ようキャ   作:麿は星

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 現実(2024/10/11)と作中・最終話の日付けを合わせる試み、1万5千字くらいになったものの、ギリギリでなんとか間に合った。いや、ただの自己満足だけど、やってみたかったから結構達成感がありますね、これ。
 というわけで、2年と数ヶ月かかりましたがエンディングです。



最終話、左京夢月

 

 10月11日の15時30分頃。

 許可をもらっている野球グラウンドに到着した。

 そして見て即座にわかる異常事態である。

 

「やっと来やがったな。遅いぞ左京」

「いや、南雲。夢月が来たのは許可を得た時間通りだ」

 

 まず声をかけてきたのは、南雲と学の生徒会コンビ。すぐ新生徒会の選挙らしいのに、引き継ぎや就任準備はどうした。こんなところに来てる暇があるのか?

 でも学は勿論、南雲も出る杭は打たれる…アンド出ない杭は引っこ抜かれる形式にストレス溜まってそうだもんなぁ。お祭り騒ぎを見つけたら、絡んでくるのもわからないではない。

 

「社長! 先日はお疲れ様です。椎名さんや四方君から聞いて、及ばずながら馳せ参じました!」

「社長って、左京の全貌が全く見えてこないな、ふぅ。……だがまだ焦ることもないか。じっくり行こう。その為にも今日の『交流』楽しみにしている」

 

 次は栄一郎と葛城。栄一郎はともかく、葛城はどっから出てきやがった。交流って話の出どころは何処なんだ。

 それに向こうの藤巻さんは呼んだからまだしも、椎名や戸塚、一之瀬に龍園まで……! それ以外の奴らも結構な数が集まっている。更には、二日酔いっぽい担任も茶柱先生に絡みまくって、半ギレ顔にさせてるし。御愁傷様である。

 え、でも愛里を除き、四方と早苗以外誰もいなかった場合の保険で藤巻さんに審判を頼んどいた以外、マジで何にも働きかけてないんだけど何事?

 

「ははは。夢月、君の想定していたテイルマンとの対決は、どうやら変更を余儀なくされたようだねぇ。一切の欲に振り回されなかったからこそ、というところか」

「くくっ。なかなか壮観な面子だな。改めて思うが、争いレベルで断ち切った後輩は大した男だよ。

……南雲がああなるとはなぁ」

 

 固有名詞こそ出してないがこれは……愛里や南雲関係の真意にいくつか気づかれてる……!? いや、この人らからすれば簡単すぎる謎解きだけども!

 てか、煽りも賞賛もいらないし、どっちでもいいからいい加減に現状説明求む。フリーダムにボールやグローブ触ってないで、わかってるならホント頼む。

 

「これは大事になってきましたね。いつものことですけど」

「夢月君がいると、いつもこんな感じだもんね」

「俺も何人かに声はかけてたが、ここまで集まるとは……予想通り、予想以上だな」

 

 コイツらも……!

 特に四方。さっき命名決闘を申し込んだ時は驚いてた風だったのに、なに自分からお祭り騒ぎを拡大させてんだよ。

 

「おーい、夢月ー。キャッチャーはオレに任せろ。肩を作るついでに何球か投げてくれ。その何球で完璧に調整してみせる」

 

 き、清隆まで来てやがる。なんだ、その吹っ切ったような笑顔。

 別に守りたくない、この笑顔……。ぜってぇ、良からぬ事を考えてるだろ。てか、お前そんな表情できたんか。櫛田や堀北さんの…いや、坂柳さんまで顎が外れそうになってんぞ。……でもこの3人なら、顎を外したままでいてくれた方が静かになって平和だな。

 よし。どんどん外せ。僕は黙認しよう。

 

 しかし自分から輪に入ってくるようになったのは僕の影響も僅かにあったかもと考えられて嬉しいが、激しく今じゃないだろ感が。無駄に頭を回し、無駄に洗練された先回り。僕じゃなきゃ見逃しちゃうね。

 まぁ、たしかに昨夜のキャッチボールでいくつか手札を見せてたから適任と言えば適任なのだが、そもそも打つか打たれるかの勝負なんだから、キャッチャーは必須じゃないのだ。よりにもよって清隆自身でそこに座るとは……。

 コイツのズレっぷりは相変わらず天下一品である。

 お前がナンバーワンだ、キヨタッカ。

 

 そこから、命名決闘を申し込んだのは僕だというのに、その僕を置き去りにしてジェットコースターの如く事態は進行していった。

 グラウンド隅に置いてあった黒板?に、話し合うことすらなく勝手に書き込まれ、埋められていくポジションと名前。ちなみに僕と四方の名前はすでに清隆が、早苗と鬼龍院先輩の名前は何故か楽しそうな愛里が書き込んでいる。別にいいけど、この三人ってキャッキャするほど(死語)仲良かったっけ? 

