ようキャ   作:麿は星

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 一応、時系列は前話の続きです。



160、ノックスの十戒

 

 軽く茶を飲んでデザートを食べ、結局は何が目的だったかわからない話が終わり、3人で帰宅する学生寮への道中。

 喫茶店を出て、他愛ない話から愛里に質問されて答えようとした時、ふと勘に引っ掛かるモノがあって僕は立ち止まった。

 

「後輩?」

「どうしたの夢月君?」

「あ、いや。すいません。なんか進まない方がいい予感がして……?」

 

 そんなことをすれば、愛里と鬼龍院先輩に置いていかれ、当然のように不審にも思われるが、どうにも気になって周囲を見回してみる。

 20時近いので街灯の光が届く範囲外は暗い。道の両脇には木々や茂みが風に揺れて、虫の音が微かに聞こえるだけ。

 なんで勘が反応してるんだ? あえて近いモノを挙げるなら、一之瀬や龍園とかにやられた待ち伏せの予感っぽいが、人の気配みたいなモノはない……気がする。いや、某ハンター漫画的な気配を消す技術で隠れられたら僕には気づけないだろうが。

 でもこのまま先にいる2人を待たせるわけもいかないので、予感を抑えて数歩進む───と。

 

「おーどーろーけー!」

「ひっ、ひぃいいいいはぁあああっ!!」

「ひゃあっ! 夢月君、空から女の子が!? あ、っていうか、イワさん……じゃなくて、天沢、さん……?」

「せぇんぱい。驚いた? 驚いた? というか、本気で潜んでた私に気づきかけるとか野生動物並みの直感だね♪」

「なんだ、たまに部室に来ている1年生の忍者か。現代日本にもまだ実在しているのだな」

 

 そしたら感知能力を突き破って、斜め上の頭上から降ってきた玉ヒュンの天沢一夏登場である。

 可愛い外見を裏切る愉快犯的な終わった性格の天沢、表面上の淑女らしさを裏切る男前さを持つ鬼龍院先輩、中学生単独でアイドルになれる容姿とバイタリティを裏切る内弁慶の愛里。

 世代別のイロモノどもが夢の跡(意味不明)にいつの間にか集結してきてて、不覚にも思わず悲鳴を上げてしまった。

 

───てか、全員ガワを裏切ってんじゃねーか! ついでに、愛里のイワさん&パズーと先輩の忍者っつーズレた発言はなんなんだよ! という意味の悲鳴を。

 

 勿論、男を萎えさせる系女子1年代表とはいえ本気で驚いてもいる。尤も、突然現れた神出鬼没さはさほど驚きの割合を占めていないが、なによりもコイツの甘ったるい猫なで声が僕の恐怖心を煽りまくるのだ。

 それはまさに坂柳さんの笑顔に匹敵するレベル。早苗や櫛田がたまに見せる邪悪さを隠しきれていないピンク系演技も似てると言えば似てるだろうか。あれらはマジでゾッとしまくるからな。

 流石は学内おっかない女ランキングの四天王ども(僕調べ)である。

 だから最兇・天沢のソレを目の前にして恐慌するのは、常識といって過言ではないだろう。

 

「あわ、あわわっ。なん、なんのつもりだ天沢!? そ、その気色悪い態度は!?」

「あぁん、ひどぅい……。せっかく左京先輩に会いにきたのにぃ」

「うひぃ! やめ、やめろぉおおおおっ! 下手なホラーより怖いんだよ『その』お前ぇ! その態度で僕のそばに近寄るなァアアア!!」

 

 その必死な心と身体の声が届いたのか、天沢はあっさり普段っぽい表情に戻って口を開く。

 

「それにしても、奇襲擬きには驚いてないんだね、3人とも。これはちょっと意外かも。特に佐倉先輩」

「え、えへへ。そ、そう? ありがとう天沢さん」

「……」

 

 きっと天沢は皮肉か挑発のつもりだったのだろう。おかげで僕は少し落ち着いた。

 ああ、愛里に褒め言葉っぽく変換されたのは、天文部周りで神出鬼没程度は珍しくないからだと思われる。

 だいたい直前の鬼龍院先輩からしてそうだったし、僕も愛里もいつしか慣れてしまった。僕は何かありそうと、勘が反応してたからなおさらだ。

 てか、人を驚かせてきた天沢の方が驚いてない? 愛里も鬼龍院先輩も普段通りなままだし。まぁ去年の愛里だったら、今の天沢と話すことすらハードル高かったかもだが。

 

