高円寺との一戦をなんとか乗り切ると、その頃には女子2組も決着していた。
おそらく王さんからあっさり奪取したのだろう姫野はまぁいい。予想に違わぬ結果である。
だが、少し意外な結果もあった。
「わたし、ふぅー……ま、負けない…はぅー、から!」
「にゃ、にゃはは…は。参ったなぁ、はぁはぁ、ハァー……。思ってた数倍手強かった…よ、佐倉さん」
何故か安パイと思われた一之瀬と愛里が、ぜぇはぁと両者共に息を乱していたのだ。
そして力強い目をした愛里が、一之瀬の鉢巻きを掲げながら宣言?して、一之瀬は余裕なく結果を受け入れてる感じ。
それだけでなく、いつもバッチリ決めている髪も二人ともボサボサで激戦を思わせ、付けていた鉢巻きもお互いの手に握られている。紅白入れ替わってだ。
え? まさか相打ち? 愛里が一之瀬相手に?
疑問符飛び交う僕の脳内が導き出した答えはそれだったが、どうにも納得いかず信じがたい。駒同士の勝敗としては関係しないが、2勝1分けに持ち込んだ功労者が愛里になるのは考えてもみなかった。
なによりも僕は、寝床以外では普段あまり激しく動かない愛里が繰り広げる爆乳対戦を逃してしまったと思いたくない。きっと録画映像とかもないし、あっても見せてはもらえないだろう。
更に、本人に頼んで夜に再現プレイとかもしてくれそうにない。愛里にまで激しくなられると、十中八九僕が元気になりすぎてしまうからだ。止まらなくなったら大変なのは合宿明けとかですでに何度か実証済みである。
ただでさえクラス対抗の観点から、試験期間は半強制で禁欲を強いられて大変なのだ。だから解放される際に最低限の自重をするのはお互いのため当然なのだが、やりたいものはやりたい。
それなのに……くぅ、なんということだ。僕としたことが、千載一遇の好機を逃してしまったというのか……! 愛里のキャットファイトなんて、もう見られないかもしれないのに。
一之瀬と何か会話してる愛里を余所に、僕は届かない星へと手を伸ばすように慟哭する。
「何故……何故、僕が見ていない時に本気になったんだ愛里……! スッゲー見てみたくてしょうがなかったというのに!」
「いや、そこじゃないでしょ左京君」
あまりのショックに、どこかの内心の声でも漏れてたのか姫野に話しかけられた。
「なんだと? これら以外になにか重要な事でもあると? あっ、もしかして姫野が録画していた?」
「あ、あんたのために試験を録画なんてしないんだからねっ」
「ひ、姫野。お前、それはいにしえのツンデレ台詞……! 最初に「べ、別に」を付ければ完璧だった」
まさか現実で、この耳に聞くとは。
ツインテールといい、確かに姫野はツンデレに脳内変換するのが非常に容易い。これほどの逸材を見逃していたとは僕もまだまだだな。好奇心が刺激される(高円寺風に)。
「……ウッザ、だる。でも言わないのも……はぁ、一之瀬さんが引き分けたことについてなにかないの?」
「ん、愛里頑張ったなって」
「色ボケしてんの、あんた」
「なわけない。僕だってほぼ負け確の高円寺相手になんとかなったし、愛里が一之瀬と引き分けるならそりゃあもう頑張ったんだろうな、ってことだ」
「一応わかってるのに、言葉足りなさすぎでしょ……」
愛里が挑戦、それとあえてこう称するが勝利。これ自体はおかしくない。
早苗や櫛田、椎名に長谷部さんもか。このあたりに挑みたくなるのは、長い間ぼっちだった者あるあるだ。僕によく挑んでくる奴らを思えば、チャレンジ精神や好奇心が何かしらで刺激され、数少ない身内枠に向けて起こる特殊な心理変化の一種と思われる。
少し意外なのは、愛里にとって一之瀬がこの枠?に入るほど自分をぶつけたい相手だったこと。まさか櫛田よろしく、譲れないモノのために戦うムーブではないだろう。
