12月31日の大晦日。そしてその翌日である元日に、僕を含めた数人は守矢神社で2年参り&天体観測と初日の出を見に来ていた。
まぁ、2年参り自体は2秒で終わる。実質、早苗が神事を行うのを物見遊山がてら眺めようという集まりだ。友達全員ではなく、興味が湧いた僕。それに四方、櫛田、椎名、栄一郎の少し珍しい面子に加え、当然だが神事を行う早苗とその準備を手伝う愛里が来ていた。
といっても、日付が変わる当たりの刻限から焚き火?前でなにやら祝詞を唱えているだけだ。詳細な知識がないので真剣にやってるんだな、としかわからない。
早苗曰く、人外の力が増す明星を封じるため、天照大神(と、守矢の二柱)のお力で初日の出……太陽が勝利するよう祈願するらしい。言わば、太陽と月・星の戦いだ。
尤も、天文学が趣味であり、名前に『月』を持つ僕としては少し複雑な気持ちだが。
クリスマスに起きた学・南雲の前哨戦のせいか、あからさまに僕が注目を浴びてた時間もあったが問題ない。前世から数えても、不特定多数の人からこんなに熱い視線を向けられた事はいまだかつてなかったが……永久になくてよかったのに。そう思わずにはいられない僕である。
愛里だけだったら好きなだけ見てくれても、ここまで居心地は悪くならなかったかもだけども。
ちなみに、いつもの面子に櫛田が混ざってるのは初詣に来るかもしれない来客対応のヘルプととある練習or実験目的だ。学校敷地内の神社はここだけだからな。一応、そういう習慣があることを想定して準備していた。
だから責任が発生している僕と早苗以外は、交代で社務所の中で休める手配はしてある。
特に櫛田は朝からが本番なので、ゆっくり休める用の布団と本格的な睡眠用の部屋も準備した。社務所に一つ空き部屋があったのは幸いである。
あと四方や栄一郎は男だが、この中で今更彼らに危機感を抱く奴はいないだろう。ある意味、彼女持ちとなった僕以上の安心感があるはずだ。
で、櫛田がなにをやるのかだが……。
具体的には、手相占いという櫛田の会話力をそれなりに活かせる商売っぽいモノで、実験を計画していた。
外側は美少女な櫛田と、実際に手に触れて色々話す。
少し考えてほしいのだが、これは某有名なアイドルグループの握手会といって過言じゃないだろう。しかも場合によっては相談もされたりするかもしれない。顔見知りや知り合いばかりの閉鎖環境だし、ありえなくはないはず。
と、同じクラスに愛里の仲間を作れないか相談したついでで櫛田に打診してみたら乗ってくれたのだ。
ただ、今は早苗の神事の時間だ。占いに関してはここまでにしておこう。
儀式の性質上、失敗や太陽が敗北する可能性はないだろうが、人外より神様の勢力が強い方が安心できるし、一応近くで星を見ていた僕も太陽の勝利を祈っておいた。
「石焼~き芋~、お芋だよ~。ほっかほか~。焼きたてのお芋だよ~。あなたの傍に立って心も身体も暖めるという意味を込め、スタンド・バイ・ミー1号店開店だよ~。略してぇ~―――スタバ!」
「あんまりそういうこと言ってると、色んな所から怒られるよ左京君」
というわけで、寒さを凌げるようにしていた焚き火にて、僕は焼き芋を作ってみんなに振る舞っていた。祝詞っぽいのを唱えながらも、チラチラこちらを気にしてる早苗を横目に。櫛田のツッコミも気にせず。
これは当然のことだが、クリスマスの推理ゲーム後に意識を落とされた早苗への復讐である。
なんせ、あの時は大変だったのだ。意識が落とされてしまったあたりはともかく、起きてからが特に。
そのまま解散して帰るだけのはずが、帰り道でやけに笑顔なみんな(学や南雲までだ)が不思議ではあった。だが、まさか僕の顔に落書きされまくってるとは思わないだろう。
鏡を見る機会がなくて気づかなかった僕も迂闊だったが、愛里や椎名、茶柱先生、善良だと思っていた生徒会の奴らすらも普通に隠匿しやがったのは許さない。誰がやったかを突き止め、普通の女子みたいな照れ隠しっぽい真似をしながら発端を作った早苗共々に必ずや意趣返しをしてやる。
