命名決闘法案とは、夏休み頃に僕が学校と生徒会に提案して施行された主に天才達のガス抜きを目的とした遊びの制度だ。
その性質上、頭さえ捻れば天才級の奴よりも、むしろ凡人や優秀程度な奴にこそ有利な勝負を可能とする。
どういうことかというと、準備や情報収集を怠らないなら、弱点や欠点とまでいかなくても高確率で自分の得意分野で挑めるからである。そしてそれを天才級の奴らは断りにくい。
知ってか知らずか、学も南雲も僕が提出した内容にほぼ手を加えなかったので、やりようによっては愛里が早苗に勝つ……なんて抜け道もそのまま確定された。
今回の学達への出題にしても、色々こっそり試してみたりして異論が誰からも指摘されなかったから、僕が誘導しておいた保険はある程度までは機能することだろう。
というわけで、時間をパッと飛ばして答え合わせである。
「さて、本日は僕達の用意した謎解きに参加いただき感謝する」
「どこぞの面接かよ。やっぱお前の切り替え速度、マジパねぇな」
「シャラップ南雲。最初に解答したからって調子乗ってんじゃない」
「は?」
ふむ。やはり南雲は舞台装置として最上級の素材だ。ツッコミのキレが尋常ではない。
そのツッコミに乗る形で、答え合わせ前に能力確認をしておこう。なんかやりたくなったのだ。
「それでは、まず南雲のモノから始めたいと思います。
で、南雲の特技は一斉掃射とギガスラッシュと言うことですがー……なんです、それ?」
「待てやコラァ! こっちが聞きてぇんだよォ!! 何者から何を聞いたんだ左京この野郎!?」
「えっと、ゲームと現実の区別は付いてますか? 他人事ながら心配になってくるんですけども」
「憐れみの目を向けんな! ふざけてんのかてめぇ!」
「ほう……ところであなたが時々浮かべる嘲笑はなんですか?」
「企業面接モドキなら嘲笑じゃなく長所だろうが! つーか、薄ら笑いしてんのは今のお前だ!」
「南雲。一瞬で話が脱線したとこにお前は気づいているのか……」
「いきなりどうしました? 言葉遣いがおかしいですよ?」
「畳み掛けんな! いいから、さっさと話を進めろ……戻せやっ!」
ノリの良い奴である。学の言葉ですら届かなくなっているとはな。
うむ。では、もう一声いっとくか。
「よろしいでしょう。ではそろそろ本題の」
「やっとk───」
「志望動機をお聞かせください」
「───違っげぇえええ!!! そっちに戻すな! 結果発表しろっつってんだ俺は!!」
「おや、そっちだったか。なら早く言えよ。無駄に敬語や時間使っちゃっただろ」
「おまっ……! コ、コイツ……!」
でも、なんか南雲の頭が暖まってんな。
あまりおちょくり過ぎると、変なことになるかもしれない。そろそろ真面目にやるとしよう。
「じゃあ簡単に締めちゃうわ。
弊社は南雲雅・新生徒会長の採用を左向きと右向きに検討しておきます」
「締めるならせめて前向けよ。左右向いてどうする気だ! 交通安全か!?」
「ご安心ください。そのツッコミ能力はどこでもやっていけるレベルです。あなたのこれからのご活躍、心よりお祈り申し上げます」
「挙げ句に不採用のお祈りメールじゃねぇかぁ!! ぶっ飛ばすぞコラァ!!」
「雅、落ち着いて! 左京君がこうなのはもうわかってたことでしょ!? ……ぶふっ」
こう、とは? 朝比奈さんも失敬だな。せっかく僕がこの妙な会話の着地点を見出し、実行したというのに笑いを溢すなんて。
「ふぅー……そう、だったな。なずな、助かった。聞きたいことは別にあった」
……そんなんでも南雲の沈静化に何故か成功してるけど。
「───左京、もしかしてお前は俺を敵視してんのか?」
これが聞きたいこと? 答えるくらい別にいいけど、軽くおちょくった程度でそう思うなんて妙な奴だ。
「ん? いや、そんなことはない。だって体育祭とその後に、全部水に流して忘れたし」
「水に流し……いや。体育祭からこっち、俺を見かければ逃げ、捕まえようとすれば隠れ、話せば煽る。正直、お前から悪意や敵意を感じないのが不思議なくらいだったんだがな」
