「クラスの王(キング)に僕はなる!!!」
『チェス』試験が最初に告知された3月9日。クラスの会議でとある懸念をなんとなく予見していた僕はドドンッ、と指し手に立候補していた。
この頃はまだ避けられていたクラスリーダー・一之瀬からの反論が飛んで来なかったこともあり、僕のルフィか龍園のごとき宣言は言いくるめロールを容易く成功へと導いた。
ただ思い返すに、果たして勢いでクラスメイトに意見を通す事ができたのは幸運だったのか不運だったのか。言い訳させてもらうなら、前日に1日遅れの早苗の記念日?で、直近の問題解決の糸口を見いだした名残とノリの要因も大きい。
もちろん後で後悔して現実から逃避し、自室の床をゴロゴロ転がった。隣室からまたもやクレームが届けられた。いつもすいません。
しかし、いつまでも逃避してはいられない。
それから2週間ほどの僕は、休み時間になるたびに教室から速攻で消えたり(運動部の奴らに即応型捜索隊を組まれた)、四方と早苗に匿ってもらったり(柴田や神崎から詰め寄られて意見を吐かされた)、坂柳さんや南雲のちょっかいをいなしたり(色んな奴から怒られた)、愛里や椎名、清隆達など他のクラスの友達と時間を潰したり(良い気分転換になった)と縦横無尽に実績を得るために動いた。
あとついでに一之瀬と和解してすぐ、両クラスの幹部っぽい奴ら(一之瀬や神崎、櫛田や平田、堀北さんなどだ)との協定決めに巻き込まれた。内容は、試験での貢献度や失点も加味して退学者をどうとかだった。
負けた上で一之瀬達に助けてもらえなかったら僕が退学するだけだし、勝っても余程(友達か関係する誰かが理不尽に退学者にされないストッパー兼保険だけは仕込んどいた)でなければ向こうに介入する気はない。なので、どうでもいい。
だからまぁ、総じて大したことはしていない。僕が忙しくなるのは本番当日のみである、と自分で自分の役割を決めたからだ。
そうして案外気楽に時が過ぎ去った3月23日、告知通りに人間チェスの特別試験が開幕した。
Aクラス・Dクラスそれぞれの指し手は、僕・左京夢月と年末前に学の推薦で南雲の生徒会入りした堀北鈴音さん。このとある一室にて、向い合わせでチェス盤のようなモノが映る機械を挟み、インカムを装着して対峙している。
ちなみに僕達が着けているインカムは、それぞれのクラスメイトが待機する部屋の子機に繋がっていて、クラスの誰でも自由に僕達と通話をすることが可能になっている。
またそれとは別にマイクもあり、こちらは主に僕達からクラスメイトへの指示出しが用途だ。
関係ないが、いくつものモニターが並んでいる照明暗めの光景の中で駒を操る僕達は、裏世界のデスゲームを観戦するマフィアを連想させる。そのせいかここにいると、なんか「この矮小なる者共め。跪け」とか言いたくなる。いや、実物は知らないけど、なんとなくのイメージで。
「本日は宜しくお願いします、先生方、堀北さん。
と、ところであの、いきなり失礼な頼みなんですが、ちょっとその…話すのにバ、バツが悪い人が半数を占めてるので、できれば坂上先生がAクラス方面の何やらを担当していただけないでしょうか……。本当に勝手で図々しい話なんですが」
そして審判か立会人的な立場なのか、当然のことながら僕達のいるこの部屋にはB・Cのクラス担任である真島先生と坂上先生もいて、試合前に試験概要と操作説明をレクチャーしてくれた。
試験中、基本的にはこの4人で過ごすことになるだろう。そう察した僕は、遠い目をして坂上先生に頼み込んでみる。
「それは誰のことかしら?」
主におめぇの事だよ。とは流石に言えない。
真島先生にも少し気まずさが混じってるけど。
「ああ……はい。そういえば無人島でも……。わかりました。質問や伝達事項があれば、左京君は私が担当します。真島先生もそれでよろしいですか?」
「……甘えるな、と言いたいところですが、たしかに心情的にしかたのない面もありますか。それでお願いします。代わりにDクラス…掘北鈴音は私が担当します」
「ありがとうございます……ありがとうございます。本当に助かります」
「……本当に図々しく無礼な男ね。兄さんも綾小路君も油断はするなと言っていたけれど……どう判断するのが正解なのかしら。いまだにわからないわ」