「早苗が真剣にやってる時に邪魔しないの左京君。あれって早苗の修行の一環なんでしょ?」
すると、その黒幕候補筆頭に窘められた。当然、櫛田桔梗その人である。
ゆえに僕も対抗して、愛里や早苗に良からぬことを吹き込んでいると思しき存在をインターセプトするように、あえて話を捻じ曲げる。
「僕も日課のごとく修行を積んできたさ」
「え、もしかしてついにまともな努力を?」
「そう。大自然に飛び込み、肉や野菜を調理し、喰らってきた」
「前に無人島とかでやったバーベキュー、だよね? なんか大げさな言い方だけど」
「もう少しボケとかできなかったか?」
「ご、ごめん……?」
「佐倉さんも謝らない。ここで謝るとまた左京君のペースにされちゃうよ?」
くっ、やはり櫛田は勢い任せの誘導に引っかかりにくい。ここは無理矢理にでも愛里へ話題の中心を固定しておこう。
「おぉ、素直に謝ることで僕に非があるように見せかける立ち回りか。なかなかやるようになったな愛里」
「なんて捉え方するの!? 歪んでるってそれ!」
「……っ。僕まで早苗や清隆に汚染されてたのか。ありがとう、指摘してくれて」
「というか、流れるように清隆にも風評被害をもたらすのやめてさしあげろ」
とはいえ、真面目な神事だ。
あまり邪魔するのも良くないと、あらかじめ神様にお伺いを立て、焼き芋やタピオカ、酒を奉納してある。
勿論、来ている奴らにも振る舞っている。なんせ一晩中のことだ。女子もそこそこいるし、最低限の気遣いは必要だと考えていたのだ。
現在はそこを訝しげにチラチラ見ている四方をよそに、本殿前で神様方自ら宴会を始めていた。ちなみに四方に落ち着きがないのは、はっきり見えずとも雰囲気というか何かがいるのはわかるからだろう。流石は高名な陰陽師の血筋である。
余談だが、タピオカはいつの間にかブームになってたミルクティーではなく、ブラジルでの一般的な食し方でクレープみたいなタピオカ粉を加工するもの。ハムやチーズを挟んで食う、といえばイメージしやすいだろうか。焚き火で軽く炙って摘まむのにちょうどよかったのだ。
愛里も嘆くような言葉は出してるが、顔を綻ばせて食べているほどの自信作である。
「うぅ、これも美味しい……太ったらどうしよう」
「左京君って大抵美味しい物を作るけど、カロリーとか考えないからねぇ。こんな時間だし、佐倉さんもやっぱり気をつけてるの?」
「うん。ただ今日みたいな日は特別だけどね。あんまり気にしてないのにあのスタイルが維持できる早苗さんが羨ましく感じるよ、わたしは」
「あぁ……早苗もふざけてるわよねー。前に秘訣を聞いたら、よく食べ、よく動き、よく寝て、よく学ぶって亀仙流を返してきたわ。普通の女の子が必死で努力する美容をなんだと思ってるのよ」
「……でもそれって真理かもしれませんよ? 私が言うのもなんですが、健康的な生活してるからああなのでは?」
好きこそものの上手なれ。好きなことのために必要なことは、初めは苦手意識があっても一緒に好きになるものだ。女子の場合だと、美容関係がその入り口として妥当なのだろう。椎名も交えてしてる女子の会話に取り繕ってるモノはあんまりない。
しかし、この3人……いや、早苗も入れて4人。改めて見てると、よくもまぁここまでのイロモノが揃ったものだ。
関係なく見えるかもしれないが、知性の高い奴ほど自分で何かを楽しもうとする。だからそこから趣味や生き甲斐が生まれる。
つまり受け身なのが問題になりうるということ。だから「暇だ」「何か面白いことないかな?」というニュアンスを友達から感じたら、僕はちょっかいかけるようにしている。物事を消費するだけで自分で努力する機会を棄ててる証拠だからな。早苗みたいな基本真面目に努力する奴は、これを放置するのが腐る原因になりやすい。
そのスタンスも影響して今の状況を形作っているのだろうか。