「ふむ……南雲」
しかし南雲はまだしも、さりげなく学や一之瀬、朝比奈さんまで小さく頷いてやがる。
これは変な誤解が生まれているな。早急な対応が求められているかもしれない。
真面目っぽい雰囲気だし、ここは胸襟を開いておくことにしよう。
「たしかになんか絡んできたり、勝負だのを僕にまで申し込んでくる南雲は苦手で面倒ではあった」
「あった?」
「うんまぁ、ね? 理由はなくもないし、やろうと思えばでっち上げもできるけどさ」
「お、おぅ」
「本音を言おう」
僕の作り出したと思われる雰囲気の中で、ゴクリと唾を呑むような緊張が走る。
関わり合いになりたくないのは本気だし、そんな大した理由じゃないんだけども。
「───ノリだ」
そんな気持ちもあり、南雲への対応理由を僕は端的に言い放った。聞かれたのだから、特に問題なければ答えてあげるが世の情けだろう。
「…………ノリ?」
「ああ、今となってはな。僕のデフォルトが逃げ隠れなのと同様、特に理由はない。ノリだ」
「くくっ……」
大事なことでもないが、聞こえてなかったのか反応が薄かったので二度言ってみた。
「……………………じ」
「じ?」
「「「───自由かっ!!!」」」
みんな、元気なことである。
高校生とはこういうノリだっただろうか。僕も今は高校生だけども。
ま、いっか。とりあえずやること済ませてしまおう。
「というわけだ。
さて、と。僕は周りが騒いでもめげず、COOLに結果を発表していくぜ」
「この男……」
いい加減ヤバそうな反応をしてる奴がいるし、南雲で遊んでる間に茶柱先生含む協力者達も来てくれたので、僕はそろそろ真面目に結果を伝えることにした。
僕が構築した謎の基本的な流れはこうだ。
まず鍵を所持して部室で待機していた椎名へメールを送って、生徒会室へ来てくれるよう指示。同時に櫛田にもメールを送り、不足の事態が起きた場合のリカバリーを頼む。
次に先発組と入れ替わりで椎名が来たら、あらかじめ頼んでおいた葛城がさりげなく生徒会室を出て、こちらは櫛田と連絡を取り合ってもらう。葛城と同じ生徒会室にいた僕がやると目立ってしまうためだ。
また櫛田にメールが届くのを合図として、茶柱先生にマスターキーで部室の鍵をかけてもらう。当然、事前に話は通してあり、室内に先発組がいるタイミングでだ。
ガチャガチャすると早くにコトが露見してしまうので、なるべく密やかに室内から話し声などが聞こえる時を狙う。櫛田は入学して間もない頃に、僕含めた何人かに愚痴を吐く現場に乱入されてから、こういう事にも気をつけるようになったので適任である。
最後に、鍵をかけた茶柱先生と櫛田に葛城が合流することで、残った問題である彼女らへの事情説明とネタバラシ時までの待機を頼んだ。これは氷菓の事件に沿う調整で発生した変更点を、他のクラスとはいえ教師に信用ある生徒会役員の葛城が適任だった。
一歩間違うと、短時間とは言え生徒達を閉じ込めた茶柱先生の責任問題になる、と茶柱先生が躊躇ったり断られると変なところに時間の穴が空く。そうならないための葛城だ。
茶柱先生に責任は僕・左京にあり、『対価』もきちんと支払うと天文部室へ待機場所を移した後に伝えてもらっているはずである。
つまり僕のお題の答えは、実行犯が茶柱先生、共犯者が櫛田・葛城、密室にする方法・トリックがマスターキー、ということになる。
では、大雑把に説明してからこれを元に南雲と学が出した答えを採点する。
まず南雲は最も速く答えを伝えてきたので、彼からだろう。答えを導き出したのはおそらく学とほぼ同時だったが、少し距離の差がある場所だったので僕のところへ早く来たのは南雲だったのだ。
「南雲の答えは、実行犯が茶柱先生、共犯者が葛城、方法がマスターキーだったな。流石の構築能力と推理導線。2・5点」
共犯者が2人とも導き出せれば完璧な解答だった。実に惜しい。
「一方の学が出した答えは、実行犯が星之宮先生、共犯者が櫛田・葛城、方法がマスターキー。共犯者についてはおそらく意見を出した愛里や早苗から推察したのかな。2点」