なんにしろ、男の趣味に女をなるべく絡ませないのと同様、女の世界に男は首を突っ込まない方がいい。ロクなことにならないからな。彼女のこととはいえ、ここらへんはスルー安定だ。
『Aクラスのキング防衛戦は成功しました。選手の6人は速やかに控え室にお戻りください』
まぁ、それはそうと、話の途中でアナウンスに急かされてしまった。結果はいいけど、またあのVIP席に戻るのが面倒でしかたない。愛里の戦う映像が見られないか聞くこともできないし。
……なんで指し手が清隆じゃないんだ(熱い手のひら返し)。いっそ野郎4人なら、開き直って録画の有無や頼みもできたかもしれないのによぉ。
進まない足を無理矢理動かして、対局?ルームへ戻ると聞き覚えのありすぎる声が室内に響いていた。
『あ~はっはっは!!! はっきり言って楽勝すぎました! 次はもっと退治し甲斐のある強敵(とも)を持って来なさい! でなければ、我が守矢神社を崇め奉るのです!!』
脱力した。みんなジャージの中、一人だけ制服で頑張ったのに、高らかな笑い声に脱力した。
………………アイツは……早苗はなんで……こんな、テンションが振りきれてるんだ。四方か誰かが何らかの材料で着火したの?
てか、確かに高円寺とのルーク戦前にあらかじめ次の一手…早苗単独のビショップを前方へ動かすようにはしてたけど、堀北さんはなんでよりによってアイツに当てたの? そして速攻で返り討ちにあったと。……馬鹿なの? 負けたいの?
文系科目の勝負(自由選択込みでも10分の3)が当たらないと、まず勝ちが見えない明らかな危険人物だろ。
向こうからは当てないだろうど真ん中に早苗を配置しとけば、もの凄く邪魔になると考えた時間稼ぎ目的だったのに、まさか即座にぶつけてくるとは……。
「ぁ……あんの無礼者その2ぃ……! 兄さんの話題によく出てくるからと調子に乗り腐って……!」
あと早苗が悪い方向に調子に乗ってるのは違う原因だと思うよ、堀北さん。愛里か高円寺に刺激されたんだろ、きっと。邪神スタイルになる時の早苗って、大抵誰かしらの友達が関係してるし。
「ところで『その2』とは? その1は清隆か櫛田か、堀北さん……?」
「……っ。貴方に決まっているでしょう。何を言っているの」
僕のMPに5のダメージ。疑問系になってたらダメージ倍だった。
しかし、ずっと前から変わらないが、この人はこの人でなんでこう、常に喧嘩腰なんだ。そんなだから、生徒会入りしようと、指し手になろうと、周りに人が集まろうと、孤独で可哀想な娘ムーブのままなんだよ。それもあって櫛田が嫌い続けてるし、諦めないんじゃね?
清隆は勿論、学も体育祭以降から妹と話すようになってたんだし、こういう部分を指摘してやれよ。例えば、孤高と孤独は違うんだよ、とか。
「そもそもAクラスや退学がかかる勝負となれば、貴方だって他を警戒したりするはずよ。なのにそんな素振りもない。それが不気味なのよ。私含めたほぼ学校中からも貴方はそういう認識でしょう」
「あー? そんな些細な事で僕が警戒するかよ。自分が楽しくて友達も楽しければオールOKだぞ? ついでに他も盛り上がる事を考えたら、警戒なんかするだけ無駄だろ」
ディスり部分をスルーして普通に返すと、堀北さんは目を丸くした。
「なるほど……逆に言うと、お膳立てをするだけして、食い付いてくればそれでよし、ね。なんとなくしか理解できないし、一之瀬さんとは違うけれど、妙に説得力を感じる考え方だわ」
いや、だからね? その謎に上から目線が堀北さんを孤独にしてるんだよと。まったく話が通じてねぇ。自覚なしなのは明白だから、言ってもわからないだろうし。
清隆って、この堀北さんをどう鍛え上げたんだ? それともブラフやあの場のノリ? まさかチェスや戦術を軽く手解きしただけ、ってことはないよな?
