タイトルに反して、今話はほとんど早苗や愛里関係の話です。
よう実と関係薄い半分独自ルートでネタも多めなため、苦手な方はご注意ください。
いつも僕達が組み手の鍛錬をする学校敷地の外れにある神社の一角。板敷きの広間っぽい部屋に6帖ぶんだけ敷かれた畳に立つ早苗が口を開く。
「もうおわかりですね? 夢月さん、あなたは私を怒らせました」
「ふっ───嫉妬乙。人の嫉妬はいつ見ても実に見苦しいものだな」
「まったく、人をイライラさせるのが上手いですね。私に負け越してる分際でいつまでも口の減らない……!」
天は二物を与えず。
また、天は人の下に人を作らず。しかし現実には賢い人、愚かな人、貧富の差がある。だからこそ学問して自らを高め、この世の不平等をなくすべきだ。という言葉がある。ちなみに後者はみんなご存じの福沢諭吉著作『学問のすゝめ』の冒頭だ。
もしもこれらが妥当な話とするのなら、『天』とやらの綱紀は修正が急務だろう。二物どころではないほど大量に与えられている奴らは間違いなくアチコチに存在する。更に学問だけが要因なわけでもなく、人の価値が様々な理由で頻繁に上下する現実は誰だろうと否定できない。
僕のような凡人が天才の活躍を見て羨望の眼差しを向け……自分にも何か特別な才能があるはず、などと妄想するのはもはや一般人の日常だ。
早苗、四方、愛里、椎名、櫛田、栄一郎、七瀬さん、石上君。
現在ここにいる者達も、僕以外はほとんどが天才そのものか準じる奴らだ。
だから、たまには能力も容姿も立ち位置や地位っぽいモノすら特別な『持つ者』である早苗に、せめて口でやり返すのは凡人代表として自然なことだろう。
「ですが、いいでしょう。よりによって愛里さんに彼氏ワイシャツを着せた罪に、今の暴言も上乗せして差し上げます!」
「え……そこっ!? なんか荒ぶってると思ったら、そこだったの早苗さん!!?」
「ふはははっ! 前に何度も僕を限界まで疲弊させてくれた早苗のおかげだ、ありがとう───君はとても素晴らしい当て馬だったよ!」
「夢月君は夢月君で、更に挑発してどうするの!?」
「……言い残すことはそれだけですか、夢月さん」
「まだまだあるわっ! なにより彼氏特権で彼女に! 僕の部屋で僕の服を! 着てもらって何が悪い!?」
尤も、僕と早苗の論点が愛里に頼んで楽しんだコスプレの件なので、ただの自慢でしかないが。
「悪いに決まってるでしょうが! 愛里ちゃんになにやらせてんですか!?」
「うむ。男の夢を叶えてもらった。最高だった」
「っ……! なに言ってるんですか!? どうせ愛里ちゃんに着せるなら裸エプロンが至高に決まってるんです! どう考えてもそっちのが似合うじゃないですか!!」
「早苗さんがなに言ってるの!? 決まってないから!」
「当然、そちらは前にやってもらった。プライドを捨て拝み倒した甲斐がある素晴らしき光景……。早苗には想像でしか見られないのだろうな。可哀想に」
「ぐっ、ぐぬぬぅ……! ね、妬ましい。パルパルしそうです───パルパルってなんなんですか!?」
「知らねーよ! 妙な造語を口走るんじゃねぇ!」
「夢月君もわたしの恥を無駄に広めないで!? 早苗さんも普通にわけわからないこと言ってるし……あ、あぁ…ツ、ツッコミが追いつかない……!」
愛里の言う恥、というのも一時的に着るよう僕が仕組んだ結果だからだ。