……怖いね、慣れって。暗い夜道で頭上から降ってきた天沢にこれだもの。

 

 僕が驚いたのも、あくまで不気味でおどろおどろしいヤンデレ染みた天沢の口調と態度である。……それと勝手に『増える』なよ、っていう文句。

 まぁ結果的に愛里も褒められて嬉しそうだし、先輩も面白そうな顔してるから、許してやるか。僕もその会話してる間に落ち着いてきたし。天沢自身は、なんか酸っぱいモノでも口に含んだ顔してるけども。

 

 しかし、そんな割り込み方をしてきた天沢はしばらく困惑っぽい感じの振る舞いを見せ、結局「私はいない者として話を続けていいよー」とだけ口にして沈黙した。そのまま付いてくるし、自由か。いや、むしろ不自由な反証か? なんにしろ、何がしたいんだコイツは。

 何度か接してわかってきたが、天沢も天才の部類なので普遍的な趣味人たる僕には基本深くまで理解できない。

 でも本当に口を噤み、去って行かない以上はしかたないから、気には留めつつ、天沢登場までしかけていた話を思い出して無理矢理話を戻す。

 

「えっと、交渉……というか、人にモノを頼むコツだったよな?」

「うん。わたしも少しはそういうの覚えたい」

 

 もしかして、愛里や先輩に話しかけてたこれを聞きたくなったのだろうか? 先輩も珍しくあまり口を挟まず聞こうとしてたくらいだし、興味を惹かれるモノでもあったのかもしれない。

 まぁ、こんな個人的見解なら誰に聞かれても問題ない。そもそもが外でエロ猿にならないための食後の満腹感を活用した疑似賢者モード。ついでに愛里や聴いてる人に、なんか実になるならやり得である。

 それにしても、暗くなった時間帯に3つそれぞれの学年の女子相手にこんな話をすることになるとは、まさに事実は小説より奇なりだ。

 

「僕の場合、交渉でまず押さえておきたい点は前提条件───交渉相手との関係と報酬があるかないかだ。ここで色々変わってくるが、今回は愛里の性質に沿ったコツの入り口や注意点を話そう」

「わたしに沿った…やり方に、関係と報酬?」

「そう。そしてそれがこれから先も長く付き合いたい相手だったら、できる限り大きな報酬のある頼みはしない方がいい。なぜなら、大きめの報酬を提示した頼み事であまり付き合いのない関係の場合、大抵はクレクレの依存型になって……ぶっちゃけ、十全に頼んだ事をしてくれると信用できないからだ。ほぼ初対面とかなら報酬も必要だし、ケース・バイ・ケースだけどな」

 

 一応、そこまで学内事情に詳しくない天沢もいるし名前は出しとくか。

 

「清隆や龍園など周到な奴ら風に言うなら、頼んだ仕事の達成率を下方修正する必要が出てくるとかだな。あと動いてくれなかった場合に備えて、予備のプランを準備しておく。またはソイツにもリスクを背負わせるように仕向ける、クレクレ心理を逆用して結果的に手伝わせる、なんて応用する手もいくつかあるか。ま、これらは先輩や天沢なら可能かもしれないが、僕や愛里には難しいだろう」

 

 クレクレ的な要素の多い奴は、天文部関係者ほとんどと相性悪いからな。特に愛里と椎名は一線を越えれば優しいぶんだけ要求し易そうに映り、早苗や高円寺に悪く見られる言動を取りやすい。

 そう、クレクレ要素とは違うけど、主に清隆。お前だよ、お前。

 あと変な要求はする機会がないものの、気質的に幸村や須藤なんかも微妙にかすってる。彼らは、おそらく彼女らに醜く映る場合はあると思う。

 清隆の名前を出すたびに微かな反応を示す天沢をチラ見しつつ、僕は続ける。

 

「だから愛里が交渉や頼みをするなら、見返りを提示せずに頼める友達でまず軽く練習するといい。心理的ハードルも低めで、愛里が心を通わせるほど信を置ける相手なら大丈夫。

