ようキャ   作:麿は星

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132、前哨戦

 

 愛里にとある相談をされた時、僕の頭に浮かんでいたのは前の時の某首相だった。

 

「検討に検討を重ね、検討によって検討するか否かの検討をする為の検討などが必要と考えます(どうせやらないし、やる気もない)」

 

 これはまさに彼を筆頭としたこの時のお偉いさんを示している。しかも彼自身に至っては、他国のT大統領が何を言ってるかわからない、と堂々と自らの無能を晒す。

 なかなかできることではない。この直前の首相も大概ではあったが、下には下がいるものだと思ったものだ。

 思考能力がないとおおっぴらに自ら認めつつ、頭の良い奴とかに協力を求めたりもしないのは格が違う。流石、有能な人しか覚えないとされるT大統領から公式文書でホイ首相と間違えて書かれただけはある。

 

 てか、そもそもT大統領が指摘した日本の消費税の問題って、クリ○トン政権時代にもすでに指摘されていただろうに、その話がわからないとか政治や経済を全くわかっていないのは、首相としてどうかと思う。

 しかも名前は違ったが今回も、当時のお偉いさんからも検討すると言って四半世紀も放置した上、3%から10%に上げている。僕の今生でもニュースや学校に対しての対応の流れから見て、そうなる可能性は高い。

……学歴馬鹿の典型的失敗を大規模にやり続けてどうする。人の上に立つなら、プロフェッショナルな世界で言われる「無能は必死に考えて確実に間違う」をやっている自覚くらいは最低限持ってほしいものだ。

 

 この学校どころか政治系で期待できる人がマジでほぼ存在しないことを想起するたび、自分の居場所を自分で作っておく必要性に駆られる。そのせいで、愛里にはまた変なことを言ってしまった。

 ぶっちゃけ、愛里とかが察してわざと話を逸らしてくれるから、なんとか無駄な焦燥に支配されない、されてもすぐに『幻想』に戻れているだけだ。

 そんな愛里や友達連中にはつくづく感謝する。よく僕と付き合う気になってくれた。

 

 

 

 クリスマス当日の12月25日。

 可能な限り関わりたくない奴らに限って、何故か僕が関わる事が多い気がしてしょうがない。

 前日のイブに南雲と学が対決するとかいう話を投げられ、僕がお題を出す事になった件についてだ。前日の打ち合わせに加え、僕が逃げられないよう自室にまで四方や一之瀬を来襲させる念の入りよう。ペーパーシャッフルでの負い目がなかったら、全てを放り出して自由の大地へ飛び立っているところだ。

 

 なので、一之瀬ではなく神崎の背後に続いて、天文部の4人と目的地へ向かう間、クラスメイトに話しかけられそうだった僕は『ながらスマホ』をすることで対応する。車がほぼ走らない学校敷地内だからこそ、やってもまず安心である。

 だけど、なにか見たいものがあったわけではないので、とりあえず残高照会を開いてみた。

 

 A(一之瀬)クラス 980

 B(坂柳)クラス  864

 C(龍園)クラス  696

 D(堀北)クラス  420

 

 ペーパーシャッフル直後は確かにこのCPだった。

 しかし何がどうなったのか、クリスマスイブの前後でCクラスのCPが200ポイントのマイナスされる事案が密やかに発生していた。

 結果、現在のCクラスは496CPとなっている。

 

 僕が以前に停学になった事例から考えるなら、単純計算で“4人”が停学となった可能性が高い。もしくは他に大幅減点される“何か”があったか。

 具体的に何があったかは噂レベルでも流れてないからわからないものの、おそらく龍園達とやり合った清隆が見出だした落とし処はこれだったんじゃなかろうか。ポイントのマイナス程度なら巻き返しも可能だし、次に繋げたいと清隆に思わせた龍園の隠れたファインプレーだ。

 

 なぜなら、龍園達が期待値以下だった場合、最悪何人かの退学もありえたと思うからだ。そして清隆は、本気で邪魔に思った存在を排除するのに躊躇いを持たない性質なのはもうわかっている。

 当然、僕や椎名もその点を憂慮し、いくつかのセーフティーを用意していたが、龍園はあえてそれを使わない事で清隆に未来の可能性を認めさせたのだろう。

 

 龍園が首尾良く清隆を倒した場合の想定?

