ようキャ   作:麿は星

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 ここからラストはエンディングです。

 異説からしばらくキャットルーキー成分(四方や野球、ほとんど関係なかったけど)多めでもあったし、この話はEXの例に漏れず東方要素多めとなってます。
 個人的に引っかかっていたことを解消するため、ちょっと強引な展開になってるのもあって、後書きに長めの解説も載せておきます。



エンディング(11・5巻)
EX、幻想


 

 微妙に嫌な予感はしていた。

 

「では学年末試験におけるAクラスのMVPを発表します!」

 

 『チェス』試験がうちのクラスの勝利で幕を閉じ、春休みに入る前の終業式直後。あとは帰るだけという状況で、うちのAクラスは1学年最後の学級委員会を行っている。

 教壇に立ってクラスをまとめているのは、勿論クラスリーダーである一之瀬帆波……ではなく、何故か副委員長の網倉麻子だ。むしろ一之瀬は網倉をそれとなく止めようとしてるようにも見えた。ついでに関係ないと思われる柴田が神崎に掴まれてるのも気にならないこともない。

 普段と違う何かの事態が動いているような……?

 

「役持ちのみんなで話し合った結果だけど、多分あんまり異論はないと思う。もしいたら遠慮なく言ってね」

 

 そもそもMVPの選出などという話はなかったはずだが、どこから出てきたのか。

 

「私は数々の功績を挙げた左京君がMVPにふさわしいと思うんだけど、みんなはどうかな?」

 

 しかも一之瀬や早苗じゃなく、僕……だと? 何故だ。嬉しい寄りの発表なのに、嫌な予感が増幅しやがった。

 ジリジリとした背筋を伝わる寒気に、僕は鞄を掴みつつ、音を立てないよう教室からの脱出を図る。

 

「なので、試験中に『帆波が言った』1日帆波とデートできる権利は左京く───四方君、渡辺君」

 

 不穏なその発言を聞いた瞬間、僕はダッと走り出そうとして、ガッと肩を掴まれる。

 目線はたしかに僕へ向いてなかったのに、タクトを振るう指揮者のごとく網倉から呼ばれた名前の生徒が僕のそれを阻む。渡辺と四方だ。

 教室の席は、真ん中後方に座る僕の後ろが四方で、後ろ扉の一番近くが渡辺。だから場所的に、この2人がこの役を仰せつかるのはわかる。しかし意味はわからない。

 

「早いな!? だが任せてくれ、網倉!」

「夢月、恨むなよ。今日はお前を逃がすわけにはいかない事情があってな」

 

 僕が学級委員会を途中で抜け出そうとするのを察知されたというのか!?

 ちなみにこの時、自分に関係ない話だと思ったのか一般早苗が僕達の横を通過して帰っていった。僕も連れていってほしかった。

 

 四方は軽いからともかく、渡辺は普通くらいの体格と身体能力の男だ。正直、パワーだけを考えるならこういう奴が対処しにくい。隙が意外と少ないし、なにより網倉に飼い慣らされかけてやがる気配があるからだ。

 だが、それなら正攻法がある。

 

「一之瀬、なに落ち着いてんだ!? もっと慌てろ! 網倉の造反…いや、下剋上だ!」

 

 瞬時に起こりうる事態を想定して、我が陣営に一之瀬を引き入れるのだ。

 

「ぁ……なんだかそれ、ちょっと懐かしい……」

「……人聞きが悪すぎる。私の何が下剋上なのよ」

「お前の“嫌う”僕に襲われる可能性に思い至れ! そもそもデートの話は僕が試験で勝手にぶちまけた法螺だろ!? いつもの押しの強さを思い出せ!

