四方に加え、柴田や葛城・戸塚と友誼を結んでからの1週間は……実はそれほど以前と変わりなかった。柴田や葛城は部活か何かで忙しそうにしていたし、戸塚が葛城から注意されたとかで凹んでいたので、相談(愚痴?)を聞かされたくらいだ。
愚痴といえば、あれから1度だけ櫛田も屋上にきたらしいが、僕も他の部員もいない時だったようで、屋上に入れなかったと連凸された電話で怒られた。そのせいで、苦手極まる電話という通信手段を使う羽目になった。その上、バイトがなかった一日をひたすら愚痴をこぼす櫛田の横で、天体望遠鏡の手入れをしながら聞くわけのわからない状況を過ごす事になってしまった。
それにしても愚痴をこぼしている対象を全く知らない僕に、かなりの熱量で同意を求められたところでどうすればいいのか。聞いている限り、櫛田の愚痴に頻繁に登場する堀北という人物が会長ではないと確定したので、頷いて大人しく聞いているくらいしか出来ないのだが……。
櫛田対策を他の天文部関係者にも分担させようと画策しようともしたが、四方は最近神崎や一之瀬達に連れて行かれる率が高くなり、東風谷や佐倉に至っては櫛田はおろか、葛城と戸塚さえ避けるコミュ障っぷりを遺憾なく発揮していて無理だった。そもそも櫛田の愚痴現場を秘密にする約束もあるので、下手なことができないという理由まである。
しかし関係ないが、教室にいる四方を連れて行く時に一之瀬や神崎が、ついでのように僕や東風谷も誘うような言葉を発することがある。この言葉はたいてい四方が行くと確定した段階で発せられることがほとんどなのだが……。
「あっ、左京君と東風谷さんも来てくれたりしないかな?」
「おお、そうだな。一度話さないか?」
『あっ』や『おお』という付け足されている音声。
おそらく望まれていないだろうと察することができる僕と東風谷への疑問系での誘い文句。
僕や東風谷が断りを入れると感じる少しだけ安堵したかのような表情。
四方や柴田は気のせいとか考えすぎとか言ったりするが、これだけの状況証拠があって行けるわけがない。
この件については東風谷も同意するだろう。なにせこの後は、東風谷とともに複数の視線を感じながら場を離れるまでがワンセットなのだ。嫌われてはいないのだとポジティブに考えることはできるが、邪魔には思われているだろうと容易に想像できる。
この現状を東風谷がどう思っているかはともかく、僕にはこの状況を覆す必要性を感じないのもあって、正直もうクラスに関しては放置しようかと考えている。
葛城と戸塚の推論からCPの意味はなんとなく把握できているが、僕が気づけたのだから四方や一之瀬達みたいな頭の良い者もとっくに答えを導き出しているだろう。クラスの足を引っ張るような事さえしなければ、敵意にまでは発展しないと踏んで割り切ることにした。
それからしばらく経ち、4月の終わり。
いつものようにご近所さんへの朝の挨拶をして授業を受ける準備を終えて待っていると、何故かホームルームが終わって教室から出て行くばかりの担任がまだ残っていた。
1時限目は物理だったはずなので自習にでも変わったかと思っていると、担任は始業ベルが鳴り終わった後、口を開いた。
「突然だけど今日は物理の時間を変更して抜き打ちで小テストをやるよ~。だけど緊張したりとかしなくても大丈夫。今回のテストは今後の参考ってだけで成績には反映されないからね~」
これが葛城達の言っていたCPの増減テストというやつなのかもしれない。
相変わらずはっきり言わないのでわかり難いが、推測どおりだとするなら低い点をとった場合にクラスのヘイトが僕に向く可能性がある。一之瀬や柴田を見る限り、トップ層はあまりダーティーな事はしなさそうだが、念のために少なくとも僕と東風谷だけはある程度の高得点を取っておいたほうがいいかもしれない。流石に邪魔者から本格的に嫌われ者にランクアップするのは御免を蒙る。
東風谷からテスト用紙を受け取り四方にまわしながら、僕は面倒事を回避する方策の事ばかり考えていた。
少し考え事で時間を消費してしまったが、テスト中だった事を思い出して切り替える。
改めてテスト用紙を見ると、5教科各4問の一般常識テストみたいな構成だった。
簡単な連立方程式、英語や漢字。中学1年生レベルといっても過言ではない問題すらあるテスト用紙を、引っかけとケアレスミスに気をつけて慎重に解いていく。その引っかけすらほぼなかったので、更に疑って2重のチェックでやったが後半まで問題にもならなかった。
しかし、最後の3問は異質だった。
連邦準備制度に関する穴埋めに、航空力学における解釈ミス、問題を読み解くことすら一苦労の古文。
明らかに入学直後の高校1年生に出される問題ではない。はっきり言って僕のような2度目の奴を除外すれば、天才と呼ばれるような習得効率が異常な人種、または桁外れに勉強してる努力家ぐらいにしか解けない問題だろう。
例えば、航空力学の解釈ミスは、当時の流体モデルの作り方が間違っていて計算上の揚力が半分になっていた事。などと大雑把にでも知っていて更に深い部分まで説明できる高校生がどれだけいるんだ。一応、最後の3問は古い問題が多いので色々な参考書で勉強していれば解答可能かもしれないが、一ヶ月前までの普通の中学生にはほぼ無理というものだろう。
それと個人的に何より許せないのは、この難問と同じグループのような扱いで真横に存在する英語の問題。
バスケットボールを英訳せよ。
……この学校は新入生をおちょくっているのだろうか?