まぁ、入学からしばらくはともかく、なんかいつの間にか意味不明に元気なのが早苗のデフォルトになってたわけだが、これもこの友達連中の影響なのかね。神様方も安心してるっぽいし、からかうのもしやすいからその誰かに感謝である。
そうして僕と早苗、あと何故か僕から離れなかった栄一郎以外は代わる代わる休みつつ、早苗が神事、僕が天体観測をこなすのだった。
改めて言うまでもないが、戦略と戦術は違うものだ。これは織田信長の長篠の戦いがわかりやすいだろうか。
三段撃ちが嘘か真かと取り沙汰されることもあるが、はっきり言って戦術レベルの話である以上、大局的にはここの真偽はそこまで重要なことではない。使える火縄銃をそれなりの数揃えた点のみわかっていれば充分だ。
戦略においての信長の非凡さは、あくまで戦術レベル以上で運用可能な兵と火縄銃を揃え、長篠の戦場に武田勝頼を引っ張り出した部分にある。
明や朝鮮出兵にしても、後の豊臣秀吉は形だけ真似た戦略性のない遠征にすぎないが、信長本来の構想はおそらく違う。
鉄砲伝来からそう経たない期間で自国で火縄銃や火薬を生産できるように基礎を築き上げ、徳川が鎖国するまでの間に生産した火縄銃の数量は欧州全土の総数の数倍である。当然、かき集められるわけないから局地戦は圧倒的勝率を誇るはずだ。
つまり、この大量の火力を持って集中運用や戦術に応用するなど、マジで朝鮮どころか明、欧州までの長距離すら攻め取る大戦略もあったんじゃなかろうか。
事実、精度を高め、水に弱い欠点にも改良を加えられた日本式火縄銃は、あまりの精度によりオリンピックのクレー射撃などで使用禁止されたほど。これを強兵が混ざる大軍が運用するのだ。
ぶっちゃけ、正しい情報を得ていたら徳川幕府も鎖国せずに海外へ打って出ていたかもしれない。
戦略と情報はことほどさように歴史も変えてしまえる可能性を秘めている。
さて、歴史と比べて一気に規模が小さくなるが。
桜プロダクションは、元々は佐倉愛里=雫の直近の危機に対応しつつ、基本戦略を実行するつもりで起業した会社だ。
だから名前通りアイドルのプロダクション事業が主業務なわけだが、創業当初から所属していた愛里以外のアイドルは存在しない。その性質上、僕がトップのままでは事業規模も拡大できないし、そのつもりもあまりなかった。
しかし松雄が入社して、息子の栄一郎も加入・編入した以上は、もはやそれだけでは足りない。社長である僕自身が学生というのもあり、松雄の入社当初から社長を譲ろうと構想していた。愛里や特別顧問の青娥さんにも相談して着々と準備を整えていたのだ。
そしていまだに意味不明な攻撃をされた結果で敵対した清隆の父親の綾小路篤臣を撃退したため、満を持して松雄に社長の座を譲り渡した。松雄も元は篤臣氏の雇われだった因縁があるらしいが、僕……というより高円寺コンツェルンや鬼龍院財閥がバックに付いてくれている今なら、ある程度軌道に乗せる余裕があるはずだ。
この余裕と時間を使って、僕は松雄に1からアイドルをプロデュースしてみないか、と提案した。
会社関係者の未来と学校生活の快適化を両立させつつ、想定される手出しを防衛する僕の戦略構想の第二歩である。
親ガチャ、政治家ガチャ、経営者ガチャという言葉が出てきたように、本人が努力しても虚しいだけで、結局は親や就職した会社の運でしかないと悟った悲しい現代。
そのせいもあって勉強した奴ほど世の中を学んで出世欲がなくなって内向きになり、勉強しない人ほど本能のまま出世欲が強いという傾向まである。
海外からも「日本人は学校を出たら勉強しない」と言われてるのは、社会を知るための勉強は何もせずに資格試験や肩書のための勉強しかしないという意味だ。それなのに生涯学習で「手に職」になる資格試験ばかり勧めてくるのは、あまりにも上が無能で資格や肩書でしか人を見られなくなってる滑稽な状況なんだろう。
勿論、僕はそうならないよう気をつけている。そのための櫛田というわけでもあった。
占いとは、僕が考えるに大きく分けて3種類ある。
