美味しいオマケ付で楽しんだ4月最終日が終われば、当然のことながら5月である。
モーニングコーヒーから始まるルーチンをこなして、いつものようにホームルーム1分前を狙う時間で登校する。
教室内はいつぞやのプールの日のようにざわついて落ち着かない雰囲気だったが、気分がよかった僕には関係なく四方と東風谷に挨拶し、授業準備をして始業を待っていた。
すると珍しく始業ベルが鳴るか鳴らないかの時間に担任がやってきた。
「皆、おはよう~」
「「「おはようございます!」」」
「元気で結構~。でも今日はちょっと大事な話があるから聞き逃さないようにね~」
元気な生徒達が一斉に挨拶しているのを軽く流した担任はそう言うと、大き目の紙を取り出し全員に見えるように張り出した。
そこには昨日の小テストの結果と思しきものが、順位、名前、点数で並べられており、もし自分がヤバイ点数だったら晒し者になっていた、と僅かに恐怖が湧いてきた。
今回は幸いにも解答できる問題がほとんどだったおかげでそんな事態にはならないだろうが、こういうやり方なら次以降のテストも気が抜けないだろう。
「まずはこっちの紙だけど、これは皆の予想通りこの前の小テストの結果です!」
それにしても、相変わらず朝から陽キャ感満載の先生である。時々、陰キャみたいな登場するけども。
「皆、優秀だね~。平均点は約78点! これならテストで退学者は出ないかもね~」
さり気無く出た退学という言葉を聞いて、元々覚めていた目が醒めた。まずは自分と四方・東風谷の点を確認する。
僕95点、四方90点、東風谷……70点!?
ただ、これはおそらく苦手分野で点数を落としたんだろう。この点数ならそれほど慌てることでもないか。
そんな風に僕が考え事をしている時も担任の話は続いていて、誰かがした質問の声で意識をお知らせに戻した。
「ああ、言ってなかったかも? この学校は赤点で即退学だって」
「聞いてないですよ! 追試とかもなしで即退学なんですか!?」
一人が悲鳴のような声を上げて質問?しているが、担任は取り合わない。
「そうだね、追試もなく即退学だよ。これは規則だから何があっても変わらないよ」
「規則だからって、こんなのあんまりじゃ……」
「でもそんなに重要なことじゃないと思うな~。この優秀さなら、普通にやってれば赤点はまずないよ。そんなに退学したくなければ勉強頑張ってね~」
意気消沈した生徒が力なく座り会話の切れ目に入った時、今度は一之瀬が質問の声を上げた。
「赤点ラインはどうやって決めているんですか?」
「赤点はクラス平均の半分だね。今回で言うと39点かな」
「39点……それは四捨五入ですか? 切り上げ、または切り捨て?」
「四捨五入だね。他にあるかな? ……じゃあ、次の説明に移るよ」
考え込む一之瀬を一瞥した担任はそう答えると、もう一枚の紙を張り出した。
Aクラス 950
Bクラス 690
Cクラス 490
Dクラス 0
そこには僕が昨日の夜にチェックしていたCPと同じ数字がBクラスの横に。そして、他のクラスのCPだろう数字が記されていた。
「この数字は、各クラスの成績がポイントに反映されているものだね。更にこれに100を乗算したのが、皆に支給されるPPに反映されています。今日のPP支給額の変動を疑問に思ってた子は、これで納得してね」
葛城達の予測はPP以外だいたい正しかったということだろう。ということは生活態度やテストの点数、あとなんだっけ? ああ、部活や何らかの実績?とかもあったような覚えが……。
僕が葛城達との会話を思い出そうとしていると、またもや立ち上がった一之瀬が担任と問答をしているのが目に入ってきた。
「このポイントはどういう基準で増減するんですか?」
「生活態度をちゃんとすればこれ以上は減らない。今はこれ以上言えないかな」
「そうですか。ではこのポイントは、左京君が初日に質問していたCPでしょうか?」
「そうだよ~。初日の初っ端にあんな質問されたの初めてで印象に残っちゃったのよね~」
ただ聞いてたと思ったら、なんか飛び火してきた気がする。心なしか見られているようにも思えて、僕は横……はお隣さんがいるので上方に視線をずらした。カメラのレンズと目が合ってしまった。
それでも、しばらくその居心地悪さを我慢し続け、四方に後ろから突かれても上方を見つめ続けると、ようやくプレッシャーから開放された。ふぅ。
「でもこの結果は十分に優秀だよ。700CP近く残せたクラスは歴代でも上位にかすってるしね。流石にBクラスに選ばれただけのことはあるね」
「選ばれたということは」