僕は自分で書いたbasketballの文字を一睨みしてから、記憶をひっくり返しつつ解答していく作業に戻った。
放課後、屋上に行くと佐倉が扉の前で自撮りしていたので鍵を開けて招き入れた。
「左京君、テストどうだった?」
「あー? 美学を感じない気持ち悪い構成だったな」
「美学? 構成?」
バイトがない日、僕はそのまま暗くなってくるまで寝て過ごす。その為にデッキチェアを移動させていると、佐倉からテストの事を聞かれたので思ったままを答えた。
なんとなく予感があったためだ。
「う~ん。説明が面倒臭いんだが、目的が学力の確認とかの真っ当な理由じゃないと思うんだよなぁ、あのテスト」
「そんな感じあったかなぁ」
「いや、解かせる気しかない簡単な問題と、解かせる気がほぼない難問の構成だぞ? この学校の秘密主義や胡散臭さも相まって裏に何かあるの確定だろ。んで、僕は裏に何かあるテストに美学なんて感じない」
「ああ~、それで美学と構成」
佐倉はコクコク頷いているが、その姿を見て、ふとテストの何日か前に頭をよぎった懸念を思い出した。あれは僕と東風谷に当てはまっているが、佐倉にも当てはまる可能性が高い気がする。
邪魔者やいない者として扱われるのは楽なので僕としてはお勧めの立ち位置なのだが、あれは嫌われ者や集団の敵に転じやすい位置でもある。仮に転じてしまった時、東風谷は図太さや強さを感じるのでどうとでもしそうだが、佐倉はどうなのだろう? もしなんらかの落ち度が佐倉に生じた時、佐倉が周囲からの敵意やそれに準じるようなモノを跳ね除ける事ができるのだろうか?
「佐倉、CPって知ってるか?」
話していた事から急転、頭に浮かんだ懸念に不安になり、気づいた時にはCPについて僕がわかっている部分の説明と、テストやなんかでポカをやってCPを減らしたと明らかになってしまった場合のリスクを話していた。
佐倉も僕が珍しく真面目に心配しているのを察してか、黙って聞いてくれた。
どうも佐倉には、初対面時の印象のせいか四方や東風谷のようなわかりやすい『強さ』を感じないのだ。そんな佐倉だけが他クラスな事に僕は少し心配になっているのだろう。
正直、心配しすぎだとも被害妄想に近いとも思っているが、CPなどという使えないしどうでも良いモノが原因で、佐倉がクラスから排除される可能性はできるだけ少なくしておきたい。
話せる事は話しきると、佐倉はうつむいて言葉を零した。
「そうならない為には何かした方がいいのかな?」
「正直、僕にはわからん」
実際に何をするべきかなんてわからないが、ここで僕が良い事を言うか黙ってれば、佐倉は我慢やら努力やらの結論にたどり着いて変わったりするかもしれない。
だけど───。
「僕は自分が嫌な事はしたくない。努力や奉仕活動はその最たるモノだ。他人がやる分には応援くらいするけど、自分には必要ないと思ってる。代わりにやりたい事は何が何でもやりたいし、その為なら多少苦労してもかまわないと思ってもいる」
「それ、青娥さんの所へ面接に行った日に……」
「ああ、似たような事言ったかもな。でも意味が少し違う」
「違う?」
───そんな器用な事ができる僕じゃない。
「ところで、佐倉が考えている『そうならない為の何か』ってなんだ?」
「え? それは、勉強や運動を頑張って……」
「じゃあ、今やってる自撮りやバイト、天文部の活動はどうするんだ?」
「……それは」
答えは明白だろう。
