合宿4日目は日曜日なため休日だ。ただ、ババ抜きの賭けがあるので、1年生は朝食だけは作らなくてはならない。
しかし、これは逆に僕にとって好都合。2度目ということもあって僕以外も手慣れてきたことで、手早く調理を終えると残り物でいくつかお握りと少量のおかずを取り分けて確保しておく。昼飯にするのだ。
そう。自由な1日となれば、やることは一つである。
散歩とスケッチに行く。もしくは、気が向いたら昼寝するのもいいだろう。せっかく自然が近くにあるのに、この滞在場所に籠りきりなのはつまらない。
よって、今日の僕の昼飯はいらないと、朝食後にうちのグループの責任者である龍園に言伝てて出発した。龍園がなんか口に出そうとして出てこなかった感じだったから、まかり間違って龍園含む誰かに止められないうちに速攻で飛び出したのである。
初日の夜も天体観測目的で校舎の外で星を眺めてたら、見廻りしてた教師やらにかなり怒られた。なので、周囲を警戒しながらじゃないと安心して空も見られない。2日目以降の夜はそれが微妙にストレスだ。
また高円寺も朝のランニングに行ったら“障害物”が多かったと言っていた。表情からはわからないが、彼も鬱陶しくは思っていることだろう。
教師達以外に南雲達が来た時も帰り際も、学や一之瀬、清隆、櫛田なんかにばったり遭遇した時も、普通に外出しようとしたらすごい勢いで怒られたのだ。まぁ、清隆からは亡霊と遭遇したかのような雰囲気で「やはり不思議な奴だな、お前は」って言われただけだし、櫛田の時は本人じゃなく何故か一緒にいた堀北さんに怒られたが。
見渡す限りの景色ではどうせ合宿の脱走なんか可能な周辺環境でもなく、監獄でもあるまいし、なにをそんなにカリカリしているのか。ちゃんと次の日に必要なことはこなしたので何の問題もないのに……。
てか、外出こそしないのかもしれないが、夜に出歩いてる奴も男女問わず結構いるじゃん。なおさら、なぜ僕が怒られるのか謎である。
ともあれ、ペットボトルを使った発明品も実地で確認することもできたし、ちょっとしたハイキングもできたので清々しい気分だ。僅かなストレスも吹っ飛ばす良い休日になった。
それにスケッチとかしてた関係上、なんとなく僕についてきていた四方と高円寺とも大したことは話してないが楽しそうだった。いや、コイツらはいつも通りと言えなくもないか。僕が何も言わなくても天文部の活動に参加してくれたくらいだし。
まったく、どんな時もマイペースな奴らである。
ちなみに出発する際、清隆も仲間に入れて欲しそうに見てきたが、栄一郎や石崎、橋本達となんか騒いでたので置いてきた。奴はこの先の戦いに付いて来られそうにない。
大自然を堪能するのに、朝からチンコがどうとかで盛り上がる奴らは美しくないからだ。
Tレックスという謎の信仰?が呼び込んだ副産物といえよう。向こうも楽しそうでなりより。
というわけで、合宿中の日曜日は気ままに散歩したり、スケッチしたりとなかなかリフレッシュできた。四方と高円寺が増えたものの僕達は特に話すでもなく、3等分したため1人あたりの昼食が少なめになったからといってもちろん文句が出ることなく、久しぶりに思い思い過ごす気楽な時間だった。
ところで、夕方頃に帰ったら頬をヒクつかせた龍園に出迎えられたが、なにかあったのだろうか? 何も言われなかったので事情は不明だけど、やはりリーダーや責任者をやるのは大変そうだとなんとなく思った。
5日目は試験最終日に行われる『駅伝』のコース、約18㎞をグループ全員で踏破する実習?だ。
僕達のグループは誰も指示とか出さないので、景色を眺めながら雑談しつつ、のんびりと目的地の折り返し地点を目指していた。
「ふ~ゆがす~ぎ……冬休み~」
「ニートの井上○水やめろ。夏休みならぬ冬休みはとうに過ぎ去った」
「1年追加で」
「それができたら誰も学生にならないから」
「でも似たような替え歌はガキの頃にしなかったか? 俺は新学期の帰り道で時々やってた」
「ああ! 俺も歌いはしなかったけど、いつも思ってたぜ!」
「だよな! ダルいよな!」
みんな和気藹々としている。
この頃になると龍園は呆れを表情に滲ませつつも、雑談程度なら何も言わなくなっていた。グループの雰囲気に馴染んできたのかもしれない。