 

 打者(三打席)、四方二三矢(1-A)

 

 ピッチャー、左京夢月(1-A)

 キャッチャー、綾小路清隆(1-D)

 ファースト、松雄栄一郎(1-C)

 セカンド、南雲雅(2-A)

 ショート、堀北学(3-A)

 サード、東風谷早苗(1-A)

 レフト、鬼龍院楓花(2-B)

 ライト、葛城康平(1-B)

 センター、高円寺六助(1-D)

 

 試合ですらない、ただの勝負に異常な面子が勢揃いしていた。この布陣を構成するメンバーから観客まで知り合いだらけである。てか、担任や天文部顧問の東山先生、他教師何人かも含めて、僕の知り合いほとんどが集結している。

 しかも上空からは笑い声まで複数聞こえていて……。

 

「……ふっ。これは(僕に対しての)メラゾーマではない。イオナズンだ」

「単体攻撃じゃなく全体攻撃だって教えてるだけの人になってるぞ夢月。わけわからんし」

「というか、例えがおかしくありません?」

「何を今更。僕にだってわからないことくらい……ある」

「夢月君自身が一番変だけどね」

 

 こうして、とんでもなく拡大したわけのわからない事態は、僕の想定を斜め上に突き破り、妙に派手なイベントへと変貌を遂げた。その現状を信じたくなくて猫を愛里に渡す時に嘯いたら、ついてきた四方と早苗、ついでに愛里からもツッコまれたわけだが。

 

 

 

 

 

 

 マウンドに立った僕は思考停止しつつ、勝手にそれぞれのポジションに着いた奴らへと呼び掛けた。

 

「しまっていこ~!」

 

「は~い」

「「おおー」」

「「「「……」」」」

 

……その呼び掛けに対し、沈黙多すぎな件について。早苗と栄一郎、それに外野にいる葛城からしか返事が返ってこなかった。自発的に集まったのに、なんて団結や協調を感じない有様だ。

 いやまぁ、うん。本来、こんなほぼ球拾いみたいな役割する面子じゃないのはわかってるよ? 試合ですらないしね?

 そんな状態でマウンドに立つ僕を不憫に思ったのか、言葉上は声援、態度は煽りという器用な真似をしにマウンドまで来た奴が一人。いつものように、まずはジャブを入れる。

 

「実家のような疎外感」

「お前の実家もあんまり良くないんだな」

 

 先制で放った自虐に対し、清隆の同類を見るような目がツラい。流石にあれほどじゃねーわ。

 不幸自慢する気はなかったので、微妙に話題をスライドさせる。

 

「実家というか地元の小中学校だな。ははっ、歴戦のぼっち気分を久々に味わったよ」

「夢月……この面子を集めておいて、なんでお前はいつもそうなるんだ」

「……今回に限っては、勝手に参戦してきたほとんどが言うこと聞きそうにもない奴揃いだからじゃね」

「ふっ、オレも含めてか? お前の近くにいるのは全員癖が強い。それは当然わかりきっていたことのはずだ。その曲者共を活かしきっておいて、よく言えるな」

「きっと運と巡り合わせがよかったんだろ」

「いや、違うな。これまで夢月が信じられるように動いてきた結果だ。数々の問題に誠実に当たり、きちんと信頼を得て、仲間になってもらうように努力していたのをオレは見ていた。

 だから、いざという時に話を聞いてくれる。助けてくれる。ソイツに関係なくても、ちょっとしたイベントにも混ざりたくなる気持ちにさせる」

 

 なんだ、コイツ。元気づけてるつもりか……サンキュ(需要のないツンデレ風に)。

 まぁ、何人かはそうかもしれない。

 珍しく僕と気が合う友達は意外と多かった。

 

「いやに持ち上げるじゃないか。お前もそうなのか? 船でピアノ弾けるとか言ってきてたし、キャッチャーやると手や指を怪我するかもしれないのに」

「……だからオレを誘わなかったのか」

「当たり前だ。ピアノに本気だったら命より手が大事だろ。六助や鬼龍院先輩についても外野だったから口出ししなかったんだし、清隆にも万が一の心配はするさ」

 

 キャッチング技術は心配するまでもないが、ファールチップとかイレギュラーの可能性はある。仮に六助や先輩がやろうとしてても止めはしたと思う。

 

「ろっ……え……は!? 心配!? い、いや、別にオレはピアノができると言っただけで……」

 

 清隆にも一応していた配慮を口に出すと、“予想外”の情報過多になったのか妙に慌てた態度になった。だから、お礼ついでに思ったままの指摘をしてみる。

 

「あーうん。それはわかる。清隆の演奏は聞いてないけど、多分演奏技術は優れてても芸術に昇華する資質が足りてない印象がある。音楽家としては、何か物足りなくなるっていうか?」

「物足りない?」

「だってお前、正確性に目が行って、情動を音楽に乗せることの重要性をわかって…いや、実感してないだろ。本気でやってる奴じゃなさそうなんだよな。それでも覚えがあるみたいだし、友達なら普通に気遣うが。

 だからまぁ、ありがとな」

「オレが適任なのは承知の上でか。それにそんな余地まで……」

 

 痛いところを突いたか、思わぬところだったかは判断できないが、清隆はあからさまに話題を戻す。

 上から目線返しはこのくらいで充分だろう。改めて話に乗ることにする。

 

「…………結局のところ、理由を用意して、かき集めて、炊きつけて、裏で動かそうとするだけじゃお前の戦略には一歩足りないということか。

 夢月が『記録』に残るかはまだ半々だが、『記憶』に残るのは確実だろうな」

 

 言わんとすることはわからないでもないが……なに言ってんだコイツ? 学っぽい言葉だし、何気に影響されたのか?