 十中八九、こちらは清隆の退学や大怪我までは行かず、数%でも行きそうになる目があれば事前の対策を必ず打つ。ゆえに、僕も椎名も清隆側は特に心配していなかった。

 だから、これ以上は踏み込みすぎ。また知らせがないのは良い知らせとも言う。頭の片隅に置いておくくらいでちょうどいいだろう。

 

 しかし攻撃は最大の防御とはよく言ったものだ。

 特に軍事面での先制攻撃は優秀な防御方法とも言える。なぜなら先に攻撃する事が可能なら用意する戦力や費用は3分の1程度でいいからだ。

 歴史で見るこれの好例は、戦前の大日本帝国が強かったのが守りに徹するために軍拡したことだろうか。意外かもだが、戦前の日本はほとんど防衛用の装備こそ充実させていた。

 この道理をわかっていない戦略や経済に疎い平和主義者は多い。

 

 どういう理屈かというと、攻撃可能な軍なら戦闘する部隊の戦力を集中すれば済むから数も予算も少なくて済む。ところが守るとなると敵がどこから攻めてきても良いように戦力を分散して、防御陣地も固める必要がある。そのために見積もられる戦力や予算は最低でも仮想敵の3倍だ。

 つまり攻めてきた敵とは3分の1が戦えれば良い方。また援軍が間に合わない分の戦力もある。戦闘中も背後から別の敵が来ないか守り続ける必要もあるからである。

 

 そしてこの道理は当然のことながら、クラス単位の集団レベルの『争い』でも適用できる。Aクラスを目指すだけなら、攻撃全振りが有力な道の一つということ。攻撃系の動きをしている間は、あまり防御を考えなくてよくなるからな。

 現状に重ねると、一之瀬や葛城がこの学校で厳しい状況に置かれやすいのは、攻撃する選択肢が極端に少ないからである。また龍園や坂柳さんがそこそこの頻度で他へ仕掛けているのは、クラス競争以前に本能か経験、知識・知恵かでこの道理をなんとなくでも察しているからだ。

 ま、本来は高校で修羅道に至りそうな考えは必要ないわけだし、清隆や高円寺、早苗みたく単体で集団を翻弄する規格外どもには微妙に通用しにくいんだけども。

 

 

 

 さて、思考は逸れたが、清隆達の顛末より今まさに「氷菓」の意味を問いたくなっている僕自身のこと。

 あ、知らないかもしれないので軽く補足すると、氷菓とは有名な書籍作品であり、登場人物の駄洒落的な言葉遊び(意味深)だ。

 物語内での流れから考えて、氷菓→アイ、スクリーム→I scream(私は悲鳴を上げる)の意味があって、いつでも抗議の声を上げられる『強さ』を持て。弱いと『悲鳴』すら上げられなくなる。という教訓が込められている、と僕は解釈している。

 

 それで、なんで僕がこんな解釈を引っ張り出してきたのかというと、一之瀬達に連れられてきた新しい装いとなっていた生徒会室には、学や橘書記達の生徒会役員(あ、もう書記じゃないんだった。橘さんだ)が数人、新生徒会長になった南雲や朝比奈さん達2年生が数人いた。それと何故か少し離れた場所に鬼龍院先輩まで……。つまり現役員である葛城や堀北さん、僕達1年生も合わせると20人弱もいることになる。

 要は、クリスマスになにやってんだ、コイツら。と、僕もその一員なことに気づき、悲鳴を上げたくなったのだ。

 

「よう左京。これからお前には、俺と堀北先輩にお題を出してもらう。先にお題を解いた方が勝ちで、ないと思うがどちらも解けなければお前の勝ちだ」

 