「僕はメッキで誤魔化した紛い物だけどな。本物は一之瀬みたいな奴だ」
「……意外。生徒会で一之瀬さんと話した時に聞いた話も、さっきもあんな扱いだったのに、貴方は一之瀬さんをリーダーだと認めているのね」
「そりゃ認めるよ。学級委員会で1年間見てきた。まだだいぶ未完成だけど、統率者としての資質は十二分に感じてたさ」
「統率者の資質……」
だから、ちょっとだけ話してみた。ブレインストーミングの発展系とも言えるそれを。
「ああ、知ってるか? アイツ、なになにをやれとか滅多に『指示』しないんだぜ。んで、代わりにこれこれはどうかな? とかの『提案』を自然にしてくる。一之瀬にそう言われると、魅力か説得力でもあるのか必ず賛同者が多く出る。そうすると何をするにしろ、実行してみよう、って感じになる。
これが自然とそういう雰囲気と流れになるんだから、もう間違いないよ」
正直、堀北さんとはタイプが違うリーダー像だから参考になるとも思えないけど、彼女の身近にいるリーダータイプの奴はこの一之瀬に近くもある。気づいてもさりげない保険程度にしかならないし、軽い思考誘導外しなら学や清隆も怒らないだろう。
「学や南雲、龍園なんかの何らかの力で仲間や部下を引っ張っていくリーダーシップを持つ奴らとも、僕のような小細工を弄するタイプとも違う。本物のカリスマ持ちだ。今はまだ周囲の奴ら共々進化待ちだけど、順当に長じればきっと本当に前人未踏な何かをやらかすかもな」
「小細工……自分で言うのね」
たったこれだけの期間で一之瀬が得た絶対的な信頼。
このまま善性に全振りした教祖的なリーダーになるか、はたまたどっかで闇堕ちして櫛田や担任みたいな悪女風喪女に留まるか、善悪をふっ飛ばした清濁併せ呑む覚醒を遂げるか。それはこれから先の一之瀬にしかわからない。
だが、現時点で『まともな』リーダーの資質だけを見れば、高円寺と双璧を成すほどの可能性を感じる。尤も、そこまで到達する頃には高校は卒業してみんなそれぞれの進路に行ってるだろうけども。
それより堀北さんに真意が伝わってるかなぁ。伝わってなさそうだよなぁ。
偉そうだし、説教染みてるからあんまりこんな事を言いたくないんだけど、カリスマ型の統率者は一之瀬の他に『櫛田』もいるって理解してないと、そう遠くない未来であっさり『堀北さんが』退学にされる可能性が本当に見えてきてる。
あんまり好きな人格じゃないし、苦手でもあるけど、堀北さんが矢面に立てるDクラスの現状はなかなか恵まれている。櫛田が堀北さんの排除ではなく、利用する方向に持っていくには、完全服従か……あるいは……って事で試してみたけど、流石に僕だとこれ以上は難しい。
一之瀬をもう一度、ダシにしてみるか。すまん、一之瀬。
「見てろ? 軽くだが証明してやる」
本人に許可貰ってないけどな。
喉の調子を確認して、特技を行使しての士気向上を狙う。せっかく早苗の勢いもあるんだ。状況を利用しない手はない。
僕はアナウンスをするためマイクのスイッチを入れて、『一之瀬の声色』で空約束をぶち上げた。
『ん゛んっ……! にゃははは。みんなっ、早苗に続いて行くよ~! この試験で最も活躍した人は男女問わず、学校の超絶美少女アイドルである私・一之瀬帆波と1日デートする権利をあげちゃおう! 奮い立てっ! 私のクラスの精鋭達よ! この勢いでお相手さんに年貢の収め時だって教えてあげようねっ☆』
にゃあああああっ!! って本人が叫んでいるのが見えるようである。……いつもなら。
これで士気爆上げに加え、さっきの謎行動の意趣返しもできた。口調もわざと少し変えた上、本人がいるところに流したんだからすぐに訂正されるだろうが、クラスメイト達に夢を届けることもできた。
いやぁ、僕ってなんて良い奴なんだろうか。
「……勝手に一之瀬さんのデートを約束するなんてして許可は貰っているの?」
「ふぅ……。わかってないな、堀北さん。本人が約束した『かもしれない』って可能性が人々に夢を与えるんだよ。そして最大限に夢を広げられるのが、一之瀬帆波という生徒のカリスマ性の証明になる。ふはははっ、きっと大混乱だろうなー。現場で見てみたかったものだ」
「…………笑ってるじゃない。吐き気を催す邪悪ね。夢という言葉をここまで悪用する人は初めて見たわ」
「失敬な。悪用か決めるのは堀北さんじゃない───僕だ」
「……………………高円寺君や綾小路君、櫛田さんと話が合うわけね」
やっぱり不審に思われてんじゃん、清隆。しかも堀北さんにまでって、アイツは何故に周囲に対して不審者ムーブを自然にカマしているのだろう?
