまり感じられなかった。おまけにわき腹や肩の辺りを気にしているあたり、痛めた可能性まで出てきている。おそらく東風谷も先ほどの僕の頼みの件もあって、なにかおかしいと感じてはいるだろう。

 

「3組目は問題なさそうですね」

「そうだな」

 

 3組目は30秒前後のタイムだった二人が決勝に進み、四方は勿論、僕でも勝てる可能性が高いはずだ。

 

「そういえば東風谷は大丈夫なのか?」

 

 東風谷は男子の決勝前にやる女子の3組目なのでまだ少し時間はあるが、いつまでも僕や四方のところに居ていいのだろうか? 勝敗はともかく、女子のコミュニティがどういった仕組みなのかわからないので、ふと思った疑問を聞いてみる。

 四方もそうだが、正直僕の提案に乗ってくれただけで感謝しているので、勝敗は気にしていない。元々、僕だけの一手のつもりだったし、できれば調子を崩したのが明らかになってきた四方は棄権してほしいが、たぶん言っても意味がないどころか結果的にマイナスになるのが容易に想像できる。四方という男は、見た目の柔和さを裏切る頑固さなのだ。

 

「うっ! 本当はいけないんでしょうけど、その、一之瀬さんや他の女子の皆さんは私が苦手なように見えて……」

「少しだけわかる。僕も話したことはないも同然だけど、近くに居る時に無音の空間になることがあるんだよなぁ」

「それに一之瀬さんは見るからに善人オーラが溢れすぎていて、ちょっと近づきづらいと言いますか」

「やっぱ、そうだよな! 自分が近づいたら浄化とかされるんじゃないかと身構えちゃうよな!」

「……お前ら、一之瀬のことを何だと思っているんだ」

「「聖人?」」

 

 一之瀬の話をしていると四方が呆れた顔で聞いてきたので答えたら、東風谷と被った。かつては女神と称しようかと思っていた時期もあったが、そうすると僕が以前にした一之瀬への無礼が神罰となって返ってきそうな気がしたので、神様関係はやめておいたのだ。

 それはそうと、被ったままではアレかもと思ったので、もう一つ頭に浮かんだことで打消しを狙ってみる。

 

「あ、いや。レッドリスト入りした希少種かも」

「それは……ありですね。言われてみるとエゾナキウサギっぽいような気がしてきました」

「ブッハ! 東風谷。お前、具体例を挙げるなよ! 話す機会が来た時に頭をよぎったらどうするんだ」

「フフッ、すいません。なぜか頭に浮かんでしまいました」

「言いたい放題だな」

 

 僕らは、そんな感じで東風谷の出番ぎりぎりまで駄弁っていたのだった。

 

 

 

 東風谷が去っていき、女子3組目でスタートした。

 話していた時に横目で見ていただけだが、今のところ女子で運動性能が高いと思われるのは2組目だった安藤(四方が名前を教えてくれた)だろう。

 東風谷も高いとは思うのだが、なんというか波というか幅のようなものがあってイマイチはっきりわからない。今も東風谷がトップでゴールしたので速いのは間違いない。スタート時点から手びれ足ひれが付いているかと思えるほどの推進力を出していたのに、更に全身をくねらせながらあおり足で静かに速度を上げる蛇のような魚雷のような泳ぎだった。

 凄い事は凄いのだが、 静音性が高すぎて凄さがわかりにくいというのだろうか。

 

「しかし、東風谷も速いなぁ」

「そうだな」

 

 四方はこの時間では回復できなかったのか、調子が悪いのが今の返しからもわかる。

 この際、難度が高いのは承知の上だが、試合を捨ててでも四方に勝つことを本気で考えた方がいいかも知れない。

 

 このままだと四方は、何かあった時に無理したり我慢したりして、僕や東風谷がそれに気づかない場合があると命取りになりかねない気がする。さっきのレース直後も柴田と話していたのに、柴田は四方の調子の変化に気づいていないような感じだったことから、気を張っている四方の変化を感じ取るのはたぶん僕や東風谷でも難しいかもしれない。気づくとしたら、かなりギリギリになってからだろう。

 

 だから、僕か東風谷になら丸投げしても大丈夫だと四方に何とか思わせたい。東風谷への対応にはまだぎこちなさもあるし女子ゆえか少しハードルが高いが、同性の僕なら勝つか実力を認めさせれば不可能ではないはずだ。今なら四方は手負いといってもいいほどの状態で実力が最大限に発揮できない可能性もあって、勝機はある。

 

 僕は四方とスタート地点に向かいながら、すれ違った東風谷に「ナイス!」と声をかけながら、小声で保険をかけた。

 

 

 

 決勝では、僕は3コース、四方は5コースだった。ちなみに間の4コースは柴田である。

 飛び込み台の上に上ってプールを見下ろしていると、隣の柴田から声をかけられた。丁度いいので、宣戦布告をしておく。

 