しかし最初はこのグループやべぇってなってたけど、夏の干支試験の時といい、僕は人と状況に恵まれているものだ。
これなら、わざとKCしたり、NKに参加させられたり、SSへ逃げ込んだりしなくてもすみそう。ああ、略語の意味は。
KC=計画的遅刻。
NK=眠たい会議。
SS=サボりスポット。
である。集団行動時にそのまま言うとヤバいからな。癖になってんだ、暗号みたくするの。
ともあれ、いつもと違う雰囲気とはいえ龍園が仕切っている以上、こうした事が必要にはならないだろう。
今日のコレも、試験のうちの一つ『駅伝』の18㎞コースを踏破するだけが目的。ということは、素晴らしいタイムを出しても意味がない。不測の事態で誰かが脱落しないように、安全重視でペースを守って進みきるのが正義だ。あまりに遅すぎると昼飯抜きになるのでそこは注意する必要もあるが、半分自由行動の時間といって過言ではない。
この弛い雰囲気を作っているのは、Cクラスの奴らをまとめている龍園と、変に他と衝突しないよう要所で調整している橋本だろう。最低限の繋がりは持っておいた方がいい気がする。
合宿が終わったら一応名刺を渡しておこう。
名刺は『俺』の習慣でもあったが、起業した時、もらって返せなかったら申し訳なくない? と思って作っておいたもの。話のきっかけになるかもしれない希望的観測も含む。
そして大抵びっくりするほどなんのきっかけにもならないのは、現実と同じである。あくまで一応なのだ。
「それにしてもさみぃ。折り返し地点の教師チェックが嫌がらせに思えてくるぞ。ポイントが使えるなら、いっそ買収できないかな? 教師をこっちに呼び寄せるとか、チェックリストを偽造してもらうとか」
「左京。お前、そんなことばかり考えてんのか? できるできない以前にルートの下見は重要だろ」
「ならば、いかにして手を抜くか。それが問題だ」
「最初と目標が違ってきてるじゃねぇか」
「ふっ、これぞ僕の念能力・伸縮自在のゴール。いかなる目標もゴール範囲を広げれば必ず届く……!」
「バンジーガムみたいに言ってんじゃねぇよ! イカサマだろそれは!?」
これらの好条件が揃っているので、適当な馬鹿話で戸塚や石崎など話好きな奴らを着火しておくだけで勝手に話を広げてくれるはずだ。
どうせなら、自分以外も楽しめるようにするのが試験でも好影響あるだろう。
持つべきものは気楽に付き合えるチームメイトである。
これまでの合宿は軽く走った程度で長距離マラソン的なモノはなかったので、いきなりハードにするよりはこっちのやり方が良い(個人的感想)。
観察するように見られてるがどうしてか龍園が大人しいままだし、ゆっくり行こうと出発前に提案しておいたのは正解だった。必要ないのに、下手に無理すると怪我とかしかねないアップダウンのある山道だったからな。
ちょっと高円寺が道を外れて大自然に飛び込んでいったり、僕と清隆が彼を追いかけてミイラ取りのミイラになって昼飯までの時間的余裕がなくなりそうになったり、体力に不安がある奴らに先行してもらったりもしたが、またしても朝食の残りを確保しておいた僕に抜かりはない。
こういうこともあろうかと、おにぎりを作り置きしてある。容赦なく昼飯を抜くだろう学校の性質と僕の基礎体力のなさを考えれば当然の保険だ。
教師のチェックがあった折り返し地点から爆速で走り出した高円寺には必要なかったが、代わりに帰り道を1人でゆっくり歩いていた橋本。ついでに足を挫いて路肩に座り込んでいた他グループの奴と分け合って、おにぎりは全て消費できた。炊飯ジャーに結構残ってたご飯を全部握ってあったのでかえって助かる。
「博士、か……。他のグループだが」
「うん。やっぱりこういう時、最後尾から零れた奴を回収する役目はあった方がいいな。明日は我が身だ」
清隆も似たような考えで、あえて最後方を確認していたようだからちょうどよかった。
あと念のため補足するが、足を挫いてた太めの男子が面白いことを呟いていたからつい声をかけてしまった橋本は悪くない。誰かに文句とか言われるようなら僕は擁護する。おそらく僕が最初に見かけてても声をかけていただろうから。