 僕は置いても、早苗や長谷部さんなんかを動かすのは、愛里が頼ってきたっていう精神的満足感だろうから」

 

 実際、あの2人なら愛里が「お願い」って言うだけで動いてくれそう。

 これは僕も対象っぽいけど、愛里含む僕がよく話す女子達って心を許した奴には凄く懐っこいんだよな。愛里なんか今も謎に僕にくっ付いてくるし。

 

「人って不思議でな? 僕の経験上、利益で釣ろうとして手を抜くことはあっても、満足感を得られるようにコトを運ぶと案外手を抜かないんだ。しかもこうすれば、応用や備える必要性はかなり低下する」

 

 ちなみに、うちのクラスの一之瀬は、この手法に学内トップクラスで滅法強い。一部、僕自身や友達連中みたいに効果が薄いのもいるが、大多数をまとめ上げられてる最大の理由はおそらくこれだ。

 

「そのためのツールには『カリスマ』や『伝統』が最上級に適してるんだが、滅多に使えないから最上なんだと思う。僕の知る限りだと、卒業した堀北学だけが最低限使えてたな」

 

 櫛田は色々な意味で惜しい。一之瀬のような手法も、学のような手法も、どちらも可能なポテンシャルはあっても、性格上の問題でまず及第点に到達しない。

 

「次に、下準備に手間と時間は必要になるが、プラス方面の『信仰』や『希望』も強力だ。早苗や四方、櫛田も直近で利用してたし、交渉の初歩的なことではあるが、愛里にはこちらの方がわかりやすいか」

 

 だから僕は早苗や櫛田には、これを絡めたやり方を助言していたこともある。邪悪な奴らにはそぐわなく感じるツールだけど、善人がフル活用するよりはずっといい。

 良い方に進んでる時は善人が使ってもいいのだが、悪い方に進んでる時に信仰や希望の象徴がいると、ドツボにハマっていくからだ。あるいは、打開策が打ちにくくなるでもいい。

 なので、清濁を併せ持つ奴以外は、なるべく使わせない方が無難だろう。僕が一之瀬のカリスマを時々目減りさせてるのは、これも理由の1つだったりする。

 

 加えて特殊事例として、青娥さんや四方、清隆の『理』や『謎』なんかもあるが、これはほぼ他人に真似できないので口に出さなくてもいいか。そもそも内容が複雑で初心者向きじゃないし、僕も完全に理解してるとは言い難い。鬼龍院先輩ならワンチャンってとこか。

 

「他に、葛城や堀北さんなんかの『正義感』『使命感』『自尊心』『目的意識』などもあるし、反対にマイナス方面で考えて龍園や南雲、坂柳さんが使う『恐怖』や『露悪』や『嗜虐性』なんかもあって、応用していくときりがないほどだ」

 

 また、この顔面が整った面子だからなんか悔しいのであえて口には出さないが、未成年だとより効果の高くなる「ただしイケメン(美少女)に限る、そしてブサイクに人権はねぇ」みたいな『容姿』関係の言説?も、同性から大抵嫌われるとはいえ、なかなか強力なカードだ。

 

「更に相性の良いこれらいくつかを複合したり、汎用性やリスクに手を加えられたりと、コツを掴めば交渉や頼み事以外にも転用できる。僕と付き合いある中だと、清隆や高円寺、鬼龍院先輩なんかは自然にこれを混ぜてきたりするほど使いこなしてくるぞ。気づいた時には良いように使われてたりする事さえあるから、その対応策系も頭の片隅に置いといた方がいい」

「……それは後輩もだと私は思うがな」

 

 御冗談を。

 本気になってようやくってレベルの僕では、先輩達天才が乗ってくれてギリギリ足元に及ぶのがこれまでだ。勘や運で一時的に上回る事はあっても、な。

 口に出した例は、適性や時間が必要になって完成度が上下しても、慣れや努力で使えるようになるモノを揃えておいた。ま、使いこなせるのはせいぜいソイツに合った数個までだろうし、僕も使ったことないのがあるから偉そうには言えないが。

 

「なんにしろ、僕の考える愛里に合った具体的な交渉法は、ズバリ『自分に頼る以外ではどうしようもない』と相手に思わせること、かな」

 