まず大抵の人が思い浮かべるタロット占いは、良い結果を実現するため、または悪い結果を避けるために現在・未来にどうするべきかというもの。
次に四方の家業である四柱推命や九条の爺様がやってるという占星術などの風水は、生年月日出生時刻・場所といったデータを元に特定の運命を占うもの。
そして最後は巧みな話術を用いて情報を引き出し、様々な意味で取れる言葉とかも使って的確に見える助言で相談者の信用を得る技術。語弊があると思うが、櫛田のやる手相占いはここに当たる。
最後のモノは占いというべきか怪しく映るかもしれないが、タロットにしろ、風水にしろ、他の占いにしろ、相談者とコミュニケーションを取る以上はある程度必要な技術だ。勿論、これだけに特化した詐欺師紛いだと問題も多いわけだが。
僕はこれまで意外と占いに関係してきた。この学校に来た決め手も四方の父親にしてもらった易である。
ゆえに、やり方をそこそこ調べたりもしてみたのだが、大変残念なことに僕には占い師の資質がない。父親(本職)の手伝いができるレベルの四方に聞き込んだりもしたのに、驚きの下手さ。3種の占いにおいて、指南書の型通りか完全な勘頼りになってしまう。
まぁ、それはいいのだ。
要点は悔しい……本当に悔しいことに、櫛田に抜群の資質があったことだ。これは櫛田をアイドルとしてデビューさせるに当たって、どのような方向性にするか会議していたら判明した。
薄々気づいてはいたが、人の信用を得る能力が高く演技力もある櫛田なので、少し知識を投げただけでそれなりにミステリアスな雰囲気を醸すフォーチュンテラーっぽくなった。
余談だが、僕の仲間内でこの資質が見られたのは、四方を除くと愛里と椎名だ。洞察力の高さが関係しているのかもしれない。
ともあれ櫛田の長所を最大限に活かす方向で、とりあえず年始だけ以前の商売で縁があったパレットの手を借りて宣伝してもらい、神社で格安の手相占いを行う案を僕は出してみた。まずは学校でアイドルとしての下積みっぽい体験をしてもらうのだ。
先に言った通り、これは占いを名目とした櫛田との握手会……のようなもの。更にその場でも後からでも相談とかされれば、櫛田の承認欲求も満たされて、悩みを解決できたら人気も上がり、下心ありな男子客の生徒達も美少女との握手ができて、おまけに松雄の実績にも転用可能と、みんなWINWINである。
具体的には、松雄の実績とコネ形成にも役立つぞ、と櫛田の同意の上で推薦してみた。
これは戦略云々の他に、松雄と櫛田双方に利益がある。
アイドルという職業はクリエイターと同じく、人に助けてもらう場面が多くなることで『縁』を大事にするようになる奴が意外なほど多い。キャラや容姿、特性も勿論大事な要素だが、ここの部分をわかってないと長続きしないのだ。
尤も、謎の幸運と高いAPPを持ち、ネットからのし上がった愛里の例があるから一概には言えないものの、特に大成したアイドルや女優は人脈というモノをけして軽視しない。それがまたコミュニケーション能力を上達させ、さらなる高みに登っていく。
櫛田にこれほど向いた職業はほとんどないだろう。
しかも、彼女はまだ15歳(誕生日が1月23日なのでギリギリだが)。発展途上だ。これからいくらでも可能性を見極める時間がある。主に周囲に不運っぽい部分がある点や嫉妬・強欲・憤怒の邪悪3点セットを併せ持ってはいても、精神と状況に余裕ができればそれこそ敵う者なしな人気者に至るかもしれない。
そう。僕がどこかで述べていたある分野で安定感があることで、別の分野では思い切った行動に出る余裕が生まれる、という応用である。
ついで…といったらなんだが、ここに高確率で大成しそうな櫛田を育て上げた、という実績を松雄が得られれば先の仕事にも絶対役立つ。なんせ状況のせいとはいえ、これまでの松雄の実績はほぼ金集めや根回し、僕との繋ぎ役だからな。
夜の神事から顔を出して年末年始を友達連中と過ごしに来たのは櫛田の意思だが、本来はこの年始の実験のためだ。