よかった。先生方もわかっている。堀北さんの面倒臭さを。
二人の先生は割り込んできた堀北さんを一瞥し、スルーしつつも意図を汲み取ってくれた。真島先生など無人島をはじめ何度か迷惑をかけたのに。
あの時は悪かったと後で謝ろう。当時はクソ暑い中で洗脳手法ぶちかまされて気が立っていたのだ。
そうして始まった『チェス』だったが、最序盤の数手はまぁセオリー通りといってよかった。
お互いに左端のポーンがぶつかって、勝負内容が高1レベルの生物だったこともあってか、まずうちが1勝。直後に控えていたDクラス・ナイトの池・篠原・市橋と卓球3本勝負になり、取り返された。
通常のチェスならこちらのルークを前進させて交換してしまうのも手なのだが、相性の悪いと思われる3人組なので、こちらのナイトが紐付きできる位置に止めて見送る。そして代わりに、次の一手でどんな相手も対応可能なビショップの道を開けておく。
これにより数手遅れたが、まだ挽回は難しくないはずだ。
「と、思っていそうね、左京君?」
「そりゃあな。こんなゲームは初めてだけど、序盤では削りが優先だろ」
「そう、よね……」
「?」
堀北さんに意味深な問いかけをされて話したが、彼女は答えを曖昧に歯切れ悪く駒を進めた。会話にならなけりゃならないでいいけど……んー、匂うな? 堀北さんが進めた駒は、相手から見て右端のポーン。本来はこれも無駄な一手といえる。
いやまぁ、この時点で予感というかまさか、という胸騒ぎはしていた。しかし気にしすぎてもしかたないと、僕は奥を気にしつつも順当に機動力の高い駒の道を開けていった。
と、お互いの準備がそれなりに整った時、堀北さんがポツリと呟く。
「そろそろね」
確認するまでもなく、ご丁寧なことに盤上の端から直線の通路が数本、あからさまなほど整えられている。
悪い予感って大抵当たるよね。うん、あるある……ねぇよ。当たってほしくなかった。
「……マジか。アイツ、やる気になっちゃったの?」
「……ええ。一応頼んではいたけれど、計算外だからなるべく端に配置していたのに、今日になって突然ね」
「しかも、こんな序盤に奇襲してくるとか」
「貴方も体育祭でやったじゃない」
「そうだった。学と南雲の気持ちが今頃わかったよ、クソッタレ」
「兄さんもあの時はこんな気持ちだったのね……」
堀北さんだけじゃなく、チェスを教えただろう清隆の計算外でもあるんだろうな。
清隆は、規格『内』ならどんなに高レベルでも完璧に対応可能といって過言じゃないが、規格『外』に関しては意外と抜けがある。おそらくそんな清隆には予測し難い奴だろう。
特に高円寺六助は───。
そのルークは、マジで手の打ちようが少ししか思いつかないほど強かった。Aクラスのポーン2騎、総合的に弱点を潰した南方・浜口・津辺を組ませたルーク、そして今まさに神崎や安藤を割り当てた虎の子のビショップまでが食われようとしていた。
高円寺率いるルークは、実は総合力はそこまで高くない。高円寺本人のポテンシャルは底知れないものの、他の面子…愛里と王(おう、もしくはワンって読むのか?)さんは上手く運動系が当たれば、おそらく足手まといにしかならない。
それでも、彼女らは学科勝負なら高水準な平均点を叩き出す優秀さがある。実際、うちのポーン2騎との英語・世界史の勝負では、3人で平均92点と87点を叩き出して勝利した。
それなら高円寺の体力を削れば運動系で勝率を上げられる、とは誰もが考える対策だ。
勿論、高円寺が常識に囚われない男だと知る僕はそれと違う対策を打ちたかったのだが、ちょっとした事情によりそうもいかなかった。
「きゃあっ!」
結果、今しがた安藤がやられた。僕としては、むしろ高円寺に空手で立ち向かう安藤の度胸を見直したのだが、そんな場合でもなく。残りの神崎を除き、精鋭ビショップの一つに割り当てていたチームは壊滅寸前だ。
そしてなにより脅威なのは、高円寺のパフォーマンスに些かの衰えも感じない事実である。テニスの1ゲームを3連戦、空手でも3連戦しておきながら、息すら上がっていない。下手したら、僅かなインターバルで都度完全回復してるんじゃないかと思えるほどだ。化け物めぇ……!