 愛里の性質と性格に合致する交渉武器は、やはり『期待』と『信頼』だろう。ちなみに期待を外して洞察を含む『知性』にすれば椎名が適してる気がする。

 

「知識とかを身につければ幅も増やせるし、現時点でも実行可能なのがこれだ。

 人は自分が頼られていると正しく伝われば、実に簡単に尽くしてくれる。自己犠牲すら省みなくなることも珍しくない。つまり逆に期待を返そうとするんだよ。知らない奴なら、いっそフリだけでもいいから期待を寄せてる風を装うんだ」

 

 早苗や櫛田、一之瀬は自然にこれをやってるから、あんな『信者』共を作り出し、人を率いることができるのだ。早苗はあまり一般的なウケ方をしてないけども。

 

「しかし、この手法には落とし穴というかいくつか注意点もある。

 どんな頼み事であれ、適度な問題として提示することが肝要な点だ。特に日頃から親しくない交渉相手に対しては、決して『自分が手を貸すことで莫大な利益を得る、もしくはヤバい苦境を脱する』なんてわかる頼み方だけはするな」

「え、どうして?」

「優しい奴には納得しづらいだろうし、信頼する相手にするならまだいいが、大抵の場合は足元を見られる」

 

 きっとすぐには理解も難しいだろうが。

 それでも、中途半端で適当な教えになっても今のうちに愛里へ仕込んでおく。いつか彼女の役に立つ予感がしているのだ。

 

「……自分が動いたのに、他人が大きな利益を得るか致命的なピンチを回避するのを不快に思う奴は、おそらく愛里が思うよりずっと多い。個人的に残念ではあるが、これが現実だと僕は思ってる」

 

 これは僕の経験則だ。

 そして小さく頷いてる先輩と天沢を軽く一瞥して確認。

 鬼龍院先輩は彼女の同級生への態度を思えば明白だし、天沢もこれを応用したもので堀北さんや宝泉を話に乗せようとしてたフシがあったと清隆も言っていた。

 愛里も普通の奴とは言えないが、鬼龍院先輩や天沢は到底一般的な雰囲気じゃない。この年齢でありながら、少なくとも鉄火場か現実に片足突っ込んだことがある匂いがする。彼女らが、これを最低でも大まかにはわかってるっぽいことがその証明だろう。

 

「だからいい塩梅は、ソイツには少ない労力でできることだけど、愛里にとってはそこそこ大事なことらしいな、って思わせるラインだ。『甘えたように』見せないように上手く相手の優越感を煽れ」

 

 僕の見るところ、愛里周りでこれが最も効果的なのはおそらく長谷部さんだ。次点で早苗。アイツらになら、いっそ開き直って甘えても効果的だと思う。

 だから、ここでわざとニヤリと笑って、僕が実行して愛里も見ていた交渉事を想起させるのも忘れない。愛里自身に使ったこと(ゲーム創作や干支試験などで)もある上、なによりまだ記憶が風化していないだろう花見でした僕と彼女の約束もある。

 (頼るのを)もう躊躇わないって約束が。

 本来これを思い出させるだけで、愛里の交渉術はすでに必要充分な域に達しているのだ。

 

「つまり簡単にまとめれば、親しくない相手にする交渉や頼み事は解決してほしい『本命の問題』を大きく見せず、自分が助けられると思わせる。そして『期待』を持たせつつも『甘えた』ように見せるな。あと僕達以外と交渉する場合でも僕達を頼ってくれ。この3つだな。

 今の愛里ならどれも意味はわかるだろ? これらを最低限守れば、愛里なら大丈夫なはずだ」

「……うんっ! わたしはきちんと約束を守るよ!」

 

 うむ、良い返事でよろしい。

 

「ククッ、まるで悪女を育てるようなやり口だな」

「そうですね。でも、善人のような外面で邪悪を醸す奴らもいるんだし、悪女のような外面で人を頼る『良い奴』がいてもいいんじゃないですかね? 愛里に限らず、極端に性格が良いか悪いかに偏ってる奴らってマジで滅多に人に頼らないんで、一度ガッツリ言っておきたかったんですよ。特に愛里には」

 