 なんせこの南雲の無茶振りである。

 氷菓のヒロインの叔父が理不尽な結果に抗議の声を上げられなくて皮肉を込めたネーミングをしたように、僕も断るという外堀を埋められた場に呼び込まれる理不尽が共鳴したのだ。

 南雲やここに僕を連れてきた一之瀬達はともかく、あと数ヶ月で卒業する堀北学や橘さんまで来ている。断ったら、体育祭でやったことの一部がおじゃんになる可能性を考慮するなら断れない。悪い目が出ると、学や橘さんが氷菓の叔父みたいなことにされかねないからだ。

 

「お題? なんで僕が?」

「すまないな、夢月。南雲の要望もあってお前が適任だと判断させてもらった。急な話でも夢月なら双方に納得のいくお題を思いつけるだろう、とな」

 

 それにしても、どうしてこう僕の周囲には強引な奴らが跋扈しているのだろう。僕が謙虚すぎるせいで、相対的に周囲が強引に見えるのか? 謙虚で慎ましやかな僕の優等生気質(僕の主観)が仇となっている。

 まぁ、逆に強引な奴がいないと話が進まなくなるから良くも悪くもしかたないか。

 ともかく、知ったことじゃないので抵抗しようとわかってないフリしかけたけど、南雲だけならまだしも学も珍しく……初めて?その気になっているのを見て考えを改めた。

 

「ああ、堀北先輩との決着は年明けの合宿か、もしくは年度末だ。今回はあくまでその前哨戦ってことだな。ついでにそろそろ左京ともだ。お前の出すお題程度なら軽いモノだっつー格の違いをわからせてやるぜ」

 

 合宿……また長期休暇中か明け直後にこれか。

 学も含めて受験生はどうしてるんだ。僕達の2年後がマジで心配になってきた。

 何かしら機会があったら、学にも助言を求めておこう。

 そう、受験が終わったあたりで……。

 

 それに、これはおそらく嫌がらせが本質ではない。南雲流の『確認』の手順でもある。

 一応、念のために準備はしてきたので大丈夫なはず。

 あと友達が本気で動こうとするのを断るのは学への義理に欠けるし、橘さんを南雲が巻き込むのをまだ諦めてない場合、ここでガス抜きしといた方が断然いい。

 

 それなら用意していたモノに、ついさっき頭に浮かんでいた氷菓に因んだ謎解きをお題に調整してみるか。

 都合の良いことに、この学校ともいくつか共通点があり、その中の一つが即興で仕立て上げるのに向いている。

 この学校では、学生寮以外の施設・教室・部屋などで『内鍵』がかけられない、という点だ。セキュリティの関係なのか、システムや制度のせいなのかは知らないが、身近なところからあまり関わりのないところまで、外からしか鍵をかけられない場所が非常に多い。

 

 僕の知る実例を挙げると、バイト先の物資の仕入れで入った商業施設の管理倉庫。僕達が使っている教室や天文部の部室。他にも正式な部活動の部室など多数存在が確認できる。

 何度か入室した理事長室や清隆の父親と面会した応接室(ここは当然だろう)、天体観測を度々行っている屋上など一部の例外はあるものの、屋上は僕がホームセンターで買ってきた南京錠を使って簡易的に開かなくしたものに過ぎない。勿論、この許可は入学から間もない頃の生徒会に使用許可とともにもらっている。

 

 ともあれ、これら学校の立地条件から応用して謎を作り出そうということだ。

 こんなこともあろうかと、昨日に読書家な椎名と彼女が所属する茶道部に協力も仰いでおいた。あとはタイミングを見計らって、適した人材を送り込むだけでいい。

 

「……それってさ、学や南雲と一緒に来てる橘さんと朝比奈さんにも『体験』してもらうのは可能?」

 

 その人材に適当なのは、この二人だろう。

 学側は堀北さん(妹)でもよかったけど、口を出してこないしとりあえず放置。彼女は苦手だし、橘さんがやってくれるならそれがいい。

 