 これは網倉が仕組んだ罠だ!」

「? 私が夢月君を嫌う? なんで?」

「法螺とか自分で言うか」

 

 ふん。稚拙な罠だな。葛城や戸塚と同じく、うちのクラスも嘘や演技が下手すぎる。

 僕が愛里と付き合ってることを知ってる奴らがそこそこいるのに、その僕と善性溢れる一之瀬を冗談でもデートさせようなんて、質の悪い真似をする奴はいない。陰謀好きな愉快犯や危険人物達ですらそんな手は打たないだろう。

 なら、一之瀬にダイレクト・アタックするだけで打破は可能だ。

 

「錯乱してんのか!? あんだけセクハラされといて女子が……一応女子が嫌ってないわけないだろ! 真性のドMだって立証したいのか!?」

「うっぐぅ!! い、一応……真性のドM……うぁあ、あぁ」

「いや、女子の前に一応って付け加えられたことに物申そうよ帆波……」

「そうだ! 自分を取り戻すんだ一之瀬!」

「……っ。は、はわわ。あわわっ。い、今です!?」

 

 何が今なんだよ。一之瀬は当然としてクラスの奴らも、先日の試験中に人前で彼女を踏みつけた僕と2人な状況を作るなど万が一にもありえない。

 しかし混乱を拡大させるようなことなんか誰も言ってないのに、何故にここで一之瀬がオーバーヒートする? 不思議生物は常識に囚われていないということか。どこぞの幼女軍師みたいな一之瀬なんぞ見とうなかった。

 それなら一之瀬と網倉は捨て置いて次善の策を打つ。

 

「くっ、白波! 柴田! 不当な裁定に今こそ立ち上がれ! 異議申し立てをするなら一之瀬に付け! そして一之瀬が大好きなお前らで争え! 自分をデートの対象にすり替えるんだ! 諦めるんじゃない───主に僕のためにっ……!!」

 

 そう。この一之瀬信者どもなら打開策になりうる。

 道を切り開き、未来を変えるのだ。

 僕は恋愛感情が理解できないだけで鈍感なわけでもないし、この二人が一之瀬を好きなのは丸わかり。それがクラス内の共通認識なのはすでに割れている。

 背中を押すついでに僕から矛先を逸らさせてもらおう。

 

「だ、大……す、すすすす好きぃ……!!?」

「おまっ、ばっ……なんっ、なに言ってくれてんだァ!!」

「いい加減素直になれよっ! 誰から見ても確定的に明らかだろ!? 一之瀬は人気者なんだから行動しないと“誰かさん”に取られるぞ!」

 

 例えば、南雲とか。

 

「「だ、誰……かっ。そ、れは……!?」」

 

 途切れがちな声を揃え、僕を凝視して問う柴田と白波へ流石に確定はしていない名前を出すことはしない。その方が妄想を掻き立てられて、焦燥感が増すからだ。

 そっちの方が断然面白い。

 

「ふっ。誰だろうなぁ、一之瀬を射止める奴は……。少なくとも行動すらしない奴には振り向かないんじゃないか? なあ、柴田に白波よ」

 

 ただ、一之瀬に関しては正直僕も不思議ではある。

 体育祭の頃に本人から聞いたとある言葉で、なんとなく察するモノがあって半年以上。

 南雲は勿論、他の誰かと付き合ってる感じもないし、一之瀬は気になる奴とやらにアプローチとかしてないんだろうか? 間に悪評を流された期間はあるが、一之瀬が押せば誰でも普通に落とせそうなのだが。

 

 てか、今更ながら「胸がキュンキュンする」ならまだわかるけど「胃がギュンギュンする」ってなんだろう? 意味不明な比喩表現のせいで的が絞りきれない。

 それか、もしや一之瀬・ジョークだった? 僕が冗談を真に受けてしまった可能性もあるか。

 ま、どっちでもいいが。

 

「自らの利益と楽しみのためだけに、お前らを抑えつけ、騙そうとしている悪しき者共の甘言に騙されてはいけない! お前らのすべきことはまず行動することだ!」

「結果的にどちらも悪しき者定期」

「四方は少し黙っててくれ、頼むから」

 

 自分でも意味わからなくなってるのに、勢いまで失くしては乗せられなくなる。

 

「「……くっ! 行動……。一理…………ある?」」

 

