ようキャ   作:麿は星

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 無人島4日目ですが、次くらいから前半の山場までは少し加速できる…はずです(展開遅すぎ?)。

 あと後書きにリザルトの他、リタイアについての独自設定を載せておきました。本文・後書きともにちょっと長いですが、気になる方はどうぞ。



173、先輩

 

 無人島4日目の朝は不穏な通信によって始まった。

 

「無事か夢月!? 緊急事態だ! 応答してくれ!」

 

 バックパックの中のトランシーバーから、ザザッという音の混じる四方の呼びかけが聞こえてくる。

 叩き起こされた不快さは、声の焦り具合でかき消された。四方は滅多なことで平静を乱さない。

 だから僕はまだ半分寝ぼけながら、なんとかトランシーバーを取り出して応答に応える。

 

「あ、あー? なんだ四方、こんな朝早くに」

 

 応えながら時刻を確認すると、6時過ぎ。

 

「夢月!? 良かった、無事だったか! 学校からの情報では現場から離れてたし、事故被害者に名前がなかったから大事はないと信じてたが、山の近くで夜営してたらしかったから心配してたんだ!」

「事故…だと?」

「ああ! 今朝未明、緊急アラートが鳴らされた。それも立て続けに3件もだ。いずれも“山から距離がある場所で”落下したり、石や木に当たったのではないかとのことだ」

「は? なんだそれ」

「いいから今は聞け。緊急アラートを即座に自力で止められなかったと思われる重傷者はH3付近にいた3名、それと軽傷者もおそらくグループメンバーにそれなりの数がいる。現段階では先生達がそれぞれの現場に向かった。多分もう少ししたら、タブレットにも落下・落石・倒木の事故として通知されるだろう」

 

 事故……。

 これだけじゃ詳しくわからないけど、四方の言い方的に何らかのハプニングで大怪我?したのが3名で、それ以外は逃げた時に転んだとかか?

 災害とかで石や木が降り注ぐ中、どっかに落ちたり物が直撃して動けなくなる者と逃げ惑うイメージがなんとなく脳裏に浮かぶ。

 ただ、思い込みの線もある。四方を落ち着かせがてら、まず詳しい情報を聞いてみるか。

 

「まぁ四方、少し落ち着け。重傷って具体的にはどんな状態だ?」

「それはまだわからん。先生の帰還待ちになってる」

「うぇ? じゃあ事故か事件かも未確認?」

「……そうだ。だけど、問題はここからだ」

 

 本当に知りたい情報は不明か。

 だが、事故なら普通に試験中止、最低でも中断になるところを続行する雰囲気。

 これは連絡してきたのも相まって嫌な予感がしてきたぞ。これ以上聞きたくない気持ちはあるけど、聞かねばならない。

 

「いいか、夢月。重傷者3名は1年Cクラスの波田野、2年Cクラスの真鍋、2年…Aクラスの渡辺。彼らはまず間違いなくリタイアだ。30分近く緊急アラートが鳴ってたらしいからな」

「……なに? 渡辺? それに他も聞き覚えある名前ばかり……」

 

 う、四方が慌ててるから、そうじゃないといいなって思った予感までが。試験前に僕と多少でも関わってる名前がズラリと並んでいるじゃないか。

 

「そうだ! だが、全員がお前と関わりがあるからといって、くれぐれも軽率に動くなよ!? 事故として揉み消されようと、ここまでの偶然はありえない! ほぼ確実に誰かが意図的にやっている!

……更に学校の動きにも不審点が多い。何もないと考える方がおかしい」

 

 最後だけ声を潜めたか。でもそれはそうか。

 四方は半リタイアしてるわけで、スタート地点から動けない。つまり周りで聞いてる者がいる可能性があるってことだ。しかもまだ腹膜炎の安静期間でもあって、通信程度は許されても制限が多いだろう。

 性格上、じっとしてられない四方には辛い状況かもな。

 しかし、なんとなく引っ掛かりがあるんだよなぁ。例えば……。

 

「だから落ち着けというに。何があったかぼんやりとしかわからんが、こういう時は状況把握してから整理するのが鉄則だろ。犯人がいると決めつけて、冤罪でも吹っかけちゃったらどうするんだよ」

 

 第一に、そんな『根拠』を残す奴はこんなことをしない。特に暗い時間帯とはいえ、故意に人を落下させたり、物を投擲したりは、バレるリスク以上のメリットがないとな。

 やるなら天然の罠になりやすい条件が揃った地形で、痕跡の証明が難しい音や苦手な奴が多い虫などで混乱を引き起こす、とかだろうか。もしくはバレない自信が確信の域に達するレベルの奴……。

 