学の方は茶柱先生を導き出すだけの情報や材料が不足していたか。おそらく、四方と鬼龍院先輩がどちらも南雲側にいたために、発想が偏り気味となってしまったのだろう。
4つの項目がありながら、4点満点ではなく3点満点にしたのは、きっちり白黒付けたがっていた南雲がいたので同点で決着しないための配慮である。早い者勝ちだと、どう捉えるか微妙かと思ったし。
「だからこの勝負は南雲の勝ちだ。僕が偉そうに採点するのはなんだが、一応出題者だからな。なるべく公平に判定させてもらった。もし疑問や不服な点があれば受け付けるのでどうぞ」
ただ最初に回答した南雲は勿論、学も、多少の差異はあれど方法に関しては不足のない解答だ。
出題から僅か10分程度でこの真相の7割に到達する答えを出してきたので、お互いに競争していなくてじっくりと考える余裕があれば完璧な答えになっていたかもしれない。
ちなみに全問正解したのは、こっそりメールで伝えてきた四方と鬼龍院先輩。この2人は四方との三打席勝負の直前、清隆と話しながら先生方(勿論、茶柱・星之宮の両方の先生がいた時のことだ)へなんとも言えない視線をやっていた僕に関して指摘してきたことがある。
その情報を持っており、教師でしかありえない答えなら、消去法で茶柱先生が出てくるのは正しい。
反対に全て不正解だったのは早苗だ。てか、早苗は全て僕の名前で、方法すらも殴ってドアを歪ませるなどという矛盾すぎる答えは、十中八九わざとだと思われる。愛里まで影響を及ぼし、0・5点に誘導した罪は重い。
まぁ、推理や考察については彼女らの性格上あまり向いてないのでしかたない面もある。椎名がこっちの組に付いてたらわからなかったが、何故か僕と話してるだけで混ざりに行くことも答えも告げなかったので、少し人材に偏りが出たのは僕の采配ミス・反省点か。次があるなら気をつけよう。
あと葛城がいつ生徒会室から出たかは、椎名が来たのと入れ替わりだ。そしてすぐに待機してもらっていた櫛田と合流。そのまま生徒会室から茶道部部室への通り道にある職員室へ寄ってもらい、『茶柱先生』に戸締まり用のマスターキーで部室の鍵を閉めてもらう。
その後の彼女らはしばらく待機することになるが、近くの天文部室で3人に待ってもらう算段だった。
なぜ彼女らを起用したかというと、前に掘った茶柱先生の墓穴を埋める可能性を作り出すには、堀北さんの所属する生徒会が妥当な手の一つだから。
彼女の今の状況であれば、冬休みであろうともホイホイ乗ってくれることだろう。
僕のクラス担任の星之宮先生? あの担任が、頼んだとしても必要もないのに冬休みかつクリスマスの朝に出勤するわけがない。よしんばしてても二日酔いとかになってる可能性も高く、まだ他の学年・クラスの担任や教師の方がいい。
ともあれ、体育祭からクラスに非協力的になったらしい清隆に不安や焦りを抱いているだろう茶柱先生なら、生徒会の名前を出せばほぼ……櫛田が口添えすることで確実に協力させることが可能だ。
櫛田がいなくとも葛城だけで茶柱先生は動かせたかもしれないが、交渉事に関して時間短縮のできる櫛田を混ぜるが吉である。
言ってみれば、今回はたまたま弱味っぽいのを利用できる茶柱先生がいて、たまたま生徒会への人脈が欲しい櫛田の指向性が一致して、たまたま僕が茶柱先生に意趣返ししておきたい気持ちが重なった不幸な偶然である。
まぁ、余計なことしやがって、と思う気持ちに嘘はなく、あえてあの先生を混ぜた最も大きな動機にはなっていたのだろう。
だから、面倒事をぶん投げてやったのだ。
と、僕は伏せる部分は伏せつつ、サクッとネタバレをしつつ、質疑応答に答えていった。
伏せたのは、主に茶柱先生が協力してくれた裏側部分である。なんせ本人がこれを解説する直前に葛城や櫛田とともにご足労くださったので、流石に失礼なことはしないのが常識に則った紳士というものだろう。
僕は気遣いのできる優等生なのだ。
愛里、見ているか?