「逃げちゃ駄目だ逃げちゃ駄目だ逃げちゃ駄目だ!」
「エヴァかよ」
「ヨシッ! エヴァ、負傷したシンジを取り込むでござる」
「イカレ言動じゃん」
なぜなら、これが僕と清隆が発見した時のソイツと橋本の会話である。ちなみに彼の名前はシンジ君ではないらしい。
「それ、息子の方のセリフじゃなかったのか……」
最近エヴァを履修したばかりの清隆が遠い目と途方に暮れた雰囲気で零すのも相まって、笑いが止まらなかった。楽しい奴っぽいし、応急処置や肩を貸す労力とおにぎりを分けてやるくらいなにほどのものでもない。
名前は聞き忘れちゃったが、こんな特徴的な口調をする奴だ。縁があればまたどこかで会えることだろう。
……未来の話だが、合宿で彼はこの特徴を矯正されたらしく、遭遇しても誰かわからなかったのは完全なる余談である。
合宿6日目は、学と南雲に呼ばれて少し話したくらいで特筆すべき部分なく過ぎ去った。しいて言えば、何故か彼らの勝負内容を聞かされたのと、直後に龍園・橋本・清隆の順に遭遇してそれぞれ軽い言葉を交わした程度か。
なにやら動いたりしてるみたいなのはわかるけど、考えることが多い奴は大変だと改めて思った。
そして合宿の最終日は、『禅』『筆記試験』『駅伝』『スピーチ』の4つの試験が行われる。僕達1年は『禅』、南雲達2年は『駅伝』、学達3年は『スピーチ』から順次やっていくようだ。
グループ内の不安要素としては、学力関係に戸塚と石崎、体力関係に僕と戸塚と浜口、道徳・マナー関係に石崎と三宅が少しあるかな、って感じだ。とはいえ、空き時間にそれぞれの対策は打ってあったし、龍園が責任者である以上はCクラスの奴らは手を抜かない。
僕も含めた他のクラスの奴に押し付けすぎなければ、あえて必要以上に手を抜く奴はいないだろう。
最初の『禅』の試験では、いつもと違う面子で呼ばれたので戸惑う奴こそ出たものの、誰かが冷静にさせ滞りなく進行した。
特に四方と高円寺は見事なもので、僕が点数を付けるとしたら満点の所作。他も落ち着きの無さげな数人が微妙なくらいで、だいたいは基準をクリアしたはずだ。
次の『筆記試験』でも、戸塚には僕と橋本、時々鬼頭が。石崎とアルベルトには栄一郎と四方。三宅には清隆と浜口が付いて一夜漬けしたから最低限の点数は取れるだろう。
高円寺や龍園? この2人にそんな対策を打つのは無駄でしかない。実際、本番でも全く問題なく解答を書き終えると、さっさと試験が行われている部屋から退室して行った。
少し大変だったのはこの後の『駅伝』で、走行距離はグループ総計で18㎞。1人あたり最低1.2㎞。そして1人だけ長く3.6㎞を走ることになる。2人なら2.4㎞を走破してたすきを繋がなくてはならない。1.2㎞刻みにチェックポイントがあるからである。
僕達は四方と浜口の提案で、第2とラスト直前の走者へ2.4㎞を頼むこととなった。ちなみに第2走者は四方で、ラスト直前は龍園という構成だ。
前半の平坦な道と、後半のアップダウンが激しい道。この地形にそれぞれの能力を考慮して走者は割り振られている。
なので、走る順番は高円寺、四方、戸塚、浜口、鬼頭、清隆が前半を。三宅、橋本、アルベルト、栄一郎、石崎、龍園……そして何故か僕がキツめの後半だ。
しかも誰が(もしかしたら複数?)ぶっちぎったのか、圧倒的トップで龍園からアンカーの僕にたすきが渡された。おかげで一緒に待っていた柴田と須藤など運動系エースに追い上げられるという焦燥感を味わうことに。万が一これで負けたら、戦犯どころじゃなくなるからだ。
自然を気持ちよく堪能しながら走るつもりだったのに、どうしてこんなことに……どうして。
ヒーコラ言いつつも、それまでの差があったので無難に走りきり、青息吐息になりながらもなんとか1位は死守できた。
だが、走り終えたグループの奴らが次々に車で合流してきた時、龍園から「クックック。お疲れだなぁ左京。なあ、お前自身が手抜きできない状況に陥るのはどんな気持ちだ? なあなあ、どんな気持ち?」とニチャった笑顔でNDK風に煽られたのは決して忘れん……! 疲労していた僕を煽ってきた報いは、いつか必ずや訪れることだろう!