「考えてみろ。これが人為的に起こされたとするなら、やった奴はおそらく狡猾な小心者だ。明らかに隠れて動いてるからな。そしてそんな奴なら、可能な限りリスクを消す。凶器が石であれ木であれ、現場に残さないで持ち去るか『あって不自然じゃない』モノだけを使うだろう」

 

 第二に、事件性ありと見られた時に備え、何通りかの保険も用意するはずだ。

 なぜなら、実現する能力を有した上で渡る情報を混乱…最低でも、遅らせる有能さはある。ミスリードを誘いつつ、自分の保身に繋がる何かはないとおかしい。

 

「更に、スケープゴートへの誘導も考慮した方がいい。付近にいかにも不自然なグループや人物がこれ見よがしにいる場合は特に怪しい」

 

 第三に、候補者の多さ。

 例えば、前にされた奇襲や、松下さん達といた場所から音もなく離脱する身のこなしを持つ天沢。あれを考えるに、彼女やそれに準ずる、もしくは以上の技能を持ってる奴らなら、気づかれず暗殺染みた動きができておかしくない。

 

 難易度が高かろうと、確実に狙いを外さないやり方ができそうな奴は何人も思い浮かぶ。去年の無人島を考えれば、動機や実行するかは別にして四方や高円寺、早苗、清隆なんかも可能だろう。

 つまり容疑を広げたり押し付けようと思えば容易な点だ。

 

「ふぅー……すまん、少し焦ってたからもしれない。一旦冷静に考え直してみる。ただ、こういう事があったとは夢月も頭に留めておけ。はっきり言ってキナ臭いなんてもんじゃない」

「了解だ、気をつけて動く。それで試験への影響はありそうか? 例えば、山岳調査とかで試験中断とか、一部立ち入り禁止になるとか」

 

 これら適当な推測で思考に水をぶっかけ、関係ありそうでない話へ逸らす。

 

「いや、後でそうなる可能性はあるが、今のところは影響ない方向へ落ち着くと思う。ついさっき港で月城理事長代理と真嶋先生が試験の続行と一時中断を言い合ってて、明らかに月城代理の言い分が優勢だったからな」

「なるほど……大丈夫なんかな、これ」

「何か言ったか?」

「ん、気にしなくていいよ。こっちのこと」

 

 話しぶりから落ち着いた感じに戻ったので、また連絡を取ることを約束して通信を終了した。四方の周りには坂柳さんとか有益な話を可能とする者も多いし、最低限の冷静さを掘り起こしておけばあちらは大丈夫だろう。

 

 ただ、総合的に考えて、犯人がいるなら確実に自らは手を下さず、事故を誘発させた形に持っていってる。証拠や情報は全て消すか、ミスリードの材料をあえて残しておく程度か。

 そんなんじゃ確定前の段階で勘や推測を話すとか面倒なだけだし、動くのも無駄にしかならない。

 感情がモヤッとはさせるけど、頭の隅に置いて参考にするくらいが関の山である。

 

 

 

 四方からの情報はとりあえず留め置き、僕は今日の山登りの準備に取りかかる。指定エリア予測が山並みを縦走するルートで、適当な僕流の観天望気によると快晴なのもあり、山登りするつもりだったのだ。

 だから昨晩は早く寝たし、少し早めに叩き起こされても支障はない。

 

 準備といっても、時間の関係で浄水器で飲み水にできなかった水を空いてたペットボトルに詰め、足の早い食料を次に食う用にバックパックの上の方へ移動。それだけだ。

 あと残ってたベリーと近くに生えてた桑の実を朝食として口に運びながら、水で流し込む。

 

 そして満を持して出発し、昨日は暗くなってたので確認できなかった登山道らしき痕跡を…山のかなり上の方に確認。だいたいの鳥瞰図とタブレットの地図を頭の中で照合して比較的簡単な道筋を描く。

 ウォーミングアップがてらゆっくり歩いてると7時になり、指定エリアが出現する。予想と大きく外れず、G6だ。そのエリアの北西の端っこ、山の頂上まで2時間以内に到達することをまず最初に決定した。

 

 少し遠回りだが北上してH6の山沿いに進み、ようやく登れそうな箇所を発見した。最初だけ崖を登攀することになっても、おそらくここが最も近く楽な道に繋がっていたからだ。安全性を考慮して、気をつけながら慎重に崖に手をかけていく。

 起きた頃は周囲に人の気配があったのに、僕が登山を始めても何故か登攀者がいなくてラッキー。おかげで落ち着いてマイペースを維持できた。

 

 そのまま身体を持ち上げて、崖にあった道らしき空間によじ登り歩き出す。

 この時、不思議なことにかろうじて人影が視認できるくらいの距離にあった川らへんから、こちらの方向へ大声?が上がっていた。尤も、僕には関係ないだろうし、気を抜ける状態じゃなかったので手を振るとか反応はしなかったが。