もうあまり意味はないけど、恋愛ポイントも稼げたんじゃなかろうか───愛里はおろか、早苗や橘さんまで呆れた感じで僕を見てるのはどうしたことだろう?
自分ではそれなりに格好良かったと思うんだけども。
僕も人並みには格好付けたいお年頃なのだが、どうしてこうなった。
俺の実力は本物なのか?
俺にはいつからかそんな違和感が湧き出てくる瞬間がある。
特に努力したわけでもなく、勉強でもスポーツでも常に一番だった俺が自分に対してそんな疑問を持ったのがいつだったか明確じやない。
ただ、堀北学という一つ上の学年にいた歴代最高の生徒会長と呼ばれている男がきっかけであり、俺よりも眩しく聡明だと認めた存在がまず最初の違和感だろう。
何もかも上手くいくなに不自由ない人生で、この学校でもさっさとAクラスに昇格。ついでに同学年をほぼ掌握して───退屈しかけた時に現れた堀北会長の印象はそれほど鮮烈だった。
それから俺が最高品質のトロフィーである堀北先輩へ幾度か挑みかかり、時に勝ち、時に負ける事にもある程度慣れてきた頃だ。
その堀北先輩を振り回し、翻弄している新入生が本当にいつの間にかふらっと出現していた。暇潰しに一之瀬帆波を俺の最高級コレクションに加えようと布石を打っている最中に、普通に目の前にいたのだ。
そう、もう一つのきっかけは、当初は本人自体にはなんら興味を覚えなかったほど凡庸な下級生である。
初対面では、どう見ても小心な俗物だったその後輩は、何も考えていない顔で俺の打っていた布石を粉砕し、以降も誰にも予想させない独特な立ち回りで奇想天外な改革に至る道を作り上げ、ついでに何人かを“救い上げて”いった。俺や堀北先輩にすらできなかったことと合わせて……。
最初こそ軽い気持ちでこの下級生を何度か試してみたが、接触するごとに俺の違和感は少しずつ形になってきた。
俺が本物なのか、それとも好敵手が同学年に存在しなかった裸の王様なのか。
だから俺は堀北先輩との決着前に違和感をはっきりさせるため、左京夢月というイレギュラーに対し、体育祭前に少しだけ本気を出して2年全員を使ったちょっかいをかけた。俺が本物の実力者になるには、必要な過程だったからだ。
───しかし、とんでもなく予想外の逆撃を食らう結果になる。
左京と何度か直接対峙するに至ってさえ俺は油断していたが、仮に油断していなくともこの男をやり込めるのは骨が折れる。実質的な損害こそほとんどなかったものの、そう思わせられる強さを感じた。
ヤツの真価は、実力や頭脳、言葉などというわかりやすいモノじゃない。あれはおそらく本気の左京と対峙しないとわからない。
堀北先輩や……ムカつくが鬼龍院は、どこかでそれを感じ取っていたからこそ左京を認めたのだろう。
左京の面白いところは、ある一点を境に勝敗がわからなくなるところだ。
有象無象は勿論、堀北先輩に対してさえ「こうなれば俺の勝ちだな」と確信できる瞬間があるというのに、左京だけは予測が難しい。というよりも、予測を捻じ曲げるように誘導してくる『無意識』な言動が原因か。
不思議なことに一之瀬の時も掘北先輩の時も、左京が認めた奴を陥れたりなどの何らかの計画を始める直前にいつも現れてくる。まるで夜神月の計画を阻むLのように対等以上に渡り合ってくるくせして、俺の見る限り態度にも言葉にもほぼ嘘はなく、けして見下してもこない。
支配や勝ちに対する執着が極端に小さい。
しかも左京の周囲にいる奴らもくせ者揃いだ。
堀北先輩も認めて生徒会に勧誘したという四方に綾小路。自由人と名高い鬼龍院・高円寺。邪悪さすら感じさせる東風谷。イメージだがキャバクラのナンバーワンのごとき手管を駆使して男を手玉に取る櫛田。
もちろん普通……いや、普通に見える奴らもいるが、このラインナップである以上は残りも異常な奴ばかりだろう。
だからこそ対応が遅れ、俺も堀北先輩も左京に乗せられたことは結構ある。油断していないつもりで、油断させられる奇妙な奴だ。