 しかし、何気にさっきから柴田と白波の息が合ってるな。

 もういっそ一之瀬信者同士、お前らが付き合えよ。悪いこと言わない。お試しでもいいから付き合って、異性との経験を積むのが吉。

 だって柴田はまだしも、白波は一之瀬と同性なのも含めてハードル高すぎじゃなかろうか。勘だけど、僕と愛里みたく案外上手く行きそうな気もするし。

 

「「「いやいやいやいやっ!!! 今あんたらが行動するのは駄目でしょ!? 左京君に乗せられないで!?」」」

 

 すると、何人かの女子も似たようなことを思ったのだろう。声を揃えて異口同音のツッコミを入れていた。

 

「神崎君は柴田君を! 私はなんとか千尋を抑えてみせる!」

「了解だ! ぐおっ、大人しくしろ柴田っ!」

「ドM、だめんず好き……はわわっ……あわわっ……」

 

 とかなんとかやってたら、いつの間にか騒乱がクラス中に広まってた件。

 まるで大混乱である。

 網倉や神崎はなんか忙しそうで、一之瀬も明らかにおかしい。比較的冷静な早苗や姫野は帰ってしまった。

 もはや誰も僕にかまっている余裕はなさそうだ。てことは、今なら帰れる?

 

「えっと、僕ってもう帰っていいよね?」

 

 でも一応まだ肩を掴まれてるので、四方と渡辺に聞いてみた。

 

「……左京ってすげぇな。俺、ここまでマイペースな奴は見たことないかもしれん」

「はぁ。年度終わりだし、奮発してラーメンでも食いに行くか。こうなったらもうどうしようもないし」

「あ、じゃあ僕も行く。渡辺はどうする?」

「…………俺も行くわ。ここに残っても蚊帳の外になりそうだ」

 

 うむ。高校生の時分にラーメンは偉大である。

 一瞬で、ラーメンに頭の中を支配された僕達は、いつもより騒がしくなった教室を後にした。

 

「おっし、これも何かの縁だ。彼女持ち……彼女持ち! の僕がお前らに奢ってやろう。せいぜい感謝するといい」

「無駄に彼女持ちを強調するな夢月。ほら、渡辺の発作が」

「モ゛テ゛た゛い゛ッ……!」

「渡辺、貴様ーッ!! なにワンピの名場面穢してくれとんじゃー!!」

「ぎゃー! それワンピじゃなくてベジータ王子の叱り方ー!?」

 

 こんなことを駄弁りながら。

 で……えーと、結局何の話し合いなんだっけ? 話の軸がブレまくったせいで何が主目的だったのか忘れてしまった。

 それでも最重要項目は忘れなかったし、まぁいいだろう。

 

 最重要がなにかって?

 勿論、らーめん♪ ですがなにか?

 食べ盛りの高校生があの炭水化物と塩分、油の塊に惹きつけられるのは、しかたのないことだろう。

 

 

 

 

 

 終業式の翌日、春休み。

 学生の年度末前後に存在する奇跡の長期休みの初日である。

 夏休みや冬休みと違って大人になるとほとんどなくなるため、大人が働いている時にマウントを取り、愉悦に浸れる学生としては誠に喜ばしい。

 

 そんな喜ばしいはずのバイトのない春休みに、僕は喫茶・芳香からほど近い場所にある広場で小瓶に入った液体を眺めていた。

 バイトはない日だったのだが、青娥さんに呼ばれたので喫茶・芳香に出向いたら、大雑把な説明とともに何故かこれを渡されたのだ。

 

「どうすんだよ、これ……」

 

 小瓶自体はただの丈夫な入れ物らしいのだが、問題は中身である。

 それは液体のくせして自力で発光していた。しかも色がこれ以上ないほどに真紅なので、外に出してるだけで異様に悪目立ちする。

 まぁそれだけならまだいい。色の趣味が最悪だけど、夜に蛍光灯の代わりとしても代用できるからな。困りは……あんまりしない。

 

 しかしどういう理由か、これを僕にくれた青娥さんがなによりヤバい。

 具体的にどういった液体なのかは不明ながら、こんな明らかに幻想的なアイテムがまともな薬品のはずがない。それこそ出会った頃に言われた仙人になる薬とか、伝説上に存在するエリクサーやアムリタなどといった超常の匂いがしてならないのだ。

 

 何度か僕がやってきたことを見ていた(それなりには気づいてたが)らしく、副賞的な贈り物だと胡散臭い笑顔で宣って僕に渡してきた。前の時はたしか仙丹とか言ってた気がするが、液体バージョンもあったとは。

 その青娥さんには、対価はすでに頂いております。健康になれるお薬です、とは言われたが……。

 

―――信じられるわけないだろっ! 発光する液体とかサイリウムかチェレンコフ光かよ!? ガイガー計でも持ってたら即刻計測してるわ!