やり方はこう。一緒に風呂に入ると見せかけて愛里を先に浴室へ。僕は愛里の脱いだ服と着替えを洗濯篭ごと浴室の外へ持ち出し、代わりに僕の着替えと余分なワイシャツだけをもう一つの篭に入れておく。
あとは風呂で一緒に楽しく入浴した後、愛里の思考を「恥ずかしいけど、裸のままよりはこれを着るしかない……!」って方向に誘導するだけだ。僕がいち早く服を着てな。
そして恥ずかしげに彼氏ワイシャツを着用して、浴室を出てすぐ前に置かれた自分の着替えが入った洗濯篭を発見の流れである。
顔を真っ赤にして崩れ落ちる愛里はいつ見ても最高だ。
「男の夢……エイイチローもどちらかやってほしいですか? お部屋に呼んでくれたら私も着てみますが」
「…………ノーコメントで。それより翼。あの特殊な人達に影響されすぎないようにね? いや、良い人達ではあるんだけど時々……うん」
しかし、どうでもいいが栄一郎と七瀬さんは、ちょっと独特な雰囲気があるコンビだな。いや、天文部の関係者は深く踏み込んでるほどマイペースな傾向にあるが。
七瀬さんが天然か意図してかのボケだから、ブレーキ兼ツッコミにならざるをえない栄一郎も、どこか僕達といる時とは違うように感じる。
余談だが、栄一郎は退学者ゼロで初期の学年160人が揃っていた年度末まで、今の1年生の……というか学や橘さんと同じ3年の学生寮に住んでいた。学校視点では予定外の編入生だったので、山内が退学するまで部屋の空きがなかったのだ。
もう少し山内の退学時期がズレてたら『前と同じように』栄一郎と同じ屋根の下で暮らせた、と七瀬さんが悔しがっていたことがある。まぁ、そうなってたら欠員なしの新入生の寮にいられなくなるから、今度は南雲達新3年生の寮に行くことになってただろうが、無粋なのでツッコミはしない。
だが、ああしたやり取りの積み重ねは、何気に恋人とイチャつく参考になる。
ともかく、もし僕に愛里という彼女がいなかったら、羨望の獄炎を吹き出してしまいそうなレベルで積極的な七瀬さん。
長い付き合いの幼馴染みを経た恋人の余裕?と経験が、真のリア充の貫禄を見せているということか。
これが本物……。
今度、機会があったら聞き込みしたりじっくり観察してみよう。愛里の好感度稼ぎに新たな地平線が見え、インスピレーションも湧くかもしれない。
っとと、つい思考が脱線していた。今は早苗を討伐するのに全力を尽くさなくては。
それには鍛練の最後に毎回やるこの立ち合いが最良の機会。打撃や投げなどで痛くはあっても、リスク少なく(勝率も相応に低いが)早苗の足を掬える可能性はここしかない。
熱くさせて冷静さを削り、自滅を誘う罠を張るのだ。
そのために必要なのは……早苗は愛里を羞恥に塗れさせることによく血道を上げてるから、その光景が見れないのは悔恨の至りだろう。
うん、ヨシ! この方向性でいこう。
「わかる、わかるよ早苗。僕もチェス試験での愛里VS一之瀬が見れなかったのは、いまだに悔しいもの。
だけど、早苗には決して見れない愛里の羞恥感情、真に美味であった。記念に一枚写真で残して構わないか? と聞きたくなるくらいには、控えめに言って最高すぎた」
「そんなこと思ってたの夢月君!? 普通に頼んでくれたら喜んでOKするのに、わたしを恥ずかしがらせるためにわざわざ一捻り加えるの、そろそろやめてくれないかなぁ!!」
それは無理な相談だ。
人間関係、感情を揺さぶられなくなったら終わりの始まりである。ことあるごとにスパイスをぶち込むのは、恋人に限らず関係を維持する哲学だと僕は信仰している。