勉強や運動、一緒くたにすれば努力の割合を増やすに従って好きな事ができなくなっていく。まぁ、時間と労力を何に割くかは佐倉の自由だし強く言う気はない。
だが、僕は友達と思っている奴と楽しむ事を我慢する気だけはない。
「そんなに頑張らなくていいんじゃないか? 僕はさっき言った通りまともに努力した事なんて記憶にないぞ」
「……」
これは前の人生も含めてだ。
「必要な時に必要な分だけやれば、あとはテキトーで十分だって。運動はアレかもだが勉強なら、僕も四方も理数系限定だけど東風谷もいるから、教えるくらいは余裕だろうし」
「……」
「だいたい、まだ1ヶ月程度だけど、一緒に遊んでた友達がいなくなる事が多くなったら寂しいだろうが」
「……ぷふっ」
結構真面目な話をしていたというのに、うつむいていた佐倉が吹き出したのを僕は感知した。
「あっ! なに笑ってんだよ!? これでも真面目に」
「ごめんごめん。だって絶対これから頑張ろうって流れのお話だったのに、寂しいから頑張るなって言うんだもん」
「いや、普通に寂しくないか? 冷静に考えてみろ……いや待て。冷静になったらなんか僕が恥ずかしくなってきた。……なぁ、やっぱりさっきの言葉なしにできないか?」
「もう遅いからね?」
ぐっ、生徒会室の時と違って回復が早い。
早々に内弁慶モードの笑顔になるとは、橘書記の薫陶はいまだに成果を挙げ続けているのかもしれない。
「……でも頑張る理由ができちゃったから、時間見つけて頑張ってみる! あんまり頭良くないけど良かったら教えてね」
「ああ、教えるって言っちゃったしそれはいいんだが、なんで頑張るなって言ったのにやる気になったんだよ。天邪鬼なのか?」
「……ひみつ」
まぁ佐倉に言いたい事は言えたし、忠告というか警告もできた。棚ボタ風味ではあるが、やる気にもなってるっぽいし、遊ぶ時間を減らすんじゃなくて僕達天文部に頼る方向に誘導もできた。
しかし四方といい佐倉といい何故友達に頼る選択肢の前に自分だけでやろうとするのだろうか? 僕やあと東風谷なんか友達だと思った奴には割と頼る気満々だというのに……。
それはともかく、今日の佐倉との話は流れがよくわからない部分はあれど、僕の羞恥心にダメージが加えられた事と、新たな謎ができた事以外は、なべて世は事もなしって事で片付けられたと考えてもいいのだろう、きっと。そして女子高生にマッチポンプ染みた話題を仕掛けたことと吐いた言葉も、今が楽しければいいって事で片付けてしまおう。これは、そう、美しい青春の思い出って奴だ。
自己弁護が完了して落ち着いた後、結局寝る暇がなかった事で面倒になってきた僕は、笑顔のまま内弁慶モードを発動しているっぽい佐倉から視線を外し、いつの間にか6時を過ぎて暗くなってきた空を見上げながら、コイツを送るのと夕食どうしようと考えていた。
「………………左京君、ありがとう」
余談だが、寮まで送った別れ際。
帰り道の屋台で売っていた夕食代わりのたこ焼き一パックを渡したところ、溜めに溜められた礼を言われた。やはり女子高生に夕食たこ焼きは微妙だったのかもしれない。空腹時には暴力的なまでに美味そうな匂いだった為、つい佐倉の分まで買ってしまったのだが、これは最後の最後で失敗したかもしれない。
まぁでも、部屋に戻って食べるとたこ焼きは予想通りに美味しく、僕は本日の星見は素晴らしいモノとなる事を確信しつつ、新たなる黒歴史を封印しながら4月最後の夜を楽しめた。
なので思い直し、とりあえず終わりよければそれでよしという事にしておく。