櫛田にはこれを可能とする度胸や能力もあるし、規模は小さくても成功すれば自信や余裕に繋がる。
上手くすれば、堀北さんの退学なんか眼中にもなくなるだろう。この学校で普通に過ごす限り、まず希少だろう助け合い精神を紛いなりに持ってる櫛田だからこそだ。尤も、内部破壊の特性もゴチャ混ぜで持ってるわけだがそこは目をつむるのである。
……それに、あの異常なまでの精神性に加え、執念と嫌悪感がそう簡単に消えるとは思えないが。
てか……すごいな。櫛田が現時点でも人気者なのは一応聞いてたが、これほどなのか。
初詣や合格祈願もあるとはいえ、ただの握手会()に相当数の客入りだ。1年生がかなりの割合、2・3年生もそれなりの数が来ている。流石に学や南雲周りなんかはいないものの、これまでの1年弱で櫛田が成した努力の成果は僕から見ても凄まじい。おかげで心配も手を貸す必要性も欠片も感じない。
実は『俺』の頃にとある会社へ出向して出会い系のシステムを手掛けた経験を元に、男の下心のみを擽る人気取り手法で集客するつもりだった。
ちなみにその会社では、条件は女を優先して、男には金だけ払わせろ。男は馬鹿だから、どうとでも言いくるめられる。と散々言われてマッチングプログラムを組んだせいで、出会い系全般の信用がなくなり、僕自身が使うのを止めたのは完全なる余談である。まぁ、当時はその気も時間もなかったのも理由の一つだが。
しかし、そんな小細工はいらなかったようだ。櫛田の能力や努力、人気をいまだ侮っていた。
朝にサラッと来て、マネージャーかボディガードのような真似を栄一郎に代わって始めた清隆すら眼を見張っている。勿論、僕も気持ちは大いにわかる。邪悪な笑みを浮かべて悪巧みしたり、愚痴を零したりしてる櫛田を知っている者は「誰だアレ」と言いたいことだろう。
「誰、ですか……アレ」
というか、実際に早苗が言った。幸い、客対応が忙しく櫛田と清隆には聞かれなかったようだが、もし聞かれていたら第2次守矢紛争、及び大惨事世界大戦(誤字にあらず)が勃発していたかもしれない。
容姿が良い女子ばかりだから、もしもそうなってたら凄まじく目立ったことだろう。まぁ、早苗は今更だが。
それにしても、ガチャの時にも似たような事を思ったが、そんな激しいモノを内に秘めてるくせして末恐ろしい猫かぶりである。
男女関係なく客が押し寄せてる様は、大人でもなかなかいない技巧派だ。なんとなく現在手相占いの客となっている白波は、櫛田の爪の垢を煎じて飲むといい。彼女の狙いである一之瀬であれば、ワンチャン一夜のアバンチュールまでは行ける可能性がある。
「桔梗さんの作ってるキャラ、いつ見ても不気味ですねぇ」
「なあ、ちょっと誰かあそこ行って猫剥がしてきてくれね? どうなるのか興味ある」
「早苗さん、夢月君……冗談なのはわかってるけど、自分で全てをぶち壊すようなのはどうかと思うよ?」
だが、力を振りかざす奴は力に振り回される。これは天才どもに囲まれている僕自身も身を以て理解していることだ。
ゆえに、実力とやらではどうしようもない相手には、口八丁でペースを乱すのが基本戦術となる。年齢的に調子に乗るのも無理はないからブレーキ代わりにするのである。
ただ……ふと、この場を整えるに当たって話を持ち掛けた櫛田に言われた言葉が脳裡をよぎる。
───左京君がなんで早苗達に認められてるか、ようやく本当の意味でわかった気がするわ!!
自分で思うのはなんだが、それはおそらく信じるというか疑うことをしないからだろう。
なにかと協力関係や共犯みたくなったりしてたので、僕の中で櫛田含めた友達の印象が固定されてきているのだ。今更疑うなんて、清隆じゃあるまいにそこまで友達を信用しないのはナンセンスな話。
そして信じられるソイツが堕ちていきそうな可能性が高いモノを見つけたなら、飛躍できる方向へ転換するのが人情であり、僕の美学というものだろう。
……あ、あれ? だったら人気者になってるところへ茶々入れて邪魔するのは、ブレーキになったとしてもやめた方がいいのでは?