 

 1時間ほど黙々と山を登り続けていると指定エリア到着の通知が届いたが、ちょうど気温が上がって暑く感じてたから麦わら帽子を被ってた時だった。そのため、僕が気づくのにはもう少し待たねばならない。

 時間が早いからか、あるいは登山に挑戦する生徒が少ないのか、すれ違う人はここまで全くいない。

 なので、早くも疲れてランナーズ・ハイ的にテンションが上ってきたのもあり、ここは大自然に一曲を披露しようと何故か思ってしまった。

 

 景気良く僕の口が奏でたのは『泳げ! たいやきくん』である。

 よりによってこの選曲。

 後で思ったが、登山中にほとんど海の中が舞台の歌を選んだのは、僕の脳内に酸素が足りてなかったのかもしれない。

 F6とG6とG5の境界にある頂上に辿り着くまで、僕は美声を轟かせてしまった。

 

「後輩……その、悩みがあるなら聞こうか……?」

 

 別ルートからこの頂上へ辿り着いたと思われる鬼龍院先輩に、非常に気まずそうに気遣われた時は死にたくなった。僕は何故、山の逆側からの登山者をいないと錯覚していたのか。

 

「ぁ……ある朝、僕は森の海人(うみんちゅ)と喧嘩して、山に逃げ込んだの、さ? 先…輩も……でしょ?」

「……」

 

 僕はいったいなにを言ってるんだ? たいやきくんの境遇に己を重ねていたのだろうか。

 羞恥心が限界突破してたせいで、歌詞を改変した妄言を吐いてしまった。恥の上塗りである。

 

「さ、さぁ~て! と、登頂成功! ここは一つ、山彦を発生させなくては登山家の名折れ! というわけで───」

 

 もはやこの恥ずかしさを誤魔化すには勢いしかない。

 登山家でもないし、やろうと思ってたわけでもないが、僕は大きく息を吸い込んで勢いに身を任せることにした。

 

「…………これが現時点で南雲に次ぐ上位2位を取った男、か。とことん既定路線から外れてしまうのだな、この後輩は。私もまだまだだったのかもしれない」

 

 うん。何か呟いて、じっと僕を見つめる美人極まる鬼龍院先輩の視線が痛くて…その、本当に痛くてね? この直後に僕が叫んだ内容は気にしないでくれると助かる……本当に助かる(2度目)。

 

 

 

 脳内のハムスターが回し車をカラカラ空回りさせて爆走する中、9時の指定エリアに切り替わる通知が来た。誤魔化すのに好都合だったから、僕は急いでタブレットを確認する。

 えっと、それによるとF6……F6!? え、すぐそこじゃん。

 鬼龍院先輩が来たと思われる方向にちょっと行くだけ。これは幸運が続くものだ。

 

 先輩に一言断って、山頂の狭いスペースから僅かに西に進むとすぐに到着通知がくる。登山途中のと合わせて確認してみると、到着得点・着順ボーナス1位×2が僕に加算されていた。

 ちなみに先輩も指定エリアはちょっと北にズレるだけのG5だったらしく、お互いひと仕事済んだ気持ちで思考を切り替える。

 

「……南雲を一時的とはいえ上回ったか。大したものだ」

「さっきから、なに言ってるんです先輩?」

 

 僕は主に恥を忘れる意図が8割以上を占めているが、先輩がからかいもせず普通に会話してくれて内心すごく安堵した。この先輩は、こういうところが邪悪な者共と一味違って素直に良い女と賞賛できる。

 そのまま山頂の平らな岩に腰掛けて、雑談することになった。思わぬ時間が浮いたので、どうせしばらくはこの近くで待機するのが効率的だからだ。時間前になったら、それぞれF6とG5で待機して重複の可能性をケアするのである。

 

「なにって、上位10組のことだが」

「ああ、そういえばそんなのもありましたっけ。ま、僕にはあまり関係ないですし、ほぼ単独の僕達としては、あわよくば最終順位で10位以内を目指したいものですよね」

「確認していないのか? 現在の暫定1位は後輩、君だぞ?」

「はぁ。でも、所詮は単独者の序盤の点数なんて乱数次第でしょう。僕の体力や能力的に、そのうち順位も下がっていくんじゃないですかね」

「ククッ、まるで他人事のように言うな」

「それが高確率の未来ですから。最終結果以外は、凡人が気にしてる余裕なんてないですよ」

 

 言われて順位を確認すれば、たしかに1位に僕の名前。

 だけど、すぐ南雲グループあたりが再び1位の座に返り咲くだろう。まさに一瞬だけの夢だった証明になるのでOK。向こうの能力や人員数を考えれば、至極当然のことである。

 