 

 ただ、ワルイモノにも不思議と思えない。むしろもの凄く貴重で稀少な一品なのではなかろうか。

 青娥さんの性格上、おそらく「健康になれる」って部分は嘘ではない気がする。つまり対価とやらの超過分ボーナス的な“恩”パレードの一環かもしれない。

 

 問題はそれを健康な者……例えば僕に使うと、どうなるかという点だ。

 少し前の試験で高円寺にも指摘されたが、正直なんとなく使ってみたい好奇心を抑えるのが面倒になってきた。飲まずとも振りかけるだけでもいいという簡易さもその気持ちを後押ししてくる。

 

 返すか捨てるか。どちらかを早くした方がいいのはわかっている。

 僕の知識ではこの液体にどれほどの価値があるのかわからない。光ってはいるがただの液体だ。

 しかし勘が言っている。これは使い処を適切にすれば、生涯金に困らないほどの財を成せる、と。マジでなんなんだこれは。

 

 だが、捨てる方は当然として、返すのにも当たり前のように青娥さんに先手を打たれている。

 僕が使わず返した場合、愛里に使うと言われた。

 これを使われるとその……夜が激しくなるとのこと。いや、おそらく嘘や方便なのは察してるが、こんな推定伝説級のアイテムが間違ってもそんな使われ方をしていいはずがない。だからまず返却、そして捨てるのはなしだ。

 

 かといって売却や保管、死蔵するのもなんだかなぁ。

 僕にはエリクサー症候群に類する気質がないので、必要になったら躊躇わずつい使ってしまったり、うっかり壊したりする気がしてならない。

 流石に、貴重な万能薬?を風邪薬代わりに使ってしまったら目も当てられない。せめて必要とする所へ使いたい。価値あるモノは価値相応の扱いをするのが美学というものだろう。

 珍しく僕が物品の使い道に悩んでいるその時───。

 

「坂柳、あんた大丈夫?」

「え、ええ。立ちくらみしただけですから、おそらく少し休めば良くなると。ですので、救急車は必要ありません」

「ならいいけど」

 

 あ、いたわ。本当に必要にしてそうな奴。

 坂柳さんと神室さんが、僕にとってグッドタイミングで少し離れたベンチで休憩しだした。

 正直、普段ならなるべく接触したくない相手だけど、今はちょうどいい。坂柳さんにとっても、健康になれる可能性があるなら好都合だろう。

 

 無毛症だと聞いている葛城でもよかったかもだけど、今はいない。それに、こっちの方が生活や周りが大変そうだしお詫びも兼ねて隙があったら使ってみよう……勝手に。バレたら面倒くさそうだし。

 まずは悪目立ちするこの小瓶の液体を……ポケットに入れて発光を誤魔化す。そして取り出しやすく、速攻で使いやすいように片手を軽く添えておく。

 

 でもいきなり坂柳さんの病気が治ったりしたら、不自然な接触を試みた僕にも変な疑いがかるかもしれないし。う~ん、じゃあ恩着せがましい態度でウザく絡みながらぶっかけてみる? 僕がその体調不良をなんとかしよう。勿論、代価は頂くがな、的な?