その油断できない男は───。
「おやおやぁ? この中に0点取った馬鹿がいるぞぉ~? 誰かな~?」
「……なに言ってるかわかりませんね。もっとわかりやすく、はっきり言ってもらえますか、夢月さん」
「へぇ、誰の目にも明確な結果をこれ以上わかりやすく、だと? 赤子にでも話しかけるようにすればいいのか?」
「は?」
解答と決着を宣言した後、堀北先輩とも正面からやりあったことのある危険極まりない東風谷早苗を無駄に煽りだした。
「よっし! しかたないなー。精神年齢が赤子の早苗ちゃんに合わせてあげようじゃないか」
「……」
「夢月君……早苗さんがわざとしたってわかってそれは」
佐倉とかいう彼女?をチラッと見て、そして次に『俺の方』にも目を向け、左京は野放図なフリをしたまま東風谷への煽りを続行する。
ちなみに左京は意味不明な面はあっても、全部顔に出るので知識があるか、もしくは洞察力がある奴に隠し事はできない。つまり、付き合ってることを隠しているつもりかもしれないが、全く隠せていない。
気づかれているのは彼女である佐倉や現在煽っている最中の東風谷ですら察しているようで、知らぬは本人ばかりである。
なんにしろ、俺にもう佐倉や橘先輩を使う気が薄いのは左京もわかっているだろうが、念のために間接的な布石を俺に開示しているつもりなんだろう。態度に反して、意外と義理堅い野郎だ。
こういう部分は堀北先輩とも俺とも違う。
「さっなえちゃ~ん、頭の悪~い0点取っちゃったんでちゅから、もっと馬鹿になるのはやめまちょうねぇ~。ちょろちょろ学と橘さんの堪忍袋の緒が切れちゃいますから~。どぅ~ゆ~あんだすたん?」
「ぶふっ。む、夢月、お前……」
俺は実力のない奴が嫌いだ。虫唾すら走る。
……だがそれは大体にして怠惰で、それでもなお当然の権利のようにクレクレとしか主張しないからだ。必要な努力もせず、敗北主義の身勝手な理屈で強者に媚を売る恥知らずには何の価値もない。
左京はたしかに俺から見てムカつく部分が多々あり、本人の実力的には凡人かもしれないが、怠惰でも恥知らずでもない。一般の感性からすると、怠惰に見える場合はあるだろうがな。
それをコイツの仲間達は感じ取っているのだろう。こんなアホなやり取りしていても、この場の誰もどちらかを止めようともしない点から信頼関係を築き上げているのがわかる。
「お~よちよち、早苗たん。難しいこと言ってごめんねぇ~。でも僕はせいぜい内面小5ロリっぽい坂柳さんが精神的許容量の下限だから、これ以下に自分のレベルを下げられないんでちゅ~」
「左京…夢月ぃ!! この私をあんな子供子供した坂なんとかより幼いと申すか!?」
「にゃははっ……って、違う! 坂柳さん、めっちゃとばっちり……ぷふっ!? あ、あれ? なんか笑いがこみ上げ、あふっ、あはははっ! ど、どうしよう、止まらなっ……にゃはは!」
「一之瀬ちゃんダメッ! わ、私まで感染しちゃう。うひっ、関…係ないのに! あはっ、あははは!」
「というか早苗さん。なにその言葉使い……? 夢月君が乗り移ったの?」
他はともかく、基本こういう時は嗜める側の一之瀬やなずなまで笑わせるあたり、左京は予想外のツボを突いてくるのだろう。それでいて陰口特有の暗さを感じさせない。
だからおそらく元々思うところがあった坂柳を引き合いに出されて、つい笑ってしまったのだ。
「どうやらぶっ飛ばされないとわからないみたいですね、夢月さん……!」
「あらあら? そぉんな言葉は使っちゃダメですよ、早苗たん? 不良になっちゃいますからぁ~」
一方、周囲のツッコミを物ともしない左京の怒涛の煽りに、一周回って無表情になった東風谷はしばらくの無言の後、引きつった笑みを浮かべながらヤケクソな雰囲気を吹き出しながら言い放つ。
「…………ふ、ふふふっ。いいでしょう。やってやりますよ!」