 ただ、13時の指定エリア出現まで4時間くらいお互いに持ち寄った食材で鬼龍院先輩と楽しい時間を過ごせたし、あまり悔しくはない。

 しかも、なんでも鬼龍院先輩が登ってきた道にはバナナの木があったという。次の指定エリアが出現したら、無視してでもそっち方面へ下山する選択肢をこっそり加えておいた。

 

 更に昼頃に40分限定の山頂に到着するだけの課題とかでスタッフが登ってきて、棚から牡丹餅の10得点+非常食らしきアルファ米セットも貰えたので完全に試験の事が頭から消し飛んだ。今日の夕食が、アルファ米の炊き込みご飯になったからだ。数日ぶりの米飯は嬉しい。

 だが、幸運はいつまでも続かないものだ。希望的観測で自惚れるほど優れたモノを持ち合わせてない僕には、この無理せず何事も楽しんでやるスタンスが合っていると思う。

 

 

 

 13時の指定エリアはランダムで、僕のはC7、先輩はE8。

 いまだ僕達が山頂に留まっていたことを考えると、先輩の方はともかく僕の指定エリアには到底届きそうにない。

 なので、途中まで先輩に付いていき、バナナの木が生えてた場所を教えてもらうしかないだろう。

 

「真面目にやってる奴に心苦しい……そう、非常に心苦しいがしかたない♪

 さあ先輩。バナナを目指して共に歩みましょうか!」

「後輩。君は綾小路と違って、実にわかりやすい男だな。仮に反対方向だったとしても行くつもりだっただろう?」

 

 そんな指摘をしながら、先輩の身体は正直だ。

 ニヤリとした笑みを浮かべ、快くエスコートに応えるかのように手を差し伸べる様は、ここで僕と解散する気はそれほどなかったことを示している。

 1人で過ごすのは楽しいけど、気が合う友達と軽口を叩き合うのはまた別の楽しさがあるのだろう。

 なんとなくわかる。人間絶縁体の生活が長いとお互いにナニかを察せてしまうのだ。

 

 邪悪なる者共ほどじゃなくても、先輩だってお世辞にも善属性ではない。でなければ、自分から僕達に混ざりに来なかっただろうし、これほど気軽に話せる『友達同士』にはなれなかっただろう。

 手を貸し、手を貸されながら下山する間、僕は不思議な心地良さを感じていた───が。

 

───下山途中、そんな友達を『下方』からの落石が襲った。

 

 朝に四方から不穏な情報をもらっておきながら、油断は……不覚だが、たしかにあっただろう。僕が狙いではなかったため、勘が寸前まで反応してなかったのもあるだろう。

 降りていた崖は残り3メートルくらいで平地だったし、僕が先行して降り、先輩が僕の少し上にいてある程度のフォローが可能な状況は、気を僅かに緩めるに充分だったかもしれない。

 

 先輩の掴んでいた崖の出っ張りを、不意に下から飛んできた石が崩した。言ってみれば、発生した事象はそれだけだ。

 幸いにも先輩の手に直撃したわけではない。というか“意図的に”当たってもかまわない感じに外した印象だ。また崖に当たって反射した石は、僅かに揺れる草むらに飛んでいったから二次被害にもなりえない。

 だが、先輩が落下するには充分すぎた。そして高さこそそれほどではなかったとはいえ、僕の反射神経と身体能力で崖に掴まりながら先輩を受け止めるのは難しかった。

 

 だから先輩の身体が傾いた時点で僕が真っ先に自分から地面に落ち、落下の衝撃で痺れる足で無理矢理先輩を受け止めた。2人まとめてゴロゴロ転がったが、なんとか先輩の頭部だけは抱え込んで丸まり自分ごと死守した。これで大きな怪我には発展しないはずだ。

 しかし、僕も先輩も大きな怪我には発展しなかったが代償はあった。

 

 僕には落下の衝撃による痺れに数カ所の打ち身。

 これはまぁ、とっさのことだったのでしかたない。むしろ、転がった場所に尖った石や木がなくてよかった。

 頭や目鼻、四肢にダメージを受けるようなら、正直無事とはとても言えないことになってた可能性もあるからな。ほぼ時間経過で回復するダメージなのは運が良い。

 

 そして先輩は僕の素人診察で捻挫。

 どうも墜落の衝撃か転がった時にどこかにぶつけたらしく、左足のくるぶしが腫れていた。これでは1人で歩くのも難しいし、靭帯を損傷していて…下手をすると骨折してる可能性もある。もし放置などすれば、後遺症や習慣化してしまうかもしれない。

 早急に外科医に診てもらう必要があるだろう。

 