「体験? 謎解きの出題をってことか?」

「ほう……橘、そして朝比奈、か……なるほど」

「私は別にいいですけど」

「私もです」

「ありがとうございます。じゃあ……」

 

 強引に巻き込んだ上級生の女子二人の了承を確認して、さりげなく時計を見る。

 現在時刻は9時ちょい前。ここから向かう時間を考慮に入れると、ちょうどアレがある。場所的にも、早くこの前哨戦とやらを終わらせるのに好都合だ。

 僕はざっと計算しつつ、用意してあったメールを『2通』送信し、勢いで手早くやってもらうことを口に出す。

 

「橘さんと朝比奈さんは二人で茶道部の部室に行ってくれますか? 学や南雲、僕も含めた残りは少し時間を置いて向かいます。そこで出題する謎を答えられた人の勝ち、ってことで」

「どういう……いや、わかった。とりあえず左京君に従うよ」

「あれ? でも、ちょっと待ってください左京君。茶道部の部室ですか? 茶室ではなく?」

 

 生徒会書記時代、部活の経費などを出向いたりして調整する役目が多かった橘さんは、流石に不自然なことに気づくか。

 椎名から聞いたのだが、茶道部は校舎から離れた位置にある茶室と特別棟にある部室の2種類の活動場所がある。ただ、基本的に部室はあまり使われていないらしい。それなのに何故、僕が部室と指定したのかは……ま、今はまだ言わない方がいいかな。

 

「はい、部室です。普通に中に入って待っててください。時間を置いて僕達が到着したら、学や南雲の前でまとめて説明しますよ」

「それって鍵は……」

「大丈夫です、鍵は『かかっていない』はずなんで」

「?」

 

 ふむ。学校のシステムや習慣をある程度把握している生徒会関係者が多数なので、話が早く進む。

 

「簡単なトリックだよ、ワトソン君。

 それがお題に必要な仕込みだからで、理解してしまえばなんてことありません。でも疑問を疑問のままにしておかないつもりなんで安心してください」

「誰がワトソン君ですか。理解できない疑問を作り出して他人に解かせるのは、ホームズじゃありませんよ。それはもう犯人です」

「ナイス台詞返し! その返しができる橘さんも地味に大概ですよ。てか、橘さんもこういう本を読んでるんですね!」

「……まぁ、それなりに」

 

 意外でもなんでもなく、橘さんは椎名と話が合うかもな。こういう返しのセンスがあるのは、そこそここれ系の本を読んでいるからだろうし。

 

「なら朝比奈さんとお喋りでもしながら、楽しみにしてたらどうです? なんなら愛里や早苗も連れてってもいいですよ?」

「左京君がなにをするつもりかわかりませんが、今回は遠慮します。私、というより『堀北君』側の人数が多いと不正に見られるかもしれません」

 

 所詮お遊びのゲームでそれは考えすぎだと思うが。

 

「───それなら、私が朝比奈に付いて行こう。同じ2年であるしな」

 

 だが、二人で話が纏まりかけた時、なんか普通に鬼龍院先輩が話に入って来た。

 なければ、そのまま実現していただろうが……実は仲間に入りたかったとかかな。この先輩、何気にただの謎とか“敵意のない”不確定な物事が好きだったりするから。

 

「鬼龍院さん?」

「どうした、朝比奈なずな。私では不足か?」

「い、いや、そんなことはないけど……」

「……意外ですね。鬼龍院さんが自分から参加するなんて」

「ははは。このままだと、また蚊帳の外に置かれたままになってしまいそうでな。かといって堀北学の側に混ざるには人数が偏りすぎる。

 なら朝比奈、というか南雲側として入るのもまた一興というものだろう、橘茜」

 

 お、これはもしや鬼龍院先輩が朝比奈さんの苦手な人か? なんか南雲はともかく、朝比奈さんがすごく意表を突かれたような顔になってる。

 愛里以外は全員有名人っぽい(愛里も場所によっては比にならないレベルの有名人だけども)ので、茶道部の部室内がどんな会話になるのか、もしくは会話にすらならないのか少し興味深い。