……それって、小さい子供に良からぬことをしようとした容疑で僕が通報されない? ……却下。さて、どうしたものか。

 

「おや? 左京……君、ですか」

 

 おぉう、しまった。坂柳さんに気づかれた。芋づる式に神室さんにまで。

 試験後の一件もあって微妙に気まずい相手だが、こうなっては致し方ない。

 僕は彼女が執着してる清隆がやらかしそうなことを想像でトレースしながら、好印象を得られるだろう会話を始めることにした。

 

「や、やは? 今日もご機嫌麗しゅう☆ 坂柳さんも散歩?」

「…………なんですか気持ち悪い。やけに引きつった顔の割ににこやかですし」

 

 計算違いだ。むしろ坂柳さんからは警戒心を上乗せさせた態度を返された。

 ちょっとだけ清隆と不審の方向性が違ったかもしれない。

 

「いや、左京君のこれは気まずい相手とばったり会っちゃったって態度でしょ。私的には、変になるのもわからなくはないわよ」

 

 だから僕は神室さんのフォローに全力で乗っかる。

 

「そうなんだよ! 坂柳さんってよくわからない子供だからか、どうも間が悪くてさ。見かけた時に声をかけた方がマシなのかそうじゃないのか迷ってしまってな。それに小さい子と話すなら、やっぱり保護者の同席と許可は取っておきたかったし!」

「誰が子供で誰の保護者ですか……」

「くっ……ぷふっ。わ、私は坂柳の保護者じゃないけどね……ふふっ」

 

 でも反応はいつもと変わらないな。疲れた感じで返してくる坂柳さんも、神室さんのツンデレっぽい笑い上戸も相変わらずだ。

 よし、これは2人とも多分科学的でない幻想のモノの真価がわからないリアリストと見た。十中八九、坂柳さんが快癒しても真相は迷宮入りするだろう。

 

 なら、ちょっとエリクサー的な薬品を振りかけてみるくらい軽い事象だ。RPGとかなら気楽に仲間へ使ってるしな。それに元が妖怪みたいな坂柳さんなら、万が一不具合が起こって少しくらい人間から外れても変わらないだろう。

 

 ゆえに僕は大して考えることなく2人に近づくと、スムースにポケットから小瓶を取り出して蓋を外し、流れるようにその中身を坂柳さんへとぶっかけてみた。

 そのまま小瓶が空になるまで傾け続けると、キラキラと幻想的なナニかが坂柳さんへ降り注ぐ。

 

「きゃ…え? 濡れて……ない?」

「左京君あんたっ、何を!!? って、濡れてない? だ、大丈夫なの? 坂柳」

「え、ええ。特に異変は。むしろ……いえ、まだわかりませんね」

「そんな馬鹿な……。あっ! というか、あんた、杖つかなくてもスッと立てたの!?」

 

 ふむ。仮称・万能薬は即効性&揮発性抜群だったか。

 注意して観察してみると、先程まで少し辛そうにも見えた坂柳さんの今の顔色はとても良くなっている。

 邪仙の薬はよく効いたようだ。いつも彼女が使ってる杖の存在をつい忘れるほどに。

 

「立つだけなら可能でしたが……いえ、まずはこちらですか。私に何をしたのです左京君。たしかに何かの液体をかけられたと思うのですが」

「あ、いきなりごめん。ちょっとしたマジックのつもりだったんだ。体調悪そうだったから、少しでも元気になればって」

「……」

 

 うわぁ、すごい疑わしそうな目。無理もないけど。

 

「だからって、いきなり変な行動しないでよ。坂柳は一応先天性の」

「真澄さん、かまいません。左京君がああしたのは、きっとなんらかの理由……彼にしかわからない理由のような何かがあったのでしょう」

 

 だが、坂柳さんと神室さんの注意がお互いへと向き、僕が謝罪して誤魔化しつつ、足がつかないよう早々に去ろうとしたその時───。

 

 

 

 

 

 時間が止まったかような錯覚が僕を襲い、脳内で直接会話してる風な姿の見えない存在との『会話』が前置きなく唐突に始まった。

 僕は意識して虚勢を張り、心を強くする。そうしないと小心な僕は、呑み込まれてしまう。

 

≪巨万の富を得られるほどの秘薬の価値をなんとなくでもわかった上で、何故彼女に?≫

 

 金なんかより、必要としてる奴に必要とされるモノを使う方が価値があると思うからだ。

 