なんかわからなくなってきたし、考えるのをやめよう。無駄に考えるのは意味も必要性もない。誰かに聞けば最適解を教えてくれる、なんてのが許されるのは幼少期までである。
こんな時は───やはり思考停止! 思考停止こそ全てを解決する……!
「……なんでこの人、いきなりボーっとし始めるんですかね」
「夢月君、ホントに突然こうなることあるよね」
「前触れもなくな。今の櫛田に無駄なちょっかいかけに行かなくなるからよかったが」
早苗や愛里、四方が呆れたように溢すが、いまツッコむと思考しなくてはならないのでスルーする。
ちなみに共に年明けを迎えた椎名は、社務所の炬燵にてまったり休憩中。栄一郎は約束していた清隆が来るまで櫛田のボディーガード的な役割で側に付いていて、清隆が来た今は彼らの近くで休んでいる。
少し休んだら列の整理や待っている客の対応をすると律儀に報告してきたあたり、栄一郎のブラック企業適正は高めなようだ。僕や早苗と同じく徹夜したのに、実に精力的に働いている。
「でも、ほぼ徹夜したから疲れてテンションおかしくなってるのかも。前も変なところでエンジンかかったこと、あるし」
「徹夜したのは私もなんですがそれは」
「早苗はなんかこう……夢月と違うだろ。主にズレ方が」
「それにしても愛里さんはともかく、二三矢さんもなかなか言うようになりましたよねぇ。いったい誰の影響なのか……」
「誰って、早苗への影響含めて言うまでもないだろ」
「そうだよね。わたし達に影響が大きいって言ったら───」
「ああ、確かに」
誰なんだよ。みんなで勝手にわかってないで明確に名前出せよ。なんか気になってくるだろ。特に愛里に影響を及ぼしてるのが誰なのかマジで知りたい。それが野郎だったら嫉妬に狂いそ……いや? 不思議と嫉妬心が湧かないな。愛里が気楽になれるならそれもまたいいか。
……はっ! いかんいかん。釣られて思考してしまった。
僕は思考停止中、今は頭を休める時だ。
平常心、平常心。
と、その時だ。
「ねえ、あんたらが本当の占い担当?」
「ん、見習い易者は俺だけだ。実家がそれ関係でな」
櫛田のお手軽経験値稼ぎ&人気アップ目的の占い、その傍らでやっていた『四方』の四柱推命に顔を出してきた女子が1人。たしかCクラスの伊吹さん、だったと思う。名前が間違ってない事を祈る。
1日限りと言えど、商売である。顧客満足度を上げる備えはしておくものだろう。つまり櫛田の手相占いは所詮付け焼き刃なので、占いがガチな目的の奴だと満足できないと思って四方に頼んでおいたのだ。
「悪い、伊吹さん。僕達はすぐ引き払うから少しだけ待ってくれ。
愛里、早苗。行くぞ」
見ると、さり気に占いが目当てっぽい客が伊吹さん以外にも何人かこちらを見ていた(正確にはいつかの修学旅行で見たような立て看板をだが)ので、僕は愛里と早苗を促して引っ込むことにした。ガチの占い目当て客らしき存在が現れたのなら、僕達は邪魔にしかならないだろう。
その中には干支試験で一緒のグループだった池と彼女?もいるようだ。
どう考えても、門外漢の野次馬モドキは席を外すが吉だ。僕は誰かさんと違って空気が読める大人な紳士だからな。
占いの性質上発生するお客のプライバシーを侵害しないよう易者である四方を残して、簡単に後始末だけして僕達は本殿の方へと戻った。
なんせ僕も早苗も愛里も、人と関わるべき時期の3000時間以上を自分のやりたいことへ費やしてきたのだ。面構えというか、心構えが違う。
邪魔だと思われることに関して、僕達陰キャはとても敏感なのである。
僕は学校内の数百人から確固たる知名度や人気を得て、ネット方面から少しずつのし上がるプランを櫛田には提示した。愛里とは微妙に違う方面のYouTuberっぽい売り出し方だ。
なによりも広大なネットという公共空間で櫛田のトーク力や能力を活かすなら、愛里の常人に真似できない不思議な魅力をサブで出すよりこちらが安定すると思う。