「お察しの通りだね。優秀ならAクラスに。評価が落ちるごとに下のクラスに。この学校は入試時点での評価でクラス分けしてるんだよ」
担任の話を聞いていてふと閃いたことがある。
この学校の入試含めたクラス分けは、学力や運動能力、あるいは協調性なんかも含まれているだろうが、『評価』の真の最優先事項はおそらくIQ、または知能指数と呼ばれるものだと直感的に感じた。
余談だが、IQが高ければ学力も高く記憶力が良いとかいう思い込みがあったりするが、それは間違いだ。僕の実感だが、例外はあれどむしろIQが低い者の方が学力や記憶力は良い場合が多い。特に記憶力は、IQの低さを補うようにかなり高い例がほとんどである。
極端な例だが、チンパンジーのカード実験がわかり易いだろう。チンパンジーにカードの神経衰弱を教えると人間ではまず勝てなくなるというアレである。
話を戻そう。
IQ測定を僕自身は小中学生時代とともに2度も経験している。学校のそれは、変なテストっぽいものを受けた後にある程度の適性?があると判断されると親と呼び出され、精神病院っぽいところで正式な検査をさせられるのだ。これは他に同じような経験をした奴だと、話したりすることでなんとなく感覚でわかったりするのだが、この学校は妙にその感覚が反応する奴が多いことが気になっていた。
そして、これが時々存在する優秀に見える者が下位のクラスに分けられ、凡庸に見える者が上位に分けられる理由なのではないだろうか? つまりIQが高い者から順にA~Dに分けたことで、僕や東風谷、戸塚などが上位クラスに、櫛田が下位クラスに分けられることになってしまったのかもしれない。僕も東風谷も戸塚も言動や性格はかなり違うが、僕が見たところ全員が会社組織などでたまに遭遇する典型的な高IQの怠け者タイプか不器用タイプなのだ。可能性はあると思う。
と、そんな他所事を考えているうちに一之瀬と担任の問答も佳境に入っていたようだ。
「―――つまり、CPでAクラスを抜かせばいいってことだね! 就職率・進学率100%のご褒美を目指して頑張って行こう!」
「Aクラスにならないと恩恵が受けられない……なんて」
担任のテンションは相変わらず緩急が激しいが、何を言われたのか一之瀬含むクラスの半分くらいはショックが大きかったようだ。担任はそのあまりに沈んでいる一之瀬を見て、言いすぎたと思ったのかこれまでよりだいぶ優しげな声で励ますような言葉をかける。
「一之瀬さん、それに他の皆にも。この学校の卒業生としてちょっとしたアドバイス。入学している以上、このことは変えようがない規則で、ショックを受けても文句を言っても意味がないよ。それなら前向きにAクラスになる方策を考えたほうが得策だと思うな」
そう言うと周りを見渡して、うつむいて何かを考えてるっぽい一之瀬で数秒視線を止め、急に視線を上げたことでボーっと担任の方を見ていた僕と目が合った。合ってしまった。
「何か質問があれば受け付けるけど、左京君?」
「ゲッ……じゃなくて、何もないですよ?」
「うふふ、やっぱり面白いよね、君」
「いやいやいや! 面白みの欠片もない男としてこれまで生きてきたので、僕より面白い奴ならきっと山のようにいますよ」
僕は何とかゲッと言ってしまったことを誤魔化す為に焦ってしまったが、気づかれていただろうか? 担任を含めて先生からの注目は碌な事にならないから、なるべく避けたいのだが……。
心配ではあったが担任はそれ以上何も言わず、再び教室を見渡して質問の有無を確認すると、僕に向けたような笑みではない柔らかな笑みを浮かべて激励の一言を残していった。
「皆、頑張ってね」
美人とは恐ろしいものだ。
なにがどうとは具体的に説明できないが、僕はそれを初めて実感した。
なんかもうすでに一日が終わったような精神的疲労をしているが、さっきのはただのホームルームで行われた担任からのお知らせである。退学関係の事以外はそこまでたいしたことではないので、さっさと思考を立て直していつものどおりに授業に集中していった。
この日は、ホームルームで波乱っぽい事はあったが、昼も放課後も四方や柴田が話しかけて来ず、東風谷から以前の月見団子のお返しに、やしょうまのお裾分けしてもらっただけで特筆すべき出来事はなかった。
それにクラスの中心である一之瀬があからさまに何か考え込んで黙っている為か、教室全体が昨日までよりどこか静かである。
今日のようであれば、休み時間に教室で読書をするのも悪くなかったかもと帰り際にようやく思いついたが、結局実行はできずそのままバイト先へ向かう。
個人的には、どうでもいい事より金を優先させるのが僕に必要な行動である。