≪これで彼女に好かれるわけでも、恩を着せることすらできなくとも?≫

 

 別に好かれなくていいし、恩を着せる必要もない。むしろ僕が使用したと知られる方が面倒くさい。

 かといって捨てるのももったいないが、僕には友達はいても、その友達の中で緊急性がある病気持ちはいない。

 だから今、必要とする知り合いに使った。ただそれだけだ。

 

≪なんとなく?≫

 

 そう、なんとなく。なんとなくこうした方がいい気がした。

 

≪ふ、ふふふ……やはりこの人間はオカシイ……うふふふっ≫

 

 てか、誰だよあんた。

 坂柳さん達が固まってる状態で、僕の脳内で勝手に喋らないでくれ。それに会話っぽくなってるってことは思考を読んでもいるだろ。

 

≪貴方と時間の“境界”をちょちょっとして、ね≫

 

 わけわからん。今は坂柳さん達が目の前にいて一応取り込み中だ。後にしろ。

 

≪うふっ? 貴方、人がいない状態で私が話かけようとしたら一目散に逃げるじゃない。恐れ怖がって≫

 

 当たり前だ。正体不明の存在が接触してきたら、普通の一般人は恐れて逃げ惑うわ。特にあんたは、少しは対応可能と思われる四方や早苗がいる時に限って、けして接触してこないし。

 思考を読まれてる前提だからぶっちゃけるが、マジで何から何まで胡散臭いぞ、あんた。誰だか知らんけど。

 

≪あははははっ! ここ“何年か”観察してきたけれど、貴方は誰かさんに似てるわ≫

 

 似てるとか、どうでもいい。

 ましてどこの誰かもわからん奴とか僕に何の関係がある? ないだろう。

 

≪そういうところよ。いつか会うこともあるかもしれないわね───なにより貴方も“あの子”も忘れ去ってはいても、きっちり対価を払いきったのだから≫

 

……わけわからないことはスルーしてリクエストだ。もしそうなるなら、それはキリよく千年後あたりで頼む。

 

≪千秋でさえ苦ではないって? でも貴方“も”その頃にはもう生きていないわね、それほど先では≫

 

 だからこそ千年後を指定したって理解した上で言ってるだろ!

 僕はそんな面倒っぽい上に、ヤバそうな奴に会う気なんか毛頭ない!

 

≪私の勘だけど、貴方は自ら会いに来る気がするわ≫

 

 不吉なことを。そんなことはない……ないよね?

 

≪───なにより貴方……夢月も“あの子”もきっちり理外の対価を払いきったのだから、私はそれに応えましょう≫

 

 今ので、なんか不思議と小さな神様が脳裏をよぎったんだが。

 

≪っ……どうかしら? 未来は予測できても誰にもわからない≫

 

 胡散くせぇ~。話を意味深に散らばらせるところも余計に胡散くせぇ~。

 

≪ふふっ。今はそれでいいわ。貴方が幻想を受け入れる気になったら、“こちらの”博麗神社の裏手にある臥龍梅の下で呼びなさい≫

 

 ん? 神社?

 あの早苗達が使っている神社って、本当はそんな名前だったっけ? なんかどこかで聞いた気は少しするけども。

 

≪そうよ。外と幻想の境界に立つ数少ない“入り口”の一つ≫

 

 てか、何をどう呼べばいいのか。

 それにしても、まだなんか続きがありそうな意味深な感じなのに、常識で測れない存在はマイペースなものだ。

 

≪幻想郷は全てを受け入れるのよ。それはそれは残酷なことですわ≫

 

 その言葉を最後に残し、来た時と同様にその存在は唐突に気配を感じなくなった。

 字面通りに解釈するなら、幻想に受け入れられてしまうか僕側が受け入れた場合、他から忘れ去られるってこととほぼ同義となるために残酷なのだろうか。

 

 意味深なくせに意味わからない存在だったが、妙な恐ろしさを感じてしかたない。まだ鳥肌立ってる。

 怖いの本体がいなくなったんなら、もうどうでもいいし“忘れる”けども。

 

 

 