 

「わかっていたつもりだったが、わかっていなかった。

 それでも、なんとかなる算段はあったがな。

 尤も、一番わかってなかったのは幸いにもオレじゃない」

 

 でも清隆は笑った。いや、嗤った。誰かさんを流し見ながら。

 乗るしかない! このぶっ壊れて見えるビックウェーブに……!

 

「もはやオレが手を下すまでもない。

 それこそ勝手に崩れていくだろう」

「清隆、お主もワルよのう」

「いやいや、夢月ほどじゃない。実際、オレは何もしていないからな」

「それ、モリアーティとかの台詞だぞ? 完全犯罪系の黒幕風吹かせてると早苗とかに睨まれるから“あんまり”僕を巻き込むなよ」

「あんまり、な。ま、もう極力やらないさ。お前を絡ませると必ず予想外の方向に行くしな」

 

 越後屋とお代官ごっこは、おそらく僕のケアだろう。リスクを極限まで減らしたがる清隆らしいやり方だ。良い気分転換になった。

 

「ふぅ……。んじゃ、いっちょ度肝を抜いてやろうか」

「ああ、逸らすことはないから思いきり投げてこい。アレの初見なら余程運が悪くない限り二三矢にも通用する」

「───初球から全力だ。零すなよ、清隆」

「───夢月もな。失投を見逃すほど二三矢は甘くない」

 

 元気付けに来たのか、プレッシャーかけに来たのかどっちなんだ。

 まったくどんな時もわけのわからない奴である。

 そして清隆がホームベースの後ろで構えると、今度は待っていたかのように無言だったとある副会長から野次が飛んできた件。コイツはコイツで懲りない奴だ。

 

「へーい、左京! 力で押してけっ」

「乱世のやり方かよ。思考を現代に戻せ、南雲」

「乱世か。じゃあ首を取って飾るかー?」

「物騒な冗談だな……おい、冗談だよな?」

「俺をなんだと思ってんだよ、お前は」

「え、鬼畜外道?」

「ブッ……く、くくっ。あ、当たり前のように……! そろそろこの男に無駄に絡む愚を諭すべきかもしれん。これが生徒会長として最後の仕事になるか……ふっ」

「堀北会長! なに笑ってんスか!?」

 

 うっせぇバーカ。生徒会コンビは放置決定だ。南雲こそ、大した関わりも遺恨もない僕をなんだと思ってるんだよ。貸し借りも水に流したし、もう今では面倒な知り合い程度の付き合いだろうに。

 てか、コイツら自ら進んで僕のチームメイト?になってきたくせに、なんでこう自由極まりないの? 声の届きにくい外野や真面目な顔のまま吹き出した学はともかく、特にセカンド位置でニヤニヤ顔して煽ってくる南雲は人としてどうなん? 屈託のない笑みを浮かべやがってこの野郎。鬼畜外道ですら生ぬるいわ。審判として清隆の後ろに立ってる藤巻さんが多分呆れた顔してるよ? マスク的なモノで顔は見えないけども。

 

 まぁ、人に笑われるくらいがちょうどいいなんて歌詞もあるし? 球拾い要因が増えたと思えば……。球拾いにしてはちょっと、そこそこ、かなり豪華な面子揃いだが。

 少しは確認がいるな、これは。あくまで四方と僕の勝負だから別にエラーしてもかまわない(エラーはヒットに含まれない)が、できるか否かの試しはしといた方がよさそうだ。

 ゆえに、僕は準備運動していた四方に声をかけた。

 

「しっぽー。勝負前の肩慣らしついでにノック的なの頼んでもいいかー? 10球くらい軽く投げるから、守備位置に一通り」

「おう。できるかわからんけど、打ち分けてみる」

 

 それと事後承諾とはいえ、守備についてる奴らを振り返って確認も取る。ほとんど何も返事はなかったが、自分の領域に球が来たらやることはやってくれるだろう。

 しかしそんな軽いやり取りだけで、本当にストライクゾーンに入った球を順番に内野・外野全てのポジションに打ち分ける四方。あの引っ張り専門としか思えない独特なフォームから、よくもまぁライト方面にも飛ばせるな。しかも全員に一回ずつ打球を飛ばした後、もう好きに打っていいよーって言ったら弾丸ライナーのホームランって。

 その集中力が命取りにならないといいな。

 

……それにしても、流石に前すぎて細かいところまで覚えてないけど、あれってたしかキャットルーキーで四方が使っていた打法だよな。ミートしやすいように脇を締めたまま、後方へ上半身を目一杯捻って全力で振り回すヤツ。

 僕も真似したことはあったけど、頭がめっちゃブレてバッティングどころじゃなかったし、下手するとどこか痛める。

 それを実現させてるのを目の当たりにすると、本当にとんでもない奴なんだなと再認識させられる。

 集中力や瞬間的なパワーは知ってたけど、身体を痛めない程度に鍛えてる上にテクニックまで並外れてないか。わざとボール球を投げたら普通に見逃しやがるし。

 コイツ、これで初心者とか嘘だろ。

 