ま、あくまで僕の経験上のことだし、早苗への煽り途中に混入させる解説でもない。後で改めて聞いてきたら答えるスタンスで必要充分だろう。
愛里はひとまず置いといて、そろそろトドメといこう。
「なあ、お前にソレが想像できるか? 早苗のスッポン(想像)では決して僕の瞳に映した月(実物)に届かないだろうがな! ふわぁ~はっはっは!」
どこか邪悪に感じるひきつった笑顔を浮かべる早苗は、妖怪に与した魔女のような顔をしていた。これは信じちゃいけない早苗。
だから小粋な比喩を添えて、気持ちだけでも万倍にして返す。
「……ふ、ふふふ。光栄に思いなさい、左京夢月。初めてですよ、この私をここまで嫉妬に塗れさせたお馬鹿さんは……!」
それに対するフリーザ様な早苗に普段なら一歩退きたくなるだろうが、今回は、退かぬ! 媚びぬ! 省みぬ! の精神で突き進む。
「それはこっちの台詞だゴルァ!! 僕の彼女に人前で着れないような大胆な水着をプレゼントしやがって! しかも試着の時に見せあっただとぉ!? 嫉妬心が溢れてどうにかなるかと思ったわ!」
そう、これがいつになく僕が本気で早苗を倒そうとしている動機だからである。
ことの発端はかなり気の早い夏の備えに、女子連中が水着を買いに行ったことだ。
僕の部屋でその危ない水着姿の零れ落ちそうで色々ヤバい愛里を披露させられ、更に早苗達と見せ合いっこしたと聞いた時は、早苗か長谷部さんのどちらかと入れ替わりたすぎて羨ま死ぬかと思ったわ。当然、存分に楽しんだ後でだ。
思わず青娥さんに「仙人になれば他人と身体の入れ替わり可能ですか?」と真剣に質問してしまっただろうが。左京さんもきちんとオスだったんですねぇ、と笑われていらん恥をかいた。
一応、普通のワンピース水着をみんなで遊ぶ時用に確保してたらしく、そういう意味では野郎共まで嫉妬の炎で焼かなくて済みそうだがな。
「やめっ、やめてぇえええ!! これ以上わたしの恥部を晒さないで! 二人とも、わたしを恥ずか死させようとしてるの!!? ここにはひよりちゃんも二三矢君も櫛田さんも松雄君も…下級生の七瀬ちゃんに石上君だっているんだよ!?」
う~む。それにしても、羨ま死に恥ずか死か。僕は内心だけで口に出してないけど、愛里とも妙なシンクロを見せる時があるな。付き合いが長くなってきたからだろうか。
「わたしはもう夢月君のモノなんだから、変なことで無駄にスイッチ入れないで!! だいたい普段からもっとスゴいことだってしてるし、水着の時だって一晩中したじゃない! なんでそんなに怒ってるの!?」
それはそう。
てか、そんなことを自分から言うのはいいのだろうか? と陰ながら思ってると、見かねたらしい櫛田の指摘が入った。
「佐倉さん、とんでもないこと言ってるわよ。大丈夫?」
「え───あっ!」
「「佐倉先輩(さん)……」」
「み、みんなっ!? 違…わないけど違うの! 優しくしてくれるいつもの夢月君もいいけど、たまには強引にされるのが良くて、わたしじゃなきゃいられないようにしたくて……えっと、それで」
「それでおかしなことして墓穴を掘っちゃったと。最近の佐倉さんって、だいぶ開き直ってきたよね。私も───あんまり人のこと言えないけどさ」
「愛里……ドンマイ」
「つい、だから! だ、だからっ……そっ、そんな目でわたしを見ないでぇえええっ!!」
現在、真っ赤になってしゃがみ込んで叫ぶ愛里は、さぞや恥ずかしかったのだろう。関係が浅い奴らもこの場にいることは、半ば吹き飛んでいたのではなかろうか。