───内心安堵して息を吐き出そうとした僕は、いつの間にか忘れ去っていた現実に回帰していた。

 

「左京君?」

「うわぁああああああっ───!!」

 

 そして現実に意識が戻ってきてすぐ、タイミング悪く神室さんに名前を呼ばれ肩を叩かれた感触に驚いて、某怖くないホラゲ・セブンワンダーズの主人公・とくくんばりの悲鳴が出てしまった。恥ずかしいので誤魔化そう。

 

「───とまぁこんな感じに、完全で瀟洒な僕は華麗な対応を決めていくわけだが」

「完全で瀟洒な者はそんな、うわぁあああっ! なんて悲鳴を突然上げないと思いますが」

「僕、深く傷つきました! 帰ります!」

「……どうぞ」

「んじゃ。また僕達が会うことのないように願って! お二人共、ごきげんよう!」

「…………ごきげんよう」

 

 ふん、そんなセレブっぽい挨拶を普通にしてるお嬢様なんだな。妬ましい。

 ただ、なんか神室さんが唖然としてるが、この清楚系暴走お嬢様を相手にして疲れているのだろう。ご愁傷様だ。

 しかしなんであれ、僕が謎の薬品?をぶっかけたことはもう流されてるみたいだし、帰れるならこのまま帰ってしまおう。

 

「え……本当に帰っちゃうの? あいつ、本当になんだったの?」

「さあ……? でも問題がなかったのなら、私達もそろそろ帰りましょうか。何故か体調はすこぶる良くなりましたが、なんだか疲れてしまいましたし」

「……そうね」

 

 自然な足取りで素早く去り行く僕の背中にそんな話し声が聞こえてきたが、普通の誤魔化しミッションコンプリートである。

 





 今話の解説。
 万が一にも蓬莱の薬とか思われるとアレなので明言しておきますが、今話途中に出てきた薬の元ネタは茨歌仙の河童の秘薬です。
 ちなみに茨歌仙のはたしか怪我や外傷の軟膏?でしたが、この薬には病気全般(先天性の病すらも)を治療できる効果以外はなかったり。ご都合主義的なのは承知してますが、医療系の詳しい話とか長々しても誰も興味ないだろうし、幻想方面からサクッと解決させてもらいました。

 金銭価値としては、某ハンターな漫画のとある島編で出てくる『大天使の息吹』ってアイテムとおそらく同程度(通貨が違うけど、最低でも数100億以上~)ですかね。適切な相手と交渉できれば、ですが。
 でも大金に変換とか、誰かへ恩を売るのに利用とかするより、もし私が手に入れたらこういう使い方しそう。所持してること自体が厄介な類いなので。
 かといって捨てるのは流石にもったいないし、坂柳に使った明確な証拠がなければ面倒にもならない……はず。

 で、結果ですが、『ようキャ』の坂柳はこれで一応健康に(先天性心疾患ではなく)なりました。勿論、これまで運動できなかったため運動能力は佐倉や椎名すらぶっちぎった最下位ですが、体育とかを欠席する必要だけはなくなってます。
 本編でちょっとアレな扱いをし続けちゃったし、まぁ最後に多少はね? 彼女にもプラスがあった方がいいかなと。すでに兄関係でいくつかやってるけど堀北妹にとってのプラスや、葛城がフッサフサになるルートとかと少し悩んだのは秘密。



 余談ですが、後半の夢月と脳内?会話してる存在。
 本編で明確に名前や姿を出すつもりはないので、知らないと彼女は謎の存在のままになってしまうと思い、一応は検索のとっかかりを提示しておきます。
 東方Projectをそれなりに知ってる方なら正体は明白でしょうけど、知らない方で興味湧いたら『スキマ妖怪』で検索すればわかるかと。
 ただ名前や姿こそほぼ露にしてませんでしたが、2章までや無人島、体育祭などでわざと口調を近めにした青娥に紛れて何度か登場してたり。



※それとこの話は6月12日に『よういふっ!』に間違えて投稿してしまった話なのですが、修正前の向こうも鍵を解除した後に一応残しておくことにしました。
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