手相占いモドキはこの練習であり、学校内の人気を得るためでもあり、まず地盤を固める手法の一つでもある。上手くいけば一石何鳥にもなって、最悪でも学校内への保険を作れる。
ただ、これは何気に櫛田の同意をもらっているとはいえ、少々性急で段階をいくつか飛ばしている。
そこへ至る道はいくつかあるものの、愛里のように雑誌に掲載される……要はビジネスの現場に関われるほどのアイドルを名乗るには、中学時代以前の実家にいるうちに本人・保護者・会社の責任者の三者が面談→同意を得られている。なんてケースは、よほど幸運じゃないとありえない。
だからモグリっぽい初手を、ここの学校環境を利用して強引に形にしたのである。
本来、未成年が事務所所属のアイドルになるためには、保護者への説明や同意も必要だからだ。愛里も桜プロダクションに所属する際、青娥さんに頼んで親御さんへの説明はしてもらっていた。
それでも時間をかけて丁寧に根回ししていけば、もう少しは成功率を上げられるはずだが、いくつかの理由で難しい。
まず櫛田の理由があり、堀北さんを早く完全に抑え込めるように、仕事よりも学校内の影響力増大を彼女は重視したのだ。
これはわからないでもない。特大の地雷っぽくて流石に内容は聞かなかったが、何かしらの櫛田にとっての秘密みたいなモノを握られてる、ように思い込んでいる雰囲気があった。
次に学校の閉鎖的な制度だ。
いくら外部接触が可能になったからといって、外出許可の決まりが作られた通り、無制限なわけがない。テレビや取材などもってのほかだろう。経験者の愛里にも助言をもらったりして、ネット方面から地道に宣伝していくのがベターである。
最後に外的要因。
清隆の予測が間違っていないなら、最低でも年度末のあたりで権力者が動く。
それが父小路か学校、はたまた政府関係かは状況によるだろうが、僕は確信している。近いうちに何らかの対応が必要な接触がないとおかしいからだ。スルーだけはありえないだろう。社長を松雄に譲った今でさえ遅いくらいだ。
そして『その時』に僕の手がどれかの仕事などで塞がっていると、松雄の負担が大きくなりすぎる。栄一郎も色々学んではいるみたいたが、流石にまだ対応は難しいだろう。
他はまだしも万が一、高円寺・鬼龍院の2財閥に助けを求めるには、画面越しとはいえ直接交渉したことのある僕が必要になるはずだ。あの天才の親御さん達は、微妙に性質は違えどそういう誠意や可能性を見抜く人だと見た。
以上の理由に加え、早苗との無駄に思える修行。クリスマスに僕を巻き込んできた学や南雲、一之瀬も前哨戦とか言ってたし、また何かで絡んできそうな予感まである。
つまり櫛田や愛里にかかりきりになる状態は、やはりリスクが大きい。すでに許容量限界近いのに、本格的に新規の何かに取りかかるのは無理が出すぎてしまう。
よって四方と清隆、栄一郎に僕では無理なんだがと話したら、櫛田に関しては彼らが請け負ってくれた。四方が櫛田に占いを手解き・フォローしたり、マネージャーみたいな役割を清隆や栄一郎がしてくれてるのはそういうわけである。
四方は天文部だけじゃなく野球部の活動もあるからいつでもというのは無理だが、オフの時間を少し貸してくれるだけでありがたい。
というわけで時間ができた僕は、ある程度の余裕がある状態で新年を迎えられた。
新年明けましておめでとう。今年も世話になるだろう。文字通りに、である。
感謝の言葉もないとはこのことか。
僕は周囲に恵まれている。今日のところは、もう放って置いても問題ないだろう。
しかし、アレだ。心配事がなくなったとなると、マジで気が抜けてくる。
そして気が抜けたせいで、徹夜から現在(16時頃)まで動き続けた代償が僕に襲いかかってきていた。
そう。圧倒的な眠気である。