「おっ、今回は飛び込みでやるのか?」

「ああ、やったことなかったから予選ではやらなかったけど、今回だけはリスクよりタイムを取る」

「やったことないって、大丈夫かよ? 腹打ったらメッチャ痛いぞ」

「できないなら必要な時にできるようになればいい。僕ならできる」

「……すごい自信だな」

「左京だと、本当にできる気がしてくるから不思議だな」

 

 柴田とは今まで話したことがなかったが、心配してくれるあたりいい奴なのだろう。四方からは褒めてるのかリップサービスなのかわからない言葉が聞こえてきたが、今の僕は必要な時に必要な事をするだけだ。

 

「四方。柴田もだ。今回は僕がもらう。だから流して八百長してくれてもかまわないぞ?」

「言ってくれるじゃないか。オレだって負けないからな」

「勿論、俺もだ。左京にも柴田にも勝つさ」

 

 柴田と四方の笑顔での宣戦布告返しになんか嬉しくなるが、相変わらず嫌な予感は消えない。いっそ一応言っておいた僕の言葉通りに流して負けてくれたら、安心するのだろうか?

 でもそんな想定はありえない。目の前にいる四方という奴は、入学以来の友人としても、漫画の主人公としても、意外と負けず嫌いだということを僕は知っているのだ。

 だから無理矢理に四方の欠場を狙わず、全力で手負いの四方を負かせて、引ける時には引く事ができると教えてやる。

 僕は改めて、デバフが盛られた天才の友人に勝つ決意をした。

 

 

 

 予選の時と同じように、先生の掛け声の後に合図が鳴る。

 それと同時、全力で集中して思いっきり台を蹴って前方に大きく跳躍する。そのまま勢いを殺さぬよう自分を針の先のようにするイメージで入水。予選の時とは違う大きな抵抗が体を阻むが、それを手の動きとあおり足で何とか速度を落とさないようにしながら体勢を整える。

 

 四方同様、僕にも優れた身体などはない。しかし、集中することで身体能力や運動神経をブーストできることは、四方が先ほど見せて証明してくれた。あとは四方の集中力に少しでも近づけた上で、自分なりに応用するだけだ。

 水面に浮上すると、柴田が僅かに斜め後ろに位置しているのが視界に入る。四方は水しぶきでしか確認できないが、予選の時ほどは柴田や僕との差はついていないと思う。やはり体自体に無理が出てきているのだろう。

 

 と、その時。四方の水しぶきが近くなったような気がした。

 現実でも錯覚でも四方の限界が近づいているのでもかまわない。感覚的にコースはまだ中ほどだが、ここで勝負を賭けることにした。水を切り裂く手の動きに集中して、手足に力が入り過ぎないように調整しつつ、最後の余力を泳ぎに注ぎ込んでいく。

 これで届かなければ勝ち目はなかったが、ゴールが見えてきた辺りで四方の横にまで追いついた。今まで見たことがないほどに必死な顔がクロールの合間にチラッと見えたが、おそらく僕も似たような顔になっているのだろう。頭の隅でこんなことを考えているが、スパートを早くかけすぎたせいで倦怠感と体の各所に微痛があるのだ。余裕がなさ過ぎて柴田の位置も把握できていない。

 最後は気力でなんとかゴールした……のだと思う。気づいたらゴールに手を着けて寄りかかっていた。横を見ると柴田が着いていて、その奥の四方もぜぇはぁと疲労しきった息を漏らしていた。

 

『左京、25秒98』

『四方、26秒00』

『柴田、26秒43』

…………………………

 

 1位を盗み取った感慨も沸く余裕がない僕と四方のあまりの疲労困憊っぷりを見かねたのか柴田が手を貸してくれて、二人してふらふらしながらプールサイドに上がってすぐへたり込んだ。

 

「お前ら全力出しすぎだろ。オレもつい熱くなっちまったけどさ」

「……ぜぇぜぇ、ゴッホ。ハハ、夢中に……げほ、なりすぎ、たかも。はぁはぁ」

「ケホッゴホ……四方、柴田、はぁはぁ、僕の勝ちだ! ゲホッ」

「……二人ともゲホゴホうるさい。肩かしてやるから少し黙ってろ」

 

 柴田は僕と四方を近くのベンチに運んでくれ、タオルまで持ってきてくれた。東風谷が女子の決勝に出ているので、ここにいるのは僕と四方、それと柴田だけである。

 四方はともかく、自分を負かした僕まで介抱してくれるとは真にいい奴だ。そう感じた僕は、深呼吸して息を整えると本音で礼を言った。

 

「今までこの爽やか系クソイケメンとか、この顔面があれば一生女を勘違いさせて生きていけそうとか思っててごめん。柴田っていい奴だったんだな。ありがとう」

「……お前、そんなこと思ってたのかよ」

「左京は歯に布着せる言い方を覚えような」

 