 守備に着いてる奴らも、外野は打ち上げた球の落下地点に即座に移動するし、相対的に葛城が少し反応が遅れて見える程度。内野も栄一郎以外は声出しもしないくせして、無駄に意味のない連携プレーまで見せやがる。この面子の中では普通寄りの栄一郎と葛城が逆に浮いているほどだ。

 てか、そこまでの練度はいらねーんだよ。凡人の僕が居たたまれなくなるだろうが。

 はぁ……。しかたない。目的を再確認がてら、自分を本気モードに持っていくか。

 

 

 

 さて、僕が形振り構わず、矜持も美学も一時棚上げしてまで今回本気になっている理由だが。

 前提として、四方は名前をはじめ数々の類似点からキャットルーキーの2部主人公『っぽく』はあっても、実は本人?かどうかの確信はない。当たり前だ。漫画の登場人物が目の前にいるなんてのは、いくつか幻想を体験してきた僕にとっても、いまだに同姓同名のそっくりさんである可能性を捨てきれない。

 だから、これから先でキャットルーキー通りになってもならなくても面白くなるように、ちょっとした細工と下準備をしてきた。といっても、大きなところではメディア業界への足掛かり的な繋がりと、愛里…雫の市場リサーチを兼ねた手札を作っておいたことだけだ。あくまでどうなっても対応してやるってスタンスだったから、愛里や清隆関係にも流用できたのは幸いだったのだろう。

 

 ただ、もしもキャットルーキーの物語通りになったら、四方二三矢という稀代のスターは高校野球では活躍できない。高2・高3それぞれの夏に盲腸炎と40度の高熱を出すからだ。

 それで腐るような奴じゃないのはわかってるけど、プロになる……いや、雄根小太郎を知るまで実家の手伝いをしていた、という部分が引っ掛かる。意外と感動家で涙脆い性格も要因になっただろうが、電波ジャックを見て、その後のトムキャッツ大躍進を知り、年俸雀の涙のテスト生扱いになる入団試験(というか売り込み?)に行くんだぞ? 燻ってた野球人の魂に火を付けられたからこそ、四方は雄根のファンになったと考えられるのではなかろうか。

 つまり全力を出せる機会がなく『燻って』悔しかったのはほぼ確実だと思う。

 しかもキャットルーキーの四方の高校時代、強敵やライバルどころか仲間だってどれくらいいたのか定かではない。巡り合わせや運があれば、高校時点ですごいドラマができてたかもしれないのにだ。

 

 だがこれから先、キャットルーキーの物語を辿る場合、それらの妄想は妄想のまま終わる。その未来に至るのに必要だとしても、四方は燻りを抱えることになる。

 僕はどうしてもそこに何らかの救いを作りたかった。要は、運命や修正力などといったモノが僕に変えられないなら、僕以外の誰かに変えてもらう余地を作ったのだ。

 だから僕がやってやることは、花道を飾り立て、四方に全力を出させた上で───勝負に勝つこと。そう決めていた。僕が負けたら、これから並び立って背中を押してやることも、苦しい時に奮い立たせることにも、一歩引いてしまう気がする。

 ゆえに『負けられない』し、愛里に手を出す大チャンスを堪えてでも、早苗の手を借りても……どんな手を使っても勝つ。

 友達を大事にするのに一切の手を抜かず、矜持にかけてもこの目的達成に全力を尽くす。

 

───それがこの僕、左京夢月という男だ。

 

 そう。四方に『勝ってやること』が、僕の考えていた仕上げの最終段階である。張り合いと目標を挿入するために……。

 よし。覚悟完了。やってやるか。

 

「ウォーミングアップはこれくらいでいいか」

「俺も大丈夫だ。身体は充分温まった。

───来い、夢月!」

 

 そしてこれがとうとう僕に向けられた本気モードの四方二三矢か。

 未来で数多のプロ野球選手に恐怖、とまでいかなくとも一歩引かせる圧力。僕から見ると逃げ出したいくらい怖いな。覚悟してなければブルっちまってたかもしれない。何処に投げても打たれるイメージが襲ってくる。

 それなら、僕すら軌道をイメージ『できない』球しかない。

 腹をくくって自分を切り替え、僕はキャッチャーの清隆に何球か見せた決め球を示す。

 

「清隆ぁ……! 初打席は全球“アレ”でいく。自分からそこに座って大口叩いたんだ、逸らすなよ?」

「ふっ、望むところだ。来い、夢月」

 

 四方と台詞を被せてきやがった。

 打者が最も打ち難いとされる速い球も、重い球も、僕には投げられない。

 練習は時々、合間に軽くやった程度。だが、代わりに半年でこれだけは、という手札には仕上げてきたつもりだ。清隆は僕の緊張を緩め、投げやすい配慮をしてくれているのだろう。重ね重ね感謝する。

 

 そして第一投。

 身体を後方に捻って、だいたいの狙いを定め、投球時に目一杯ボールを弾く。初球は見極めのためか、だいたい100㎞前後の球速でふわりと投げられた球は“何事もなかったように”終着点に届いてくれた。

 

「───っ! 今の変化は……!?」

「これはトルネード投法の───ナックル、だと?」

「珍しいんですか藤巻先輩」

「あ、ああ。どちらも地区予選ではまずお目にかからない。トルネード投法の方は、今年の甲子園で里見高校の雄根という投手が使っていたらしいが、ナックルは……」

 