ナニをだよ。コイツも鬼龍院以上の狂人なんじゃないか。
「あっ、東風谷さん! 駄目だよ!? これが左京君の手だってわかってるでしょ!?」
「わかっていようとも、女にはやらねばならない時があるのです一之瀬さん。今がその時でしょう!」
明らかその時じゃねぇよ。なんてツッコめるわけもなく。
だが、ツッコむまでもなく、一之瀬が割り込んでももう止まらないのはわかった。東風谷はその言葉を最後に、1畳ほどの畳敷きに転がり───。
「おぎゃ~! ばぶばぶばぶばぶぶぶぶぅ~~~!!! あっばばばばばぁああああっ!! 赤ちゃんですよぉ! 私にヨシヨシしってくださっい!」
……すげえ。イ○ラちゃんかよ。
一応高校生の『容姿は』整った女子が絵に描いたような赤ちゃんの振る舞い。唐突に寝転んでナニやるかと見ていれば、全力の駄々こねである。色気が欠片もないどころか常識も恥じらいも理性もねぇ。
左京は左京でおかしいが、東風谷も充分に異常だ。鬼龍院や高円寺越えもありえるかもしれない。さっきまで笑ってた奴らも素に戻る破壊力だ。
彼女ができたからか僅かに俺への当たりが弱くなった左京を抜いて、東風谷が狂人ナンバーワンだと認めてやろう。
「「「……」」」
「な、なんだよ。みんな、なんでそんな一斉に僕を見る?」
「夢月君……早苗さんがおかしくなっちゃったよ?」
「元からだと思」
「夢月」
「左京君」
「ご、ごめんて。ここまで恥ずかしげもない全力投球は想定してなかった。謝るから」
とはいえ、精神異常者がこう振る舞った原因は明らかだ。その原因へ多くが視線を向ける。
雉も鳴かずば撃たれなかったろうに。
だいたいにおいてほとんど周囲の反応を気にしない左京も、部室中から見つめられたこれは居心地が悪かったらしい。言い逃れようとして四方と一之瀬から声をかけられ、素直に東風谷に近寄り謝りだした。
「え、えーと。早苗? 僕が悪かった。ちょっとやりすぎたかもっ……」
ちょっと? つーか……あっ!
「ぐあっ! は!? なんのつもりだ早苗ぇ!?」
ギラリと目を光らせた東風谷は、仰向けの駄々こね体勢から素晴らしい動きで足払いを繰り出し、左京が転んだと同時に流れるような素早さで絡み付き、絞め落としにかかる。
少し頬を赤らめたままの東風谷は左京の首と胴体をギリギリと掴みながら、酷く冷静に聞こえる声音で『騙り』かけた。
「この私に恥をかかせたのですから、夢月さんにも同じところまで落ちてもらいたいだけですが?」
流石の異常者でもあの振る舞いは恥ずかしかったらしい。
誰でもわかる照れ隠しの煽りを受け、左京の助けを求める表情は真に迫っている。東風谷は相当な力で絞め上げているようだ。
「ざけんなっ! ごふっ、てか、ちょ待って!? 絞まってる! 苦しっ……助け、て」
「安心してください。物理的に夢月さんの意識を落とすだけです。ただ、私の慈悲深さに感謝して我が守矢神社に入信するというなら考え直しますよ?」
「やめっ、やめろぉおおお!! 入れないっつってんだろうが!」
「そうですか。では、しかたありませんね。
完璧美少女な私の胸で眠りにつく奇跡をかみしめながら───おやすみなさい、夢月さん」
二転三転する事態の変化に誰も付いて行けない。この後輩どもは、常識では測れない奴らだと再認識した。
誰も止められなかったのもあって、すぐ後に左京の意識は落とされ、その寝顔には様々な芸術が表現されることになる。東風谷が邪悪な笑みで共犯者を募ったのだ。
結果、何気に一之瀬を筆頭とした左京のクラスの奴らが代わる代わる呼ばれて筆ペンで書き込んでいたのが、ヤツの普段の行いによる鬱憤晴らしを思わせた。
……先輩放って、なにやってんだコイツら。
それでも混ざるとわかる。
左京の煽りは、敵も含め他人を陥れるモノじゃない。それなりに接触して初めて理解可能な内面を晒し合う左京流のコミュニケーションの一種だ。