 

 まぁ、3学年入り乱れる関係性が読めない女子5人は正直不都合も多いが、そのぶん彼女らの鋭い観察力や思考力を僅かなりと鈍らせる。痛し痒しといったところだな。

 結局、5人で茶道部の部室へ向かうことに決まり、想定内のロスで移動を始めた。僕は勿論、学や南雲も口を出すことなくそれを見送った。

 

 

 

 先発組の女子が去っていくと、それまで黙って成り行きを眺めていた南雲が聞いてきた。10分程度は暇ができたし、多少は場を繋ぐ必要があったので助かる。

 

「ふぅ、あれでよかったのかよ左京。だいぶ人数が増えてたぞ?」

「別にいいよ。ただ部室の広さを考えると、後発組になる僕らは多くて6~7人くらいしか行けなくなったけども」

「修正できるのか。かなり場当たり的な感じがしていたが」

「堀北先輩もそう思いますよねー。なにやるつもりなんだよ左京」

「知恵比べだけど?」

「知恵比べ? 橘達を行かせたのが関係しているのか?」

「うん。さっきも言ったけど、僕が用意する謎を多く解いた方の勝ちだ。てか、ほぼ即興のトリックだから学達には早い者勝ちになるかもな」

 

 南雲が学とどういう形の決着を望んでるかはまだ不透明ながら、単純な学力比べは不公平だし、運動や殴り合いとかなら僕を呼ぶ必要はない。

 ゆえに、僕をそこへ混ぜる利点は『学業以外』の彼らにはなかった知恵や経験値にあると考えた。だから、現実の学校ではまず発生しない状況の謎解きをお題にしてみたわけだ。

 

「それにしても一之瀬から話ができて1日と報告されてるが、よく即興ですぐに思いつくな。お前のその発想と行動力は素直に称賛してやるぜ?」

「あのなぁ、体育祭の総大将も3日前に告知だったんだぞ? あれに比べたら知識系の隠し芸なんかまだマシに決まってるだろ」

 

 これは本当にそう。たまには僕にも時間と余裕を寄越せよ。

 ものすごく久しぶりに、ブラック企業での無茶振りを思い出したわ、アレ。

 マジな決闘や喧嘩ならともかく、こうしたお遊びならもっと早くに知らせを寄越せ。「ほうれんそう」も知らんのか、この垂れ目ベーシスト(個人的印象)が。

 

「体育祭の時はアレだが、今回はペーパーシャッフル直後に知らせたんだかな」

「そうだよ左京君! 私、たしかに伝えてたからねっ!? なんでそんな初耳、みーたーいーな顔してるの!?」

 

 え、南雲や一之瀬にそう言われても全く記憶にない。でも、この一之瀬の感じだと僕が気軽に忘れ去ってた可能性はあるかもしれない。ある? いや、ない(断言)。それはないものとして考えよう(手のひら返し)。

 

「……ま、まぁ、それは置いといて」

「置いとかないで戻して? 左京君は話をちゃんと聞いてない時があるから慌てるんだよっ」

「聞いてる聞いてるー。冬休みに炬燵の素晴らしさを啓蒙してほしいんだろ? ほら、聞いてたじゃん」

「…………やっぱり、まったく聞いてないじゃない。それに言うに事欠いて炬燵って……」

 

 ともあれ、そんな感じに適当に会話に入ってきた一之瀬や南雲をおちょくること1~2分。

 

「左京君。このくらいで大丈夫ですか?」

「おう、ベストタイミングだ椎名。いきなり悪いな」

「いえいえ。こういう事でしたらいつでも誘ってください。私も楽しいですしね」

 

 手筈通りに椎名が茶道部の部室の鍵を持って来てくれた。

 勿論、部室は鍵を開けてあるはずだ。そしてあらかじめ述べておいたように、この学校は何処の部室も内側から鍵をかけられない。外側からかけられる鍵は、いま椎名が持っている。それと見回した感じ、もう片方の共犯者も首尾良く動いてくれたようだ。