 さらっと雄根の名前が出たことにドキッとさせられたが、半分正解なのですぐ落ち着きを取り戻す。

 そりゃ実在していて、全国の強豪校をチェックしてれば、雄根…というか有名スラッガーの清本は知ってておかしくないか。キャットルーキー通りなら、清本を筆頭とする重量打線を抑えきったらしい雄根も一躍時の人だっただろうし。てか、雄根達は学と同学年っぽいな。

 まぁ雄根に関してはいい。それより現在だ。

 

 四方の野球知識はまだ素人同然なのか、揺れて落ちる変化球が何かわからなかった模様。固まった隙を突いて外角低めに落ち、清隆のキャッチャーミットに収まってくれた。初見で即応するほど人間やめてなくてホントよかった。

 疑問も審判の藤巻さんが補足してくれたので、初打席を完封すべくテンポ良く第2球も外の低めを狙って投ずる。早くも触れられたものの、あそこでバットに当たればファールにしかならない。最低限、内外のストライクゾーンに入れられるコントロールやエイム力が僕にあったのも幸いだ。

 よし、好調。それなら、言葉とともにたたみ掛ける。

 

「……だいたい藤巻さんの説明通りだ。

 今の僕だと、まともに投げられるのは10球いくかいかないかだから、それまでに捉えてくれよ四方。多分、速度か回転の条件が満たせなくなる」

 

 出した言葉とは裏腹に、珍しいとはいってもナックルの変化に四方の目が慣れてしまう前に一つ……! 捉えられたら、おそらく本気になる前に打たれる。

 なぜなら、これこそキャットルーキーから先取りした消える魔球type3、ウィザード・バイパー……って言えたらカッコ良かったんだが、僕のは正真正銘ただのナックルだからである。

 てか、トンデモ理論はともかく、3部の主人公の一人・三日月心の身体的才能なくしてあんなモノは再現できない。

 

 ちなみにこの魔球は、守備をしていると稀に起こる空間イレギュラーを再現した魔球…らしい。ナックルを発展させて130㎞台の速球をうねらせるようだが、はっきり言ってわけがわからない。

 まぁそもそも僕に130㎞なんて投げられないが。コントロールを度外視してすら120㎞前後といったところだろう。

 

「ごめんなー。問題なく初戦を勝っちまって」

「お前な……煽りを入れないと死ぬ病に罹ってるのか」

「そんなことはない。ただ少しでも精神を乱そうとしているだけだ」

「……意外と予測し難いな、ナックルか」

 

 ともあれ一打席目は全投全力のナックル。これは、あらかじめ決めていたことだ。

 見逃しの後、3球連続でファールにされ、5球目はボール判定だったものの、予想以上に揺れて落ちた第6球目はギリギリでストライクゾーンを通過。四方はバットを停止させ、見逃し三振。まずは1アウトである。

 

「事前練習であれだけ打っていたとはいえ、素人同然の四方相手に挑発まで……お前は鬼か」

「しかたないですよ藤巻さん。本気で勝つと決めた以上、僕はあらゆる手札を駆使します。そして油断せずに勝ちにいく。僕の目的のために……!」

「ふっ───次は打つ」

 

 そんな撹乱と間を挟んだ二打席目は、神童仁志が使っていたイカサマ変化球。紙やすりを使ったありえない変化をする違反投球だ。これは四方は勿論、藤巻さんもほぼ確実に経験がない未知のはず。バレない前提のリスクはあっても、1打席で捉えるのは四方といえど相当な難事になる。

 勿論、誰かに指摘されれば反則→即退場の行為だが、そのためにイレギュラーな変化をするナックルで下地を作っておいた。やすりによって球につく傷跡も、ファールやバウンドでボールになった時に言い訳用で抜かりなく確認済み。ついでに前フリでも示唆しておいた。トルネード投法を選んだのも、一度後方に身体を捻るのでイカサマの際の手元を見られにくいためだ。

 当然、必須道具の紙やすりも2枚、予備の片方はロージンバッグの裏側に貼り付けて準備万端である。

 

 正攻法の初打席と打って変わって、予想外を突かれると思考がパニック気味になる性質を利用した邪道戦術で、四方の騙されやすいという弱点を突く。

 予想はしていたけど、ここまで撹乱しないと勝負にならないあたり、もう四方を素人と侮るのはやめにしよう。更に四方の能力予測を上昇補正し、手抜かりに気をつけて慎重に丁寧に自分の身体を制御する。

 結果、2球粘られたたものの、フラフラと上がったフライで打ち取ることができた。

 球質が軽いため、外野まで飛んだが鬼龍院先輩が捕球してこれで2アウト。

 目標到達点まではあと少し……!