 しかし愛里や四方なんかだとそうでもなくなってきたし、中立寄りな奴だとほとんど躊躇わずに頼るのに、こういう必要な時にも頼らない奴は何故なんだろう。悪寄り中立の僕や早苗、善寄り中立の柴田や戸塚なんかは、事後承諾になってでもヤバそうに思えたら即座に誰かに頼るんだがなぁ。

 あ、先輩のからかうような雰囲気で、もう1つ言うことを思い出した。最後まで鼻の下が伸びないように、これも言っとくか。

 

「あぁ、もう1つ助言。これをやるなら人目のない場所で二人きりの状況を作ってから、異性にするのが適している『らしい』ぞ? 恋人としてはやってほしくないが」

「……ん? 後輩。それは、あの時の事を言っているのか?」

「やらないよっ!? 夢月君はわたしに悪女を目指してほしいの!?」

「どちらもそんなわけがない。むしろ愛里にはやってほしくないから、あらかじめ言及しといた」

「……まぁ、左京先輩は苦手そうなタイプだよね、悪女。さっきの私への反応からして、どちらかというと先輩が攻め重視の肉食系だから?」

「人聞き悪いこと言う天沢は黙ってろ。僕は弄ばれるより弄びたい」

「それを言うなら愛されるより愛したいだし、最悪の性格なんだけどそれは」

 

 それと……うむ。先輩の言葉はそれとなく否定しておいたが、これは去年の今頃、鬼龍院先輩に似たようなことされたのがちょっと脳裏をよぎっただけだ。本人がこの場にいるし、あの笑みは明らかに気づいてスルーしてくれてるがな。

 愛里がこの先輩や天沢に影響されて小悪魔風(性格上、流石に悪女までは到達しないだろう。だからその手前と思われる小悪魔風)になろうものなら、新たなジャンルを開拓してしまうかもしれない。それは阻止させてもらう。

 

 少々強引だが、先輩が例に出したノックスの十戒、その9だ。

 サイドキック(探偵の助手役。いわゆるワトソン君)は、自分の判断を全て読者に知らせねばならない。また、その知能は、一般読者よりもごく僅かに低くなければならない。

 

 これの都合良い部分のみを愛里に応用して、知っておいた方がいい情報を吹き込み守りの札を増やしておくには、極端な変化は不確定要素の源になりかねないからな。

 一応補足しとくと、知識量を制限して知能を低く留めておく、なんて穿った意味ではない。小悪魔風な愛里を目の当たりにしたら僕も新たな扉を開いてしまいそう、ってのはあるけども。

 

 結局、思ったより熱が入って話す時間が長くなり、学生寮近くで1時間ほど僕の『期待』がなんなのかわかったような遅延行為を2人にされて多少の足踏みはしたものの、言うことは言えた。

 僕達は軽い別れの挨拶を交わした後、先輩と天沢は妙な笑みを浮かべながら、僕と愛里に一言ずつ残して自然とそれぞれの寮へと散っていく。

 以前は集団の別れ方で困っていたと思えないほどのスムースさに、僕は隣に残る愛里からも視線を外して安堵の息を吐き出す。

 何はともあれ、『去り際の一言』からしてあの天才2人相手に誘導成功したからである。

 

───これから佐倉とエロいことするんだろう? 昨夜はお楽しみでしたね、とお決まりの言葉をあらかじめ贈っておこう。

───今晩は佐倉先輩と寝るの? せぇんぱいも男の子なんだねぇ~……ふっ、お可愛いこと。

 

 なーんて事を、女子で美人な先輩と性格悪いっぽい後輩に聞かれなくて(どっちも微妙に言わなそうな台詞だけど)ほんっとぅによかった、と内心安堵しつつ。これからの期待に胸を膨らませつつ。

 

───当たり前だぁーー!! 速攻で2人きりになってしたいに決まってんだろォオオ!!

 

 なぜなら聞かれてたら、ここまで大袈裟じゃないにしろ、まず間違いなくこんな風に素直な欲望を僕は吐露してた。ゆえに、もしもこれ系の方向性の会話になってたら、居たたまれない以外のナニモノでもない雰囲気になってただろう。

 必死に真面目方向へ会話と思考の舵をきった誘導のおかけで、誤魔化せて助かっ……いくら察しの良いあの2人でも誤魔化せてたよな? 何度かポケット越しにジャケットに隠し持つコンドームへ視線やってたのは関係ないよな? なるべく大人しく聴いてくれるよう、頭の回転と口舌を尽くして興味を惹き、僕以外の発言を極限まで削減したしさ。大丈夫だよな?