なりよりの墓穴は、櫛田や四方なら全貌を推察できるくらいの情報を落としてしまったこと。特にこれは悪魔たる櫛田の性癖を刺激し、からかいや弄りへ後々に転用されるかもしれない。可哀想に。
だが、元はと言えばこの早苗の本気度は、彼氏ワイシャツの一件をよりにもよって早苗と長谷部さんに話したからだ。しかも彼氏ワイシャツを『着た後』のことまで。
どうもその場で、絶大なる威力のおっぱいを使った技の助言を求めたらしく、流石の長谷部さんも口ごもり、平常運転の早苗には少し後に対抗心を燃やされた。
てか、対抗心燃やされても、一応生物的に女の早苗にチ○コなんかねーから。
冬から春にかけて僕が頼んだ様々な男の夢を叶えてくれた愛里は、現在では攻守そこそこを熟せる意外なほどの技巧派になっている。
愛里が応用の第2段階へ階を進めた以上、ナニをとは言わないが物理的に挟むことも入れることも不可能な早苗に遅れを取ることはない、と思う。
しかしそうなった過程において、お互い……特に僕が暴走した場合を知っているのが問題だ。
震えるぞハート! 燃え尽きるほどヒート! おおおおっ、愛里に刻むぜ精液のビート!! 白濁色の波紋疾走!! とかテンションがバグってた僕の黒歴史の数々。
たとえその一部であろうとも早苗や長谷部さんに露見してようものなら、どんな顔して次から話せばいいんだよ。
つまり僕は、より大きな『真実』を作り出し、この『真実』を塗り潰す必要性に駆られているのだ。
あと万が一は常に想定しておくのも必要だ。
武力や言葉じゃなく、こっち方面で襲われた(話術など手練手管を含む)としても返り討ちでき、そこまでは無理でも何かあっても僕のところへ帰ってきてくれる。愛里とそんな信頼関係を築いておくのが肝要だ。
そのためならば、僕も全身全霊を持って愛里を満足させ続ける方法を追求し、最大効果の好感度稼ぎを模索すべきだろう。
それにしても、奴らは本当に愛里の友達か?
大胆な危ない水着を着せて僕の部屋に送り込み、イチャイチャパラダイスのR-18確定演出。裸エプロンや彼氏ワイシャツの愛里を、話だけとはいえ、友達や仲間内とはいえ、衆目にも想像させる辱しめ。
こんな仕込みをしてくる愛里の女友達は、みんなイイ性格だらけだ。交友関係を考え直した方がいいのではなかろうか。
ゆえに代わりに僕が辱しめの仕返しすることで更なる好感度アップを狙いつつ、心の安寧を得る。
そして今回は僕が勝つ。
何故か僅かに愛里に悪いと思う気持ちも湧いてこなくはないものの、先日長谷部さんも交えて一緒に買い物に行ってた水着の件を加味すれば、少なくとも早苗に同情の余地はない。当然、長谷部さんとついでに前のテスト問題のことで質問責めしてきた幸村にも、ちょっとしたイヤガラセは手配してやった。
だが……おっといけない。僕までCOOLじゃなくなれば、ただでさえ低い勝率が更に低下する。
愛里のシャウトをチラ見して内心ほっこりしつつMPを確保し、精神を通常モードへ切り替える。
炎の煽りと氷の冷静さをメドローアにしてぶっ放さなければ、邪神討伐は叶わない。
「愛里ちゃんにこんなこと言わせるなんて、ぜったいに許さない。なんて羨ましい。稽古にかこつけてぶっ倒してやる!
さあ、夢月。覚悟はいいか───神を出し抜き逆らったこと、地獄で後悔しながら懺悔しなさい!!!」
「ふん、強ければ勝てるなんて思うなよ?