やってくれたのぅ。やってくれたのぅ、龍園翔!
ふん、だが、一応試験中でスピーチも残ってた状況だから命拾いしたな。グループ仲間の龍園相手なのに、危うく無駄に喧嘩売りたくなるレベルだった。僕がCOOLでナイスな男でなければ、まず即死か返り討ちだった───僕が。
冷静に彼我の戦力差を考えれば、ヤツに正面から当たるのは愚行だろう。だから───。
……あんの煽りカスゥ……! なるべく近いうちに学内最恐(当社比)の狂人である小五ロリを刺客に誘導するよう仕組んでやるから覚悟しとけ。
と、僕もそのために必要かもしれない“清隆や高円寺”とやり合う覚悟を決めた。
クラス対抗の試験やシステムを意趣返しに利用するには、クラス対決で他と当たる選択肢を潰しておくのが妥当。うちのクラスの勝敗や損害も不透明になるが、これくらいしなくてはこれから先ので“いくつかの試練”を乗り越える際に手が打ちにくくなるし、龍園を別の押し付け先にしておくのも必要な一手に転用可能なはずだ。
くっくっく。あの激重感情持ちの女子が接触してくる恐怖に怯えるがいい。
消去法的に天才どもがいるクラスと当たる不確定要素くらい軽く呑み込んでやるわ。
龍園については無理矢理さて置き、最後の試験は『スピーチ』だ。
駅伝で疲れていたのを考慮されたのか僕はトリだったので、あまり他が使わなそうな思想強めで微妙に改変した考え方を採用して準備していた。当然、提示された判断基準の声量・姿勢・内容・伝え方はしっかり計算に入れている。
このあえていくらか点数を落とすだろう内容で、僕は演技調だった高円寺を見習って堂々とスピーチを始めた。
ちなみに以下が実際に言い放った内容の改変前である。
敗者ゆえに悪にされてしまう。
勝った者こそが正義。
歴史とは勝者の歴史。
敗者には明日すらもない。
以前の経験を思わせる事が多いせいだろうか。
この学校ではふとした時に、こうしたことを考えさせられる。
まさにブラックな価値観。現代社会でも通じる弱肉強食の理。
道徳だのマナーだのとあの手この手で誤魔化そうとはしていたが、一部を除きこの合宿の講義の大半がこれっぽいモノを根底にしている。
しかし、どんな物事にも表と裏がある。綺麗な一部分しか教えないやり方を、僕は嫌悪している。
例えば、道徳やスピーチで講師が例題とした『落とし物を届ける是非について』。
これの表は当然、善行だろう。届ければ、失せ物を探していた人が喜ぶこと請け合いだ。
そして裏は、「ただしイケメンに限る」へ陥る可能性や、嫌がらせに応用される事がままあること。
そう。以前に早苗や櫛田に助言の形で話したこともある『俺』の嫌がらせ原点である。権力者や人気者にこれをやられると、手の打ちようがなくなるというアレだ。
どういうことか具体的に説明しよう。
きっかけは『俺』の頃に財布を落として困ってた別部署の同僚にタクシー代を貸して帰した後、『俺』の机付近に落ちていた財布を発見した事だ。特徴は聞き知っていたからすぐにその同僚の物だとわかった。
翌朝出社して来た時に一言伝えればいいか、と当時の『俺』は、届けといたよとメモった付箋だけ同僚の机に貼り付け、事務の落とし物ボックスに届けておく対応をした。
今なら理解できるが、あまりに甘すぎる判断だと言わざるをえない。
───翌朝出社したら、盗人にされていた。
尤も、中身が減っていたとかではなく、タクシー代を貸して恩を着せたように見られたらしい。その同僚が女という要因があり、しかも悪いことにお偉いさんの息子の婚約者。下心で彼女に手を出そうとした、と見られたのだ。前日に貸した一万円札も、ヒステリックな態度で投げつけられた。
勿論、弁解?はした。拾った場面の目撃者や証人もいたし、事務へ届ける過程も記録に残っていたからだ。でも、全く考慮されなかった。
せめてタクシー代を貸す行為さえしてなければ多少マシだったかもしれないが、小さな善行のつもりでも変な思い込みで受け取られると簡単に裏返る事例といえよう。