「くっ…ぐ。助かった、すまない後輩。不覚を取った」

「こちらこそすいません。巻き込んでしまったかもしれないです」

「巻き込んだ? いや、それよりこれからどうするかだな。どうも立つのも難しそうだ」

「いま確認しました。ここはF7のあたりです。スタート地点で治療を受けましょう。良い外科医が来てるのを知ってるんですよ」

 

 勿論、有森先生と…早苗のことだ。

 てか、まずいな。痛むのか鬼龍院先輩の額に脂汗が出ている。

 そして僕も万全ではない。特に左腕と右足は痛みを訴えている。無理しないと走れもしなさそうだ。

 

 現在地のついでに確認した時刻は14時過ぎ。付近に親切な生徒でもいたら大声で助けを求められるが、先輩が見目麗しい女子なのもあり、今は助けを求めることこそが『トリガー』になる可能性もそこそこ高い。そうなったら目も当てられない。

 

 あの怪しい気がする草むらも今は無視するしかないほどなのだ。藪をつついて物騒な蛇を出す余裕はない。白蛇だけで間に合ってるし、神様には『助けてもらった』以上、更なる神頼みするほど恥知らずじゃないのだ。

 それなら偶然か奇跡を期待して、自力でできる限りを尽くすのがベターか。

 

「先輩、ここでは簡単な処置しかできません。僕に掴まってください。なるべく左足を使わせないようにスタート地点へ運びます」

 

 問いかけながら荷物からタオルを出し、箸や木片と一緒に先輩の左足にテーピング代わりに巻く。

 やらないよりはマシ程度だが、途中に川があったはずなのでそこで患部を冷やしつつ、もう少しマシな応急処置に切り替える方がいいと思う。

 

 幸いにも壊れてなかったトランシーバーで四方経由の助けを求める手もないことはなかったが、勘が正しければもう一山ある。

 ここは度胸をかき集めて、今から緊急で作る目的に集中するのがいいはずだ。

 先輩と何らかの約束を交わすとか、あるいは───。

 

「ぐ、ああ。それくらいならできるはずだ。だが、後輩はいいのか? 試験を半日も無駄にする上、私は一応、違う学年のライバル……敵、だぞ……?」

「は? ……ははっ、先輩もそんな冗談言うんですね。一瞬、なに頭清隆なこと言ってんだ? って思っちゃいましたよ」

「笑うことでもないと思うが……。そして後輩の綾小路へのイメージよ……」

「笑い飛ばしていいんですよ、そんなことは。赤の他人なら場合によっては迷うかスルーするかもですけど、『友達』が困ってたら手を貸すのは当然でしょ。ましてや何度か同じ釜の飯を食った仲じゃないですか」

 

 ま、いっか。放置する選択がない以上、こちらの対応も重要である。

 

「友達、か。

…………ふっ、それなら左京夢月。すまないが、しばらく肩を貸してくれ。スタート地点まで頼む」

「任されました! 自覚のある凡人はこういう時に粘り強さを発揮するんで、安心して寄りかかっててください。『必ず』スタート地点まで先輩をお連れします」

 

 ここからなら、途中から初日に南雲達と、2日目に天沢と通った道だ。地の利はないこともない。

 さて、いささか唐突ながらも正念場か。

 美人と密着できる人生最大級のラッキーだぜ、とかテンションを上げて、先輩の脇から腕を回して立ち上げた。

 

 湿っぽいのや暗くなるのは趣味じゃないのでこんな感じにふざけてしまったが、先輩も小さく笑ってくれたので、まぁ悪いやり方ではなかったのではなかろうか。

 というわけで、僕は心構えを改めた上で安定ルートと自分の体力を算出しながら歩き出す。

 

 

 

 そうして先輩に肩を貸し、いくらも進まないうちにソイツは……ずっと注意していた方向と微妙にズレるところから目の前に堂々と現れた。

 

「せ~んぱい。大変そうですね?」

「ああ、もう身体中痛くて大変だよ。手伝ってくんない? 天沢もさ」

「天…沢、だと? なんのつもりだ。その様子、助けにきたわけではないだろう?」

 

 先輩がそう言った原因は、おそらく手に天沢が『拳大の石』を持っているからだ。 

 尤も、この状況はいくつかしていた想定のうちの一つ。

 僕を邪魔に思い、本気で潰すつもりなら、まず間違いなく友達連中と僕が一緒の時を狙う。手負いにしておけばなお良し。最適解である逃げの手を打てないからだ。

 だから、物騒な事を考えてる『黒幕』がいるとすれば、ここで手を出してくると思っていた。

 だが───。

 

「先輩。僕達に今できるのはスタート地点へ向かって歩くことだけです。誰が目の前にいようと、ね?」

「……夢月先輩って、ホント意外なほど粘り強いね。自分で言うだけのことはあるよ」

 