陰陽師の末裔から伝授された必勝法───これで勝てぬ者などあんまりいない!!」
「おい夢月! それ、もしかして俺か…俺のことか!? お前に何か伝授した記憶なんかないんだが!?」
記念したくないが記念にされてしまう100戦目の僕達の組み手は、この煽り合いから始まった。
心苦しいが、愛里や四方など周囲の声はスルーして早苗のみに専念させてもらう。
───僕は『譲れないモノ』のためにこそ、考えうる全てを用いて戦うのだ。
早苗が敬語やさん付けを外す時は冷静ではない。
なんとか計算通りにまで持ち込めた今こそ好機。
たかが立ち合いの一戦のためにここまで揃えたのは初めてだが、珍しく早苗に勝てそうな気がしている。
勘は根拠というには薄弱すぎるが、なんとなくそう思えた。
100戦して、3勝96敗1分け。
これが僕と早苗の組み手の戦績だ。いちいち記録を取っていた四方(立ち会ってない時は僕や早苗に聞いてきてた)によると、1分けはクリスマスに急な予定が入って中止されたぶんらしいが、勝率換算するとはっきり言って誤差でしかない。
ちなみに早苗は日常の勧誘中とかに組み手以外(テストとかゲームとか)でも頻繁に競おうとしてくるが、こちらは追いつ追われつの戦績になっているようだ。早苗自身が毎回のように教えてくれるので僕も大雑把に知っている。
……何故にコイツはこんな勝負狂いになったのか。僕がいない時はそうでもないらしいので、なおさら不思議である。
ついに総数3桁へ到達したほぼ負け確の立ち合いで僕が僅かに勝っている理由は、お互いと愛里以外に誰も見学者がいなくて僕がダウンしてる条件で、稀に発生する早苗と二柱の神様の修行風景を見学できたことが大きい。
注連縄を背負った八坂様は外見と話した印象通りの剛拳で、話してても掴み所のない洩矢様は柔拳で。意図してかどうかわからないが、それぞれ早苗への勝ち筋と負け筋を薄っすら僕にも示してくれた。
あとは僕の勝ち筋と早苗の負け筋をイメージし直して、そうなるように自分の身体を動かすのみ。1勝ずつではあるが、たしかな道筋で早苗を投げ返すイメージパターンを作れたのが勝因だろう。同じ手は二度と通じなかったが。
そして最新の3勝目が今回となった。神様方の模倣ではなく、ラーニング技術での正式な勝利だ。四方が訝しげに問いかけてきても、それは純然たる事実である。
「夢月。お前、アレのどこが必勝法だ? 俺がいつあんなものをお前に伝授したというんだ」
「いや、四方。早苗を抑え込んでた時、一時的にお前が力の流れを操作して制御してたじゃん。勿論、僕にはそんなことできないから応用してみた。全力突撃してくる凄まじい機動力の前に、タイミング良くつっかえ棒(両手を突き出した僕)を置けば勝手に事故るかなって」
清隆と宝泉の決闘に乱入してきた早苗を抑えていた四方を模倣した……えーと、妖怪退治?の方法、的なナニかだと思われる。あの身体能力のバグってる早苗が、僕が彼女の腹にタックルするまでの僅かな間とはいえ完全に動きを止めていたのだ。背が多少伸びて早苗と同程度な体格の四方の拘束で。
バ○で言うなら、消力(シャオリー)みたいな何か変に不自然な挙動で待ち受けるヤツ。あれを罠や拘束に応用・変化させた技術っぽい印象を持った。
「それが最適のタイミングのカウンターになったってことか。
しかし去年の無人島といい、体育祭といい、高円寺のことといい、早苗相手に試合してひっくり返すことといい……。お前のどこが凡人なんだ、いい加減にしろ」
「失敬な。実際、今のは早苗の自爆みたいなものだろ。僕が凡人かどうかは関係ない」
「……この発想と実行力は俺にも真似できないがな。あんな煽りを冗談みたいな策に繋げていく思考はどこから来てるんだよ」
「どこって……ここ?」
「……はぁ」
僕が自分の頭を指差すと、四方はため息を漏らした。
早苗には普通のやり方では勝てない。それどころか通常なら瞬殺だ。特に動きすらほとんど見えなかった初期は……。
その必敗パターンを崩すには、早苗が舐めプするか、先日のようにあえて地雷を踏み抜いて早苗式瞬獄殺に持ち込み耐久するか、神様や四方など対抗する道筋を描けるモノを参考するしかなかった。半分、まぐれ勝ち狙いしかないともいう。