凡人どころか天才の中でも頂点にいる不審者っぷり。
お前がナンバーワンだ、清隆。
内心で清隆を称えていると、インカムに通話のベルが鳴った。
通信が入ったのは堀北さんの方だ。まぁ、僕は電話系統が苦手なので着信拒否するかも? と言っておいたのでかけてくる奴は少ないし、実際鳴りっぱなしなのをミュートした上で取ってないわけだが。
「はい? ……え、貴方達が? 何が目的かしら? それとも策でもあるの?」
堀北さんと変な事を話していた最中のタイミング。打開策の提案かもしれないな。ただ、予想外な奴だったのか堀北さんは何故か不信感を色濃く出している。
これは……おそらく清隆じゃないな。堀北さんが能力や実力を低く見てる奴な気がする。
だとすれば、なんだ? 状況を操る黒幕が他にもいる? 僕や堀北さんの予想を上回る奴がまだ潜んでいたか。
本当に油断ができない厄介なクラスだ。誰がこんなクラスの相手を指定したんだよ、馬鹿かよ(忘れていた華麗なるブーメラン)。
この時の僕は、おそらく自分や清隆などを基準にしていたから予想もできなかったのだろう。
だから、僕の見えない水面下で誘導と工作を行った意味も瞬時には理解できなかった。
堀北さんへの通話から、訝しげにDクラス・ナイトの駒を進められた到着点は、アンタッチャブルと直前に証明された東風谷早苗のビショップだった。
その数分後、格技場で数人の男子が最高潮に盛り上がっていた。Dクラスの自由選択競技になったせいもあるかもしれないが……。
『おっしゃー!! これで合法的に! あの! バインバインな美少女とくんずほぐれつっ!!! 退学になる心配もないって堀北が言ってたし、俺の素晴らしい幸運と天才的な冴えた策略を見たかお前らっ!?』
反対に、僕のいる対局ルームでは先生方含めて静寂が満ち溢れている。
「「「「……」」」」
…………えーと、勝負内容は。
「レスリング? さ、早苗相手に?」
「……………………山内君、本堂君、外村君。勝算とはなんだったの。何をやっているの…………本当に何をしてくれたの」
なんとか現状を再確認するため口に出したが、これこそ正気の沙汰とは思えない。堀北さんもブツブツと怨念のような言葉を漏らしている。怖い。
この感じだと、退学云々も微妙に本来の意味とニュアンスが違うだろう。
『だから言ったろ? 触りたい放題のお祭りだぜっ!! 無人島での借りを今こそノシ付けて返してやる!』
あ、うん。それが普通の状況や女子ならまぁ……わからなくもない。男女混合のレスリングなんかロマンとリビドー溢れる男の夢かもしれない。
だが、よりによって早苗1人のビショップに、せっかくDクラスの自由選択競技が当たっておいて、メリットの全てを投げ捨てる真似をする理由がわからない。
『大丈夫だって! あっちの左京とかいう奴も好き放題やってんじゃん! だったら俺らにもうま味がないと不公平だろ!? 見ろよ、あのルックス! アレに好き放題できるんだぜ!? 最高の試験だ!』
え……は?……マジでエロ目的、か? でも早苗にセクハラ仕掛けようとするのもだが……。2クラス全員が見てる前でわざわざ大々的に宣言して、早苗どころか女子全員の敵対心や嫌悪感を極限まで煽るとか、エロ目的にしてもおかしいよな? 龍園と似て非なる存在なのか?