 コイツが出てくるのであれば、まずは平静を崩さないと道筋は荒くなるか。

 なら、“誘導”はスルーして普段通りに感謝しておく。

 

「僕は少なくともお前が『犯人』じゃないって確信できたから、安心したって意味でお礼を言っとくよ。ありがと」

「……っ! な、なんで!? なんですぐわかるのキッショ! こんなタイミングで、こんな態度で現れた私が怪しくないの!?」

「それ言ったら、ますます確信が深まるんだけどいいの? ま、獲物を前に舌舐めずりなんて天沢はしねーだろ。やるならとっくにやってるさ。ね? 先輩」

「あ、ああ、そうかもしれないな。だが、だとすれば……」

 

 なぜなら、ここは清隆に頼んだ『いざという時』じゃない。

 十中八九、本命を隠す目的だろう。天沢が現れたのは。

 勘で危機感が強く反応してたのに、天沢が現れた途端に反応が弱く薄くなって、短い会話の間に消えたのがその証拠。

 つまりコイツ以外の奴も直前まで付近にいて、投石した証拠品である石の確保と撤退の時間稼ぎが濃厚か。

 

「決めつけるなっ! 私が遊ぶつもりでこうしたってのがわからない!?」

 

 そして、自惚れじゃなければ僕と鬼龍院先輩を完全に潰されないため……か。

 優しいとは言えないが、情が深い奴なのは少し一緒に過ごしたのでなんとなくわかってる。

 あまりに回りくどいし、色々と板挟みっぽい立場なんかな、コイツ。悪く言うと行動の一貫性がなく、まるで迷子の子供のようだ。

 

「あー、無駄に悪ぶるの止めとけよ天沢。お前、頭は良いけど、冷徹な判断するのに圧倒的に向いてないって。情が深すぎるもの」

「う、うるさいっ! 何がわかるの夢月先輩に!?」

 

 少しだけ大筋が読めてきたので、つい思った事を言ったらヤケクソ風味溢れる言葉が返ってきた。

 うん、知ったような口を利かれるの嫌だよな。知ってる。だから言ってやった。

 だけど、これこそ僕の普段通りだろう。

 

「事情もよく知らんのに、わかるわけないだろ。常識的に考えろよ」

「常しっ……!」

 

 それにしても、争い、陥れ、蹴落とし、実際の血が流れるかは別として精神・物理問わず傷付けあう。

 こんな辛く、面倒臭く、恐ろしいモノを振り回してるコイツ『ら』は、何が楽しいのか僕にはわからない。努力や勝利なんて格好良く虚飾してまで、辛いことする価値なんかあるのか?

 正直、僕には全く価値を感じないので、苦行僧のように思えてきた。

 

 でも天才や物語の主人公とかなら、価値を感じるのかもしれない。

 例えば、ヒーローや勇者とか? 現実に存在したらアイタタで面倒極まりない人種だろうけど、『そう』ならないと生き残れない環境がホワイトルームだったりするなら。天沢や…仮称・黒幕のそれはしかたないことだったのではなかろうか。

 

 それがただ、鬼龍院先輩や僕が標的になったから敵に見えてるだけで。

 想像が合っているなら、向こうの方こそが大変で、悲しく、哀れなものである。勿論、こんな更なる激怒を引き出すこと確定な言葉は出さないが。

 

 ま、なんにしろ、どうせ僕は俎上の鯉だ。

 現在負傷中の鬼龍院先輩を含めても、天沢に対抗する術がない。後輩の友達と争う気力も当然ない。

 僕はただ、約束したから、どんな状況だろうと先輩をスタート地点へお連れする。それだけ考えてれば充分だろう。

 そして天沢は天沢自身の役割を果たさなければならない、と。

 

「おっ、あ? あっあっ…ああっ!? こ、後輩!?」

「あ、あの先輩? シリアスな時に至近距離からそういう声は止めてもらっていいですか。僕が卑猥なイタズラしてる疑惑でもかけられたらどうするんですか……」

 

 なので、僕は前に天沢にした宣言通り、もう彼女を気にせず歩を進める。

 突然引っ張ってバランス崩しちゃった先輩には……ごめんなさい。セクハラする気は欠片もなかったですが、耳元で喘いでるようにしか聞こえませんでした。ゴチになります(小声)。

 場違いな気分になってしまったし、もはや勢いで誤魔化すほかないか。

 

「と、ともかく!