見てればわかるが、普段とは違う雰囲気で楽しげに顔に落書きする一之瀬を筆頭として、本気で左京に危害を加えようとしていた奴はいなかった。まぁ俺はともかく、堀北先輩や東風谷がいるこの場ではその気になっても不可能だろうが。
左京は特に一部の外れ者から絶大な信頼を得ている。
男女年齢関係なく、あからさまに扱いが難しい奴らと普通に交流しているだけでも特殊性に興味が湧く。確実に良い奴ってわけでもないのだが。
夏休みのプールで俺と同年で頭のおかしい鬼龍院が混ざっているのを見た時は目を疑った。まして加勢までしたから尚更だ。逆に普通の奴は左京の周囲にほぼいない。
本人の自覚はそれほどないかもしれないが、左京を守り、助けるのに躊躇わない奴は多いだろう。
通常、こうしたあえて気遣いしないタイプは、他人を攻撃して失態を仕立てようと煽る奴らが多く、基本的に傲慢だ。俺もそうなりかけていたのが、左京を知った今ならわかる。
俺が実力至上主義に囚われすぎていると、以前にも堀北先輩やなずなから指摘されていたからだ。だが、その時は気にしなかった。
それなのに、左京との騎馬戦、野球勝負を間近で見た事がきっかけにでもなったのだろうか。今では少しずつ目指す方向性が変わってきている。
自分の無知や偏見、非常識を認めたくないために、本能的に誰かを攻撃して心理的な防護壁を作ろうとする歪みと、腐った性根、か。
これは四方と鬼龍院が情報を整理して推理し合っていた時に聞いた雑談だ。そして、左京の言動には信用や誠意があるとも……。
そんなモノは不要だと切り捨てようとしていた俺にNOを突きつけてきたのだから、わからなくはない。
だからこそ俺さえ巻き込む事ができたのだろう。
いい加減向き合う時が来たのかもしれない。
自分自身に対してそう問いかける。始まりは良いモノではなかったが、徐々に自分の中で存在が大きくなっているのは実感している。それこそコレクションにもならず、トロフィーとしても個人の実力不足な男が俺に影響を与えているのだ。もはや認めないわけにはいかない。
とはいえ、奴に関してだけはどう動くのが正解か珍しく出てこない。ゆえに、俺は堀北先輩との決着を優先した。
……後々に考えるに、おそらくこの時の俺は初めて『間違える』不安を持っていたのだろう。そして───。
…………つーか、中学生の青臭い悩みかよっ、馬鹿馬鹿しい!
少し真剣に考えた結果、唐突に襲ってきた羞恥心を未来の自分へ丸投げ、俺は考えることを止めた。
ただ、なんと言えばいいのか。
東風谷に意識を落とされて、自爆されたヤムチャポーズで転がる左京を見ていると自然に笑いが込み上げてくる。左京の顔面に描かれた落書きが要因ではなくだ。
なんとなくその光景を眺めていると、もう1人の頭のおかしい女が声をかけてきた。
「南雲」
「ん、珍しいじゃないか鬼龍院。俺に何か用か?」
「楽しげだな……満足できたのか南雲」
「まだまだ。楽しいってのはあってるがな」
「無駄に後輩に手を出す愚はお前ももうわかっているだろう? 学に勝った上で学年をまとめ、お前はこれ以上なにを求めるんだ?」
「俺が求めるモノはもうほとんど叶えてしまったからな。あとは堀北先輩との決着をつけたら……この学校を本当の実力至上主義にする最終目標のために動くことになるだけだ」
「雅……」
それと左京の野郎を引きずり出すこともだな。
ようやく確信できた。左京は必要ない時はちょっと優秀程度だ。大抵の場合、仲間がその穴も埋めるが。
だが、アイツにとっての守るべき一線がある時だけは違う。それが仲間か美学・矜持とやらかは別として、アイツ自身が勝つ必要性に駆られる下準備をしないと左京相手は仕掛ける意味が薄い。
俺が今やっておいた方が良いのは、一応の接点を持ちつつ、その『理由』をバラ撒いておくことだろう。
「ははっ。信じられない奴だぜ、まったく。堀北先輩どころか俺をこんな気持ちにさせるとはな」