 僕が出そうとしている謎もわかった奴はわかったんじゃなかろうか。

 

 そう。僕が仕組んだのは、氷菓で最初の謎っぽいモノを故意に作り出すことだ。

 

 程よい難易度で学校施設に類似点もあり、仕掛ける側としても応用するのが楽。

 前日のイブにメールで聞いた時、ミステリーや推理小説を好きな椎名が少し前の名作である氷菓を知らなそうな反応してたのは気になったが、まぁ誤差の範囲内だろう。

 協力してくれたぶん、彼女も楽しめたら一石二鳥である。そのために、どうとでもできる大雑把な頼みしかしていない。

 

「椎名さんが協力してるの……?」

 

 だから当然、一之瀬が溢してる疑問の答えはイエスだ。

 

「私は部室の鍵を開けて、左京君に鍵を届けるまでの雑用ですけどね」

「せっかくなら椎名にも推理したり考察したりと楽しんでもらいたくて、ほとんどネタバラシしてないからな。ついでに一之瀬もよかったら謎解きに参加してくれ。

 学か南雲の前に解かれると困るから、答えがわかって即暴露するのだけは止めて欲しいけども」

「へぇ? 俺や堀北先輩よりも一之瀬が先に解く可能性があると?」

 

 この面子でトリックを解くなら、一之瀬というより椎名か四方が有力かと思う。堀北さんとかはどうにも頭が固そうだし。

 

「それはわからん。ただ、こういうのはインスピレーションと運だからな。思いつくだけは誰にでも可能性が発生するさ」

 

 でも正直、スタートラインはほぼみんな同じなので、誰が一番早く解くかは元ネタを知らなければ運によるだろう。

 IQの高さだけを独断と偏見で推察すると南雲が頭一つ抜けてるように感じるが、推理というものはそれだけが解く要因にはならない。

 ま、この場にはいないが、南雲以上のIQの持ち主と思われる高円寺がいたら即バレしてた気もするが。だが、性格的にバラしはしない奴だし、一応昨日のうちに声はかけたものの、今回は興味を引かれなかったみたいで誰かとのデート優先らしい。意味のない想定だろう。

 

 それと僕の性格や考え方、好みをそれなりに知っている友達連中なら、そこから逆算して答えを導き出すという手もある。

 こちらは椎名や四方、鬼龍院先輩に向いてそう。愛里や、いれば清隆と龍園もおそらくまずこのアプローチから入るだろう。

 積み上げていくタイプの学や一之瀬、堀北さんなどは手に入る材料から推理を組み立てそうなので保留かな。何処の部分に目を向けるかが、結果の分かれ目となるに違いない。

 

「なるほど。この学校を理解しているほど解きやすい謎ということか」

「そういうことだ。特別試験とかで南雲の顔より見た出題だろう?」

「ふむ、もっと南雲の顔を見ておけばよかったな……こうなると少し惜しいものだ」

「勝手に殺すな! つーか、堀北先輩までなに左京に乗っかってんスか!? あんた、そんなキャラじゃないでしょうが!」

「なにヒートアップしてるんだ南雲? 忍耐力がない証拠だ」

 

 南雲はこういう場合にちょうどいい話し相手だ。彼にはデバフのハンデがあってちょうどいい。

 

「よく覚えとけ、天才キャラ気取るんなら常に周囲で一番クールでなけりゃならないんだ。

 全員がカッカしてる時でも、ただ一人氷のように冷静に状況を見てなきゃいけない。少なくとも僕の知る天才はみんなそうしてる。

 勉強になったな? なんちて。ひゃっはっはっは!」

「……今度はマトリフかよ。ジャ○プ好きな奴だぜ」

 

 なんせ南雲は適当に話を振れば、マニアックな話題でも意外と乗ってくれるからな。清隆が陰湿な陽キャになったバージョンと見て構わないだろう。

 場の中心に目立つ者達を配置したことで誰からの注目もなくなった『椎名じゃない方の』共犯者は、こうして最後の仕込みを終えられた……はずだ。

 