さっきまでは考え事があったから気を逸らせていたが、憂いがなくなった途端に眠くてしかたない。もはや常に舟を漕いでいるといって過言ではない。
僕と同様に早苗もそうらしく、気づくと愛里の胸に顔を埋めていた───っ! くっ、彼氏である僕を差し置いて、特等席に陣取るとはふてぇ女だ。
椎名もそろそろ起き出してる頃だし、社務所で仮眠するついでに早苗も引っ張って行こう。そうしよう。早苗であれば、たとえ一緒に雑魚寝しようと間違いなど起きようはずもない。
半分寝ながら遠慮なく愛里の乳を揉む早苗にイラつき、嫉妬心の赴くまま引き剥がして無理矢理背負うと、僕は愛里に一言告げて社務所の布団へ向かって進み出した。
愛里と同性で嫌がってないっぽいとはいえ非常にイラつく。それは僕の特等席だ。
ちなみに、早苗と布団に倒れ込んで寝た後のことだが。
僕が最初に起きたのは真っ暗になった午前3時頃で、これから学生寮に戻るのは面倒くさいとぼんやりした思考で普通に二度寝を決め込んだ。この時に注意して周りを見回していれば、もう少し穏便な天国と地獄のイベントが早回しで発生したかもしれない。
そこから更に数時間後───。
何故か付いてきていた愛里と、いつかみたいな腕枕状態になってたのに気づいたのが天国。
その愛里に抱きつきつつ、勢いよく転がったと思われる早苗の頭の落下点が僕の股間だったことが地獄。
数kgはある緑の頭が抉り込むように無防備な箇所……チンコを直撃してきた痛みと苦しみで二度寝から起こされた僕は、早朝から声もなく脂汗を流しながら悶絶した。愛里に腕枕してる関係上、下手に動いたりできなかったためでもある。
だが、良い夢見てそうな寝言が聞こえてきた時は、温厚な僕ともあろう者がキレそうになった。
「ふ、ふふっ…私の胸に埋もれて朽ち果てるがいい……」
こんのクソ緑……! 僕の至高なる楽しみ・二度寝睡眠を最悪な形で邪魔しといて、イイ笑顔で寝言ほざきやがって! と。
「ここ、失礼…しますね。……ふふふ。今日も楽しく……なりそうですね」
一之瀬の時といい、僕は頭突きと相性が悪すぎる。てか、頭突きと相性ってなんだよ?
これから僕に頭突する予定のある奴は、せめて優しさと切なさと心強さを含めて欲しい。篠原○子もストリートファイター達もきっとそう言ってくれるに違いない。
しかし、零れ落ちる言葉と外見は文句なしの美少女の片方が僕の股間付近を枕にしてるのに、色気が感じられない件。
普段のせいか頭突きのせいか微塵もそういう気にならない。最近の修行とやらで早苗の攻撃力を知っているからかもしれない。
なおもふざけた寝言を零す早苗を眺めて、人知れず僕が正常であることをどこかへ祈っておいた。
≪やらないのか……こんなに可愛い早苗なのに≫
≪バカッ、神奈子! 夢月には私達の声が聞こえ───≫
……なんか混線した返事があったような気もしたが気のせいだろう。なんとなく価値観が違いすぎると感じたわけだが。
「守矢神社最高の信者さんに命じる……私にありったけの信仰を捧げよ……ふふ、うふふふっ」
ともあれ内心で愚痴と心配を吐き出し、なんとか痛みが治めてから雑魚寝してた現状を把握して不可抗力だと呑み込み、冷静さを取り戻し……ひとまず改めて寝てる女二人を見て、僕はゴクリと息を呑んだ。
そして続きがあった寝言を聞いたことで、起こさないように気をつけて僕はおもむろに意味もなく片腕を広げる。もう片方は愛里のピンク頭が乗っかってるからだ。
───さあ、朝チュンからのレッツ3P!!
とか宣いつつ早苗を叩き起こしてセクハラしてやろうか、と白み始めてきた窓の外に目をやりつつ、半ば以上本気で思った。もし僕が刑法176条不同意わいせつ罪を考慮しない無知ならば即死(社会的にも)だった。
今も寝てる愛里はもちろん、声が聞こえた気がした神様も見ているかもしれないし、こんな原因で死にたくないからなんとか思い止まったけども。
僕の新年はこんな感じで、初夢を見る暇さえなかった。