 天沢、お前の役割がなんであろうが、僕はスタート地点へ向かう。先輩と約束してるんでな」

 

 コイツがその気なら、仮に僕と鬼龍院先輩が万全でも逃げることすら難易度激高だろう。先日も言ったが、早苗や清隆と多少でもやりあえる相手ってのはそういうことだ。それなら、開き直ってしまえばいい。

 僕のリタイアに巻き込まれる可能性が高い鬼龍院先輩と四方には悪いが、一蓮托生の船に乗ってもらおう。

 

───潰すでも倒すでも好きにすればいい、と。

 

 先輩のエロ声を呼び水?に、ようやく覚悟が決まった。

 それと天沢なら手負いの僕と先輩は『物理的には』楽な相手だろうし、しっかり目を見て痛くしないよう頼んでおく。

 

「だからさ、天沢が本当にそうしたいなら───ひと思いにやってくれ」

「え……? ちょっ、え? なに言ってんの!?」

「後輩!?」

 

 すると、なんか先輩まで変な雰囲気になって天沢には後ずさりもされたが、どこかおかしかっただろうか?

 

「お前が本気だったら、これは詰みでチェックメイトだろ? だから何度も言ったように、お前の好きにすればいい。それでも僕は諦めずに約束を果たす。目的がかち合っただけで、シンプルなことだろう?

 すいませんが、先輩も今だけは付き合って覚悟を決めてください」

「……っ」

 

 問いかけの答えはどちらからも返らなかったので、目を丸くしてキョトン顔の天沢の横を通り過ぎる。

 

「まぁ、第3の選択肢を望むんなら……誰かに助けを求めてみるのも手じゃないか? 僕でもいいぞ、必要なら友達割引で奔走してやるよ」

 

 うん。清隆とか四方とか早苗とか色とりどりの各種天才達が何故かこの学校には結集してるし、助けを求める相手には事欠かないだろ。

 あ、僕にくるなら、恩を返す意味でも丸投げの準備を万全に整えて対応してやるよ、一応な。

 

 鬼龍院先輩に肩を貸し、自分もいくらか身体の各所に痛みを感じてるからゆっくりとしか進めないのに、天沢は隙だらけの僕達に結局なにもしてこなかった。

 チラリと後ろを振り返って見た彼女は、石を持ってない方の手を伸ばしかけた姿勢で呆然としてるように僕には映った。

 この時の彼女が何を思っていたのかはわからない。

 ただ、固まったまま遠ざかっていく僕達を見送る天沢は、やっぱりどこか迷子の子供のように見えた。

 

 

 

 僕に少し遅れて後ろを見た鬼龍院先輩が、安心したように僕に視線を向けて吐息のような言葉を零す。

 

「あのタイミングで石を持った天沢が現れた時は警戒してしまったが……どうやら危害を加える気も、追ってくるつもりもないようだな。無理もないが」

 

 それにしても非常事態とはいえ、こんな至近距離で美人さんに見つめられたり囁かれると恥ずかしい。

 

「……後輩は、本当の意味で強いな。強かとも言えるか……どうしたらそんな風になる?」

 

 内容はともかく、ポツリポツリと零れ落ちる先輩の言葉は珍しく穏やかに響く。

 

「ぶっは! なに言ってんですか先輩!? どう見ても尻尾巻いて逃げ出した弱者ムーブだったじゃないですか!」

 

 でも、その穏やかさを不意に込み上げてきた笑いでぶち壊すのが僕である。

 せっかく先輩視点わけわからない天沢との会話に口を挟まないで2人になってから聞いてくれたのに、それが逆に僕の笑いのツボを刺激したのだ。正直、雰囲気ぶち壊してすまんと思っている。

 

「うっわ、年下女子相手に情けねぇーとか思われてるかと思えば…くくっ、強く見えた、と。虎の威を借る狐の狐って、狐も強者に見えるんですかねぇ……プッ、ははは。いてっ、いてて」

「大丈夫か? というか何故笑う?」

 

 しまった。笑うと背中が余計に痛い。ただでさえ僕も怪我してるし、なによりも……いや、こっちはいいか。

 

「あ、あー。大丈夫です…と、すいません、ちょっと思ってもなかった事を言われて笑いが」

「……後輩は自覚していないのか?」

「自覚? 強いんじゃねって? いや、明らかに僕は強くないですよ。今だってめっちゃ辛い、痛い、格好つけなきゃよかったとか後悔してるくらいですし」

 

 そう、今の僕に込み上げてる笑いはほとんど自嘲だ。

 清隆と会話した時、キャンプファイアーの時、天沢で遊んでた時。人に対してもそうだが、なにより自分自身にした『約束』を僕は破れない。

 だから今、僕はこんなチャンスとピンチの境界を彷徨っている。

 普段は口に出さないようにしているその葛藤と後悔を、痛みのせいか、他の何かが要因になったのか……よりによって鬼龍院先輩に溢してしまった。

 