 僕の真摯なお礼に対し、柴田は複雑そうな顔で何かを呟き、四方は引っかかることを言ってくる反応が返ってきた。

 ともかく、勝ったのは僕だ。落ち着いたらようやく実感がわいてきた。

 

「しっかし、四方はともかく文化部に負けるとは思わなかったぜ。結構自信あったんだけどなぁ」

「ムハハハ、本気になった凡人を舐めすぎたようだね、柴田君?」

 

 実感がわいてきた時に、柴田がそう悔しそうに零すものだから、僕はおだてられた猿になり気分的には木に登った。そして、その勢いのまま四方にも矛先を向けて無意味に煽る。

 

「それに四方君? 不調を押してナメプ紛いの勝負をした挙句、本来ギリギリ足元に及ぶか及ばないか程度の僕に負けるってどんな気持ち? ねぇ、どんな気持ち?」

「……やっぱり気づいてたか。スタートの前から雰囲気が違ったから、もしかしてとは思ってたけど」

「まぁ結果から見れば、あの予選のタイムと比べて一目瞭然だわな。流石にオレもあれには勝てる気しなかったのに、決勝では勝負になってたしな」

 

 四方と柴田が話しているが、僕は気にせず疲れを忘れてスキップしながら二人の周囲を廻りつつ言葉を投げつけていた。調子に乗ると後から後悔する事は理解していたが、男には引けない場面があり、僕にとってはまさにこの時だったのだろう。

 

「これに懲りたら、自分の勝負所以外できつくなったら僕か誰かに投げるようにするんだな、四方ちゃん? 引くべき時に引けるのは恥じゃないぞ」とか。

 

「あっ! そういえば柴田に自己紹介してなかった。僕は左京夢月という。入学から日が開いてるし、僕はあまり目立たない方だから、覚えられてるか疑問だったんだよな」

「今かよ!? マイペース過ぎるだろ!……一応言っとくと、オレは柴田颯だぞ」

「柴田……颯だな。了解だ」とか。

 

「無理や我慢をするのはともかく、友達に隠すのはもうやめろよ? 少なくとも僕や東風谷はそれを利用したり弱点のように突いたりは……なるべくしない。うん、今回みたいなしんどいのは僕ももうごめんだ」とか。

 

 僕は女子の部で1位を取った東風谷が来るまで、柴田との自己紹介も挟んで四方へ思っていた事をこのように数々の言葉と態度で煽り散らしていた。普通にやれば、もう裏技以外で四方に勝てることはないだろうからこの好機を逃す手はないだろう、と思いながら。

 

 だが、四方とついでに柴田にした気分が赴くままのイキリ発言と態度の代償は、夜に冷静になった僕の黒歴史レコードを大幅に更新し、部屋を悶え転げ回って睡眠時間を削る形で支払われることになることを、この時の僕は予見できなかった。

 





今回でオリ主・クロスオーバーの主要キャラ3名の人物設定は最後です。


人物設定③

四方 二三矢(しっぽう ふみや)。
153cm。44kg。

学力   B+(90)
知性   B+(87)
運動能力 B-(72)
判断力  C (51)
協調性  C+(56)

担当官評価
 入試の優れた成績と中学時代の報告から学力と集中力に特筆すべきものがある。一方、面接での受け答え時の態度から判断力や協調性については疑問が残るためBクラス配属とする。

作者メモ
 キャットルーキー2部の主人公。ちなみに1部の雄根・神童、3部の寅島・三日月はそれぞれ3~4歳差で存在してはいる。
 陰陽師・阿倍清明の子孫という一見でチート臭い血筋を持つ天才。集中して何かをすることで習得効率や洞察力などを飛躍的上げることが出来る。運動でも火事場の馬鹿力を任意で使える為、瞬間的な身体能力はよう実主人公の綾小路を超える出力すら出せる。しかし運動では、あまり出力を上げすぎると体を壊すデメリットも抱えている。

 左京を不思議な空気を持つ意外性のある友人だと思っている。
 天文部に誘われた事もそうだが、天文部顧問獲得のチャンスであった競泳の予選で全力を出した代償に不調であることに気づき、一点狙いで自分や柴田を上回って勝った上で遠まわしに頼れと忠告してくれた事を感謝している。
 実は四方自身も左京と東風谷を除いたBクラス内では左京と似たような評価をされていて、一人での行動も結構多かったりする。ただ二人とは違い、一之瀬や神埼はじめ何人かの友人や交流もあるので、孤独に見えたり感じたりすることはない。逆に言うと、左京と東風谷は……。
 また同じ部活の仲間である東風谷を最初は警戒していたが、左京が普通に話しかけたり誘ってきたりするので慣れてしまった。

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