 

 

 場を繋いで数分後。

 僕、学、南雲、堀北さん、一之瀬、四方、椎名の7人は何事もなく待ち人の待つ茶道部の部室へと向かっていた。ちなみに他の面子は部屋が狭くなりすぎるため、待機してもらっている。

 ただ気楽なことに勝たなくてもいいし、誰が勝ってもいい。

 そんな気持ちが僕にはあって、余裕が売るほどあるのは幸いなことだ。多少のリカバリーや軌道修正についても想定できる。

 

 だからというわけでもないが、到着した部室のドアを開けるのは学と南雲に譲った。軽く目配せをした結果、学が開けることになったようだ。

 しかし当然のことながら、この部室は『普段』は使われていないのもあって鍵がかかっている。室内からは先発組の声がしてるのに、実に不思議なことである(すっとぼけ)。

 横開きのドアが開かなくて振り返った学に僕は椎名から受け取っていた鍵を渡し、開けてもらう。

 すると室内には先に送り込んでおいた先発組5人の姿があり、入り口にいる僕達を振り返った。

 

「おや? 鍵がかかっていましたか?」

「ああ……そういう謎ってわけね」

 

 そして早苗は気づいたのかそうでないのか良い質問してきた。

 しかし、これだけでだいたいを察する南雲と他数名。何気に、精鋭揃いである。

 

「当然かかってたよ。これが推理の肝だからな」

 

 全部で10人以上の視線を受け、僕はようやく引っ張った伏線を回収する。

 

「ということは……」

「うん。内鍵がかけられないし、外からかけられる鍵は僕が持っていた。つまり茶道部の部室は、短時間だけど密室になっていたってことだ」

「密室? 私達は閉じ込められていたんですか?」

「はい、その通りです橘さん。その謎を解き明かすのが僕から学と南雲に出すお題で、鍵をかけた実行犯・設定上この状況を作り出した共犯者・その方法のうち多くを正解した方の勝ちです」

「今、提示されている材料だけで全てがわかると?」

「もちろん。ただ、実行犯は想像力を働かせないと辿り着けないかも。仲間やこの場の証人に聞き込みや助言をもらったりして答えを出し、どんな手段でもいいので僕に伝えてください。正解の数が同じだった場合は早い者勝ちですので、一つでもわかったらすぐに伝えるのも手ですね」

 

 簡単に出題と助言すると、椎名と一之瀬に質問された。

 

「ところで、左京君はこれから何かするんですか?」

「あっ、そうだよね。いつもみたいに左京君の居場所をコロコロ変えられたら、答えがわかっても伝えられなくなっちゃう」

 

 ああ、たしかにその問題があったか。必要性がある時はあまりしないけど、僕は電話やメールを結構無視したりするからなぁ。友達連中はともかく、一之瀬や他の奴らには信用がないかもしれない。

 それならと、僕が一つところに留まる理由も提示しておく。

 

「僕は……せっかく茶道部なんで、茶でも立ててますわ。椎名、ここも一応茶道部だし、道具とかはあるよな?」

「はぁ、たしか予備がこちらにあったかと」

「OK。茶と菓子は用意してきたから、室内だけど野点しながら待ってることにする」

「え、夢月君って茶道もできるの?」

「ふっふっふ。僕はこうした文化的な知識はあるぞ? 茶道、華道、香道は風流を解するに有効だからな。あくまで最低限だから、本気でやってる奴には及ばないだろうけども」

 

 見た感じ、僕達が来るまで茶を楽しんでいた奴はいない。

 ただ、なんとなく早苗と鬼龍院先輩、ついでに四方はできそうな雰囲気がある。

 やってなかったのは面子のせいか茶や菓子がなかったからかもしれないが、それなら覚えがあるだろう椎名と茶を立ててれば、茶会に加わってくれる可能性が生まれる。この面子なら、おそらく知識や経験のない愛里とかも気兼ねなく楽しめるだろう。