だから俺は自信を持って宣言を聞かせる。
鬼龍院やなずなが訝しげな目を向けてくるのも、わからなくはない。少し前の俺自身が今の俺を見たら信じはしないだろう。
しかし、俺はこれまでにないくらいスッキリした気分だった。それこそ胸襟を開いて思うところを話してもいいと考えるくらいには……。
「次はあの面白い後輩も引き込んで、より楽しめるようにしてやるよ」
『外』が広いといま知れたのは、俺にとってそれほどの衝撃だった。
だから多分『これ』が可能なのは俺だけだ。
仮に実力や時間があったとしても、歴代最高の優秀さがあろうと、元になる発想がない先輩にも不可能なこと。
だからこそ、わざと聞こえるように話したから聞こえていたのだろう。俺達が話しているところへ静かに現れた堀北先輩が口を出してくるのも計算通りだ。
「……そのためなら、退学者を大量に出すことも厭わないと? 現時点ですでに南雲の学年の退学者数は例年よりかなり多い」
「堀北先輩。それは先輩が見た目によらず、救済措置を忘れない甘さがあったからですよ。俺の考えは違う。ボランティアでも慈善事業でもないんです。退学者を出すことで将来的に実力者が十全にその能力を発揮できるようになるなら、それはやむを得ないと考えましょうよ。なんであれ、まず自分から行動しなければ変えられないんですから」
今回に限っては俺の言葉に嘘も偽りもない。数は少なくとも左京を通して変化してきた現在の俺の哲学は、勝ち抜き───改革を実現させることだ。
それをハッキリ堀北先輩に伝える。
「仲間を1人も欠けさせないリーダーは」
「理想論です。実力者や天才の重みは価値が全く違いますよ。話しやすい場所と状況だから言いますけど、俺にとっては有象無象がいくら無駄に残ろうと意味がない。実力者が正しい評価を受けて活躍できる方が、何倍も価値のあることだと考えてます」
価値の重みは人それぞれかもしれないが、俺は自分自身で価値を認めた奴とそれ以外で明確な軽重がある。
「堀北先輩の言うことの延長線上にある全体の幸福なんて考えは、独裁によるディストピアでしかないっすよ。左京風に言うならブラック企業のやり口ってんですかね」
退学しない=実力がある、というわけじゃない。ただの幸運だけでAクラスに所属して卒業まで無難に過ごし、他人に乗っかるしかできない奴もいる。それは堀北先輩のクラスでも何割か存在するだろう。
俺が作りたいのは、その部分に否を突きつけられるような制度改革。その中でどう実力を示すかは個人個人の性質の問題ということだ。
「……退学者を厭わない部分以外は間違っていないかもしれない」
「へぇ。堀北先輩が理解してくれるのは意外ですね。腹を割って話す機会はこれまでなかったですが、こうなるならもう少し早くに機会を作っておくべきでした」
「夢月にも言われたよ。さっさと当たっておけ、とな」
「くくっ。アイツなら言うでしょうね。なんせ体育祭の競技中、たった1人で俺のところまで乗り込んできて好き勝手言いまくる奴だ……」
「俺はまだ手遅れではないと思った。だから今日の誘いを受けた。
南雲に『その気』はあるか?」
「そうですね。前哨戦も終わりましたし、せっかくの機会です。話しましょうか、堀北先輩───」
堀北先輩とは何処まで行っても平行線になる予感はしていた。それでも尊敬すべき男なのは変わらない。
左京が意識を取り戻すまで、もうそれほど話す機会のない堀北先輩に俺は腹を割って体育祭の裏から話してみることにした。橘先輩もいるのでちょうどいいはずだ。
こうしたのは、勝負を楽しむ絶好のスパイスになると思ったのともう1つ。あわよくば堀北先輩が、俺達の勝負に左京を巻き込んでくれることを意図して……。
おそらく本当の意味で俺の協力者になれるとすれば、それは似た方向性の思考も持つ左京夢月だけだろうから。
権力にも改革にも必要を感じない限り興味を示さない点を除いてだが、アイツはそう───。