「一歩間違えたら敵にしなくていい奴とも敵対しかねないってのが、マジでツラい……。てか、身体もあちこち痛いし、暴力系は大の苦手分野なんですよ、僕」

「えっ……?」

 

 約束した事なのに後悔しつつ、進むのだけは止めないのだから……往生際悪く格好悪い。

 天才や強者は後悔なんか人に見せない。

 元は大人として情けないけど、ちょっと精神に負担が大きかったからって先輩に愚痴を溢してしまった僕は明らかに強くない。

 

「でも、僕はっ……!」

 

 でも約束しちゃってるのだ。自分への誓いすらしちゃってるのだ。

 なら、できる事を必要な分もしないのは僕じゃない。そんな矜持も美学もない自分を僕は許せない。

 我ながら面倒臭いが、約束を守り、信ずるべきを信じるのは僕にとって常識みたいなものである。

 

 ただソレはソレとして、ツラいモノはツラいのでたまに溢れちゃうのを許してほしい。鬼龍院先輩に格好悪いところ見せちゃったのは、とても恥ずかしいわけだけども。

 今更ながら、綱渡りによる恐怖で身体が震えてきたからだ。支えてる鬼龍院先輩に余すところなく僕の小心な小物っぷりが伝わってしまったのは、逃げ出したくなるほどの羞恥プレイだった。

 

 痛みのせいか、立て続けのトラブルが原因か、道中はほとんど穏やかな顔で僕を見ていただけだったのは不幸中の幸いである。

 早苗や櫛田、あるいは通常時の天沢だったら煽られてたかもしれない。

 なぜなら、僕ならやりそうだからだ。

 ゆえに、邪悪なる者共ならばやっておかしくないだろう。

 

 僕に寄りかかる鬼龍院先輩の足を特に気にしながら、2人で休み休み歩いた数時間。

 僕のなかなか消えてくれない羞恥と先輩の妙な雰囲気、僅かに残してあった警戒心が入り交じるたっぷり夕方18時過ぎまでかかった道のりは、お互いに痛めた身体を差し引いても混沌として感じていた。

 

 余談だが、先輩の指定エリアであるE8は間に合わず、しかし15時のD8はスタート地点の近くだったため、ギリギリで到着得点に滑り込むことができた。

 一方、僕はC7、B8と立て続けにスルーした。この時は川を越える時からおんぶに切り替えてた先輩は再び謝ってきたが、通り道に出現しなかったのでしかたないだろう。

 総合的にちょっと遅れを取ったかもしれないが、宣言通りになっただけだ。問題ない。先輩のおっぱいの感触と耳元での囁きはプライスレスである。

 

 まぁでも───スタート地点に戻ったら、準備を整えて反撃開始だ。

 誰だか『知らんけど』鬼龍院先輩に危害を加えて無事に終われると思うなよ?

 あっ、あと忘れかけてたが、なんかリタイアになった奴らやついでに天沢の分に、このわけわからない時間も上乗せしてやるから、震えて眠りやがれ。

 僕を敵に回すとどうなるかきっちり教授してやる。

 




 リザルト4(4日目)
 前日までが116点。
 到着得点・着順ボーナス1位×2で22点。山頂での到着課題が10点。後半の指定エリアや課題はトラブルのため、スルー。
 4日目終了時点での夢月グループの合計は148点。



 リタイアについての独自設定。
 ちょっとしたネタバレですが、夢月も鬼龍院も今話で怪我はしてますが骨折など自力で動けなくなるレベルには達してないので、原作の小宮や木下のようにリタイアにはなりません。鬼龍院はちょっと怪しいレベルでしたけども。
 なので、夢月の打ち身はともかく、鬼龍院がしばらく休養することになりはしてもきちんと復帰する想定です。ついでにご都合主義的な後付けみたく開示するのもなんですが、鬼龍院は『保険』カード持ちの想定でもあるので1日のみならデメリットも少ない、はず。

 一方、波田野、真鍋、渡辺は試験からリタイアです。しかし他のグループメンバーは残ってるため、多少獲得する点が落ちるくらいで退学圏内には入らないかなと。なんせ他が宇都宮(彼は一緒のグループじゃありませんが)、池、網倉と仲間思いなメンバーが揃ってますし、ここまでフォロー態勢を整えてる以上は他も助けるでしょう。

 私的に原作のリタイア基準が明確じゃない部分があるので、怪我にしろ病気にしろ自力で動けなくなるか(原作の3年生リタイア組・小宮・木下・宝泉)、それに準じるレベル(原作の龍園)をリタイアとしてます。ご了承ください。
 あと何気に夢月と鬼龍院がこの程度で済み、腕時計やタブレットなど機械類も壊れなかったのは、夢月に巻き付いてる神様(白蛇)も一役買ってたり。勿論、本人(本蛇?)も無事です。
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