 

「あ゙あ゙あ゙あ゙。あれは確実に気遣われてた。楓花先輩にも天沢さんにも……! う゛ぼ゛あ゙あ゙あ゙。は、恥ずかしいっ。恥ずかしいから、もう本当のことにするしかない……!」

 

 その万感の思いを込めて夜空を見上げ……愛里が何故か顔を真っ赤にしてオホ声っぽく意味不明な言葉を漏らしながらしがみついてきたので、手を繋ぎ直して学生寮に入るのだった。

 エレベーターの中、見慣れてきた愛里の羞恥顔と態度の理由がさっき別れたばかりの先輩と後輩に向いてるように見えて、不思議と誘導の成否を不安にさせてくるのだが。

 

 それと不満ってほどでもないが、誰かに聞かれるとヤバいしキャラ崩壊も甚だしいので、そういう声は2人きりでも公の場では出さないでほしい。しかも聞かれる不安だけじゃなく、まるで僕が愛里にナニかイタズラしてるような謎の罪悪感まで湧いてくるじゃないか。

 

 しかし、週の半分くらいは泊まりに来てるし、今日は始めからこの予定だったけど、先輩達と話した後にも普通にそうしてくるとか、地味に愛里は肝が太くてマイペースである。

 まぁ、部屋に愛里が付いてきた時点でやることやったわけで。

 真相は愛里の体温と僕の底に沈んだ漆黒の闇記憶の中へ───僕の黒歴史がまた1ページ、些細な事だと無理矢理に変換して、葬っ……溶け消えていった。

 

 自室へ連れ込んでドアを閉めた直後に、愛里の口を僕の口で塞いで強く抱きしめたからだ。

 ぶっちゃけ、天沢の合流から何故かたびたび愛里がグイグイくっ付いてきていた。そのため、ずっとムラッとしっぱなしで下半身が反応しないよう振る舞うのが大変だった。もはや2人きりになるのが待ち遠しいを通り越して、その事しか考えられないレベル。

 

 しかも先輩が現れた時に必死で抑え込んだ衝動が、メートル越え寸前の柔らかなおっぱい含む身体的接触によって不死鳥のごとく甦り、天沢を何度も真剣に見つめる対処が必要になっていた。

 愛里がいかに積極的?な謎アピールをしてこようと、ああいう危険生物的なイロモノに意識を集中してれば欲情はだいぶ中和可能だからだ。ほら、間違っても猫科の猛獣とかに欲情することはないし。

 

 ただ、天沢に意識を集中する時に限って愛里の謎アピールもタイミング悪く発生してたが、変態・助平の汚名を被るよりは幾分マシだ。まさか天沢にまで嫉妬したとかではないだろうに、人前で無駄に色気をぶつけないでほしい。

 しかし、なんとか天沢のおかげで最後まで下半身が反応するのを抑えきるのと思考を逸らす誘導に成功した。

 

 あの場で唯一、僕の精神を素のレベルまでクールダウンできる天沢がいてくれて助かったと言えよう。主に社会的に。

 鬼龍院先輩は、どうも僕の中だとヒト科イロモノ目ではないっぽいので、こういうクールダウンには使えないからな。

 

 そして何気に。

 自惚れでなければ、僕だけじゃなく愛里も色々我慢の限界だったのだろう。

 思いきり抱きしめて強引なキスをかますと一瞬だけ目を見開いて驚いたものの、すぐに『そういう顔』と準備万端な反応を返してきたのだから……。

 

「夢月君……今日も、泊まっていい?」

 

 部屋まで付いてきてこんな発言するんだから愛里もOKだろ、とばかりに再び長めのキスをするとフニャッとなった。

 そこからはもう愛里へOKサインを返しつつ抱き上げ、畳んだままの布団に押し倒すいつもの流れになるよね。

 その後の僕達がどうなったか言うのは無粋の極みだろう。

 ちょっとお互い余裕なくて閉め忘れてたカーテン全開の窓から、満月を数日過ぎた『月』が見下ろしてたくらいである。

 

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