 

 だが、問題は3打席目だ。

 1打席目は初見殺し、2打席目はイカサマ戦法。ともに勝算の高い見込みはあった。

 しかし追い込めば追い込むほど。手札を見せれば見せるほど。四方には通用しなくなっていく。

 

 それでも地力があるなら、対坂柳さんに用意していた効果的な持久戦という選択肢もあるが、僕の地力だと逆に追い込まれていくし、洞察・分析されて自分すら知らない癖などを足掛かりにされてしまう。

 並外れた集中力と天才級の高IQだろう思考力による学習能力。その上、すでに2度も策に嵌めている。まだ後があった2打席目とは違い、僕を睨む四方にはもはや僅かな油断さえ存在しない。『僕だけでは』ここで十中八九王手飛車取りのほぼ負け確だろう。

 ゆえに3打席目は捉えられる事前提の内角ナックルで真っ向勝負……に見せかけたキャットルーキー式・四方シフトのバート・クレイトン版。シンプルに言うと、打たせて捕る早苗の奇襲で打ち取る。

 その為に、早苗を含む内野全員にはあらかじめ前進守備を頼んでおいた。南雲だけは無視していたものの、他はきちんと前進しているのでカモフラージュとしては充分だろう。 

 一旦プレートを外してさっと内野を見渡し、早苗が頷くのを確認。手筈は全て整えた。

 あとは勝つだけだ。

 

 そしてこれこそが僕の三枚目の勝算である。最初から二枚の手札も用いて下準備をしておいた。

 仮に練習時以外でバットに当てられたとしても、最後の打席以外はクリーンヒットになる確率は相当低い。なぜなら、全て違う方向から四方の弱点を突いている。打たせて捕るのも、弾丸ライナーを捕球できる異才のある奴───早苗がいれば、前の二打席で情報を集め最適化可能だ。

 僕が多少の借りを作ってでも、早苗に助けてもらえなかったら負けると言ったのもわかるだろう。

 

 最後の打席は1球で済む。

 むしろ済まなければ負ける。

 僕はそんなことを考える前に、一球入魂のナックルを内角ストライクに向かって投げ込んだ───。

 

「───ハッ!!」

 

───直後、金属バット特有のキンッという打撃音と同時に、聞こえるはずのない早苗の吐息。

 僕が内角低めに投げ込んだナックルは見事に捉えられ、レフト方面への弾丸ライナーとなり───想定していたというのに、信じられない反応速度と跳躍力でドンピシャのタイミングを逃さなかった奇妙奇天烈な巫女服を着た緑髪のグローブに飛び込んでいた。

 四方やバートの反射神経とは微妙に違う。そのポイントに来ることがわかっていたかのような明らかに異常な結果ではあるが、これこそがおそらく頭脳や身体とは違った『女の』天才というヤツだろう。

 それにしても、やっぱり早苗は適切な条件さえ整えてやれば容易く(あえてこう表現するが)奇跡を起こすんだな。

 その姿は、羨ましさすら感じるほどに格好良い。

 

 余談だが、統計の正規分布で見る『天才』はIQがわかりやすいものの、それだけで判断すると女子の天才を見逃しやすい。

 なぜなら女子は高いIQ平均値を誇るものの、高IQを男子がほぼ独占しているからだ。簡単に説明すると、IQ140以上は男、平均より高めのかなりの割合を女、中間飛ばして底辺を男が占めている。

 LGBT的な視点で捉えてほしくないが、これは純然たる事実である。

 

 かといって、女が男に頭脳で劣っているわけではない。

 あくまで統計の数値上、そうなっているだけだ。

 代わりに、基本の思考様式が違うのか、特殊な性質を持っていることが多い気がする。早苗や椎名、坂柳さんが顕著で、周囲が付いていけないほど頭の回転が速すぎたのか、時に妙にアッパーになったり、ボーッとしたりしていた。しかも意味不明なまでのポテンシャルを感じる早苗は、天才という枠組みからも一部逸脱している。

 ともかく、その早苗を想定ライン上に配置したら、結果は火を見るより明らかだった。

 

───そう。勝つべくして勝つ『勝者』はこの左京夢月だッ!

 

───依然変わりなくッ!!

 

……なんちゃって。イカサマまで駆使した上に、最後の詰めを早苗頼りにしたので、そんな偉そうな事は言えないのである。

 

 

 

 

 

 勝負が終わると、いつもの面子が集まってきた。

 

「やっぱり夢月さんの勝負は何かしら奇跡が起こりますねぇ。仲間内だけでの地味な野球勝負が、こんな大規模で派手なイベントになっちゃうなんて」

「夢月君っ!!」

「これは、流石に文句無しだろ。完全勝利ってヤツだ。二三矢は夢月の身内のようなものだし、実質の変動はないだろうが」

 

 上から早苗、愛里、清隆だ。ただここで険悪な雰囲気になるのは無粋だと思ったのか、早苗は清隆を意識して眼中に入れていないようだ。大人になったなぁ。

 一方、早苗が弾丸ライナーを捕球してから、四方は呆然と飛んでいくはずだった弾道の軌跡を見つめていた。さながらキャットルーキーの九条戦で、地震によるノーゲーム含めて1打席6アウトを取られた時の様相である。

……ちょっとやりすぎたかもしれない。後でフォローを入れておこう。

 

「あ、あー、四方? 勝負にはこういうやり方もあるんだぜ? なかなか面白かったろ?」

「……風の吹くまま、気の向くまま……俺も好きにやってるつもりだったが……」

 

 続々とマウンドに集まってくる人を掻き分け、四方に声をかけると様子が変だったのもある。現時点の全力は引き出せた感触があるんだが、どうも想定と違う反応である。

 

「ようやく早苗や高円寺、清隆の気持ちがわかってきたよ。本気の夢月との勝負は、確かに何が飛び出すかわからなくてワクワクするな……」

 