この一件から『俺』が退社するまで、何度も似たような事例が身の回りで起こって『誤報』で通報され続けた。
二度目は、落とし物を見つけても触らないよう放置したのだが、彼ら曰く、それはそれで『マナー』や『道徳心』が欠けている行為らしい。しかたなく拾ったら、鬼の首を取ったかのように勝ち誇った男の方(別部署だが、一応彼が上役ではあった)に殴られた。
三度目は、周囲にしつこいくらいに念を押した上で届けたら、盗んでおいて厚顔無恥だと罵られた。
以降も『俺』に対し、似た手口の嫌がらせは繰り返され、場合によっては脅迫状が送られてきたり、わざと達成不可能なタスクを振って失敗させた上で他社の顧客の前で口汚く罵られたり、二度目のような暴力を振るわれることさえあった。
しかし外部の者に見られてた際、ドン引きされてたのはよかったのだろうか。明らかに『俺』じゃない方が人間性を疑われてたと思うのだが。
ちなみに、後で知ったことだが、これはガスライティングの洗脳手法も含んでいる。
進めていた計画を直前で全てひっくり返すとか、Aと指導してすぐ後にBに修正し、またAに戻す。それぞれ「前に言っただろ!」という風に混乱させられる時々あるヤツだ。
やられた方は、マジで頭おかしくなりそうな手法が色々あるから、本格的に社会へ出る前に少しでも予防接種しておいた方がいいと忠告しておこう。
正直最初の件からおかしいのはわかっていたが……何度目の嫌がらせの時だったか。
イケメンの新入社員が落とし物を届けに来て嬉しそうにお礼を言う女(この頃はすでに同僚とも思ってなかった)と、わざわざ『俺』をその場面に連れてきて高圧的に「アイツ(新入社員)は泥棒のお前の代わりだ。部長昇進を辞退して、会社も早く辞めろよ」と醜悪に嗤いながら宣うお偉いさんと追従するその息子。
まぁ、善行を利用して最初から二人以上で仕組んでたと確信したよね。
記憶が今でも脳裏にこびりついている。あれは実に醜い笑顔だった。
それで『俺』が本当に辞めて仕事が回らなくなったら、「お前の責任なんだから早く来て働け。給料? 出すわけないだろ。お前みたいな給料泥棒に」って、何度も連絡が来たっけ。今更どうでもいいが、全て『俺』が無能の無責任で道徳心の欠片もない奴だから、って無理矢理すぎるこじつけ付きで。
結局、無視してたら半年くらい経ち、プロジェクトがポシャって大赤字を出して婚約者の女の方が左遷された、と元同僚が恨み言を長々と留守電に入れてたのが最後だ。
ちなみに僕がブラック関係やお偉いさん、女を前面に出す奴、そして主に電話するのが苦手な理由は、この時の経験が大いに関係している。
警察や労基、労組とかに怪我の診断書や会話の録音データなどの証拠を持参して相談しても、話をするどころかまともに相手もされず、信じる・信じない以前に被害届けの受理すら面倒くさそうな態度で断られたからだ。
そのために仕事しながら何度も各所へ電話でやり取りする羽目になり、非常に重い負担だった。
被害妄想も入ってるかもしれないが、警察は仕事をしてくれるなどと到底信用できず、言動や対応から労基や労組が会社と十中八九グルだと確信したこの期間。反社会的な思考なのは理解しているが、電話自体が苦手になったのもしかたなかったと今でも思う。
こうした経験がいまだに色濃く残ってるせいなのか、僕はあまり道徳とか善悪とかが気にならない。
ゆえにこそ、僕のスピーチでするには、この『落とし物を届ける是非についてを学んでいくつもり』というテーマが適切だろう。
ただ勿論、そのまま『俺』の経験を言えるわけもないから学生のエピソードに微妙な変換したり、表裏や行政の対応例とかについてをメインの内容とした。
このスピーチは予想通り審査員?試験官?受けはヤバそうだったものの、逆に聴いていた同級生達には意外と受けた。
僕の出番が『スピーチ』の試験で最後だったからかもしれないが、少数でも心に留め置き役立ててくれる奴が出てきたら幸いである。