なんせ早苗や四方みたいに本格的な修行なんか僕はやったこともないからな。そもそもの土台と基礎に雲泥の差があるし、本来なら日頃から努力する天才に勝てるわけがない。
それらを踏まえた上で、僕が描いた勝ち筋はこうだ。
まず、ここ数日で何度か、そして組み手の直前に分けて言葉の毒を仕込んで僕の技術のなさを補強しつつ、早苗の冷静さをあらかじめ削っておく。
対四方・対清隆・対高円寺(普通にやって勝ち目ない奴が多すぎだろ)と同じく、冷静に効率良く早苗に動かれたら勝率はほぼゼロに等しいが、感情任せに身体能力や特殊な技術でごり押してくるなら話は別だ。インスピレーションとタイミングさえ間違わなければ、早苗級の鬼才にも勝機は見える。
そこへ四方からラーニングした消力もどきと、愛里と哀しむ一之瀬を背負った者だけが習得できる僕流の夢想転生を応用してひとつまみ。
紛い物なりに、これは体育祭で南雲に使用したような煽り版のパチモンではない究極奥義だ。単純に攻撃をひたすらかわした上で、相手の勢いを利用したカウンター狙いである。
つまり、僕が斜めに突っ立った電信柱になりて、早苗を突っ込んでくる車に見立てて物理法則をぶち当てるという作戦。
四方の消力(仮)、早苗の冷静さを低下、夢想転生(仮)。
この3本の柱を基本として策と要素を積み上げたからこそ、邪神たる早苗相手といえどもそれなりの効果が得られたのだろう。なんか割合に(仮)が多い気もするがしかたない。所詮は何も極めていない僕のノリと勢いでしかないからな。
そもそも僕が早苗を撃破するには、ここまで積み上げ、幸運に祈って、ようやく正数の%に到達するのだ。
「…………そしたらなんか、その……。早苗の腹に僕が思いっきり突き出した両手が、ね? 綺麗に吸い込まれていったというかなんというか。偶然、点穴…経穴(ツボ)みたいなのを突いちゃったというか。
いや、普段から組み手やってるから早苗の油断もあったと思うよ? 僕の実力はある程度把握してるはずだからな。こんな綺麗に入って、一撃で撃破に至るとは僕でさえ思ってなかったし」
というように解説してみたら、四方は理解を諦めた風に首を振り、何故か顔を覆って天井を見上げた。
まぁ、そりゃそうだ。なぜなら、今回は本当に早苗の自爆でまぐれ勝ち以外のナニモノでもない。参考にもできないだろう。
ああ、早苗との立ち合い結果だが。
自分の機動力による強烈なカウンターを食らった早苗は、えずきながら一度は崩れ落ちつつも即座に起き上がり、無言でトイレにダッシュして行っている。
そして早苗が走り去った方向から聞こえる嘔吐の音。
身体へのダメージ自体はそこまでではなさそうでも、胃と女のイメージに多大な傷を付けてしまったかもしれない。
一方で話が終わると、四方はそのまま少し外の空気を吸ってくると断って、出入口の方へ向かっていった。真相が自爆となれば、他人事でも脱力したくなるだろう。
≪早苗が、早苗が傷物に……?≫
≪傷物とはちょっと意味が違うんじゃないかなー。今回は夢月相手に油断しすぎてた早苗の落ち度が大きいし≫
それと最初から見守ってくれていたが、微妙に錯乱してるような八坂様に、冷静な評価・ブレーキをかけてくれる洩矢様に感謝だ。正直、巫女や風祝という神様の使いを目の前で倒すのは緊張する。
疚しいことなど何もないとわかってても、神様方が可愛がってる早苗にゲ○吐かせているのは紛れもなく僕だからだ。
しかも、いつになく勝つ気は満々だったが、早苗に勝つと次がえらく大変になるから、なるべくまぐれ勝ちはしたくなかったんだが。
だから四方と入れ替わりでこちらへ歩いてくる立ち合い後に行う宴の主催者ともう1人へ視線と思考を向け、僕はあえて独り嘯いて切り替えた。ある種の現実逃避ともいう。
「また勝ってしまったか」
それにしても観衆のざわめきに紛れるように、勝利に相応しくない汚ねぇ花火(音)が聞こえてくる。
早苗には、新たに二代目ゲロインの称号を与えておこう。
初代ゲロイン? その者がゲロイン(ヒロイン?)に適した年齢かはさて置いても、僕の所属クラスと彼女が過去の教室で起こした実績を思えば、それが誰かは言うまでもないことである。
絶対許早苗のネタ使おうか迷って、結局やめたのは秘密。