 あ、でもヤバ。これは確実に変なスイッチが入ってる。茶化したり煽りはやめて、真面目に返そう。

 

「お前の勝ちだ夢月。何も賭けてなかったけど、ポイントでもやって欲しいことでも、何でも好きにしてくれ……」

「え、えぇ? ん、んじゃ、勝ったって事実を貰うな?」

「「「……は?」」」

 

 これだけでいい。これ以上は貰いすぎだ。

 てか、事実上勝敗の権利自体を放棄したようなモノなんだし、みんな一斉に見つめるな。即席チームメイトが集まってきたせいでどもっちゃったし、恥ずかしいだろうが。

 

「お、おいおい! クラスメイトとはいえ、実力でねじ伏せておいて何もなしか!? 意味のない命名決闘はしないんじゃなかったのか!?」

 

 南雲も意味のわからないことを。

 

「意味のない? あるさ。邪道な戦法を駆使した僕に対し、四方は正面から当たってきた。天秤こそ僕に傾いたけど、きちんとしたルールの上でだったら、あれは勝負に勝って試合に負けた状態だ。それを、おそらく何人かは気づいてたのに誰も指摘しなかった。勝負の意味はそれだけで充分なんだ」

「待ってくれ。俺にも意地がある。夢月と決着をつけたかったのは……」

 

 意地、ねぇ。自身の負けを認めた以上、僕に何らかの要求をされないのはケジメがつかない、とか思ってそう。誇り高いものだ。

 でも僕は逆にこれで一層なあなあにする決意ができた。

 四方に本当の意味での『勝負』の意味を教えてやろうじゃないか。

 

「───四方。意地と言うならこれが僕の美学というものだ。敗者には譲らないよ。悔しかったら、いつかリベンジしてみな?」

 

 発言を強く遮り、僕は力押しする。

 勝負にかこつけて奪えるだけ奪うなんてのは、蛮族の価値観だ。それはとても醜い。

 

「元々は四方にリベンジをしたいと思わせるのが僕の最重要目的だったんだ。それが……多分果たせた以上、更に取り分を要求するなんて僕の矜持に反する。絶対に嫌だ」

 

 ここで『実力至上主義』の弱肉強食などという冷たい論理に囚われたら、きっと僕は大事なモノを失くしてしまうだろう。

 だから、今回は同じクラスの四方だったが、もしもこれが他のクラスや学年の奴だったとしても同じことをしたと確信している。

 

「ふっ、ふふふ……」

 

 そもそもなんか笑い出した早苗を筆頭に、友達と助け合って得た勝利。多くを求められる覚悟はあっても、求めるつもりは最初からなかった。

 友達とはそういうものだろう。

 言外にそう伝えて、僕は学生寮に帰ろうと歩き出した───。

 

「「「待て待て待て待て!!」」」

 

───直後。何人かに捕まった。

 

「なに普通に帰ろうとしてるんだよ左京!?」

「あー? 僕は諸事情によりかなり眠いから一刻も早く寝たいんだよ。今日はいいユメ見られそうだしな」

「「「か」」」

「か?」

 

「「「確保しろォーーー!!!」」」

 

 怒号のような声を上げて、何故か僕を確保?するために腕や服を掴む…この場に集まっていた櫛田や一之瀬、南雲など主に陽キャ軍団。不思議といつも節制してそうな奴ほどはっちゃけてるのが、尚更ヤバさを予感させる。

 

「な、なにをする!? や、やめろっ。意味わからん! 離せ! さもないと女子は胸を揉むぞ!? 男子はその痴漢容疑を押し付け───なぁんちゃって。逃げるんだよぉー!」

 

 とはいえ、能力は高かろうと高校生のスタンピード程度なら対策があるし、逃走の隙を突くのは容易い。脅しをかけ、掴まれてた部分から一瞬だけ手が離れたのを見計らって、僕は速攻の逃走態勢に移行した。

 

「逃がすわけないじゃないですか夢月さん。ふふっ。さ、行きましょうね」

「お前の行動パターンはもうわかってる。ここで逃げ出そうとするってな」

「ふっ……相変わらずだな夢月は。ついにメタル狩りの憂き目にあったか」

「……本当にはぐれメタルなんだね夢月君。それはそうとわたしも行くから、夢月君も一緒に行こ?」

 

 それは集団から少し離れた逃走経路上に先回りしてきた天文部員達がいなければ、問題なかったはずである。

 てか、愛里まで加担してるとかどこに連れて行くつもりだよ。勝負の最中か前後に、何らかの根回し的なのが行われていたのだろうか? 僕に内緒で? ふざけんな。

 

「誰がなんと言おうと───暖かな布団で僕は横になる!!」

 

 眠気に後押しされ、ワン○ースだったら、ドンッ!! とか付きそうな聞こえない効果音とともに僕は宣言する。

 

「はいはい。私から逃れられるものならご自由に♪

───もうゼッタイに逃しませんけどね?」

「……っ」

 

 あ、あれ? なんかソレ、どこかで聞いたことがあるような……?