「レ、レディに手は上げないんじゃ……?」
「敵であればこそ、手加減しては美しくないだろう佐倉ガール。美学とは妥協しないものさ。無論、傷など付けたら可哀想だから配慮はしたがね」
「あれで配慮してるんだ」
高円寺率いるルークの快進撃。
愛里と王さんを含めた奇妙な3人組は、合間に軽い会話を楽しみ(う、羨ましい。僕はおっさん2人&面倒な女子とすし詰め状態なのに)ながら、勝ち抜き空手の競技を勝利へと突き進む。運動系の戦力は実質高円寺のみなのに、微塵もプレッシャーになっていないあたり流石である。
「この成金野郎!! 俺は他の貧乏人とは違うぞ!」
貧乏人云々は源との対戦時によれた体操着を着ていたことで、高円寺に煽られたのを言っているのだろうか。ルークに続いて、あっという間の3人抜きだったからか神崎が常の冷静さを欠いている。
「てめぇ神崎! 誰が貧乏人だコラァ!!」
「俺の実家だって一戸建てだわ馬鹿にすんなっ!」
「ふ、二人とも落ち着いて!? わけのわからない仲間割れしてる場合じゃないでしょ!?」
「ほう? なにをもって私が成金だと? 理解が追いつかないのだが」
「ほざけっ、常識の通じない貧乏人めがっ!」
クラスメイトはともかく、高円寺コンツェルンを知った上でそこの御曹司にも一緒くたにそれを言うあたり、最初からロジックが破綻している。これを冷静じゃないと言わずしてなんと言う。
一般家庭出身と思われる源や渡辺など味方の野次も安藤のフォローもものともせず、試合開始の合図と同時に神崎が高円寺へ向かって突進しながら言い放つ。
「俺の中学時代の小遣いは月に10万円だったぁあああ!!」
あ、それ僕が前に似たようなこと言って女子達から総スカン食らったし、やらない方がいいぞ神崎。
と、それはともかく、カメラ越しにもズバンッと凄い音はしたものの、その言葉と一撃は高円寺の片手にあっさり止められた。
「な───」
「Hmm。それでボーイはその金をどう運用したのかね?」
「う……それ、は。け、堅実にちょ、貯金をして……将来に向けて……。まずは力を持ち、より効果的に使えるよう……」
「美しさの欠片もない!!」
そして寸止めルールだというのに、謎の衝撃波でもあるかのように弾き返され、神崎は転がった。
今は敵だし、空手の勝ちかはわからないけど、勢いがつく前の出足を潰された。あれがルール上の勝ちになっていなくても巻き返しは不可能だろう。
高円寺の勝ちだ。的確に心の急所を貫かれている。
「幸運にもスタート位置に恵まれた者が堅実? 貯金? 醜いとさえ言える選択だよ。挑戦すらしようとしないとは実にナンセンス。所詮は君もボーイに過ぎないということか」
転がったままの神崎へ歩み寄った高円寺は手を貸すことなく、気に障っていたのか圧倒的に上から更なる追撃の言葉を投げつける。
「金は使うからこそ意味がある。貯め込むだけ貯め込んで腐らせるなど愚の骨頂だよ。ノーベル経済学賞の学説の逆張りをし続ける財務官僚にでも身内がいるのかね、その愚かな思想は。使って遊び尽くし、親のスネを齧りつくし、失敗をし尽くしてから金について語りたまえ。ボーイには美しさも矜持も全く感じない」
「美しさに矜持だと!? そんなことで失敗したら、取り返しがつかないことばかりだろう!?」
「何を言っているのだね。なんとか『取り返しをつけて』百倍返ししてやるのだよ」
「───っ!」
「この程度の簡単な思考にすら至らないようでは君の先は明るくないだろう。金を語る資格も元々なかったということか。“身近な先達”から学び直してきたまえ、ボーイ」
画面越しにこれを聞いてて、つい頷いてしまい堀北さんからツッコまれた。
「うぅむ。高円寺に一票」
「左京君、貴方……。高円寺君のあの発言に本気で頷けるの? 正気?」
「正気だが? 至極真っ当なロジックじゃないか」
「……」