ダークホースにもほどがあるだろ。全く真の意図が読めてこない。
『それにアイツが高円寺に勝てたんだから、3人で当たれば俺らならよゆ~っしょ! 男3人に勝てるわけがない。所詮、女1人だしなっ!』
いや、たしかに早苗は生物的には女子だが……。
「「「「……」」」」
絶句、というのはこういう時になる状態なのだろうか。室内に充満する静寂が痛い。
僕には景気よく戯言を喧伝してる山内とかいう奴が非常に高レベルな馬鹿か、狂人の自○志願者にしか見えない……が、無理矢理でも意図を考えてみると、清隆が今回も容疑者になる? いやいや、流石にこんなわけわからなすぎる事はしないだろ。結果予測もデメリットしか思い浮かばないあたり、想像を超える天才か想像を絶する馬鹿の暴走、と考えるのが妥当か? てことは。
「えっと、もしかして通報した方がいい事案発生…ですか、ね?」
誰とはなしに、つい社会常識に則った問いかけを発してしまった。
「……………………一応『まだ』どうもなっていないから、少し待ってくれるかしら左京君」
滅茶苦茶葛藤してんじゃん。
「……し、試験中の通報など許可で、できるわけないだろう……」
「しかし、真島先生。流石にこれは何らかの対応が必要なのでは……?」
「と、とりあえず無体な事態になりそうなら、すぐ取り押さえられるよう警備を何人か回しておきます」
そうだった。真島先生に言われるまで、試験中だったのが吹き飛んでたわ。
アレだ。非常事態宣言がいきなり発令されて狼狽える人達の気持ちになってた。多分、僕だけじゃなく対局ルームの全員が。
なにより画面の向こうにいる早苗。直前までの上機嫌が嘘のように無表情の無言になってるのが、まさに非常事態宣言下だ。唐突に「さて───テロりますか。鏖殺です」とか言い出さないか気が気ではない。無駄に煽ったりしてきた僕も、あんな早苗は初めて……本当に夏くらいでしか見たことがない。夏か。面倒な事になるかもしれない。
『それにしてもまだ開始しないのかよー。遅っせぇなぁ! なにやってんだよ』
お、おぉ。山内以外の二人はこの異様な雰囲気……というか早苗のヤバさを感じ取ったのかキョロキョロと怯えてるというのに、なんという空気読めなさ。無人島とか言ってたし、早苗を知ってエロに結び付けられる点といい、認識能力に異常をきたしてる奴なのではなかろうか?
清隆すらも凌駕する驚異のKYである。
Dクラスが天才的なスタンドプレーヤー達に加えて、このような秘密兵器まで隠し持っていたとは……。
心なしか機械音すら躊躇いがちに聞こえたブ…ブーという開始の合図。その只中で、無謀かつ勇敢なるドン・キホーテを思わせる山内が軽口を叩きながら真っ先に進み出るのが、風車に突撃する騎士の物語に重なる。
『おっ、ようやくか。待たされたぜ。さあ東風谷ちゃん、俺と楽しい事しようぜ!』
『……』
てか……ひ、ひぇええ。早苗の奴、マジでひとっ言も喋らねぇ。
僕があんな早苗を目の前にしたら、即座に逃亡か無条件降伏を選ぶだろう。間違いない。こんな念入りに煽り尽くすとか僕もやったことないけど、山内にはそれをはね除ける算段や隠してきた能力なんかがあるのだろうか。
まぁ、当然そんなモノはなかったらしく。
ほぼ見た目通りの身体能力だったらしい山内が、早苗と向き合った直後、天高く打ち上げられた瞬間に勝負は決したわけだが……結局なんだったんだ、山内の策略や思惑とやらは……って、そういうこと、か? 前に早苗もやってたサンジムーブで気を惹こうと? もしくは捨て身の謀略をやりやがったのか、アイツ。怖っ。
後者だとすれば、一之瀬のような明確なリーダーがいない向こうのダメージの方が明らかに大きいじゃん。諸刃の剣で全力斬りするような真似をよくできるな山内とやら。