 背筋に冷たいモノが流れた台詞は置いといても、背後から早苗に痛いくらいに拘束されては流石の僕も動けない。しかも昨夜の愛里並に至近距離なので、たとえ正面で早苗1人だったとしても動けなくなっていたかもしれない。

 更には両腕を掴んでいる清隆と四方も。遠慮がちに僕の服を掴んでる愛里も。混ざっては来ないものの、近くで楽しそうに笑ってる六助や鬼龍院先輩、椎名も……ていうか、いつの間にかグラウンドにいるほとんどの奴らのテンションがバグってる。

 普段ではありえない雰囲気なんだけど、これってもしかして僕……もうだいたい終わったから寝たい一心になったせいで乗り遅れた? 異常な変人共の中で、一人だけ素面とか冗談じゃないんだけど!

 しかし拘束の強度と層の厚みから考えて、コイツら相手に逃げおおせるビジョンが見えない。しかたない。正直にぶっちゃけるか。

 

「…………わかった。本音を言おう。

───人がめっちゃたくさんいて、注目されてるのが怖い。後生だから逃げさせて?」

「「「今更!!?」」」

「諦めろ夢月。また気を張ってたのが解けた瞬間に現状把握したんだろうが、この場でお前を逃がす奴はいない」

 

 清隆の言葉に周囲を見回すと、それを証明するかのような多数の視線、動き、雰囲気が十重二十重。

 終わった……。

 

「……ああ、もう! こうなったらヤケだ!

 今日は無礼講だ! 全部僕の奢りにしてやるから、グラウンド整備と片付けをさっさとやっちまおう! 体育祭で得た大金の使い時はまさに今!」

 

 なので僕はさっさと諦め、流されることにした。

 

「さあ、わけのわからない大宴会を開催する!! 付いてこれる者だけ付いてこい!」

「「「おお~~~っ!!!」」」

 

 天文部関係者に限らず、全員対象だとぶち上げると一斉に歓声を上げる現金な生徒達。

 なるほど。何もかもよくわかってないが、もはや学生のノリで現状に適応するほかないだろう。

 自発的に片付けに動いている者や、そこそこの大人数を収容可能な店を手配しているっぽい生徒会組を眺めながら、もう僕の心には一欠片の曇りもなかった。

 四方は未来の可能性を、愛里は仲間との接し方を、早苗は信仰へのアプローチ法を。他それぞれも思うところを胸に刻み───。

 

 『ようこそキャットルーキーの前日談だと思っている学園へ』の歴史がまた1ページ増えていく。

 そして僕も近い未来の宴会によって、ページと反比例するかのように減っていく貯金残高を思って、顔を出し始めた月に願いを捧げた。

 

───どうか愛里のぶん、200万ポイントが残りますように。

 

 なんか薄い色の月を背景に浮かぶ神様や人外どもに捧げたみたいになったのは、きっと気のせいだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これにて僕の約半年間を要したキャットルーキーの前日談に至るまでの物語はひとまず終了だ。

 何気に、僕はひたすら没頭して何かを作るのが大好きだと再認識した。経緯はアレだったが、物語を書くのはとても楽しかったのである。

 これで平穏無事な毎日が返ってくれば言うことはない。

 でも、きっとこれからも色々あるだろう。たったこれだけの期間であり得ないほどのトラブル続きだったのだ。

 軽く予測しただけでも以下の不安要素がある。

 

 四方の2年・3年の夏頃に、盲腸やら高熱やらにかかる心配は据え置きだ。

 愛里にだって、まだ対策は不十分だと思える穴もある。

 早苗への恩も増えたし、また信仰関係の何かに手を出す事があるかもしれない。

 清隆や栄一郎にも、付き合うほどに新しい不安要素は出てくるものだ。

 六助や鬼龍院先輩は心配いらないと思うが、手を貸して欲しいとか頼まれる場合を想定して、リソースを割り振れる準備はしておく。

 櫛田が選択・決断する方向もなかなか重要で、これによってはどこにとっても毒にも薬にもなるポテンシャルを秘めている。

 葛城や戸塚がこれからどう動き、坂柳さんがどう絡んでくるかも、一之瀬や神崎あたりには影響ある可能性が高い。

 龍園にしても、利害がかち合えば躊躇う事なく喉元を狙ってくる奴だ。

 上級生や教師、大人連中にも注意を割かなければ足元を掬われ、頭上注意は必須だろう。

 なにより意味がわからない人外の相手も四方や早苗に頼る場合は出てくる……絶対と確信が持てる確率で。

 

 というわけで、椎名……に限らず、これから彼女がこの物語を見せる、もしくは知るかもしれない読者候補諸君。

 この本を読んでいる君達にしかできないことがある。

 

 ヤバくなったら助けて?

 四方達に声かけてくれるだけでいいから。ね? 簡単でしょ?

 勿論、押し付けるだけじゃない。君に助けがほしい時は呼んでほしい。上手くできるかはわからないけど、必ず手伝いに駆けつけるから。

 頼むぞ、マジで。

 

 なんか椎名のため息が聞こえてきそうだけど、凡人には予想される上記どれもが難題でしかない。

 十の難題って、性悪確定のかぐや姫より多いんだし、どうか甘めに判定して助けてください。

 慎んでお願い申し上げます。

 




 後書きは無粋な気がするので、後日の活動報告にて。

 ここまで読んでくれて、ありがとうございました。
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