 出題自体はこれで終わったので、僕の残りの役割は待つだけだ。

 それぞれ考え始めた者達を尻目に、僕は茶道の道具や持ってきた消耗品を椎名と確認しつつ、茶会の準備に取りかかった。

 

 

 

 椎名と茶を立ててまったりしていると、仮称・学組(橘さんや愛里、早苗、堀北さん)と仮称・南雲組(朝比奈さんや一之瀬、四方と鬼龍院先輩)がお互いの得られた情報を整理しているのが見えた。

 生徒会室に待機してる奴らとかに連絡を取ったり、先発した女子組に何か変わったことがなかったか聞いたりと忙しない。それでもみんな意外なほど真剣に謎を解こうとしているのはわかる。

 まぁ、日常では故意がない限り、あまり起きない謎で事件性もない純粋っぽい知恵比べだ。負けず嫌いなら、熱くなることもあるのだろう。

 

「左京君。これは左京君が共犯で、私が実行犯、という落ちではないですよね?」

「当たり前だろ。椎名が日頃読んでる推理・ミステリー小説でそこまでわかりやすい謎なんてあったか?」

「ありません」

「だよな。信用できない語り部なら僕が犯人ってのもありえなくはないが、そこまで捻くれた問題にはしない。断言しよう。

 犯人は―――この中にいない!」

「この中にいるっていうのが解決編の定番なんですけどね」

「始まったばかりでしかも出題者が解決してどうするんだよ」

 

 冗談交じりの軽口なのはわかってるけど、椎名ってこんなテンション高く話す奴だっけ?

 そうなのだ。台詞からはわかりにくいだろうが、なんか誰よりも傍観者な立ち位置に近い椎名がいつになく熱くなってるように見える。こんなに話しかけてくる椎名は夏の干支試験以来だ。

……クールダウンさせるため、さり気なく話を戻しとこう。

 

「大丈夫だって。そこまで常道を外すことにはならない、と思う。特に閃きを持つ誰かが何処かの違和感に目を向ければ、一瞬で解かれるよ」

「閃きを持つ誰か?」

「ん、椎名や学、四方、早苗、鬼龍院先輩あたりの探偵タイプは直感による閃きから。愛里や一之瀬、南雲あたりの情報を整理して答えを組み立てる黒幕タイプは違和感から答えに到達しそう。僕がよく知らない橘さんや朝比奈さん、堀北さんはどうなるか予想できないけどな」

「……ふふっ。いい仕事です、執事(バトラー)」

「いや、誰だよバトラー。椎名までヘルシングにハマるなよ。収拾つかなくなるから」

 

 やっぱどう考えてもおかしいわ今日の椎名。

 だってちょっと会話しただけでわかるノリノリ具合だもん。

 正直、周囲や状況をしっかり見て、記憶・思考を巡らせている奴には簡単すぎる謎だと思われる。それなのに、よりによって椎名が浮かれてるとかありえないだろ。

 口に出さない良識は持ち合わせてても、こんなヒント擬きを出すまでもなく、本来の椎名ならわかってはいそうなんだが。

 

 少なくとも、あって然るべきモノがここに『いない』という不自然を。

 

 本来は野外でする野点を部室内でしつつ、茶の作法に則ってのんびり待つ間。

 何か僕が意図せず撹乱してしまったか、わかりにくい部分でもあったのだろうか? と、答えに到達していないかのように妙な方向の思考に潜っている椎名を、僕は不思議な気分で見やった。

 変な意図はなく、単純に美少女へ視線を集中させてしまう男の性である───が。

 

 もしかして僕は、無能は必死に考えて確実に間違う、をしてしまったとかないだろうか?

 あんなのの同類にだけはならないように注意はしていたが、学や南雲どころか椎名がパッと解けない謎は僕にこの言葉を想起させた。

 

…………ま、いっか。やっちゃった以上、解答を待つ他ない。考えてもしかたない事を考えるのは僕の好みでもないし、適切じゃなかった時は潔く謝ろう。

 必要な時に謝るのは美学も矜持も傷つけないのである。

 

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