そうでないなら……意味はわからないが、自分にヘイトを集中させて退学したい奴か。ついでに男女に溝を作って爪痕を残したい、なんて理由くらいしか思い浮かばない。
こんな捨て身にしか思えない策略を、清隆や高円寺の他に実行可能な奴がいたとは計算外だ。
てか、それだとこちらにも反計を行う手間が発生する。面倒くさいが何も手を打たないともっと面倒くさくなりそう。工作員か“清隆”みたいな手を高校で使うなよ、まったく傍迷惑な。
とりあえず当たりが付いたので意識を現実に切り替えると、追撃?で幽助のショットガンか瞬獄殺でも食らったかの如く、触れてるようにも見えないのに山内の身体がところどころ“光り”ながら空中を踊り狂う場面だった。それはまるで、物理法則を無視し、吹き飛ぶことすらできず、悲鳴も上げられない特殊な処刑風景のよう。
幻聴にジョ○ョの処刑用BGMまで聞こえてきていたあたり、僕の脳内からしばらくこの光景は消去されないだろう。
「うん、知ってた」
「まぁ、確定された未来よね、結果だけは……」
「一応、レスリングのはずなんですが、今回は注意だけで大目に見ましょうか。女生徒には無理もないと思いますし」
「……というか、東風谷はずっと棒立ちに見えるのだが、何故に打ち上げや連撃?をあのまま繰り出せる……?」
たしかに真嶋先生の言う通りだが、僕との組み手でも乗ってくるとヤツはこの光やら風やらのナニかを使ってくる。ナニか、というか早苗曰く『奇跡』やら『秘術』やら言うらしく、これを回避するのに重点を置くと早苗本体にやられるし、無視できる威力でもないから僕にとっては使われた時点で9割方は詰む。
なんにせよ、こんな常識外れは先生方にも理解できないだろう。テキトーに流しておくが吉。
「ふっ、僕もこれまでの彼女との友達付き合いで色々学びました。
東風谷早苗については常識に囚われてはいけません。おそらくアレは触れてはならぬモノです」
「「「……」」」
分析を披露したところで発展性がないから、対局ルームの僕以外を適当な話に誘導してると、ようやく気が済んだのか人型物体が落下してきた。
そのボロ雑巾のようになった山内に向かって、早苗が淡々と宣告を放つ場面に移っている。
『苛立ちすら通り越す女の敵。その不快な振る舞い、愛里ちゃんの害にしかなりません。
───美しく残酷にこの学校から往ね!』
いや、往ねって……。いなくなれとか去れって意味だけど、伝わるんだろうか。学年末テストの勉強で覚えた古語でも使いたかったのか? 早苗の和風?な外見からすると似合ってなくもないが。
『さもなくば今度は半分では済まさない。次におぞましい挙動を見せたら、この私が退治しに行く事、ゆめゆめ忘れませんように。
コソコソ蠢く卑劣な輩共々、ね』
えっと、通訳すると今は半殺しで済ますけど、次に会ったら本気で殺すから消えろ。って解釈であってるだろうか。そもそもあの状態の山内は聞こえてない可能性の方が高そうだが。
まぁ、坂上先生がなんとか止めてくれそうだし、腰を抜かして降参してる本堂と外村とやらも必死に伝えるだろうけども。
え、てか、最後はどういうことだ? 清隆のことを言ってるっぽいけど、清隆がこれに関わってる(と早苗は思ってる)? 不都合な奴をこの試験を利用して早苗に潰させる、みたいな? 流石にない、と断言できないから不審者の頂点なんだよな、清隆。僕だって本当にそうでも驚かないし。
ついでに長谷部さんに冗談で似たような誘導かけようとはしたけど、まさか何もやってない僕は疑われてないよな。……念のためにご機嫌取りしとこう。ちょうど来ないはずの僕への通話がかかってきてるってことは、現状だと確実に早苗関係も追加だろうし。
あー、ここはリソースを使ってでもケアしておくしかないか。