しかし何故か堀北さんは唖然とした顔で黙りこんだ。やはり彼女とは相性が悪い。
てか、実力至上主義者の卵みたいな思想だな神崎。特にあのしようとしてた反論の先を読むに、力を持つのに使わないのは愚か者、なんて考えてそう。
そういや、僕も前に清隆の父ちゃんから似たような言葉を言われたっけなぁ。……まさかとは思うけど、神崎って清隆の『同期』じゃないよね? 勘は反応してないが。
……忘れよう。仮にそうでも、そうじゃなくても、僕にはどうすることもできないし。よし、切り替え完了。
おそらく神崎は失敗のリスクを考えてすぎて、成功する道筋を描けなくなっているのだろう。頭がそこそこレベル以上だとままあるし、もしくは順調にこの学校に染まってきていたようだ。
しかし、これは格が違いすぎる。神崎から機会があれば高円寺か清隆に当ててほしいって言われてたから当てたけど、能力はやり方次第でなんとかなっても器は誤魔化せない。
要は自分をしっかりと持っているかが、明暗と結果を分けたということだ。同条件で高円寺に勝つには、相当な手札か仕込みを必要とするだろう。
……これは、もしかしなくとも戦術を誤ったな。
それにしても、いつになく野郎にも親切だったな高円寺。上機嫌ではあると思われる。
結局、この対戦カードまでで3つの駒10人に加えて、主力の一角である神崎や安藤、渡辺、源を落とされた。しかし、うちのクラスにとって甚だ迷惑でもあったけど、彼らが得たモノは先々でそれ以上の価値になるかもしれない。
人に塩を送る余裕まであるとは、マジで底知れない男である。
なので、これ以上損害を拡大させないために、僕は切り札を1枚切る。
当然、自陣のキングをルークの目の前に一歩前進させ、三手ほど先読みして行動予約した上でだ。こういう事態を想定しての時間稼ぎ用の一手である。
できることは最初の説明で確認してある。持ち時間は双方に約3時間ずつ存在するが、無駄にしていいわけがない。僕が席を離れる以上は気休め程度だが、勝負している時間以外は持ち時間が減るのだから節約すべきだろう。
『一之瀬、姫野。予定よりだいぶ早いが出番だ。準備してくれ』
教えられた通りに機械を操作して、クラスメイト達の待機場所へアナウンスで指示を送る。
『───キング戦だ。最後の1枠は僕が出る』
チェスの戦況が表示されている画面を挟んで僕を観察していた堀北さんが、疑問符を浮かべて聞いてきた。
「は? 貴方、指し手でしょう? それはありなの?」
「ルールでは、キング戦は生き残ってる生徒、と明記してあった。それなら僕も可能だろう。そうでしょう、坂上先生?」
このタイミングで振動したタブレットを確認していた坂上先生に質問すれば、まさにその事に関してだったのだろう。
「……可能、のようですね。考えてもいませんでしたが、上の許可は恐ろしく早く降りました。左京君は速やかに準備するようにとのことです」
「ありがとうございます。では一旦失礼しますね」
そう───最初の明言通り、僕自身が1枚目の切り札だ。
「待って! ……左京君には高円寺君をどうにかする手があるの? ポイントで阻止可能とはいえ、負ければ貴方は退学に」
僕が準備のために立ち上がると、堀北さんが言わずもながななことを聞いてきた。何気に坂上先生や真島先生も僕を注視してるのが微妙に居心地を悪くしている。
だから早く移動しようと、思ったことそのまま口に出した。
「ん、考えなんか今はないよ? 退学含めて出たとこ勝負だ。でも『六助』が誘っている。なら、これは僕がやらなきゃ駄目な場面だし、当たり前のようにやるだけやるさ」
「……っ」
「───今、そんな気持ちなんでな。んじゃ」
そしてインカムを外して置き、上着を脱いで椅子にかける。
この部屋での言葉を聞いているかもしれない『月城さん』にも感謝しつつ、僕は早々に訪れた決戦(大袈裟)の地へと降り立った。